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薊の刺と鬼の涙 (8) |
「大丈夫?」 言っても詮ないことだと思っていたが、それでも問いかけた。 「まだ……俺はだいじょーぶだけどさ……」 啓輔の目が槻山の手に握られたコントローラーに向けられていることに気付く。 あれを動かされたら……。 「何?動かして欲しい?」 槻山が手の平でそれを転がして、敬吾は慌てて大きく首を振った。 バイブを使うことは初めてでない。穂波の性癖は男相手とはいえ、ノーマルな方だと公言して憚らないのだが、何故かその手のものが部屋には幾つもある。それを敬吾に使ったことも一度や二度ではなかった。だからこそ、使われることに恐怖を覚えた。それは、自分がどんな痴態を表してしまうか、知っているからだ。 その機械的な微妙な振動が、何故か体を狂わせる。 その様子を、穂波以外の誰にも見られたくなかった。 「ふ〜ん……。嫌い?」 「……好きじゃない……」 嫌いといえば悦んでされそうで、だからといって好きだと言えるものではない。言い淀んで出た言葉は結局そんなものしか返せなかった。 道具で強引に快感を呼び起こさせられるのは好きじゃない。拭いきれない異物感は、温もりを持たないせいだろうか? どんなに快感に晒されようとも、どうしても好きになれない行為を思い出して、身震いする。 なのに……。 「面白いんだけどなあ。これなんか、こっちは前後に揺れて、このスイッチで円運動して」 楽しそうな解説を聞く気にもなれなくて、どうにかして逃げ出す方法がないかと辺りを見渡した。だが、前をはだけられた状態でソファに縛り付けられて──どう足掻いたって逃げられるものではない。どんなシミュレーションを考えても、結局は逃げられないという結論に到ってしまう。 せめて、電話することができれば……。 持っていた手荷物は買い物袋とともに、入り口近くの床に転がっていた。 あの中にある携帯だったらワンボタンで穂波の携帯へと繋がる。だが、それは今の敬吾達にとって遙か彼方と言っていいほど遠い存在だった。 どうしよう……。 俯いて下唇を噛みしめる。 このままでは最悪の事態に二人とも陥ってしまう。 あの飲まされた薬がどんなことを敬吾達に及ぼす……のか……っ! 「ひっ!」 突然の細かな振動にびくんと体が仰け反った。 「あっ……やめっ!!…止めろっ!」 ぞわぞわと湧き起こる疼きをもたらすのは、いきなり動き出した後孔の物。 「せっかく私が説明しているのに、上の空なんて失礼だろ?」 槻山の手の平にあるコントローラーが、指先で器用に動かされる。 「ひやあっ!」 さっきよりさらに激しくなった振動が、体内の奥深く直接震わせる。 しばらく放置されていたせいでその形に馴染んでいた内壁がいきなり揺り動かされ、その振動が直接前立腺に伝わって、敬吾に激しい快感をもたらしていた。それはやはり覚えがある快感で、敬吾はいやいやするように首を振り続けた。 「止めっ──いやあっ!」 じたばたと動かない体を捩ってそれから逃れようとする。だが、縛られて身動きもままならないうえに、体内で暴れるそれは排泄することができなかった。出そうと力を込めれば、より激しくその振動を感じてしまうのだ。 「緑山さんっ!!てめっ、それを止めろっ!!」 啓輔の必死の怒声も聞こえているというのに。彼の前で痴態を晒しているというのに止められない。 「あっ──ああっ……」 こんな声を出したくないっ! そんな思考は押し寄せる快感の波に一瞬にして霧散する。 穂波によってさんざん鳴らされた体は、貪欲に快感を拾い上げ、敬吾を快感の虜にする。 が。 「あっ……」 突然、振動が止まって、緊張に強張っていた体は一気に弛緩した。 だが快感に打ち震えていた体はすぐにはその余韻を消すことはできない。しかも与えられた快感をさらに欲して、肉壁がバイブに絡みつこうとする。それは敬吾の意志に逆らうものであったが、止めることなどできなかった。 「はあ……はあ……」 叫び続けた嬌声に呼吸すらうまくできていなくて、敬吾は息苦しさに喘ぐ。 「気持ちいいだろ?後でもっとあげるからね。だけど、今は駄目」 にっこりと笑いながら槻山が敬吾の頬に流れていた涙を舐め上げた。 「ん……」 それだけで身震いするほどに体が疼く。 ほんの僅かの間に体が自分の物でなくなったような気がした。 「気持ちよかったんだねえ……。好きじゃないっていってたけど、とっても嬉しそうだったよ。……もしかして君って天の邪鬼なのかな?」 槻山の視線が、敬吾の股間で切なく揺れる雄に向けられていた。 「こんなに……うれし涙を出して……」 「さ……わるな……んくっ」 「うん。君はやっぱり天の邪鬼だ。ほら、私に触られてこんなに悦んでるよ」 先端をぎゅっと絞られて、先走りの液が割れ目から溢れだした。 それを指先でなすりつけられる。 それだけなのに。 なのに、体は悦んでいて、もっとして欲しいと願って。 「可愛いね、君は」 「んあっ」 槻山の先端への口づけに、全身が震えた。 さっきから触られるところすべてが熱くてとろけそうな感じがしていた。するっと肌の上をなぞられて、電流のような快感が脳髄まで伝わる。それはどこを触られても一緒。どこもかしこも疼いて堪らない。 「やあっ……」 体が全部むき出しの神経になってしまったように、何もかもが快感に変化する。 体が熱くて、さつきから胸が早鐘のように鳴り響いていた。槻山の手の動きが気になっているのに、触れられた途端に固く目を瞑った。 触って欲しくて、身を投げ出したいのに、縛られて思うように動けない。 「ふふ。薬が効いてきたね。直腸は吸収が早い上にバイブでかき回されたからかな?それとも、もともと君はこんなにも淫乱だったのかな?──ま、今となってはどうでもいいけどね」 敬吾を見下ろす槻山の姿が、ぼんやりとしか見えない。 逃げなければ、と思う心はまだあるのに、それより先に快感を与えて欲しいと願う心もある。 「気に入ったよ。こんな快感に従順な君なら攻めがいがあろうというものだ」 敏感だと、穂波にいつも言われていて、だか、そんなはずはないといつも笑って返していたけれど。 今のこの状態では素直に頷けてしまう。 何より、そんなことはもうどうでもいい、と思う。 今は体の芯から疼くこれを何とかして欲しかった。 だが。 脳裏に穂波の姿が浮かぶ。 その穂波は、目をつり上げて敬吾に対して怒鳴っていた。 『しっかりしろっ!!それでも緑山敬吾かっ!!』 そんな言葉も聞こえて、その瞬間は敬吾も駄目だっと今の事態の最悪さを思い出す。 だが。 「ほら、もっと可愛い声を出してごらん」 「んああぁっ」 再び動き出したバイブに、一気に快感の渦に引き込まれる。 薬は敬吾の体をさらに敏感にし、そして快感に敏感な体は、簡単に敬吾から反抗心を奪い去っていた。 「緑山さんっ!!しっかりしろっ!!こらあっ、槻山っ!止めろって言ってんのがわかんねーのかっ!」 啓輔は明らかに反応の変わった敬吾に焦っていた。 槻山に浴びせる罵声にすら、敬吾の反応はない。 「……煩いねえ、そんなにきゃんきゃん騒がなくても君にも後でたっぷりしてあげるから。そのうち、君も薬が効きだすからね。楽しみに待っていてよ」 「てめっ……一体どんな薬なんだ、それはっ!」 どんなに啓輔が怒鳴っても槻山は動じない。 それどころかさらに楽しそうになるのだ。 「とっても体を敏感にしていい気持ちになれる薬だよ。これを使うととにかく気持ちいいことをして欲しくて堪らなくなるんだ。どっちかというと変に道徳心とか理性が強い相手に使う薬なんだけど、彼にはきつすぎたかな?」 「きつすぎるって……」 「達くだけで意識を朦朧とさせている……」 「そんな薬を俺達にっ!!」 そんな会話も敬吾の耳には入っていた。 今の状態も薬がもたらしたものだとは判ったけれど、それでどうしろというものではなかった。ただ今は、どうしようもなく快感だけを欲する体をどうにかして欲しい。 どんなに啓輔が敬吾のために怒っているのだと言うことも判ってはいるのだが。 「んああっ……止め……て……いやあ……」 言葉とは裏腹に体は貪欲に快感を貪っていて。 「くふぅっ!」 ぶるりっと大きく体が震えた途端、敬吾はむき出しの下腹に白い液を散らせていた。 |