【観梅の宴】

【観梅の宴】

 高藤の家は恐ろしい場所だ。
 亮太は、あの広大な屋敷が視界に入るだけで、あそこで行われている行為を思い出し、恐怖に震えが止まらなくなる。
 あそこには、亮太の父と兄がいて、二人が嫌いなわけではないけれど。
「行ったら二人に会えるよ」
「会いたくない……」
 春樹に問われるままに、隠しきれない恐怖のままに答える。
 会えば、巻き込まれる。あの家で、ペットより劣る奴隷しか過ぎないあの二人と同様に扱われて、淫らで卑猥な宴の余興に使われてしまうだろう。
 長大な張り型や歪なバイブを上の口にもアナルにも挿れられて。
 父親は当主のものを咥えさせられながら、腫れ上がった乳首と鬼頭を貫くリングを繋ぐ重い鎖を、己の淫らな体液で鈍色に濡らせ、と言われていて。次期当主である春樹の兄から亮太の兄は、自ら淫らに誘い、発情期の雄犬を満足させろ、と命令されて。
 残酷な支配者達の強要する言葉を聞きたくない。
 意味ある言葉を無くしたように、喘ぎ、悶え、狂いまくる二人の姿を、見たくない。
 春樹だけなら、きつくて苦しいことが多くても、それでも堪えられた。なぜなら、それ以外の春樹は優しくて、亮太をたっぷりと甘やかしてくれるのだ。だが、高藤の当主や春樹の兄から何をされても逆らうことなど許されず、こちらが何をしても赦されない。
 苦痛と快楽がごちゃ混ぜになって、人ではなくただのモノとしか扱われずに狂いまくる。
 逃れられない恐怖は、一度でも味わえば脳裏に焼き付いて離れず、いつまでも悪夢となって消えなかった。
 恐怖を思い出し泣いて縋る春樹に「大丈夫。亮太は俺のものだから、ね」とその温かな腕で包んでくれて、やっと少し薄まるだけ。
 春樹も淫らなことばっかりさせるけど、それでもあの人達よりマシなのだ。
 それに、今春樹に捨てられたら、亮太はもう一人ぼっちで、収入もない。
 父とも兄とも会えない今、頼れるのは春樹だけという状況なのだ。


『いいよ、ひとりでどこにでも行けば? 行きたいとこ行って、その淫乱な身体を慰めてくれる人を見つければ良いんだ』
 一度何かの拍子に怒らせてしまって、春樹に冷たく言われた言葉を亮太は忘れられない。
『亮太独りじゃ何もできないだろ? ほんと甘えん坊のマゾなんて、俺以外の奴にはうっとしいだろうなあ。それに、四六時中発情してるから、働き口なんて無いし……、ああ、でも父さんの知り合いのヤクザがやってる倶楽部だったらOKかな? あそこは、淫乱な雌奴隷が足りなくて困ってるって言ってたから』
 あの時、怒りにまかせてぶつけられた言葉の数々に心が悲鳴をあげていた。春樹の言葉はあまりにもヒドいと思ったけれど、だけど、今ここを放り出されたら行くところがないのも事実で。
 この家は春樹のものだし、昔住んでいたところは引き払っている。しかも、亮太が持っている現金は数千円で、大きい買い物用に渡されたカードは高藤家のもの。真木の家は慎ましい生活をしていたから、亮太名義の貯金も無かった。
 さらに大学に入ってからは高校のころの友達とは断絶状態で、大学でも友人と呼べるものは皆春樹の知り合いだ。
 まして、確かに発情ばかりして餓えている身体が、離れてすぐに治まるとも思えない。実際、春樹の研修中に数日離れたその初日から、春樹がいないことが寂しく堪らなくて、そして春樹が欲しくて堪らなかったのだ。
 きっと、今捨てられたら、何もできない。
 そんな亮太には、ここを出て、 ホームレスで暮らすだけの気力も勇気もなかった。
 それからも、何度も何度も似たような喧嘩をして思い知らされる。
『捨てないで、ごめんなさい』
 いつも謝る亮太に、春樹はけんもほろろに言い返す。
『だって、俺のことなんかいなくて良いんだろう、亮太は』
『違うっ! 俺は、春樹じゃないと駄目なんだっ』
『俺のよりもっと立派なチンポが欲しいんだろう?  父さんに頼んであの店で働けるようにしてやるよ、淫乱亮太』
『違う、ごめんなさい、ごめんなさいっ』
『ったく、謝りながらそうやって勃起させてんだから。マゾもい
いとこだよな』
『や、ああっ!』
 剥き出しの股間を踏みにじられて。痛みとともに激しい絶頂感に襲われて。
 グズグズと神経も骨もとろけて淫猥な肉と一体化していく身体を、春樹に包まれる。
『はっ、射精してんの? 踏まれてさ、このマゾが』
 嘲る声に流れる涙を、春樹が噛みつくように吸い付いた。
『俺を怒らせるな、亮太。最初の頃のことを、もう忘れた? 俺って、結構短気だから、気に入らないと徹底的に虐めたくなるんだよ。あの頃の亮太は今みたいに良い子でなかったから、俺を怒らせてばかりでさ、もう忘れたのかい』
『あっ……』
 忘れていた、始まりの頃。
 受け入れがたい強要に逆らってばかりいたころ。
『ゴメン、ごめんなさいっ』
 なんで忘れていたんだろう。怒っている春樹は怖い。今思えば、あれはまさしく、あの高藤の血だ。怒らせなければその血は出てこない。
『春樹、何でもするから……、俺が淫乱なのに、春樹に迷惑ばっかりかけているのに、怒らせて……ごめんなさい』
 なんでもするから。
 その言葉にようやく春樹の機嫌が直って。
 そして、そのときからずっと、その言葉は亮太自身を縛り続けていた。


 だから。
「行きたくないのかい? 中庭でやる観梅の宴に誘われているのに」
 ソファーに座る春樹の言葉に、その足元の床の上に座り込んでいた亮太がギクリと顔を強ばらせ、震えた。
 宴は──。
「い、行きたくないっ。春樹が良い、春樹だけが良いよ。春樹の好きなこと、何でもやるから、家にいようよっ」
 春樹の言葉に逆らうときは、必ず亮太の口から出る言葉。
 その言葉のもとに与えられる行為はいろいろあって、痛いときもあれば、苦しいときもある。それでも、その言葉を使おうとするほどに、春樹の提案は嫌だった。
 確か、何回か前の宴も中庭だった。
 中庭にある噴水は──水面下にある噴出口はいろんなサイズがあって。水鉄砲のように噴き出す水を止めもせずに、高藤の当主の腕よりも太いそれの上に据えられた父から噴き出すのは、水ではなく濃厚な白い体液ばかり。それが薄くなり、滴となっても、懇願の声をBGMにしながら宴は続くのだ。
 様々な宴は、どれも……嫌だ。
「春樹、な、良いよね?」
 亮太を見下ろす優しい笑みに縋るように、懇願する。
「何でも? 」
「ん」
「じゃあ、家のサンルームから庭を眺めながら遊ぼうか?」
「……いいよ」
 わずかな逡巡は、けれど唾液とともに飲み込んだ。
 春樹がサンルームと譲歩してくれたのに、自分が何が言えようか。
 何より、何でもやると言ったのは亮太の方だ。
 春樹は約束を守らないことを嫌うから。
「今日は天気が良いから、緑もきれいだよ」
 亮太と春樹が暮らす部屋は、マンションの最上階にあってペントハウスだ。窓の外には屋上とは言いながら、部屋にすれば下層の二軒分になる庭がある。低木と芝の緑豊かな庭園風なそれは、春樹のお気に入りだ。それに面する部屋の一部がサンルームになっていた。
「きれいな緑と青い空。その中の亮太は、可愛いだろうなあ」
「んっ、くっ、そ、かな」
 立ち上がった春樹に手を引かれ、膝に力を入れた途端に、下腹部に走った甘い疼きに腰が砕けた。
 思わず縋りついた春樹の足のジーンズの硬い生地に触れて、チャリっと乳首の金属の飾りが音を立てた。
「ん、あ」
「どうした? 行かないのか?」
 再びうずくまった亮太に、春樹の声音が低くなる。
「あまり遅くなると、寒くなるよ」
「ご、ごめ」
 慌てて震える足に力を入れると、また体内深くで振動している球を締め付けて。
「あ、やぁ……」
 目の前が白く弾け、ますます春樹の足に縋りついてしまう。
 けれど、春樹は力の入らない亮太の手から擦り抜けてしまった。それが追えない。
「あ、うっ、くぅ」
 座っている間に少し感覚が麻痺していたのに、動いた拍子にそれも場所を移動したようで、亮太の快感しか生まない敏感な腸壁を嬲ってくる。深いところの快感が全身の毛を総毛立たせ、甘酸っぱい刺激に悦び、熱い吐息が漏れた。
「亮太!」
 怒気の孕んだ声音に、頭だけは警告音を鳴り響かせるのに、足に力が入らない。
「ごめ、ごめん、は、春樹ぃ」
 もう扉の前まで移動して、苛立つように腕組みをしている春樹を見つめた。気ばかり急いて、身体が付いていかない。
「う、うご、けない……」
 動いた拍子に位置が変わったのか、腹の奥底の振動に合わせで快感が弾け続ける。少し治まっていただけの熱が一気に燃え上がり、股間で悦びの涎が溢れた。
「どうして?」
 おいで、と手招きされて、喘いで動くのは上半身だけで。
「や、あぁ……」
 それでも手のひらを床について前進しようとしても、今度はジクジクとした甘酸っぱい疼きが乳首から全身に広がった。一対の乳首はそれぞれ括り出されて、バネ式の留め具で藤の花の房を象った重い飾りがついていた。
 それが音を立てる。
 たくさんの小さな花が集まったそれがぶつかり合う時の僅かな振動すら、泡が弾けるような快感を生み、響く。
「亮太、どうした?」
「は、るきい」
 どんな時でも、どんな場所でも、刺激を受け続けさせられた身体は酷く敏感で。特に性器へのダイレクトな刺激は、ほんの僅かでも妙なる快感を生み出すのだ。
「た、てないのお、 春樹ぃ」
 手を伸ばしてくれても、春樹が遠い。
「何故?」
 微かな笑みを掃いた口元が動いて、けれどそのまま止まった春樹が求めることを、亮太は知っていた。
 黙っていては、春樹は赦してくれない。
「き、もち……良くて。 ケツマンコが疼いて、中の玩具、美味しくて、堪らない、んだ……。淫乱な亮太は、犯して、ほし……」
 仄かな朱に染まり、滑らかな肌にうっすらと汗を滲ませて。教えられたままの卑猥な言葉を口にする羞恥も加算され、恥辱に耐えながら、欲情を露わにした股間を春樹の目に晒す。
 もとよりアクセサリー以外は身につけていない身体は、足を広げるだけで丸見えだ。
 勃起して、フルフルと震える根元から幾重にも拘束されたペニスの鈴口から滲み出る淫液が、涎のように茎を這う。ずっと我慢し続けている射精欲がもう喉元までせり上がっていた。
 だが、射精の許可はいつも、春樹が楽しまないと貰えない。
 上体を逸らし足を上げて、その奥のすぼまった口を晒して、春樹を誘う。
「やだなあ、なに盛ってんのさ」
 呆れ果てたような嘲笑とともにかけられた言葉に、唇を噛む。
 玩具が無ければ、こんなこと……。
 ふと湧き起こった激情は、けれど、春樹の次の言葉に冷やされた。
「そんなに欲しいなら、やっぱり実家行って遊んでもらおうよ。観梅の宴に出れば、春樹の大好きな玩具や、ああ、そうだ。ふっとい腕でも犯して貰えるよ」
 その手に取り出した携帯に、全身が凍った。迎えを呼ぼうとしている、と、すぐに気がついたからだ。
「やっ、ここが良いっ! ここでっ!」
 春樹のとこまで行かないと。
 許してもらいたい、それだけの思いでフラリとよろける足に力を入れ、何とか立ち上がる。けれど、腰が砕ける。かくんと落ちる身体を手を突いて支えて。
 フィストが怖い訳ではない。フィストなど何度も経験させられた。もちろん好きな訳じゃないけど、それでも春樹を怒らせるよりマシだ。
 玩具でも何でも、一緒。
 春樹は、生身のペニスの挿入以外の挿入を他人にも許すから。怒らせたら、本当に何でも許してしまうから。
 それもあるから、家だけが良いのだ。家の中なら、そんなにたくさんいないから。
「ごめ、春樹。……ごめん」
 ふらふらと涙と快楽の渦に狭まる視界の中で、もう表情も判らない春樹に手を伸ばした。
「遠慮しなくて良いんだよ」
 優しい言葉は、携帯のボタンを押そうとしていなければ、嬉しいものなのに。
「ま、ってっ、待って、あうっ!」
 あと一歩、っもう触れる場所まで来たところで、グリッと玩具が前立腺を押し上げた。途端に脳髄まで稲妻のような快感が走る。
 硬直した身体の唯一ブルブル震える前方に突き出したペニスからダラリと粘液が垂れ、それが床に落ちるのを追うように上体も崩れ落ちかけて。
「もう、遠慮することないのにさ」
 肌に触れた衣服のざらつきに、溢れかけた快楽の泉が一気に膨張する。
「あ、ああっ!」
 ビクビクと痙攣し、脳髄までもが衝動に侵される。力強い腕の力と温もりの中で馴染みある絶頂感に満たされて、全てが白い世界になって。
「亮太」
 鼓膜を擽る春樹の声に、幸い感に満たされる。
 射精の快感よりよっぽどたくさん味わう絶頂感が嫌いなわけではない。だが、これだけでは下腹部に溜まる重たい疼きが治まらない。
「しようがないな、亮太は」
 力強い腕に身体を抱き上げられた感触に、たゆたう意識に逆らうように重い目蓋をうっすらと開けた。
 激しい絶頂の余韻はいつも理性を奪っていく。めったに射精を許されない亮太にとって、それは体内深く燃え盛る射精感へ油を注ぐようなものだ。
「春樹ぃ、達きたい」
 自ら望めば、それは快楽地獄の始まりなのに、判っていても止められない。
 もうずっと、朝から何時間も──否、昨夜最初に一回射精してからしていない。射精とも言えないような、物足りなさばかりのそれは、餓えを助長しただけだった。
 その後、いつものようにこの身体で春樹を満足させて、朝からは春樹が遊びたがったから、相手をしていたのだ。昨夜から衣服一つ身につける間もない。
 しばらく乳首の飾りをいろいろ試して、藤の花の飾りがよいとキリキリと締め付けられた。次は新しい玩具がどんな動きをするのか知りたいと言うから、挿れてみた。三つの球体が繋がっていて、それぞれ振動する玩具はサイズ的には小さいものだ。けれど、毎日の行為に熟れきった肉壁は、そんな刺激にも甘い快感を生んでいた。
 それでも、じっとしているときは良かったけれど。動いた拍子に爆発した快感に、我慢の限界が一気に来たのだ。
 グズグズにとろけた身体が熱を孕み、脳すら欲の泉の中で溶けだしている。春樹の腕の中にいる多幸感も相まって、亮太は、我慢できずに身体を擦り寄せた。
 と──。
「えっ?」
 不意の浮遊感に目を見開けば、亮太の顔が近い。
「運んであげるよ」
 優しい言葉に口元が綻び、ああ機嫌が良いんだ、と、ほっと安堵の吐息を零す。
 扉を抜ければ自然の明かりに満ちた空間で、澄んだ空が窓越しに見えた。
「ほら、ここの梅も咲いているよ」
 促されて移した視界に、紅梅が鮮やかに映えた。
 屋上の庭園だからそれほど大きくはないけれど、きれいに形が整えられた木だ。
「もう咲いてるんだね」
 ほんの少し、疼きを忘れて見惚れていると、身体が起こされて椅子へと下ろされる、が。
「えっ、待っ!」
 座面に触れる前に感じた異物に反射的に放った制止が、止まる。
「────っ!!」
 声無き悲鳴が、埋めた春樹の肩に消えた。
 ズブズブと濡れた音を立てるアナルが、自重で押し広げられていく。慌てて落ちないように春樹に捕まるけれど、春樹が力を抜いてしまっていて、もう支えられなくて。
 ズルズルと体内深く飲み込んでいく物が何かなんて、見なくても判った。
「嬉しそうな顔しちゃって。 欲しかったんだよな、あんなにひくつかせてたんだから」
「あ、あっ、ぁぁぁっ」
 違うと言いたいのに、出てきた言葉は嬌声でしかない。
「入っちゃったね。さすが淫乱な亮太だ、こんなふっといものでも美味しそうに咥えてる」
 クスクスと笑う春樹が亮太の足首を掴み上げても、座面に取り付けられた極太の張り型を深く飲み込んだ身体は、その衝撃に硬直したままだ。
「落ちたら大変だから、固定しとこうな」
「ま、って……」
  椅子の支柱から座面の高さに伸びた両脇の台に、それぞれ足が固定される。同様に両手を取られて後ろ手に括り付けられて。
「これで落ちなくてすむよ」
 にっこりと優しく笑う春樹が椅子下から伸びたスイッチを入れようとするのを、足を大きく開脚させられた亮太は小刻みに震えるばかりで。
「ひっ、いああああっ、ぁぁぁっ!!」
 カチリという小さな音がしたとたん、狭いサンルームの中に亮太の嬌声が響き渡った。



 前立腺を叩き、揉みしだくそれに、悶え、淫らに開放を懇願する亮太の映像は、リアルタイムで高精細な映像としてそのマンションの住民のみならず、高藤の自宅にも配信されていた。
 それは中庭に据え付けられたら大画面のテレビに映されていて、見事な紅梅の周りの緋毛氈の上で点てた茶を味わう客たちの間に、卑猥な言葉が入り混じる。
 喘ぎながら泣いて懇願する亮太の紅潮した肌は、紅梅よりも美しい色だと客たちに好評で、ぎらつく視線がテレビから離れない。そんな高ぶった客を宥める二人の奴隷はもう息も絶え絶えだ。
 そんな中、春樹がにこやかに挨拶をする相手は、兄の啓治の古い友人だった。
 大陸の騎馬民族の血をひく彼は随分と立派な体格をしていて、その腕の中に収めている亮太の兄の純一が、まるで子供のように見えるほどだ。
 ブラックスーツを乱しもせずに取り出したペニスを深々と埋め、その熱い肉壺を堪能している彼は、世界有数の実業家であり、闇の世界で知る人ぞ知る奴隷売買の元締めだった。私有地である孤島で性奴隷の調教も行っているが、その過激さでは定評がある。
 彼は相手に頓着しないうえに壊れても平気なので、彼の性奴隷の寿命はたいそう短いのだ。
「春樹も招待するぞ。その時には、あれも連れて来いよ」
 調教の手管は見事だ、と彼に気に入られている春樹は、苦笑を浮かべ、彼にそう言わしめた亮太に視線を移した。
 あの島には興味があるが、亮太には受け入れられないだろう。
 無理矢理連れて行けば、せっかく植え付けた春樹への依存度が崩れてしまう。
「あなたが亮太を浚って、俺が救い出す、ってシチュエーションなら行っても良いですけどね。でも、あなたが、亮太を犯さないって有り得ないし、壊されてもイヤだから、やっぱり止めときます」
「そりゃ、味見もできないんじゃ俺にメリットは無いだろ、じゃあ、こいつでも良いぜ。大事な亮太君の兄を、春樹が救い出してあげるってのはどうだ?」
「クスっ、それは兄さん次第ですよ。純一義兄さんは、兄さんのものですから」
「だよなあ」
 彼が軽く腕を動かすだけで、純一の身体がズルリとずり上がる。現れた陰茎は子供の腕ほどもあって、しかも随分と引き上げてもまだ鬼頭が見えないほど長い。
 並みの相手では壊れるしかない逸物で、常に欲求不満な彼は、その陰茎を咥えることができる純一がお気に入りなのだ。
「あぎいいっ!!!」
 上がった身体を落とされても深々と咥えきる貴重な存在を、彼が兄の啓治から買い取ろうと必死に交渉していることも知っている。本来ならば奪い去りたいのだろうが、高藤の力は彼がいる世界にも及んでいるのだ。
 だからこそ、闇の世界の支配者が、春樹にも下手にでてくる。
 だが、春樹を気に入っているのも事実だ。でなければ、性の楽園と言われる島に誘われる僥倖は、有り得ない。
「良かったですね、義兄さん。そんなに太くて長いモノに犯してもらえるなんて、そうそうありませんよ」
「ち、が──ひいぃぃっ!」
 ドスッと落とされ、瞠目して痙攣する純一を抱きしめて、その肩口に噛みつきしゃぶる男の犬歯は鋭い。上目遣いで傍らの春樹を見上げ、口の端を上げる。
「にしても、あれ、奴隷じゃないって? 」
 目線がテレビの中で悶える亮太を捉える。
「ええ。可愛い恋人ですよ」
「へえ、恋人を一人でほっといて良いのかい、可哀想に泣いて呼んでるぜ」
 痙攣し、苦痛に泣き叫ぶのは目の前の純一だけではない。
 テレビの向こうで、姿の見えない春樹を捜して、ずっと亮太が呼んでいる。その声に被さる卑猥な玩具の駆動音は、あれから一度も止まっていない。そう、春樹がここに来てからもう一時間以上もだ。
『春樹ぃ、もう達きたいぃ……達かせてぇ、ああ、春樹、俺使ってよ、きてよぉ……』
 虚ろな瞳がキョトキョトと動き、春樹を探している。幾重にも戒められたペニスを解放してほしくて、甘え、淫靡な声で誘っている。もう理性の欠片さえ見られない痴態に、春樹は満足げに微笑んだ。
「亮太がそれを望んだんですよ。俺はそれを叶えてあげただけ。家で遊びたいって言うから、ね」
 一緒に来ようとしたけれど、断ったのは亮太のほうだ。
「おやおや泣いちゃってるよ。怖い恋人を持つと大変だねえ」
「やだなあ、優しくしてますよ。春樹がしたいって言うことしかしないから、俺は」
 その言葉に男が身体を揺すって笑った。それに純一の嬌声が被さり、アナルがグチャグチャと音を立てる。
「お前の調教は心を雁字搦めにするからな。逃げようとすれば逃げられるのに、自分の主人が一番安全なのだと思いこませる。逃げれば他人からひどい目に遭わせられる。そうやって虜にして、恋人という名の奴隷が出来上がる」
「恋人ですから、大切にしますよ。真綿にくるんで溺愛して。欲求を叶えてあげている」
「怖いね、その溺愛っぷり。じゃあ、なんで我慢させているんだ? あんなに逹きたがってんのに?」
「それは、亮太が射精を我慢するのが実は大好きだからですよ。たくさん我慢すればするほど、その方が快感が強くなるみたいで。でも亮太は我慢が利かないから俺の手で止めてあげているんです」
 きっぱりと言い切った春樹に男が笑い、愉しげに腕の中の身体を揺さぶり、悲鳴を上げさせる。
 腕の中で哀れに震えるお気に入りが嫌々と逃れようと首を振るけれど、その深々と埋まった楔は抜けるはずもなくて。
 息も絶え絶えの悲鳴が響く。けれど、純一の縋るような視線の先で、彼の支配者たる兄は他の客と歓談していた。
 その視線の先を春樹も追い、クックッと喉を鳴らす。
 随分とストレスが溜まるであろう兄にとって、またとない捌け口を売り捌くなんてしないだろう。だが。
「純一義兄さんがあなたの方が良いって言い出したら、兄も怒って、あなたに売り飛ばすかもしれませんね」
 それを聞いた双方がどんな反応をするか判っての発言に、片方はニヤリと笑い、もう片方は驚愕のあまり瞠目して蒼白となった。
 その蒼白な顔を色黒な無骨な手が掴み、首筋にネトリと舌が這う。
「俺が良いと言わせてやろう」
 決して純一が言うはずもないと男も判っている。言えば、啓治からどんな目に遭わせられるか知っているからだ。
 けれど、春樹の言葉に乗るのは攻略の愉しさからだ。据え膳よりもそっちの方が愉しいからこそ、自らを差し出す相手より、嫌がる相手の方が萌えるのだ。
 高藤家が”友人”と呼ぶ彼らは、みなそんな質を持っていた。それは、春樹も変わらなくて。
「それでは、俺はそろそろ亮太のとこに行きますよ。ごゆっくりしてください」
「おお、またな」 
 別れを見送ろうと立ち上がったたくましい身体は、春樹より頭二つ分は高い。
 M字開脚に足裏で抱えられ、その身体に貫かれたままの純一が必死になってその腕に縋りつき、無様に延びきったアナルを晒して、泣き出した。
「もう、許して、ください。助けて、おねが……」
「俺のものになるなら救い出してやるぞ」
 そう甘く囁きながら、兄の元に向かった後がどうなったのか、春樹はもう見ていなくて。
「うーん、俺もそろそろ熱い亮太の中味わいたくなったな」
 浮かんだ笑みは、トロトロにとろけて熱を持った亮太のアナルを想像して、ずいぶんと楽しげなものだった。
 
【了】