【鬼の子】 (3) 〜888,888キリリク〜 |
灯りが零れる窓を見上げてから、啓輔は純哉の部屋がある階まで上がっていった。 渡されている合い鍵で入り、いつものように奥まで入っていく。純哉がいるのはたいていリビングで、そこのソファが純哉の定位置だ。 初めてきた時からずっとここにあるソファの上で、何度睦み合っただろう。 そう思うだけで、体は簡単に欲情の兆しを見せる。 まして、そこにいるのは心も体も何もかも欲して止まない相手なのだ。 「ああ、いらっしゃい」 何かの本に見入っていた純哉が顔を上げずに挨拶をして、数秒後訝しげに顔をこちらに向けた。 「どうしたんです?」 黙したままの啓輔に、さらに眉間にシワを刻む。 「啓輔?」 「……今日さ、槻山に会った」 「えっ」 明らかに純哉の表情が変わった。 純哉相手に何か策を立てようなんて考えられない。頭の回転は純哉の方が速いから、下手に何か企んでも揚げ足を取られるだけだ。 今日こそは絶対に抱くのだから。 そうすればこの胸の中の澱みも軋んでいる心の塊も何かも消えるから。 「金曜日に会ったんだって、ホテルで」 「啓輔……」 どこまで知っているのか、その鋭い瞳は探っているのだろう。 だから、笑みを浮かべて啓輔はゆっくりと近づいた。 足に当たって、紙袋がかさかさ音を立てている。 この中にあるもの、思いっきり使ってみようか? そうすれば、純哉はどんな顔をするだろうか? たまらなく可愛い顔を見せてくれるのだろうか? 暗い欲望が頭の中を支配する。 純哉を苛めたい。 苛めれば、もっと可愛い姿を見せてくれるだろうから。 「可愛かったって言っていたよ、あの男。懲りない奴だよね」 「可愛かったって……それって?」 顔を顰める純哉の頭を抱き寄せた。 「俺のせいだったんだろ。だから、それは責めない。責められる訳がない。……それは判っている」 「え?」 それだけは言っておかないと、純哉が誤解しては堪らない。 俺が怒っているのは、そのことじゃない。 「けどさ、最近、純哉を抱いていないだろう? なのに、あの男には可愛い姿見せたって事だよな。それが悔しい。こっちはさ、もういつ抱いたのか覚えていなのに」 「ちょっ、ちょっと待って! 啓輔っ!」 震える声音に、啓輔の男としての本能がくすぐられる。 「俺が抱きたいって言っても、純哉嫌がるよな。俺の方が快感に弱いってのが、敗因だと思うけど。それでも純哉だって絶対狙っているんだよ、俺に抱かせないように」 ソファの背にその体を押しつけて、顔を至近距離で睨み付ける。 困惑の色が濃い純哉の顔は、ぞくぞくするほど綺麗だ。 「だから、今日は絶対抱くんだ。ううん、これからもずっと、抱きたい。俺に抱かれる事、嫌がらないように──ずっと欲しいって言わせたい……」 「け、啓輔っ」 明らかに動揺している純哉が抗おうと手を伸ばす。その手を弾いて、しっかりと抱きついた。 いつもなら堪らなく欲してしてしまう口付けは今は我慢だ。 攻めているはずなのに、いつの間にか攻守が逆転しているのはいつも最初の口付けのような気がするから。 だから我慢して、代わりに喉元に口付ける。 きつく吸い付けば、腕の中の体が小刻みに震えていた。 「なあ、どうしたら虜にできる? どうすれば、おとなしく抱かれてくれる?」 「そ、そんなことっ……んくっ」 こんなに頼んでいるのに、逃れようとする力はなくならない。 「何、俺に抱かれるのはそんな嫌? 特に最近、そうやって嫌がるよね」 「違うっ! そんなことないっ!」 否定されて、眉間に深いシワが寄った。 逆らう手を封じ込めるために乗り上げた体で押さえつけて、かろうじて届いた手で紙袋を引き寄せるとソファの上にひっくり返した。 ごとんと重い音に純哉が目を見開く。 色とりどりのグロテスクな形に啓輔は微笑んで、純哉は硬直した。 「それはっ……!」 「これ、あの槻山がくれた。ほんとは純哉に使いたかったって残念そうに言ってたけどねえ」 そのうちの一つを拾い上げると、チャリっと金属質な音が手の中でする。 手枷に着いた鎖の音だ。 「でも、俺の時は逆らうんだから、必要だよね」 「待ちなさい──啓輔っ!」 「嫌だ」 逃れようとする腕を捕らえて、一気にはめた。 拘束する輪の部分はムートンで包まれているが、中身はしっかりとした金属だ。留め具がワンタッチでかかり、簡単には外せなくなる。その金属の当たる音に、啓輔の口の端が上がった。代わりに純哉の顔がさらに青ざめ、強張る。 「は、離せっ!」 いつも純哉と共にある冷静さは完全に消え、言葉遣いすら乱れている。 そんな姿もひどく新鮮で、啓輔の欲情を煽る。 もっと見たい。 もっと──。 「このっ! いい加減にっ!」 「やだよ」 冷たく言い放ち、暴れるのを全身で押さえつけて封じ込めた。 「啓輔、もうっ」 「捕まえた」 押しのけようとする手が目の前にある。それを捕らえるのは簡単なことで、先ほどと同じ音がした途端、力が弱まった。きつく噛みしめられて歪んだ唇が、色を失っている。 鎖は15cm程。余裕があるようで無い長さだ。 しかもその鎖の中間点には別の長い鎖が繋がっていた。 「けい、すけ……」 「このままだともっと暴れるだろ?」 ぐいっと引っ張れば、バランスを失った純哉の体は呆気なく倒れる。引っ張って両手を上げさせ、鎖の先端をソファの足に括り付ける。その間、純哉はただその行為を見つめているだけだった。 ソファに横たわった純哉の手は頭上にあり、下ろすことなどできない。 何か言いたげに唇が蠢いている。 「何?」 「こんなことをしなくても……」 「でも、こうしないと抱かせてくれないじゃないか」 「それは……」 苦しそうに顔を顰めて、視線を逸らした。 そうだ。やっぱりそうだ。 純哉には、啓輔に抱かれる意志はない。 抱かれても良いと考えるなら、啓輔がここまでしなくても体を開くだろう。 「前はもうちょっと抱かせてくれたのに」 あれは春頃だったろうか? あの時が純哉が良いと言ってくれた最後の時だったような気がする。 シャツのボタンを外せば、下に何も着ていないから、すぐに肌が露わになった。 昨日セックスした時に付けた痕があちらこちらに散っている。陽に焼けていない部分の肌は白くて、朱色の痕は酷くエロチックだ。それだけで、啓輔の欲情を煽る。 だが、今日はもっともっと付けることができる。 何しろ、純哉は逆らえない。 「ふふっ、ここ、弱いよね」 脇腹に口付ければ、純哉の体が面白いように跳ねた。青ざめた体が、すぐにほのかに色づく。その様が楽しくて、もっとたくさん口付けたくて、啓輔はいろんな場所に吸い付いた。 どんどん増えてくる色は、色の濃い桜の花びらでも散ったようだ。 「だ、め……、うっ! んっくっ……んくっ」 「なんか、……敏感だね。縛られて感じてる?」 「ちがっ、ああっ」 否定しようとした瞬間を狙って、乳首に吸い付けば、艶やかな悲鳴が零れていた。その声が啓輔をさらに煽る。 こんな目にあっても純哉の反応が良い。 敏感で、淫猥な姿を眺めるのは愉しいと知らず口の端が上がる。 笑われたことに気が付いたのか、純哉がきつく顔を顰めた。そむける顎を捕らえて、真正面を向かせる。 「純哉……ほら、もうこんなになって」 「う、あっ……けい……すけっ」 上半身を弄んだだけで、純哉のそれははっきりと形を成していた。そこを膝でぐりっと押し上げれば、体が快感に打ち震えている。そんな体を抱きしめようやくのように唇に口付けを落とせば、純哉の肌がざわめていたのが判った。 幾度も啄むように口付ければ、甘い吐息がその口の端から零れる。 固く瞑った目の端から、うっすらと涙が滲んでいた。それを舌先で舐め取れば、「け……すけ」とか細い声で啼く。 「気持ちいい?」 それには答えてくれなかったけれど、代わりのように全身が朱に染まった。 「ははっ、可愛い」 普段陽に当たらない肌が薄く色づいた純哉は、誰よりも感情豊になって堪らなく可愛い。 いつだって、この姿を見ていたいのに。 「なあ、今日はいろんな物試してみようか?」 槻山からのプレゼントに視線が彷徨う。それらを一瞥して、使った時を想像して。 ぞくりと背筋が震える。 「そういや、前に使われたことあったっけ。でも、純哉は使ったこと無かったよね」 あの時、啓輔自身はあまり良くなかった。だが、感じなかった訳じゃない。 「本気……ですか?」 朱の色がその面から消えていく。感情を隠せなくなった純哉の瞳は雄弁だ。怯えている目が、啓輔の嗜虐心をくすぐる。 「本気だよ、どれが良い」 「止めてください、いつものように、啓輔が良いです」 そんな殊勝な態度は今更だとうっすらと笑い返せば、怯えがいっそう激しくなった。足を広げようとすれば、さすがに抵抗があったが、純哉のそれをきつく握りしめれば抵抗も消える。 わざと目の前でローションを指にたっぷり塗ってやれば、本気で嫌そうに顔を顰めていたけれど。 「何だ、もう解れてるじゃない」 「ちがっ」 「ま、やっていない訳じゃないしね」 飲み込まれた指を動かせば、どんどん奥に吸い込まれていきそうだ。 絡みつく感触に指ではなく自身のモノを挿れそうになる。だが今日は、違うモノを挿れるつもりなのだ。 楽しみは後に取っておくつもりだ。 「挿れるよ」 ローションをたっぷり塗ったどぎついピンク色のバイブを後孔に押し当てる。 「やっ、止めろっ!」 悲鳴交じりの制止に、よけいに煽られた。 「嫌だね」 笑って、バイブを握った手に力を込めた。 「うあっ!」 「何やってんだよ、俺のよか、小さいだろ」 純哉の深い眉間のシワがさらに深くなって、固く瞑った目尻が小刻みに震えている。 必死で我慢しているようだが、一体何を我慢しているのか? 「感じてんのかよ?」 カチッと小さな音が手元で響く。同時に振動音が微かに純哉の体内から聞こえた。 「ひっ」 哀れな悲鳴が純哉の喉から零れたけれど、頬に赤味が走ったと思うのは気のせいではないだろう。 「この辺り……かな?」 「あぁぁっ!」 びくん、と、純哉の体が大きく跳ねる。強張った指先が、ソファに深く食い込んでいた。 ひくひくと全身の筋肉が震えている。 そういえば、こんなにまじまじと感じる純哉の体を見ていたことは無かったような気がする。 「すご……綺麗だ……」 見ているだけだというのに、ぞくぞくと込み上げる甘い痺れに脳髄まで痺れそうだった。 |