【嘘をつきたい】  

【嘘をつきたい】  

【嘘をつきたい】  ?

 このお話は、「泊」から約3ヶ月後位のお話です。「会」より後で「嫉妬」よりは前。
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6万HITキリリク 甘甘な日常


「久しぶり」
 キッチンの灯りが逆光になり影のかかった顔を、この部屋の主 滝本優司は十秒間はたっぷりと見つめていた。
「優司?」
 ドアノブに手をかけたまま硬直している優司に、笹木秀也は苦笑いを浮かべる。
「そんなに驚いた?」
 優司はその言葉に思わず頷き返した。
 帰ってきたとき、玄関横の台所の窓から灯りが漏れているのには気が付いた。が、灯りを消し忘れるのはいつものことだったので、何も思わず、いつものように鍵をあけて中に入ると、そこに秀也がいた。
 驚かないわけがないだろう……。
 東京にいるはずの秀也がこんな所にいるなんて思いもしなかった。
「どうして……」
 心が悲鳴を上げるほど喜んでいると感じる。
 あまりの事に硬直している躰が悔しくて堪らない。
「大阪に出張していたんだけど、早く終わったし、明日は土曜で仕事が休みだなあって思ったら、岡山行きのチケットを買っていた」
 その口元は苦笑を浮かべていたけれど、その手が優しく優司を引き寄せる。
「俺さ、いつだってここの鍵持って動いているんだからな」
 優司の手が離れたドアががちゃりと音を立てて閉まる。
「逢いたかったよ、優司」
「……」
 囁かれ、抱き込まれても優司の喉はその仕事を放棄しているかのように言葉を発するのを拒否していた。
 ど、どうしたら……いいんだ?こういう時って……。
 最初の驚きを通り越した頭がパニックを起こしていた。
 怒濤の如く、思いを通じ合えてから3ヶ月。これが何回目だろう?
 1度目は、何も考える暇がなかった。
 次は1週間後?それから3週間後くらいの東京出張の時で……。
 それから、それから……。
 明日は休みで……。
 どうしよう。
 躰が期待しているのを自覚してしまう。
 秀也に抱き締められて、優司も抱き締め返したいと思う。
 だが、それだとまるで誘っているみたいじゃないか?
 逢いたかったのは事実だけれど、あまりにも唐突だから心の準備ができていない。
「どうしたんだ、優司」
 何を言っても何をしても、硬直したまんまで何も言わない優司に、秀也がその顔を覗き込む。
「いや、びっくりしただけだ」
 ぐいっとその腕を掴んで押しのける。きっと赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、腕の距離だけ離れた秀也の目の前で俯いてしまう。
「来るなら来るって連絡くれればよかったのに」
 内心の動揺を悟られたくなくて、ついつい責める口調になった。
 私は……何を言っているんだ。
 嬉しい。
 どんなに突然でも来てくれたことは嬉しい。
 ただ……。
「メールはしたんだけど……気付かなかった?」
「え?」
 はっと顔を上げた先に苦笑混じりの秀也の顔があった。
 慌ててバッグを探り、携帯を取り出す。
「あ……」
 メール着信の記号が確かに出ていた。受信ボックスにある秀也からのメール。
「す、すまない、気付かなかった……」
 時刻からすれば、仕事中だからすぐには気付かなかったのはしようがないけれど、その後のメールチェックを忘れていた。だいたい、そんなにいつもメールが来るわけでないから、いっつもしばらく経ってから気付くのだ。
「ま、俺はいいんだけど、優司の驚く顔が見れたし」
「でも、私がいつ帰ってくるか判らないだろう。いつだって遅いし……」
「営業に連絡入れた時、優司の担当の奴に聞いてみたけどクレームとか入っていなかったし……それだったら、今日中には帰ってくるだろう?それに、明日・あさってと休みだから、少々遅くなっても平気じゃないか」
 何でもないように言われ、優司は口ごもった。と、秀也の表情が曇った。
「何か用事でもあった。それとも俺とは逢いたくなかったとか?」
 少し心配そうなその表情に優司は慌てて首を振った。
「何もない。来てくれて嬉しいから」
 嬉しいけど……その、心の準備という物が……。
 そう、こういう泊まりになるときっとそうなるであろう行為が頭に浮かび、さっきから優司を縛る。
 友人としてのつき合いばかりが長くて、恋人としてつきあい始めたばかり、しかも遠距離恋愛。
 デートとかそういうのをすっ飛ばしてしまっている二人にとって、逢う=セックスの構図が自ずと出来上がっているようで……それが優司を躊躇わせるのだ。
「秀也、私とにかく座りたいんだけど……ちょっと今日の作業は立ちっ放しで疲れたんだ」
「ああ、ごめん」
 秀也が、優司のために食卓の椅子を引いてくれる。
 何か……照れるんだけど。
 その椅子におずおずと座りながら、秀也を伺う。
 気が付けばいつだって主導権は秀也にある。優司はただ、流されてしまう。それが嫌だと思いつつも、秀也の手際の良さにはいつも負けてしまうのだ。
「な、カレー食べる?」
 コンロの鍋の蓋を開けながら、秀也が振り返り様に問いかけてきた。
 そう言えば、カレーの匂いがさっきからする。
「秀也が作ったんだ?」
 優司の返事を聞く前にコンロを操作し温め始めた秀也は、「そう」と一言返すと、冷蔵庫からサラダを取り出して並べた。
「な、優司はいつも弁当ばっかなのか?冷蔵庫に食材と呼べる物が何にも入っていなかったけど」
「まあ……そうかな」
 特に最近忙しかったし……。
「じゃあ、今日はしっかり食べてくれよ。サラダもね」
「ありがと」
 にこにことカレーを差し出されては、優司も食べざるを得ない。
 嫌ではない。秀也がいてくれる事は嬉しいのに、とにかくどう対応したらいいのか判らない。
 最初の頃は良かったな。
 そんな事をふと考えてしまった。
 とにかく何も判らないままに秀也が求めるままに過ごしていった。気が付けばいつも朝で……。
 それはそれで良かったのだけど……。
 最近、気が付けば秀也のことを考えていて、次はいつ逢えるかなって思っている。
 思っているだけなら良いのだが、夜になると一人の寂しさが辛いと思えることがあるのだ。
 躰が記憶してしまった快楽の喜び。
 それを求めてしまう。
 だが、優司はそんな自分が浅ましいと思ってしまう。
「どう、味の方は?」
「おいしい。秀也は料理が上手なんだな」
「そうでもないけどね。レパートリーは少ないから」
 くすくすと笑いながら食べている秀也の動きはいつ見ても綺麗で、優司は見惚れてしまう。
 もともと男から見ても整った顔立ちだから、いっそうそう思えるのかも知れない。
 どうしてこんな女にもてそうな奴が、私みたいな男を好きになったのだろう。
 何度か説明されたけれど、どうしても納得がいかない優司であった。それが、余計に優司を一歩退かせる。
「相変わらず、何か悩んでいる?」
 食事も終わり、麦茶を飲んでいるといきなり秀也が顔を覗き込むようにしてきた。
 至近距離に迫るその顔に慌てて顔を背ける。
「別に、私が考え込むのはいつものことだろう?」
「まあ、ね」
 くすりと笑われ、離れる顔。
 これで納得したのだろうか?
 優司の顔に当惑の色が浮かぶ。
 と、秀也は、コップを手に取ると隣の和室へと移動した。ちらりと優司に向けた秀也の視線に誘われるように優司も移動する。
 和室にある小さなガラステーブル。そこにかちりと透明な音を立ててコップが置かれた。
「優司、おいで」
 秀也が手を差し出してきた。途端に心臓が跳ねる。
 やっぱりするのかな。
 期待と不安が胸中に湧き起こる。
「わ、私……片付けてくるから」
 落ち着こうとしたのに、全く逆の上擦った声か漏れて、慌てて口を閉じた。
 これでは自分が期待しているのがバレバレではないか。
「駄目、逃がさない」
 どこか面白そうに手を掴まれ、引っ張られる。バランスを崩して倒れた優司の躰を秀也が抱き締めた。
「し、秀也!」
 かあっと熱くなる躰が疎ましい。
 慌てて手を突っ張るが、それを秀也はものともしなかった。
「欲しい癖に」
 少しきつい口調で言われて、びくりと顔を上げる。優司の、その引きつった顔を秀也が覗き込む。
「相変わらず隠そうとするんだから。照れておどおどとしちゃってさ、そういうところが年上に見えないんだよね」
 くつくつと意地悪げに嗤われ、優司は羞恥に顔を俯かせるしかなかった。
「意地悪だな」
 それだけを言うのが精一杯。
「隠そうとするからだよ。何でせっかく逢えたのに、そんなに余所余所しいんだよ。そんなにするのが嫌なのか?そうじゃないだろ」
 嫌じゃないから、困っているんじゃないか。
 優司は心の中で毒づくしかできなかった。
 欲しいから……逢えないときは夢に見るまで欲しいと思ってしまうから。
 だけど、そんなこと知られたくないじゃないか。
 なけなしのプライドが優司を素直にさせない。
 負けたくない。
 そんな思いだってある。
「私はどっちだっていいんだ。してもしなくても」
「ふ?ん」
 優司の言葉に一瞬秀也が硬直したように見えた。
 まずかった?
 優司は不安にかられ、そっと秀也の顔を見上げる。
 しばらく考え込んでいた秀也だったが、何かを決意したように頷くと、そっと優司を押し倒した。抗おうとした手は指を絡まされ、頭の横で畳に押しつけられる。 
「し、秀也?」
「嘘つき」
 ぽつりと漏らされた言葉。だが、その顔には苦笑が浮かんでいる。
「わ、私は嘘なんか!」
「じゃあさ、優司は何もしなくていいよ。俺はしたいからしたいようにするけど、優司はしたくないんだろ。だったら、何もしなくていいからさ」
「いいからって言われて……っ!」
 抗議の声は秀也の口の中に吸い込まれてしまった。
 吸い上げられたぐり寄せられた舌が、秀也の口内で絡め取られる。
「んあっ」
 逢えない間、夢にまで見たキス。だから、一気に躰が昂ぶってくる。
 足を絡められ、膝でぐいっと押し上げられた股間が熱く形を成していく。
「キスだけでこんなになっている。したくないんだろ?何もしなくていいのにさ」
「そんな……」
「嘘つきなの認める?」
「……」
 背けた顔に口付けられる。頬を伝って耳朶を甘噛みされ、吐息をかけられる。
「んくっ」
 耳から全身へと伝わる疼きに声が漏れてしまう。
 秀也の躰を押しのけようとするが、手に力が入らなかった。
 それどころか縋り付くように秀也のシャツを握りしめてしまう。
「や、め……」
 固く目を瞑り、襲ってくる刺激に堪える。
 歯を噛み締めていないと大きな声が漏れそうだった。
 したくないなんてこと……ない……。
 逢いたかった。
 滅多に逢えないから、その分凄く期待してしまう。今度いつ逢えるのだろうかと、カレンダーを見てしまう。
「しゅ……や……」
 堪えられなくて縋り付き、秀也の名を呼ぶ。
 初めての時から秀也は巧みに優司の快感を呼び覚ます。覚え込まされたその悦楽は、優司を責め苛むのだ。それは逢えないときですら……。
 だから……したくない、なんてことは……ない。
「ご…めん……」 
 目尻から涙が落ちる。それはなけなしのプライドすら流し出してしまう。
「逢いたかった……」
 うっすらと瞼を開けると、涙の向こうに秀也がいた。覗き込むように優司を見ている。吐息が感じられるその距離にいる秀也が優しく笑う。
「俺もだから……ね」
 抱き締められ、重ね合わされた唇。
 逢いたかった……いつだって……。
 抵抗を止めた優司に、秀也は優しく愛撫を繰り返し、優司を高めていく。
 何度も何度もいろんなキスを繰り返す。
「んあああっ」 
 体内を抉られ、押さえていた声が我知らずに漏れた。
「やっぱきついな」
 ぽつりと漏らされた言葉に気付き、上にのしかかっている秀也を見上げる。どこか朧気に霞んでいるのは浮かんでしまった涙のせいだろうか?
「しゅ……や……」
 呼びかけ手を伸ばすと、秀也の指がそっと絡んできた。
「ずっと…逢い……った……あっ……」
「堪らない……その顔……」
 秀也が苦痛に堪えるかのように顔を歪めながら、躰を動かした。
「んくううっ!」
 途端に敏感な場所に秀也のモノがふれたらしい。全身に電流が流れたような錯覚すら覚えた。
「ふ……な…に……」
「前立腺だよ……優司は特に…敏感じゃない……のか」
 ぐいっとそこを突き上げられ、優司はびくんと大きく躰を震わせると、一気に放出した。
 ひどく怠い躰に優司は寝返りをするのが精一杯だった。
 何度したんだよ、ったく……。
 こんな細い躰のどこにそんな体力があるんだ?
 細いと言っても、優司よりは細い程度なのだが、結構力も強い。
 営業というのは体力がないと務まらないって言うし……そうなんだろうなあ。
 シングルベッドだから、いつも秀也はその横に布団を敷いて寝る。ごろんとベッドに俯せになって下を覗き込むと、すうすうと寝息を立てている秀也がいた。
 さらさらの少しだけ長めの髪が頬にかかっている。
 大阪への出張の後って言っていたな。
 秀也のことだから、きっとわざわざ金曜日になるように予定を入れたんだろう。お互いに気持ちを通じ合う前から、いつも秀也はそうやって岡山まで泊まりに来ていた。
 無茶をしている、と思うことだってある。
 そのまま東京に帰ったほうが早いときだってある。交通費も馬鹿にはならないだろう。
 なのに……秀也は少しでも機会を逃さないようにしてくれる。
 それでも……逢えるのは稀だった。
 優司自身は出張は少ない。特に東京方面というのは、本当に稀になってしまう。
 いつだって行動を起こすのは秀也の方だ。
 私は待っているだけだ。
 優司はじっと秀也の寝顔に見入っていた。
 男からしても整った今時の顔をしている秀也。昔ホストをしていた時は人気NO.1だったこともあるって聞いたことがある。
 そんな彼が何故優司を選んだのか……。
 幾ら言われても信じられない思いが募る。
 そっと伸ばした手で秀也の頬にかかった髪をそっと掻き上げた。
 露わになった横顔を見ていると、胸が熱くなる。
 秀也相手にこんなことになるなんて、この前まで露とも思わなかったんだよな。
 女のように抱かれる事への違和感は拭い去ることはできないけれど、それでも秀也になら抱かれたいと思ってしまう。
「ん……」
 触れた感触に気付いたのか、秀也が身動いだ。優司が慌てて手を引っ込めるのと、秀也が目を開くのとが同時だった。
「…ゆ、うじ?」
 ぼうっとした顔で優司を見上げてくる秀也に、笑いかける。
「おはよう、秀也」
「……おはよう」
 瞬時に頭がはっきりしたのか、次の瞬間にはいつもの秀也だった。
「大丈夫?」
 にっこり笑って言われた意味が判ってしまって酷く恥ずかしくなってしまう。
 優司は顔を背けると、ぽつりと呟いた。
「意地悪だ」
「だって可愛いからな、照れている優司は」
 赤く染まった首筋に秀也の手が触れ、顎を掴んで顔を向けさせる。
 上半身を肘をついて起こした秀也が軽く優司の唇を啄むと、そのまま躰を起こした。布団の上に座ると、優司に笑いかける。
「それに、昨日の優司はいつにも増して欲しがるもんだから、俺、やり過ぎたような気がする。腰、大丈夫なのか?」
「うっ……」
 意地悪だ。やっぱ、秀也は意地悪だ!
 あまりの事に言葉がでない優司に、秀也はくつくつと笑っていたが、ふっと秀也がその笑いを引っ込めた。
「でも、凄く良かった。本当に昨日ここに来てよかったよ。逢うたびに俺は優司が好きになる。もっともっと優司が欲しくなる。俺、優司と一緒になれて良かった」
 その言葉にかあっと全身が火を噴いたように熱くなった。
「優司はさ、俺が無理していると思っている?違うよ、無理なんかしていない。したいことをしているんだから、それが無理だなんて思わない。優司に逢いたい。本当にずっと一緒にいたいと思えるほど、優司が好きだから。だからさ、俺には正直でいてくれよ。もう嘘をつかないでくれ」
 その真剣な瞳が優司に向けられる。
 そんな目をされて逆らえる人間なんていない。
 優司は、こくりと頷くことしかできなかった。
 こんなに真剣に言われて、どうして逆らえるというのか。
「ああ、嘘はつかない」
 だから、そう約束する。
 秀也の目を見ながら……。

 

******そして、3年後くらい後******
「だからっ!何回言ったら判るんだよ、嘘つくなって言っているだろ」
 揶揄を込めた秀也の声が降ってくる。
「嘘なんかついていないっ!」
 必死になって言い返す。
 嘘じゃない、これは嘘じゃない。誤魔化しているだけだ。
 秀也に取り上げられた写真を必死になって奪い返そうとする。
 だが、リーチの長い秀也の手には届かない。
「だって、これ優司のバックから出てきたんだぞ。いっつも持ち歩いているってことじゃないか」
「違うっ!たまたま持っていただけだって!預かったんだよ。この前の写真だから、秀也に渡してくれって」
「へえ……でもこれって結構痛んでいるよなあ。人に渡す写真にしては。ずっとバックの中に入れていたって感じだ」
「うっ……」
 実際そうなので、言葉に詰まってしまう。
「だから、俺が文句を言いたいのは優司が俺を誤魔化そうってする事」
「だって……私だって知られたくないこと位ある……」
 力つきて、へたり込んだ優司の傍らに秀也が跪いた。
「俺の写真を持ち歩いてるってこと、知られたくないんだ?」
 からかわれると思いきや、秀也の声は優しかった。
 優司の手を持ち上げ、その写真を手に取らせる。
「だって……恥ずかしいだろうが……知られるの……」
「俺は嬉しいよ。いつだって優司と一緒にいるみたいでさ。だから、そんなこと誤魔化そうとしないでくれよ。俺は優司に嘘をつかれたくないんだ」
 優しい口付けが優司に施される。
「……判った。約束する」
 それに誘われるように優司が頷くと、秀也はにっこりと微笑んで、優司を抱き締めた。
「愛しているよ、ずっとね」

【了】