【仕事してよ 三宅美佳編】

【仕事してよ 三宅美佳編】

 一体何をやっているの、あの人達は。
 開発部サポートチームの三宅美佳は、苛々とその二人を見つめていた。
 篠山チームリーダー篠山義隆と滝本チーム滝本優司はさっきから不毛な舌論を続けていた。
 どう聞いていてもさっきから堂々巡りを繰り返している。聞きたくないのだが、すぐ側でやられたら、勝手に耳に入ってくる。
 いい加減したくもない残業にうんざりしているところに持ってきて、この雑音は何とも耐え難い。

 ああ、もう!
 ちっとも先に進まないじゃない!
 私は早く帰らないと、ちび達が待っているのよ!
 苛々とパソコンのキーを叩いていると、ミスタッチばかり増えてめちゃくちゃ効率が悪い。
 それがよけい三宅の神経を逆撫でしていた。
「だから、配管が間に合わないからって、それはそっちのミスなんだから・・・・・・この日には開けて貰わないと業者がはいるんだ、こっちは」
 ああ、何回篠山の口からこの台詞を聞いたんだろう。
「配管が出来ていないのに動かすわけには行きません。もともと、遅れることは連絡している筈です」
 滝本の方もこれも同じ台詞。
 どうして、この人たちはこうも進展のない話をし続けなきゃならないの。
 しかも、私のすぐ横で!
 ああああ!
「うるさい!」
 思わず三宅は叫んでいた。
 あまりのことに篠山と滝本は呆然自失といった感で、きょとんとした顔で突っ立っている。
 ああ、もうこの二人は。
 額に手を当てる。
「篠山くんも滝本くんもいい加減にしてよね。さっきから何遍同じこと言い合っているのよ。ぜっんぜん進捗がないじゃない!」
 三宅は普段は二人をさん付けで呼ぶのだが、何かの拍子にくん付けになってしまう。仮にもリーダーにくん付けはまずいかなあは思うのだが、何せ二人とも入社は三宅より遅い。あの第二リーダーの水岡ですら、三宅の後輩になる。もっとも高卒入社の三宅と大卒・院卒のリーダー達との年の差などはあったが、それでもそこそこに仲がいい人々ではあった。
「俺達、そんなに進捗のない会話してたか?」
 篠山が我に返ったように言う。
「してた。ずっと隣で聞いてた私が言うんだから間違いない!」
 お陰で、いつになったらこの書類が出来るんだろう。
 子供が家で待っているんだ。私は。
「ったく篠山くんねえ、デートしたいんだったらこんな所で言い合いしてないで、とっとと帰ればいいのよ。そんな出口のない会話していたって時間の浪費よ。残業減らせっていわれているんでしょう!」
 三宅の言葉に間違いはない。
 だが。
「いや、今日はデートはもうないんだけど・・・・・・それに、なあ・・・・・・」
 篠山が言い淀んで、滝本に振る。
「ええ、そのこれ今日中になんとかしないとまずいんで・・・・・・」
 歯切れの悪い二人に三宅はため息をついた。
「だったら、もうちょっと進展性のある会話してくれない・・・・・・駄目になっているものをなんとかしろっていったって、無理なものは無理でしょうが」
 正論であった。
「それにさっき高山くんと橋本くん来てたけど・・・・・・・」
「あれ?そうでした?」
「そうなのか?」
 まったく気づいていない二人に、三宅は心底橋本と高山に同情した。
「二人で休憩するって言ったわよ。二人に関わりたくなかったみたい」
 橋本と高山の会話が三宅に聞こえたというのに、どうしてこの二人——篠山と滝本に聞こえなかったのか。
「何だよ、それは。橋本の奴、担当はあいつなんだから話に入ってくれればいいのに」
 怒る篠山に、滝本は複雑な視線を向ける。
 三宅も呆れたように視線を向けた。
 そりゃ、無理でしょう・・・・・・。誰が好きこのんで喧嘩状態のリーダーの仲裁に入ろうというのか・・・・・・。
 まあ、あの橋本くんならやれるかも知れないけど・・・・・・。
「で、一体何を決めればいいの?」
 そう言ってから、三宅はまた残業が長引くなあ・・・・・・と内心舌打ちする。
 だが、半分は好奇心もある。一体何が原因なのか、さっきまでの会話でははっきりとくみ取れなかったのだ。
「ああ、実は・・・・・・」
 篠山の説明によるとこうなる。
 要は篠山チームの機械搬入日までに移動してもらいたい装置群が、移転先のフロアの工事が終わらないので移転できない。
 ということらしい。
 こんなことで、この二人は30分以上もぐだぐだと話をしていたの?
 会話の内容からするともっといろんな方面にわたっていたと思ったのは、気のせい?
「ねえ」
 知らず知らずのうちに声が低くなる。
「で、どうしてその問題を話しているときに、パソコンの設置がどうとか、設定を早くしてくれないとか、それこそ、人がいないとか・・・・・・という話になるわけ」
「えーと・・・・・・」
「ちょっと違う話も入っていたんですが・・・・・・」
「必要な話題だけに絞らないから、延々と長引くんでしょうか?さっきのミーティングも実は大半は井戸端会議だった、とかいうんじゃないんでしょうね!」
 まずい。
 三宅は自分で思った。
 疲れで怒りがコントロールできていない!
 ああ、何もかも苛々するっ!
 しかも、二人の反応はまさに図星、という感じだったし・・・・・・。
 すると、篠山が滝本の耳元に口元を近づけて何かを囁いた。
 三宅にはそれが聞こえなかった。
 たぶん、怒らしてしまった。どうしよう・・・・・・というような言葉だったんだろうけど。
 だけど、それはとても絵になっていて。
 いいもん見せて貰いました・・・・・・。
 という感じで、三宅は怒りが一瞬で消えるのを感じた。
「篠山さんのせいでしょう」
 ため息をつく滝本は、やや上目遣いに三宅を見る。
 う、わー。
 やめて、その目は。
 何か可愛がってあげたくなるじゃない!
 その時。
「おーい、二人とも休憩いかない」
 やや間の抜けた呼び声に振り返ると、第二リーダー水岡がにこにこしながらやってきた。
「何の話してんの?」
 言われて、篠山と滝本が顔を見合わせる。
「フロア引っ越しのスケジュール調整だって」
 むっとしながに言ったのは三宅だった。
 せっかくいい雰囲気だったのに邪魔しないでよ。
 と、理不尽な怒りを覚える。
 怒りついでに訴える。
「なんとかしてよ、水岡さん。この二人、堂々巡りしてるから」
「ふーん。じゃあさ、休憩でもしながら話しない。俺腹減っちゃって」
 やせて小柄なくせに意外にも大食漢の水岡は、残業になると持参の食事をしに行く。
「そうですね。行きましょうか」
 滝本の言葉に篠山も頷いた。
 この会社では、残業が長引いたときの軽食用にカップ麺が常備してある。残りの二人もそれを食べようと言うのだ。
「またあ。みんな休憩にいくと帰ってこないんだから・・・・・・」
 三宅にしてみたら、休憩を取っている時間があったらその間に仕事を終わらせて、さっさと帰ればいいのに、と思う。しかもこのメンバーで食事付き休憩にいってしまうと、ほんとうに下手したら1時間位は平気で帰ってこない。
 つき合いきれない三宅は、再びパソコンに集中した。
 あーあ。
 とっとと、終わらせて帰ろうっと・・・・・・。
 にぎやかに去っていく篠山と滝本にさっきの機嫌の悪さは見られない。
 水岡の存在が、二人を落ち着かせたのだろう。
 と、
「あれ。滝本さん達は?」
 高山と橋本が戻ってきて、姿の見えない二人を捜して見回している。
「さっき水岡さん交えて休憩行ったわ」
 三宅が脇目も振らず返事をすると、二人の慌てている様子が見なくても分かった。
「どうしよう。30分は戻ってこないぞ」
「一緒にもう一度休憩するか?」
「それは嫌だ。いい加減帰りたい」
 新婚の橋本が心底嫌そうに言った。
「仕事、してようか・・・・・・・」
「そうだな」
 三宅がふと視線を向けると、ため息をつきながら作業場に戻る二人がいた。
 相も変わらず大変なことで・・・・・・。


 そして、三宅はキーボードに本日最後の1文字を打ち込んだ。
「これで、今日の仕事は、終・わ・り」

【了】