薊の刺と鬼の涙 (7)


 男が手にし小瓶から、一粒の錠剤を取り出した。
 見たところ何の変哲もない錠剤だったが、この場で取り出すのだからただの薬ということはないだろう。
 いろいろとおもちゃで遊ぼうとする穂波ではあったが、その手の物は今まで使われたことはなかった。だが、そういうものがあるという事くらいは敬吾は知っていた。それは啓輔も同じなのか、槻山の動きから目が離れない。
 その槻山がそして机上にあったペットボトルを手にとって二人へと向き直った。
「……ああ、心配入らないよ。どこでも手に入る合法ドラッグだから」
 二人の視線に気が付いて、何でもないように言う槻山が、啓輔へと近づく。
「合法だろうか、非合法だろうが、そんなものいらねーよっ!!」
「だって、このままだと君たちが楽しんでくれそうにないしね」
 心底イヤそうに顔を背けるその仕草すら、槻山を煽るのか先ほどよりもその目が欲情に満ちているような気がした。
 ヤバイ……。
 ぞくりと今度ははっきりと悪寒が背筋を走る。
 金を使って男を捕まえてこい、と他人に命令する時点でこの男の非常識さには気付いていたが、それでも物腰の柔らかさに惑わされていたらしい。
 だが、はっきり言ってこの男はヤバイ。
「止めろっ!!」
「隅埜君から離れろっ!」
 今まで以上に暴れる啓輔に同調して、敬吾も必死で体を捩る。その振動で少しだけ啓輔に近寄れるが、それでもその縮まった距離は微々たる物だった。
「まあ、待っていたまえ。すぐに君にもあげるから」
 振り向く顔に浮かぶのは柔和そのものの笑みなのに、威圧感だけはそれ以上で敬吾の言葉が詰まる。
「大丈夫だって。ちょっと気持ちよくなるだけだから」
「い、イヤだっ!やめっ……」
「隅埜くんっ」
 槻山の指が制止しようとする啓輔の歯列の間に差し込まれた。いきなり奥深くを突かれて、吐き気を覚えた啓輔にもう一方の手が薬を摘んで押し入る。
「んげっ、ふあっ」
「はき出せっ!」
 啓輔が慌てて舌で押し出そうとする様子が敬吾からも見て取れた。だが、指で奥深くまで押し込まれ、しかも別の指が舌の動きを邪魔しているのか、それは一向にうまくいなくて。
「大人しく飲みなさい」
 その口にペットボトルが差し込まれ、鼻を摘まれて、勢いよく中の液体が啓輔の口へと注ぎ込まれる。
「んぐっ…がっ」
「駄目だ、飲んじゃっ!!」
 悲鳴も似た声が敬吾から吐き出された。
 堪えられなくてごくりと動く喉から目が離せない。
 しばらくして啓輔からペットボトルが外された。途端に激しく咳き込む啓輔の口からは、もう錠剤は出てこない。
「隅埜君……」
 呆然と呼びかければ、涙目の啓輔が自嘲めいた笑みを浮かべて顔を上げた。
「……飲んじまった…げほっ」
 その直後にまた咳き込む。
 一体それがどんな効果をもたらすのか……。どのくらいすれば効き目はでてくるのか?
 たがこの男が使うものだ。まともなものであるわけがない。
「じゃ、次は君ね。飲ませてあげようか?それとも自分で飲む?」
 そんな問いかけに答えることはできない。
 究極の二択とはこういうことを言うのかと、敬吾は目の前に差し出された錠剤を睨んでいた。
「う〜ん……じゃあ、飲ませてあげようか」
 仕方ないというニュアンスではあったが、槻山の表情は喜色満面というのが一番相応しい。
 ペットボルトの中身は水だったらしく、残っていた僅かの中身に水道の水を足していた。
「あ、水はちゃんとアルカリイオン整水器通しているからね。美味しいよ」
 などといううんちくは敬吾の耳には入っていなくて、今や十分凶器といえるその水を睨み付け、薬を入れられないようにきっと歯を食いしばって唇を引き結んでいた。
「う〜ん、君は難しそうだね」
 困ったように手の中で薬を弄ぶ。その後に悲痛な顔をして敬吾を見ている啓輔がいた。
「でもま、口を開く方法なんていくらでもあるけど」
 くすりと笑う槻山は余裕しゃくしゃくのようで、ことりと応接セットのテーブルにペットボトルを置いた。だが、薬はまだその手の中だ。
「素直に飲んだ方が身のためだよ」
 言われても素直に飲んだらどうなるか、の方が恐ろしくて、敬吾は口を噤んだまま首を振っていた。それすらも槻山は笑う。
「たいしたものだ」
 きっとそんな態度すら、槻山を煽るのだとは思うのだが、かと言って素直になれるものではなかった。
 その槻山の手が、シャツのボタンを外すのをじっと見つめることしかできない。後ろ手に縛られた手は、無理に動いていたせいでひりひりとした痛みが走っていた。
「ふ〜ん、君の方が彼より凄いね。なるほど……」
 はだけられた胸に触られ、朱色の印を指がなぞる。ぞわりとした悪寒に肌が総毛立っていた。
 ゆっくりと辿るように動くその指を制止したいが肝心の言葉は発することができない。せいぜい歯を食いしばったまま、唸ることしかできなくて、結局槻山のなすがままになってしまう。
「ほら、ここにも……。いいねえ、相手がいるって事は、いつだってこうやって楽しむことができるんだ……」
「だったら、金で何か無理矢理買わなくったって、さっさと見つければいいんだっ!」
 羨ましがられても自分たちにはいい迷惑で、啓輔が苛立ち紛れに毒づいていた。それは、敬吾とて同様だ。ただ、口を開くわけにはいかなくて、視線で槻山を責める。
「……う〜ん、今までなかなか良い子がいなかったんだよ。都会ならいざ知らず、こんな田舎ではねえ。それに、金目当ての子は、イヤだし。どう、君たち私に鞍替えしないかい?」
「けっ、冗談っ」
 それに敬吾もこくこくと頷く。
 啓輔が、女は駄目だという話は敬吾は初めて聞いたが、彼が家城以外にはっきりと欲情するのは確かに敬吾だけなのだ、という妙な自覚はあった。後は、普通の男が女に抱くような、好みの男に対する欲情はあるようだが、だが驚くべき事に、そういう時彼は明らかにタチとして、抱きたいと思っていのが判ってしまう。それは敬吾に対してもそうであって、最初家城と付き合っている事に違和感すら覚えた。そんな啓輔だから、彼にとって抱かれたい相手は家城ただ一人なのだと敬吾は思っていて、だったら、槻山の提案に啓輔が乗るわけもない。
 それは敬吾とてそうで、男に抱かれたいと思うのは後にも先にも穂波ただ一人だ。
「それは残念」
 ちっとも残念そうにない声が肌の上で響く。手が幾度も穂波がつけた痕を辿っていた。よくよく見ればそれらは全て敬吾の感じる場所にある。
 ……ゆきと…さん……あんたのせいだよ、どうしてくれるっ。
 イヤでもじわじわと湧き起こる快感に気が付いて、意識をそらせようと目立つ印をつけてくれた男を毒づく。それでも、自ら巧いと言った言葉に嘘はなく、絶妙な強弱でもたらされる刺激に食いしばった歯の間から喘ぐような吐息が漏れ始めていた。
「君も結構敏感だ。まあ、昨夜したばかりのようだから、体が快感を覚えているんだろうけどね」
 何もかも見透かされている事が、敬吾の羞恥を煽る。それに加えてなすがままというプライドを突き崩す行為に怒りを覚えて、今や敬吾の肌は淡いピンクに染まっていた。それがどんなに扇情的なことか、当の本人は意識をそらせることに必死で気付かない。
 だが、それは確実に槻山を煽って、その手が性急に敬吾の雄をズボンの上からまさぐり始めた。
「くうっ」
 びくりと予期せぬ震えが敬吾の体に走る。
 相手が穂波でないから、いつもよりは感じ方が遅いのだが、それでもそこに触られれば意識が快感へと向いてしまっていた。
 イヤだ、と何度も心で叫ぶ。
 なのに、体は確実に高ぶっていて股間はジーンズの硬い生地に苦しさすら感じていた。それが敬吾が感じていることを自身に強く知らしめて、自身の我慢のなさに衝撃を受けてしまう。
 こうも簡単に煽られるというのか?
 男の性欲がひどく恨めしく、そして嫌気がさしてくる。
 時折強く握られ、そして柔らかく撫で上げられる。それが直でないことに感謝するほどに、その動きは巧みで、敬吾を追い上げていた。
「んくっ……」
 必死で噛みしめていた歯が、何かの拍子に緩みそうになって、敬吾は必死で意識を集中した。
 薬なんて飲みたくなかった。
「……強情だね……。でもこの分だと飲まなくても楽しめそうだ。こんなに張りつめて──苦しそうだから、一回出してあげようか?」
 窺うように乞われて、慌てて首を大きく振った。
 この男の手でイカされるなんてまっぴらごめんだった。
 だが。
「遠慮しないで」
 嬉々として槻山の手がジーンズの前を開けていく。そこはすっかり突っ張っていて、ファスナーが全開すると、苦しそうにおさめれていた中の物が勢いよく飛び出してきた。
「んっ」
 それだけで、痺れるような快感が敬吾を襲う。
「ん、いい色してるね。好みだよ」
 揶揄としか思えない言葉にかっと血が上る。だが。
「んうっ!」
 叫びそうになるのを必死で堪えた。
 ぞくぞくとじっとしていることが苦痛になるような、そんな疼きが背筋から脳へとはい上がっていく。
 敬吾の雄は、今や槻山の口内に含まれていた。
 その生暖かい感触に、煽られ続けていた股間が早々に悲鳴を上げそうになる。しかも、舌が巧みに絡みつき、這い上がるように括れまでを刺激する。それは確かに巧いと豪語するだけのものであって、敬吾は必死で別のことで意識を反らせようとした。だが、それも敵わない。
 外したはずの意識が、すぐさま快感へと引き戻され、敬吾はただ喘ぐような呼吸を繰り返してその瞬間を必死で先延ばししていた。
 それほどまでに槻山の舌技は巧みで、翻弄される。
 しかも手が敬吾の腰から背へと回され、抱きしめるように力を込められる。そのせいで、敬吾のものは喉の奥まで銜えられていた。さすがに穂波でもそこまではしなかったその喉の奥の感触に、射精感は限界まできている。その上、手の平がさわさわと背筋を這い上がるのだ。
「んっ……くうっ……」
 無理矢理我慢させられることは多々あったが、自身でここまで我慢する事はあまり無い。
 一度高ぶった体を快感から逃すことはもう敬吾には不可能だった。
 イキたいと何度も体が欲して、それに心が追従しそうになる。
 だが、その度に穂波の顔が脳裏に浮かんだ。
 いつでも愛してくれると言った穂波を裏切りたくなかった。
 だから、必死で堪える。
 だが、そんな敬吾の必死の努力をあざ笑うように笑みを浮かべた槻山がその手を背から下へと動かした。尾てい骨のくぼみから割れ目に沿って指がねじ込まれていく。
「んあっ」
「緑山さんっ!」
 敬吾の体がびくりと跳ねた。指が後孔を押し上げたのだ。
 その明らかに今までと違う動きに、啓輔が決して漏らすまいとしていた名を呼んでしまう。
「ふ〜ん、ミドリヤマ……ね。で、名前は」
 その瞬間だけ口が離れる。
「あっ……」
「ふふ、誘っているね」
「ち、ちがっ……ひぃっ」
 温もりが離れた瞬間、敬吾は堪らずに腰を動かしてしまったのだ。覚えず浮いた腰に槻山が揶揄する。それを否定しようとした瞬間、後孔に何かを差し込まれた。
 仰け反る体がソファに強く押しつけられる。
「緑山さんっ!!てめー、何をっ!!」
 啓輔の罵倒など意にも介さず、槻山の指が奥へと侵入する。濡れてもいないそれは、まだ指一本と言うこともあって痛みはない。だが、敬吾は入ってきたのが指だけでないと気付いていた。
「まさ……か……」
 声が震えて、瞳に怯えが走る。
「だって、素直に飲んでくれないからね」
 途端に、違和感の正体に気が付いた。
「やっ!抜いてくれっ!!」
 まだ体内に入っている指を排泄しようと力を込める。だが、しっかりと差し込まれたそれは、敬吾の意志では抜けてくれるものではなかった。
「駄目だよ。そうだね〜、30分くらいはこのままでいたい……ところだけど……」
「うくっ……あっん……」
 指先が体内の敏感な部分をなぞる。それはもどかしいような疼きを敬吾に与えた。
「いい顔で鳴くね……。楽しみだよ……」
「やあっ!抜けよっ!!」
「う〜ん、確かに30分入れっぱなしなんて無理だし……どうしようかなあ〜」
 必死の抵抗を見せる敬吾を押さえつけ、どうしようかと思案する槻山はまるで子供が悪戯を考えているように楽しげで。
「ああ、そうだ。これがいい」
 腰を槻山の片手で抱かれたままだったが、それでもずるっと抜けた指にほっとしたのも束の間、薬を排泄する間もなく槻山の手が再び後孔へと伸ばされた。
 しかも今度は指とは明らかに違う何か硬質なものがそこに当たる。
「な、何っ!」
 慌てて逃れようと身を捩るが、それも敵わずそれが後孔へと差し込まれた。
「んあっ……何を……」
 指より少し太いのか、今度は引きつるような痛みが伴っていた。
「バイブだけど?」
 くすりと笑うその手にはコントローラーがあってコードが垂れ下がっていた。その行き先は敬吾の背後。
「なっ!」
 いつの間にそんなものを用意したのかと目を見張れば、槻山は面白そうにスーツのポケットから複数の小さめのバイブを取り出した。
「後でいろいろと試してあげるから。大きいのがよければ、向こうの部屋にはいろいろあるよ」
「じょ、冗談……」
 震える声に槻山が嬉しそうに微笑む。それは明らかに敬吾の動揺を楽しんでいるもので。
「変態……」
「光栄だね」
 その手が体を押さえるように肩に置かれる。
 その体重に完全に椅子に沈み込んだ敬吾の尻とソファには隙間がなくいくら下腹部に力をこめても、それは出て行こうとしなかった。
「ちくしょー……」
 押し込まれた薬が溶けてしまったら……。
 そう考えると何とかしようと焦りばかりは生まれるのだが、しっかりと押さえられた体はとにかく言うことをきかなかった。
「……緑山さん……」
 呼ぶ声がして異物感に顰めた顔を向けると、啓輔が酷く辛そうに顔を顰めていた。

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