【守護すべきもの】 ?
雅人のちょっかい
『バレンタインデイに何か欲しいなあ』
いきなり電話でそう言われて、優司は座っていた椅子からずり落ちそうになった。
「な、何でっ!」
電話口に向かって叫ぶ。
『えー、だって、この前秀也の件でお世話したじゃん。そのお礼貰ってないよー』
電話の向こうで雅人が猫なで声で訴える。優司は、背筋がぞくりとした。
「お礼って……そりゃそうですけど……」
確かに口頭でしかお礼は言っていないけど、それが何でバレンタインデイになるんだ?
秀也ならともかく……
「バレンタインデイなんかに雅人さんにプレゼントしたら、秀也に怒られます」
『えー。大丈夫だよー……。黙ってたら分からないって……でも、優司はすぐばらすんだよねえ……』
う……。
優司は顔をしかめた。
『あんなに「言わないで」って、とっーても可愛く、自分からお願いしてたくせに、結局自分から俺とのラブシーンばらすんだから』
「ラ、ラブシーンってなんですか!あれは雅人さんがいきなりっ!」
『ちゃんと俺は約束守ってようと思ってたのに、優司ったら速攻ばらすもんだからさ、俺、秀也に殴られちゃったじゃないか』
ねちねちと優司を責める。
「あの、ですね……あの秀也に隠し事なんかできる訳ないじゃないですか……」
声が小さくなっていく。
確かに、黙っていてくれと懇願したのは自分で、ばらしたのも自分からで……だけど、秀也は優司の隠し事なんか簡単に見抜けるほどの能力を持っているんだから……。
雅人は知らないが(うすうす気づいてはいるのだが)、秀也は人の隠れた感情を本人が気づく前に分かってしまう能力を持っている。普段は使わないようにしているが、常日頃秀也とつき合っている優司がその力に逆らえるわけがない。
「すみません……」
殴られてしまったのは私がばらしたせい。けれど、その原因は雅人さんが私にキスしたことなんだが……。
優司は謝りながら、何か釈然としないものを感じていた。
『あー、謝んなくていいからさー、ね、プレゼントよろしくね。当然チョコレート付きで』
「ち、チョコレートぉっ!!」
あまりのことに叫んでしまう優司。
『あー、そんなに大きな声出さなくても聞こえるよお。そ、チョコレート。バレンタインデイには付き物でしょ……あっ時間来てた。俺出勤だから、じゃあねー』
「え、あ、ちょっと、待ってください雅人さん!」
慌てて呼び止めたが、すでに電話が切れてしまっていた。
優司は電話を唖然と見つめるしかなかった。
何てことだ……。
優司は、畳の上に座り込み、唸っていた。
日曜日、昼まで寝て、本読んで怠惰に過ごしていた夕方かかってきた電話を取ったのが間違いだった。
「携帯の電源切っときゃよかった……」
後悔先に立たずである。
電話の相手が雅人だとは思わなかった。見たことのない電話番号だとは思ったが……。
優司はのろのろと携帯を手に取り、着信履歴を表示した。
表示された電話番号をアドレス帳に記録する。
これで、今度からはかかってきたらすぐ分かる。
前に一度かかってきた時には内容が内容だっただけに、そんなことをする余裕がなかった。
「あー……どうしよう……」
今は1月終わり……だからバレンタインデイまでには十分間がある。
しかし、何でバレンタインデイなんだ。あれは女の子が男の子に告白する日であって、私は雅人に告白したい訳じゃない。
秀也にならあげてもいいけど……。って私は何考えてんだ!
顔が火照る。
どうしよう。
秀也にばれたら……って私は秀也に隠し事なんかできない。しようと思っても秀也はすぐに気がついてしまう。だったら、こっちから言って相談しようか……。
そしたら、秀也のことだからしなくていいって言うかも……。
でも、確かにお礼はしていないし。
うーーーー
優司は頭を抱えた。
結局結論が出ずに、その日が更けていった。
優司は、一週間後の月曜日、有給休暇を取った。
平日なら、チョコレート売り場もたいして混んではないのではないかと思ったからだ。
休日にいったら、女性ばかりの中で買わなければならない。それだけは避けたかった。
岡山市内のデパートの駐車場に車を入れ、陸橋を渡って中にはいると、いきなりチョコレートの山があった。
「う」
思わずためらってしまうが、後ろに人が来たので諦めて中に入った。
優司は、きょろきょろと周りを見回す。
バスステーションの2階の専門店街の端にあるその店から甘い匂いがする。
優司はしばらくその店を眺めていたが、ふっと女性店員と目があった。
優司は顔が熱くなるのを感じて、慌ててその場を離れる。
まずい。
ここでは無理だ。
優司は足早にそのエリアを抜け、デパートに入っていった。
チョコレート売り場は地階だろうから……先にプレゼントを買うか……。
優司がそのデパートを選んだのは、プレゼント用の服がそこなら買えるだろうと思ったからだ。優司はファッションには疎い。普段は安売り店やスーパーなどで買ったTシャツやポロシャツにジーパン。出張の時だけ、それこそ安売り専門店の背広セットだ。だから、服を買おうと思っても、何がいいのか分からない。
結局、デパートの売り場をうろうろするはめになった。
しばらくあちこち見て回って、あるフロアに入った。優司でも知っている若者向けブランドの店だった。
前に雅人に会った時に着ていたカジュアルシャツと似た物があったからだ。
それを手に取ってみる。
「いらっしゃいませ」
女性店員が近づいてきた。優司は一瞬どうしようかと思った。どうも店員に話しかけられるのは苦手なのだ。
「えっと、友人のプレゼントなんですけど……。私より少し背が高くて、もうちょっとスリムなんですけど……このサイズでいいのか……どうか……。結構派手な顔立ちだから……」
しどろもどろ説明する優司に店員はにっこり笑って頷いた。
「こちらのデザインはとても人気がございます。そうですね、お客様より背が高くてスリムとなりますと、このサイズくらいでちょうどいいのではないでしょうか?」
そういって、優司の持っていたものと同じデザインのシャツをすっと優司に会わせる。
ゆったりとしたそのシャツは、優司でも着れそうだが丈は十分そうだ。
「あ、そうですね。じゃあ、これお願いします」
優司は、もうどうでもいい、と頷く。
「それでは色はどういたしますか?ブルー系、オレンジ系、グリーン系、グレー系とありますが?」
い、色?
雅人さんは何色が好きなんだろう……。
うーん
「……ブルー系」
結局自分の好きな色にしてしまった。
「はい、ではプレゼント用の包装をいたしますね」
「あ、はい」
結局店員に言い様に買わされたような気がする。いつもこうだった。だから、店員のいる店には行きたくない。
包装された物を受け取り、お金を払った。
結構高かった。
自分の服の何倍するんだろう。
何か、渡すのが惜しくなった。
……
どうしよう。
秀也のは買っていない。でも、もうお金があんまりない……どうしよう。
優司はうろうろとデパートの中を歩いた。一階ずつ上へ上がっていく。
とうとうおもちゃ売り場になってしまった。
秀也は何がいいんだろう?
幾ら考えても思いつかなかった。
私は秀也とつき合っているのに、何であげたい物がないんだろう。秀也はいろいろな物を持っている。時計にしてもアクセサリーにしても服にしても……ホストの時にお客さんから貰った物がたくさんある。はっきりいって優司が名も知らないブランド物の山だ。
そんな秀也に贈って喜んでもらえるものはなんだろう……。
その時、優司はふっとおもちゃ売り場の一点に目がいった。
「ああ、懐かしいな」
優司はそれを手に取った。
それはウルトラマン人形だった。高さ20cmくらい。ソフトビニール人形だ。
何か懐かしかった。
子供の頃、どんなに胸躍らせてTVを見たことか。
秀也もそうだったのだろうか?
ウルトラマンはヒーローだった。
いつでも助けてくれる格好いいヒーロー。
優司は、それと怪獣の人形ををレジに持っていった。
「プレゼントですか?」
「はい」
はにかみながら答えた。
秀也はこれを見て、どう思うだろう。
何をくれたんだと悩むだろうか。懐かしいと思うだろうか。何考えてんだ、と怒るだろうか……。
何だっていいや。
私は、これを秀也のプレゼントにする。
私の格好いいヒーローに昔のヒーローをプレゼントする。
青いリボンを付けられたその包装を大事に持って、優司はその売り場を後にした。
地下に入って驚いた。
どこもかしこもチョコレートの山だ。既に包装されたチョコレートの前に見本のチョコレートが並ぶ。
今日は平日じゃないのか……。
優司は唸った。
結構客がいるのだ。
よく見ると、小さな子供連れか年輩の女性が多い。
そうか、学生や社会人でない……働いていない人たちだ。
優司は、このまま帰ろうと思った。
しかし。
と、思い直す。
雅人はチョコレートもと言っていた。
かといって、その辺のスーパーで買うのも……。
優司はぐるっと売り場を見渡した。
適当に辺りをつけて買うことにしよう。そして、さっさと離れようと思った。
向こうにあるのがウィスキー入りのようだな。
優司は、財布を握りしめそこへ歩いていった。
立ち止まった優司に、女性店員はちょっと不思議そうな視線を向けた。
何せ周りは女性ばかりだ。
「あ、あの、これ2つください……」
声がうわずりそうになるのを必死で押さえる。顔が火照ってきそうだった……。
「はい、少々お待ちください」
店員が袋詰めし、金を受け取りおつりをくれる。
その間も心臓がばくばくと音を立てる。周りの客が優司を見ているのではないかと気になった。
「ありがとうごさいました」
その声を背中に聞きながら、足早に立ち去る。
気のせいだろうか。
忍び笑いが聞こえるのは……。
地階から上に上がる頃、優司は汗をびっしょりかいていた。
どうやって渡そう……。
家に帰ってプレゼントの包装を見た優司は、別の問題に気がついた。
「やっぱりバレンタインに渡した方がいいんだろうけど……。今のところ、そんな出張はないし……そのためだけに東京行くのも金が……」
うーん。
4つの包みをテーブルの上に並べる。
これで、間違えて渡したらしゃれにならないしなあ。
秀也のは社内便で送ろうか……でも、変だよなあ。私の名前でバレンタインに着く贈り物ってのも。ちょっと会社で送る物じゃないな……。
郵送しようかな……。
「雅人さんの住所……知らないし……」
秀也の家にまとめて送っても、秀也は渡してくれそうにないし……。
どうしよう……。
バレンタインデイ。
女性が男性にチョコレートを贈る。
それに込められる思いはいろいろ……。
そして、優司の思いは複雑だった。
優司は、新宿駅近くのレストランにいた。
結局、なんとか都合をつけて出張を半分くっつけた。
一体私は何をやっているんだろう……。
隣の席の三宅さんは、私が出張で東京に行くと聞いて、妙な笑みを浮かべていたし……何かあの人には気づかれているような気がする……。
「やあ、優司、待たせたな」
ふっと顔を上げると、雅人が立っていた。
「いやあ、来てくれると思わなかったからさ、ほんと。昨日電話してきてくれたときは、実は半信半疑だったんだ」
「プレゼントが欲しいって言ったの雅人さんじゃないですか」
優司は呟いた。
「まあまあ、拗ねない拗ねない。それより、どこか行かないか?何だったら、俺の部屋でもいいし」
それを聞いて優司は、あの時のシーンを思い出した。
顔が紅くなる。
「いえ、いいですっ!」
優司が大きく首を振るのをびっくりしたように見ていた雅人は、ふっと苦笑を浮かべた。
「そういう意味じゃなかったんだが……まっ、どっちにしろ行こう」
そして、耳元まで口を近づけて囁いた。「あんまり変な行動すると、ウエイトレスさんが不審そうにみているぞ」
その言葉に羞恥心でさらに全身が紅潮した。
「さ、行こう」
雅人が伝票を取る。
「あ、それは!」
「いいって、待たしたからな。奢るよ」
にっこりと笑い返された。
優司はため息をつくと、仕方なくついていった。
連れてこられたのは、先ほどの場所からそう遠くないビルの谷間の公園だった。
昼を少し過ぎていた時間で、人影もまばらだ。
冬にしては暖かい日差しが二人を照らす。
「あの……これ」
優司は辺りに人気がいなくなるのを見計らって、プレゼントを入れた紙袋を渡した。
「サンキュー。ほんとに持ってきてくれるとはなあ。感激だよ」
雅人がひどく喜んでいるのを見て、優司はびっくりした。
「あ、あの、さ。何がいいのか分からなくて、適当なんだけど……」
そういう優司を後目に、雅人はさっさと包装を破く。
「へえー、結構いいよ、これ。秀也が優司はファッションセンスが無いってほざいていたけど、十分十分。ほんと、ありがとー」
さっさとコートを脱ぐと、ふぁさっと今着ている服の上に重ね着する。
「ほら、似合うか?」
雅人が優司に向かってにっこり笑う。
「……あ、ああ」
優司は頷くしかなかった。
この人の手にかかったら、どんな服でも着こなすだろう。
「あ、ちゃんとチョコレートもある」
にこにことチョコレートの包装を破くと、1粒取り出した。
「ふふ。俺さあチョコって結構好き。優司は?」
「えっと、好きです……少しなら」
雅人がこんなに喜んでくれるとは思わなかったので、さっきからどうしていいか分からなかった。
秀也もこのプレゼント喜んでくれるだろうか……。
でも……秀也のは、面白いかもって思ったけど……気に入らないかも知れない……。
「優司」
突然呼びかけられてはっと顔を上げる。
いけない、またぼーとしてた。
と、その優司の口にチョコレートが一粒押し込まれた。
「っ!」
「おいしいから、一つやる」
雅人がにやにや笑いながら優司の口に詰め込んだのだ。
「……びっくりした」
そういって、自分の手で出ていたチョコを口の中に押し込んだ。
噛むとウィスキーの味とチョコの味が口の中に広がる。
「ああ、ほんとだ。おいしい」
「なあ、優司。これから秀の所にいくのか?」
結構マジな声で話しかけられて、優司はびっくりした。
「え、ええ。でも秀也は会社だから、ちょっと自宅に寄るだけです。今日中に帰らなきゃいけないし」
そうなのだ。
行っても秀也は家にはいない。
「そうか。今日はラブラブモードで過ごすのかと思ったが違うのか。邪魔して悪かったなって思ったんだけど」
雅人がむっとしたような口調で言う。
「じゃ、俺がプレゼント持ってこさせなかったら、本当に優司はこっちに来なかったんだな」
「来る理由もなかったし……」
「って、バレンタインデイだぞ」
苦笑気味の雅人に訝しげな視線を向ける。
「バレンタインデイってのは恋人達の祭典だと思ってたんだが、優司はそう思わないのか?」
「恋人達の祭典て……?」
「愛を確かめ合うっていうか……」
「は、あ」
一体雅人は何が言いたいんだろ?
「ああ、もう。だからな、秀に愛してるって言ってやる日だろ!」
「!」
ああああああ、いしてるぅーーー
「分かったか。秀は待ってるんだ、いつだって優司がきてくれるのを。だったら、バレンタインデイ位お前から行っても罰あたらんだろ」
罰あたらんって、もう、何が何だか!
優司が一人パニクっていると、雅人がそっと優司の肩に手をかけた。
「秀がさ、この前言ってたよ。
『いつだって優司は俺の所になかなか来てくれない。本当に何か用事があるときしか、俺の家に来ないんだ。出張だってまじめに直帰するし、東京まで来てさ。そりゃ、無理に泊まれとは言わないけど、経費の問題もあるし……でも、やっぱり、ふっと来て欲しいことがある。出張とかじゃなく、遊びにね。やっぱ、遠距離恋愛ってつらいよなあ』って」
そ、そんな、秀也がそんなこと思っていたなんて……私は、知らない。
「私は、そんなこと知らない。秀也は言わなかった……」
「秀はさ、優司に負担をかけたくないのかもしれない。あんなこと言った時も酔っぱらっててつい口に出た感じだったよ。後で慌てて冗談だと誤魔化してたけど」
そんなこと……知らなかった。
私だって来たかった。でも秀也は私よりか出張が多くて忙しいから、だから休みの日くらい休ませてあげたくて……、忙しいんだからと、我慢して……秀也は、私に来て欲しかったのか?私が行っても邪魔にならないんだろうか?休めるんだろうか?
「なあ。悩む前にしたいようにしたらいいんだよ」
「お前達は恋人同士なんだろ。優司と秀は端から見てても結構いいと思う。だからさ、幸せになって欲しいと思う。俺にとって二人とも、弟みたいなもんだからさ……」
そう言って雅人は優司から視線を逸らした。
「弟って……私は雅人さんより年上なのに……」
さすがにむっとして優司が言い返すと、雅人は優司に視線を戻した。
「あのさ、そうやってすぐ拗ねるだろ、優司って、そういうとこさ可愛いんだ。弟みたいに思える。だから……」
雅人が何か言いづらそうにしているのを感じた優司は雅人を見つめた。
「だから……弟みたいだ……って思うことにしたんだ。それに秀も結構憎まれ口聞く所なんか、もうこまっしゃくれた弟みたいだって思うし……。俺、弟だから大事にしたいって思うし……そんな、壊すなんてできないから……」
もしかして……。
自分がいくら鈍感でも、何を雅人が言いたいのか分かったような気がする。
「雅人さん……まさか」
「言うなっ!」
雅人が優司の言葉を遮った。それだけで、優司には雅人の気持ちが痛いほど分かった。雅人は、優司を諦めるのだ……二人を守るために……。
「済まない……俺、何言ってんだか……あっ、ああ、仕事行かなきゃ、仕事」
雅人は慌てて紙袋を持ち、優司から離れた。そうしないと、堪えられない、そんな雰囲気があった。
「今日はほんとありがとっ!これ大事にするよ。また、落ち着いたら一緒に遊ぼうぜ!それからちゃんと秀と会えよ。絶対喜ぶからな!」
そう言い残し、脱兎の如く走っていく。
優司は追いかけることもできず、呆然と立っていた。
「ありがとう……雅人さん」
ただ、それだけしか言えなくて……。
秀也が帰ってきたのは、もう10時を過ぎようとしていた。思ったより書類の整理に手間取り、こんな時間になったのだ。
自分の部屋の前まで来たとき、部屋の電気がついているのに気がついた。
「おっかしいなあ、朝消し忘れたんだっけ……」
秀也は一人呟くと鍵をさした。
「あ、れ……開いてる?」
半信半疑でドアノブを回すと、ドアが開いた。
「げっ、俺って鍵かけ忘れたっけ……まさか、泥棒じゃないよな」
そう言った途端降ってきた声に驚いて飛び下がった。
「誰が泥棒だって」
「ゆ、優司っ!どうして!」
秀也はあまりのことに玄関口でへなへなと座り込んだ。
それを見下ろしている優司は呆れているようだ。
「お前、今日は帰るから会えないって……昨日言ってたじゃないか……」
「……いいじゃないか」
ちょっとムッとした顔で優司は、秀也を引っ張り上げた。そのまま、部屋の中に引っ張っていく。
慌てて靴を脱ぎ、引っ張られるまま部屋に入った秀也は、ガラステーブルに置かれたリボンのついた包みに気がついた。
「これ、何?」
「プレゼント」
優司がぶっきらぼうに言った。心なしか顔が紅い。
「プレゼントって?」
秀也が訳分からずプレゼントと優司を交互に見る。
「今日はバレンタインデイだから……」
優司が秀也の視線から顔を逸らした。
その顔が羞恥でますます紅くなる。
「バレンタインデイ……」
秀也は呆気にとられたように優司を見つめ、そして包みを手に取った。
青いリボンを取り、包みを開ける。
中から出てきたのは……
「ウルトラマンとバルタン星人……」
これがバレンタインデイのプレゼントってか?
秀也は訳が分からないと言った風情で優司を見つめた。
優司は紅潮した顔を背けながら、呟いた。
「ウルトラマンは小さい頃の私のヒーローで大好きだったから……実は今でもヒーローという存在は好きだったりして……だから、えっと、そんな私もいるのだと……私がでも今一番好きなのは秀也だから……ということは秀也がヒーローであって欲しいから……」
優司が自分の口を手の甲で押さえる。
「私……何言ってるんだろう……何か……混乱してる……」
狼狽えている優司の口に当てた手を秀也はそっと掴む。
「優司……俺はお前のヒーローになれるか?」
掴んだ手の甲に秀也は口づけた。
優司はぞくりと背筋に痺れが走った。
「し、秀也……」
「答えてくれ……」
秀也は優司の指を一本一本なめていく。
そこから沸き起こる快感に優司の声は掠れていた。
「秀也は私のヒーローだ……だから、いつでも守って欲しい……」
秀也は優司の頭に手を回した。そのまま引き寄せる。
優司が受け入れるかのようにかすかに開いた口に秀也が招き入れられる。
舌が優司の中をまさぐり、愛すべき片割れを見つけだすと、これでもかという程に絡まり合った。
しばらく快楽の海に溺れる……と。
すっと秀也が舌をほどいた。名残惜しげに優司の舌が再度からまり、離れていく。
秀也は少しうつむいて言った。
「あ、ありがとう……来てくれて、何よりもそれがうれしい」
少し頬が紅くなっているように見える。
「私も、今日という日に会えてうれしい……」
優司は、秀也の肩に頭を乗せた。
二人のバレンタイン・ナイトが始まった。
【了】