【蟻地獄のおいしい獲物】3

【蟻地獄のおいしい獲物】3

【二】

 あの時、あの茶番劇の中で、ゴルドンの鞭による痛みと快感の巧みなコラボレーションによって、リアンのマゾ度が開発されたのは否定しない。その前から傾向はあったとしても、それを開花させるにはタイミングが必要だからだ。だが、それでも最終的には俺の鞭で開花したのは間違いない。
 映像を見る限り、ゴルドンの鞭では達ってはいなかった。それでもあの痛みの中で尻で快感を得て、休憩の短い時間でバイブで達ってはいたのだから、元からマゾ気質はあったのだろう。
 それでも、今のリアンがここまで強い被虐性を開花させたのも、俺と常に一緒にいることを望んだのも、あの過程があったからこそだ。
 何よりその根底にあるのは、俺があの国に侵入したときに出会い、互いに一目惚れをしていたからこそというのがある。
 つまりは俺とリアンが敵対関係にあるというのは、俺たちの関係にとって必須であり、拷問も避け得るものではなかったのだ。
 まあ最初は、裏切られたという思いと、寝込むほどに傷つけのと、あれが必死に守っていたプライドを粉々に砕いた俺に思うところはあったようだが。
 もっとも、そんな感情は淫乱マゾの身体の欲求の前では無意味で、諦観してしまった今ではもうすっかり俺の虜と言って良い。
 戸籍を手に入れ、入隊させて。
 いろいろ面倒な手順をすっ飛ばして俺の専属事務官にしてからは昼間も一緒、夜は夫婦として一緒という蜜月を暮らしてきたが、あれの淫乱ぶりはますます磨きがかかっていた。
 この国では同性婚が数代前の名前も知らねえ元首殿が法制化してくれているので、今では名実共にリアン・グランと名乗り、正真正銘のこの国の国籍を有しているのだ。
 まあ、「俺無し」というのは、正確に言えば「男無し」なのだが、俺が他の男に突っ込まれることは厳禁にしているので、それだけは守っている。
 自分から欲しがったりしてそんなことになったら「捨てる」ときっぱり言いつけているので、あれも我慢はしているようだが、その分俺が放置したときはその疼く淫乱な身体にかなり苦労はしているらしい。
 と言っても、俺もあれをわざと男臭い群れの中に放置したりして、その後の欲求不満の爆発具合を楽しんでいたりするのだが。
 それでもあれは俺に付いてくるし、言いつけは守る。
 まあ、下手な男漁りをして俺の怒りを買い、実家に、出身国であるあの国に戻される恐怖のほうが、勝っているのだろうけれど。
 それ以上に俺を愛しているリアンだから、今日も呼び出せばすぐにやってきた。
 この隊特有の隊服は、上着とスラックスが少し本来のものとは違う実戦仕様なのだが、事務官でしかない細身のリアンにもよく似合っていた。しっかりと着込むとひどくストイックな感じがしてそそられるのだが、それもこれも向いてしまえば隊員の中でも一番淫らな身体が隠されていると知っているからだろう。
 濃緑色の上着を脱がせ、事務官が着る白いシャツにエンジ色のネクタイを外させて、執務室から連れ出した。
 目的地まで一緒に歩きながら、マーマニーの厳命でこの二日は夜も別の部屋で寝ているから、久方ぶりの再会だなあっとやに下がっていたら、ゴルドンのげんこつが降ってくる。
 容赦ないそれの痛みにもんどり打っていると、ゴルドンがさっさと連れて行こうとするので、慌てて追いかければ、扉の前でさすがにリアンの顔が引きつった。
「取調室、で?」
 俺たちが結びつくきっかけの出来事ではあるが、リアンにとっては悪夢のような時間には違いないらしく、イヤだと後ずさりそうになるその背を強く押す。
 その間にゴルドンが、ギイイッと断末魔のような悲鳴を上げる扉を開いた。
 押し込むようにして三人で入った背後で大きな音を立てて閉まるのに、リアンの肩がびくりと揺れる。
「あの?」
 視線が俺とゴルドンの間を往復する。瞳にありありと浮かぶ不安に、けれどその奥にある欲深さを俺たちは知っていた。
「ここで遊ぶのも一興だろう?」
 伸ばした手でリアンの肩を捕らえ、耳朶を舐めるように口付けながら囁いた。一日半ぶりに嗅ぐ匂いに下腹の奥が熱く疼き、視界に入る苛むための数多の道具に煽られる。
 誘うように視線を向ければ、それを追ってリアンの視線も鏡へと向かう。壁一面のそれは、もう向こうにもう一つ部屋があって、この中の様子を多数のカメラと共に監視しているのを、リアンは知っていて、その瞳が窺うように俺たちに向けられた。
 だが、その問いには答えずに、声音をわざと低くして、ここに来た目的を示してやる。
「服を脱げ、全部だ」
 リアンの視線が俺を、そしてゴルドンを捕らえて、鏡に映り、また俺を見る。
 聞こえたであろう命令に、それでも躊躇うのは、まだ理性がそこに残っているからだが。
「脱ぎたくないなら別にいいさ。なあ、ゴルドン?」
「ああ」
 滅多にない俺たち二人のセッションだが、その息の合い方は他に追随を許さない。
 俺の視線が動くより早く、ゴルドンの手がリアンの腕を掴む。
「モリエールの息子のリアン、その名を名乗るてめぇの正体、俺たちが暴いてやる」
 さて、今日のシチュエーションは何にするのか、考えるまでもなくゴルドンが口火を切った。
「え、あっ」
「隊員を装って侵入してきたのは良いが、俺たちも新人の素性は微に入り細に入り調べ尽くしているんでね、偽物が混じるとすぐに判るのさ。てめぇが、男欲しさにスラム近くの裏道で、はした金で男に身体を売ってたのも調べがついてる。金が欲しいわけではなく、その辺りの連中のサド野郎どもがお気に入りだったってだけらしいな。んで、ここに来たら俺たちに調教してもらえるって? 誰から聞いたのかねえ、そんなこと。しかも、リアン・モリエールなんて大物の名前を騙ってな」
 それは一体どういうシチュなんだ?
 ゴルドンの言葉を頭の中で組み立て直して、この茶番の設定を理解していく。
「誰がてめぇにこの基地のことを教えたのか? 俺たちのことを知らせたのか? リアンの名を騙り、俺たちに接近してきたのは一体全体どんな裏があるのか、俺たちがたっぷりと吐かせてやるぜ。喜べよ、俺たちが二人同時にセッションするってのはそうそう無いからなあ。だから、後でどっちが良かったか教えてもらうからな」
 あー、なるほど。
 つまりこいつは、リアンの偽物設定なわけね。
 と思いつつも、その辺りのことはゴルドンに任せて、俺は道具満載のワゴンを引っ張り出した。
 いつ始まっても大丈夫なように、このワゴン内の調教セットは過不足がない。
 ついでに俺たちの鞭もその上に置いて振り返れば、リアンの腕が頭のすぐ上で縛られ、その括った紐と天井が繋がっていた。
 吊されていたとしても足が着く高さだから、身体には負担が少ない。だが、これが鞭打つのにもちょうど良い高さなのだ。
 その状態のリアンの視線が、縋るように俺に向けられていた。
 だが、その怯えの裏にある欲情にそそられてしまうのだから、その視線は逆効果だ。
「……バージル……」
 縋る言葉も、俺たちの燻る欲情に酸素を吹きかけて、これから始まる愉しい遊戯への期待に身体が震える。
「リアン・モリエールとはよく化けたものだ。見ろ、この面、そっくりじゃねえか」
「うっくっ」
 ゴルドンの太い指がリアンの顎に食い込んで、俯く顔を無理矢理に起こさせた。眉を八の字にし、何が何だか判らないように震える様に、俺もだんだん乗ってきた。
「ああ、確かにリアン・モリエールにそっくりだが、あれはこの部屋で死んだんだ。それは俺たちが確認しているしな」
「死体も検分して、邪魔な折れた足を切り開いたついでに、骨を切り取って証拠にしたんだっけ」
 ゴルドンの手がそのまさしく折れた場所を辿れば、びくりと震えて、逃れようとする。その身体を今度は俺が後から羽交い締めにして、耳朶に触れんばかりの距離で囁いた。
「死体はザーメンまみれだったし、傷で見るも無惨な有様だった。そのままだとすぐに腐るっていうんで、燃えさかる火の中に放り込んでな。荼毘っていやあ体裁が整うからそう言ったが、まあ燃やしちまったわけだ」
 証拠隠滅は良くあることで、裏の森の奥深く、無煙設備の整った焼却施設の灰は、何が含まれているか判っちゃもんじゃない。
「てめぇもくたばったらその中に入れてやるよ……とまあ、その前に」
 手を伸ばし、リアンの色を失った唇に指を押し当てて、無意識のうちに開いただろうその中に親指を押し込んだ。
「ここまで忍び込んだご褒美に、少しは良い目を見させてやらんとな」
 親指一本をゆっくりと抜き差しすれば、すぐにその吐息が熱く荒くなり、熱い舌が生き物のように絡みついてくる。
 たったこれだけで身体を熱くして、欲情するリアンにほくそ笑み、たっぷりと唾液が絡んだところで引き出すと、追いかけるよう舌が何もない場所を彷徨った。
「ああ、そういえば、てめぇオナニーしたのはいつだ?」
 少し離れた場所で、けれど十分リアンの視界の中でゴルドンが愉しそうに太い浣腸用シリンジに薬液を注入しながら聞いてきた。
 その意味に、一瞬キョトンと首を傾げたリアンが、すぐに耳までその肌を紅潮させた。匂い立つような色だといつも思うけれど、目の前のその変化に堪らず耳朶に噛みついて。
「ん、ああ」
 浅ましく喘ぐ身体は、また熱を上げているのを、低い声音で叱りつける。
「質問されているんだ、さっさと答えろ」
 食んだままの耳朶をペロペロと味わいながら促せば、腰をゆらゆらと揺らめかせてようようの体で答えてきた。
「き、昨日……です」
 昨日といえば、別々の部屋で過ごした日だ。そのせいで、毎夜可愛がってきた身体が疼いて仕方がなかったんだろう。
「どうやって」
「んんっ」
 もう子細まで妄想することができるほどによく知った身体が、堪えきれないように悶える様を想像してしまい、食い込む歯がきつくなった。
 そのたびに、リアンの身体が甘く震え、誘うように尻を押しつけてきていたのだけど。
「どけろ」
 無粋な言葉に、けれど準備も必要だとしかたなく離れる。
 代わりに前へと回ってベルトを外し、下着ごとスラックスを乱暴に引きずり下ろした。
「ひ、いっ」
 ぺろんと目の前でペニスが跳ねる。
 遅れて粘液が下着とペニスの間で糸を引いてぷつりと切れた。
「おい、こいつもう濡らしてやがるぜ」
「へ、ええ」
「ひ、あ……ご、ごめんなさい……あの」
 二人してじっと股間を見つめてやれば、羞恥に悶えてまた溢れてくる。
 何しろこいつは人の視線を感じるだけで欲情する変態だから、こんなふうに直接見られたら、もう堪らないのだろう。
「うへ、マジ淫乱。もしかしてこいつ、かの有名な淫婦リアン・モリエールの名を語ったのも、この男ばっかの基地に潜入したのも、犯されてぇからじゃねえのかあ?」
 ゴルドンの指摘に、違うと思わずかぶりを振ったリアンの右足を抱え上げ、天井の別の鎖の輪に引っかけた。そのせいで、大きく股間を晒し、安定の悪い格好でゆらゆらと揺れる。
「まあ、淫乱には俺たちの取調は最高のご褒美になるかもしれんから、ちょっと困るかな」
「いいじゃねえの、俺たちのは善すぎて地獄だって評した奴もいるし、こいつも善がりすぎて狂うほどかもしれないからなあ。淫婦冥利につきるんじゃね」
 そんなことを言いながら、ゴルドンが片足を抱え上げながら括って保持すると、シリンジをぷつりとアナルに突き刺さした。
「零したら、ぶっとい栓して放置するぞ」
「は、はい、バージル」
 訳が判らぬままに、素直に従うのは今までの調教の賜と言えるだろう。
 それに、冷たい薬液に腹がすぐにグルグル言い出したリアンは、実は浣腸があまり得意ではないから、時間を延ばされることを考えたら、必死になって我慢をする。
 いつもより少し多い量が全部入りきってシリンジを抜けば、つうっと一筋薬液が垂れたけれど、その後はぎゅっと力を込めているようで、不自然に尻タブが震えていた。もっとも片足を上げた不自然な姿勢は、排泄を我慢するには今一つで、かなり苦しそうだ。
 それでなくてもバランスが崩れやすい格好に、吊られた後ろ手を基点に身体が大きく揺れ動く。
「う、ぐっ……ぐ」
 離れていても腹が鳴る音が聞こえる。
 最低でも十分は放置するのがいつものことで、上の服だけ身につけ、下は靴下と靴以外丸出しの姿を堪能していたのだが。
「なあ、こいつ漏らしたらシャツの裾が汚れるぜ」
 少し長いシャツの裾が尻にかかっていてよく見えないなと思うがままに口にしたら。
「ああ、そうだな」
 ゴルドンがさっそくクリップを持ってきて、ずるりとシャツの前身頃をめくり上げて上の方でパチリと止めたが。
「ひ、いいぃっ、いあっ、もう、もっ、無理ですぅっ」
 腹痛に堪えていたリアンが不意に仰け反って、悲鳴を上げた。その悲鳴に視線を向ければ、持ち上げたシャツを止めた場所がちょうど乳首の場所で、クリップは布と乳首を両方まとめて挟んでいたのだ。
「これで落ちないだろう?」
と言いながら、もう一方も同様にする。そうすれば、きれいな背中まで丸見えだ。
「ひっ、痛っあぁ」
 さすがに布地と乳首同時では、そのクリップ力もいつもより強いようで、痛みに苦しむ様はいつも以上で。
 ついでに、ぴゅーっと尻から水鉄砲のように汚れた液が出るのも早い。
「おいおい」
 思わず苦笑いしてしまうのは、尻から出るのと同時に、チンポも若さ溢れるようにピンと突っ立っていたからだ。
 相変わらず痛いのも好いんだなあと呆れてしまう。
 もっとも、そんな姿を晒す輩は調教してもそうそうおらず、だからこそこうやって楽しむ甲斐があるというものだ。
 そんなふうに俺が脇でうんうん頷いている間に、こめかみに青筋立てたゴルドンがリアンの髪をわし掴みにし、ドスの利いた声で脅しをかけていた。
「漏らして良いなんて一言もいってねえんだよ、くせぇのを垂れ流しやがって。おい、バージル、てめぇさっさと掃除しねえかっ」
「え、俺?」
「他に誰がいる?」
 予期せぬ言葉に呆然と返せば、じろりと睨まれながら返されて。
「リアンの旦那はてめえだろうが。そしてこいつはリアン・モリエールを名乗っている。ということで、こいつの不始末は全部てめぇがなんとかしろ」
「……それ、どっか変じゃね?」
 いや、マジで。
 と続けたかった言葉は、ニヤリと嗤うゴルドンのきつい視線に阻まれた。
 どちらにせよ、片付けなきゃことは進まないし、ここには二人しかいないし。
 しようがないとため息を吐いて、ホースから水を出して汚れを一気に排水溝に流しこんだ。まあ、それ用の部屋だから、掃除だけは簡単にできるようになっているし、この手の汚れも浄化しやすいようにもなっている。ついでに洗浄&殺菌作用のある薬液を流せばこれで終わり。
 これからすることを考えたら、部屋をきれいにしておくのは必須だし。
 そうやって一通りきれいにしていた間に、ゴルドンがすっかりと辺りの準備も整えてしまっていた。
 中心にリアン、俺たち二人が手に持つのはそれぞれが愛用の鞭。
 そうこれからが本番なのだ。
「バージル、……これは……一体、何が……」
 それでなくても粗相をしてしまったとショックを受けているリアンは、腹痛の後遺症と羞恥とが入り交じった複雑な顔色をしていた。それに、未だ何事かと把握できないようでおろおろと問いかけてくる。
 けれど、俺たちは嗤うだけだ。
「飛んで火に入る夏の虫、そのまんまだな、なあバージル」
「ああ、リアン・モリエールの偽物が来てくれるなんてなあ。最近獲物が引っかからなくて暇してたから。お陰で俺たちの鞭のどっちが良いか、たっぷり試せるし」
「ついでにどっちのチンポが良いかも確認してみるか? リアンをてめぇが独占してるんで、俺も実は少々溜まっているんだ。この機会に発散させてぇよ」
「……」
 思わず詰まったその予想外の言葉に、けれどニヤニヤと笑うゴルドンの顔を見ていたら、その挑発に知らず乗せられてしまう。
「は、ん、俺のほうが良いって言うに決まってるだろうが、てめぇなんかには負けねぇよ」
 毎夜、毎日、誰のもん銜えて寝ていると思ってんだ。あの時のこいつの陶酔しきった顔は、俺のが一番だからな。
 負ける気になどしなかったけれど、それでもリアンがその口で俺のほうが良いっていうシーンを想像してしまえば、腹の奥がぶわっと燃えさかり俄然やる気が湧いてきてしまった。