【どこまでも広い秋の空】 6 宵闇の苦悩の章

【どこまでも広い秋の空】 6 宵闇の苦悩の章

部屋に戻り、お互いのベッドに座った。
浩二がリモコンで備え付けのテレビのスイッチを入れる。
タイトルが判らない洋画が映し出された。
しばらくは無言でそれを眺めていた。
雅人はちらりと浩二に視線を送る。

ラウンジから戻ってきてからほとんど口を利かない浩二は、それはいつものことだったけど、何を考えているんだろうと、勘ぐってしまう。
今日はどうするんだろう……。
あまりにすることがなく、映画も面白くなかったので、そんな事をふと考えてしまい、狼狽える。
内心の動揺を抑えるのに一苦労していると、突然浩二が話しかけてきた。
「どうして私といるとそこまで緊張してしまうんですか」
静かな浩二の言葉が雅人には突き刺さるように聞こえた。
考えを見透かされたのかと思い、息を飲む。が、そうではないようだ。
「二人だけでいる時はそうでもないですけど、今回のように誰かが側にいると決まって私の言葉に強く反応されるでしょう」
それは静かだけど、とても強い視線を雅人は感じていた。
そんなこと言われても……。
自分でもどうしようもないのだが、条件反射のように反応してしまうのだ。
怒られている、と感じてしまう。それだけで……。
何も言わない雅人から浩二はふっと視線を逸らした。
「やはり、最初のことがあるからでしょうか?」
「それは!」
違う、と言いかけて……しかし浩二の視線を浴びて言葉が止まってしまう。
「違わない……そうでしょう」
ため息とともに浩二が吐き出す言葉に、雅人は逆らうことなどできなかった。
何よりも自分がよく判っているのだから。
あの時の痛みは何よりも自分に戒めを課しているのだ。
二度と浩二を悲しませない。
逆らわない……ではない。悲しませないこと。
それがまず前提にあることを雅人は気づいていたから。
だけど、つい他人にちょっかいを出し、それに必要以上に反応する浩二に気が付いているにも関わらず、対抗するかのようにまたちょっかいを出す自分に戸惑っているのも事実。
だけどそうしていることが楽しいのだと、どうやって説明すればいいのだろう。
浩二にしかって貰うことが、なんだか嬉しくて??怒らせると怖いとは判っているのだけど、ゲームのように楽しんでいる自分がいるのが事実で……。
こんな心理って浩二には判らないだろうなあ……。
雅人はため息をつくと、口を開いた。
「あのさあ……俺ね、わざと怒らしているんだと思ってくれない?」
「わざと?」
「そう。わざと他人にちょっかい出して、それでわざと怒って貰っている。だから必要以上に浩二を窺って反応しているって所かな」
雅人の言葉に浩二は訳が分からないといった風に首をふった。
判らないだろうな……。
あきらめにも似た気持ちで浩二を見つめる。
どうすれば納得してもらえるか判らない。
だけど、説明しなければならないのだから。
雅人は言葉を選ぶように口に乗せた。
「いつも、浩二は静かじゃないか。ふたりっきりの時は、こうやってテレビを見たり、本を読んだり……それはそれで楽しいんだけど、あんまり静かなのってなんだかいたたまれなくなってきたりするんだ」
「それは、私といると楽しくないっていう事ですか?」
ああ、もうっ!
心の中で毒づくと、雅人はじろりと浩二を睨んだ。
「違うって。好きなんだよ、そういうぼーとしている時間て。だから、それは良いんだけど……ふとした拍子に考えてしまからな。浩二って何を考えているんだろうって」
「私が?」
「そう。いっつもそうやって最低限のことしか言わないじゃないか。だから、誰かに逢ったとき、今回みたいに俺達の事よく知っている人たちなんかと一緒にいると、ちょっかいを出したくなる俺の性格も手伝って……」
少し言葉を切ってしまった雅人を浩二は視線で促した。雅人は一回息を飲むと、言葉を継いだ。
「浩二の反応、楽しんでいるんだ」
言ってしまった……。
半分は後悔。半分は楽しみ。
浩二がこの言葉にどう反応するか……。
「では、わざとなんですか?優司さんの件とか……」
「ていうかそこまで考えていない。説明するためにちゃんと理由を付けただけ。普段は無意識の内にやっている、と思う」
「どうしてです。どうして、そこまで私の反応を見たいでんすか?」
判らないかなあ……。
雅人はそっとため息をつくと、言った。
「だって、浩二が反応してくれるのは、俺の事好きだからって思えるじゃないか……」
何気なく言ったつもりだったが、かっと体温が上昇するのを感じ雅人は狼狽える。
耳まで赤くなった雅人を浩二はまじまじと見つめていた。
「でも、そうやって反応してくれるのは嬉しいんだけど、その先の事考えちゃうと緊張しちゃうっていうか……まあ、最近はそれもいいかなあって……思えちゃって……」
だんだん声が小さくなる雅人。比例するかのようにますます顔色が赤くなっていく。
「判った?」
ちらりと浩二に視線を送ると、浩二は驚いたかのようにじっと雅人を見つめていた。その顔が心なしか赤いのは気のせいだろうか?
「雅人さん」
その呼びかけに雅人がびくりと反応した。
「何?」
「そんな事確かめなくても私が雅人さんを愛しているのはご存じでしょう?」
「判っているけど……だけど」
「でも、うれしいです。そうやって私のこと確かめようとしている雅人さんが私は好きですよ」
立ち上がった浩二は、雅人の側に寄ってくる。
「でもそうやって私のこと確認して、怒らせてしまうことだってあるでしょう。それでも、楽しいですか?」
「いや、それは、そのやりすぎたなあって反省してる」
雅人の傍らに座った浩二はそっと雅人の肩に手をまわし、引き寄せた。
浩二のたくましい肩に雅人はこつんと頭を乗せた。
「怖いって思うことだってある。だけど、それでも浩二の事好きなんだ。怒られても構ってくれるってだけで嬉しい」
「そういうのってマゾって言うんですよね」
さらりと言われて、雅人は慌てた。
「ち、違うって。そんなんじゃないって!」
慌てふためく雅人に浩二はくすりと笑みを漏らした。
「あっ……からかった?」
上目遣いに睨む雅人が面白かったのか、今度は喉をならしながら笑いを堪えていた。
「うー」
唸る雅人の頭を浩二はぽんぽんと叩く。
「本音を言うとね、私も雅人さんの反応を楽しんでいたんですよ。とってもわかりやすい反応をされるから」
そう言ってくくくと笑いを漏らす浩二を見、そして雅人はかあっと赤面した。
「もしかして、俺って遊ばれていたことがあるって?」
「ええ」
一体いつ?
じゃあ、もしかすると怯えなくても良いところで、実は怯えていたこともあったとか……。
「素敵ですよね。あなたの泣きそうな顔も……」
「なっ!」
何がどうなったのか判らなくて混乱している雅人を浩二はそっと押し倒した。
「あ……」
目の前に浩二の顔があった。
「本当に、あなたは可愛くて素敵です」
熱い口づけに襲われ、雅人は全身に甘いしびれが走った。
「んん」
意識しない声が漏れる。
互いの手を握りしめ、雅人の身体はベッドに押しつけられていた。
貪るようなキス。
雅人はうっとりと酔いしれていた。
浩二が唇を離すのを名残惜しげに見つめる雅人に浩二は苦笑を浮かべた。
「明日の朝は、みんなで朝食だそうですよ。また、朝食に行けなくなったら困りますよね」
言われて雅人は赤面した。
前に優司達と旅行に行ったとき、雅人一人動けなくて朝食に行けなかったときの事を思い出したのだ。
「動けないのは嫌だけど……しないのも嫌だな……」
ぼそっと漏らす言葉に浩二は目を見張り、そして耳元で囁く。
「じゃあ、今日はあなたのために優しく行きましょうか」
その言葉に声もなく頷く雅人。
浩二の手が雅人の身体の感じるところをくまなく刺激していく。
その愛撫は、確実に雅人を責め立てる。
「んん……ああん……はあ……」
上半身への刺激だけで雅人の下半身は猛っていた。なかなか施されないそこへの刺激が欲しくて、雅人は涙を浮かべて浩二を促す。
「まだですよ」
だが、浩二は冷たく言い切ると、そっと臍の辺りを舌でつつく。
「んあっ」
その拍子に浩二の身体で擦られた自身から脳天まで響くような痺れが走った。
「も、だめ……」
喘ぐように漏らし、自分のモノに手を伸ばそうとして浩二に押さえられた。
「あ」
「だめですよ。私がするまで待って下さい」
悪魔のような言葉に雅人は涙混じりの目で浩二を見つめる。
「うー」
唸る雅人の口元に軽くキスすると、浩二は雅人の両手を押さえたまま再び雅人の胸に顔を埋める。
「ひぃ……」
雅人の性感帯を知り尽くしている浩二に責められ、絶え間ない刺激に雅人の理性は飛んでいる。
「も、はやくぅ……」
いつまでも触れて貰えないソコは先走りの液でしとどに濡れていた。
「がまん、できませんか?」
聞く浩二が笑みを浮かべているのに気づき、雅人は眉をしかめた。
「意地悪」
拗ねて呟く雅人が可愛くて浩二はくすりと笑みを漏らした。
「意地悪ですよ、私は。雅人さんの可愛い顔が見られるのならいくらでも意地悪になります」
「うう」
唸って抗議するが聞き入れて貰えず、雅人はまた喘ぎに襲われる。
「んああ……はあ、こーじぃ……」
絶え間なく漏れる声がせっぱ詰まってきた。
「いいですよ。イッても」
悪魔の声が雅人に囁き、その声に促されるように雅人の意識が弾けた。
「あああっ」
震える雅人を浩二は抱き締める。
「愛しています、雅人さん」
その声を聞きながら、雅人は欲情に溢れた瞳を浩二に向ける。
その瞳に煽られるように浩二は愛撫を再開した。


「ううん……」
何かが手に当たり、ふっと雅人は目を開けた。
雅人の目前に浩二の顔があった。
いつも冷たい表情のそれが微睡んでいるせいか柔らかくいつもと違うようでどきりと心臓が高鳴る。
昨夜の醜態を思い出し、恥ずかしさがこみ上げてきた。
だが、身体を動かすと、痛みはない。
ただ、全身を襲う疲労感だけは抜け切れていなかった。
確かに優しくしてくれて、浩二自身の挿入は1回だけだった。
しかし、雅人は何回イカされたか判らない。
信じられないほど浩二の愛撫は巧みで、ちょっとした刺激が雅人を翻弄する。
怠い身体を無理矢理奮い立たせて雅人は半身を起こした。
「だるー。でも痛みがないだけマシかあ……」
ため息とともに身体を動かした途端、体内から溢れ出すモノを感じ、ぞくりと背筋に甘い痺れが走った。
「ん」
思わず漏れた声に、慌てて手を口に当てる。
ちらりと浩二を見ると、起きそうな気配はなかった。
ほっと息を吐くと、静かにベッドから降りる。
全裸の身体でうろうろするのも躊躇われて、脱ぎ捨てられた衣類の中からシャツを引っ張り出して羽織った。
「シャワー……あびよ……」
のろのろと浴室に入った。
身体が怠い。
「優しいって意味、違ってないか……」
ぽつりと漏らしてため息をついた。
シャツを脱ぎ捨て、熱いシャワーを頭から浴びる。身体に刺さるような刺激が心地よくて、しばらくその感触を楽しんだ。

バスローブを羽織り、タオルで頭を拭きながら部屋に戻ると、ベッドの上で浩二が半身を起こして座っていた。
「おはよー」
「おはようございます」
几帳面な朝の挨拶が返ってきて、あいかわらず、と雅人は苦笑した。
「浩二もシャワー浴びてきたら」
「そうですね。雅人さんは身体の方は大丈夫ですか?」
心配そうな浩二に、雅人は正直に答える。
「痛くはないよ。でも怠い」
「そうですか」
何か言葉を足そうとして、結局黙ってしまう浩二。
「何?」
訝しげな雅人に浩二は首を振った。
「何でもありませんよ」
笑みを浮かべられると、雅人もそれ以上何も言えなかった。
朝から浩二の笑顔が見られることが嬉しくて、眩しげに目を細める。
「シャワー急がないと時間が来る」
そんな自分に照れて、浩二をシャワーに促した。


昨夜の宴会場に行ってみると既にみんな揃っていた。が。
「何人か足りないような気か……」
雅人の呟きに、その相方達が苦笑を浮かべた。
「みんなわざと無視しているんだから、言うんじゃない」
秀也が苦笑しながら雅人をたしなめる。
秀也がいつもの元気を取り戻しているのに気づきほっとはしたが、その言った言葉の理由に気づき、決まり悪げに雅人は口を閉じた。
来ていないのは、恵と誠二の二人だった。
だがよく見ると、智史もたまに顔をしかめて、ぶつぶつと呟いて機嫌が悪そうだ。
触らぬ神にたたりなし、と言った風で、誰も智史に話しかけていない。
そうしてみると平気な顔しているのが優司と自分だけなのに、思わず笑みがこぼれる。
旅行先での無茶が朝食に響くことは、前回の旅行で立証済みだもんなあ。
ちらりと優司を見ると、優司も雅人を見ていた。
雅人がくすりと笑みを漏らすと、優司の顔が少し赤くなる。
「食べたら、車で紅葉見に行くつもりだけど」
秀也の言葉に浩二は頷く。
だが、義隆と真はひきつった笑みを見せた。裕太も心配そうに智史を見る。
「俺達は後から行くからさ、4人で行ってよ」
義隆の言葉に秀也は苦笑しながら頷いた。

やっと最初の予定通りの旅行になりそうだ。
秀也達の目がそう会話していた。

【了】