『最初の』Sold Out

『最初の』Sold Out

 拉致、監禁、調教、淫乱化



 出品者が一品ものの商品を販売するサイトで、Sold Outの文字が躍っていた。
 いくつかのサムネイルのうちの一枚だったが、商品が売れた訳では無い。
 売れたのは使用権1回分だ。しかも、他とは段違いに高い価格設定がされた『最初の』が付いている。
 このサイトでは、あるカテゴリでは使用権のみの販売も認められていたのだ。


 山と一級河川に挟まれた一車線しか無いその道は、間にあった古い集落が廃れてからは車通りが少なくなり、今では両端から伸びた雑木のせいでさらに狭くなっていた。
 その道は、ところどころに対向するための待避所があるけれど、そこで待つことはほとんど無い。
 もとよりその河川の反対側に新しく広い道が整備されてからは、よほどのことが無い限り通る必要も無いところだった。
 物好きか、ホンの僅かなショートカットを狙うかぐらいの道でしかなく、しかも、山際に群生する竹が車を打つほどに覆い、河川側の法面から伸びた木々がそんな道があることすら判らぬほどに生い茂っているせいで道自体知らぬ者も多い。
 そんな道の緩やかなカーブの山際にかなり広めの待避所があって、そこに一台の車高の高い四駆車が停まっていた。
 その車がそこに辿り着いたのは、日が暮れ始めた頃だったけれど。
 すでに周囲が闇に沈んでも、そのままだった。
 夜遅くなってからは、山際に添うように停車した灯火をつけない車など、走る車から気付くはずもなく、通り過ぎてから、あんなところに車が? と、浮かんだ疑問は、けれど一瞬で立ち消えたことだろう。
 誰も戻ってくることなどなく、まして、それが不自然に揺れていることに気付いた者すらなく。
「あっ、いっ……あぁっ!!」
 全開になった窓から漏れる艶めかしい喘ぎ声を聞き咎めた者も誰もいない。

 そんな7人乗りの車の中央のシートが倒されて後部座席までフルフラットになったシートの上に、高橋俊介は全裸で押しつけられていた。
 仰向けに悲痛な顔で身悶える俊介の割り開いた股間に入り込み、筋肉質の逞しい体躯の男がずいぶんと楽しそうに腰を振り続けている。
 ご馳走を目の前にした肉食獣が垂れた涎を舐めとるように、舌が厚い唇を舐め、啜る様は、見る者がいれば貪られる恐怖に背筋を凍らせるか、それとも官能的な仕草に身を震わせるかどちらかだろう。
 前者である俊介にしてみれば、男が見せる全てが恐怖でしかない。
 ヒイヒイと上げる悲鳴が掠れているのは、最初に叫びすぎたせいだ。
 一糸纏わぬ姿の俊介とは裏腹に、男はカジュアルなシャツに綿パンを着込んだままで、圧倒的な質量を持つ体躯は見て取れないけれど、それでものし掛かる重さとその隠しきれない身体の厚みで容易に知ることができた。
 唯一衣服から取り出されたペニスは、最初にわざとらしく見せつけられたせいで俊介自身のものよりも一回りは太く長いことを知っている。
 しかもエラが張ったそれはどす黒い色をしていて、俊介のものとはまるで違う器官のようにすら見えたのだ。
 見せられた途端、激しい恐怖に襲われた俊介ではあったけれど、逃げることなどできずにそれで貫かれ。
 絶叫を上げて無茶苦茶に暴れ回った。
 だが男は俊介の抵抗を鼻で笑い、腕を捻って押さえつけ、同様に玉をも握りこんで。
 男の急所を掴まれてはたまらずに動きを封じられ、捻じ込まれたグロテスクなペニスを止めることもできなくて。
 新たな悲鳴を嗤いながら男は遠慮呵責なく痛みに硬くなって震える身体を貪り、絶望に涙する事しかできない俊介にその汚濁を嬉々として注ぎ込んだのだ。
 それからずっと。
 いくら懇願しても止めて貰えないままに、口から零れる言葉の意味すら理解ができなくなっていて。
「も、もっ、ぅっ、むりぃぃっ、やぁぁぁっ、あっ、あっ!」
 パンと弾んだ音に堪らず仰け反らせた喉から、たっぷりと注がれた特製媚薬だという薬のせいか、外まで響いたのはどこか甘く淫らな嬌声でしかない。
 俊介とて成人男子であって華奢とはいえない体つきではあるけれど、それでも男に比べればスリムだ。その身体が闇夜に薄ボンヤリと浮かび上がり、絶え入るように蠢き、強張った指が宙を掻く。
 何一つ身に纏っていない肌は汗でしとどに濡れていたけれど、左右の開け放たれた窓から入る心地よい風を受けてなお、それが乾くことはなかった。
「もっと拡げろ」
「ひっ、痛っ!」
 低いドスの効いた声音で男が言い、その手が力無く投げ出されていた足首を掴み限界まで股関節を開かされる。
 ぎしり、と、関節が不気味に軋み、無意識のうちにイヤイヤと首を振って、浮かべた涙を振りまいた。
「む、むりぃ、……ぃぁ」
 柔軟体操などここ数年やっていない万年運動不足の身体は、固い。
 男が望む無理な姿勢に、麻痺していたかと思った身体に新たな疼痛が加わり、朦朧としていた意識が引きずり戻される。
「無理でも、俺がやれといったら、やれ」
「──っ、ぎっ!!」
 広がった分、男の逸物がさらにずぶりと奥へと届く。
 そのままずるりと引きずり出されて、また抉るように押し込められて。
 パンパンと甲高い音を肌が立てる度に、身体が骨の無い人形のように跳ね回る。
「──っ、あっ、ぁーっ、ひぃっ」
 たまらずに男の腕に縋りついて、止めて欲しいとばかりにひっかく爪は肌を傷つける力すら無くし、掴まれた足首を振り解く力も無い。
 ただ、衝撃の度に見開いた瞳から流れる涙と、ひっきりなしに喉から迸る悲鳴だけが、俊介にとっての意思表示となっていたけれど。
 けれど、涙はシートに垂れて溜まるだけ。
 響いた悲鳴は、そのまま外の風景の中に吸い込まれるように消えていくだけだった。

 時間が経つうちに、己の反応が変わっていくのが俊介自身気がついていた。
 身体の奥の傍若無人に暴れる塊が、熱い、と、意識が認識したのはいつだったろう。
 固く閉じていた場所が痛いと認識していたことすら曖昧な俊介にとって、全身にのしかかる重さすら、まるで人ごとのように感じていた。
 ただ、判るのは、己の下腹の奥深くまでを押し広げているのは、熱くて、太くて、汚らしい塊だということだ。
 それが、奥深くを蹂躙しては、ずるりと怖気を残して引き出され、また抉るように押し込められる。
 延々と繰り返されるそれに、ぶるりと震えるより先に、喉が勝手にイヤらしくも甘い悲鳴を上げていた。
「ひっ! ゃぁ、あっんっ、んぁぁっ!!」
 もう尻穴の入り口自体は麻痺しているように、感じない。
 けれど、その分今まで認識したことになった中側が堪らなく疼く。
 奥にいたるまでの間に、身体が跳ねてしまうほどに快感を感じる場所があって、そこを抉られる度に堪らない。
 何度も絶頂を与えられ、けれど、止まらない陵辱はまだ終わらない。
 シートに押しつけられた俊介のペニスが、歓喜の涎を垂らして悲鳴を上げている。
 どろどろになったせいで滑りが良くて、ゾクゾクとした刺激が這い上がった。
 その間も、間髪を容れずに奥まで貫かれ、強制的に引きずり出された絶頂に、意識がとびかけて。
 ガクガクと痙攣した身体からピシャピシャと色の薄くなった体液が零れ、黒いシートに新たな染みを作り終える前に、またずるりと引き抜かれ、貫かれる。
「だ、めぇっ、やっ、もっ、もたなっ——あっひぃ——っ!! こ、われるぅぅっ」
 最初の拡張時の痛みなどもう皆無だ。
 ただ、男のペニスと、全身を犯す薬の影響で、俊介はただ快楽の海の中で何度も沈み、空気を求めて水面で喘いで、また引きずり込まれる。
 グチャグチャになった尻から、注がれた薬か潤滑剤か、それとも体液かも判らぬものがたらたらと流れ下肢を汚していて。這って逃げようとした身体は滑って、届いた後部座席の背もたれを掴んだ指はばたりと落ちた。
 けれど、捕まえられた身体はそのまま横になることすら許されず、今度は僅かに起こされた拍子に不意に眩む灯りが見えて。
 助けを乞うように手を伸ばしたのは無意識のうちだった。
 けれど、その指は外界を遮る固いガラスに届くことすらなく、かろうじて掴んだのは視界の大半を埋めるシートのヘッドレストだ。
 突き上げられる動きのままに仰け反って、届いた手でそれを抱え込んだとたんに。
「へぇ、もっと良いとこを擦って欲しいのか」
「んっ、あぁんんっ」
 背後から揺れる上体を膝立ちになるほどに起こされて、汗ばんだ背が乾いたシャツに押し当てられる。
 タバコの臭いがする舌が頬を這い、耳朶に触れる。濡れた熱い肉がビチャビチャと音を立てて通り過ぎ、力無く垂れたもう一方の手が、それもヘッドレストへと回された。
「あぁ、この方がちょうどいいな」
 ニヤリと、見えなくても判ってしまった男に浮かんだであろう笑みに。
「まっ、待ってぇ、やぁっ、そんなぁぁ——あああぁっ!!」
 拒絶の言葉をすべて吐き出す間も無く、パンパンと先より早くなった抽挿に息を吸い込むこともままならなくなった。
 何度も何度も、身体の中の腹の方を抉られる度に、視界が弾ける。
 シートについた膝がガクガクと揺れて、今にも崩れてしまいそうなのに、男の手がそれを許してくれない。
 ただ縋るようにヘッドレストに抱きついて、ヒイヒイと込み上げる快感に涙と涎を振りまきながらよがり狂う。
「やらしー顔を晒したらもっと締まりが良くなったなぁ、ひひっ」
 かすかに映る己の淫らに泣き濡れた顔の向こうに、ゆるいカーブの道が見えて。
 待避所に停まっているこの車に近づいてくる車は近く見え、珍しく続いた車の運転手の顔が見えていた。
 向こうからすれば、いくら中が暗いと言っても、後部の座席に後ろ向きに膝を突いて顔を覗かせている俊介の顔はライトに照らされてはっきりと見えたようで。
 驚愕の表情を浮かべて、後方へと消えていく。
「ほら、もっとアヘ顔晒してよがりなよっ」
「やっ、見なっ、でぇぇっ、ぇっ、いあ——っ、あっ、だめぇっ、あぁぁっ」
 男が言った通りの、処女をもよがり狂わせる特製媚薬を注がれたせいだと信じたい。
 こんなことをされているのに反り返ったペニスは、もう握られただけで絶頂を迎えて身悶えた。
 ただ、あられも無く叫び、よがり狂うことが止められないのだ。
 堪らずに固く瞑った瞼の裏に、さっきの車の残光が残っていて、光の洪水の中で押し出されるように息を吐き出し、制御できない嬌声を上げ続ける。
 救いなどあり得ない状況に、ただ流されるしかなかった。
「こりゃ、良い。ケツの具合もいいし、何より、犯したくなる面してるわ、いじりがいがありそうだな」
 男の満足げな声が何の意味を持つのかも分からないし、記憶にも残らない。
 どくんとひときわ大きくなった肉に伝わる刺激に、また出されたのだと、呆けた頭で考える。
 もう数度注がれたそれは、腹の中から俊介を狂わせていくようで、さながら猛毒のようだった。
 飲み込んだ時からずっとその臭いの中にいる。
「ぁ……んんっ」
 押さえつけられていた手が離されて、ずるりとシートの上へと崩れ落ちる。
 その肌が擦れる刺激にすら甘く唸る。
 ぜいぜいと荒い吐息が止まらない。
 一糸まとわぬ姿の、卑猥な身体を隠す気力も起きやしない。
 昼食後に客先へ訪問して、そのまま直帰だと、最寄りの駅へと向かおうとした時に、腹を殴られ気が付いたらこの車に連れ込まれていた。
 なぜ? 何が? 誰? どうして?
 浮かんだ疑問に答えてくれる者はなく、この状況が起きた理由など全く判らない。
 その車の暗い車内で、ぼわっと男の手元に灯りが灯っていたけれど、朦朧とした視界では男が何をしているのかも良く判らない。
「……ああ、例の奴、買うわ。……ああ、ああ、ん、言い値でOKだ……処理は? 明日? へへっ、じゃぁよろしくぅ」
 カチリと二つ折りの携帯電話が閉じた音に、視線だけが彷徨う。
 男の顔が近づいて、ようやく顔が見えたと思ったら、今度は近づきすぎてよく見えない。
「……な、に……?」
 四角くエラの張った顔で短髪。
 色黒の逞しい男——ということくらいで、名前どころかどこの誰かも判らない。
 男も嗤って応えない。
 代わりに足首を掴まれて、しとどに濡れた股間に男の手が伸ばされた。
「ひっ、ぎゃあぁぁっ!!」
 ようやく解放されたはずの場所に再び襲った激痛に、俊介の身体が跳ねた。
 ぐりぐりと捻じ込まれる異物に、開ききった口の端からだらだらと唾液が溢れ零れ落ちる。
 奥に——それは、男に押し込められていたそれよりも深く、俊介の身体を割り拓いたところでようやく止まった。
「てめぇのケツ、ちょっとキツイからな。それで緩ませとけ」
「そ、な……ぬ、抜……て……やっ、痛っ……」
 慌てて手を伸ばそうとしたけれど、その手は捕らえられ、近づいた男の声が鼓膜に響く。
「俺の許可無く抜いてみろ。すぐにでもこの俺の腕を突っ込んで、ケツ穴ぁ締まらんなるほどに掻き回してやらぁ」
 今までに無い低くドスの効いた声音に、言葉の意味が判るより先に手が止まった。
 ガクガクと歯の根が合わぬほどに恐怖に震え、コクコクと何も判らずにひたすら頷く。
「はっ、良い子にしてたら、可愛がってやるさ。俺の愛は海より広く深いからな。今まで俺に愛された奴らは、みんな深い愛に溺れて、嬉し泣きで暮らしていたぞ」
「……」
 ドスの効いた声音で語るには違和感があるその言葉に、俊介の震えるは止まらないどころか酷くなる。
 男の言葉が正しいなら——。
 解放するつもりなどないということで。
「ど、こに……?」
 運転席に戻った男に思わず問いかけたら、ようやく答えが返ってきた。
「この世の楽園さ」
 それが言葉通りとはとうてい思えない。
 けれど、本当の意味など知りたくも無い。何より、今のうちに逃げなければ、と思っても、今の俊介には逃げる力どころか、車のシートから降りる力すらなくて。
 全裸のまま灯りが満ちる街中に入って、汚れた身体が外から見えるかも──と考えても、羞恥すら浮かばずに、動く気力すらなかったのだ。


 会社事務所から少し離れた階段の踊り場で、スマフォに視線を落としていたスーツ姿の彼は、クツクツと喉の奥で嗤い続けていた。
 そこに見えるのは「SOLD OUT」の文字が二つ。
 「初使用権」だけでなく、「商品」自体も売れた印に、さらに笑みが深くなる。
 彼が見ていたのは、出品者が自分の商品を出すフリーマーケット方式の販売サイトだ。そこに彼自身も出品したのは、一週間ほど前。
 こんなに早く商品自体が売れるなんて、思ってもみなかったのだけど。
 驚くやら、嬉しいやらで、口元が勝手に笑みを形作ってしまう。
 その口元を手で覆い隠して、とりあえず零れる音を止めようと無駄に足掻く。
 そんな不気味な笑い声さえ無ければ、ごく普通の青年なのだ。しかも、白いシャツに、斜めにスプライトの入った明るいブルーのネクタイですらりとした体躯は若々しく、ぱっと見は好青年に見えるほどなのに。
 けれど、低い押し殺したような嗤い声が無くなっても、その瞳の奥のぎらつく感情までは消せていなかった。
 それでも、始業時間が近づいていると、どうにか昂ぶった感情を押し込めて、大きく息を吐き出すとスマフォを閉まって踵を返す。
 その足取りはひどく軽い。
「おはよう。あら、人見くん、高橋くんは一緒じゃ無いの?」
 話しかけられた時には、瞳の奥の感情すらも巧みに消されていた。
「おはようございます……俊介? いえ、今日は僕の方が遅かったんですよ。あいつ部屋にいないようだったからもう出たのかと思ったんですけど? 何か用事でも?」
「ちょっと頼みたいことがあったのよねぇ。昨日も昼から出て行って直帰だったから、今日頼もうと思ったのよ。でも、遅いわねぇ、今日もお客様のところに行くって聞いていたんだけど……、どうしたのかしら?」
「もしかすると、もう行っているのかも。あのお客様はせっかちですから」
 片付けられた机に視線をやり、彼女も、そうか、と頷いて。
「まあ、急ぎの用事でも無いし、また明日にするわ」
「そうですか、僕も連絡があったら伝えておきますよ」
「ありがと」
 いつもの風景だけど。
 いつもと違うことに気づく者はいない。
 明日には、一人の社員が不祥事を起こして辞めた話が飛び交るだけ。
 知る必要がある輩だけが知っている、知ってしまった知る必要が無い者は闇へと消えていくだけの、あのサイトの経営会社はアフターフォローも万全で、恐るべき手だてで人一人の存在を戸籍からも消してしまう。
 死んだものとされた人間は、親しかった者の記憶に残っても、それすらも月日とともに消えていくだろう。
 その間、彼がどうなっているのか、知っているのは購入者と出品者だけだ。
 短い頻度で購入と中古品の販売を繰り返す購入者の履歴に、彼の闇を孕んだ笑みが深くなる。
 どうやら素晴らしい相手に買われたようだ。
「バイ、俊介」
 もう現れないであろう同僚に、たむけだとばかりに別れの言葉を呟いて。
 何かにつけて自分の前を進んでた目障りだった男が片づいたことに、勝手に口元が綻んで、彼はこの日何度も口元を手のひらで覆ったのだった。

 
 SOLD OUTになった商品はそれから一週間後、購入者の街の外れの一軒家の地下室で、力無く天井から俯せにぶら下がっていた。
 今も、身体を拘束したハーネスに体重がかかっていたけれど、その感覚すら俊介には曖昧だった。
 ハーネスから伸びた鎖が天井の滑車に伸び、その端は巻き上げ用のモーターに繋がっていて、その駆動用のリモコンは、今は床の上に投げ出されていた。
 さっきまでそれを扱っていた男は、今は不在だ。
 その脇には、半分ほどの透明な液体が入った10リットルは入るバケツがあって、まだ1/3ばかり液体が満たされた太いガラス製のシリンジが無造作に突っ込まれている。
 その横には、とぐろを巻いたカテーテルにひしゃげたバルーンがついたもの。
 電池が切れかけているのか、ブルブルと力無く震えるバイブは、リングを幾重にも重ねたように歪に凸凹して、しかも太くて長い。
 グロテスクな張り型がいくつかと、大小様々なアナルパールは、役目を終えたかのように汚れたボディを横たえている。
 さらに、長い鞭に、ほとんどが溶け落ちたロウソクと、そのロウの痕が身体にも床にもあちらこちらに散っていた。
 その向こうにあるのは様々なサイズが納められた尿道用プジーセットと、錘の付いたクリップセットで、そのいずれもが、甘い芳香を漂わせる粘液にまみれていて、それと同じ液体が俯せに吊された身体からも幾重にも流れていた。
 その身体の持ち主は、四肢をだらりと垂らしたままに、焦点の合っていない瞳をうすらぼんやりと開いている。
 あの夜、あの後、この部屋に連れ込まれた後。
 始まった陵辱と調教の日々は、俊介から早々に反抗心を奪ったが、それで満足などしない男は、それからもずっと俊介を犯し、弄んだ。
 腹が弾けそうなほどの浣腸をされた後の長時間の排泄禁止など序の口だった。
 カテーテルで膀胱の中身をすべて出し尽くした後に、媚薬の混じった男の尿を入れられたまま、出すことも許されずにアナルにさまざまな淫具が入り、何度も絶頂を迎えさせられ。
 射精も排尿も許された時に、喚きながら出したのがどちらだったか、全く判らなかった。
 玩具が済めば男のペニスが入り込み、鼻歌交じりで種付けだと何度も何度も注がれて、擦られて腫れ上がるほどになったアナルが汚れたと浣腸されて。
 それが終われば、天井からブランコのように吊られ、揺すられながら犯され、鞭を浴び。
 食事は精液にまみれ、水はすべて口移しだった。
 すべてが男に許しを乞う必要があって、男が許さなければ何もできないし、する事もできない。
 激しい便意に襲われて懇願し、排泄を許されても、這いつくばって見られながらでしかできなかった。射精ですら、男の許可無しではできないのだ。
 男に性欲の対象にされるなど知るはずも無かった身体は、許しをもらうためなら進んで尻を差し出すほどにプライドを失い、生きるために男が与えるすべてを従順に受け入れるように変わっていった。
 今日もまた短い睡眠の後に、朝の挨拶代わりに犯され始まった調教に、すでに俊介の意識は薄い。
 そんな俊介に、男は休憩だと部屋から出て行っていたのだが。
「おい」
「っ!  ……ぃ……ご、主人、…ま……」
 男の呼びかけに、身体が反射的に反応する。
 虚ろに動いた視線が捉えたのは、手押し台車とその上にあるステンレス製の器具に脱脂綿と小瓶。
「めでたく俺の愛を受け入れることに賛同したお前に、プレゼントだ」
 昨夜、強要されたすべてに肯定することしか自身を守れなくなっていた俊介に、男は愛を誓わせた。
 まるで結婚式のように指輪を交わしキスをして。
 一糸まとわぬ花嫁を男は出窓に乗せて、「一生、ご主人様を愛し、従います。俊介の全てはご主人様のものです」と何度も繰り返させたのだ。
 どんなに叫んでも室内からは外に届かぬ完全防音の家の中から一家団欒の家々の灯火が見える中、俊介は貫かれながら男によって深く、激しく口内を貪られた。
 肉厚の舌が俊介の口内を埋め尽くし、縦横無尽に暴れて、隅から隅まで男の唾液を塗りたくられて。
 引きずり出された舌は痕が残るほどに歯を食い込まされ、痛みに暴れる身体に大きな手が厭らしく這い、太いペニスに下から突き上げられ続けたのだった。
 そんなさなかに嵌められた指輪を、男は俊介の指から抜き取り、それに愛おしそうに口づけて。
「なくさんようにしてやるからな」
 アルコールに浸された脱脂綿が触れたペニスがぴくりと震えた拍子に、俊介の意識がふっと浮上したけれど。
 何をしようとしているのか気付く間など無くて。
「よいせっ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 太いニードルは、躊躇うこと無く亀頭の下を串刺しにしていた。
 空中で暴れる身体を片手で押さえ、男は嬉々としてニードルリングを開いた穴に通して、そのリングに指輪をいれて固定する。
「お前はピアスが似合うな」
 楽しみだ、と、たいそう嬉しそうな男は、ヒイヒイと泣き喚く俊介の頬に口づけを落とし、汚れて濡れた身体に這わした手で腰を捕まえる。
「まぁた、ヒクヒクしているなあ、欲しいのかよ、え?」
 親指で割り開かれ、吐息が腫れたアナルを擽る。
 えぐっと引きつけるようにえづいた俊介は、何も応えなれなかったけれど。
「期待されると、がんばらないとっと思うわけで」
 ぴたりと触れた、濡れた熱塊の感触に、我に返ったときにはもう遅かった。
「いぁぁぁぁ——っ」
 腫れ上がったアナルから伝わるのは、快感にはほど遠い痛みと熱い刺激だ。
 ぶらぶらと揺れる無機質な異物に貫かれたペニスの傷は腫れ上がり、身体を揺すられる度に疼痛が神経を引っかき回す。
 けれど。
「……んっ、くっ……あっ、ああっ……っ」
 太い指が乳首を捻り上げる痛みが、脳髄に辿り着いたときには、甘い快感に変わっていた。
 ぴたりと尻タブに触れた男のざらついた太股の感触に、ぞくぞくと全身を総毛立たせるほどの疼きに身悶える。
 口から舌を引きずり出されて噛まれながら唾液を与えられても、うっとりとそれを啜ってしまう。
 使われ続けた薬と激しい調教に、反抗心はそぎ落とされ、痛みは快楽へと変化し、精神も身体もそれぞれが自分を守るため男に屈服してしまっていた。
「どうだ、良いか?」
 問いかけに、諾しか許されぬ俊介はただ、こくこくと頷く。
 けれど、その瞳はとろりと淫蕩に蕩け、ペニスが新たな涎を零して。
 尻タブはその狭間にある肉棒の形を味わうように力が入り、ふるふると揺れていた。
「好き者が」
 揶揄にすら、俊介の瞳が喜色に染まる。
 男のそれがズルリと動いたとたんに、「ああっ」と、艶めかしく身体が蠢いた。
「自分でも動きな、淫乱」
「ああ、はぃぃっ……イイっ、イイぃぃ、ああっ、ひぃぃぃっ」
 今はもう男の与える快感だけが救いなのだと知った俊介は、男が言うがままに、浅ましくペニスを強請るモノになり果てていた。

【了】