【最初】番外編【A Fresh Start】

【最初】番外編【A Fresh Start】

【最初のSold Out】の番外編。
シュンの元同僚の顛末です。
もともと短く更新ブログ用にさくっとしたお話にするつもりだったので、エロなシーンは無いです。

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「まさか……」
 いきなり立ち止まって呆然と呟いた男の言葉を聞き咎めて、傍らの女性が不審そうに高い位置の顔を見上げてきた。
「どうしたの、人見くん?」
「なんで……嘘だろ……」
 けれど、問いかけにも気づかずに、心あらずで言葉を零していた。
 すぐ横の車道で、信号で止まっている黄色のタクシーの後部座席に座っている男の横顔から目が離せない。
 記憶にあるそれより少しほっそりとしている。髪も前より長い。
 違うとは思ったけれど、その男が少し辺りに視線を走らせた拍子に、もう少し顔がはっきりと見えて。
「俊介……」
 堪らず呟いた言葉は音になっていなくて、彼女がますます訝しく顔を顰めただけだ。
 思わずと言ったように車に向かって足が出かけたが、それより先にその車は動き出してしまい、その拍子に我に返ってたたらを踏む。
 追いかけてどうしようと言うのか。
「人見くん、どうしたのよ、いったい」
 腕を強く掴まれて、呆然としたままに彼女を見下ろして。
「あ、ああ、いや……ずいぶん会っていなかった顔見知りがいたような気がして……」
 誤魔化すことなく、無難な言葉で教えて、視線は去って行く車を追いかける。
「知り合いって?」
「……昔、会社にいた……知り合い……」
 一時期は友達とも呼べる間柄だったけれど、悔しいことに実力も評価も向こうの方が上だったせいで、暗い感情しか覚えなくなったのはすぐだった。
 そのうちにそれに耐えきれなくなって、噂で聞いたサイトについて調べたら、運良くそれを知っている者に行き当たったのだ。それは僥倖としか言えないほどの出会いで、少しは名のある父方の祖父の知り合いという、赤の他人だったけれど。知ってみれば、子供の頃に遊びに行ったことのある家で、その相手と知り合ったのはすぐだった。
 得た知識は貴重で、そして機密に富んでいたもので。
 けれど得た知識になけなしの金全てを注ぎ込んで、得た資格はひどく価値があるものだった。
 それを使って、嫌いなライバルを蹴落とすのはたいそう楽だった。
 だから、彼はもういない。
 別に自分が殺した訳では無く、あるサイトに彼の顔写真とプロフィールを載せただけ、それだけだ。殺しを依頼したわけでなく、ただ、こんな人がいるよと案内して、ちょっと高めの手数料をもらっただけなのだ。
 そこから先は何も知らない。
 何が彼に起こったのかも知らない。
 ただ、その情報を買い取った人が、何かをしたのだろう。
 結局、彼は目の前から消え失せて、今はもうこの世にすらいない。
 死体で発見され、腐敗が酷く先に火葬されて、骨だけの身内だけの葬式も済んで。
 今頃は墓の下にいるはずなのだ。
 新聞の小さな記事にも載ったことも確認している。
 だから、知り合いだったあの男はもういない……はず。
「ふーん、でも行っちゃったし、もう行こうよ。だいたいさ、こんなとこで会うなんて、他人の空似だと思うしさあ」
 デートの続きを催促する彼女に曖昧に頷いて、足を進め始める。
 その視界に入っているのは、たくさんの色彩だ。人も建物も、空の色もいつも見ているものとは違う。
 確かに、彼女の言うとおり、こんなところで知り合いに会う確率はたいそう低い。
 人口密度も高い、こんな世界の大都市であるニューヨークの一角で、日本人の知り合いと出会える確率など、かなり低いはずだから。
 摩天楼がそびえ立つ人の多いストリートを通り抜けている間、英語だけで無い雑多な言語が飛び交っているそこで、絶対に日本人だと判る相手と出会える確率はそう多くない。
「あ、ここよ」
 ニューヨークに来たらどうしても行きたい店がある、と彼女が言っていたアクセサリーショップに辿り着いたらしい。
 表通りから少し奥まった路地に面したその店は、ひび割れたコンクリート外壁のせいか少し雰囲気が暗く、警戒心が湧き起こる。これが日本だったら問題ないが、ここは慣れぬニューヨークなのだ。
 けれど、彼女は躊躇うことなく、木製で四角いガラスが嵌まっているドアを引いた。
 彼女曰くネットで知ったというその店は、その店のデザイナーが作成してる一点物のアクセサリーがあって、ネット販売もしているけれど、できれば直接行きたいと思っていたらしい。
 実際、一歩中に入れば、外観の暗さとは段違いの明るさで、ガラスのショーケースの中には様々なアクセサリーが並んでいた。
「ハロー」
 中にいたたった一人の店員から明るく声をかけられて、二人そろって緊張しつつも挨拶を返す。
 整っていると言える顔立ちだろう。少し角張ってはいるけれど、俳優にいそうな顔立ちで、顎髭が男らしさを滲ませてて少しうらやましい。
 若いけれど、それほど自身とは違わないと思う。30代に入ったばかりかなと思うけれど、外人の年は判りにくい。
 明るい金色の髪は肩に突くまでの長さで、ふわりと波打っているけれど、今は作業の邪魔にならないように緩く括っていた。右側の耳朶にだけ、彼の製品なのだろうか、小さなドラゴンがしがみついている。
 薄い茶色の瞳が、入ってきた二人を探るように少し細められ、けれど違和感を持つ前ににこりと人好きする顔で微笑まれた。
「ね、お願い」
 英語ができない彼女が、ツンツンと袖を引っ張ってきたので、前もっての約束の通り苦笑を浮かべながらも拙く英単語を並べて、彼女の望みを伝えれば、店員もウンウンと頷いてくれた。
 どうやら言いたいことは伝わったようで、ほっと安堵して、「ご自由に」と並べてくれたいくつかのトレイを彼女に指し示した。
 そうなればやることなど無くて、少し奥にある作業スペースに引っ込んだ金髪の若い店員の様子を意識することなく眺めてしまう。
 器用そうな指が、今は何かのプレートを取り出して、一つ一つ丁寧に何かを刻印しているようだ。
 そんな彼が不意に顔を上げ、その拍子に目が合って。
 にこりと微笑まれて、なぜかばつが悪くて視線を逸らした。
 けれど、ちょいちょいと手招きされて、断る理由も無いままに、彼に近づいていく。
「Your name?」
 名前を問われ、いぶかしくは思ったけれど、ニコニコとした笑顔につられるように「Hitomi、Toru Hitomi」とぽつりと呟く。
「Thanks」
 軽く返されて、何だったんだと不思議に思ったけれど。
 また作業に戻った彼に、仕方なく彼女の方へと戻って、選ぶのを手伝う。
 と、しばらくするとまたまた店員が小さく手招きしているのに気がついた。
 首を傾げて近づけば、「yours(あなたのもの)」と彼女に聞こえないように耳元で囁かれ、ぎくりと硬直する。耳朶に吐息が触れるほどのパーソナルスペースを無視した近さとやけに低く官能的な声音でのささやき声に驚いたのも束の間、小さな紙袋が渡されていた。
「え、何?」
 と思わず日本語で反応して、慌てて「What?」と言い直すけれど、ちょうど彼女が彼を呼んで、うやむやに流されてしまう。
 忙しくする店員に話しかけるほどの英会話力はなかったのと、支払いのためにカードを取り出す必要があって、結局もらった紙袋はそのままポケットに入れてしまい、思い出したのはホテルに帰ってからだ。
 彼女とひとしきり快楽を味わって、彼女が時差呆けのせいで早々に寝入ってしまった後、脱いだ服を片付けようとした時に、ポケットのそれに気がついた。
 あの店のロゴが印刷されていた袋の中身はさらにもう一枚の固い紙の封筒のような白いケースで。
 エンボス加工されたロゴを指先でなぞりながら、妙な気配のあの金髪の店員を思い出す。
「yours」と言ったときの声は、店員として応対していた声より低く、妙に鼓膜がくすぐったかったことを思い出したとたんに、ぞくりと背筋に何かが走って手が止まった。
「何だよ、これ」
 妙にくすぐったい感覚に顔を顰め、箱をやや乱暴に開けて中のそれを手のひらに落としてみれば。
「……何だ、これ?」
 それはいわゆるドッグタグと呼ばれる、兵士などが戦場で身につける識別票の形状をしているプレートと、メッセージカードだった。
 もっとも、ドッグタグという割には少し分厚く、中に何か入れられるような感じがする。その表は彼の耳にいたようなドラゴンのレリーフがあって、その瞳には透明度の高い緑の石がはめられていた。その裏側に文字が刻まれている。
 分厚いせいか少し重く、さらにそれに刻まれた文字に目を通して、顔を顰めてしまう。
 プレートの左上には『Hitomi, Toru』と自身の名が少し大きな文字で刻まれていて。それだけなら良かったのだが、右下に『Master : Green, Richard』と別の名が刻まれていたのだ。
 いったい何を考えているのか、あの男は。
 笑顔ばかりが目立った店員は、けれど、今更ながらに薄気味悪く感じてしまう。
 自分の名前だけならともかく、他人の名前まで刻まれたものをどうしろというんだ……と、それを手のひらで転がしながら、メッセージカードを取り上げる。
 自身の拙い英語では、簡単には意味を取らせぬ文言がずらずらと並んでいたけれど。
 たぶん、意味は。
『いつかあなたに再会するために、……タグを送ります。どうかいつも…着てください。新しい……のようなあなたを発見するために。いつか必ず…収集する……とともに。私はあなたのもので、そして、あなたは私の……になるだろう。常に……いること……なります。あなたのことをもっと知った時、新しいドッグタグ……のためを送るだろう。   マスター:リチャード・グリーン』
 ぞくりと肌が総毛立った。
 まるでラブレターのような気がしたのだ。直訳の違和感がそれを助長し、判らない単語を調べる気にもなれない不気味さに、手からカードが滑り落ちた。
 あれは紛れもなく男で、自分も男で。
 左手に握って体温に暖まったそのプレートの存在が、やたらに重く感じて。
 これは捨ててしまおう。
 そう思ったその時、落としたカードの裏に文字が書いてあることに気がついた。
 そのとたん、さあっと血の気が失せる。
 まさか、と何度も数字を確認したけれど、けれどどう見直してもその数字の桁は変わらない。
 そこにはInvoice(請求書)の文字と$50,000(500万円)の数字があったのだ。右下にはあの店の名と住所、電話番号、そしてリチャードの名まである。
「嘘、だろ」
 本日何度も呟いた単語が、自身の右耳から左の耳に通り抜ける。
 何の冗談だ、と思ってはみたものの、不気味さが増している状態で、ジョークだとも思えない。
 わなわなと震える手で、カードを取り上げて、まじまじと見つめるけれど。
 品名は、プラチナ製のドラゴンデザインのドッグタグ、0.15ctエメラルド。
「まさか、本物っ」
 磨かれたステンレスかと思っていたが、これが本当なら……。けれどもそれでも高い値段に慌てて電話を取りだして、震える手でキーを押す。
 夜ももう遅いなどという頭は無かった。沸騰して煮詰まって、真っ白になった頭は、何も考えていない。
「あ、あんたっ」
 しばらくして聞こえた反応に、堪らず叫んだら、クスクスと笑い声が返ってくる。
『ハロー、トール?』
「あ、ああ、あんた、リチャードか?」
『Yes!』
 思わず日本語で言って、けれど気づいて英語で話しかけようとする前に、応えが入る。
「あ、あんた、これ……こんな……プレート……」
『必ず持っていてください。ずっと、持っている。そしたら、お金、いらない』
 片言ではあったけれど、確かな日本語に、そしてその内容に息を飲んだ。
「あ、あれ……えっとプライス……本物?」
『本物、私は、本物のみ、扱います』
 そういえば、彼女が選んだアクセサリーも、小さいながらそこそこの値段がしていて、本物だからね、と喜んでいた彼女の言葉が耳の奥でこだまする。
『Never throw it away. (絶対に捨てないで)』
「な、んで……」
 呆然と問いかければ、また楽しそうな笑い声が聞こえた。
『×××』
 早口の英語で言われて、何を言われたのか判らない。
「な、何だよ!」
『×××××。捨てたら、後悔』
 繰り返される英語、からかわれているかのように混じる日本語に、苛立ち、声が大きくなるけれど。
『ヒトミ・トール、Japanese, Tokyo, ○○カンパニー』
 続けられたなじみのある会社名に、息を飲んだ。
 何で、とも出てこない。
『I know everything about you. I can know you. 全部。知ることができる。トール、捨てないで。いつも、持って。捨てたら……不幸が来る』
「不幸……」
『death(死)』
「ひっ!」
 恐ろしい単語に、知らず身が竦み、言葉を失った。耳元で響くクスクスという笑い声がするけれど、身体のこわばりは溶けないし、どうして、とも問えない。
 そして。
『I love you, Toru. By』
 と、カチリと電話が切れてしまっても、電話を耳元に当てたまま動けぬままに、視線は目の前のドッグタグとメッセージカードから離せなかった。
 まるで目の前に毒物か爆弾でもあるような恐怖が背筋を這い上がり、痙攣が治まらない。
 捨ててしまえばいいんだ。
 心の中で叫ぶ己がいるけれど、捨てたら何が起きるか判らない、と言う声もする。
 ごまかすこともできずに知られてしまった会社名から、必要があれば請求書を送り続けることも可能だ。
 受け取っていないと言っても、こんなことをしでかす相手が、何か対抗策を取っていてもおかしくない。
 どうしたら……。
 いくら考えても解決できるものでもなく、警察に行くにしても、どうしたら良いのかも判らなくて。
 とにかく、日本に帰って……。
 ああ、そうだ。あの人にお願いしてみよう。
 あのサイトを教えてくれた、あの人に。
 そう思うことで、なんとか強張りきった身体を緩めることができて。
 ようやくソファに深く身体を沈めることができたのだった。

【了】
………………××………………

【後日談1】

日本帰国後、ある伝手であのサイトを教えてもらった複数の一部上場企業の外部役員である男を頼ってみたのだけど。
「それは捨てない方がいいね。かと言って、捨てて金を払ったら終了という物でもないし。まあ、後のことを考えると、言われたとおり持っているのが一番だね」
「どうしてですかっ」
「そのアクセサリーのデザイナーは、実はあのサイトでも品を出しているんだよ。有名人だよ、あの世界ではね」
「なっ、だって、あれは普通の店だった、です……」
「表向きは、一般人も対象にしてるし、最近人気があるからねえ」
「だからって、何で私に」
「君もえらい者に目を付けられたって事だよ。まあ、彼に気に入られたなら、悪いことにはならないと思うよ。ほら、カードにも書かれているだろう。君にはきっと新しい発見があるだろうし、素晴らしい経験ができると思うし」
「そうとは思えないんですが……」
「まあ、拒否する方が危険だな。君だって、あのサイトに関わるときにいろいろと警告されただろう? その覚悟を持った君なら、素直に従った方が身のためだと判ると思うけどね」
 にこりと微笑まれながら言われた言葉に、全て諦めて。
 結局あのドッグタグは二度と目に付かないように、けれど常に持っていられるように財布の奥底にしまい込んでおいた。
 ただ、あの人がカードを読んだときに、一瞬目を輝かせたことだけが、たいそう気になったけれど。
 何も考えたくなくて、無理矢理頭から追い出した。

【了】
………………××………………

【後日談2】
 一年後、日本にやってきたリチャードは、徹に逢いに来たのだと言っていた。
 それが信じられるとは思っていなかったし、こちらは逢いたくも無かったのに。
 彼はあまりにも強引で、人の話など聞く耳を持たず、その上、彼の自尊心などないものとして扱ってくれた。
 けれど、彼は彼の要望をを叶えるだけの金も力を持っていたのだ。
 あの時、リチャードが個人を特定していたのは間違いなく、あのサイトに会員として登録していたデータを得たのだという。
 顔写真と名前があれは十分だと、明るく言い放つ彼は、あのサイトの出資者の一人でもあり、VIP会員でもあるために、一般会員の個人情報を即座に簡単に得るぐらいの力があったのだ。
 彼が望めば手に入らないものは無いのだと、笑いながら言われて、そして、確かに逆らうことなどできなくて。
 押し切られるままに連れて行かれたのは、一等地に構えた店舗兼住居だった。
 その家は、自身が住んでいたマンションの一室よりははるかに大きく広くて、豪華な新築物件で、来日に併せて建てたものだという。
 一年かけて準備した彼の城に引き入れられてから、もうその日から、もう家には帰れていない。
 どんなに怒りで暴れても、喚いても、泣いても、懇願しても。
 始めては無理矢理で、動けなくなるほどに犯されて、動けぬままに快楽を教え込まれて。
 様々な玩具と拘束具、薬を施され、逆らえば逆らうほどに酷くなる扱いに、泣いて許しを請うて。あまりの厳しい扱いに、少しでも甘やかされることに喜びを感じてしまうほどになっていた。
 彼があの裏の世界では若いながらも高名な調教師だと知ったときには、この身体は完全に変えられてしまっていた。
 逆らってはならない。
 離れてはならない。
 愛していると囁きながら、この身に貪欲なほどの淫欲を教え込んだ彼には、もう……。

 友人を陥れてまで得ていた会社での地位は自ら捨てさせられた。
 仕事も無く、人との付き合いもできなくなった今、縋れるのは平伏して傅くことだけが許される彼だけだった。
 下げることなど嫌いだった頭を、彼には何度下げただろう。
 持っていたなけなしのプライドなど、一銭の価値も無いのだと剥ぎ取られてしまえば、残るのものなどこの身体しかなかった。
 仕事も辞めて稼ぐ術が無い今は、食事一つとっても、彼に与えてもらっている。
 彼を怒らせれば、山の中に裸で放り出され、身を守る術も持たずに野宿で震えて飢える日々を過ごすことは、最初の頃に経験した。
 夏とは言え冷えた夜の寒さの中暖を取ることもできずに、極限状態で助かるために、二日ぶりに現れた彼に、虫刺されまみれの身体で縋り付き。
 許しを請うために、彼の命令のままに自慰をしてみせた。
 その時、褒美として与えられた飴一つが、どんなにうまかったことか。
 誰かに頼らねば生きることのできない屑だと自ら宣言し、プライドがあったことなどもう思い出すことも無い。
 彼のペニスが美味しいと強請る日々に、拒絶されれば悲哀に溢れる涙は止まることを知らず、頂くことができれば歓喜と感謝に、やはり涙を零しまくる。
 もうそれなしではいられない日々に、外見ばかりでバカなプライドに浸っていた自身が恥ずかしい。
 いまは何よりもご主人様とともにあることが幸せで、ご主人様に支配されることが幸いで。
 あの時、きちんと読めなかったメッセージカードに書かれていた言葉のように。

『いつかあなたに再会するために、証としてタグを送ります。どうか常に身につけてください。新しい娼婦のようなあなたを発見するために。いつか必ず手に入れる深い快感とともに。私はあなたのもので、そしてあなたは私の忠実なるものになるでしょう。常に奴隷として傍にいることが至上の喜びとなります。あなたのことをもっと知った時、新しい犬としてのタグを送ります。マスター:リチャード・グリーン』

 そして、ドッグタグの文字板は差し替えられていて、そこには教えられるままに自ら新しい文字を刻んでいった。
 常に外さないように、乳首に穿たれたリングにぶら下がっているそれは、新しい己の証、新しい地位。

『Master    : Green, Richard』
『Rich’s Slave & Dog : Hitomi, Toru』
『Together with you forever.』

 主人の帰宅に尾を振って喜び、擦り寄って、餌を強請る日々を過ごす犬となり、与えられる全てに喜んで、常に主人とともにあることだけを望み続けること、それは確かに、至上の喜びだった。

【了】