竹井拓也は迫ってくる安佐由隆を見上げながら、何でこんな事になったんだと呆然と安佐を見上げていた。
明日、安佐が出張に持っていく筈の書類一式が机の上に残されていたのを見つけたのは、珍しく残業していた竹井だった。電話すると、「それ、必要なんです?」と泣き付かれて安佐の部屋まで持ってきた。
そのお礼だって、食事を一緒にして……というか、来たら既に用意してあったので食べないわけにはいかなかった。食べながら、安佐はぐいぐいと楽しそうにビールを飲み干していって……。
「いいですよね?」
「駄目だよ」
目の前にぐいっと迫ってくる安佐を竹井は睨み付ける。
アルコールが回って目元がほんのり赤くなっている安佐は、どう見ても理性のたがが外れている。
やばい。
竹井の背筋に冷たい物が走る。
だから、飲み過ぎるなって言ったのにぃ……。
「どうしてそんなに竹井さんって頑固なんでしょうね」
「お前が強引なんだ」
「ま、そんな竹井さんに惚れちゃってるんですからしようがないとは思いますけど」
「う……」
こいつは……どうしてそんな恥ずかしいこと簡単にいってしまうんだ?
「だからね、いいでしょ。キスくらい……」
そう言ってにっこり笑う安佐に、竹井は思わず後ずさる。どんと背が壁に当たって逃げ場がなくなった。
安佐の手が竹井の顎にかかる。
ま、まずい。いや、キスはいいんだ。キスだけなら……。
竹井は焦るが、目前にある安佐の躰が壁を作り逃げられる隙がない。
「止めって……」
制止する竹井の言葉は完全に無視され安佐の唇が降りてきた。
観念して、目を瞑りそれを受け止める。
肩に置かれていた手が竹井の背に回され、その腕に力がこもった。自然に胸が強く押しつけられ、顔が上を向くようになる。服を隔てて伝わる鼓動が胸に染みるように響く。
あ、駄目だ……。
唇を舌でなぞられ、それだけでびくびくと躰に疼きが走る。
押さえきれないその反応は確実に安佐に伝わっている筈で、それを考えると羞恥に身を捩る。が、強く抱きしめられた腕の中からは逃げられそうにない。
それどころかますます安佐の手の動きが激しくなった。
背筋の敏感な所を指で嬲られ、思わず呻いた瞬間、安佐の舌が竹井の唇内に侵入を果たした。
「んん」
安佐の肉厚な舌が竹井の歯列をなぞり、そしてつつく。
顎にあった安佐の手が竹井の首筋のラインを這い、服の上から竹井の感じるところを的確に刺激しながら下りていった。
「ん……んん……っ」
甘い痺れが背筋を通り全身へと広がる。
やば……。
躰が逆らう気力をなくしている。
ただ、理性だけがこの状況を何とかしようともがいている。
安佐の手が、竹井の服の下へと入り込んだ。
素肌に直接安佐の手が触れる。それだけでぞくりと全身が震えた。その大きな手が脇腹の弱いところをなぞるように動く。
「ん、や」
途端に噛み締めていた歯を開いてしまう。その瞬間を狙ったかのように安佐の舌が咥内に入り込み、竹井の舌を捕らえた。逃げようとするのを反対に追いつめ、絡め取った。
「……んぐう……んん」
貪るように蠢く舌が竹井の舌を翻弄する。
自然に漏れる喘ぎが止められない。
その間に安佐の手が胸の突起に辿り着いた。
与えられた刺激に硬くなっている小さなそれは、思っていた以上の疼きを全身に散らせた。安佐の腕を掴んでいた手から力が抜けていく。
ずるりと落ちていく手はかろうじて服を掴んでいた。
「んうぅ……」
竹井の喉から耐えることのない声に、安佐はさらに突き進む。
細められている目は、ずっと竹井の様子を窺っていた。
すっと唇を離すと、唾液が糸を引いていた。それが切れる前に、安佐は竹井の胸元に強く吸い付いた。
「あ、や」
慌てて、押しのけようとするが力が抜けている手では、安佐の躰は動こうとしない。
しかも、絶え間なく与えられる胸への愛撫に竹井は座っていることすら出来ない状態で畳の上に押しつけられていた。
「やめろって……んんあぁっ」
制止する言葉も喘ぎ声と混じってしまう。
たくし上げられた服から覗いている白い肌にある突起に、安佐が誘われるようにキスを落とした。そのまま強く吸い付く。
「いっ!」
途端に激しい疼きが背筋から下半身へ向けて走った。
ずんと股間に血が集まる。
やっ……まずっ!
このままだと流されていってしまいそうだった。
「あ、安佐っ!やめって……はう……うう……あさぁ……」
口を開くと喘ぎ声しか出ない。
安佐の手が、高ぶりつつある股間にするっと侵入した。それに気付いた途端、直に握りしめられ、竹井の躰が大きく跳ねた。
「あ……あぁ……」
柔らかく揉みしだかれ、先端の敏感なところを指でつつかれる。
それだけで一気に竹井のモノは硬度を増した。
「ふあぁ……ああ……あ……くう、やぁ……」
それを上下に扱かれ、もう片方の手で背筋の弱いところをなぞられる。
竹井はもう安佐を止める術を持たなかった。
ただ、与えられる快楽に翻弄されていた。
だが。
それでも理性が残っていて……このまま翻弄され続けるのは嫌だと訴えていた。
ち、く、しょー!
このまま、こいつの思うようにさせて堪るか!
ぎりぎりの所で意識を集中する。
俺ばっか、イカされて堪るか!
力の入らない手を必死でのばし、安佐のズボンに手を差し込む。スウェットに着替えていたせいで簡単に入り込めた手が、安佐のモノを掴んだ。
「うっ」
安佐が眉をひそめて唸った。だが、竹井はそれ以外のモノに気を取られていた。
げっ、結構でかい……。
そのせいですうっと熱が逃げる。
だが、安佐はそれに気付くとさらに激しく竹井のモノを扱き始めた。出始めた先走りの液で先端部を濡らし、指で弄ぶ。
絶え間なく疼くそれをなんとか意識して飛ばしながら、竹井は安佐のモノを扱いた。
「ふうっ……ああ……く……」
「うう……はあぁぁ……」
どちらとも付かない喘ぎと、くちゅくちゅと濡れた音が室内に響く。
くうっ……。
竹井は限界が近づいていた。
意識しないと安佐のモノを扱く手が止まってしまいそうだった。それを無理に意識して動かす。
俺だけ、イカされるのは嫌だ!
それだけが意識に残っていた。
だが、それも限界だった。
安佐の手が、一際大きく全体を扱いた。
「んああああっ」
吐き出された精液が安佐の手を汚す。
びくびくと震える躰のままに安佐のモノを握りしめていた手に力が入った。それが安佐の感じるところをもろに刺激した。
「ん、んくうっ!」
急に加わった力に安佐のモノも一気に弾けた。
びくと手に掛かる感触に、ぞくりと背筋に甘い痺れが走る。
安佐が俺の手でイッた……。
取り出した手に白くねっとりとした液が付いていた。
これが安佐の……。
自分のモノと変わらない筈のそれに竹井は思わず口付けた。
「まず……」
妙な味にしかめる顔を安佐が呆然と見つめていた。
途端に顔が火を吹いた。
自分が何をやったのか、今になって気付いた。
お、俺ってば、なんて恥ずかしい事を!
慌てて、安佐の服でそれをなすりとる。
「あ、ああっ、竹井さん、服になすらないでくださいよ!」
「お前のだ。どうせ、ズボンは着替えるんだろうが!」
「それはそうですけど……ほらティッシュ、ここにありますから」
渡されたティッシュで残りの液を取り除く。
「お、俺……気持ち悪いから……ちょっとシャワーを……」
安佐が情けなさそうに竹井に伺いを立てる。
どうやらやっとこさ理性が戻ったらしい。
なんたがむっとした。
「ああ、さっさと着替え来い」
しっしと手を振ると、安佐が名残惜しそうに竹井から離れた。
そんなに名残惜しかったら、離すなって言うんだ。
安佐が聞いたら、理不尽極まりない怒りを内包し、竹井はそれでもその口元に笑みを浮かべた。
それに安心したのか、やっと安佐が浴室へと消えた。
それを見送ると、どことなく気怠い躰を奮い立たせて、躰を起こした。自分が吐き出したモノは安佐が綺麗に取り除いていた。
半端脱がされていたズボンを腰まで上げると竹井は台所へ向かう。
手を洗うためだ。
ごしごしと洗っていると何故か油性マジックが流しの横に立ててあった。
それを見た竹井の口元に嗤いが浮かぶ。
するなと言ったのに突き進んだ酔っぱらい野郎にはお仕置きが必要だよな。
ほくそ笑む竹井は、そのマジックをズボンのポケットに入れた。
浴室から出てきた安佐は眠そうだった。
理性を吹っ飛ばす程のアルコール+性行動に眠気が襲ってきたのだろう。
「俺もそろそろ帰るから、お前もう寝ろよ。明日は直行で出るのが遅くてもいいとはいえ、杉山さんと一緒なんだろう。遅刻したら何言われるか判らないぞ」
「そうですねえ。すみませんけど、俺先に寝ます。合い鍵、そこの引き出しに入っていますから、使ってください……」
ベッドに辿り着いた途端倒れ伏した安佐に布団を掛けてやる。
すると瞬く間に安佐は眠りに入った。
それから5分ほど待った。
「安佐くん」
耳元で呼びかける。
ぴくりともしない。
竹井はにっと嗤うと先ほどのマジックを取り出した。
「お仕置きだよ。ちったあ、よく考えて行動しろって……しかも、こんな所で止めちゃうし……」
竹井は嬉々としてそれをすると、言われた合い鍵を取り出して、その部屋から出ていった。
「た、竹井さんっ!」
2日後、出張から帰ってきた安佐は、竹井の部屋へと血相を変えて押し掛けてきた。
ちょうど帰ったばかりの竹井は、何事かと安佐を入れてやる。
「どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも……何やってくれたんですか!」
眉間に刻まれた深いしわに、ばれたかと苦笑いを浮かべる。
「あれって、今日、白のシャツだっから、上着脱ぐと見えるんですよ!」
「え、そうなのか?」
「ほら」
安佐が背を向けると上着をするりと脱いだ。
途端、竹井は腹を抱えて笑い出した。
「ほ、ほんと……はは……安佐、くんって肌着着ないんだっけ……」
「笑い事じゃないですっ!たまたまホテルまで上着脱ぐことなかったから良かったけど、杉山さんに見られて、おもっいっきり笑われましたっ!今の竹井さんみたいに!」
マジで怒っている安佐に竹井はそれでも嗤いを堪えることができなかった。
安佐の背中にはシャツ越しでもはっきりと「バーカ」と書かれているのが見えるのだ。
「しかも、これ洗っても取れないし、杉山さんには何をして竹井さんを怒らせたんだって勘ぐられるし……もう俺、恥ずかしいら、情けないやら……って、竹井さん、聞いてます!」
「き、聞いてるって……はは、そうか……杉山さんにばれたのか……ははは、それはまずいな」
ひたすら笑い続ける竹井に、安佐はがっくりと肩を落とした。
「ほ、んと、竹井さんって行動読めないんだから……これって、一応考えたんですけど、この前酔っぱらって嫌だって言っているのを無理矢理したからですよねえ?」
上目遣いに窺う安佐に、竹井はようやく笑いを収めた。だが、その目元には名残の涙が残っている。
「判ってるんならいいや。お仕置きだよ。まあ、その内消えるんじないの」
「も、竹井さん、頼みますからこういうのって止めてくださいね。しかもよりによって杉山さんに知られたんですから、ね」
「そうだなあ、ちょっとまずかったかなあ」
「ちょっとじゃありませんって。ったく……会社で着替えるときどうしたらいいんですかあ」
まだぶちぶち言っている安佐に、竹井はさすがにちょっとだけ同情してその頬に軽くキスをする。
「お詫び」
いきなりの事に赤くなった安佐はじとっと竹井を見つめる。
「これじゃあ、足りないです」
「お仕置きなんだから、貰えるだけでいいと思わないか?」
「もっとしたい……」
安佐の目が座っていた。
「だ?め、今度無理矢理したらそれだけじゃあ済まない。それでもいいのか?」
竹井の言葉に安佐は渋々諦める。
「うう。変わりに今日は奢ってくださいよ。直行で来たから食事まだなんです」
「それくらいだったら、いいよ」
竹井はこみ上げてくる笑いをかろうじて堪えながら、頷いた。
数日後、安佐はそれだけで竹井を許したことを心底後悔した。
ちくしょーー!
もう少しお詫びもらっとけばよかったぁ!
唸って机に突っ伏している安佐を、生産技術の面々が満面の笑みを湛えながら見守っていた。その中には竹井も杉山もいる。
安佐が唸っている原因はある噂だった。
『生技の安佐って人、彼女に無理矢理迫ったあげく振られて、気絶させられて、その背中に落書きされたんだってぇ』
誰が流した噂かは明白であった……。
【了】