【誠二と真の『警報色の一夜』】

【誠二と真の『警報色の一夜』】

 
「だから離せって」
「いいえ、離しません」
 そう言って矢崎真は滝本誠二を羽交い締めにする。
「嫌だっているじゃないか!」
「そういう訳にいかないって、言っているじゃありませんか」

 ため息と共に吐き出されたその言葉に、誠二はううと唸りながら力を抜いた。
 その二人のやりとりを苦笑を交えながら見ている連中がいた。
「滝本君、君の負け。さあさ、さっさと行っておいで」
 年輩の男性が手に持ったビール缶を掲げながら、後方を指さす。
 ドラム缶で薪を焚いているその明かりに照らされて、5人の男達が誠二達を見ていた。その中に智史もいる。
「団長?」
 情けない声の誠二を、真はぐいぐいと引っ張っていく。
「俺、運転しますから、誠二さんは助手席でお願いしますね」
「はいはい」
 がっくりと肩を落とした誠二は、寒々とした助手席に乗り込んだ。
 先ほどまで直接あたっていた焚き火の温もりが急速に冷める。
「じゃあ、行ってきます」
 真は団長達にそう言うと、赤車(あかしゃ)(消防団用小型ポンプ可搬車)を出発させた。
「くそう、俺ってくじ運だけは悪いからなあ」
 未だぶつぶつ呟く誠二に真は苦笑を浮かべながら、誠二の前のスイッチを指さした。
「ほらほら、放送お願いしますね」
 仕方なく誠二はそのスイッチを入れた。
 すると赤車のスピーカーから、防災向けメッセージが流れる。
 誠二と真は同じ地区の消防団員だった。
 その消防団が行っている行事の一つにこの年末夜警があった。
 12月の29日と30日の夕方から深夜にかけて、消防機庫に詰め定期的にパトロールに繰り出すのだ。といっても、回るのは2回程度。
 二人一組のそのパトロールは、くじ引きで決められていた。
 そして、誠二は引きたくもない当たりくじを引いてしまい、脱兎の如く逃げだそうとしたところを、同じく当たりくじを引いた真に捕まってしまったという訳だ。
「でも、俺誠二さんで良かったですよ。これが他の人で……しかも智史さんだったら、何か居心地悪いですから……」
「……」
 誠二だって智史と組みたくないとは思う。
 たけど、実は真とも組みたくはなかったのだ。他の人間とだったら、逃げようとまではしなかった。
 それに、機庫に残っていれば暖かい焚き火の横で、食事を取りながら酒にもありつける。
 今日の食事は焼き肉だった。
 食べ始めたばかりの時間にパトロールに出されたから、帰ってくるころにはめぼしい肉は無くなっているに違いない。
「肉?、肉?食べてーよ?」
「……誠二さん……」
 呆れている真の視線を受けて、誠二はむすっと口を尖らす。
「だってさ、俺腹減ってんの。今日は焼き肉だって言うんで、家で食べてこなかったんだぞ」
 幸が用意していたメニューを思い出す。
 何てことはないハンバーグだったが、こんなことなら食べてくれば良かったと後悔する。
「まあ、全くなくなっているってことはないでしょう?」
「だけど、少なくとも肉のいいところは無くなっているぞ」
 今日の食事当番が智史だったせいで、誠二達も手伝わされ買い出しに行った。
 だから、今日の肉がどんな肉なのか知っている。
 実は500gほど、上等な牛肉を混ぜているのだ。
「判りますかね?」
「兄さんは知っているからな。俺達のために残してくれるような人じゃないぞ」
 昔は兄弟思いのいい兄であったが、父親が亡くなって兄弟にその本性をばらしてからは、はっきり言って何されるか判らない恐ろしい存在なのだ。
「ま、くじ運が悪いのはお互い様と言うことで、さっさと一周してきましょう」
 真の笑う様を見ながら、誠二も笑う。
 一周……約30分程度の道のりをとろとろと進む。
 入れる路地は入っていき、ただ、決められた通りに進んでいった。
 ある程度進んだところで、家が途切れた。
 しばらく田畑が広がる。
 街路灯がぽつんぽつんとまばらにある程度。
 誠二はぼーとすることもなく、真っ暗なその景色を眺めていた。
 運転している真はともかく、誠二は本当にすることがない。
 ふあーーー。
 退屈すぎてあくびがこぼれる。
「なあ、矢崎……俺、退屈」
「そう言われても……」
 真にしてみれば、スロースピードの運転という、いつにない緊張を強いる運転に退屈どころの話ではなかった。
「替わりますか」
 答えの判っている質問に、誠二は間違うことなく「嫌だ」と答える。
 そのくせに、退屈だとごねる。
 他にすることはない。
「じゃあ寝ててください」
 真はため息とともに進言した。
「そうだなあ……」
 ちらりと真を見る。
 滅多に車が通らない道とは言え、それでも時折来る車のために脇に避ける。
 追い抜く車が照らす真は、いつもより格好良く見えた。
 眩しそうに細めている目は、あの時の目とよく似ている。
 ふっと頭がその時の事を思い出した。
 それに躰が馬鹿正直に反応する。
「やば」
 思わず口を付いて出た。
 それを聞きとがめた真が、誠二の方を振り向く。
「何ですか?」
「いや」
 慌ててそっぽを向く誠二に真が訝しげに首を傾げ、それでも運転中なので正面を向く。
「ほんと、寝てていいですよ。今日だってどうせ夜中までなんだかんだ機庫で騒ぐんだから、今の打ちに寝るってのも手ですよ」
「ああ……」
 寝れるモンなら寝たい。
 だが、誠二の股間のものは元気に起きてしまった……。
 情けねー……。
 がっくりと肩を落とし、ぶつぶつと呟く誠二に真は視線をちらちらと向ける。
「誠二さん、一体どうしたんですか?」
 結局、真は十分広い路肩に赤車を止め、鳴り続けていた放送を切った。
「何だよ、早く行こうぜ」
「行きたいのはやまやまですが、隣にぶつぶつ言われてはこちらも気になってしようがないです。一体どうしたんですか?」
 どうしたって言われても……。
 返す言葉が見つからなくて、誠二は黙っているしかない。
 それにこんなこと、こいつにばれた日には……。
「誠二さん?」
 ぐいっと顔を寄せられ、真の顔が間近に迫る。
 吐息がかかるかと思った。
 それから逃げるように、ぎゅっと目を瞑って背を強く椅子に押しつける。
「せ、いじ……さん」
 真の声が上擦っていた。「もしかして……」
 気付くなって!
 気付かれた事が恥ずかしくて、耳まで熱くなる。
「こんなになって……」
「あっ」
 そっと股間に触れられた真の手に、誠二はびくんと大きく跳ねた。
「ばか……触るな……」
 力無く、誠二の腕を掴む。
「俺見て、欲情してたんですか?」
 その言葉が揶揄しているようで、ますます赤くなる。
 その間も真の手が誠二の股間を優しく上下する。
「やめ、ろって……」
 苦しそうに喘ぎながら制止する誠二を、真は楽しそうに見つめていた。
 最近の真は誠二をいたぶるのを楽しみにしている、と思う。
 こうやって出来ない時に限って、執拗にいたぶる。
 いつもは誠二の方が強い立場なのだが、Hの時だけは二人の関係は逆転する。誠二主導でもつれ込むことなど、まずないと言っていい。たまに誠二から仕掛けると後で逆襲されるのが落ちだった。
「んっ」
 慣れた真の手つきにあっという間に誠二のモノは張りつめてしまった。
「どうします?このまま皆の所に帰ります?飛ばせば5分ほどですけど」
 言われてさっと血の気が失せた。
 熱くなっていた体が一点を覗いて一気に冷める。
 もちろん一点とは、真が掴んでいるモノであった。
「ば、か……」
 あそこには智史がいる。
 どんなに誤魔化そうとしても誤魔化しきれない相手だ。
 こんな所で欲情したなんてばれたら、どんなからかいの種になるか判らない。
 それを判っていて真はからかっているのだ。
「いい加減、止めろよ……」
 一向に止まらない真の手を無理矢理はがそうとする。
 が、にっこりと笑った真は、もう一方の手ですっと誠二の喉をなぞった。
「くうっ」
 全身に甘い痺れが走り、止めさせようとした手から力が抜けた。
 真は執拗に誠二の股間を服の上から嬲り続けた。
「はあっ」
 逆らえない快楽の波に、喉元を曝して仰け反る。直に触れてこない真の手がもどかしくて、なんとかして欲しいと切に願う。
 涙に潤んだ目を真に向けた。
「どうしました?」
「……ば、かやろ……」
 荒い息が噛み締めた歯の隙間から苦しそうに漏れる。だが、真はくっと喉を鳴らすだけだった。
 そんな真を誠二は恨めしげに見つめる。
「そんな色っぽい目で見つめないでくださいって」
「んな事言ったって……」
 恨めしげな誠二の耳元で真は囁く。
「こういう時はどういうんでしたっけ?」
 揶揄しているような口調に、誠二はくっと下唇を噛み締めた。
 執拗に誠二を苛める真が何を言いたいか判っていた。
 最近、ずっとこうだった。
 誠二をのきさしならぬ状態に追い込んで、言わせる。
「誠二さん?ね……」
 耳朶を甘噛みし、首筋に舌を這わす。
 その感触にぞくぞくと甘い痺れが走る。
 ちくしょー!
 だから、言いたくなくなるんだよ。
 本来誠二は理不尽な事に素直に従うタイプではない。
 だが高ぶったあそこは、持ち主のプライドを蹴飛ばす勢いで開放を訴えていた。
 ぐいっと真の手が、だめ押しのように力を入れた。
 このままではまずい!
 別の意味での焦燥感が誠二を襲う。
 このままでは、堪えきれなくなって服の中で出してしまいそうだった。
 今着ているのは消防団の制服だ。着替えなんかない。
 それだけは避けなければならないと、真の手を押さえにかかる。
 イキたいが、イク訳にはいかない。
 歯を食いしばり、必死で堪える。
「イキたいんでしょ?ね、俺の口で受け止めてあげるからさ、言ってよ」
 真が意地悪げに微笑む。
「……くっ……すっげー、意地悪な……奴……だな……」
「誠二さんのいい顔見るためには、俺いくらでも意地悪になります。それに、こうでもしないと、誠二さん俺のこと名前で呼んでくれないし……」
 くっ
 それを聞いて、言うもんかと口元を硬く引き締める誠二に真は手の動きを早くした。
「うっ……ああ……」
 座席で前屈みになり、必死で堪える誠二。
「ね、誠二さん」
「あ……」
 我慢の限界が来ていた。
 誠二の口元から喘ぐように言葉が漏れる
「ま、……まこと……」
「はい?」
 聞こえていないふりをする真を涙で潤んだ瞳で見上げる。
 その目元まで赤く染まった色っぽい表情に、真はごくりと唾を飲み込んだ。
「た、の……む……ま、こと……」
 真も限界だった。
 ベルトを外すのももどかしく、真は誠二のモノを取り出すと口に含んだ。
 ぺろりと舌を這わす。
「う……ああっ……ああ……」
 限界が来ていた誠二はそれだけで一気に高ぶった。
「くっあぁぁ!」
 どくんと大きく波打ち、呆気なく放出れたもの真はごくりと飲み込んだ。
 吐き出した後もびくびくと震えるそれを真は丁寧に舐め取る。
 誠二は肩で大きくイキをしながら、ぐったりと座席にもたれた。
 イッた後の虚ろな視線を向けられ、真は躰を起こすと、その唇に口付ける。
「ん」
 涙で潤んだ目尻を指でなぞり、すうっと顎のラインに指を這わす。
 びくびくと震える誠二を愛おしそうに抱き締めた。
「ね、誠二さん……俺のも、ね……」
 耳元で囁くと、誠二は逆らうことなく、真の股間に顔を埋めた。
 ズボンの中から指を這わせて取り出すとすると口に入れる。
「んん」
 真は誠二の髪を指で梳くように動かす。
 ざらりとした舌が、真の感じるところを責めてくる。
「あ、あぁ……」
 うっとりとそれに身を委ねていると……
『……家の周りには燃えやすい物を置かないようにしましょう……』
 いきなり、防災メッセージが聞こえた。
 はっと誠二が身を起こし、真が慌てて前を隠した。
「な、何?」
 きょろきょろと周りを見渡すと、100mばかり前方に赤車が見える。
「げっ、第二分団のだ」
 それは隣の地区担当の別分団の赤車だった。
 いきなり始まったメッセージは民家の無いところから帰ってきて、再度放送を掛け始めたのか……。
 誠二が乱れていた服を慌てて整えた。
 真は情けない思いで高ぶっていたモノを無理矢理ズボンの中にしまう。
「ちっくしょー!なんてタイミング!」
 ぶつぶつ呟く真に誠二はくくと喉を鳴らす。
「そりゃあ、誠二さんは気持ちよかったでしょうけどね」
「お前が意地悪だからだろ」
 言われて真も苛めたことは自覚をしているから、黙って赤車をスタートさせた。
 数分後に、お互いすれ違う。
「深山……さん……」
 誠二が相手の車の助手席の深山を呆然と見つめる。
 やあっとばかりにこにこと手を挙げて挨拶する深山に誠二達も敬礼して返し……。
「ばれた……かな?」
「俺、嫌な予感します……」
 熱くなっていた躰が一気に冷めた。
 深山が同じ消防団員なのは知っていた。
 だが、これは偶然なのか?
「帰ろう……」
 誠二が大きなため息と共に言葉を吐き出した。
 帰りたくは無かったが、このまま脱走する訳にもいかない。
 そんな事をすれば、余計勘ぐられるだけだから……。
「そうですね」
 だから、真は赤車をUターンさせるしかなかった。
 防災メッセージが流れる。
 だがそれは、これから起こるであろう「智史」という名の災厄には効きそうになかった……。

【了】