薊の刺と鬼の涙 (10)



 体が沸騰しているかのように熱くて、何かが肌に触れる度に弾けそうになる。
 びくりと震える体がそれでも柔らかく包み込まれ、敬吾はほっと息を吐いた。なのに、すぐさま疼いて刺激を欲する体がもっと触れて欲しいと願う。
 だから、敬吾は肌に触れるそれを逃さないように両手を伸ばしていた。
「……もっと……」
 朦朧とした意識下で、喘ぐように請う。
 触れてくれるそれは少し冷たくて、体に籠もる熱をなんとかしてくれそうだった。
「……凄いね」
 そんな言葉が聞こえて、誰だろう……と閉じていた瞼を開ける。
「な……に……?」
「君は薬がよく効くんだね。こんなに乱れた子を見たのは初めてだよ」
「く……すり?」
 言っていることは判るのだが、何故そんなことを言うのかが判らない。
 それよりも、飢えて切なく震える体を何とかして欲しかった。
 もっと……もっと……。
 敬吾は、堪らずに相手に縋り付く。
「もっと……」
 首に抱きつき、相手の耳元で囁き、背に回した指先で、そっと相手の肌をなぞっていく。
「んっ……悪い子だ……」
 その言葉に自然に笑みが浮かんで、下から相手を見上げていた。
 それはいつもしている行為だと、判ってはいるのだけど。
「ふむ……もしかして?」
 相手が唇に触れるだけのキスをしてきた。だが、それだけでは物足りない。
 敬吾は離れていこうとする相手を抱き寄せるように腕に力を込めていた。
「ね……もっと……」
 こんな軽いキスじゃ、もの足りない。もっともっとして欲しいよ……。
 ゆきと……。
 いつも敬吾を快感で屈服させて、なおも煽る穂波が今日は大人しいと、敬吾は堪らずに首を振っていた。
 もっとして欲しいから、と自らその首筋に舌を這わせる。
「なるほど……恋人と勘違いしているようだな」
 妙に落ち着いた声に、おかしい?とは思うのだが、途端に触れられた股間の雄から吐き出したいほどの欲求が湧き起こって、何もかもが頭から飛んでいってしまう。
「んああっ……ああ……幸人……っ」
「ふ〜ん、ゆきと……ね」
 ふと止まった手に、腰をすり寄せる。そんな敬吾を見下ろす槻山の口の端が微かに上がったことにも気付かない。
 ただ、快感だけを欲して。そして、いつものように相手を達かせることに集中する。
 穂波を達かせてあげたいと切に願って──疼いて仕方がない体を達かせたいと願って。
「……達きたいのかい?」
 それにこくりと頷いて。
 いつものように穂波に貫かれたいと願って、彼を受け入れやすいように体を開く。
「なんか……変だから……もう……熱くて……」
「そうだろうね」
 くすくすと笑い声が降ってくるのがなんだか悔しいと思うのだが、それでも今は挿れて欲しいから、深くは考えない。
 本当は今日はなんだか変だな……とは思っていたのだが、それも穂波が何か仕掛けたのだろうと思ってしまう。
 ああ……薬とか言っていた……。
 そろそろバイブも飽きてきたようなことをいっていたから……。
 だから……。
 でも……。
 いつ……使われたんだろう?
 ふと浮かんだ疑問に、敬吾は虚ろな視線を周囲に彷徨わせた。
 どことなく見覚えのない部屋のような気がした。
 だが、いつここに来たのかよく思い出せない。
「……こ……こ……は?」
 伸ばした手が触れていた肌が、僅かに震えた。
 それを不思議に思って、その腕の先を見上げる。
「あれ……?」
 何故だかものすごい違和感を感じた。
 そこにいるのは穂波だと思っていた敬吾にとって、どうしても馴染みのない体つきがそこにいるという存在。
 これは……誰だ?
 途端に朦朧としていた意識に、冷たい風が走り抜ける。
 その僅かな同様に槻山も気付いて、くすっと楽しげに喉を鳴らした。
「素直にしてくれるのも嬉しいけれど……少しは、今の自分を自覚して欲しいよね」
 そんな物言いは……どこか穂波に通じるところはあったが……だが、どう聞いてもそれは穂波の声でなくて。
「あ……な…んで……?」
「なんだっていいさ。それより、楽しもう」
「あっ!!」
 その時、敬吾ははっきりと思い出した。
 今ここにいるのは穂波ではない。
 そして、ベッドとおぼしき場所で組み伏せられて、足を抱えられたこの体勢は……。
「や、止めろっ!!」
「何を言っているんだい?さっきまで、もっとって喘いでいたくせに」
 嗤いながら、だが、その押さえつける手は緩まない。
 敬吾も、思った以上に四肢に力が入らなくて、槻山をはねのけられなかった。しかも、肌は槻山が押さえつけるために触れただけで、甘く疼くのだ。
 それはさきほど後孔に入れられた薬のせいだと気が付いて、敬吾は唇を噛みしめた。こんなにも薬に酔うとは思ってもいなかったのだ。
 今の今まで、ここにいるのが穂波だと思っていたほどに、敬吾の記憶はかなり混乱していた。それこそ、いつ縛られていた紐を解かれたのかも記憶にない。今とて、事態を深く考えようとすると、体を駆けめぐる快感に邪魔されて、全く整理がつかなった。油断すると、快感の渦に巻き込まれそうになる。
 それこそ……先ほどまでのように。
 だが。
「離せっ!!」
 最後の力を振り絞って、敬吾は槻山を押しのけようとした。ついでに足を蹴り上げようとするが。
「やっぱりこの方が楽しいねえ」
「ひあっ!」
 難なく敬吾の攻撃をやり過ごした槻山の手が敬吾の股間を撫で上げた。
 たったそれだけで、意識が強い欲望に引きずられていく。
 もっとして欲しいと、体が勝手に動くほどで、それを押さえることもできない。
「さて……」
 ぐっと足を高く掲げられ、太股の内側に重みが加わってきた。その行為の意味することが咄嗟に脳裏に浮かぶ。途端に、さあっと全身から血の気が引いた。
 しかも後孔に確かに感じる異物の存在に気付いて、びくりと何もかもが硬直して。
「んああっ……」
 ずぶずぶと広げながら入るその感触に、あらん限りの声で叫んでいた。
 はるか昔に感じた恐怖が、全身をがんじがらめに縛り付けていく。その中を、槻山の逸物がさらに奥を目指して入っているのだ。
 途端に、全身を使って槻山を押しのけようとした。
「いやあっっ……!」
 掠れかけた悲鳴が漏れる。
 と。
『ちくしょっおおお!!やめろおおおおっ!!』
 それは啓輔の声だった。途端にぼやけていた意識がはっきりとする。
「あ……隅埜君……」
 槻山に貫かれながら、敬吾はそれでも声のした方へと視線を向けた。そこには一枚のドアがあって、敬吾の頭の中に、部屋の構造が浮かび上がる。
「おやおや……すっかり正気に戻っちゃって……。彼のことがそんなに気になるのかい?」
「んっくっ……」
 ぐりぐりと嫌みのように奥深くを抉られ、息を詰まらせる。それでも片目を細めて睨み付けるようにしてこくこくと頷いた。
 一人で向こうの部屋にいるのだろうか?
 薬はどうなったのだろうか?
 疼く体はもうどうしようもなく力が入らなく、それでも啓輔がそこにいるという事実が、敬吾の正気を維持し続けさせていた。
 啓輔があんな悲痛な声を上げるのは、初めて聞いたから。
「う〜ん……君は薬が一気にきいたと思ったら醒めるのも早かったねえ」
「はな……れろ…………んくっ……う……」
 苦笑混じりの言葉に、視線を移して、自分の体位も再確認してしまう。
 穂波でない男に貫かれている己が情けなくて、悔しい。薬ごときで理性を失っていたという事実が悔しくて堪らない。
 それでもこれ以上淫らな声を発したくなくて、必死で押さえた。
 その間、啓輔がどんなに辛い思いをしていたかと思うと、いかに体が快感を求めていたとしても、もうそれに狂いたくはなかったからだ。
「しょうがないね」
 ふと、槻山の動きが止まった。
 堪える快感に潤んだ視界で槻山が、肩を竦めている様子が写っている。
 何だ?
「んくっ!」
 浮かんだ疑問とほぼ同時に、後孔からずぼりと槻山の逸物が抜かれて、その感触にぞわりと鳥肌が立った。
「あの子も連れてくるからね。三人で楽しもう」
「えっ!!」
 驚愕の声を発するまもなく槻山がドアへと向かう。
 その動きは、無駄のない体つきに似合ってひどくスムーズであっという間にドアの向こうへと消えていく。その素早さに、敬吾は拒否の言葉を発する暇すらなかった。


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