【仕事してよ 開発部より滝本チーム高山&篠山チーム橋本編】

【仕事してよ 開発部より滝本チーム高山&篠山チーム橋本編】

 開発部 滝本チームの高山は、棚卸しのチェックの手を止め、ふと時計を見た。
 すでに7時を回っているのを見て、小さく息を吐くと、かがめていた腰を伸ばした。
 同じチームのメンバーは滝本・高山を含め8人。
 それを実質的に束ねているのが高山だった。
「鈴木くん?」
 通路を横切った人影を呼び止める。

「あ、はい」
 滝本チームの今年唯一の新人である鈴木が、立ち止まる。
「もうミーティング終わったのか?」
「はい、ついさっき」
 疲れたような表情の鈴木に、高山はそのミーティングが荒れたことを感じとった。
「で、滝本さんは?」
「さあ、事務所に戻られたようですが・・・…」
「そうか」
 息を吐き出すようにそう呟くと、高山は努めて明るい表情を作り言った。
「鈴木くんは今日は終わりか?」
「ええ、でも棚卸しやりますけど・・…」
「いや、いいよ。だいたい目途がついたから、きりをつけてあがってくれ」
「え、でも・・・・・…いいんですか?」
「ああ、最近残業のチェックも厳しくなっているからな。帰れるときに帰るようにしてくれ」
「はい、じゃあ、失礼します」
「ああ、お疲れさま」
 軽く一礼して帰っていく、鈴木を見送ると、高山はきびすをかえす。
 向かった先は、事務所だった。
 まだ煌々と灯りがついている事務所の一角で、滝本は篠山と話をしていた。
 やや苛立った双方の声が聞こえた途端、高山は立ち止まった。
 さっきのミーティングの内容を確認しようと思ったが、ここで近づくとあの間に取り込まれそうな気がした。
 それだけは避けたかった。
 と、高山は肩を叩かれて、振り返った。
「ああ、橋本くんか。何?」
 篠山チームの橋本がにっこりと笑いながら立っていた。
「なあ、休憩でも行かないか?どうせ、あれ当分終わりそうにないし・・・…」
 言われて、双方のリーダー達を見ると、確かに今熱戦の最中だ。終わる気配なぞ全く見られない。
「そうだな。コーヒーでも飲みに行くか」
 笑みを浮かべ、橋本に頷く。
 二人はそろって食堂へと向かった。
 この時間になると食堂には休憩にきている人たちが、何人も座っていた。
 二人は自販機で飲み物を買うと、空いている席に座った。
 窓際の禁煙席を選んだが、どことなく淀んだ空気が喫煙席から漂ってくる。
 高山はそれに顔をしかめながら、コーヒーを一口飲んだ。
「さっきのレイアウト案のミーティング、俺途中から出たんだけど、全く結論が出なかったんだ」
 橋本が困ったように言った。
 常日頃、篠山の言動に振り回されっぱなしの橋本も、今回ばかりは心底困っていた。
「そうか・・・…困ったな」
 高山もため息ととともに吐き出した。
 高山と橋本は、同期入社でお互い仲もいい。
 ポスト的にも似たような位置にいた。
 ただ、篠山と橋本は年齢的にもその能力においてもその力関係は歴然としていたが——それでも篠山に文句が言える橋本も強いとは思う——が、滝本と高山の方は、どちらかという高山の方が強い立場にあった。
 年齢は滝本の方が上なのだが、入社時期は滝本の方が1つ遅い。誰の目から見ても統率力があるのは高山の方。本来、開発部電気化学第2チームのリーダーは高山がなるべきものだった。
 しかし、高山は第一リーダーの須藤とひたすら仲が悪かった。
 思ったことをずばずはと発言する高山に、上司の覚えがめでたいわけがない。
 で、リーダーの選抜の際、選ばれたのは滝本だった。
 滝本も決して須藤と仲がいいわけではないのだが、まだ御しやすいと思われたのだろう。
 滝本がリーダーになったとき、高山は滝本にはっきりと言った。
「俺はリーダーには向かない。だけど、滝本さんも向いているとは思えない。だけど、このままで困るのはメンバーだから、二人で何とかやっていこう」
と。
 その時、滝本は微かに表情を堅くはしたが、結局頷いただけだった。
 それ以来、二人の奇妙な関係が続いている。
 表のリーダーたる滝本と実際に指揮するリーダーたる高山の・・・・…。
 一時期、滝本がそれを苦にしていたことも知っている。ずっと表情が暗かった。
 だが、最近はうまくやってきているとは思う。
 それでも、すべてがうまくいくとは限らない。
 滝本がすべてを自分で抱え込む性質である限り。
 だが、篠山チームも今の力関係にすんなりなったわけではないのを高山は知っていた。
 気分屋の篠山をコントロールするこつを覚えるまで橋本が如何に努力したかを知っているのは、この開発部でも数人しかない。橋本は、その鋭い観察力でそのリーダーが何をしようとしているか態度だけで分かるまでになってしまった。
 それは傍目から見ると、随分と仲がよく見え、一部の女性社員から、「あの二人は出来ている」などど言われていたこともある。さすがに、橋本が結婚したことによってそれは消えたが・・・・・・。
 まあ、だからこそ高山と橋本は何かトラブルがあると二人で共同で解決策を模索した。
「最近、篠山さんと滝本さん、仲が悪いから厄介だよなあ。橋本くんは何でか知っているか?」
 ついこないだまではあれほどではなかったようだが。
 と、その問いに橋本が明らかに動揺した。
「どうしたんだ?」
 じっと橋本を見つめると、橋本は苦笑を浮かべ返事をした。
「いや、俺は知らないよ」
 上目遣いにこちらを見ながらジュースを飲む橋本を見ながら内心ため息をつく。
 どう見ても知っている顔だよ、それは。
 つき合いが長い高山にとって橋本のそれは嘘だとはっきり言っているようだあったが、高山はあえて何も言わずにコーヒーを飲んだ。
 沈黙が二人を覆う。
 結局数分もたたずにそれを破ったのは橋本だった。
「篠山さんがさあ、滝本さんの弟と仲がいいのが滝本さんは気に入らないんだと思うよ」
 相変わらず沈黙に弱いよなあ、お前は。
 だけど、仲が悪い原因がそれだとしたら・・・・…情けないぞ、それは。
「本当にそうなのか?」
 橋本が篠山の事を知り尽くしているのと違い、高山はプライベートのことまで滝本の言動に注意を払わない。だから、それは知らなかった。
「たぶんね。この前、篠山さんと滝本さんの弟が喧嘩した時も、滝本さんが露骨に嫌がらせしていたし・・・…他にはトラブルなんかなさそうだから」
 四六時中篠山さんを監視しているといっても過言ではない橋本がそういうのだから間違いないだろう。
 だが・・・…。
「そんなことで、仕事で喧嘩されたらかなわない」
 憮然として言い放つと、橋本が口の端を上げて笑いかえす。
「ていうか、篠山さんに対しては滝本さんが言いたいことを言っているっていう感じで喧嘩じゃあないね。どちらかというと、なんか兄弟喧嘩に近いものがあるかな。そしてさ、あれが本来の滝本さんじゃないのか。誰にも遠慮しないとあれだけのことが言えるんだなって感心してたんだけどね、俺は。だけど、遠慮がない分、周りの巻き込まれた人間はすっごい困るけどね」
 はあ・・・・…。
 そうなのか?
 いつも一歩ひいた感じで、言いたいことだけ言われても黙っているような、今ひとつ覇気のないイメージの滝本さんだが、そうでもないところがあるのかな。
 だったら、いつだってそうであって欲しいと思う。
 そのせいで、こっちのメンバーがどれだけ迷惑しているか。
 ため息をつく。
「なあ、うちの滝本さんとそっちの篠山さんって、足して2で割ったらちょうどいいとは思わないか?」
 高山の言葉に橋本は大きく頷いた。
「そうだよな。篠山さんが滝本さんの仕事熱心な所貰ったら、すっげー俺助かる」
「滝本さんが篠山さんの俺が一番的発想をしてくれたら、どんなに俺達助かるか」
 そして、お互い顔を見合わせ、大きなため息をついた。
 だが、まず高山がその表情を変えた。
「さてと、今更不毛なことを考えていてもしようがないので、今できることをしようぜ」
 きっぱりと言い切る高山に橋本も頷く。
「そうだな」
 そして、二人は頭をつき合わせて今後の対策を話し合った。
 もちろんそれは、それぞれのリーダー対策であった。
 内容は当然のことながら、
「いかに二人に仕事をさせるか?」
 である。