【Vol.01 -朝-】

【Vol.01 -朝-】

  朝の駅のもっとも人が多くなる時間帯。
 時間的余裕が有れば絶対に避けたいその時間帯の電車に、高藤純一は乗っていた。
 電車の中はすし詰め状態で、よれたネクタイを直すことはもちろんのこと、一度上げた腕を下ろすことすら叶わない。
 ドアの窓に押しつけられるように立ってはいるけれど、そこから一歩も動けない状態が、すでに10分以上続いていた。 後10分はこのままだろう。
 こちら側は、ここから三つ目の駅でようやく開くようになるのだ。
 それを知っている乗客のうち、この辺りで降りる者は反対側のドア付近に立っているから、今純一がいる側はほとんど人の動きがない。
 純一自身もそれを良く知っていて、三ヶ月ほど前に引っ越すまではできるだけ反対側のドア付近に立つようにしていた。 人の流れに逆らって立つのは大変だが、全く動きが無い空間は、どことなく嫌な澱みが感じられた。
 背はそこそこだが細身の身体に、優しげな笑みが似合う顔は女性的。
 中学校の頃までは女の子に間違えられることすらあった純一は、痴漢の経験も二度や三度ではない。
 さすがにスーツ姿で痴漢に遭うとは思っていなかった会社勤めを始めた頃は、油断してぼんやりとその澱みの中にいたけれど。
 男だと判っている痴漢達の手は、女性相手のそれよりよっぽど執拗だった。
 すでに25歳という年齢で、見た目はとても女性に見えるものではないのに。
 痴漢は、怯える純一に愉しげに寄り添い、汚らしい欲望を擦り付けてくるのだ。
 激しい嫌悪感と恐怖。
 叫び声すら上げられなかったあの時以来この場所には寄らないようにしていたのに。
 今、純一がいるのは、その忌避すべき空間だった。
 しかも、押しくらまんじゅうでもしているのかというほどにぎゅうぎゅうに詰め込まれた一番奥。
 ドアに押しつけられている状態だ。
 これで冷房が効いていなければ、貧血で倒れる人もいるだろう。 
 純一が繰り返す短い呼吸は、傍目から見ればこの人いきれに酔っているせいかと思えるだろう。
 けれど。
「……んっ」
 不意に呼吸が乱れる。
 伏せられた瞳がぎゅっと閉じられて、額に浮かんだ汗がたらりと流れ落ちた。
 よく見れば、その身体が小刻みに揺れているのが判る。
 電車の揺れとは違うその動きを堪えようとでもしているのか、ひくんと不規則な揺れも加わっていた。
 苦しいのか、小さく頭を振って額がドアの窓に押しつけられ、下唇に上の歯が食い込み色を変えている。
 ドアに押しつけた額の冷たさと僅かな痛みに縋るように、ぐりぐりと押しつけて、ため息のような吐息を零していた。
 外は鮮やかな青空が広がる、さわやかな朝だというのに。
 純一の全身は冷房の中でじわりと汗ばんでいた。
 人いきれのせいではない。
 貧血でもない。
 けれど、乱れた呼吸を繰り返している純一の瞳は虚ろだ。
「ひっ」
 びくんと身体が跳ねた。
 堪えていた声が、僅かに零れる。
 電車の音に紛れたはずの声よりも大きい異質な音が耳にまで届く。
 ジィーーーー
 虫の羽音のような不快な音。
 それが、外から聞こえる。
「や、あ……あっ……」
 開いた喉から微かな喘ぎ声が零れ続けていた。
 ぴんと硬直したような身体が、ひどく震えている。
「聞こえるね」
 ねとりとした厭らしい声音が、耳朶に吹き込まれる。
 その言葉に、男が純一の状態を把握しているのを知った。
 ちらりと視線を落とすと、ポケットに入っていたはずの塊が、男の手の中にあるのが判った。
 それが純一の視界に入っていることを確認した男が、カチリ、とゆっくりとスイッチを動かす。
「ひ、……い、いや……」
 振動が変わって、慣れかけていた身体に甘い疼きが飛散した。
 わなわなと震える唇がぱくぱくと空動きして、視線が声の主へと向けられた。
 潤んだ瞳が懇願するように男に縋る。
「と、とめて……」
 微かな音が外から聞こえると言うことは、他の人にも聞こえるということだ。
 誰かに聞かれて、その正体に勘ぐられることだけは避けたかった。
「何をかな?」
「な、何って……うっあっ……」
 振動がいきなり変わった。
 慣れ始めていた身体が、またひどく喘ぐ。
「何だって? どうしたんだい?」
 必死になって声を堪える純一と違い、男は少し大きいくらいの声で愉しげに喋る。
 純一より頭一つ分高い男は、ずいぶんと体格が良さそうだ。
「た、助けて……止めて」
「はあ? 何が? なんか動いてんのか?」
 男の声に、不審そうな視線が集まってきた。
 じろじろと不躾な視線を浴びたことに気づき、純一は小さく首を振って顔を伏せた。
 その様子を、男がニヤニヤと愉しげに観察している。
「しっかり言ってくれないと何をしたら良いか判らないなあ」
 とぼけた言葉に純一の奥歯がぎりと軋む。
 もしここで止めて貰いたいものの言葉を言ったら……。
 この男ならば言ってしまうだろう。
 電車内に響くような大きな声でバラしてしまうだろう。
 それだけは避けたかった。
 だが。
「あ、あっ……」
 びくんっと背が反った。
 その位置から動けないままに、開いた喉から空気が全て吐き出される。
 男が、にやりと笑みを深くした。
 その手の中にあるスイッチが、MAXを指していた。
「ずいぶんと美味そうだな、ん?」
 男の指が、純一の尻の狭間を押し上げていた。
 ぐりぐりと入り込みそうなほどに押し込められて、そこにあった固い異物がぐいっと押し込まれる。
「ひゃ、ひゃ……めて……、ああっ」
「言ってみろ、美味いって」
 男がねとりと耳朶を舐めて、囁いた。
 胎内の奥深くで、敏感な器官がガンガンと叩かれている。
 直に与えられる衝撃は、快感の泉を掻き混ぜ、さらなる快感を求めて放出を促すのだ。
 純一の胎内奥深くに埋められたローターは、ゴルフボールを二つ繋げたような形をしていた。継ぎ手で繋がった二つは自由に回転し位置を変え、純一の前立腺を自在に刺激する。
 さらにローターが排出されないように容易には抜けないように膨らまされたストッパーが、シワがなくなるほどに壁をぎちぎちに広げて押し込められていた。さらにそれを根元まで胎内に押し込めるように股間を通して鎖が腰にきつく巻かれていた。
 男の指が布の下に感じる鎖をぐりぐりと指先で転がして、ストッパーを押し込んでやれば、純一の身体は面白いように跳ねていた。
 快感にとろけた表情が、ひどくイヤらしく窓に映っている。
 純一は、ワイシャツとスラックスの下に、卑猥な道具だけを身につけて電車に乗り込んでいたのだ。
「ひゃぁ……めて……、ああっ、触らないで……」
 嫌々と身悶える身体には、今たくさんの手が触れていた。
「……い、や……」
 少しでも衝撃を和らげようと腰が動く。
 だが、腰や尻たぶを掴む幾本もの手が、それをさせない。
 それどころか、別々の手が左右の尻たぷをきつく中心に向かって押さえつけ、ストッパーやローターの、そして鎖の存在を、まざまざと感じさせていた。
「人混みに欲情しているのかい?」
 耳朶に吹き込むように隣の中年の男が囁く。
 ねとりと首筋を舐め上げる、反対側の若い男の舌。
 ぎらつく欲を隠しもしないいくつもの視線。
 ──いつもより混んでいるね。
 どこか遠くから聞こえた女性の声。
 それも道理。
 この場所にいるのは、いつもは乗らない者たちなのだ。
「やっ……、さ、触らないで……止め……て」
 空気の擦過音のような小さな声で、触れている彼らにこいねがう。
 このままでは達ってしまう。
 さっきから、何度も何度も意識が飛びそうになるほどの快感を味わっていた。
 慣れた身体は、アナルの刺激を受ければ簡単に射精してしまう。
「こ、これ……と、めて……ぇ」
 実際、スラックスの下でペニスはびんびんにいきり立っていて、布地がぴんと張っている。その先端部はじわりと染みが広がっていた。
 もう限界だった。
 その時、ほんの少し刺激が弱まった。
「言ってみ、普通に声を出して。美味しいってさ」
 リモコンを持った男が嗤いながら囁いてきた。
「しゃぶってるの、美味しいって」
 虚ろな視線に、拒絶の色が浮かぶ。
 直接的な単語はなくても、そんな言葉はこの場では言えなかった。
 ふるふると弱く首を振る純一に、男がふっと嗤った。


「じゃ、楽しみな」
「ひっ!!」
 男の言葉が合図だった。
 身体を触ってた幾つもの手が、純一の身体をきつく嬲り始めたのだ。
 背後の体格の良い壮年の男が、胸に回した手で膨れあがった乳首を摘みながら嗤っていた。。
「大きなおっぱいだ」
 白いワイシャツ越しに嬲られた大きな乳首を括り出すように摘み上げ、指先で何度もこりこりと擦る。
 下腹部では、硬直したペニスと陰嚢を一緒くたにもみくちゃにされていた。
 息のあった二対の手が尻たぶを強く押さえてストッパーの存在をまざまざと感じさせ、両隣の男が首筋や耳朶を舐め上げる。
「や、やぁっ……止め……いやっ」
 堪えきれなくなった嬌声が、喉から迸る。
 視界の片隅に、不審げにしかめられた顔がいくつも入っていた。
「見られているよ、淫乱ちゃん」
「……んぅ」
 慌てて口を閉じて声を堪えようとしたけれど。
「ひゃああああぁぁあっ……あ──っ!」
 ローターが胎内で爆発した。
 激しい快感が全身を駆け抜ける。
 身じろぎできないはずの場所で、純一の腰ががくがくと揺れていた。
「ドアと遊んでいるのかな?」
 そこかしこから嘲笑が零れている。
 男達は声を抑えない。
 ごく普通の会話のように交わされる言葉は、普通の乗客であれば、何のことか判らないだろうけれど。
 それでも聞かれることが恐ろしかった。
「お漏らしでもしたのか? なんだか湿っているみたいだけど」
 股間の膨らみをやわやわと揉まれていた。
 その場所の布地が濡れて、肌に張り付いていた。
 下着などつけていない。つけられているのは、何も隠さない、ストッパーを押さえる鎖だけ。
 放出された精液が、スラックスに染みこんでいった。残りは、太ももを流れていく。
「い、言わないで……さいっ……」
 知られたくない。
 知られては駄目なのだ。
 そう命令されていたから、絶対に知られてはならない。
 周り全ての人間に性感帯全てを嬲られ続けながら、純一は全身を戦慄かせながら切なく請うていた。
「お、おねが……っ、もう、止めて……ゆ、ゆるし、て……」
 未だ激しく振動するローターに翻弄されながら、喘ぎ続けながら願う純一に助けはない。
「こちらにまで染みているね」
「ひっ、ひぎぃっ……」
 ぐいぐいと膝でストッパーを押し上げられ、無様な声が上がった。
 これ以上されたら、声が止まらなくなる。
 達ったばかりの敏感な身体が、全ての愛撫をダイレクトに下半身に伝えた。
 弱まらないローターの振動に、純一の身体は堪えることなどできなかった。
「ゆるっ、て……あっ……ひっ、達っくぅ」
 涙混じりの懇願を繰り返しながら、びくびくと射精を繰り返した。
「なら言えよ。美味しいのをいっぱいしゃぶりたい、って」
 男の言葉に、視線が縋る。
 戦慄く唇がぱくぱくと動く。
「最初からちゃんと大きな声で言いな。でないと、二度目からははっきりと言わせるぜ。何をどこでしゃぶりたいかな。三度目は無いぞ……今すぐここで裸に剥いてやる」
「ひっ……」
 男の目は本気だった。
 それが判る。
 いや、彼にそれを命令した人間であれば、絶対に実行する。
「どうする?」
 男の手が、スラックスの前当てにかかっていた。
 別の男の手がベルトに、胸を弄くっていた男の指が、ワイシャツのボタンに。
 いっせいに脱がされれば、きっと一瞬のことだろう。
 ワイシャツとスラックスを脱がされれば、純一の腰に巻かれた鎖ばかりが目立つ全裸になってしまう。
 そんなことになれば、変態として嘲笑の的になるのは純一なのだ。
 拒絶などできるはずがなかくて。

「お、美味しいのっ、いっぱいしゃぶりたいっ」
 響き渡った声音に、乗客の視線がいっせいに純一に集まる。
 直後にホームに滑り込んだ電車のドアが開くまでの数十秒、たっぷりと視線に晒された純一の腰が再びがくがくと揺れていた。


 目の前で開いたドアから、純一は周りの男達に引きずられるように連れ出された。
 その背に突き刺さるいくつもの視線。
「変態」
 背後からかけられた声に、純一の身体が怯えたように震える。
 股間の染みは、さらに大きく広がっていた。

【了】