【樹香の脱出劇】

【樹香の脱出劇】

Rakanの話の中で特に樹香の話は映像系の機械が普通に使われている設定です。
(Rakan自体が、化学と機械と剣の世界が微妙にいりまじっています)

この話にはヒルおよび獣姦(大型犬)が出てきます。(人対人はありません)
その手の生物が苦手な方、人以外との絡みが苦手な方はは読まれないことをおすすめします。


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 別室で大人しくしているはずの樹香の姿が、今室内にある鏡に映っていた。
 細身の身体がそろそろと進む通路は暗く、足下もおぼつかないようだ。それでも壁伝いにどこへともなく進んでいる。
 肩までの銀色の髪が時折揺れるのは、辺りを見回しているからか。剥き出しの白い肌が薄闇の中で浮き上がって見える。
 お気に入りというにはなかなかに扱いづらくて憎らしい玩具の様子を眺めながら、キスカは瀟洒な一人がけのソファに身を沈め、投げ出した足を組み、片肘をついた姿で深紅の飲み物を口に含んだ。
 果実の芳醇な香りと甘みの中にある舌を刺激する味が特徴的な飲み物は、キスカの好む酒の一つだ。それが流れ込んだ胃が刺激にざわめく感覚と、この後襲ってくるはずの熱い昂揚感が好きだからこその酒ではあるが、少々中毒性がある故に飲み過ぎるのは禁止されている。だが溺れるほどに飲まなければ捕らわれることもない。
 グラスを置き、代わりに手に取った硬い棒状の菓子をかりっと犬歯で砕き、奥歯で噛みつぶす。
 その刺激で身の内にあるわずかな、それでも確かな苛立ちを消していく。
 ガリッ。
 硬い菓子を噛み砕く衝撃が頭骨まで響き、そのまま砕いた菓子が口の中にある状態で、キスカは動かず鏡の中を凝視した。
 そこには、あいかわらず何かを探しながらそろそろと進む樹香を捉えている。
 その白い肌の身体を覆うのは許した覚えのない布きれだった。模様からして寝具の一枚と見える。
 冷たい石畳みを踏みしめる裸足のくるぶしと壁を伝う手では小さな鈴が揺れている。今は音声を切っているから聞こえないが、通路はたいそう賑やかなことだろう。
 その不協和音をキスカが嫌うことは知っているだろうに。
 もっとも、今あそこに樹香が存在する、そのことがキスカの意に反することだ。
「どうしてくれよう」
 言いつけを守らぬ玩具など不要、と言い切りたいところだが、捨てるには惜しい程度にはあれにはまだ飽きていない。
 執着心の強い兄弟の中では比較的一つのことに固執しないほうではあるが、それでも一度使い始めたものは壊れても直して大事に使うことはこの身に染みこんでいる。
 自然に壊れて直らなければ捨てるが、使えるまでは使う。王族には似合わぬ貧乏性と他国の王侯貴族は揶揄するが、ラカンでは普通の考えだった。
 ただそういう考えを持つキスカであっても、自分の意に染まぬ存在は腹立たしく、いっそ完膚なきまで破壊し尽くしたい衝動に駆られる。
 もっとも、今はまだ壊すのは早すぎる。最近あれで遊ぶのが少々楽しくなったところなのだから。
 ガリッ。
 新しい菓子を噛み砕き、鏡の中で樹香が薄闇の中で角を曲がるのを確認した後、手元の操作盤を切り替えた。
 そのタイミングで映る風景が変わり、今度は樹香の真正面を映し出す。
 特殊な力と機械装置を組み合わせた遠隔警備システムは、キスカが特に力を入れて設計、配置したものだ。何がどこに設置されているか把握しているせいで、確実に樹香の姿を捉えることができている。
 薄暮のような明かりしかないあの通路は、キスカの居住区から城の外に出るための非常通路だが、よくもまあその存在を見つけたものだとそれは感心していた。
 忠臣という名の愚かな懐古主義の輩のいいなりになっていた愚鈍な王族――とリジンの王族を侮っていたわけではないが、それでも単なるバカではなさそうだ。
 よくもまあ、あの手この手と考えては逃げ出そうとしてくれる。
 一応部屋に閉じ込めて鎖でつないでいたのだが、弱い鎖は飾りでしかないから逃げようと思えば逃げられる。だからと言ってそれが今まで成功したことはなく、現に今、肩まで短くなってる銀の髪の合間から不安に怯える空色の瞳が見えていた。
 本当に何度も何度も、懲りない輩ではあるが、その根性だけはさすが一国の第二王子と褒めてやってもいい。
 おかげで、いい退屈しのぎができそうだ。
 ガリッ。
 再び噛みしめた菓子の味を、今度はゆっくりと堪能しながら飲み込んで、「さて」と考えた。
 このまま放置しても行き着く先は判っているが、そこで捕まえるのはあまりにもおもしろくない。
 どうせならこの苛立ち解消と退屈しのぎになるぐらいは楽しませてもらいたい。 
 新たな菓子を手に取って、今度は思案気に眉根を寄せながら、皿の端をそれで叩いた。
「そうだな……、そういえばあの通路と良く似たところで、子どものころに皆といろいろな罠を作って遊んでいたか」
 子どもの、というには多少どころでない過激な罠もあったが、付き合ってくれたのは訓練された兵士で無茶をしても大丈夫だった。というよりか、いろいろな仕掛けを考えるのが好きで、それが訓練に採用されたというべきか。
 そのときのことを思い出して、キスカは覚えずほくそ笑んでいた。
 そういえば先日、兄王であるカルキスがあれの兄にかくれんぼをさせたらずいぶんとおもしろかったと言っていたっけ。
 ほんの少しも逃げられず、鬼に捕まって嬲られ尽くす様は、たいそうカルキス王を楽しませたという話だ。
 キスカは手にしていた菓子を口に放り込むと、ガツガツと一気に噛み砕いて飲み込み、立ちあがる。
 その顔には、ひどく酷薄な笑みが浮かんでいた。





 通路は幾つもの脇道があって知らない人間が出口までたどり着くのは難しい。
 王族の避難通路である故の構造なのだが、樹香はその通路を流れる風を頼りに進んでいた。
 と言ってもその判断の全てが正しいわけでもない。
 何度も行き止まりになり、元来た道を戻って、また新たな道へと進むことを繰り返している。それでも少しは感じる風からかび臭さが薄れ、風の動きも強くなっているように思える。
 長い距離を裸足で歩き続けたせいか、樹香の足は石畳みで傷つき痛み、それほど鍛えられていない足は先ほどから膝が笑って歩みは遅かった。
 一歩一歩確かめるように歩くたびにひらめく寝具の布を胸の前でしっかりと掴み、なんとか目が慣れた薄暗い通路を踏みしめていく。
 少しでも遠く、少しでも早く。
 昨日も客を取らされた身体は怠くつらくても、この状態から逃げ出すことができるなら、どんな無理でもしたかった。
 何より、次兄として、どうしても弟たちを助けたかったのだ。
 リジンでは第二王子であった樹香は、皇太子として忙しい兄に代わり、弟たちをまとめる役目を帯び、彼らの実質的な相談役でもあったのだ。その分、彼らへの庇護欲は強く、こんな立場に立ってはいても気になっていた。
「交差路……か」
 再び前方の道が交差しているのを見つけ、その近くでどちらに進むか考えるために立ち止まった、そのとき。
「え……」
 不意に肩に何かが落ちてきて、ねっとりとした感触とともにへばりつく。
 その感触に、正体を知る前から怖気がたち、見てしまったとたんに大慌てでそれを布でたたき落とそうとした。
「ひっ!」
 上げた悲鳴が石の通路に反響したが、それに気付く余裕はなかった。
 取り切れる前に、次のが落ちてきたのだ。しかも、一つではなく二つ、三つ。
 慌てて見上げた先で、天井にぽっかりと穴が空いているのに気付いたが、それよりも。
「い、いやっ」
 そこから多くの小指大のものが落ちてくる。
 しかも、肌や布に張り付いたそれは、べっとりと粘性が強く剥がれないのだ。
 慌てる樹香に、それはさらに降ってきた。
 いくら樹香でも、それの正体を知っていた。
 小指大の芋虫のような……ヒルだ。しかも毒々しいほどの紫色で、白い肌と淡い色の布の上ではよく目立つ。
「く、来るなって、ひっ、わっ!」
 慌てて、落ちてこない方向へと逃げたが、今度は石畳みの上に落ちたそれを踏んでしまい、その嫌な感触に、背筋を走る悪寒に震えながら後ずさった。
 とりあえず落ちてきていない場所まで後退し、目を凝らして確認すれば右側と奥の通路のあちらこちらにヒルが落ちているのが見える。
 吐き気をも及ぼす不快感が全身を襲った。
 踵を返してヒルのいない方向へと何も考えずに走り出しながら、布や身体についたヒルを振り払った。
 幸いに直接張り付いたヒルは少なく、またあの場所以外にはいなそうだった。
 ぜいぜいと荒い息を吐きながら立ち止まり、粘つく痕跡が残る場所を布で強く擦った。
 ヒルはいなくなったが痒みが後に残り、気持ち悪さも消えない。
 再度バサバサと布をはためかせ、着いていないか確認をしたそのとき、今度は耳に奇妙な音が届いた。
 海がさざめく音のような、何かが流れる音のような。
 慌てて辺りを見渡したが何もない。と思った途端に、頭の上から細か砂が大量に落ちてきたのだ。
「う、うわーっ」
 ほとんど反射的とは言え、後ずさるのがもう少し遅ければ、砂の山に埋もれてしまっていただろう。乾いた砂が汗と粘液にまみれた肌に張り付き、白く汚れていく。
 何かが変だ――とさすがに気が付くが、だからと言ってどうしようもないのも現実だった。
 青ざめ後ずさり、震える足を叱咤しながら元来た道を駆ける。それ以外に道が無かったのだ。
 だが先ほどの交差地点はヒルだけでなく、いつの間にか黒い毛虫までもがうようよと群がっていた。裸足の足であれを踏めば、確実に何らかの毒に冒されて歩けさえしなくなることは明白だ。
 そうなると、進むことができる道は一本しか無かったが、そこは先が見通せぬほどに暗かった。
 しかも、他のところより古くコケむして滑りやすい。砂にまみれた足の裏がじわりと染み出た饐えた臭いがする水にまみれる。
 そこへ向かいたくないと思わせる何かがそこにあったけれど、足の踏み場がなくなるほどの虫に占領された道よりかはマシではあった。
 しかしその道は、とにかく何かが発生した。
 水が勢いよく流れたのはそれから2つめの角を曲がった通路だ。膝までの水に翻弄され、転んで布も何もかもがびしょ濡れとなった。
 先が明るくて出口かと思って駆けていったところでは、ものすごく高いところに穴があり、陽光がさんさんと降り注いでいた。確かにそこに外があるのに、足場はどこにもない以上ここからの脱出は無理だ。
 しかも見上げていたらいきなり蛇が無数に降ってきて、慌てて逃げるはめになる。
 うなり声のような不気味な音や、剣を打ち合うような音が聞こえたのも一度や二度ではない。
 その度に迂回して右往左往しているうちに、もう自分がどこにいて、どこに向かっているのか完全に判らなくなっていた。
 東西南北すら取れない状態で、しかもぶつかり傷ついた身体はヒリヒリと痛み、ヒルに吸われた箇所はいまだに血が滲んでいた。流れる血を拭うが汚れが広がっていくだけだ。さらに濡れた身体が冷えてきて、まだ下がる気温に小刻みに肌が震え続いている。
 このままでは凍死しかねない。
 そんなことを考えてなんとか乾き始めた布を握りしめたそのとき、その布の裾が不意に熱くなった。
「ひっ、か、火事っ!」
 見れば裾から炎が上がっているのだ。
 淡い色が見る見るうちに黒く変色し、炎が冷えた肌を熱く照らした。
 とっさに、遠くへ飛ばすようにして手放し、後ずさる。
「ど、どうして……?」
 まだしっとりと湿っていたはずなのに、瞬く間に灰と化した布は今はもう黒い消し炭でしかない。
 なぜ燃えた? なぜいきなり?
 考えても判るはずもなく、けれど続く異常な状態が自然発生ではないことは明らかだ。
 もう見つかっているのか、誰かが襲ってきているのか。
 不安と恐怖と疑心が重なり、腕と足首、乳首にペニスにつけられた鈴が、動揺に震える樹香の耳にりんりんと高く響いた。
 この音が不規則になるのが嫌いな男につけられた、戒めの鈴の音だ。
 その彼のことを思い出しただけで、怯えはさらに強くなった。
 言いつけを守れないたびに増えたこれらを鳴らないようにするのは難しく、叱られるたびに数多の罰を科せられた。
 王子どころか人としての矜持を踏みにじられ、自分が性具でしかないのだと、生きるためにはこの身を人に使ってもらうしかないのだと、そんな惨めな考えに陥るたびに惨めさに死にたくなった。
 だが死すら自由にならない身では、そんな妄想も助けにならず、ただ恐怖のみがこの身の中に沸き起こる。
「駄目だ……鳴るな、鳴るな……鳴らないでくれ……」
 知らず音が鳴らないようにと身体の震えを抑えようとしていた。身体を丸め、小さく丸まって。冷たくなった身体が、もっと冷たい石壁に接触したとたん、膝が崩れる。
 途端に、気丈に張っていた神経が崩れた。
「寒い……寒い……、なんで……なんでこんなことに……」
 もうどのくらい逃げているだろう。
 このまま寒さに負けて死んでしまうのだろうか。
 死ぬことは怖くはないが、弟たちを見つけて助けることもできずに死ぬのは嫌ではあった。だが、それも無理かもしれない……。
「風南、嶺江……水砂……、ああ、海音兄さま……、私は……私は……」
 懐かしい顔が脳裏に浮かび、切なくて哀しくて、水色の双眸から溢れた涙が視界を遮った。
 皆この城のどこかにいるはずなのに。
 その姿を見ることすら叶わない。
 一番幼い嶺江だけでも助けたいと願うのに、だがこんな身で一体何ができるだろうか……。
 吐いた吐息の温もりですら今は哀しくて、そのままずるずると石畳みの上に倒れ伏そうとした、そのときだった。
『どうした、もう諦めたのか』
 不意に頭上から降ってきた聞き慣れた声に、樹香は顔を起こした。
 銀の髪が濡れた頬に張り付くのを掻き上げながら見上げても何もない、が。
『もっと逃げてみせろ、ほら、どうした?』
 今度の声はすぐ背後からだった。
 跪いていた身体が跳ね起きて、振り返る。
「き、キスカ、さま……」
 知らず敬称をつけてしまうほどに、その言葉は自然に出た。
『逃げたいんだろう? だったらさっさと逃げろ。でないと、ほら』
 前方から聞こえたその言葉に視線を凝らしても、何も見えない。
 しかしその代わりに、何かが駆けてくる音がした。荒い吐息。複数の足音――いや、これは四つ足の。
 それに気付いたとたんに、全身から音を立てて血の気が失せた。
「まさかっ、待ってくださいっ!!」
『ほら、追いつかれるぞ』
「あ、あっ」
 慌てて地を蹴った。倒けつ転びつ、上半身を泳がせながら、足を動かしたが、遅かった。
「ひぃぃぃ――っ!」
「ぐるぐるっ、うーっ」
 腰にぶつかる硬くて柔らかくて熱い肉、のしかかる獣の熱と臭いに、荒い呼吸音が混じった。うなじをくすぐる獣の吐息は、過去の記憶を呼び覚まし、そのときの苦痛を感じて全身が硬直する。
 それは樹香を犯した獣だった。
 太くて長くい肉棒が繊細な樹香の体内を蹂躙し、長時間かかって放出された大量の体液が、腹を膨らませいつまでも解放してくれなかった。
 人でない、理性のない代物に初めて侵された屈辱は、この身を絶望にも近い状態へと叩き込み、それは恐怖の記憶となったのだ。
 その記憶はいまだ樹香の中に鮮明にあって、その再来という状況に歯の根も合わぬほどに震えた。
「捕まえたか」
 背後に現れた人の気配もその震えに拍車をかける。
 のしかかる犬より後ろ、さっきまで誰もいなかったはずの場所にキスカがいた。
「どんなふうに逃げのびるのかと思ったが、こんなにあっけなく捕まるとはな。下がれ」
 鋭い命令に、のしかかっていた犬がすぐに降りた。
 重みが消えた瞬間、急ぎ身体を起こそうとしたその背に、何かがボタボタと落ちてくる。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!」
 見るまでもなかった。
 肌に感じた感覚に、闇雲に腕を振り回した。
 それは先ほど道が交差したところで味わった感触と同じで、だからこそそれが何か判ったのだ。
 立ちあがり、振り返りながら背後に手をやるが、見ることは叶わない。
「その吸血ヒルは吸われると取り除いても相当な痒みを残すのが特徴のやつだ。しかも、暗くて狭くて温かいところを好むから……。例えば、おまえなら……ここか」
 背中や尻にヒルが吸い付く感触に暴れる身体をキスカは赤子の腕をひねるよりたやすく床へと押しつけた。
 そして、尻の狭間へとヒルを捕まえては落としていく。
 肌の上を蠢く軟体生物の感触に、身震い、そしてそこにある「暗くて狭いところ」に思い当たって、がく然とした。
「ま、まさかっ、そんなとこに……?」
「何がまさかだ。ちょうどこれをどこで飼うか決めかねていたが、おまえのここはちょうど良さそうだしな」
 瓶の冷たい底が尻の狭間をこじ開けるように動く。太い故にそれ以上は入らないが、ぐりぐりと強く押す力は強かった。しかも、ヒルの感触がそこを目指しているように感じる。
「ほら、いつものように、好物のペニスを銜えるときのように広げろ」
「――っ、いっ……やっ…ああ、無理、無理ですっ」
「餌も必要だが、ここならば十分だ。ほら、緩めろ」
 床に頬を押しつけていた樹香の目の前にごとんと置かれた瓶の中で、紫のヒルがうようよとうねっていた。
 目の前のそれに、全身が総毛立ち、激しい恐怖が沸き起こった。
「あ、ぁぁ……、ゆ、許して……許して、ください……」
 キスカの力は強くてはね除けられるものではないが、それでも必死になって身体を捩っていた。
 怖い、嫌だ、気持ち悪い。
 涙が溢れ、石畳みの砂にまみれて、ひいひいと喚きながら暴れたが、降ってくるのは無慈悲な言葉ばかりだ。
「言いつけを守れぬおまえの謝罪など聞く耳など持てぬ」
 だが、冷たい言葉よりもヒルが肌に吸い付く感触が怖かった。チクチクと痛痒い尻たぶが気になった。
 入ってくる姿を想像して、痙攣したように身体が震え続ける。
 怖くて尻に力が入るが、股の間にキスカの身体が入っているせいで完全には閉じられない。
「お、お願いしま……す。どうか……どうか、中には……中には入れないで……ください……」
 あんなものが中に入ると考えるだけで嫌悪に震えた。
 それに、内壁から血を吸われたら……、中へ中へと入って行かれたら。
「お、許しを……もうし、わけ、ありませっ、……どうか、どうか、中には、中には入れないで、くださいっ、お願いします」
 さすがに矜持など、もうどこにもなかった。
 涙を流し、嗚咽とともに懇願を必死になって繰り返す。
 そんな間にも、尻穴の近くを吸われている感触はあり、痛みは薄いが、痒みが徐々に広がっていた。
 最初に吸われた肩も、意識すればひどく痒くてかきむしりたい衝動に襲われている。
「ふん、汚い顔だ。それでも元王子か? 情けない」
「わ、私は……今はキスカ……さまの、性奴隷……です。どうか……キスカさま……の、お慈悲を……」
 蔑まれて、怒りより先に言い慣れた言葉が出てきた。
 裸で地べたに抑えられて、ヒルの餌にされている自分など、王子などと言えるはずもない。
 絶望に屈した樹香の精神はすでに壊れかけていた。ただ、何度も何度も慈悲を求めて謝罪を繰り返す。
 いまだかつて与えてもらったことなどない慈悲を、それでも縋り付きたかった。
 怖かった、嫌だった。
「お、ねが……い……。中だけは……中だけは……」
「ふ、む……そうか。そこまで言うなら中は勘弁してやろう。だが、こんなところに勝手に来ていた罰は必要、だろう?」
 髪を掴まれ起こされた顔を覗き込まれ、ニヤリと笑みを向けられて、恐怖に震えた。これで逃れられたと安心できないのを自覚していて、頬に一筋の涙が流れる。
 受諾すればどんなことをされるか判らないが、それでも今のキスカに受諾以外の選択肢はなかった。
「は、い……、罰を……お願いします」
 またキメラに犯されるか、媚薬効果のある蔓で遊ばれるか、それとも客たちにひどいことをされるのか。
 引っ張られて身体を起こされた樹香はそのまま石壁に背をつけて床に尻をつけるように座らされた。そのせいで尻の下でヒルが何匹も潰れる感触がして、怖気が立った。
 そのまま足を広げて投げ出すと、その前にキスカがひざまずく。
「このヒルどもを腹一杯にさせたら許してやろう」
 差し出す瓶には10匹ほどのヒルがいる。
 それを数えるより先に、樹香は呆然とキスカを見つめた。
「腹一杯……そんな……」
「何、このサイズであれば、吸っても貧血にもならん」
「し、しかし……」
 それよりも生理的嫌悪が強くて、首を振ったが。
「ならば尻穴で吸わせよう」
 再び髪を掴まれて、前へと押し倒されそうになって、慌てて声を上げる。
「判りましたっ、ヒルに血を吸わせますっ」
 それ以外の選択肢は元々提示されていなかった。
「ならばさっさとしろ」
 髪から手が離れ、代わりのように瓶を渡された。すでにふたが外れた口から、ヒルが這い出ようとしている。
「う……」
「まず一匹取り出せ」
 触るのも嫌なそれを、樹香は奥歯を噛みしめながら指先で摘まんだ。
「まずは右の乳首だ」
 だが、続いた言葉に、言葉もなくキスカを見つめる。
「聞こえなかったか?」
 目前で嗤うキスカは、前言撤回をするつもりはなさそうで。いや、絶対にしない。
 これこそがキスカが考えていた罰なのだと今更ながら気が付いても、もう遅かった。
 震える指先が、ヒルの口を乳首へと運んでいく。
 できるだけ見ないように目を逸らし、それでも寸前で止まった指は震えて動かない。
 動かそうとして止まる、近付けようとして離れる。
 涙を零しながらそんなことを数度繰り返していると。
「こうするだけだろう」
 不意に手を強く押された。
「ひっ」
 ぶちゅっと乳首にヒルが吸い付く。
 走った小さな痛みに身体が跳ね、思わず瓶を落としそうになったのを堪えた。
 吸い付いたヒルは手を離してもしっかりとくっついている。
「次は左だ」
「……はい」
 キスカの苛酷で無慈悲な物言いに、樹香はもう決して逃れられないのだと涙しながら、次のを取り出した。


 結局4匹は乳首で、そして残り6匹をペニスへとつけさせられた。
 さらに背中や尻タブ、アナルの間際にも生き残った何匹かがついていて、その状態の樹香をキスカは屋敷中を歩かせた。
 吸血し、朱色に染まったヒルが目立つ体を他人に見せながら屋敷を一周。その間いろいろなところでその姿を晒すはめになった。
 特にキスカの、特殊な性癖を持つ客が揃った応接室では、その姿で給仕をさせられ、膨れたヒルがぶら下がる性器をさんざん笑い物にされたのだ。
 だが、樹香にしてみればそんなことに意識を向ける余裕はなかった。
 とにかく痒い、痒くてたまらない。
 途中から掻き毟ろうするからと後ろ手に腕を縛られてしまう。
 その頃にはヒルは満足したのか全て身体から剥がれ落ち、吸われた痕口が赤く腫れ上がっていた。さすがに流れ続ける血は止血薬によって止められたけれど、ひどくなる痒みはそのままだ。
 最中に、この痒みは一昼夜は続くと教えられ、絶望に涙が溢れるが、そんなことを考えたのも一瞬だ。
 とにかく掻きたい、掻き毟りたい。
 できないなら、壁でも突起物で激しくこすりつけたい。
 そんな欲求すら叶えられずに、狂おしい感覚に身を焦がす。
 歩きながらでも痒みが耐えきれなくて身を捩っていた。
 腫れた陰茎は勃起したように膨れ上がり、乳首はどす黒い色を変えたまま女のように大きくなっている。尻の狭間も痒く、にじり擦る太もものせいで男を誘うように尻を振りたくっているのにも気付かない。
「う、くっ、か、かゆ……あ、ぐっ……お、願い……この、痒み……うぅ……」
 泣いて訴えても、先導するキスカはただ嗤うだけだ。
 もう意識がそればかりになって朦朧としていた樹香は、いつの間にかいつもの庭へと連れ出された。
 四阿のテーブルの上に仰向けに載せられ、腕は下に降ろされ台座に括られ、膝を立てた足は大きく広げた状態で四阿の柱に結ばれた。
 そんな身動きできない状態で庭に放たれたのは、通路で樹香を捕らえた犬とその仲間だ。
「良くあれを捕まえたな、ほら、褒美だ」
 にこやかに笑うキスカの言葉を遅れて理解したとき、背筋に走ったの激しい悪寒だ。
 ヒルの痕口が残るペニスと股間にたらりと垂らされる液体の独特の臭いは嗅いだことがある。乳首には肉汁の臭いがするものが塗りつけられた。
 その正体に気付いたとき、一瞬痒みを忘れた。
 恐怖に瞬き、流れる涙が滂沱となる。だが痒みが消えたのは本当に一瞬だった。
「い、いや……許し……、ああ、痒いっ、痒くてぇ、掻いてっ、掻かしてえっ……っ」
 吠えることなく、にじり寄る犬たちの鼻息に恐怖は湧いている。
 隠れていた陰茎がずるりと剥き出しになっているのが、頭を振った視界の片隅に入り、絶望と、だがそれ以上の期待に胸が躍った。
 のしかかる前足はずしりと重く、忙しない呼吸音が腹の上でする。
「か、掻いて……お、おねが……掻いてぇっ……」
「おまえもこいつらと遊ぶのは久しぶりだろう? しっかりとかわいがってもらえ」
 キスカの声が遠く響く。
 助けてと伸ばそうとした手は動かず、涙が覆う瞳に入るのはもう人ではないものだけだ。言葉の通じぬそれの、本能が怖い。だが同時に、この耐えられない痒みをなんとかしてくれるならと、わらをも掴む思いでそれを見つめる。
 ガクガクと揺れる腰は、前も後ろも痒いところだらけだ。
「痒いところもそいつらが存分に癒やしてくれるだろうよ」
 その言葉の甘美な内容に、思わず口の端から涎を垂らしながら微笑んだ。
「掻いて……ぇ」
 太い脚が身体の左右で爪音を立て、ずり上がってくる黒い巨体にふわりとした毛の感触が腹をくすぐる。
 カシャカシャッと顔の横でも音がした。
 生臭い息から顔を背けるが、逃れられるものではなく、力の入った胸で痒みの増した乳首がふるふると震えたそこに、長い舌が絡みつく。
「あ、ぁぁっ」
 人ではない長い舌に、痒みが癒やされ、その瞬間、意識がそれだけに向けられた。
 敏感な乳首から脳髄に強い快感が走り、知らず仰け反って、その舌に胸を押しつける。
 同様に犬の腹に擦られたペニスがまた気持ち良くて。
 痒いところを押しつけるように腰が動いた。
「ひ、あぁぁ――、はいって……、入ってっ!」
 ずりずりと体内に入っていくる異物が何か、考えたくもない。
「やめっ、あっ、でも、痒いとこ……イイ、あっ」
 調教された犬たちは、樹香の弱いところをどうすべきか良く知っていた。
 ざらついた舌で嬲られた乳首が歓喜に震え、深く飲み込んだアナルが欲しいとばかりに収縮した。
 痒いところが気持ちいい。
 人ではあり得ない突き上げに、嬌声が迸る。
 短い銀の髪が強くテーブルを叩くほどに、頭を動かす。いつも以上に感じる身体に、樹香は全身震わせ、動かない手足をばたつかせた。
「あー、イイ、掻いてっ、ああっ、ひぃぃぃ!」
 犬の交尾は、実際に抽挿をしている時間は短い。だが樹香を苦しめるのはその後からだ。
 激しい抽挿の後ぴたりと止まった犬のペニスの根元が膨らみ、アナルに張り裂けそうな痛みが加わった。
 それでも、今日ばかりは樹香はその刺激に甘く喘いでいた。
 それが気持ちいい。もっと動かして欲しいと腰を揺らし続ける。
 白く美しいはずの肌は傷つき、空色の瞳は快楽にくすみ、銀糸のごとくと歌われた髪はばっさりと切られている上に犬の体液にまみれていた。その細腰を浅ましく犬に押しつけ、歓喜の声を上げながら喜ぶ哀れな姿があった。
 膨れた下腹からの鈍痛にヒイヒイと泣き喚き、乳首を舌で舐められ、牙が肌に食い込みながら、嬌声を上げて獣に犯されている姿は、かつてリジンで美しい神の子と言われた王子には見えなかった。
 だが、美しく敬虔な姿で祈りを捧げる姿でなくても、訪れた客達の性的興奮を煽ることぐらいはできる。
 美しいものが汚れる姿に、彼らは興奮し、目を輝かせていた。
 それは、キスカも同様だ。
 どんな美しいものを得たとしても、この身が満足することない。だが、樹香が堕ちていく姿は、何よりもこの身を楽しませる。
「淫らに踊り舞い、欲してその身を数多のものの性の解放だけに捧げろ。おまえの役目はただそれだけだ」
 獣に犯され悦ぶ樹香の姿は、その夜のキスカの無聊を解消するに十分なものだった。

【了】