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薊の刺と鬼の涙 (12) |
口の中に広がる独特の味に歪みそうになる顔を、啓輔に気付かれないように笑みに隠した。
目の前の啓輔の体が弛緩して、槻山にもたれかかっていく。 達ったばかりだというのに、辛そうに歪められた顔に胸が痛んで、気にするなと言いたかった。 啓輔相手にするのは躊躇いがなかったわけではない。もし敬吾が率先してしたのだと穂波に知られたら怒られるで済まないだろうことも思ったが、それでも槻山にさせる訳にはいかなかった。 涙の浮かんだ啓輔の頬に手を伸ばして触れて、覗き込んで。 「大丈夫?」 その言葉に啓輔の虚ろな瞳が焦点を合わせた。そこにうつる自分の顔が笑っている。 「……ごめんな…さい……」 消え入りそうな小さな声に、ほんの少し首を傾げて、敬吾は頬に添えていた手で前髪を梳き上げた。 「俺は大丈夫だから」 嘘でない証拠にもう一度笑いかけて、槻山にもたれていた体を抱き寄せる。 可愛い、と何のてらいもなくそう思った。 大事にしたい。 それは恋人でなく、小さな子を守るような父性愛だと判ってもいた。 彼を助けたいのだと思って、だから今は何の後悔もしていない。 「本当に大丈夫だから」 「……ごめん……」 可愛くて強く抱きしめて、だがその胸を啓輔が強く押し返してきた。 「離れて……」 切なそうに声が震えているのに気付く。 「隅埜君?」 それに訝しげに問い返すと、啓輔の背後の槻山がおかしそうに喉を震わせた。 「まだ薬が抜けていないからね。いくらでも欲情するよ、彼は。……君もだろ?」 指さされて、敬吾は自分の股間に気が付いた。 確かにまだ完全とは言えないまでも勃起しているそれ。 そして、それより確かにはっきりと勃起しているのは啓輔のモノ。きっと触れられるだけで、体が欲望に負けそうになっているはずで、その震える体が必死でそれに堪えているのだと知らしめた。それが判るのは、敬吾とて似たような状況だからだ。 「ふたりとも、まだまだ、だろ?」 「うるさい……」 あえて気にしないようにしていたから。 だが確かに体はずっと疼いている。もっと性欲に溺れたいと欲している。だが、自分がそれに負けたなら、敬吾は啓輔を助けられない。 この男から……ふたりとも逃れられない。 それは、叶えられる確率の低い事ではあったけれど、啓輔をこれ以上槻山の目に晒したくなかった。 「もう……俺達を帰してくれ」 叶わない願いを口にすること。 それがどんなに苦しいことか。 目が知らずに見つめているのは、槻山の体。そしてその欲望の証。決して萎えていないそれは、まだまだ臨戦態勢だった。 無理矢理の筈だった。 薬のせいの筈だった。 だけど、今欲しているのは間違いなく、目の前の男のそれなのだ。 それを目にしてしまうと一度貫かれたそこがはっきりと疼き出す。だから慌てて目を逸らして。 なのに、縋りたいと思う啓輔の体にすら触れると、敬吾の体が痺れるような快感に身を震わせた。 「満足したら、って言っておいたはずだが……?」 その言葉には、槻山がまだまだ帰すつもりがないと知って、目の前が暗くなる。 なのに、体は確かに悦んで、あろうことかずくんと背筋を伝って脳髄まで快感が走っていった。 「さあ……やろう」 「やっ……」 怯えたように啓輔が身を捩る。 それを抱きしめて。 だが、敬吾も迫る槻山に為す術がない。 と、はあっと啓輔が熱い息を吐き出した。途端に震える体に、啓輔が気が付いたのか視線を上げる。 その瞳が潤んで、明らかに欲情していると気が付いて、敬吾はびくりと体を硬直させた。 それを槻山が見逃すわけがない。 「ふ〜ん。ケースケ君は……したい訳だ」 言葉が、手が、啓輔を煽っていた。 「止めろっ!」 慌ててその間に割り込んで、結果、敬吾の体が槻山の目に晒される。 啓輔を背後に庇うようにしたのは、自然の成り行きだった。 「でも、しないと辛いと思うけどねえ。君も……彼も。ね、ケースケ君」 槻山が手を伸ばして、敬吾の顎に手をかける。 近づく顔に意図を察して逃れようとしたが、もう一方の手が後頭部を押さえつけて逃げられない。 「んっ……」 触れただけなのに、じんわりと甘く疼く。顎を掴まれていた手が離されて肩から背後へと回っていた。 イヤだ。 イヤだ、イヤだ、イヤだ。 頭の中で何度も叫ぶ。 なのに、体から力が抜けて、結局為す術もなくて、一瞬背後の啓輔の存在を敬吾は忘れていた。 「……んん……ん……」 気が付いたら、槻山の肩に手をかけて縋っていた。 それに答えるように槻山が抱いていた腕に力を込めて、背後に回した腕も寄ってくる。が。 「んっ!」 裸の背に大きな温もりが密着する。 そのどう考えても槻山の腕でないそれが、啓輔の胸を抱きしめてきた。 「す、隅埜君っ!」 慌てて身動ぐが、前と背後に大きなふたりの男に挟まれて逃れようがない。 「ごめん……」 何度も呟かれていた啓輔の言葉に隠された欲情が、恐い、と初めて敬吾を恐れさせる。 「いいんだよ。君がしたいようにすれば」 槻山の言葉に、驚いて見上げれば確信的な笑みを見せた表情があった。慌ててその手を辿れば、槻山の手がふたりまとめて抱きしめていた。 先ほど離された手が啓輔を抱き寄せたのだと今更気が付いて、悔いに唇を噛みしめる。 腰に当たる啓輔のモノは、先ほど口に含んだ時より固いくらいだ。 そして、それを欲しいと……気付けば願っている敬吾自身もいたのも事実。しかも、槻山がやんわりと敬吾の雄を揉みしだく。その結果、もう駄目だと心の全てが白旗を揚げて。 「あっ……」 甘い喘ぎ声が喉を震わて、何かを捜すように胸をまさぐる啓輔の腕に身を任してしまう。 その時。 敬吾も、そして啓輔も──全ての理性を投げ捨てていた。 「ごめんなさい……」 それでも口癖のように何度も何度も、耳に届く啓輔の謝罪の言葉。 それに僅かに理性が揺り動かされて、だが4本の手が与えてくれる快感にそれは瞬く間に闇のそこに沈んでいってしまう。 我慢する事を放棄してしまえば、ただ快楽を欲する体は淫らに萌えて、敬吾はあられもなく身悶えた。 「やっぱり、敏感だね。凄くそそられる」 槻山が四つんばいになった敬吾の腕を引っ張って、あぐらをかいた股間へと敬吾の顔を導く。 滑って光る大きな雄に、一瞬びくりと体が震えたが、それでも触れる寸前に口を大きく開けて銜えこんだ。 どんなに大きく開けても、入りきらないそれに喉の奥を突かれてえづきそうになったが、敬吾は一度含んでしまえば先ほどと同じようにためらうことなく自然に舌と唇を動かして、敏感なところを刺激する。 それは、いつも穂波に与える行為と同じで、ただ相手を高めることだけが頭にあった。 もう相手が誰かなんて考えていなかった。 だが。 いつもなら集中できるそれに、今は背後からのしかかる啓輔の体に邪魔される。 「んっ……んぐっ……」 いつも家城相手に受けていると思われた啓輔の指が、敬吾の双丘を慣れた手つきで割って奥へと入っていく。その巧みに動く指がなんなく敬吾の感じるところを中から刺激して口に意識を集中できない。 なのに槻山が焦れったさそうに敬吾の頭を掴んで揺するのだ。 「んぐぅっ……ぐっ……ううっ……」 頭の中を快感が走って、目の前が何度も白く瞬く。 「ケースケ君、もう緩んでいるんだから、遠慮無くいれなさい」 まるでモノのようだ。 そう思った途端に、ぐぐっと後孔を押し広げられた。 「ううあっ!」 誰とも違う啓輔の雄が、内壁を擦って中に入っていく。 「ほらほら、口がお留守だよ」 揶揄するように嗤いながら、槻山の手が頭を押さえて、敬吾は後孔から来る異物感に涙しながらそれでも槻山のモノに舌を絡めた。 「あ……凄い……凄いよ……」 譫言のように繰り返される啓輔の言葉が耳に届く頃には異物感も無くなって、突き上げられる快感だけが敬吾を支配する。 口を塞がれて、思うように声を出せないのがもどかしくて堪らない。 「んぐう……うう……」 我慢することなく打ち付ける音が、耳を犯す。 「いいぞ……もっとだ」 後ろから押しつけられ、自然に口腔も前後することになって、槻山が感極まった声で訴えた。 もう……無理に動く必要はなかった。 ただ、体が三人の快感だけを高めようとしていた。 「んくっ!」 激しい揺さぶりに煽られたのか、槻山の雄が、敬吾の口腔で一気に爆発する。どくどくと喉の奥に叩きつけられた刺激に堪らず咽せて、敬吾は槻山のそれを吐き出した。途端に、白い塊も咳とともにシーツへと飛び散った。 「げほっ……ああっ」 背後から押しつけられ、汚れたシーツへと顔を埋める。そのせいで顔になすりつけられた液が、敬吾の淫猥に惚けた顔をさらに淫らに崩れさせていた。 「あ、ああっ……ああっ……」 ただ、ただもう達きたいと、それだけを願うほどに、敬吾の雄は張りつめて──そして、先端が泣いていた。 それを脇腹の下から入り込んだ槻山の指が一気に扱きあげる。 5指がばらばらに動いて、敏感な括れを強く押して、びくりと体が跳ねた。その拍子に限界を超えた快感に、一気に解放された。 「あ、……ああ……っ!」 空気が抜ける音が敬吾の喉から漏れた。 びくびくと吐き出されるそれは、二度目であり、しかも昨夜もしたこともあって、量は少ない。だけど快感は変わることはなくて、敬吾は体をきつく強張らせていた。 「あ……」 無意識のうちに後孔をきつく締め付け、その拍子に背後の啓輔も体を震わせたのが判った。そして中に迸る啓輔のモノも。 「……緑山……さん……」 小さな声が、傍らに伏してきた啓輔の口から漏れた。 気怠げに顔を横に向ければ至近距離に啓輔がきつく眉を寄せているのが目に入って、敬吾の胸を締め付ける。 その目尻から流れた涙の痕が、啓輔が辛そうに見えたのだ。 達った後だというのに、その表情には悦びなど無い。ただ、苦しげで荒い息が繰り返されている。 今の敬吾にとって、こんな目にあっても頭の中にあるのは、啓輔が傷ついていないかという心配だけだった。 |