【来訪者】 3

【来訪者】 3

 両手に厚手のリストバンドを嵌めるのは、痕が付くのを浩二も厭うからだ。
 その上から縛られて、雅人の腕はベッドヘッド側の板に括り付けられていた。
 お仕置きだからと、課せられたのは拘束。
 両手どころか、足までも別々のベッドの足に括り付けられていたから、閉じることはできない。
 その無防備に晒された場所は浩二の手によって高く掲げられ、ねっとりとした舌が這い続ける。

「んあっ……はあっ……あぁっ、もうっ」
「ダメですよ、今日は声を出さないでくださいね」
 二つめのお仕置きは、言葉の封印。
 けれど漏れてしまう声に、浩二は甘い罰を追加する。
「5分プラスですね。でも、こんなに悦ぶのなら、罰ではなくなっていますね」
 全身くまなくされた愛撫は執拗で、体も心も完全にとろけてしまっているのに、その時間がさらに延ばされた。
「あっ……はぁ……」
 ヤダと言いかけて、慌てて喘ぎに紛らせて。
 闇雲に髪を振り乱して頭を振った。
 罰では無いというけれど、雅人にしてみればこんなにも酷な罰は無い。
「そんなに良いんですか? 可愛いですよ、お強請りも上手になって。ではご褒美に、こちらも」
 なのに浩二は敏感な陰茎にも舌を這わせ、後孔に埋めた指で少し奥の他とは違う場所を突いた。
「ひぃぃぃっ」
 途端に全身が跳ねる。
 手足のロープがピンと張って、ぎしぎしとベッドが音を上げた。
「あ、あっ、あっ」
 口をだらしなく開け広げ、端から涎が流れ落ちる。
 瞳の焦点が合っていない。
「いあっ……あっあぁ……」
「後10分ですよ。だいぶ短くなりましたけど……。ああ、残りの時間は可愛い姿を見せてくれましたからね。その分、念入りにしてあげましょう」
 非情な宣告は、もう耳から耳へと通り過ぎるだけだ。
「ここも、とっても似合います」
 拘束されたのは手足──そして陰茎も。
 どんなに快感を与えられても、シルバーのリングが食い込んだそこは、最後の解放を許さない。せいぜい先走りの液をたらたらと垂れ流すだけ。
「可愛い……」
 うっとりと微笑み、いつもより饒舌な浩二の姿が何を示すか。
 はっきりとした理性があれば、すぐに理解していただろう。いや、理性など無くても、本能がそんな浩二が危険だということを教えてくれていた。けれど、それでも雅人はそんな浩二に先を望んで体を擦り寄せる。
 浩二の中に溜まりに溜まった怒りに始まる負の感情は、心の中で凝縮されているうちに、不意に性欲に変換されてしまうのだ。そうなった浩二は、雅人を苛むことを好む。
 それでも、雅人は浩二を拒まない。
 他人の誰にも浩二を渡さないために。
 浩二がこんなふうに欲を解放しようとするのは、相手が愛すべき対象であるからだと知っているからだ。
 こんな浩二を、他の誰にも渡さない。
 それに、最初は痛いことも多々あったが、体を傷つけてしまうと後悔が残ってしまう。そのせいか最近の浩二はこうやって言葉や快感で苛むようになっていた。
 その甘さと辛さが入り交じった状態は、どんなに強い麻薬より雅人を虜にしていたのだ。
 まさに快楽地獄としか呼びようがない。
「んっ……んっはぁっ……」
「ああ、もうこんなにお漏らしして」
「んひっ」
 敏感な先端に触れた手が優しく撫でる。
 その弱い刺激に、腰が勝手に動いた。
 欲しくて。
 指では無い、もっと太くて熱いものが欲しくて。
 最初から期待していたそれが欲しくて。
 ゆらゆらと腰を振る。
 淫猥なダンスで強請るだけが、今の雅人に許されている唯一のものだ。
「冬ですから、痕をつけても大丈夫なので、嬉しいです」
 肌のあちらこちらに花びらが散っていた。
 昼間が活動時間になってから、前よりは日に焼けている肌。けれど、その分当たらない所の白さが際だ。その白い肌に浩二の刻印が散らばっていく。
 雅人も大概独占欲は強い。
 だが、浩二のそれはもっとだ。
「んっ、ふぅっ……うぅ……」
 かろうじて許されているくぐもった嬌声。
 ぎゅっと握りしめたシーツが幾つものシワを作る。
「んん──っ、んっ、ふぅっ──」
 欲しい。
 欲しくて欲しくて気が狂う。
 意識することもなく揺れ続ける臀部が、浩二を誘う。
 ぎゅうっと固く瞑った目から幾筋も涙がこぼれ落ちた。
「後3分ですね。そろそろここ、外しましょうか?」
 さわっと陰茎に触れられた途端に、びくびくと体が震えた。
 指の腹が食い込んだリングをそっとなぞっている。
「ああっ……」
 もう達ける。
 その期待感だけで、目が潤む。
 なのに、浩二は微笑みながら非情な言葉を言ったのだ。
「先に達ったら、ダメですよ」
「っ!」
 無理だっ!
 慌てて身を捩って、外そうとする手から逃れた。
 涙目で浩二を見つめながらぶんぶんと首を横に振る。
 外されると同時に達ってしまう。
 それでなければ、挿れられた途端に、達ってしまうだろう。
 浩二より後で、なんて無理だ。
「どうしたんです? 外したくないんですか?」
 くすりと微笑む浩二は、雅人の考えなど見抜いているに違いないのに。
「だったら、このままにしましょうか?」
 唇を啄まれながら、涙を流す。
 それがどんなに辛いことか判っていても、浩二の言葉に従うにはそれしか方法が無い。
「泣かないで」
 流れる涙を舐め取られ、優しく髪を梳き上げられる。
 こんなにも浩二は優しいのに。
「じゃあ、挿れますね」
 公言した通りにリングは解かれる事は無く、足を大きく広げさせられた。
 優しさと欲情の入り交じった燃える瞳が、雅人を射すくめ、捕らえる。
 この時ばかりは、肉食獣に捕らえられた草食獣の気分が大きい。けれど、そこにあるのは恐怖だけではない。
 ドキドキと心臓が高く早く鳴り響く。
 もう捕まってしまっているのだから。
 猛々しさに、強さに、強引さに。
 怖い──けれど、与えられる快感は全てを凌駕する。


 長い愛撫の間にとろとろにとろけた後孔に熱い塊が触れる。
 ぞくぞくと全身を粟立たせ、その瞬間を待つ。
「あっ……くぅっ……」
 解されきった後孔が、それでも大きい浩二のそれを受け入れて、みしりと内壁を軋ませた。
 指よりも太く、長いから。
 指では届かない所までも入り込み、肉を押し広げる。
「狭い……ですね、ずいぶんとしていなかったから……」
「あっ……だって……」
「ダメですよ、声を出しては」
 言い訳は封じ込められる。
 それに、思わず口走ったそれは罰の対象。
 まさか、と恐る恐る見上げた先で、浩二は頬を啄みながら囁いてきた。
「まあ、そろそろ可愛い声を聞きたいですね。良いですよ、声を出しても」
「あ……ほんとに?」
 許されて、強張っていた頬がふわりと緩む。微笑んだ拍子にぽろりと溢れ流れた涙を、浩二の指が掬って口へと運んだ。
 塩辛い自分の涙に、顔を顰めると、愛おそうに口付けられた。
「ん、ふぅっ……」
「素敵です……」
「あっ、ああんっ──くあっ」
 いきなり激しく抽挿された。
 雅人の体の隅々まで浩二は開発しきっている。そんな浩二が、狙いを外すことなど無い。
 いきなり達かないように。
 けれど、絶え間ない嬌声しか上げられないほどの刺激は常に与えるように。
 目の前が白くなり、ぎしぎしとロープが鳴る。
 それでも達けない体──達ってはいけない体。
 きつく奥歯を食い縛って、ぎりぎりと軋む音が漏れる。それ以上に漏れるのが、響くほどの嬌声だ。
「ひっぃぃ──、ふぁっ……イィっ……ああっ、達く………あっあ、やだぁ………」
「雅人さん……、雅人さん……」
 意識が掠れ、朦朧としてくる。
 間歇泉のように吹き上げる快感の濁流に呑み込まれ、意味の為さない言葉だけが口から迸る。
「ああ、そんなに引っ張っては……。これ、もう外してしまいましょう。必要ないですね」
 ロープが外された記憶は無かった。
 突き上げられるたびに浩二の中のマグマが雅人に移り、それがどんどん体内に蓄積されて。
「あ、つっぃ……熱いよお……ああっ──はあっ──あつっ」
「私も……熱いですよっ、んふっ」
「もお……やだぁ……やだあよお──」
「雅人さん……雅人さん……」
「やだあっ、あつぅぃ──」
 びくびくと震える腰。
 けれど、そんなものではこの熱さからは解放されない。
「やあっ、もうっ、もうっ」
 泣きじゃくり、必死になって浩二に縋る。
 意識は薄れていても、解放してくれるのは彼だけなのだと判っていた。
「こおじぃ──達きたいっ、達きたいよおっ」
 弾けそうなほどにがちがちの陰茎に手を添えて、腰を振って浩二に強請る。
 辛くて、外して欲しくて。その先を期待して。
「浩二……もうっ」
 端正な顔立ちが、ぼやけた視界に入っている。
 優しい瞳。
 形の良い唇。
 縋るように手を伸ばし、貪るように口付ける。
「ほしっ……欲しいっ」
「雅人さん……」
 ふっと浩二が柔らかな笑みを深くした。
 優しく濡れた額に張り付いた髪を掻き上げて、その額に口付けて。
 下りた右手が器用に、リングのロックをいじる。
「ええ、達きましょう」
 パチン
 外れた刺激は、小石が跳ねた程度の小さなもの。
 けれど溢れるそれは、岩が砕けるほどの衝撃。
「やっあああっ!!」
「んっくぅ」
 全身を仰け反らせ、下肢が指先まで突っ張る。
 弾け飛ぶ意識。
 びくびくと筋肉が痙攣し、全身が硬直する。
 知らずぎゅっと後孔を締め付けて、熱い塊をさらに感じて。
 浩二の体をきつく抱きしめ、共に震える体に酔いしれる。
「……あっ……ああっ……──あっ……」
「雅人さん……んっ……ふぅっ……」
 何度も何度も震えた。
 そのたびにびゅっと噴き出す。
 それも数度繰り返せば、意識が完全に白く濁り、無重力を彷徨うような浮遊感に捕らわれた。


「雅人さん……雅人さん」
 浩二の呼びかけに意識がすうっと戻った。ゆっくりと開いた目蓋が妙に重く、視界はぼんやりと濁っていた。
 その視界に広がる肌の色。
 そっと鼻先を擦り寄せる。
「……浩二ぃ……まだ……熱い……」
 たくさん達ったと思った。
 けれど、まだ物足りない。
 下腹部が熱を持ったまま疼いている。
 それに。
 ほんの少しの身じろぎも、体内の塊を意識させるのに十分だった。
 まだ熱い、そして大きな塊。雅人の肉体を深く貫き、快感の源を抉るそれ。
 意識が戻ればはっきりとその大きさを感じて、肌がぞくりと粟立った。
「……こうじ……」
「ええ、雅人さんが欲しいだけあげますよ」
 達くと同時に体内の濁りも吐き出してしまうのか、今の浩二はさっきとは違う。
 外見は変わりやしないのに、今の浩二は穏やかな熾火のようなものだ。
 とても小さな火であっても、そこにあるのは確かな熱──温もり。
 こういう時の浩二も、雅人はまた好いていて。
「浩二ぃ……」
 縋って甘えれば、優しい口付けが施された。
「いっぱい感じて達かせてあげますよ。たくさんね。我慢させたお詫びですから」
 それがどんな意味を持っているか、いつも全てが終わってから後悔するけれど。
 今の雅人は歓喜の笑みを浮かべて浩二に縋り付くだけだ。
「ん、欲しいよ」
 甘い期待にうっとりと微笑んで、その耳元でそういつだって囁きかけるのだ。

【了】