【仕事してよ 穂波幸人編】

【仕事してよ 穂波幸人編】

 滝本の携帯で遊んでいたら、思わぬ収穫があった。
 そう思うと自然顔が綻んでくる。
 川崎理化学営業三課課長 穂波幸人(ほなみゆきと)は、窓の外を長めながら一人笑いを浮かべていた。
 緑山・・・・・・確か、小さめの細身の顔に、二重の大きな瞳が印象的だったよな。黒々とした髪をうまくセットしていて、今時の若者っていう感じて・・・・・見た感じは可愛いんだけど、その視線は結構鋭くて、アンバランスな所が良いかも・・・・・・。

 あの時は酔っぱらってて、しかも嫉妬の炎に燃えてる瞳で・・・・・・少し潤んだ瞳が思い出される。
 うーん、これは結構上玉かも。
 今更ながらそう思う。
 さっき仕事中に滝本が使っていた携帯を取り上げ、ついついふざけて送信したら、篠山から速攻で返信がきた。
 どうもあの男はからかいがいがあるなあ・・・・…。
 くすくすと思いだし笑いをする。
 ところが、篠山相手に送信しまくっていたら、いきなりその緑山に代わっていた。
 仕事するよう見張っていると言っていたから、業をにやして携帯を取り上げたんだろうが・・・・・・なかなか楽しいメール交換だったな。
 「逢いたい」と送ったら、曖昧な返事しか返ってこなかったのだから、ちょっとがっかりしたのだが、最後のメールで自分のメールアドレスを教えてきた。
 手元にあるメモ用紙に記入してあるメールアドレス。
 最後のメッセージにあったアドレスを速攻で書き写した。
 これは、携帯のメールアドレスだな。
 アドレスからして、個人の携帯という訳か・・・・・・。
 うーん、これは楽しみだ。
 にこにこと手元のメモ用紙を弄んでいると、いきなり声をかけられた。
 思わず、それを手の中に握りしめる。
「何だ?」
 努めて冷静に返事を返すと、相手は滝本だった。
「課長、この見積もりの承認をお願いします」
 ようやく仕事を再開した滝本がやっと一つ書類を持ってきた。
 まったく、遊んでばかりいないで、さっさと仕事をしたらいいんだ。できるくせに・・・・・・。
「ああ、やっと来たか?なかなか提出されないんで、こちらでやろうかと思っていたよ」
 わざとらしくため息などついてみる。
「課長が、私の携帯で遊ぶから気になって仕事にならなかったんです」
 正直に、しかも怒りを含ませて反論する滝本は、正直言って可愛い。
 しかし、それとこれとは別なのだ。
「その程度で気を取られるようでは、まだまだ一人前とは言えないな」
「・・・・・・申し訳ありません」
 相変わらず素直だなあ。
 と、思いつつ、素っ気なく書類を返す。
「ま、仕事に支障がないようにつき合いなさい。この前みたいに外回りに行けないことのないようにね」
 それを言うと、滝本は真っ赤になって狼狽えた。
 ほんと、おもしろいわ、こいつは。
「あ、ありがとうございました・・・・・・」
 それでも律儀に挨拶して戻る滝本に、穂波は笑いをこらえることができなかった。
 滝本は可愛いが、どっちかというとからかって遊びたい方の好みだ。
 本当に弟のように可愛い。
 穂波の趣味としては、篠山のようにしっかりとした格好いい感じの方が好みなのだが・・・・・・。
 だが、意外にあの男もからかいがいがある。
 滝本に惚れた弱みというのが感じられていて、仕事をできる男をからかって狼狽えさせるのもずいぶんと面白いじゃないか。
 それにしても、あの緑山はどちらかというと可愛いのだが、なんとなく篠山に共通する部分がある。視線の強さみたいな、そういう心の中の根本にある強さ。自分の思いに忠実な所。
 本当にゆっくりと逢って、いろいろと観察してみたいものだな。
 穂波は緑山が諦め切れていない事を、あのメール交換で感じ取っていた。
 不安定な心が、最後にメールアドレスを送ってきたのだから。
 だからこそ、余計に逢ってみたいとおもう。
 もしかすると、面白い相手かも知れないし、最悪でも、滝本や篠山なみに遊べる相手になるだろう。
 だから、楽しみだ。
 どうやって誘い出そうか?
 どういう風に、話を進めようか?
 穂波の顔がにやけているのを見て、滝本がひきつった顔をしているのに穂波は気がついていない。
 穂波幸人・・・・・・とにかく楽しいことが大好きな課長さん。