【Animal House 迷子のクマ】 2

【Animal House 迷子のクマ】 2

2

 檻から連れ出そうとしたときに一悶着はあったが、こういうときほどディモンのパワーが役に立つ。
 白バニーと離されるのを嫌って暴れたクマとはいえ、しょせんは荒事などとは無縁のおぼっちゃま。足を強く蹴られ、痛みに蹲ったところでなんなく後ろ手で縛り、首輪を嵌めて手綱を繋げば、もう罪人のごとく惨めな姿と成りはてる。
 きゃんきゃん喚くうっとうしいバニーを先に連れて行かせ、ウーウー呻くままのクマの手綱を強く引く。
 首輪につけた太い手綱を引っ張れば、喉が締まり、呼吸を求めて引っ張られるがままに檻から出てきた。
 どの方向でも手綱を引けば喉を締め付けるようになっている特殊な構造の首輪は、アニマルの証でもある。もっとも、未だ海のものとも山のものともつかぬ素材でしかないこいつの首輪は安いビニール製。そこらへんの飼い犬につけるおざなりな首輪よりも見た目はちゃちではあるが、簡単には外れないようになっている。
「さっさと歩け」
 蹴られた足が相当痛いのか、引かれるままによろよろと前進するクマは、立ち上がれば俺より少し低いくらいか。
 胸板もそこそこにあり、きゅっと引き締まった腰はけっこう色っぽい。
 これなら、上手く育てれば良い客にありつけるだろう。
 自分よりがたいの良い奴が這いつくばって懇願する様を見たい輩もけっこういるのだ。
 それに、あまり無駄口を叩かないのも俺にとっては好印象だった。
 きゃんきゃん吠えるペットは客によっては嫌われるから、声帯除去とかまでさせられるのだが、俺はあれは好きじゃない。
 わめき声は消えるが、恥ずかしい懇願までさせられなくなるからだ。
 そんなことを考えながら歩いていたら。
「ゲイル……最初に吊すか? それとも洗うほうへ?」
 手早くタブレットを操作して、調教室の予約を入れていたディモンがくるりと振り返り伺うのに、俺は僅かに首を傾げたのは一瞬だ。
「吊す」
 簡潔な答えに頷き返したディモンが慣れた手つきで画面上で指を滑らせて。
「OK」
 予約完了画面を見せつけてきた。
 そこには二週間分のさまざまな調教室の予約がすでにできていて、何も言わなくても立てられた俺好みのスケジュールだと、相変わらずの手際の良さに苦笑を返す。
 いくつかは複数手配しているから、調教具合で変更も可能だ。そのあたりもそつが無いから、独り立ちした後も頼ってしまう。
 まあ、ディモン自身、それで良いと思っているのだから俺も気にしていない。
 その予約した部屋に、怯えたクマの尻を蹴り飛ばして入れた。
「うぐっ」
 無様な呻き声は一瞬で、後ろでのバランスの悪さをモノともせずにこけなかったの見事なものだ。
 だが、ごくりと息を飲む音の後はそのまま言葉が出ないようで、へなへなと床にへたり込み呆然と部屋の様子に目を見開いていた。
 何しろこの部屋は、天井は鉄骨に滑車や駆動装置が至る所に垣間見え、壁や床は滑らかな素材で除菌機能付きの洗浄しやすい最先端の素材。ステンレスの棚は曇無く輝き、整然と並べられたさまざまな器具も最新式だ。
 いかに効率よく調教するかを突き詰めた部屋の一つであるここは、吊す目的で使われる部屋の中では最先端のシステムが組み込まれているのだ。
 その分、クマが見てきた客が入る表と檻に入れられていたあの部屋、そして途中の通路からしたら、そのギャップに驚いているのだろう。
 もともと石造りの古城を改造しているこの館は、瀟洒な壁紙やファブリックスで覆われている石壁や石畳か、タイルを埋め込まれた部屋か。客が入らないところは石造り剥き出しだったりもするが、少なくともクラッシックな雰囲気が多いのだ。
「よく見ろよ」
 呆然と、けれどこの部屋の中でも特に禍々しさを誇る鉄骨造りの木馬に意識を奪われているのが丸分かりのクマに呼びかけた。
 ぴくりと震えた肩が、背後の俺たちの存在を認識しているのを伝えてくる。その低い位置の背に言い放つ。
「この館にはおまえらアニマルを躾けるこんな部屋が多数ある。それぞれに趣向を凝らした雰囲気ある部屋だが、おまえには特別にそれら順番に回ってやるよ」
 震えが大きくなった肩越しに、クマが俺に視線を向ける。
 青みの滲むグレイの瞳が揺れていた。
 これから何が行われるのか、何が自分の身に起きるのか、経験の無いことに脳が必死になって考えているのだろうけれど、しょせん甘いおぼっちゃんには想像の先にある世界だ。
 一つの部屋でもさまざまなことができるが、1つ調教を終えるごとに部屋を変えるのも俺は好きだ。
 次はどんな部屋なのか、何が行われるのか、判らぬ奴ほど恐怖に囚われる。
「そうそう」
 けれど、恐怖ばかりではおもしろくない。
「さっきいった賭けのことだが」
 その言葉に、クマはぴくりと頭を跳ね上げた。
「勝ったほうを余興に出すってやつだが、覚えているか?」
「あ、ああ」
 その問いに、コクコクと振り子のように頷き、何かを決意したかのように俺と視線を合わせてきた。
「勝ったら……俺が最後まで保ったら、余興に出して、ここから出られるというのは……本当なんだな?」
 決して激してはいない。けれど、低く、決意の滲ませた震える声音に、俺は知らず片眉を跳ねさせていた。
 なんというか、おとなしいタイプだとは書かれていたが、少しは芯のあるところもありそうだった。
 調教されても、いずれは助かるという期待に縋り、どこまでがんばってくれるだろうか? それとも最後は絶望の果てに堕ちていくのか?
 思わぬ期待に、身体の芯がぞくりと震える。
 それをなんとか押さえつけ、俺はクマが期待する言葉を吐いてやった。
「そうだ」
 もっとも、俺は担当したアニマルには嘘つきで有名なほどで、今も肯定してやるのは簡単だ。
「これから俺はおまえを徹底的に調教して、おまえが見てきたああいうお客さまに出しても恥ずかしくないアニマルにしてやる。その過程で中には精神を狂わせて、ただの淫売になる奴もいるんだが、そういうのは商品価値がひどく下がる。しかも、余興に出しても今一つなんだよ。だから、おまえかバニー、おまえの弟のどちらかが最後まできちんと狂わずに調教を全て終えたら、希望に添えるだろうな」
 まあこれも、調教の仕方次第のところはあるのだが。
 最初からそのつもりで調教するかしないか。
 だがこいつには、手加減などしたくないと、身の奥が期待にウズウズしていて止まらない。その期待をわざとらしく口元に浮かべて、何かを決意したかのように俺を見つめるクマを見やる。
「ふ、二人とも狂わなかったら? 余興は一人で良いんだろう?」
「両方?」
 そんなことはあり得ない、と言いかけて、ひくりと動いた唇に力を込めた。
 俺はともかく、マーカスの手にかかって、快楽に支配されなかったアニマルはいない。マーカスはそういう調教師で、あいつが生み出すバニー、しかもファック・バニーなら淫乱売女のチンポ狂いが定番だ。
 しかもあいつはアニマルを処女のままに多量の媚薬を投与、未熟な穴を複数の客に連続レイプさせてデビューさせる極悪非道な調教っぷりをするものだから、堕ちるのが早いので有名なのだ。
 まあ、そこを買われているというのもあるが、だからこそあのバニーが理性を保てれるのはもって数日というところだ。
 だが、それをこれに教えてやる必要はなかった。
「だったら、どちらか一方だな、確かに余興は一匹で良い」
「だ、だったら、だったら、俺にしてくれ、俺にしてください。弟は余興に出さないでくださいっ」
 首を引っ張られているのに、それでも可能な限り深く頭を下げてくるクマの姿に、俺の口元はヒクヒクと震えていた。
 普段吹き出すなんてことなどしない俺だが、さすがに調教相手の愚かな考え方に吹き出しそうになるのを堪えるのはきつい。
 ちらりと視線を向けた先で、ディモンの口元も同様にひくついている。
「……おまえが素直に調教されるっていうなら、考えてやっても良い」
 吹き出す寸前ではあったが、なんとか筋肉を総動員して落ち着かせ、重々しく言った。
「そうだな、全てはおまえ次第だ」
 含みを持たせ、かがみ込んでクマの短い赤茶けた髪を掴み上げて、顔を合わせて教え込む。
「おまえがどれだけできるか、アニマルらしく人様に服従できるかどうか。お客さまがこぞっておまえを望むペットになれるか。全てはおまえしだいだ」
 至近距離で会わせた視線に力を込めて、教え込む。
「おまえはクマだ。もっともすでに爪も牙も、その力も全て失った、人に頼るしかないクマだ。できることは、絶対的な服従のみ。狩りの術を失ったクマはその身で奉仕して、糧を得るしかない。そう、俺たちに絶対服従してこそ生き延びられる。それがおまえにできるのか?」
 そのとたん、クマの瞳が揺らいだ。
 記憶に甦っているのは、館内の見学の際に見聞きした、先輩アニマルたちが奉仕する姿だろう。それを己の身に置き換えたのか、その顔色が赤くなり、すぐに音を立てて血の気を失った。
 そんなクマをさらに追い込める。
「未だクソしか出したことのない小さな穴に、望まれればこの腕より太いものを、悦び感謝しながら銜えることができるか? チンポ穴に小指より太い棒を入れられて、キモチイイーと叫んで、感謝したり、その背を自ら見せて鞭が欲しいと強請ったり、多量の浣腸を施されて、許可されるまで我慢し続けたり。全てはお客さまが望むままに、お客さまが喜ぶように、全ての希望を叶えて差し上げるペットとしおまえはなる必要があるが。それができるのか?」
「ひっ……っ!」
 重ねる言葉に声のない悲鳴が小さく返される。
 揺れる瞳がせわしなく瞬き、助けを乞うようにあるはずもない何かを探している。
 その瞳に笑いかけて。
「できるなら、答えろ。できないなら、できないと言えば良い。もっともできないからと言って、逃れられるわけではないがな」
 優しく、と言っても猫なで声にしかならないが、優しく促した。
「受け入れられない輩にはそういうペット専用の薬でできるようにしてやることができる。薬が恐怖も恥も全て消え失せさせ、即座に立派なアニマル・ペットができあがる。弛緩剤で穴は広がり、痛み止めでどんなものでも痛みなく受け入れられるだろう。チンポだって壊れずに済むぞ。無理に広げすぎて、チン先が開きっぱなしになる奴もいるからな」
 俺にとってはおもしろくないので滅多にやらないが、薬で堕とすのはマーカスが得意とする手法だ。
 きれいな身体のまま堕ちた精神は、処女穴でも極太の肉棒を欲しがるようになる。
 俺のだとどうして調教直後は傷だらけで、すぐに客に出せない場合があるが、マーカスの場合は即座に提供できるのだ。
「く、すりで……」
 こうやって脅すと、逃れえぬ運命なら楽なほうを選ぼうとするのが人だ。
 だが、これはすでに人ではない、クマだ。俺に預けられたクマだ。
 そのクマに、そんな安易な方法など取ってなどやるものか。
「ただその手の薬は、普段の調教より使う薬より格段に強烈だ。それこそ理性など吹っ飛ばすほどにな。快楽に狂い、四つん這いで尻を振りたくって、オスを欲しがるメスになる。いわゆる「堕ちた」という状態だが……それで良いのか?」
 最後はゆっくりと、思い出させるように、問いかけた。
「賭けは、おまえの、負け、になる」
「あ……」
 呆然と目も口も大きく開いたまま、硬直したクマから俺は離れた。
 立ち上がり、ディモンに黙したまま頷いて、天井の滑車から鎖を下ろさせた。
 その先の手首用の枷を後ろ手の拘束を解いてから両手首に取り付けて、上昇させる。
 ガラガラと音を立てて巻き取られる鎖とともに、腕が上がった状態でクマがよろよろと立ち上がり。
 目線が合った状態で、俺は再度問いかけた。
「できるか、それとも薬に頼るか……どうする?」
 返事など聞かなくても判っていたが。
「でき、できますっ、薬には頼りませんっ」
 ぶんぶんと音が鳴るような勢いで首を横に振ったクマがぐっと唇を噛みしめていた。
 強く決意したかのように顰められた顔が、けれど決して視線を合わさないとばかりに下を向いている。
 その顎に手をかけて、ぐいっと上向かせて。
「なら、お願いしろ。クマの身体をお客さまに悦んでいただける身体にしてください、と」
 至近距離でニヤリと嗤う俺の顔に、クマがびびっている。
 俺のほうが身長が高いから、見上げる形になるのも恐怖を煽るのだろう。
 得てして体格の良い奴は、普段から見下ろされるのに慣れていない。まして、国でも有数の金持ちだった家だ。見下ろすことはあっても、見上げることは少ないだろうから余計にだ。
「ほら、言え」
「あ、あ……俺、あ、あの……」
 けれど、パクパクと口は開けているくせに、言葉はなかなか出てこない。
 決意はしたのだろうが、それを実際に口をする勇気までは出てこないのか。
 もっとも、これも想定内の出来事で。
「言わないなら、言えるようにしてやろう」
 一歩二歩、交替した俺の後ろで組んだ手のひらに、慣れた感触がパシリと音を立てる。
 そのままゆっくりとクマの後ろへ回って。
 服を着たままとはいえ、薄いTシャツにチノパンだから身体の線をとりやすく、狙いやすい。
 ひゅっと軽く空を切る音。
 そのための広い空間は長い軌跡を邪魔しない。
 ビシッ!
「ぐ、ああっ!!」
 布地が一瞬シワを作る。
 衝撃に捩れたそれが戻る間もなく、クマが身体を捻り、何が起きたか薄く涙が浮いた目で見つめてきた。
 その瞳に、はっきりと映っているのは俺の愛用の真紅の鞭だ。
 よくなめした革を真紅に染めて、紐状にしたものをしっかりと編み込んだ俺手製の鞭。芯は柔らかくしなり、けれど十分な剛性を持っている代物で、柄も俺の手にジャストフィットしている優れものだ。
「な、なんで……」
「なんで? お願いできないなら、お願いできるようにしてやろうってだけだ。こうやって」
「ぎゃんっ」
 軽く振るうだけで踊った鞭先が、クマの腰を襲い、その身体が跳ねる。
「言いやすくしてやっているんだ」
「ひぎっ、や、止めてっ、いい、言いますっ、言いますからっ」
「うるさいっ」
「あうっ」
 無駄な遠吠えが気にくわないと、もう一発背に落として、それだけでぜいぜいと肩を揺らしているクマを促した。
「言いたいなら1回で必要なことだけを言え、俺は無駄吠えするアニマルは嫌いだ」
 近づき、打った場所を柄でなぞりながら、耳元で囁く。
 それにコクコクと頷いたクマが、乾いた唇をぺろりと舐めて、意を決したように口を開いた。
「俺、あ……、く、クマは、い、淫乱になり、たい、から……」
 ごくごくと何度もその喉を震えさせながら。
「お、お客さま、が、よ、ろこぶ、身体に、して、くださっ、い」
 言い切ったとたんに、ぽろりと透明な滴が床に滴り落ちてきた。
 汗かと思ったら、目元から流れ落ちてるそれは、続けて幾つも落ちてくる。
 もっとも、そんなことはどうでも良くて、俺はクマが言った言葉を脳内で繰り返して、にやりとほくそ笑んだ。
「そうか、淫乱になりたいか」
「え……あっ……」
 言い間違えたか、記憶違いか。
 だが、もう遅い。
「だったら、そうしてやろう」
 ニヤリと嗤う俺に気がついたのか、クマの顔からさらに血の気が退いていった。



 両手首の枷を天井に向けて引っ張られ、伸びた胸筋は今はTシャツの薄い布地に隠れている。
 邪魔な布地は、アニマルにはあり得ない代物だが、それを剥ぐのも楽しいひとときだ。
「さて、まずはアニマルの心得を教えてやる」
 比較的簡単なことから順番に、けれど、それは決して楽ではない。
「こ、心得って……」
「そう、先ほど俺はおまえを打ってやった。アニマルは誰かに何かをしてもらったら、必ずお礼を言わなければならない」
「ぐっ」
 言葉と共に手綱を引いて、怯える瞳を覗き込む。
「お礼は?」
 嘲笑を浮かべ催促すれば、苦しくもがく中で口が開いて。
「あ、ありがと……ございま、ます……」
 掠れた声音が小さく返された。
「そうだ」
 手綱を緩めて、とたん咳き込むクマの揺れる身体から少し離れて。
「だが、遅い」
 軽く振るうだけで、俺の鞭は生き物のごとく宙を舞い、クマの脇腹を打った。
「ひ、ぎっ」
「何かをしてもらったら、礼はすぐにだ」
 頭の中で、一つ、二つ。ゆっくり数えて五つ。
 五秒の間を取ってから腕を鋭く左右に振るえば、馴染んだ衝撃が手のひらに伝わってくる。
「はっ、いぐっ」
 俺は普段は何度も同じことを言わない。
 だが、特別サービスだと教えてやった。
「何かをしてもらったら、礼を言う。これはどのアニマルでも変わらない。何々していただいて、ありがとうございます、だ」
 そこまで言われても何をすべきか理解できないバカも多い。そういう輩は、俺たちの調教に保つわけがない。
 けれど。
「あ、ありがとっ、ございますっ、鞭打って……いただいて、ありがと、ございますっ」
 振り上げかけた右腕を制するように、クマが必死になって礼を言った。
 その言葉に、一応満足点だと俺の手が完全に降りる。
 と、その俺の姿に、クマの涙のにじんだ顔が小さく揺れて。
「教えて……礼の仕方を教えていただいて……ありがとう、ございます……」
 教えたことへの礼までも口にしたその聡さに、俺は僅かに瞠目し喉の奥を鳴らした。
 これは……楽しめそうだ。
 ちらりと視線をディモンに合わせれば、彼もおかしそうに口元を歪めていた。
 どうやら賭けの効能は、思った以上の効果を上げているようだった。
「そう、ちゃんと礼が言えたな。なら、褒美をやらないとな」
 実を言うと、未だクマとしての調教内容は固まっていなかったのだが、今少しだけ閃いたことがあって。
 服の上からその胸板に手を這わせて、その筋肉の形を確認し、平たい僅かな膨らみを辿って。
 何をされるか不安げに俺の手の動きを見るクマにことさらに優しく笑いかけてやったら、なぜかひどく怯えられて視線が外された。
 失礼な、と言葉ほど憤慨もせずに、それよりも指の腹に触れた小さな凸部に意識が取られた。
「クマには鑑札が必要だからな」
 館でアニマルを識別するのために付けられる札は、実のところその形は決まっていないし、別に必須でもない。
 付けるときは文字通り鑑札札のときもあれば、首輪に銘打たれる場合もある。それこそ、タトゥーや焼き印にすることも可能で、その時その時で決められる。まあ、タトゥーや焼き印は客が金を払って望んだときとか、ショー的に行われるのが常だが、鑑札札とか外せるモノであれば調教師の自由なのだ。
 その鑑札をこいつには付けてやろう。
「すぐに鑑札を用意してやる」
 押しつぶすように、指の腹に感じる突起をゴリゴリと抉ってやれば、戸惑うクマの腕の筋肉がビクビクっと震えた。
 どうやら感度はたいそう良好なようだと、ほくそ笑む。
「どうだ、うれしいだろう?」
 俺の問いに、けれどクマは乳首への刺激に意識を取られていたのか、それとも嫌なのか。
 すぐに口を開かなくて。
「ディモン、ナイフを」
「どうぞ」
 請うたとおりのナイフがむき身のままにクルクルと回転しながら飛んできて、慌ててタイミングを計って柄を掴む。
「おい……」
「何か?」
 俺の抗議の視線などどこ吹く風で平然と返してきたディモンを睨み付け、けれど手はすぐに動いて、布地の裾から入れた刃を一気に喉先へと持ち上げた。
「ひっ!!」
 切っ先はのど仏の僅か下で止まっている。
 一瞬の出来事で反応しきれなかったのだろうが、それでもクマの身体が僅かに仰け反っていた。
 先まで身を覆っていたクマの薄いシャツがひらりと両脇へと広がって、筋肉質な胸と腹が現れる。少し浅黒い色は日に焼けた後だろうが、そこにさっき打った痕が薄く赤みを帯びて残っていた。もっとも軽く打ったのと、薄いとは言え布地越しではこの痕もすぐに消えるだろう。
「うれしくないのか?」
 切っ先が喉に食い込みかける。ほんの少し力を入れるだけで、刃先がぷつりと皮膚を切り、血の滴が流れるだろう、その寸前で。
 クマの顔がおもしろいように引きつっていた。瞳が限界まで下に向き、視線が見づらい位置のナイフを捕らえている。
「う、うれし、ですっ、あ、りがとございますっ」
 言葉とともに震えるのど仏へ、溢れる唾液を飲み込むこともできずに、口角から泡吹いたような涎が流れてきた。
 小刻みに震えるのは喉だけでなく、総毛立った肌もだ。薄く滲むように汗が浮き、ほどよい色合いの肌を流れる。
 その先で他より濃い色をした乳首がまるで誘うようにぷくりと立ち上がっていた。
 さっき押しつぶした刺激に、勃起したそこは、体格からすれば小さいものだ。
 だが、裸に向いてみればよく判る、ほどよい筋肉が乗った胸板は、違う視点で見ればAAカップだと言えばそれにも見えて、平たい胸にある大きなサイズのそれを想像して、ぺろりと舌なめずりした。
 別に女の胸が好きなわけではないが、立派な体格にでかい乳首はそそられる代物だ。
 クマの体格に合わせてやれば、似合わぬエロさをもたらすに違いない。
「そうか、それは良かったな」
 ならばたっぷりと虐めてでかくしてやろう。
「だが、言葉が足りない」
 パシッ。
 ナイフを離すと同時に赤い一閃がクマの胸を一文字に打つ。
「ぎゃっ」
 衝撃に揺れた身体に、引っ張られたギシギシと鎖が鳴った。
 みるみるうちに赤く浮かぶ打痕の中で、両方の乳首がぴんと立ち上がっていた。
 そこを狙って、続けて打つ。
「ひあっ、やっ、痛っ!」
 何かを言わせぬ間に、立て続けに振るった鞭に、前後に身体が揺れたが、それでも俺の鞭先は狙い違わずクマの乳首を殴打していた。
 敏感なそれは、伝わる衝撃も痛みもひどいのは知っている。
 知っているからこそ、続けて打って。
「うう、う……、うっ」
 五発打ったところで、手を止めれば、ボロボロと涙が胸に落ち、充血しきった乳首がいやらしく濡れた。
 まだまだ傷にもならぬ程度の仕置きで、こんな程度で音を上げるのは早すぎる。
「遅くても、言葉が足りなくても、罰は変わらん」
 鞭の柄を持った右手を伸ばし、その先で腫れた乳首を下から持ち上げれば、びくりと一度震えた後、その顔がおずおずと上がり、涙と鼻水と涎がぐしゃぐしゃのままに。
「あ、りがとう、ございますっ、鞭を……打っていただい、っ、ありがと、ございまっ……うっ」
 しゃくりを上げ、それでも続ける礼に、俺は口角を上げて。
「違う、クマの淫乱な乳首をたくさん打っていただいて、ありがとうございます、だ」
 グイグイとその乳首を持ち上げながら促せば、クマはごくりと息を飲んで、惑うように視線を動かしたけれど。
「ク、マの、い、淫乱な、乳首、を、たくさん打って、ぃ、ただって、あ、ありがと、ございます」
 どうせ助からぬバニーを庇い、俺に従うクマは、愚かだ。
 だが、その愚かさがおもしろく、楽しい。だが。
「加えて、どんなにされたことがうれしいか口にするんだ。良い感想はお客さまを喜ばせるからな。ほら、教えてやろう、こういうときは」
 泣くクマの耳に聞こえるように、はっきりと教えてやる。
「クマは、淫乱な乳首をたくさん打っていただくのが大好きです。だからご主人様に鞭で打っていただくととてもうれしいです。ほんとうにありがとうございます、だ。そうしたら、お客さまは喜んでおまえが大好きな鞭をいっぱいそのいやらしい乳首にくれるだろうよ」
 俺が追加した言葉に、その瞳が大きく開き、呆然と開いた口は何ら言葉を発しない。
「なっ……あっ、そ、あ」
 いや、声は出ていた。だが、言葉になっていない。
 その様子を窺いながら、頭の中で五を数えて。
「できないってことか」
 何がとは言わず、その意味をクマが理解するより先に、俺は鞭の柄をしっかりと握って。
 その様子に、黙って様子を見ていたディモンが壁際まで後退した。
 広くなった空間で何が起きるか、クマはすぐに知ることになる。
「お仕置きだ」
「……えっ!」
 柄を持った腕が大きく振りかぶる。
 真紅の鞭が空を切り、しなった先端が踊り落ちる。
「ぐう、あああっっ!!」
 弾ける音に被さって、クマの醜いうなり声が響いた。
 渾身の力を込めた一撃は、肩から腰へ、身体の全面を斜めに過ぎり、すぐに紫と赤の鬱血した痕を浮かび上がらせる。
「あ、あっ……」
 今までに無い強い一撃に、がくりと崩れた身体がゆらゆらと揺れている。
「おまえはお客さまのすべて願いを叶えるアニマルになると言ったが、俺が言ったことも実践できないので、何ができるって言うんだ?」
 前から後ろへ、移動した俺は手の中で鞭をピンと引っ張った。
 編み込んで作ったこれは、力加減によってどんな傷でも作ることができる。
 パンと張ったその鞭を、左手から離すと同時に振りかざし、広い背中へと振り落とした。
「ひぎゃあっ!!」
 薄く赤い線しかなかったそこに、醜くも美しい赤黒い痕がじわりと浮かび上がってきた。
 ガクガクと痙攣する身体。
 それに加えて。
「あらま」
 呆れた風のディモンの言葉にふと視線をやれば、肩を竦めた彼が顎をしゃくって指し示す。
「漏らしたぜ」
 言われて気付けば、独特の臭いとともに、床にじわじわと広がる液だまりができていた。
 まだ下肢はズボンに覆われたままだったせいで、カーキ色の布が股間から裾に向かって色を変えている。
「下の躾けも必要か?」
 疑問符付きでの言葉は笑みを含んでいて、俺は頷くしかない。
「チンポが緩いアニマルは嫌われる」
 その言葉に、ディモンが楽しげに頷き返し、乾いた唇を滑らすように舌で舐めていた。


 ディモンが鎖から手枷を外すのを、壁にもたれてぼんやりと見ていた。
 枷同士を繋ぐジョイントも外してやれば、腕は自由に使えるようになるが、首の輪はそのままだし、しばらく吊られた腕は直後は痺れて使い物にならない。
 それでも、己の尿の中に崩れ落ちかけるのをかろうじて堪えたクマは、よろよろと移動しディモンに促されるがままに着衣を脱いでいた。
 汚れたジーンズから現れたのは筋肉質な大腿。きゅっと引き締まった膝関節部に、筋張ったふくらはぎ。
 髪より淡い色合いの毛は、思ったより剛毛ではなくて、それでも男臭さは十分にあった。
 だが、クマならばちょうど良い。
「それもだ」
 汚れた残る一枚の下着も滴り落ちる滴の気持ち悪さが羞恥を凌駕したようだ。
 意外にも思い切り良く脱ぎ去って、促されるがままに俺の前に起立する。その現れたその股間に逸物に、俺は堪らず「ほおっ」と感嘆の声を上げていた。
 日に焼けていない肌は白く、そこに藪のごとき茂みをつくる陰毛の中、今は萎えているサイズのはずなのに、ずしりと重さを感じる陰嚢と図太い陰茎がぶら下がっていたのだ。
 巨根と呼ぶには今一つだが、それでも男としては立派な部類に入るだろう。
 思わず壁から離れて近づいて、ためらい後ずさろうとするクマを視線で制して。鞭の柄の先でひょぃっと持ち上げそれをまじまじと観察する。
「へえ、よい形をしてるじゃないか」
 すらりと伸びた陰茎はアジアの血でも混じっているかのごとく太く、しっかりとした芯を感じられた。
 エラはかさ高で、しっかりと剥けている。萎えた状態でこれならば、勃起したらどうなるのか?
 そんなことを考えていたら、俺が至近距離でまじまじと見ているせいか、クマの肌がほんのと色よく染まりだした。
 特に白い下腹部の、その淫靡な色の変化に堪らず欲がそそられて、ざわりと股間が震える。
 堪んねぇな。
 体格の良い、男など知らぬ身体を暴かれて、それでも俺になされるがままのオス。
 この後、どんな命令をしても、こいつは殊勝に従うだろうことが明白な相手。
 それは、俺に屈服したわけでなく、ただただ弟のためだけの表面上の隷属なのだ。
 そう、俺に従っているわけではない。
 俺の性癖は限りなくサドだが、それはマゾに奉仕するようなものではない。
 マゾだろうがノンケだろうがゲイだろうが、俺の前でひれ伏せさせ、嫌がる輩を強制的に隷属させ、その精神が壊れ尽くすのまで貪り尽くすのが俺の性癖だ。
 ましてこんなふうに強制的に従わせて、意のままに振る舞わせる行為は、口の中で涎が溢れそうになるほどに大好物だった。
「おい、勃起しろ」
 するりと柄の先で亀頭の根元辺りを擽りながら、全裸のクマに命令する。
「は……、あっ、はいっ」
 一瞬呆けたように視線を泳がせ、けれど、すぐに俺の言葉の意味を理解したのか。
 返事だけは威勢が良かったが、その後が続かない。
「……おい、礼は?」
 俺がそれを指摘してやれば、さあっと赤くなったおろおろと視線を彷徨わせ、けれどすぐに俯いた。
「あ、ぼ、勃起、を……させて、いただける、て、あっ……うれし、です……。ありがと、う、ございます」
 躊躇いがちな声音は震えていた。
 垂れた腕がおずおずと動き、己の陰茎へと指が絡まる。
 羞恥に全身を赤く染め、それでもその身体の動きを止めることなく、クマは命令に従いだした。
 ほとんど気をつけの姿勢のままに、無骨な手が身体にふさわしいサイズのペニスに絡み、ゆっくりと握りしめ、そのまま扱く。もう片方の手は亀頭の辺りを包み込み、揉み込むように先端を指先で抉っていたけれど。
 男二人に見られている、しかもこんな環境下で柔なそれはなかなか勃起しない。
「お、い、さっさと、しろ」
 力を込めて催促する俺に、クマの肩がびくりと震え、戸惑いがあった手も動きが速くなる。
 だが、それでも先走りの一滴すら零さぬそれは、力無く項垂れ、熊の手の中でふにゃりふにゃりと形を変えるだけだった。
「命令が聞けぬチンポにはお仕置きが必要だな」
 言葉より、パンと手のひらに打ち付けた鞭の音のほうがクマには効果的だった。
「ひ、あっ、も、申しわけっ、ありませんっ、す、すぐにっ」
 必死になって言いつのるが、余計に恐怖が増した身体が言うことを聞くわけもなく、ますます小さく縮こまった陰茎は、持ち主の意に反してぴくりとも起き上がらない。
「す、すみま……せんっ、あ、ま、待って……」
 何度も詫びの言葉を口にし、前屈みになって、赤くすりむけるのではというほどに必死になって己の陰茎を扱くクマに、けれど俺が容赦をする理由も何もない。
 ほどよく突き出された尻たぶの白さが、見事なまでに俺を誘い。
「遅いのも仕置きの対象だ」
 逃げを打つ隙など与えずに、その大きな尻へ鞭を振るった。



「あぎっ! ひいっっ!!」
 二度三度、同じところを何度も打っていると、クマの身体が崩れ落ち、広い背中が目の前に横たわる。
 クマ自身は庇おうとしてるのだろうが、襲う鞭から動くこともできずに、本能的に腹を庇う形で縮こまっていた。
 その分、尻も背も、広い面積が叩きやすい。
 ますば一閃、肩から腰へと斜めの線を描き、ついで反対にも打ち付ける。
「従えない罰は鞭打ち十発だ」
「ひ、あっっ! ぎぃっ!」
 俺が調教担当になった素材は、アニマル・ペットになるまで三桁は軽くこの鞭を浴びる。
 強弱さまざまなそれに、堪えきれず狂う者すらいるが、クマのこれはまだ序の口だ。
 それでもふわりと軽々と宙を舞う鞭先は、バシッと鋭い音を立てて落ちる頃には、ひどく重く感じるという。
 俺自身、自身の鞭など浴びるへまはしないから知らないが、アニマルの一匹がそう言っていた。
「後五発」
 容赦ない鞭打ちに、慣れぬ皮膚が弾ける。
 血が滲む鞭痕に、新たな痕が加わって、奇怪な幾何学模様が白いキャンバスに描かれていった。
 それに、さらにもう一発。
「あぎぃっ」
 心地よい悲鳴が鼓膜を擽って、ほどよい酩酊状態に陥っていく。
 それでも調教師としてのプロ意識からか、完全に酔いきれないのが残念なところだ。
 数えてちょうど十発目で、俺はふうっと大きく息を吐き出しながら鞭を握った手を下ろした。
 ちょうど良い運動に浮かぶ汗を二の腕で拭い、目の前にいる縦横に赤い線を走らせる白い身体を見下ろせば、その背が小刻みに震え続け、庇うように後頭部に置かれた手が、引き千切りそうな勢いで髪の毛を握っていた。実際その色を失った指には千切れた髪の毛が幾本も絡まっていた。
「起きろ」
 その背に落とした命令は、またしても聞き入れられない。
 否──動けないのか。
 見るからにがちがちに強張った身体は、鞭打ちの痛みと俺の怒りを具現化した鞭捌きに恐慌状態に陥っている。まあ、俺にしてみれば、まだまだ遊びの段階でしかないのだが。
 くいっと顎をしゃくれば、ディモンが肩を竦めて、やれやれとばかりにクマの首の手綱を引っ張った。
「ひぐっ」
 引っ張れば締まるそれに、さすがに身体は逆らわない。
 起き上がった状態に、涙と他の体液で汚れまくった顔も上がってきて、明らかな怯えがその全身を支配していた。
 そこには、やる気を見せていたあの性根はどこにも見えなくて、ただただ何もできずに怯える幼子のような弱者しかいない。
「なんだ、もう降参か」
 言葉と共に零れた大きなため息は本心からのものだった。
 弟を守ろうとする気概を見せたあれは、結局は金持ちのおぼっちゃんの空威張りだったのかと、落胆が大きかったのだ。
「こうなったら、薬で快楽責めにするか」
 ついでにやる気も失って、ほとんど投げやりでいつもは嫌う手段を口にする。
「え、だったら、俺にやらせろよ」
 とたんに、舌なめずりしたディモンが嬉々として俺に迫ってきた。
「ドラッグ使って痛みに感じる身体にしてしまおうぜ。で、何かの宴のときに磔ショーにレビューさせよう。この広い背中は、どんなに下手な奴でも鞭打ちに失敗することないだろうし、全身真っ赤に腫れ上がるまでみんなに打たせて、ヒイヒイよがらせようぜ」
 俺とディモンはとても気が合う、趣味もよく似ているところがあるが、微妙に違うのはこの辺りだ。
 俺は痛みは痛みとして感じるやつのほうが好きで、鞭で打つのはその痛みに恐怖して怯えて、けれどそれでもチンポ突っ込まれたら喜び涎を垂らすような奴が好きなのだが、こいつは痛みを快楽に感じるマゾが大好物なのだ。
 微妙な違いだとディモンは言うが、俺にしてみれば大きな違いだ。
 そんなことを考えて、まあもう少し……と思ったところで。
「あ、う……も、もうし、わけ、ぁりません……く、クマは……淫乱なクマは、ご主人さま……の、お言葉、従え、なくて……もうしわけありません……」
 少し緩んでいた手綱が引っ張られていた。
 苦しいだろうに、必死になって深々と頭を下げて、土下座のごとく詫びを入れるクマのその身体は、未だ震えていたけれど。
「ご、めんな、さい……淫乱な、クマは……勃起できなくて……もうしわけ、ありませ……ん。どうか、ご主人さまがお望みのとおりに罰をお与え下さい……」 
「罰は……鞭だ」
「は、はいっ……お、おねがいします、淫乱なクマは、鞭の罰を受けます。だから、薬だけは……。クマは、頑張りますから、お願いしますっ」
 何度も何度も謝り、堪えると言い切るその言葉は、ひどく必死で滑稽で。
 あんなに怖がった鞭をくれと言っているその懇願はほんとうにおかしくて。
 笑えるそれに、けれど俺は笑うことなどできなかった。同情したわけではない。それどころかうれしすぎて、身の内に込み上げる得も言われぬ衝動を必死で堪えていたのだ。
 このクマは、まだ壊れていない。
 恐怖に屈服などしていない。
 痛みに耐えきると、我慢すると、そう決意している愚かなクマ。
 そんなバカなクマに嘲笑したい気分なのに、けれどこの身の奥深くから込み上げてくる衝動はなんだろう。
 快感にも似たそれに、俺はぶるりと震えた。
 引きつったように口角が上がり、乾いた唇が無性に気になって舌で何度も舐めた。
「そうか、そんなに言うなら罰を与えよう」
 その言葉に、青ざめた身体がびくりと痙攣する。
 それでも、伏した姿勢は変わらずに、その全身で俺の言葉を待っていた。
 まるで主人のためなら命をも捨てる騎士のように。
 ふっと、そんなバカな考えが浮かんでしまったけれど、そんなバカげた妄想は隅に追いやった。
 ならば鞭をやれば良いだろうけれど、俺はおもむろに「ただし」と続けた。
「おまえはクマだ。まずはクマにふさわしい格好にならなければならない」
「ク、マに?」
 何のことだとようやく頭を上げたクマの顔はグチャグチャだ。
 いつもなら不快な汚れのそれも、こうやって縋るようにされると妙なかわいげがあった。それもこれも、これがクマだからだろうか?
「そうだ。ディモン、そこにある淫具をこいつに与えてやれ。淫乱なクマはそれで明日の朝、俺がここに戻ってくるまでに、その一番太いのがおまえのイヤらしいケツマンコに楽に入るようにしておくんだ」
 指さす淫具の棚の、一通りサイズが揃ったシリーズを指させば、ディモンが心得たとばかりにその十二本を一式持ってきて、クマの目の前に並べた。
「こ、これは……」
 ペニスのサイズをした、それこそ幼児サイズから極太巨根サイズまで。クマの陰茎より太いサイズはだいぶ苦しかろうが、これが全て入らなければここではアニマルにはならない。少なくとも俺が考えるクマならば、この程度は受け入れられなければならぬのだ。
 ケツマンコなんて卑猥語を知らぬおぼっちゃんでも、どこに入れるかは知っているだろうから、すぐにその言葉の意味を知ることになる。
 だが、その一番太い奴の禍々しさに、クマは硬直して目が離せないようだ。
「本来なら俺が懇切丁寧にゆっくりと広げてやるつもりだったが、俺に逆らった罰だ。自分でやれ。まあ、時間はたっぷりあるし好きなようにほぐせば良いから、優しいもんだろう?」
 おためごかしに言ってやり、その横に粘性のある液体が入った瓶をでんと据えてやった。
「特別に潤滑剤の使用を許可してやる」
 かなり薄めてはいるが掻痒効果のある媚薬入りだとは教えない。だが、これを使えば必然的に休むことなく解し続けたくて堪らなくなるから、なんて親切な俺の手はずだ。
「きちんとできたら、さっきの鞭の罰は無しにしてやる」
「あ、……で、え……」
 何か言いたげに、けれどその言葉を言わせる前に放った俺の言葉に、クマは黙り込んだ。
「なんだ、また俺の言葉が聞けないのか? だったらその罰は百叩きの刑にしてやるよ。はるか昔、東方の国での刑罰で、堅い木の棒で百回打ち据えるというやつだが、まあそこまで俺も残虐じゃない。この鞭を使ってやるさ。まったく固さが違うんだから、楽なもんだろう?」
 先ほど己を傷つけた鞭を目の前に垂らされ、どちらが良いと促す二択に、クマは一瞬惑ったけれど。
「ひ、広げます……自分で広げて……、ご、ご主人様……道具を、ありがとう、ございますっ、い、淫乱なクマは、い、やらしいケツマンコを、これで自分で広げます……」
 再度深々と頭を下げる愚かなクマに、俺は期待通りだと胸を震わせていた。


 バイブを前に硬直しているクマを一人残して、俺たちは調教部屋を出ていった。
 とたんにディモンがクスクスと含み嗤いを零しながら、俺に話しかけてきた。
「マジで賭けに負けてしまうとでも思ってんのかね、あいつ」
 その言葉に俺は視線をディモンに向ける。そんな俺の口元も緩んでいる。
「思ってるようだな。あれじゃ、後を継いでも会社は潰れてる」
 駆け引きとか、裏での汚い仕事とか、何も知らずに育ってきたマジメで堅物。そんな印象が強いクマだと、俺は改めてディモンの手からタブレットを取り上げて、クマの詳細なデータを表示させた。
 そこには、身体的特徴以外にクマの経歴やら成績、今までの履歴が調べられるだけ載っている。
 普段からそんなにデータに頼っていない俺は、詳細なデータは暇ができてから始めて見ることも多い。
 この館の調査能力はそんじゃそこらの調査期間より優れているから、たいていのことは載っているのだが。
「くそまじめで内向的。婚約者がいるのに確認できたセックスは二回のみ。他に女と付き合った形跡はなし。退屈でワンパターンな面白みのない男。どうせなら弟のほうと婚約したかったというのが、その婚約者の評価だとよ。まあその女の家もたいしたところじゃねえな」
 すでに婚約解消されているからか、金目当ての婚約などざらにある階級らしく女側は未練などなさそうだ。男としては手厳しいそれに、ディモンも嗤う。
「弟は真逆だな。不特定多数と付き合いがあり、取り巻き達もたくさんいる。大学生ながら親の会社に秘書として入っていたと。どうやら両親も期待していたのは弟のほうらしいな。婚約者もクマのよりよっぽど有名どころだ。跡継ぎとしても弟のほうが見込まれていた。親は兄に弟を守るように言いつけていたってところか。だから自分の役目だと思い込んでいるところがあるな。仕事も家でできる程度の事務処理か弟の送迎係かよ」
「弟大事の家族で、そのせいで自分はどうなっても良いから、弟を無事に守れってことがすり込まれてるのか……、ありそうだな。あの様子じゃ」
 怖いくせに、嫌なくせに。
 弟のナイトにでもなったように、その身を盾にして庇うクマ。
「おもしろいんじゃないか? 将来有望で優れた弟は淫乱に堕ちて、馬の性処理道具になりました。しかし、虐げられてきた兄は、淫乱な身体を持ったステキなアニマル・ペットとなり、すばらしいお客さまに飼われて、その短い生涯をハッピーに過ごしました、と。これって売りに出すときにつけるか?」
「三文芝居なみの陳腐なストーリーだな」
 ふざけた与太話を一刀両断に切り捨てて、家族写真だという画像を見つめる。
 体格の良い体つきも顔形も誰にも似ていない。
 弟は女優だった母親似、ただし色合いは父親似だ。家族写真なのに、両親に縋るように立つ弟から、少し離れた兄は、どこか異邦人のように感じられた。
 双子とは言えこうも似ていないのは珍しいが、誕生時の医師の診断書からして双子、DNAの検査もしていて、判定は親子、兄弟なのは間違いないらしい、と。
「……DNA検査?」
「何?」
 思わず呟いた俺の言葉に、ディモンが覗き込む。
「五歳ごろだな、DNA検査をしている。あるのはクマとバニー、母親、父親」
 それが意味することに、ディモンもピンときたようで。
「取り替えっ子だと思われたか?」
 妖精が子どもを自分のものと取り替えるというおとぎ話にたとえたその言葉を出してきたディモンに苦笑を浮かべ、けれど、続いた言葉には頷いた。
「似ていない子は自分の子だと思えなかった、と。だからDNAを調べた」
「それが三度。後のはクマのものだけだ。繰り返し繰り返し、データが信じられないとばかりに同じことを繰り返している。どうやらずいぶん判定に不服があったようだな。調査機関が毎回違う。双子として生まれたんだから、そのあたりのカルテは同時に揃っているはずだろうに。まして今時、写真でも何でも撮ってあるから比較は簡単だろう?」
「似ていない、他人の子では……そう思った原因もどっかにあったんだろうねえ。科学的な検査でも間違いがあると思うほどに」
 浮気、不倫、その他諸々。
 自分に似ていない、しかも商売に不向きな性格。
 今時長子相続の決まりでもあったのか、執拗に兄の存在を否定しようとしているのが、見て取れた。
「クソ親に育てられたってわけか」
 いや、育てられてもいないだろう。何かの拍子に忌み嫌いだした子を、そんな親が育てるとも思えない。金持ちの家なら、家政婦なりなんなり、なんでも揃っていただろうし。
 だから、親の会社の要職にも就くことはなく、遊び歩く弟の世話をしていた。それだけが存在意義だった。
 報告書の締めくくりはそんな内容だった。
 こんな館にいたらいろんな話を聞くから、それが格段にひどいとは思えない。だいたい捨てられたわけではない。五体満足、衣食住に不自由していなかったのだから、別にたいしたことはないのだ。
 だが、そうは思っても俺の腹の奥に重苦しいものが溜まり始めていた。どす黒く、渦を巻くそれ。
 何か嫌なことがあると、とたんにのそりと鎌首をもたげてくるそれは、この館に入る前に捨てたはずのろくでもない感情だ。原因はよく判らないが、触れるとさらに嫌なことがありそうで、俺はそれがそれ以上大きくなる前に、思考を切り替えた。
「弟を守ることが自分の存在意義となっているのがあのクマだ。これを調教にうまく使えば、より効果は高いってことだ」
「ゲイルの賭けはどうやらクマには一番効果的だったようだな、さすが、あんたの勘はすごいな」
 口笛を吹いて賛辞を述べるディモンに肩を竦めて返す。
「あれがやたらに弟を庇うんで、胸くそ悪かったからな。だがこれで、徹底的に責められる」
 鞭打たれて消沈していたはずのクマが、それでも恭順を示したあのときのあの決意に満ちた表情を思い出す。
 こんな過去を持つモノならば、弟をダシに使えばたいていのことには堪えきれるだろう。
「明日にはダブルで鞭打つか? どうせ十二本全部はいれられないだろう」
 今日は仕事のなかったディモンに視線をやれば、うれしそうにその顔に笑みが浮かんだ。
「久しぶりだな、ダブル打ち。ちゃちな素材じゃできないからな」
「だろ。それでもあれは堪えると思う。堪えて……あれは生き残る」
 端的に、けれど決まっている未来を口にする。あれは最後まで理性を保ち、それなのに自ら強請り続けるだろう、弟を守るために。
 牡馬の種付けを、尻を振って自ら俺たちに望むのだ。
 それはディモンも判っているようで、軽く頷き、口角を上げたままに言葉を紡いだ。けれど、その言葉は多分に嘲笑を含んでいた。
「可哀想だねえ。弟を守ろうと必死になって極悪非道なご主人様の言葉に従ってるっていうのに、その弟はすでに穴を広げてチンポが欲しいと強請る色狂いになって、突っ込まれては喜びまくってるっていう。ああそうだ。マーカスに言って、バニーのほうは馬サイズの玩具で広げさせとくか。名の知れた家のおぼっちゃんが馬のチンポ加えて悦んでるショーは金が集まるぞ」
「それはマーカスも判ってるだろう? あいつはああいうショーでアニマルが壊されるのは嫌いだが、盛り上げ方は知っている。華奢な身体で壊れない穴ってのはそれはそれで盛り上がるってことをな。ついでにクマを精神的に追い詰めるのもいろいろと考えているんじゃないか?」
 メインの調教師ではなくても、気に入った素材がいればいろいろと周りから画策してくるのはいつものことだ。
「マーカスの色狂いバニーの調教は一昼夜もかからない。あいつのは俺と違って効率が良いのはさすがに俺も認めている。まあ、大量生産向きだ」
「薬を多量に使うしねえ。ゲイル、マジで薬は使わないのか? ああいうデカいのが、鞭打たれて勃起して悦んでるのもおもしろいと思うが」
 ディモンが言う薬は、快感に繋がる感覚を薬で過敏にして快楽地獄に落としてしまう薬だ。
 媚薬との併用も可能で、その効果に何をされても快感に結びつくようになる。それはもちろん鞭での痛みもだ。
「やだね。多少の媚薬は俺も使うが、あの薬は強力すぎる。確かに鞭打たれて勃起する姿も客受けは良いが、痛みに苦しむ中で勃起しろと命じられる姿ってのもけっこう人気があるからな」
「相変わらずだなあ」
 そんな俺のこだわりを、ディモンも判っているからそれ以上強くは言わない。
 俺もディモンが判って言っていることがあるから、強くは返さない。
「じゃ、クマは予定通りあのままゲイルのいつもの方法で、だな。で、クマはいつまで放っとくわけ?」
 俺の手からタブレットを取り上げて、いくつか操作をして、映像モードに切り替えたディモンは、「へえ」と感心したように言葉を漏らした。
「がんばってるぜ」
 指し示されて俺もその映像を見てみれば、クリアな映像の中で、クマが必死になって一本目のバイブを、尻穴に突っ込んでいた。
 と言っても、まだそんなに奥深くには入っていない。
 入り口付近をグジュグジュやってる様子が、大きくした音声でも聞こえてくる。
 壁に背を預けて、大股広げて前から尻穴に突っ込んで、忙しない吐息の中から呻き声も聞こえていた。顰められた顔は汗だくで、羞恥のせいか、それとも無理な姿勢のせいか、赤く染まっている。
 その表情に妙な色気を感じるのは、贔屓目ではないだろう。大きながたいで縮こまって喘いでる姿に、なんとも言えぬ欲が身の内から湧き起こってきて、ひどい飢餓感を覚えた。知らず唇を舌で舐める。
「奥まで入れられないようだな」
 映像を凝視したままに、ぽつりと呟く。
「あ、ああ、そうだな。まあど素人だから怖いんだろうが……どうする?」
 俺とディモンの間だけで通じるいろいろな疑問が混じったその問いかけに、俺は僅かに首を傾げ。けれど、すぐに回答した。
「放っとけ。俺は五時間後に戻る。それまで仮眠を取るが、何かあったら起こしてくれ」
「りょーかい」
「後、餌をやっといてくれ。あのままでな」
「えっ、俺がやるの?」
「他に誰がいる? おまえは俺の補佐だろう? どうせそろそろ他のアニマルも餌の時間だろうが」
「あー、そうだった。りょーかい」
 うんざりとばかりに天井を仰いだディモンは、その態度の割りに口調は楽しそうだ。というか、楽しいのだろう。
 仮眠が短くなっても体力が有り余ってるこいつは、平気だ。
 何より、アニマルへの餌やりはこいつの趣味も兼ねている。
 もっとも、アニマルにしてみれば、こいつの餌やりの時間ほど嫌なものは無いだろうけれど。
 そんなことを考えながら、再度映像を確認すれば、どうやら二本目に挑戦しているようだ。と言ってもあれはまだまだ親指よりは細い。ただ、掻痒剤が効き始めたのだろう、その腰が揺れて吐息がますます荒くなってきているのが判った。
「五時間後が楽しみだ」
 抑揚もなく呟いたそれに、ディモンが反応する。
「よっぽど気に入ったようだな。ゲイルは楽しいときほど冷静だ。で、楽しい案でもあるのか?」
 クスクスと笑うディモンは、楽しくなるとひどく陽気になる。それが普通の態度なのだろうが、俺は逆だ。
 昔から、うれしくなったり楽しくなってくると、静かになってしまう。
 まるで楽しくないように、退屈しているように見える態度に、知らない者達はいつもノリが悪いと文句を言っていたけれど。
 本当は、心の中ではひどく楽しく、笑っている。そして、フル回転で考えているのだ。
 どうしたら、もっと楽しくなるのか、おもしろくなるのか。
 だから俺を知ってる者達は、まるだ期待するかのように俺が何かをいうのを待っている。
 そんなふうに期待されると、さらによけいに考えてしまうのだが。
「そうだな。今思いついたが、天邪鬼なクマというのもおもしろそうだ? 好きなモノは嫌い。嫌いなモノは好き。ただ従順なだけのクマだとおもしろくない」
「ザーメンは嫌いだが好きって躾けるのか?」
 俺の言葉に阿吽の呼吸で返してくれるディモンに、だが今回は左右に首を振った。
「チンポ好きにさせる。突っ込まれるだけで射精するほどの淫乱化させる。精神がどうあろうと、身体はその行為が大好きだと、誰が見ても判るようにする。だが、口からはその行為が嫌いだとしか言わせない。もっと欲しいときこそ、嫌だと言わせる。客は怒るだろうけどな」
 そういうアニマルに躾けてしまう。
「怒った客は、躾けに走る……って?」
「ああ、さっき鞭打っていて思ったが、クマはけっこう痛みに強そうだ。体力もある。肌もきめ細かいのに丈夫だから相当強く打たないと切れてしまうことはないだろう。客のひ弱な鞭ならばたいした刺激にはならないぶん、長く打ってもらえる。ああ、鞭は嫌いにさせよう」
「うわ……あいかわらずえげつないですねぇ、先輩」
 久しぶりに聞いたディモンの敬語の違和感に、堪らずに顔を顰めた。ふざけるなと視線に力を込めて睨み付けるが、当の本人はつゆほども感じてない。
「嫌いな鞭を好きと言わせるなんてねえ。まあ、調教なんて楽しくないとやってられないし。じゃ、俺はそろそろ餌やりしてくるんで、五時間後に。起こした方が良いか?」
「あー、できれば」
 寝汚くはないが、時々起きられないときがある。
 それをよく知ってるディモンは、俺が言葉を重ねなくてもすぐに理解してくれた。
「りょーかい。じゃ、五時間後に」
 ディモンの上げた手のひらに、軽く俺のも合わせて。
 軽い音とともに、別れた。
 俺は居室に、ディモンはクマのところに。
 調教はまだ始まったばかりだったが、俺は精神がひどく昂揚しているのを感じていた。

  
 
「起きろっ、こらっ、おいっ」
 何度も何度も揺り動かされて、意識が闇の中から浮上する。
 とたんに、見ていたはずの黒しか印象のない夢は忘れ、開けた視界の中にディモンのどアップの顔があった。
「あー」
 ぼやけていたとは言え、どう見てもアニマル向きでないその顔をあまりどアップで見たいものではないな、と毎回思うその額を手のひらで押し避けて、身体を起こす。
「もう時間か?」
「五時間と十五分、遅刻だ」
 ご丁寧に時計を見ながら教えてくれたその時刻に、「すまん」と一言返す。
 未だはっきりしない頭で、ガシガシと髪の毛を乱し、はあっと大きく息を吐いた。
「起きてこないから、目覚めのキスでも、と思ったのになあ」
 その言葉に、伏せていた顔が跳ね上がった。
「間一髪か」
 さっきの至近距離はそのせいかと睨み付け、上掛けをはね飛ばしてベッドサイドに立ち上がったが、寝るときはパンツ一丁だが、そのパンツが微妙にずれて、尻が半分覗いていた。
 毎度のことなので、その原因を睨み付け。
「ふざけんなよな」
 ぐっと握った拳でやつの腹を軽く殴る。
「く、苦しいよ……。ひどいなあ、せっかく優しく起こしてやったのに」
と、言葉のわりにダメージが感じられない口調でぼやくディモンを無視して、衣服を整える。
 時々人の貞操を奪おうとするからこいつは危険なのだが、夢に嵌まると目覚ましでは起きれないことがあるから、しょうが無い。
 それが嫌な夢だと知っているのだが、内容はまったく覚えていない。
 ただ、ディモン曰く、何かうなされて意味不明な言葉を言い続けているらしい。
 たぶん聞いた限りでは、記憶の薄い祖母がしゃべっていた母国語のような言葉だと思われるが、録音しようかと言われたときには謹んで辞退した。
 なんとなく、嫌な予感しかしないからだ。
「で、あれの様子はどうだった?」
 二人して部屋から出て行きながら、タブレットを持ったディモンに問いかける。
「八本か九本はいったな。後、挿入量が足りない」
 入り口だけを解したのか、と、渡された映像を確認した。
 蹲り、尻をふりたくり、浅ましい喘ぎ声で獣のように唸るクマの姿がそこにあった。
 グチュグチュと浅い抽挿を繰り返すそれは、確かにまだそんなに太くない。十本目以降が一気に太くなるのだが、今はクマのそれよりまだ細い。
「百叩きか?」
 にやりと楽しげに嗤うディモンに、「冗談」と表情も変えずに、言い放った。
「最初から飛ばしてどうする。いくら半々でも五十も叩けば、こっちの疲労がひどい。それに、クマの調教ができなくなる。罰は残った本数かける十だ」
 三本なら三十、二本なら二十。
「楽しみだな、ああ、餌はやっといたぜ。尻を犯させながら、床に置いた餌皿から口だけで食わせた。アニマル用のドライフードにミルク。抗生物質と栄養剤を追加しといた」
「ああ、それで良い」
 そのうち、ザーメン混じりでも食べられるようにしないと駄目だが今はそれで良い。
 最後まで一気に調教するために、食べられなくなるのはまずいのだ。
 特に報告しなくても、ディモンならそのあたりはうまくやってくれると今更ながらに、その便利さを再確認して。
 俺たちは、クマがいる調教部屋の扉を開いた。


「う、あ……」
 扉が開く音が聞こえたのか、クマが小さく唸りながら俺を見上げてきた。
 汗まみれの背に、赤く染まる線が幾重にも絡まっている。肩甲骨がぐりっと動いて力の入らぬ腕がプルプルと震えていた。
 少し慌てているようには見えるが、その動きは緩慢だ。
 傍らに転がる十二本のバイブのうち、クマが握っているのは十一番目。必死になって赤くなった尻の穴に入れようとしてるが、一際エラが張ったそれは先端が埋もれるか埋もれないかのところで止まっていた。
 残り一本はまだ手つかずだ。
「おい、俺は十二本全部使って広げろと言っておいたはずだが」
 そのドスの利かせた声音に、クマがびくりと震え、慌てたように腕に力を込めたらしく。
「んぐっ」
 ずぽりとエラ下まで入り込む。
 先端とは言え、十番の一番太いところなみのサイズのそれはさすがに一気に入れるにはきつかったようで、クマの身体が仰け反り、無様な喘ぎ声が聞こえた。穴の縁のシワがなくなるほどに引き延ばされたそこは、たっぷりと使われた潤滑剤のせいか濡れそぼり、あまつさえ苦しいサイズにヒクヒクと喘いでいた。
 そのまましっかりと入れることができれば、十一番目もOKとしてやれたが。
「どうした、まだまだ入るだろうが?」
 跪き、苦しむ顔を髪を掴んであげさせて視線を合わせる。
 涙が溢れ、潤んだ瞳は充血して赤く染まり、情けない面で怯えた様子を見せてきた。
 それでも「は、はい」とその口が僅かに動き、滑る手がバイブの柄をぐいっと押し込む。
「う、く……」
 だが、苦しげに呻いてすぐに力が抜けたようだ。指が緩み、バイブが手から滑って手だけが尻タブを押しつけた。
「ひ、ぐ……も、もうし……わけ、ありませ……」
 呻き、謝罪を繰り返し、けれど手はまともに動かない。けれど腰は卑猥に揺らぎ、時折尻タブがもどかしげにぎゅっと力が入っていた。
 中が痒いのだろう。
 薄めている分効果はそれほど長続きしないタイプだが、新しいバイブを入れるたびに追加したのだろう。
 たっぷりと流し込まれたそれに、尻穴まで赤く染まり、ひっかいたのであろう痕が会陰や内股もミミズ腫れが残っていた。
「最後まで入らないのはおかしいな。順番に入れていれば、そんなに入らないわけはないが」
 クマのそれと同じようなサイズのそれをクマの手ごとに握りしめて。
「こうやって……」
「んぐっうっ……うっ」
 ゆっくりと押し込んでいく。
 その動きに合わせて、クマが仰け反り、中から空気が押し出されるような呻き声を上げた。
 ずり、ずりと入るたびに、グジュグジュと泡だった潤滑剤が溢れてくる。もう僅かな隙間もないのだろうその穴から押し出されてくるのだ。
 そこに押し込む反発が強いのは、中までしっかりと緩んでいないから。
 痛みと圧迫感に腹や尻にも力が入っているのだろうけれど、俺は構わずそれを突っ込んでいった。
 半ばの一番太いところまで入ったときに、クマの手が離れる。力無く落ちたその手が、縋るように床をひっかき、逃れたいとばかりに足が床を蹴った。その膝下に膝を付いて体重をかける。ふくらはぎに食い込むその痛みに、びくりとクマの上半身が震えて、食い縛った歯の隙間から悲鳴が聞こえた。それを無視して、ぐいっと目星をつけていた場所を抉ってやれば。
「くっ、あっ……」
 今までとき違う声とともに小さく震えた身体の、全身の皮膚がざわっと総毛立った。
 蒼白だった肌に色味が走り、汗に濡れた肌に色艶が浮かぶ。
「ここをしっかりと刺激してやるように入れねえと意味がない」
 その場所で手首を捻り、弧を描くように回転させて鋭い刺激がそこにいくようにすれば、クマの身体がおもしろいように跳ねた。
 どうやら、感度も良好だと内心でほくそ笑む。
「さらに」
 それからさらに押し込んでいく。
「やっ、あぁ……あ」
 バイブの陰茎部はランダムにゴツゴツとした突起がある。それが前立腺の位置を抉るように動かしながら押し込んでいけば、硬直した身体が何度も震えた。
 一度感じはじめた身体は、きつい挿入でも力が入らないかのようにスムーズだ。
 経験から奥まで入ったとその手を離せば、尻の穴から生えているかのように、バイブの柄がひくりひくりと揺れている。
「全部挿入できなかったから、罰を与える、立て」
 クマの身体の上から離れて立ち上がると、クマを促した。
 結局腕の力さえ抜けて、俯せに倒れ伏した身体が、なんとか起き上がろうとする気配はある。
 だが。
「起きないのか?」
「ん、く……う……」
 なんとか上がったのは頭と腕だけで、足は泳ぐように滑った床の上で足掻く。その動きも僅かなもので。
「甘えているのか」
「ちが……うごか……すみま……ん……」
 焦っているのは判るが、身体がついていかないようだ。
 しょうがないと、手をディモンに向かって伸ばせば、手のひらにパシリと愛用の鞭の柄が触れて。
 垂れた鞭先に気が付いたのか、クマの澱んだ瞳に怯えが走る。
「挿入できていなかったのは二本。罰はその数の十倍。これから二十回の鞭打ちだ」
 伝えながら鋭く床を叩けば、弾ける音が高く響いた。
「あ、や、……もう、しわけ、ありませんっ、あ……」
 慌てて立ち上がろうとする身体が、床で全てがくりと崩れる。
 その背に。
「ひああぁっ」
 バシッ! と鋭く落とした鞭が跳ね返る。
「一」
 その跳ねた鞭が戻るより早く。
「二ぃ」
「ぎゃっ」
 ディモンの高く振り上げた手が素早く下りた。
 俺のより少し細身のそれは、芯も俺のより柔らかい。紺色に染めた革紐で編んだ鞭は起き上がりかけた身体に巻き付き、腕に鮮やかに朱印を残した。
 そこに俺も打つ。
「ひいっ」
 腕を立て続けに打たれて横向きに倒れて見えた身体の前面に、ディモンが鞭を下ろして、俺は太股を狙う。
 蹲り腕が足を庇おうと丸くなったら今度は背を。
「あぎぃ、やっあぁ」
 パシーンッ、バシッ、パーンッ
 数を数えながら打つ間に、クマの身体はあちらこちらに転がり、そのたびに違うところを打たれて、身悶える。
 二本の鞭は互いに絡むことなく確実にクマを打った。
 当たる部位によって違う音を立てるそれに、俺もディモンも明らかに昂揚している。
 鞭が肌に当たって弾ける瞬間は、手のひらにもしっかりと伝わってきて、得も言われぬ快感を呼び覚ますのだ。
 さらにクマの浅黒い肌にできるさまざまな紋様に、上手い飯を目の前に置かれたかのごとく、涎が口内に溜まってくる。
 十も打たぬ間に、腕に足に、腹に胸に、全身いたるところに、打った線が走り、柔な腕の内側などは皮膚が弾けて血が流れた。
 それが打ったときに飛び散って、落ちて床に広がる潤滑剤や汗と混じる。
「どうした、せっかく打ってもらっているっていうのに、礼も言えねえのか」
 ディモンの言葉などもう耳に入っていないのか、クマは悲鳴を上げ続けるだけだ。
 けれど、同時にクマが静止の言葉を吐かないのにも気が付いていた。
「これで十二だ」
 ちらりとディモンに視線をやって、中断させる。
 連続で鞭を振るったせいか、少し乱れた息を整え、額に浮かぶ汗を腕で拭った。
 クマは今のうちと言わんばかりに身体を捻り、無防備に晒されていた身体の前面を抱え込むようにして庇った。
 腹を庇うのは生き物の本能だろう。大事な器官を隠し、丈夫な背を見せる。
 だが、今の俺にとって広い背は、格好の遊び道具に過ぎない。
「礼すら言えぬ愚かなクマには、言えるように薬を入れてやろうか? 尻穴から溢れるほどに処女をも狂う媚薬を注ぎ、十二番のバイブを入れて抜けないようしてやろう。そのままMAXで動かせば、明日には淫乱アニマルのできあがりだ、何でも悦び、礼もいいまくるよいアニマルとなる。もう痛みとはおさらばだ」
 マーカスお得意のインスタント調教だと、頭の中で嫌悪とともに浮かばせながら、眼下のクマに宣言した。
 その言葉に、ディモンが棚からショッキングピンクの瓶を取り出した。
 なみなみと入ったその薬液を、クマの目の前にかざすのに視線をやりながら、力を込めて、鞭を振るう。
「ひぎぃぃっ!」
 背に新たな傷をつくり、悲鳴を上げてますます丸くなったクマに、傍らに跪いたディモンは甘く囁く。
「ほおら、これを上の口にも下の口にもたっぷりと注いだら、鞭も痛くなくなるぜ。もう何をされてもうれしいばかりで、鞭打ちの最中でも勃起も収まらないほどになって、楽しいぜ」
 フタをきゅっと捻るその手首は手慣れたもので、開けたとたんに甘い芳香が漂った。
「あ……」
 クマの目が泳いでいた。
 連続の痛みに、精神の砦が崩れそうになっているのだ。けれど。
「だが、その薬を使えば、おまえは堕ちるだけだ。兄弟揃って淫乱でチンポ大好きな、ゲスの性欲処理係として、一生この館で生き続ける」
 淡々と、薬を使った場合の未来を教えてやれば、クマが慌てたように目を逸らした。
 床に縋っていた指に、ぎゅっと力が入り、力無く上がっていた顔も伏せられる。
 そして。
「も、申し訳、ありませ……ん、お礼を、言えなくて……。淫乱なクマは……鞭、打って、いただいてうれしい、です、ありがとー、ございます……」
 足が泳ぐように身体に寄せられて、上がった尻の狭間からバイブの尾がヒクヒクと動いた。
 土下座の形になったクマが言葉を続ける。
「淫乱なクマに、追加の鞭を……罰、を、おねがい、します……」
 背が無防備に晒されていた。
 その背はずっと小刻みに震えていた。
 今クマの精神を襲っているのは、恐怖か、それとも屈辱かは判らない。
 だが、確かに言えるのは、このクマは決して逆らわず、与えられる全てを受け入れるだろう。その精神を破壊する薬や術を使わない限り。ただ、相容れぬ弟のためだけに。
 その愚かさは感動すら覚えるほどだ。
「だったら、数えろ、次が十四だ」
 そう言って振り上げた腕を、先より力を込めて、振り下ろす。
 バシィィッッ!
「ぎあっ……あぁぁ、じ、じゅーよ、ん……うう」
 くっきりと残る右の肩甲骨上の線からじわりと血が滲み出す。
 そこに、ディモンが次の鞭を下ろす。
「はぎっ! うっ、く……じゅ、じゅーごっ」
 弾けた皮膚が傷を広げる。同じ所への衝撃は、二倍どころか何倍にもなって、深い傷を作るだろう。
 それでも、俺は再びそこへと鞭を下ろした。
「い、痛っ! ぐ、じゅー、ろくぅっ!」
 悲鳴は激しく、苦しげに激しく身悶える。それでも、クマは数えていた。悲鳴を押し殺し、数を口にする。
「じゅー、ななぁっ! ああっ、くぁっ、じゅーはちぃ!」
 後半には、まるで吠えるように、顔だけ上げて悲鳴の代わりに数を叫ぶようになっていて。
「そらっ」
「ほいっ」
 ほぼ同時、俺とディモンの鞭が重なるように、クマの背へと落ちた。
「ぎゃっ、ああぁぁ──っ」
 連続した悲鳴が、一つの悲鳴に聞こえるほどに、跳ねた鞭が俺たちの手に返ったのはほぼ同時。
「あ、う……じゅ……くぅ……に、じゅ……う」
 吐き出した空気を吸い込む前に、最後の吐息で小さな声が数を教えた直後。
「あ……りが……います……」
 途切れ途切れの言葉を呟いてそのまま、ぐらりと傾いだ身体が床を叩く。
「あらま、気絶したか」
 白目を剥いて泡を吹いた横顔に、ディモンが苦笑を浮かべ、俺は。
「一時間の休憩後、今度は悦ばせてやろう、こいつを。俺たちの鞭を堪えた褒美だ」
 ぺろりと舌なめずりして、そこだけは別の生き物のように蠢く尻とバイブの柄に視線をやったのだった。