【蟻地獄のおいしい獲物】4

【蟻地獄のおいしい獲物】4

 
「ひぃ」
 まずは準備運動ということで、軽く振り上げた鞭を払い、リアンの背中に軽く当てる。
 まだまだか細い悲鳴なのも道理、この程度なら普段の仕置きと大して変わりがなくて、痕も付かない。
 ウォームアップのごとく空を切る音の後、手首を捻ればパシリと乾いた音が小気味よく鳴る。
 打ったところがじわりと赤く染まり、アザの無くなってしまった身体がきれいにしなった。
 なんだかんだ性格は悪いが、マーマニーの医師としての術はたいしたもので、さらに彼が作る薬もたいへんに良く効く。皮膚の細胞の再生を促進するのだと、実のところ今一つ成分の怪しい薬もあったのだけど、こうして滑らかで色艶のある肌に戻っているところを見れば、なかなかの効果があるのだと認識できるのだが、だからと言って、率先して使いたいと言えないところがあれの薬なのだけど。
「俺も打たせろ」
 軽く振るう鞭で、肌を撫でるようにして遊んでいたら、横からゴルドンの鞭が目の前を横切った。咄嗟に後ずさったその目前の残像を追って睨み付けても、無視されたが。
「ひぎっ」
 肌を打つ音に鋭い悲鳴が被さる。
 それに触発されて俺も鞭を振るい、互いの鞭が絡む寸前に離れたそれが弧を描き、パシッと白い尻たぶで弾けた。
「ひゃんっ、やっ」
「へえ、なかなか叩きがいがありそうなケツじゃねえか」
「だろ? これなら確かにあのリアン並には楽しめそうだ」
「しかも、勃起してやがる」
 口角を上げたゴルドンがいやらしく覗き込む先で、確かにリアンのチンポはしっかりと勃起していて、相変わらず痛みに欲情しているのを知らせてきた。
 本当に、どうしてここまで、というくらいに痛覚と性欲が繋がってしまうのも珍しいほどの身体だが、だからこそ、俺にとっては最高の相手とも言えるのだが。
「リアンの偽物なら、このくらい当然だろう?」
 などとゴルドン考案のシチュエーションに乗ってみれば、なかなかこれはちょうど良いかもしれない。
「偽物って……違います、俺は、本物です、本物のリアンです」
 訳が判らぬままにリアンが言い募るのを、鼻を鳴らして返し、ゴルドンと視線を交わした。
 それから再度リアンに視線を移し、その勃起チンポに目をやって、今思い出したかのように声を上げたのは、大事なことを忘れるところだったからだ。
「ていうか、これだとあっという間に達きそうだな。まあ鞭打ちされてさっさと射精するような奴はいねえと思うが、それでもされたら興醒めだし。……これでもしとくか」
 リアンなら、確実に数度も叩けばぶっ飛ばす。
 何しろ我慢なんて効かない身体であるし、だからと言ってピュウピュウ吹き出させるのも絵面としてどうかと思い、ワゴンの中から複数の輪がついた枷を取り出した。
「あのリアンを戒めていた奴だ」
 その言葉に、ゴルドンより先にリアンが反応した。
「そ、それ……い、いや、や、だ……」
 譫言のようにボソボソと呟き、何度も首を横に振る。
 よほど嫌なのだろう、その引きつった表情が教えてくれる。まあ、リアンにとって好いことばかりじゃこっちが楽しくない。
「どっちから? それとも同時か?」
 しっかりと嵌めてから、ついでに邪魔なシャツを切り裂いて剥がせば、もう保護するものは何も無い裸体が目の前にぶら下がった。
「まずは交互で」
「交互、十発」
「OK」
 自分たちだけで判る短い会話で手順を決めて、背後に回した手でジャンケンをしたら、チョキとグーでゴルドンの勝ち。
 ニヤリと勝ち誇る奴に小さく舌打ちして、立ち位置を譲ってやった。
「なあ、リアン・モリエールの偽物さんよ。本物なんかとっくの昔に死んだってぇのに、わざわざその名を騙ったんだ。あの時と同様にまた楽しませてくれよなあ」
 相も変わらず嗤い顔すら極悪非道な表情で、その場の空気すら冷たくしてしまうゴルドンのドスの利いた声に、リアンが何も言えないままに息を飲み、逃れるように離れていく。と言っても、吊られた身体はそれほど動けずに、せいぜいが数十センチ離れただけだ。
 そんなリアンを観察しながら、ゴルドンが両手で持った鞭をビシッと音が出るほどに引っ張って、その丈夫さをアピールして。その腕の盛り上がった筋肉が、服の上からも感じられるほどの力強さに、哀れな獲物となった身体が恐怖に震え出す。
 いくら痛みに快感を味わう身体とは言え、打たれる恐怖は別物だ。それは常々リアンも口にしていた。
 そんな身体に向かって、空気を切り裂く音が響き、血の気を失った背に容赦なく振り下ろされる。
「待っ!! ひあぁぁ──っ!」
 あの映像のように、斜めに走った線が右肩から左の尻タブへとくっきりと浮かび上がる。打たれた衝撃に仰け反った身体が元に戻る前に、今度は俺が、振り上げた鞭を一気に叩き付けた。
「痛あっ、やああっ!!」
 左肩から右の尻タブへ、バッテンが鮮やかに浮かび上がる背に、続いて打つのはゴルドンだ。その口元に笑みを浮かべ、ひどく楽しげに太い鞭を少し宙空で泳がせて、タイミングを外して、振り下ろす。
「んあっ、ひっ、ぐっ!」
 少しずれた位置に走る線はさっきより赤みが強く、滲んだようにアザがじわりと広がって。
「ぎぁっ! やだっ!」
 同様のアザを残した俺の鞭痕と混じり合う。
「これで四発」
 わざわざ口にして知らせる意地悪さに、リアンも気が付いたのだろう。掠れた声音で「ま、だ……四発」と口ごもる。
 その僅かな休憩時間もそこそこに、今度は真横一直線に振られた鞭が、俺すれすれのところを裂いて通り過ぎ、慌てて一歩下がりながら、それでも僅かに上を狙って滑らした。
「てめぇ、危ねえじゃねえか」
「ぶつけやしねえぜ……いや、一度てめぇにも振るってみてぇとは思ってんだっけ」
「ざけんなっ」
「ぎゃんっ」
 七発目は身体の横に移動して、絡みついた鞭が蛇のごとく右の太股にらせんを描き、ほぼ同時に、俺の鞭も左の太股にらせんを残した。
「ぐがっ、がぁっ!」
 もう呼吸のタイミングすら掴めぬように、リアンが荒く胸を上下させながら、悲鳴ともつかぬ叫び声を上げる。
 仰け反ったかと思えば、蹲るように身体を曲げて、けれど端から見れば、腰を揺らめかせて踊っているようにしか見えない。その股間では、しっかりと勃起したままのチンポが、涎のように粘液を糸引かせて垂れていた。
 互いに最後の鞭は、腰を回って胸へと届くもので、それぞれの鞭がほぼ同時に両の乳首のすぐ下に届き、大きく胸を逸らしたリアンが、見開いた瞳に涙を浮かべて硬直する。
 とりあえず、最初の遊戯が一区切りついたと、俺たちはほおっと息を吐き出して、キャンバスに描いた線画の出来具合を確かめに動く。
 その動きに、リアンも一休憩できると気が付いたのか、硬直していた身体ががくりと崩れ、重みがかかる肩を庇うように括られた紐の先を両手で掴みながら、ゼイゼイと荒い呼吸を繰り返した。そのせいで、肩甲骨辺りがぐっと狭まり、描いた線が艶めかしく動く。
「俺のほうが色が濃くて、よく映えている」
 自己満足に浸ってているのか、口角を上げたゴルドンが、じっと観察しながらウンウンと呟くのに、俺は首を振ってやった。
「てめぇのは血の色だろうが。俺のは後からじわりと滲んでくるんだよ。それに、線は俺のほうがまっすぐで、ぶれがない。てめぇのは打った瞬間にずらすから、どうしてもぶれているだろうが」
 言葉の通り、先端部はそうでもないが、引いた最後のほうになると少しだけ広がったようになってぶれることがあるのがゴルドンの鞭痕の特徴なのだ。まあ、血が滲むかそうでないか、というのも大きな差ではあるのだけど。
 内出血が出てきてそれが中央の線から滲んで広がる俺の痕とは決定的に違うとは判っていたけれど、こうして同じ肌に打ってみればよく判る。
「んなこと言っても、俺のほうが拷問向きだってことは、みんなが良く言うことでもあるぜ」
「俺だって、長時間の場合はちゃんと配分考えてるし。リアンだって……前のリアンだって、きちんと最後まで保っていただろう」
 言われて見れば、過去に複雑骨折で息も絶え絶えになった捕虜の手当に、拷問が中断になったことはままあったけれど。
 短時間勝負のときは、俺のほうがちゃんと情報を得るんだし、とブツブツと言っていれば、「休憩時間が多いのがてめぇの拷問の特徴なんだよ」と、軽く返される。
「それより、本人に聞いてみようか」
 けれど、そんな俺の言葉なんか無視して、ゴルドンがリアンに話しかけていた。
「どっちの鞭が良かったか?」
「……え……」
 どこか恍惚とした表情で、ぼんやりと視線を巡らせていたリアンが、いきなりの言葉に驚愕したように目をパチクリと瞬かせた。
「奇数回のが俺の鞭、偶数回のがバージルの鞭、どっちが良かった?」
 極悪人の笑みを見せるゴルドンを認識したのか、軽く息を飲んだリアンが再度目を瞬かせて、俺とゴルドンの二人に視線を走らせた。
「そりゃ、俺のだろ?」
 俺に叩かれるのが大好きなリアンなのだから、と、自信満々で問いかけたのだが、なぜかリアンが口ごもってしまった。
「ど、どっちって、言われても、その……」
 ためらい、困惑したかのように俺たちを交互に見やって。口にしないままに俯いてしまう。
 これは、あれか?
 選べないってことか?
 しかも、ちらりちらりと上目遣いするその視線は、まるで何かを期待しているかのような……って、両方良かったってことか?
「うーむ……」
 たまらずに唸ってしまった俺の心境など見通しだとばかりに、リアンを見つめたままのゴルドンの横顔が笑っている。それはそれでむかっ腹が立ってきて。
「淫乱には選べねぇってことか。だったら、選べるまで味あわせてやるよ、てめぇの大好きな鞭がどっちかっていうのをな」
 一度は下ろした鞭を振り上げれば、リアンの顔に緊張が走り、隣でクックッと堪えきれずに吹き出しやがった輩がいた。
 
 
 
「はっ」
 鋭いかけ声に空気を切り裂く音が重なり、叩き付ける音より激しく悲鳴が響く。
 揺れる身体から汗が飛び散り、じわりと広がる内出血の色合いに、すぐに次の狙いを定めて、振り払う。
 その鞭に、絡むようにゴルドンの一閃が走り、互いに邪魔をすることなく、腹と背の両方同時に乾いた音が大きく響いた。
「ぐっ、ぁぁぁ、痛っ、やぁ、もっ、無理ぃ」
 さすがに二箇所同時はきつかったのか、苦痛の呻きがいつまでも続く。
「淫乱だな、ったく。こんだけ鞭打たれても勃起して、タラタラ、ひっきりなしに涎垂らしやがって……なあ、てめぇのこのチン先、栓でもしねえと漏れっぱなしじゃねえか、ああ、少しは閉めようとか思わねえのか?」
「どうせイヤらしいことばっか考えてっから止められねぇんだよ。ちっ、だいたい普通だったら、ここまでされてお勃ててる奴なんかいねえのに、誰だって良いんだろうが。ああ、だが”リアン”だったら当然か」
「ちが……違う……でも、やっ、と、止まんない……、やあ……」
 終始にこやかなゴルドンに対して、不機嫌な俺はどうにも仏頂面を崩せない。
 それもこれも、こんなに俺がきっちり打ってやっていると言うのに、リアンが一向に俺が良いって言わないからだ。
 そのせいで、腕に力が入ってしまう。その分、悲鳴は激しく、身悶えるリアンの動きも大きくなっていた。
「一体いつになったら決められるんだっ! ほらっ、この淫売っ、言ってみろよっ、どっちに叩かれてぇんだっ!!」
「あひぃぃ──っ、痛っ、あうっ、きつぅぅ!」
「きついって言いながら、ぜっぜん萎えてねえぜ、ほらこれで達っちまえっ!!」
「おい、今度は俺もだ、淫乱リアンっ、ほらっ、俺のほうが良いだろうがっ!」
「いっ、ああ─っ、あっ、あっ!」
 俺に釣られたようにゴルドンのほうも力が入ってきたようで、溢れ流れる血の滴が多くなっている。弾け飛んだ血がこらちにまで飛んで、あちらこちらに染みも作っていた。
 クリップを嵌めた乳首も食い込む牙に充血して腫れたようになっているし、足はもううまく力が入らないかのようにブルブルと震えている。
 それでも、前に突き出した勃起は、枷をしっかりと食い込ませて太り、鈴口をパクパクと喘がせていた。
 どんなに身体が傷ついていても、リアンは痛み以上の快感を感じ、欲情してその全身から色気を振りまき、男の淫らな征服欲を誘うのだが。
 ただ、その表情が顰められてるのも事実。
 度重なる痛みが積み重なり、かなりの苦痛がその身体に押し寄せているのだろう。
 零れる吐息も熱く、痛いと呟きながらカクカクと腰を振っている。
 それが判っていて、否──判るからこそ、煽られる。
 今度は、と、ゴルドンを左手で制して、俺一人で鞭を振う。
 さっきまでは違って技巧を凝らし、しなやかに伸びた先端が僅かに乳首を掠めるようにしてやれば、少し疲労が出てきて反応が鈍ってきたリアンがびくりと震えた。
「ひ、やぁぁ、あんっ、あ、そこぉ」
 ただ打つだけとは違う、甘い悲鳴が掠れた音を立てる。
「おいおい、勃起乳首打たれて、何悶えてんだよ、淫乱が」
「最低やろーだな。そんなところぶっ叩かれたら、普通悶絶して失神する奴もいるってえのに」
「淫乱リアンの偽物っていうだけあるぜ。あれも、こんなふうに淫乱っぷりを披露してくれてたからなあ」
 乳首責めを右と左と交互にやって、ついでに軽く撫でるように勃起して狙いやすいペニスの側面を擦らせた。
「ひぐっ、やっ、あっ、あっ」
 男の急所を打たれる恐怖も相まって、リアンの反応はすこぶる付きで良い。
 だったらと今度は少し強く、バシンッと音が出るほどに打ってやれば。
「くっ、痛ぁぁっ!!」
 チンポを突き出し、痛みに腰を振りたくって悶えまくる。
 それでも、背中の痛みよりは快感を煽ったようで、少し萎えかけていた勃起がムクムクと盛り返してきた。
「何だぁ、また勃起しやがった。ってことはまだまだ打って欲しいってことかあ?」
 やっぱりこうでないと楽しめない。
 俺は制止していた手を下ろし、ちらりとゴルドンに視線をやり、そのまま鞭を振るう。
 今度はしっかりと力が入るように大きく振り上げてだ。
「はっ!」
 俺とゴルドンが息が合っているというのは、こういうときに特に強く感じてしまう。
 何も合図をしなくても、俺が鞭を振り下ろす瞬間に合わせて、ゴルドンも遅れることなくその手の鞭を閃かせた。
 ビシッ。
 ほぼ同時に鳴る破裂音に、上がる悲鳴は一つだけ。
 肩から腕に絡まった俺の鞭が解け戻ってくるのに合わせて、太股から足首にかけて絡まった鞭がするりと戻っていく。
「あ、ああ……うぅぅ……」
 身体を支えきれなくなった足に、身体ががくりと崩れてぐらりと揺れていた。
 力無く俯いた顔は垂れた前髪に隠れて見えなくて、全身に浮いた汗が、血と混じって落ちていく。
「少しは効いたか?」
「さて、チンポはまだ勃起したままだが」
 ゴルドンが肩を竦めて鞭の柄の先でリアンのチンポをくいっと上げれば、まだまだ先端は濡れていて、粘液がつつっと落ちていく。
「まあた漏らしやがって、今度はお仕置きだ」
「ぎゃんっ!!」
 その身体に、俺は再度鞭をみまい、遅れることなくゴルドンの鞭が追った。