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薊の刺と鬼の涙 (13) |
力が入らない体に槻山が手を触れる。 「やめろ……」 力無い言葉とその手をはね除ける気配に目を向ければ、敬吾が啓輔を守るようにその体を割り込ませてきていた。 「俺が……相手をする……から……彼には手を出すな」 怠そうに緩慢な動きしかしない敬吾の疲労はそうとうなものだと見ていて判るのに、敬吾は決して弱音を吐かなかった。それどころか、その濡れた瞳がますます強く感じる。 「なら……相手をしてもらおうか」 ニヤリと嗤う槻山とて、敬吾が限界だと気付いているだろう。 「俺は……」 みかねて啓輔が割り込もうとすると、あろうことか敬吾にきつく睨まれる。情欲に晒されて潤んだ瞳で見つめられてごくりと息を飲んでいると、そのまま首を横に振られた。 「俺が受けるから」 そして笑う。 少し引きつってはいたけれどいつもの綺麗な笑顔で、そうなると啓輔はもう何も言えない。 こんなふうにずっと敬吾は啓輔を気遣ってくれて、優しくしてくれるというのに、啓輔は簡単に薬に負けて敬吾を抱いてしまった。 敬吾の中で達って、理性が戻った啓輔にとってそれは愕然とする程に、衝撃的なことだった。 確かに、ずっと望んでいた。 初めて出会ってからずっと、敬吾を抱きたいと、手の中で喘がせたいと望んでいたことは否定しない。それは、家城という恋人を得てからも変わっていない。しかしだからといって、それを実行に移そうなどとは夢にも思っていなかった。 それは、夢であって──叶わない願望であって──それ以上のものではなかった。 なのに。 薬の力か、敬吾の体を抱きしめた途端、全ての理性が吹っ飛んだ。 抱きたいと、我慢ができなくなって。 そこから先は、きっと忘れることなどできないだろう。 望んでいた敬吾がそこにいて。 内壁に包まれた熱さも快感も、家城のそれとは全く違っていた。いや、比べるものではないだろう。家城と敬吾とでは、何もかもが違うのだから。 だけど……これは。 決して叶ってはいけない夢だった。 達ってしまうと薬の効果も薄れてきたのか理性が戻ってきて、途端に激しい後悔に責め苛まれる。 何て事を……。 あの時以来、二度としてはいけないことだと思っていたのに。 また敬吾を泣かしては駄目だと思っていたのに。 だけど。 目の前で、啓輔を守るために敬吾が槻山に抱かれていた。 上気した頬も、潤んだ瞳も、快感に流されかけているのに、それが辛そうにしか見えない。 なすがままに揺さぶられて、だけど時折思い出したように、槻山を煽っている。それは、槻山の意識が啓輔に向かないようにしているのだと、啓輔にははっきりと判るもので、それが胸を締め付ける。 一体いつになったら槻山が自分たちに飽きるのか? このままずっと敬吾は槻山が飽きるまで相手をし続けるつもりなのだろう。 しかし、それでは駄目だと、啓輔はくっと唇を噛みしめた。 色が変わるほどにきつく食い込む歯が、唇に小さな傷をつける。それをぺろりと舌で舐めた。 もうイイと、槻山に言わせないと駄目だ。 でないと、いつまでも槻山は啓輔達を求めるだろう。そうなれば、敬吾は気力の続く限り、啓輔を守ろうとしてその体を投げ出す。 だったら、さっさと槻山を満足させないと。もうイイと思わせないと……。 「ん?」 敬吾を組み敷いて足を掲げさせて挿れていた槻山が、びくりと体を硬直させた。 「手伝う……」 誰に言ったわけでもない。それは啓輔の決意だった。 その啓輔の手が槻山の背後からふたりの繋がっている場所に触れる。そのまま顔を寄せて、ぺろりと舌を出して突いた。 「んあっ」 「くっ」 ふたりの吐息が荒く漏れる。 啓輔はそれを無視して接合点の、そして重点的に槻山の方を舐め続けた。 抜き差しされる槻山の雄に舌を這わせる。手を伸ばして、後ろの袋とそしてその後ろを揉みしだいた。 張りつめたそこが、意外に快感を感じるのだと経験で知っているから──外からできる知っている限りの技巧を凝らす。 「んっ」 確かに感じた手応えに何度も何度も繰り返して。 槻山を高みへと昇らせる。 そのために、何をためらうことなどあるだろうか?それが敬吾を助けるのだから。 啓輔の顎から喉が溢れた唾液でしとどに濡れてしまった頃、槻山の体が一瞬硬直した。途端に敬吾も小さく身を震わせる。その動向に槻山が達ったのだと知って、啓輔はようやくふたりから離れた。 無理な姿勢でいたせいで、肩も首も──そして下顎も痛い。 ため息のように大きく息を吐き出して、ぐたりとベッドに体を投げ出した。 「……ったく。見事な連係プレイだよ。道具無しでこれだけ楽しめるなんて以外だな」 苦笑混じりの声が上から降ってきて、微かに身動いで槻山を視界に入れる。 たくましい体だと思う。 プールなどでみれば、羨ましいと思えるくらいだった。だが、今はその体躯がもたらす体力が恨めしい。しかもまだまだ余裕がありそうなその表情に、内心舌を巻く。 もっとも、家城とて一晩に3回くらいはこなすことがあるから、この男なら大丈夫かも知れない。 そして、普通ならそれにつきあえるだけの体力を持っているはずの啓輔だったのだが、なぜだか一回一回の快感が激しくて、消耗が酷かった。 それは敬吾も同じようで、達った回数が多いのと連続だということで、どうみても動くのも辛そうな程に荒く胸を上下させていた。 たぶんもう無理だ。 そう思うのだけど、敬吾の目は、槻山の様子をじっと追っている。 もし槻山が啓輔に手を出そうとすれば、また無理をして起きあがるだろう。 そして、啓輔にはそれを止める手立てがないのだ。敬吾の意志を拒絶することができない。 それが悔しくて、情けなくて、ぎりっと奥歯がきしむ音が頭骨を介して脳にまで伝わる。 「ふふ、君は元気そうだから……」 きっと槻山は気付いている。 横目で敬吾の様子を窺いながら、それでも啓輔に手を伸ばそうとして。 「……やめろ……」 気怠げな動作でそれでも腕に力を込めて起きあがる敬吾に、楽しそうに笑いかける。 ああ……。 寝ていて欲しい。 起きないで欲しい。 だけど。 「緑山さん……もう……」 「俺は大丈夫。まだまだいけるよ」 何でもないと笑みを浮かべられると、二の句が継げなくなる。 「君がバテるのが早いか、こっちがバテるのが早いか……楽しみだ」 最初からその気だったくせに。 啓輔の声なき指摘に、槻山が嗤って、頼むよと片目を瞑って合図する。 それにムッとしたけれど、敬吾の負担を軽くするためにはなんでもしようと決意しているのには変わりない。 だから敬吾に猛然とのしかかる槻山に、啓輔は感情を押し込めて愛撫する手を差し出した。 槻山は何回達ったのだろう。 自分たちは何回されたのだろう。 啓輔は結局敬吾に守り通された。 だけど、彼は……。 広いベッドに三人が死んだように眠っていて、最初に寝ぼけ眼とはいえ目覚めたのは啓輔だった。あの槻山とて、完全に熟睡している。このまま隣の部屋に行けば紐も電話もある。槻山を捕らえることなど造作もないことだった。が、そのための活力が今の啓輔にはなかった。 体が酷く怠い。まだまだ寝たりない体が睡眠を欲していて、そこから抜け出せないせいもあるのだろうが、とにかく体が動かないのだ。しかも無理に動くと頭の奥に鈍い痛みが走って同時に吐き気すら催してしまう。動かなければ大丈夫なので、結局啓輔は動くのを諦めた。 せっかくの逃げるチャンスだったかも知れないけれど、啓輔は無理に動いたとしても、敬吾はどう考えても無理だろう。 遮光カーテンなのか、外の光はカーテン越しには入ってこなくて、今が夜か昼かも判らなかった。ただ、眠いから夜なのかとも思うが、一晩中抱かれたのだとしたら、昼間でもおかしくない。 だけど、それももうどうでもいい。 少なくとも、狂乱の夜は終わった。 それだけで、もう啓輔の頭は考えることを拒絶してしまった。 |