【諦観した先の未来-6】詳細Ver

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 うーん、彼が孕みたいと言ってくれない。
 愛すべき彼との子どもが欲しい。
 何より彼はやはり私の番で、この魔力の相性からして真なる番に違いない。
 だったら私達は家族になるべきで、それであるなら子どもが欲しい。できれば五人は欲しい。
 だがなかなか諾とは言ってくれない彼が、実は外に出たがっているということは知っている。だから外に出してあげるから、とも言ってみたのだが、それでも駄目で。
 少々意地悪な手ではあると思うが、彼の身体が日々疼くように仕掛けてみたのだが。
 なんと三カ月もかかってしまったのは誤算だった。
 やはり少し手加減してしまったせいだろうか? 
 何せ疼きに悶える彼を見ていると、私がもう我慢できなくて犯してしまいそうになるからだ。だから私がいないときに疼くようにはしていたのだが。
 だがあの熱く潤んだ瞳、汗ばんでしっとりとした肌、切なく零す吐息を見ながら我慢することは、ある意味私にとっては拷問であった。
 たまにつまみ食いはさせてもらってなんとか欲を癒やしていたのだが、そのせいで長引いてしまったのかもしれない。
 彼が欲しいと言ってくれないと子どものための核が作れないのだが、彼も結構強情だ。意地になっていたようで、つらいのに我慢し続けること三カ月。
 待望の言葉を聞けた私の喜びはいかばかりか。
 数度まぐわえば確かに妊娠して、これまた喜びが増す。
 大切に大切に妊娠期間を過ごさせて、いざ出産のために万全の体制を整えた。
 信頼できるあの番頭もはせ参じてくれた。
 ちょうど彼は寝ているときで、ちらりと見せただけなのだが。
「この乳首のは?」
 どうやらはだけた寝着の隙間から見えてしまったらしい。
 愛おしい彼の淫らな肌を見せてしまったのかと慌てて掛け布団をかけてやっていたら、なぜか冷たい視線を感じた。
「なぜ乳首にそのようなものを。それにずっとここにおられるとお聞きしましたが、無茶をしているのではありませんよね」
「指輪をしたくないというので、そこに付けたら喜んでくれて。それに外出して良いとは言ったぞ。まあ最初のころはここにずっといてもらったが、その、愛おしい彼に寄ってくる輩がいるらしいし……」
「……そういう質なのでしょうか、それならば良いのですが。ただこれでは授乳ができませんので外してください。やはり指輪は指にされたほうがいいでしょう。そのほうが虫除けにもなりますので」
 不審そうではあったが、私の説明で納得し、ついでに良いことを教えてくれた。
「ほお、指輪は虫除けの効果があるのか。なるほど」
「悪い虫であれば危険ですが、まあ常識ある虫であれば。そうすれば安心、とは言えませんが、外出されても大丈夫かと」
 ふむふむ、虫にも常識があるのか。
 屋敷の周りは南国と違い草むらが多く、いろいろな虫が生息しているので、虫除け効果があるならば指につけさせそう。
 寝ている間に乳首から外し、指へとそっとはめておいた。
 こういうアクセサリーを嫌がっていてどうかなと思ったのだが、目覚めたときに気が付いてもそのままはめてくれている。
 うん、虫除け効果があるから指にははめてくれるのだな。
 やはりあの番頭は博識で信頼ができる。
 そんなことを思いつつ、いざ出産の日。
 あんなに苦しむのだとは知らず、だが私が魔法を使って癒やそうとしたら産婆に思いっきり怒鳴られた。それこそあんなに怒られたのは初めてで、驚いて私の尻尾の毛が逆立ってしまったほどだ。
「苦しいからって陣痛を取ったら今度は赤子が出てこれなくなるんだよっ。父親は父親らしく外でデンと構えておきっ」
 うんうんと頷く番頭にも促されて、私はすごすごと産屋から退散した。
 ちらっと彼を窺ったが彼は陣痛とやらの痛みに唸り、私の方に視線をやる余裕などないようだ。あの産婆の怒鳴り声すら聞こえていないほどに苦しんでいる彼が気の毒で替わってやりたいとすら思うのに。
 結局私にできることは、いらぬ病気の元が立ち寄らぬように産屋を聖なる結界で包み、祈るぐらいだ。
 もう忘れていたと思った祈りの言葉が、不思議と口からすらすらと出てくる。
 祈りながら産屋の外でうろうろ、うろうろ。うろうろ、うろうろ。
 あまりにうろうろしていると鬱陶しいと愚痴られて、椅子に座って産屋の扉が開くのをじっと見つけながらぶつぶつ、ぶつぶつ、ぶつぶつ、ぶつぶつと祈っていたら。
「ダーバリア様。口さがないものが呪をかけているのではと申しておりますので、祈りは心の中でお願いいたします」
 番頭の言葉に頷いて、以後は心の中で祈っていた。



「ひ、びぇぇぇぇっ!!」
 けったいな叫び声が産屋の中から聞こえてきて、思わず番頭と顔を見合わせた。
「何が起きた?」
「さ、さあ。あの産婆の声、ですよね?」
 博識の番頭でも判らないらしい。見合わせた視線を、再度扉へと向けたそのとき。
「ひ、ひゃぁぁぁぁぁっっ!!!」
 さっきと同様の悲鳴がまた聞こえて、私達は扉へと突進した。
 開けるのを忘れてそのまま突っ込んだら壊れてしまった扉の向こうで、産婆がひいひい震えて喚いている。
「何事かっ!」
「ひ、ひっ、ひっ」
 喘ぎ、痙攣している産婆は今にも死にそうで、慌てて番頭が駆け寄っていった。私は愛おしい彼に何かがあったかと寄ったのだが、彼は顔色は悪いが呼吸は規則正しく、眠っているだけのようだ。
「何なのだ?」
「ひい、ダーバリア様っ!!」
 今度は番頭の悲鳴がして、振り返った私の視線の先で。
「……黒……、えっ……」
 そう、黒い赤子がそこにいた。
 小さな豹の仔に違いないのだが、その体は漆黒であったのだ。
 黒豹の仔は、私の子であればもしかして、というのもあったので不思議ではない。まあかなり珍しいものではあるが。
 だが、その隣にもう一人。
 その隣に俯せになって、ぴすぴすと鼻を鳴らしているのは確かに仔豹ではあったけれど。
「白?」
「白、白でございますっ、ダーバリア様。白と黒のお仔様ですっ」
 我を取り戻した番頭の、悲鳴のような歓喜の声がどこか遠く聞こえるほど、私は呆然としていた。
 黒の稀少獣種より生まれにくいと言われる白の稀少獣種。
 それが双子として生まれたのだから、驚愕などというものではなかった。
 これは現実だろうかと、延ばした先で触れた赤子達は温かい。柔らかな鼻先が私の指に触れたとたん、溢れた愛おしさに頬を涙が伝わった。
「かわいいな」
「はい、なんと愛らしい、ダーバリア様のお子でございます。どうか、抱いて差し上げて」
「……ああ、温かい」
 掌にのるほどに小さな我が仔。
 くんと匂いを嗅げば、愛おしいトゥーリンの匂いがした。
 ああ、私と彼の仔。
 白だ、黒だと、正気に返った産婆が走り出して叫んでいる。
 屋敷の中のものが大騒ぎしだした気配がした。
 だが私にしてみれば、黒だから、白だから、なんてのは関係なかった。
「私の子ども、私の……家族……」
 ずっと願っていた。子どものころから願っていた私の家族。
 私は彼が寝ている傍らに腰をかけ、指先でトゥーリンの頬にそっと触れた。
 出産は疲れるものだというから、彼もとても疲れているのだろう。私が触れても目覚めずに、ただ安らかな寝顔を浮かべていた。
 その額に触れるだけの口付けを落とす。
「ありがとう、トゥーリン」
 私がようやく手にした温もり。それを与えてくれた彼を、私はもう決して手放さない。


 次に三つ子を産んでもらってこの子達が黒と白ばかりだったのは、私にとって些細なことだ。子どもが増えた、その喜びが一番だったのだ。
 だが子ども達を狙う輩が増えたこともあって、屋敷には警備員を増やした。当然外に出るときは警備が付く。
 彼についても、番頭にずっと閉じ込めていたことがばれて怒られて、できるだけ外出させるようにした。さすがに彼一人で外に出すのは怖いので、私が商売や宴などに出るときに一緒に行くようにはしている。
 彼は意外にも出不精で行きたくないとダダをこねるのだが、閉じこもっていては良くないとお仕置きをしたら、今度は素直に出るようになった。
 なるほど、お仕置きとは効果的なのだなと納得したが。
 ただこのころになると、実は彼は私を嫌っているのではないかということに、気付いてしまったのだ。
 番頭に言われたこともあるし、何より彼が子ども達を見るときの目と、私を見るときの目が全く違うのだ。
 彼の言葉の封印を少し解けば、彼は私を否定する。
 その言葉が聞きたくなくて、私はまた彼の言葉を封じた。
 私が聞きたくない言葉を彼が発するのが怖くてたまらない。
 前は時々「愛してる」と言ってもらうことがあったが、それも怖くなった。
 彼が考えていることが読めればいいのに、そんな力は私にはない。
 なにより彼が私を見るときの冷たい瞳を見たくない。
 薄い茶色がときおり赤く染まっているように見えて、それは憤怒の炎なのではないかと恐怖する。
 犯すという言葉は、強姦のような意味があるらしい。
 なんということだ、犯すが強姦と言われたら、求愛とは全く意味が違うではないか。
「説明をされて謝罪をされたほうがよろしいかと」
 額に指を押しつけて、深く唸っていた番頭が提案してくる。
 だが、私はそれに首を横に振った。
 怖いのだ、全てを知ってなお彼が私を拒絶するのが。
 何よりも怖い。
 何しろ私は、変態で、自己中心で、わがままで、人を人とも思わない糞虫、唾棄すべき存在だと人に言われるような者なのだから。
 だからせめて優しくしようと思った。
 だが、彼から迸るように溢れる芳しい匂いを嗅ぐと止まらない。
 彼を抱き潰し、私しか知らないところに閉じ込めたい。この愛らしい生き物全てを私のものにして、喰らい尽くしたい。
 こらえ切れない欲望に、ああ、やはり私は変態で、自己中心で、わがままで、人を人とも思わない糞虫、唾棄すべき存在なのだと自覚する。
 こんな私を、彼が受け入れてくれるわけがない。
 私を、愛してくれるわけがない。




 本当に何がどうしてそうなのか判らない。
 一体何が起きたのか判らず、そして彼も呆然と私を見つめていた。
 何かが、彼の内にある多量の何かがあふれ出し、彼の魔力を封じていたものを破壊し尽くした。そんな感じがした。
 薄い膜が破れるように、張り詰めた封じは一瞬で飛散し、かけらも残っていない。
 彼の視線が窺うように私を見る。私も彼から目が離せない。
 その彼の愛らしい唇が震え、そして。
「愛している、ダーバリア……」
 その言葉に、私の全てが止まった。
 瞬きすらできず、彼を見つめる。
 そんな私の力が知らずに彼を探っていた。
「……今……呪が」
 ああ、今の彼には何一つない。
 先ほどの衝撃で彼から全ての呪が消え去っていた。
 恐る恐る伸ばした手に当たる硬質なそれ。触れれば彼の熱を孕んで温かいそれが、彼の首から滑り落ちる。音を立てて落ちたそれは、金具が外れていた。
 今はなき鍵でないと外れないはずの金具が壊れもせずに外れたのだ。

「こわれたー」
「こわした?」
「はずれたー」
「はずれたの?」
「はずしたの?」

 子ども達が騒いでいる。
 
「へんなのー、いっぱいだったのに」
「うん、なんかいっぱいはいってたね」
「でも、きえたー」
「あー、ぜんぶーきえたねー」
「もうないねー、かあさまにひっついてたのー」

 それは呪のことか、確かにそこにあった全ての呪が消えているのが私にも判る。
「なぜ外れた? というか、今の言葉は?」
 そうだ。それよりも先ほどの言葉、彼が言ってくれた言葉のほうが重要だ。
 手にした首輪は単なる枷でしかなく、彼を見つめれば視線を逸らしてしまった。代わりに見えるその首筋が赤く染まっていく。
 くらりと目眩がするような色香が彼から立ち上り、私を誘う。
 それは今までとは違う、何かもっと……。
 ああ、まさか。
「それは……真か?」
「……ああ、なんのことだ?」
「今、これが外れたときに言った言葉だ。封じていた言葉……」
「あー、知らね。俺は何にも言ってない」
「言ったっ!」
 なぜ、応えてくれない。
 あれは幻聴ではない。あんな大切な言葉を、なぜ私が聞き間違えると思う?
 こうなったら、と延ばした手の先で、真実を言うように呪をかけようとした。
 だが。
「な、に……」
 指の先で放った魔力が霧散した。
 何もなかったように消え失せた私の魔力は、彼にはわずかも触れることなかった。
「今の何?」
 彼も何が起きたか判らないのか、戸惑いがその瞳に浮かんでいた。
 そんな私達に子ども達が賑やかに言いつのる。

「かーさま、さすがねー」
「かーさまはつよいもん」
「そだねー、ぼくたちのかーさまだもんねー」
「とーさまは、かなわないよー」
「うん、とーさまよりかーさまのほーがつよい」

 思わず私達は子ども達へと視線を移した。
 可愛いい満面の笑みで、彼を指さして。

「「「「「だって、かーさまはしろいもん。くろいとーさまはかてないもん」」」」」

 その言葉に、私は彼をまじまじと見つめてようやく気が付いたのだ。
 彼の髪が純白と言っていいほど白く、そしてその瞳が真紅に輝いていることに。
「白……」
「え……?」
「いや、灰色狼種……いや、白」
「え……?」
 恐る恐る髪に触れてみるが、やはり現実だ。それでも信じられない。
「こんなにも白かったか?」
「え……?」
 彼はまだよく判っていないようで、横目で自分の髪を見ようとしている。だから鏡を指し示して。
「え、白髪?」
 呆然と呟き、不意に私を見た。
「おい、なんでこんな。あー、おまえのせいだっ、おまえが俺をあんな目に遭わすから、全部白髪になっちまったじゃねえかっ!!」
 怒濤のごとく怒鳴られてその勢いにタジタジとなったが、なんだろう、この嬉しさは。
 怒られているのに、嬉しい。
 ああ、もっと怒って欲しい、などと思っていたのだが。
 いや、それどころではないと息を吐いて。
「違うっ、違うぞ、おまえはもともと白だということだっ」
「はあっ、俺の髪は灰色で、だから灰色狼種だって」
「私も対を探すために調べたことがあるが、白はときおり色を持って生まれて、長じて色を無くすこともあると言われている。産まれたときから白のほうが珍しいのを知らないものも多い。だから白は見つけづらいと言われている。だからおまえが産まれたときには灰色だと思われても仕方がない。それに今のおまえの瞳は真紅、白の稀少獣種が持つ色だ」
 そうだ。今頃になって思い出した。
 古い文献で、真実でないとばかりに奥深くにしまわれていたものだ。
 だがそれが真実でないなら、今目の前にあるこの現象はなんだというのか。
「瞳……」
「……俺の瞳は茶色だったよな……」
「前は。だが、首輪が外れたとたんに髪はより白く、そして瞳は真紅になった」
「……どういうことだ?」
「たぶん首輪で抑えていた魔力が一気に溢れ出したことで、隠れていた素質が開花したのか……」
 それは、憶測でしかない。賢いとは言われいた私でも、なぜと問われて答えられないことは多い。
 だがあのときの爆発のような衝撃は、彼の中にあった何かに私の呪が耐えきれなかったように感じた。
 彼の中でくすぶっていた何かが、一気に……。
「んなことあるのか?」
 いまだに納得できないのか、彼が首を傾げているが。
 いや、そんなことはどうでもいい。いや、どうでもいいことではないが、だが今は。
 それどころではないのだ。
 私は、彼の肩を掴み、その瞳を覗き込んだ。
 そうだ、商売をするときにも感じていたではないか。
 人の目ほど嘘を隠せないものはない。
 私は彼の瞳を見て問いかける。
 白だ黒だの私には関係ない。関係あるのは。
「ところで先ほどの言葉だが……」
 とたんに彼の目が泳ぐ。
「言葉……え、あ、ああ……あれは忘れてくれ」
 ああ、再び言って欲しい。
 逆らう彼に思わず呪を発してしまう。駄目だと判っていても。
『言え』
 やはり彼の前で弾けて消えた。
「くそっ!」
 ああ、なんで。
 今こそ、彼の言葉を聞きたい。
 彼が私のことをどう思っているのか。
 怖くないと言えば嘘になるが、だがさっき聞いたあれが、真であると彼の態度が伝えてくる。だからもう一度聞きたいほうが勝っていた。いや、一度ではなく何度でも。
 何度でも彼からさっきの言葉を聞きたい。
 私の苛立ちを体現するように尻尾が床を叩いた。
「言えったら言えっ!」
 ああ、情けない、とは思うが止められない。
「言わないとひどいことをするぞっ!」
「ひどいことって?」
 問われて口ごもる。
 ただ言っただけで考えていなかった。
 この私が彼に何をできるというのか。
 ひどいこと……ひどいこと……。
 くそっ、ああもうっ。
「言えっ!」
 必死になっていると、背後で子ども達の笑い声が聞こえた。

「かあさま、つよいね」
「うん、ぼくたちとおなじだね」

 白色の二人が顔を見合わせて含み笑いをしていた。
「……強いか?」
 彼が呟くのに、私は頷いた。その白い髪を指先に絡める。
「くそっ、黒は白に抗えない。白は黒の力を弱め、強くする」
「どういう意味だ?」
「そう言い伝えられてはいるが、詳細は不明だ」
「あ、そう」
 実際私も知らない。白のことは黒より知られていない。
「だが抗えないのは確かだな。呪が届かぬ」
「私の呪を解いた」
 だが、傍にいると心地よい。彼がいると私はもっと強くなれるようなそんな安心感。
「いや、子ども達のせいじゃね?」
 彼はいまだに信じられないらしいが。
 だが、今はそれはどうでもいい。
「それより、先ほどの言葉は、本当か?」
 再度問いかけると、彼は惑ってはいたけれど、ふっと息を吐いて、私を見つめ直した。
 諦めたように、口元に笑みを浮かべて。
「あー、まあ、本当だ。なんつうか、いつの間にかおまえのこと好きになってて。愛してるみたいだ、まじで」
 好きで……愛してるって……まじって……。
「……ほ、ほ。……ほ、本当?」
「本当」
 彼の言葉の衝撃は凄まじく、口からまともに動かない。
「私を……あ、あ、あい、愛してくれているのか? あ、あ。……あ、愛し、て、いーのかっ」
「……ああ、そうだよ、愛してる。なんの因果か、あんたみたいなくそったれ変態男を、俺はどうやら好きになっちまってたんだよ、ったく、信じられねえことに……」
「愛、愛、愛……」
 あんなにも欲しかった。だが、無理に口にしてもらった言葉はただむなしいだけだった。
 だが、真だと、真実だと言いながらの言葉は、決して嘘ではなくて。
 こんなにも胸の内に染みこんできた。
 だが、本当に……本当に、信じていいのか?
 何しろ、私は。
「私のようなものを、本気で愛しているのか? この、変態で、自己中心で、わがままで、人を人とも思わぬ私を、本気で愛していると? 糞虫のように唾棄されるべき私を、本当にか?」
「おい……おまえ、自分のことをそんなに卑下すんのかよ。まあ、当たっているのは確かなんだが、自覚あったんだな。つうか、自覚あってそれかよ。あんた、まじでアホだったんだな……」
 ああ、彼は私のことをよく判っているのだ。
 こんな私を。それでなお、愛してると言ってくれた。
 その言葉がじわりと私の心の中に染み渡り、その幸せが私の全てを支配していく。
 これが本当に愛されているということ。
 愛おしい相手に愛された幸せを、私は今初めて知ったのか。
「そうか、そうなのか。そうか、愛してくれているのか」
 身体か熱い。
 嬉しくて、中から爆発しそうなほどに心臓が鳴り響いている。
 しかも、彼は私に向かって。
「なんつうかさ、ほんと愛してんだよな、あんたをよ……まあ、どうしようもない変態だけど……俺の子を可愛いがる姿とか……まあなあ……」
 それはもう、この私で良いと、変態な私でもっ。
 ああやはり彼は優しく、思いやりがあって、こんな、こんな私をっ!
「あ……っ、あっ……あ、あ、あ、愛、愛して……あ、あ、あ、愛されてる、この私が? おお、私が、愛、愛、ああ、アイっ!! なんと、この私が、あい、あい、愛されてっ!! まじかぁぁぁっ!」

 その瞬間、私の意識ははるか高みへと駆け上がり、桃色の世界が目の前に広がった。
 明るい音楽が高らかに鳴り響き、凝り固まっていた私の身体は宙に浮くほどに軽い。
 じっとしていられなくて、私はいつの間にか腕を振り回し、足を踏みならしていた。
 ああ、なぜここに音楽隊がないのだっ、今いれば、このまま町に出てパレードをしたいほどだ。
 彼が私に愛の告白をしてくれた。
 これがどんなに素晴らしいことかっ!
 ああ、神様、私はあなたに感謝いたします。
 私と彼を出会わせてくれたことを。
 このような素晴らしい彼と番になれたことをっ!!!
「おおおおおおっ!! 愛、愛、あーいーっ」
 踊っていたら子ども達が寄ってきた。

「とーさま、ぼくもー」
「おどるー」
「おどろー」
「ぐるぐるー」
「わーいわーい」

 なんと愛らしい。
 私の子ども達が私と一緒に遊んでくれる。
 一緒だ、私達は。
 ああ、幸せだ、なんという幸せっ、これこそが神の施し、家族なのか。
 ふと気が付けば、彼が私を見て笑っていた。
 彼もまた幸せなのだろう。
 ならば。

「よし、さっそく、あ、あ、あい、愛しあうぞーっ、トゥーリン」

 求愛行動はやはり何度もしなければならないのだっ!!

「夜になってからだ」

 言葉が冷たいのは、きっと彼が照れているからだ。そうに違いない。
 まあ今は、子ども達もいることだし。
 さすがに子ども達に見せるものではないという常識は私にもあるからな。
 だが夜は……。
 私は愛おしいトゥーリンにすり寄りながら、今宵はどのように彼を楽しませるか意識を走らせていた。


 ああそうだ。
 手始めに寝室の玩具をもっとたくさん手配をしよう。
 先日遊んだときにはたいそう喜んでいたあれら。
 伴侶が喜ぶことをするのが夫婦円満のこつだと、番頭も言っていたことだしな。

【ダーバリアの願い 了】