【お試し部屋のグイナ】前編

【お試し部屋のグイナ】前編

 ラカン城下の一等地、大きな表通りに店を構える有名な薬屋がある。
 20年ほど前に、体力回復、滋養強壮に効果抜群のグイナミン液を売り出してから、どんどん売り上げを伸ばし、今でもその勢いは衰えることを知らない。
 その店主の名は、ガウス。
 すでに60近い男であるが、グイナミンの効果からか、疲れを知らないのかと思われるほどに働き者であった。
 そんな彼も最近では店や薬の開発を息子達に任せ、趣味の世界に浸っているという。
 と言っても、彼の趣味は新しい商品の開発だから、結局は仕事であるのだけど。
 彼の手が作り出す効果抜群の薬を期待して待つものは多い。
 再生医術の権威であるマサラ王子も、彼の薬には絶大な期待を寄せているという。
 かくして、彼の表通りの店はいつもたいへんなにぎわいを見せていた。
 だが、彼がすぐ近くにもう一つ店を持っていることは、あまり知られていない。
 閑散とした人通りの少ない、入り口も定かでないその店は、ごく限られた人しか知らない場所にあった。
 けれど、その店も少ないながらに客足が途絶えることは無い。
 それは、大にぎわいを見せる薬屋から数件ほど離れたところにあった。
 従業員すら知らない薬屋の裏口からほど近い。
 その入り口の扉を開けると、すぐに地下へ向かう階段がある。
 それを知っている客の一人であるミズリーが、でっぷりと太った体躯が通るには少し狭い感があるその階段を下りると、立て付けの歪んだような木の扉があった。踊り場は、掘った岩肌が露出していて、洞窟の奥底にいるような感覚を味わう。
 粗末な灯りに照らされた木の扉は、押せばぎいいいっと不快な軋む。
 扉の隙間から覗く昔ながらの閂が、どす黒い鈍く光っていた。昔、ここが倉庫だった頃の名残だろう。
 普通であれば、この暗い雰囲気のせいで間違っても近づかない場所だ。
 だが、ミズリーは躊躇うことなく、その朽ちたような扉を押し開けた。

「いらっしゃいませ?」
 薄暗い通路が嘘のように明るい店内。
 整然と並んだ陳列台と商品説明の張り紙。棚にはところ狭しといろいろな商品が並んでいる。
 常駐している店員は二人。
 ミズリーと同年代で同好の士でもある彼らと話をするのも、ここに来る楽しみの一つだ。
「お久しぶりです、ミズリー様」
「お待ちしておりました?」
 なじみの来訪に気づいた彼らが、礼を尽くしてミズリーを出迎えてくれた。
「店主はいるかい?」
「今は……。ただ、新製品の納品があるので、そろそろ参る予定です」
「ほお、新製品?」
 近くの陳列台の製品を見るとも無しに見ていたミズリーの瞳が、瞬いた。その口の端がゆっくりと孤を描く。
「どんな?」
「それが、私どももまだはっきりとは知らないのですよ」
 彼らも期待に満ちた笑みを浮かべ、視線が扉へと向かう。
「期待して良い、と言われているので、とても気になっています」
「店主自ら企画設計したとのことですから、ね」
「ほお……」
 そう言われては、ますます期待に胸が膨らむ。
 知らず手に取っていたものを手の中に転がし、「これよりも、愉しめるかな?」と呟けば、店員達が「もちろん」と頷いた。
「今まで期待が外れたことはありませんから」
「確か、新しいお薬と張り型だと聞いています」
 伸びた手が、ミズリーからグロテスクに歪んでいる張り型を受け取った。
「これも、肉壺をぐねぐねと掻き混ぜて、とても激しい快感を味わうことができると売れ筋の商品ですが」
 かちりと手元の突起をひねったとたんに、先端と真ん中あたりが違う方向にぐねぐねと回転しだした。
 それでなくても太いそれは押し込むだけでも、狭い肉壺をぐりぐりと押し広げる。
 それなのに、まるで踊り子が腰を激しく前後左右に動かしているように、手を離せば勝手に踊るような激しさで動くのだ。
 ミズリーも前回ここに来た時に購入した代物だ。
 その日の内に所有の性奴に与えてみれば、狙い違わずミズリーお気に入りの嬌声を上げて、よがり狂っていた。
 そのときの姿を思い出せば、口内いっぱいに甘酸っさが立ちこめる。
 溢れそうになる唾液を、ごくりと飲み込み、うっとりと呟いた。
「私の可愛いネグレーデは、全身をがくがくと痙攣させて、何度も何度も達っていたな。膨れあがった乳房もぶるんぶるんと震えて……。とても素敵な踊りを踊りまくっていたよ」
 大きく巻いた長い銀の髪の愛らしい少女が、その髪を振り乱し、白い肌を紅潮させて、美しい歌声を響かせて踊りまくる姿は、その日招待していた客達が拍手喝采したほどだ。
「おお、私も拝見させて頂きましたっ。確か、貪欲にもこれを二本も収めておりましたな。二つの肉壺が真っ赤に熟れて……。取っ手すら飲み込もうといっぱいに頬張って、なんとも美味しそうにだらだらと涎を垂らして」
「なんと、あのネグレードがっ」
 可憐な少女の痴態を思い出していやらしく微笑む同僚に、それを知らない店員が悔しそうに地団駄を踏んだ。
 先日届け物をした時に招待されたのだと聞いていたが、そんな素敵な踊りが見られたとは知らなかったのだ。
「ミズリー様っ、私にもぜひ拝見させてくださいませ」
 可愛い人形のようなネグレーデの踊りは、彼らの大のお気に入りなのだ。
 貴族の一員ではあるが、ミズリーはとても気さくな質だ。それに、大のお気に入りのネグレードを見せびらかすことができる機会を、見逃したりはしない。
「もちろん。けれど、そろそろ新しい玩具で遊ばせてやりたくてね。毎日毎日使っていては、そろそろ飽きてきたようだから」
「そうでしたか、でしたらぜひ新製品をご確認頂かなければ。店主もすぐに参りましょう」
「お試しもただいまなら空いております。すぐにでも、ご確認して頂けましょう」
「楽しみなことだ」
 店員達の興奮気味の言葉に頷き返して、ミズリーはぐるりと辺りを見回した。
 近くの棚には、色とりどり、形も千差万別の張り型が並んでいる。
 膣専用もあれば、尻穴専用もある。どちらでも使用可能なものから、これが入るのか、というほどの大きさのものもある。
 ごつごつとしたコブ付きで、陰核をも同時に刺激する張り型は、前々回購入し、何日も膣の中に収めさせておいた。
 その姿でいろいろなところに散歩に連れ出せば、とろけそうな表情で腰を揺らしながら歩いていた。
 その向こうの棚には、ゼンマイ仕掛けの淫具の数々。
 細い棒は尿道を奥深くまで犯すのと同時に、排尿を制限する。
 我が侭を言って困らせるから、罰としてそれを取り付けておいたら、半日で泣きながら跪いて許しを請うてきた。
 太ももをすり合わせ下腹を押さえながらつま先に口づけて許しを請う姿は何とも愛らしく、たっぷりとその姿を堪能してから、口での奉仕に満足したらという条件を出してやった。
 喉の奥まで使っての口淫は、すでに外で遊んできていたからなかなか終わらなかったけれど。
 それでもたっぷりと出た精液をたっぷりと味合わせてから、約束通りに外してやれば、ひいひい言いながら排尿をした。
 あまりの勢いに、跳ね返った飛沫で尿まみれになって。
 だが、その太ももはねっとりとした淫液を膝まで垂らし、その表情は恍惚にとろけていた。
「ああ、そういえば……」
 尿管に挿れるために使った潤滑剤がこれだった、と、奥まった棚にある小さな小瓶を取り上げた。
 薄い紅色をした液体は、ほどよい滑りと媚薬の効果があって、この店の売れ筋商品だ。
「痒みがとても気持ち良かったらしいぞ」
「はい、それはグイナの実から抽出した成分を僅かに入れております。そのためどうしても痒みがありますが、媚薬の効果もとても高いです」
「うんうん、痒いと言っても気持ち良いのだから、問題ないだろうね」
 あまりに気に入ったようで、後から乳首や膣や尻穴の中といろいろなところに塗ってやった日には、一人遊びを繰り返して何度でも絶頂を迎えていた。
 いくら言っても止めないから、罰として手足を繋いで穴には張り型を差し込んで一人で遊べないようにしてやったというのに、それなのにいつまでも腰を揺らして、「奥まで、もっと掻き混ぜて?っ」と強請って困った事を思い出す。
「まるでサルのようでみっともないからあれから少し制限するようにはしているのだけどね。あまりに強請るからつい使いすぎてしまうよ」
 涙をいっぱい溜めて唇を戦慄かせて。
『……掻き混ぜて……』
 と懇願されては、もっともっと継ぎ足して、泡立つほどに激しく掻き混ぜてしまうのだ。
「それでね、この前からは使う時にはゆっくりと使うようにしているんだよ。一カ所ずつ、前のところの効果が弱まったら次にね。もちろん一人で自慰などできないように、手足は固定しなければならないが」
 そのときの綺麗な鳴き声も、お客様方にもとても好評なのだ。
「ふふ、新製品以外にもいろいろなものがございます。店主が参るまで、どうぞご自由にご覧くださいませ」
「そうだな。実はそろそろ乳首につける可愛い飾りが欲しいしな」
「それでは、あちらにどうぞ」
 先導する店員について、ところ狭しと並ぶ陳列台の間を歩く。
 たくさんの品物は、ここに来れば何である、という謳い文句が違わないことを示していた。
 ラカン一の淫具用品店。
 その言葉は、この店では決して誇張ではないのだ。
 
 
 店主ガウスが店にやってきたのは、それから10分ほど経った頃だった。
 大きな袋いっぱいに入っているのが、かの新製品なのだろう。時折、ガシャガシャと鳴る音からして、ガラス瓶も入っているようだ。
『新しい薬に、張り型……』
 と店員が言っていた事を思い出して、ミズリーの口元が歪んだ。
「おお、ミズリー様、いらっしゃいませ」
「こんにちは、ガウス」
 年の功は60程度。
 背が低くころころとした身体は、起き上がりこぼし人形のようだ。
 その肉太の手が重そうに袋を抱え上げる。
「それが新製品かい?」
「おや、お聞き及びで?」
「彼らにね、だから待っていたんだよ」
「それはお待たせしました」
 ぺこりと頭を下げて、上がってきた視線が、細められていた。
 その口元が、薄く開く。
「お試し、されますか?」
 視線が、ちらりと奥へと向かっていた。
 厚手の緞通を間仕切りにした場所。
 ミズリーの視線も知らず追って、その先を想像する。
「それは、もちろん」
「では、こちらへどうぞ」
 頭を下げなくても低い位置にある後頭部を見下ろし、彼の後を追った。
 品揃えが豊富なのもこの店が有名な理由の一つだ。
 だが、この店が他と一線を画しているのは、もう一つ理由がある。それが、あの緞通の奥にあるのだ。
「薬と張り型、と聞いているが?」
「さようでございます。今回の品は、特に普通の玩具に飽きた方々向けと言うことで開発させて頂きました」
「ほお……」
「どんな貞淑な処女であっても淫売と罵られるほどの姿をさらし、元から淫売であれば狂喜乱舞して悦ぶ代物でございますよ」
「それほどまで……?」
「どうぞ、たっぷりとお試しくださいませ」
 重い緞通が、言葉とともに押し広げられる。
 同時に、がしゃりと重い金属音が鳴り響き、明るい照明の下で銀糸がきらきらと煌めいた。

【続】