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【鬼の子】 (5)
〜888,888キリリク〜



「寝られた?」
 カチッと点いた明かりの下、純哉が眩しそうに身動ぐ。
 様子を窺うために寝室のドアは開けていて、かなり遅くまで純哉の荒い息が聞こえてはいた。それでも、いつかはそれもなくなって、寝ていたとは思うのだけど。
 紅潮した頬と赤く染まった目が啓輔に向けられる。
「……けーすけ……」
 掠れた声が堪らなく色っぽい。
 このまままた喘がせれば、どんなに艶やかな声を上げるだろう?
 そんな欲求をなんとか堪えて、努めて平静な声を出した。
「朝だよ」
「あ、さ……?」
「そう、朝」
 鎖をベッドから外して、ついで、手枷を外す。
「少し、赤いか……」
 長袖でどうにか隠れる場所に、赤い線が走っている。そこに音を立てて口付けた。
 可哀想だと思うけれど、こんな傷でも愛おしいとも思う。
「今日……休むって連絡入れろよ」
 まだ体内にある異物に顔を顰める純哉に、携帯電話を差し出す。
 抱いたのは一回だけだけど、体力の消耗は激しいはずだ。
 それに、まだ啓輔は満足してない。
「俺も休むから」
 今日は一日純哉と共にいて、抱き続けたい。
 体力が続く限り、愛して、快感の虜にしたい。
 そのつもりでまどろっこしいであろう快感を与え続けたのに。
「いえ……」
 けれど、純哉は携帯を受け取るのを拒絶した。
「純哉?」
「今日はどうしても朝一で処理しなければならない案件があります」
「で、でもっ」
「啓輔……それだけ……済ませたいのです……」
 掠れた声音を気にして喉をさすりながら、純哉が体を起こそうとする。けれど、すぐにその体ががくりと崩れた。
「会社……行くつもりなのかよ……」
「行かないと……今日が締めだから……それだけなんですけど」
 そう言われると、啓輔も行くなとは言えない。
 けれど、今日はずっと抱きたいと思っていた。なのに、このまま純哉を行かせたら、元の木阿弥になりそうだ。
 純哉は時を経ると、学習してしまう。
 こんな啓輔への対処法を考えついてしまうのだ。
 それだけ、の案件とは言ってはいるけれど、行ってしまえば純哉はいろんな仕事をこなすだろう。寝不足など気力でねじ伏せるタイプなのだから。
「け、けいすけ……これ、抜いて……」
 言われて、呆然としていた啓輔は、未だ純哉を苛んでいるバイブの存在を思い出した。
「抜いて……って、バイブ?」
「ええ」
 どうやら、自分で抜くことは羞恥が勝ってやりたくないらしい。
 スイッチの入っていないそれは、今は純哉の体に特に刺激は与えていないけれど。
 たとえば……。
 ふっと浮かんだ案を、啓輔は自分でも呆然としつつもそれを頭の中で幾度も反芻する。
 面白いかも……。
 と思うけれど、純哉がそれを拒絶してしまえば終わりだ。
 だったら、何か純哉が拒絶できないような提案をすれば。
「啓輔?」
 起きられない純哉を見下ろしたまま、黙してしまった啓輔に、純哉が不安げな表情を浮かべる。
 そういえば、まだ、『欲しい』と言わせていないような気がする。
「なあ、純哉……」
「な、んで、す?」
 啓輔の低い声音に純哉がびくりと体を強張らせる。
「バイブ……は苦しいだろうから、これ、挿れたままなら、会社行っていいよ」
 手の中で転がすのは、小さな楕円の塊だ。
 けれど、スイッチが入れば小刻みの震動は結構きつい。
 さあっと純哉の頬が青ざめ、ひくりと口の端がひくついている。
 きっと、体内に挿れればどんなことになるか判っているのだろう。
「け、けーすけ……本気、ですか……」
「本気だよ。用事だけ済ませて、体調が悪いって帰ってくれば良いじゃないか」
 啓輔の方は休むつもりだった。
 今を逃したら、純哉をモノにできない、と、そう思えば残り少ない有給休暇など気にならない。
「でも……こんなの挿れたら、車なんて……」
「送るよ。で、純哉が終わったら、連れて帰ってあげる」
 病欠の連絡を入れるつもりだからバレるとマズいかも知れないけど。
 けれど、確かにこんな純哉に運転させるのはマズいという理性はある。
「どうする? けど、俺の目が離れたからって抜いちゃ駄目だよ。そんなことをしたら、また同じ事するよ。いつまでもずっと」
「なっ……」
「その代わり、ちゃんと帰ってくるまで挿れたまんまだったら、こんなバイブ、全部捨ててあげる」
 それは、純哉にとって一番の効果的な言葉だろう。
 びくりと全身が小刻みに震え、窺うように啓輔を見やる。
「捨てる?」
「ん、純哉は捨てたくない?」
 その捨てたくないという意味に、啓輔に使うことを目論んでいたら堪らないけれど。
「捨てたい」
 それだけはきっぱりと言い切った。
 もとより、あまり好きではないのだろう。
 あれだけ感じていた純哉を思い出すにつれ、捨てるのがもったいないと思う。
 純哉は必死で何か考え込もうとしてるけれど、体力的にもかなり弱っているせいか、うまく考えがまとまらないようだった。
「啓輔……この一度だけ……ですよね?」
 確かめるように問う純哉に、啓輔は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「一度だけ」
「昨夜のようなこと、もうしないって……」
「それは……だって、純哉、素直に抱かせてくれねえから」
「……素直に……なるのは……恥ずかしいんです……」
「えっ?」
 今、純哉は何を言った?
 何かとんでもなく可愛いことを聞かされたような気がする。
「啓輔に抱かれると……我を忘れて……恥ずかしい姿を晒してしまう。それが嫌で……」
「恥ずかしいって……。それって、すっごく可愛いんだけど」
「でも、それが嫌で。可愛いって言われると、よけい恥ずかしくて……」
 耳まで真っ赤になって俯く純哉は、本当に恥ずかしそうだった。
 そういえば、啓輔に抱かれた後はいつも羞恥に真っ赤に染まって、なかなか目を合わせようとはしない。
「しかも、どんどん啓輔に抱かれることへ期待感が高まって、翻弄されやすくなっていると思うから。だから……」
 それっきり口を噤んでしまった純哉に、啓輔がまさか、と唇を震わせた。
「まさか、純哉……。俺に抱かれることが嫌じゃない?」
 その問いかけに、こくりと小さく頷かれて、啓輔は呆然と純哉を見つめる。
「俺に抱かれると我を忘れるから? それが嫌で──だから、逃げてた?」
 こくこくと肯定されて、絶句したのは今度は啓輔の方だった。
 あまりにも純哉らしい言葉だとは思う。
 いつも面を覆っている鉄面皮は、感情を隠したものだと知っているが、そんな純哉も、セックスの時だけは感情を露わにする。感じていることを全身で教えてくれるから、可愛くて堪らない。
 けれど、確かに、それは我に返った純哉には耐え難いのだろう。
 だから、か?
 純哉が啓輔に抱かれるのを嫌がるようになったのは……だからで……。
 思い当たってしまえば、全てが納得できることで、そんな純哉に無理強いしていた自分があまりにも情けなく感じる。
 まして、昨夜からの行為など、考えてみれば八つ当たり以外の何物でもない。
 冷静になってしまえば、なんてとんでもないことを強いたのだと、冷や汗すら流れた。
 しかも、啓輔はさらにとんでもないことを要求しているのだ。
「啓輔なら、抱かれても良いけど……。ただ」
「嫌だって──俺を組み伏せようとするのも、そんな醜態を晒したくないから?」
「昨日だって……こんなことをされていたのに、感じて……我を忘れて……」
「可愛かったけど?」
「だからっ!」
 ますます真っ赤になってしまった純哉は、とてつもなく可愛いけど。
 思わず可愛いと呟きそうになって、慌てて手のひらで口を塞いだ。
 言ってしまえば、ますます頑なになってしまいそうで。
「わ、判った……」
 なんとかそれだけは言って。
「だから、今日は約束を守ります。でも、この後は……」
 純哉がふっと顔を上げて、啓輔を見やる。
 その瞳が涙で潤んでいるのに気付いた途端、啓輔の心臓がどくんと高鳴った。
 一度激しくなった鼓動は、今度は一向に治まらない。
 早くなった血流のせいか頭の中が激しく脈打って、思考回路が麻痺しそうなほどになっている。
「それを判ってくれるなら、そうしたら」
 上目遣いで見つめられ、その艶やかな姿に我を忘れそうになる。
「ですから……、啓輔、昨夜のようなことは……」
「わ、判ったっ!」
 思わず叫んでしまっていた。

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