【階段の先】-8

【階段の先】-8

8.  Ryuji Side

 ビクビクと激しく痙攣した身体が、ゆっくりと弛緩していく。
 初めて尻だけで達った正樹の身体がベッドマットに沈み込む同時に、俺のペニスもずるりと抜け落ちた。
「ドライでイったか、すごい……蕩けきった顔だ……」
 冬吾の言葉に小さく頷きながら伏した身体を転がした。
 緩んだ口の端からだらりと白く濁った唾液が溢れ流れ落ちていく。まだぱくりと開いたアナルが、少しずつ閉じていくと同時にブチュブチュと濡れた音を立てて、泡立った粘液を吐き出した。
 そんな弛緩した身体の中で、ただ一つ、正樹のペニスだけが強制的に固定されたままに、ぴんと勃起していた。
 その鈴口からじわりと滲み出るザーメンは、射精とはほど遠いものだ。
 けれど、確かに正樹は絶頂を、しかも気絶するほどに激しい絶頂を迎えたのだ。
「フェラされて苦しいのに快感は衰えるどころか倍増されていた様子だな。マゾ奴隷としてはなかなか良い素質がありそうだ」
「ああ、俺が惚れ込んだとおりだろ。しかもこいつ、今までアナルではなかなか絶頂できなかったんだが」
 どうやら口とアナルと同時に犯されるのが好きらしい。
「今も勃起したままだし、確かにおまえが言っていたとおりに奴隷として調教するにふさわしいだろうね」
「ああ、俺が飼ってやるよ、もう俺は、こいつを絶対俺のものにする、絶対に」
 弛緩した四肢が、余韻のように震えていた。
 その手を取って、身体を抱き起こす。
 抱え込んだ身体には、鞭の痕が赤みを帯びたまま残っていて、その傷跡に唇で触れて、俺は撮影のために動く。
 まだ撮影は終わっていない。
「可愛い正樹」
 正しく本名を呟く俺に、誰も制止しない。
 それは全て最初からの予定だったのだ。
 もっともAVとして売り出すのは変わらない。だが、正樹に知らされた内容は、かなりうわべだけの甘い部分ばかりを集めたものだ。
 本当は、正樹がマゾ奴隷に堕ちるその過程を描くという裏コンセプトがあって、ある特殊な顧客にのみ販売する予定のいわゆる裏AVというやつなのだ。
 そのために、正樹が参加しない撮影は、マゾ奴隷の代役も使用して、本格的なシーンは撮影している。もっとも、結構今日の撮影分と入れ替えることができるんじゃないかなと踏んでいるのだ。
 まあ、今日で足りない部分はこれから先の分と差し替えても良いし。
 しかも今は、これ幸いに気絶してくれたおかげでスムーズに進めることができる。
「やっとこの手の中に堕ちてきたな。今日から長い時間をかけて、この身体に、おまえの精神に、俺という存在を、寝ても覚めても決して忘れることなどできないように刻みつけてやるよ。できることなら、この足の腱を切り刻んで、指の関節を全て潰して、俺がいないと何もできない身体にしてやりたいところだけど、それは許してやる、おまえが俺のものである限りは、な。俺が与える愛情故の行為を、だから全てを逆らうことなく受け入れていくんだ。一つずつ、一つずつ、何をすれば良いか教えてやるから……」
 優しく、愛おしい恋人に囁くように、俺はいつもの撮影の時よりさらに優しく演技して、冬吾に『甘すぎて反吐が出る』とまで言われた台詞を囁く。
 だけど、これこそが俺の本心だ。
 全てを、この肉の一片、髪の一本すら俺のモノとして、支配したい。
 俺の言葉を決して聞き逃さず、俺の動きをその全身で受け入れて欲しい。
「今日から、ずっとここに住むが良い。仕事もする必要なんてない。生活も何も心配いらない。おまえが持っている借金ももう心配いらないよ、おまえはこうやってここにいるだけで、返済できるんだからな。だからおまえはただ、俺の言うことを聞いて、俺に抱かれて喘いでいればいいんだから」
 うっとりと囁き、くたりと伏せた顔を持ち上げて、薄く開いた唇に口付ける。
 精液の味のする舌を引きずり出して、汚れを落とすように俺の唾液を送り込んで。
 押し倒しながら俺は新たに用意されていた首輪を正樹の首へと取り付けた。外れないように鍵をかけて、唯一の鍵は後で別の部屋にしまうつもりだ。
 首輪から伸びる長い鎖はベッドの足に固定されていて、引っ張ってもびくりともしない。重い金属柵のベッドは、もとより太いボルトでコンクリに固定されているから、もう外すことはできない。
「もう俺のものだ」
 何も知らず気絶している正樹の足を持ち上げて、まだ柔らかなアナルに指をそっと差し込んでみた。
「んっ……ん」
 小さな声が響き、きゅうっと中が締まる。
 けれど、幸運なことにまだ正樹は目覚めない。だったら、予定通りに進められるだろう。
「正樹、俺の奴隷となった証に、最初のご褒美をあげよう」
 スタッフからこっそりと手渡された飲み薬より大きな座薬をアナルへと差し込んで、指が届く限りに押し込んだ。
「正樹、いい子で、飲み込んだね」
 甘ったるい声で囁き、動かぬ身体を抱きしめる。
「今日は特別だ、正樹が俺の奴隷になった記念の食事会があるから、その間だけは効く痛み止めだから」
 鞭で打たれた肌が痛くては、食事も楽しめないだろう。
 これは人としての最期の晩餐を楽しめるように、俺からのささやかな贈り物だ。と言っても、俺の標準仕様として媚薬の成分も入っているが、楽しめる程度に抑えておいたから、問題ないだろうけれど。
 もう一度身体を起こして背後から抱きしめれば、重い鎖がズルズルと互いの肌を擽った。
 火照った身体に心地よい鈍色の金属の冷たさに、知らず笑みが零れる。白い肌に蛇のごとく絡みついて捕らえられた姿を想像してしまったからだけど。
「愛している」
 今まで想像でしかなかったその姿がもうこの手の中にある。
 愛おしい相手を抱きしめながら何度も何度も囁く俺と、うっとりと俺に身体を預けている正樹の姿を、至近距離で舐めるようにカメラが撮影していった。