?宣言?
– 2002-06-02 – 80,000HITキリリク きらら様

『エミ伯母様がダテちゃんを奪おうとするのを阻止しようとするリオのお話』
+++回路より2ヶ月ほど後のお話+++

 連絡艇でパラス・アテナについたのは、艦内時間で既に夕刻であった。
 きちんとした服装をしろ、とリオにしては珍しいことを言われたダテは、滅多に着ることのない礼装を慌てて引っ張り出したのだ。

 こんな服を着たのは、へーパイトスへの入隊式以来だ。
 クリーニングされた袋のままで、荷物の奥深くしまわれていたそれは、多少シワが寄っていて慌ててプレスを頼んでなんとか間に合った。
 しかも配属後に配布されたリオ・チームの象徴である「鎖に繋がれた4本の黄金色の槌」のエンブレムと、辞令と共に受け取っていた中尉の階級章は、渡されたまま放置していた。お陰で、慣れない針仕事に何度指を針でつついたことか。前もって渡しておけば、それをしてくれる部署もあったというのに、今回はあまりにも時間がなくて自分でするしかなかったのだ。
 そんな恥ずかしいことをリオに知られたくなくて、うっすらと朱色の小さな点が浮かぶ指を、ダテは極力リオの前には出さないようにしていた。
 今度からはきちんとクローゼットにしまっておこう。
 そんな事を思いつつ、しかし、何故礼服を着る必要があるのか?という疑問が再び湧き起こってくる。
 だが、リオは不機嫌そうにふんと鼻を鳴らしただけで答えてくれようとはしない。
 機嫌の悪いリオをつつけばどうなるかくらいは、さすがに学習しているのでダテもそれ以上は突っ込まなかった。
 どことなく胸の奥がちりちりとする不快な感触が気にはなる。が、それに逆らう術をダテは持っていなかった。
 しかし……。
 当然リオも礼装を着ている。
 普段来ている制服より、飾りが多い。しかも滅多に着ないから、ぱりっといつでも新品のようなその服を着たリオはいつにも増して目を見張るのがあった。
 ダテより高い上背にすらりとした体躯。今日はいつも括っている後ろ髪をきちんと整えて後ろに流している。若干上げ気味に左右に流している前髪は、茶色の筈なのに光に当たって黄金色に輝く。普段の適当にしていても整った顔立ちのリオが、きっちりとしている姿を見た途端、ダテは絶句し、固まってしまったほどだ。
「言葉を失うほど格好良いか?」
 にやにやと嗤いながら言うその表情はいつものリオで、そのせいでダテの硬直はようやく解けたものだ。
 だが、それにしても一体何があるというのだろう?
 黙々と歩くリオの足は、前にも辿ったことのある通路を進んでいく。
 前に胃潰瘍のせいで軟禁状態に置かれてから、リオはダテを旗艦パラス・アテナに連れてくることはなかった。
 だから、この道を辿るのはあれからすると二度目。
 もう随分と前のような気がする。
 と、リオがふと足を止めた。
「リオ?」
 その斜め後ろで足を止めリオを窺うが、リオは難しい顔をして何かを考え込んでいる。
「……リオ?」
 再び、首を傾げながら問いかけると、ぽつりとリオが呟いた。
「やっぱ、帰るか……」
 心底嫌そうなその表情。
 一体何があるというのだろう?
 嫌でもここに来なければならなかったから、ここまでは来たのだ。なのに、今更帰ろうとするリオの真意を計りかねて、ダテは首を捻るしかなかった。
 ダテにしてみても、ここで一体何があるのか何も聞かされていない。
 リオが嫌がるのなら、それは良くないことだと薄々は気がついている。
 だが、そのリオが……いつだって自分の判断で即決するリオが迷っている。
 それはリオの性格からすると滅多にないことだった。
 ……上の方からの要請で……逆らえないことか?
 だが、リオはたいていの上官にもはっきりと反論する。
 それだけの実力を持っているから煙たがられてはいるが、無理強いはされない。それが判っているから、リオもその激しい性格にしては、折れてくれる上官に対しては無茶は言わない。
 微妙なバランスの上にリオは存在した。
 そのリオが迷っている。
「何をしているんだ、リオ?」
 聞いたことのある声が背後から響き、リオは弾かれたように踵を返した。
「ケイン……」
 嫌な奴に遭った。
 その声が、その表情を見なくてもそう言っている。
 振り返ったその先にいたのは、リオの異父弟でありこの第二艦隊プロノイア・アテナの次期総司令付事務副官ケイン・カケイ少将。その彼がアイスブルーの瞳に剣呑な光を宿していた。たぶんリオも、その茶色の瞳に同じ色を宿しているのだろう。
 ダテはこっそりとため息をついた。
「やあ、ダテ中尉。あの時以来だね。もっとこっちに来てくれればいいのに」
 ダテを認識した途端、にこりと相好を崩しダテに近寄ってくる。
「あ、お久しぶりです」
 慌てて手を上げ、敬礼をする。
 ふと気が付くと、ケインも礼服を着ていた。もっとも将官クラスであるから、その胸に燦然と輝く階級章は一回りは大きい。
「そんな他人行儀はここでは無用だよ。君はここで自由に振る舞う権利を与えられているのだから」
 え?
 その言葉に驚いて目を見開くと、ケインはふっと訝しげに眉をひそめたが、ちらりと見た視線の先でリオが不機嫌そうにそっぽを向いた途端、納得したとばかり頷いた。
「そのピアス……ユウカが申請して君に付けさせたものだろ。それは、アテナの次期総司令が許可した特別仕様だよ。このパラス・アテナのどこにいっても君は咎められることはない」
「へ?」
 どこにいっても?
 その言葉の意味に気付くのにしばらく時間がかかった。
「あ、あの……それって……」
 頭に浮かんだ考えが信じられなくて、ダテはおずおずと口を開いた。
「それは、まさか、作戦本部室なんかにも入れてしまう……ということでしょうか?」
「もちろん。ああ、ちゃんと使用中でも入れるよ。それだけ、権限があるということをリオは伝えていなかったようだな」
 こくこくと頷く。
 そんな凄いピアスなんて、聞いていないです?……。
 唖然としているダテをリオはぐいっと引っ張った。
「お前、今日は忙しいんだろーが。何をこんなところでうろうろしているんだ?」
「それは当然、ダテ中尉をお迎えに」
「そんな事をせんでもちゃんと連れて行く!」
 引っ張られ、リオの背後に回される。
 肩越しに見るケインの目は、ひどくきつくダテは首を竦めるしかなかった。
 しかし、一体何がどうなっているのか……。
 ダテにはさっぱり判らない。
「それにしてはここで躊躇してたから、このまま連れて帰るのではないかと危惧していたくらいだ。さっさと中に入ったらどうだ?」
 ケインの手がその通路の先を指さす。
 その先に荘厳な観音開きのドアがあった。
「リオ……?」
 何故か胸の奥がちりちりとざわめく。
 この感触は、覚えがあった。ろくでもないことが起こる前触れだ。
「行くさ」
 リオがそう決断した。となれば、ダテはそれに従うしかないのだ。
 歩き始めたリオの後ろにダテが付く。それを見てようやくケインも歩き始めた。
「ダテ中尉は今日、何があるか聞いているのか?」
「いいえ、聞いておりません」
「だろうな。これから何が起こるか判らないと、随分と不安そうだ」
 ぎくりと引きつる頬はどう足掻いてもケインにはばれているようだ。
「君もたいへんな上官を持ったモノだね。異動申請を出せば、すぐにでも受理するのに……」
 その言葉にリオの眉が跳ね上がる。だが、その口が言葉を発しようとした途端、ケインは優雅な動きで二人に向かって頭を下げて一礼した。
 いつのまにか、扉の前に辿り着いている。
「ようこそ、プロノイア・アテナ総司令部主催の聖誕前夜祭のパーティーへ」
 その言葉に驚きを隠せず茫然と突っ立っているダテの前で、扉が音もなく開いた。
 招き入れられたそこは、立食式のパーティー会場だった。
 それほど派手に飾られているわけではない広間に、アテナ中の指揮官達が集まっているのではないかと言うくらい、将官や佐官クラスの階級章をつけた人々が集まってにこやかに談笑している。
 たぶんダテの中尉という階級が一番下ではないかと思えた。
「聖誕祭って?」
 居心地の悪さを十二分に感じているダテがリオにこっそりと尋ねると、リオが苦々しげに歪めていた表情をようやく崩した。諦めたように小さく息を吐くと、ダテの方に振り返る。
「このパラス・アテナに搭載されているコンピューター『テミス』が稼働した日なんだ。アテナではその日を最大の祭りの日に設定している」
「テミス?」
「そうだ、オリンポス随一のデータ量と処理速度。このパラス・アテナの中枢にして、オリンポス全体の守護の要を司るコンピューターだ。プロノイア・アテナ自身といっていい」
 初めて知るその事実にダテはただ驚くばかりだ。
 いや、『テミス』の存在自体は知っていた。
 だが、そこまでのものだとは知らなかった。
「『テミス』とシンクロできる率が高くないと、ただ頭が良いだけではアテナの司令にはなれない。『テミス』が持つデータをいかに扱えるか、それが最重要要素なんだ」
 つまり、『テミス』を扱えない人間は、アテナの高官にはなれない?
「その要である『テミス』の聖誕祭はアテナはこぞって祝う。今日は、その前夜祭として開かれる恒例の司令部主催のパーティーだ。それにお前も連れて出席しろとユウカが煩くて……」
 それでか……。
 いくら怖いモノ知らずのリオとはいえ、アテナの次期総司令自らの要請を反故にすることはできない。
 ……。
 しかし……。
 何故そこまで彼女たちは自分にこだわるのだろう?
 ケイン自身の先ほどの行動も、あれは出迎えに来たのだ。
 次期総司令と言えば、アテナでは絶対の権力者。いや、オリンポスにおいても、同様のことだ。
 なのに……なぜこんなとるにたえない自分に目をかけるのか?こんなピアスまで与えて……。
 さきほど聞いたピアスの効用はダテをひくつかせるのに十分だった。
 与えられた権限はとりもなおさずそれだけの責任を負うことになる。
 それが……怖い。
「ダテちゃん……ユウカが来る」
 ぼそりと呟かれた言葉にはっと我に返ると、周りの人々に笑いながら挨拶をしつつダテの方に向かってくる3人がいた。
 アテナ次期総司令部の3人、ユウカ、ケイン、ジェフリーだ。
「ようこそ、パラス・アテナへ」
 にっこりと微笑むユウカは、悠然たる態度でまだ年若い事を感じさせない堂々とした落ち着きを見せていた。でなければ、アテナの次期総司令になどなれないだろう。
「本日はお招きに預かりましてありがとうございます」
 妙にへりくだった挨拶をリオがする。
 それがわざとだと気付く位にリオを知っているユウカ達は苦笑いをしながらそれを聞き飛ばした。
「今日は無礼講よ。リオらしくない」
 くすくすと笑うユウカは随分と楽しそうだ。
 しかし、その無礼講という言葉ほど厄介なモノはない。
 ダテは、リオの背後で立ちすくしてこれからどうしたものかと思案していた。
「ダテ中尉、今日は体調はいいの?」
 暗に前回の訪問時の事をほのめかされ、羞恥に赤くなりながらもダテは頷いた。
「はい、先だっては失礼いたしました」
 結局、ピアスの礼も何もかほっぽりだしていたから、ユウカと話をするのもあれから二度目だ。
「今日はゆっくりしていってね。いろんな人が来ているけど気にしなくて良いから。困ったことがあればケインに言うといいわ」
 それだけ言うと、ユウカは次のたむろしている輪へと向かった。
 そうか……総司令部主催と言うことはああやっていろいろと挨拶しなきゃいけないんだろーな。
 それをぼおっと見送る。
 だが、どの輪でもユウカ達は好意を持って迎え入れられているのが判る。
 それだけ彼女の実力が本物だということなのだろう。
「ダテちゃん、せっかく来たんだから喰おう」
 ぐいっと引っ張られ、ダテはリオを見遣った。
 リオの視線の先はテーブルに並べられた数々の料理に注がれていた。
「はい」
 確かにいいかげん腹も空いてきた。
 緊張も手伝ってか、それほど欲しいとは思わなかったが、やはり滅多にお目にかかれないパーティー料理には食欲も増大してきた。
 

「やあ、元気そうだな」
 聞き覚えのある声に、心臓が悪い意味でどきりと鳴る。
「お久しぶりです……ドクター……」
 二度と遭いたくない人間とはいるものだ。
 確か、アテナに派遣されている医療部隊アフロディーテの取り纏め役だと言っていたからここに招待されていないはずがない。
 この部屋に入る前の悪い予感はこのせいか。
「そんなに心底嫌そうな顔をするものではない」
 苦笑混じりに言われても、愛想笑いすら浮かばないではないか。
 ダテはそれでも小さく息を吐くと、表情を無理に崩した。
「あれから胃の具合はどうかね?」
「おかげさまで……」
 リオの攻撃を受け止める術に気づきましたので……。
 とは口が裂けても言う気はない。
 だが、彼はそんな事は百も承知だったらしい。
「カケイ大佐とはうまくいっているらしいな。先だっての活躍はしっかりと確認させて貰った。……それでこそ、苦労したかいがあったというものだ」
 満足げに頷かれてしまった。
 別にあんたのためではないっ!
 喉まででかかった言葉を飲みこむ。
 いやだ……この人と話をしていると押さえつけていた感情が大きくなりそうだ。
 さっさと退散したいが、もとが話好きなのか離してくれそうにない。
 リオはというと、若い女性達に囲まれてはるかかなたの輪の中にいる。
 いつの間にあんなにも離れていたのか……。
 そちらに行きたい。
 だが、それにはこの人をなんとかしないと……。
 しかし精神科の権威でもある彼は、そんなダテの心の中などお見通しで、にこやかにタデを制する。
「彼女たちはカケイ大佐が来るのを心待ちにしていたのだから、今日くらい貸してあげてもいいのではないかね。いつだって君が一人締めしているのだから」
「独り占め、なんかしていません……」
「そうかね。君たちの仲の良さは、ここパラス・アテナまで十分伝わってきているが……。
 ぎくっ
 そうなのか?
 何につけあからさまなリオだから、隠すことなどはできないが、それでも人のいるところは一応節度は保っているつもりなのだが……しかし。
 一体どんな風に伝わってるのか……。
 ダテが眉間のシワを深くして唸っていると、ふと背後から声をかけられた。
「トシマサッ。久しぶり」
 えっ!!
 その聞き慣れた声。
 しかも生の声?
 驚いて飛び跳ねそうになった自分を押さえつけ、ダテはゆっくりと振り返った。
 そこには年老いてなお艶やかな笑みをたたえた、そして活気ある女性が、お供の副官達を連れて立っていた。
「伯母さん……どうして、ここに……」
 へーパイトスの総司令であるエミ・コーダンテ総司令官がなぜオリンポスからはるか彼方にいるアテナの艦隊にいるのか?
 ここにいる筈のない伯母の存在に、頭が真っ白になる。
「そりゃ、あなたのことが心配で心配で……だって、先だってのトラブルでいろんなとこ怪我したって聞いて……もう矢も盾もたまらなくって」
 ちょっ…ちょっと待て……。
 ダテは深くなる眉間のシワに指をあてて唸る。
「伯母さん……まさかそれだけのためにこんな所まで来たんですか……」
「あらあっ、可愛いトシマサが怪我したっていうのよ。それなのに来ちゃ駄目だって言うの?」
 その拗ねたような物言いに真っ赤になるのはダテの方だった。
 ちらりと窺うと、伯母の忠実たる副官達が苦笑混じりで顔を見合わせている。
 幼いときからいつも伯母と共に顔を合わせていた二人は、伯母のダテへの溺愛ぶりをよく知っている。
「だから、ユウカちゃんから聖誕祭の招待状を受け取ったときはもう嬉しくって、ぜひとも行くんだって、仕事切り上げちゃったわよお」
 両手を胸の前で組んで、どこか夢見心地な視線を向けられ、ダテはひくついた笑みを浮かべることしかできない。
 謀られた……。
 はるかかなたで、他の将校達と談笑しているアテナの次期総司令達を睨んではみるものの、それに気付くとは思えない。いや、気付いたとしても企んでいたことが成功したのだと判れば、それは彼女らをまんぞくさせるものでしかない。
「……あいにくと怪我はたいしたことありませんし、もうすっかり治っていますのでおきになさらなくて結構です」
 この伯母の外見と態度で騙されてきた数々の相手を見てきただけに、素直にその言葉に対応する気も起きない。だいたい、未だに諦めていないのだから、この人は。
「何言ってんのっ!失明しかけたんでしょっ!ほら、ここもヒビが入ったって……。ああ、もうも私の可愛いトシマサに怪我を負わせるなんて、ここにその相手がいたら、ネジの一本にまでこの手で分解してしまうのに!」
 地団駄でも踏みそうな伯母の様子にはもうため息も出ない。
 いや、何よりこの伯母の言葉に嘘はないことを良く知っている。
 言った以上、彼女はやるだろう。
 その言葉に二言はない人だ。
 『トシマサを次期にする』
 その言葉も同様に。
「とにかく伯母さん、今ここに来られたと言うことは、まだみなさんに挨拶されていないんでしょう。ほら、へーパイトスの総司令たる方が、こんな所で立ち止まっていては、みなさん困っていますよ。とりあえず、ご挨拶されてきたらどうですか?」
 ちらほらと窺うような視線を示唆すると、彼女は仕方がないというふうに頷いた。
「だったらあなたも一緒にしましょう。せっかく逢えたのに、一時も離れたくはないわ」
 恋人のようにダテの腕に自らの腕を絡める。
「お、おばさんっ!」
 驚き慌てふためくダテに、きりっと表情を改めた伯母はきっぱりと言い切った。
「しばらくは、総司令と呼びなさい」
 それは、伯母の司令としての顔だった。
 先ほどまでの妙な和やかさが消え、凛とした空気が辺りに漂う。
「あ、はい」
 慌ててダテも居住まいを正す。
 二人の副官達も、恭しく総司令に付き添っていた。
 だが、腕は絡め取られたままだ。
 ……なんでこんなことに。
 なんだかこのまま拉致されてしまいそうな気がした。
 この部屋に入る前の不安はこのことだったのか。
 やはりあの時、さっさと帰れば良かった。
 それにしても……。
 リオはどこに?
 辺りを見渡すと、リオを見付けることはできた。
 こちらに気付いて茫然としているのが判る。何か言っているのだろうか、その腕はケインに引っ張られ、あちらも身動きがとれない状況だった。
「総司令……手を離してください」
 これだけ年が離れていては恋人とはとても見られないだろうが、へーパイトスの総司令たる彼女に挨拶してくるのは当然その地位の方ばかりだ。
 ダテにしてみれば、必要以上に緊張を強いられる。
 しかもそんな彼らの視線が常以上に好奇に彩られているというような気がする。
「私の甥なんですけど、将来有望ですの。その実力は紛うことなきものですわよ」
 平然とそんなふうに紹介されては、それを否定することもできない。
 もしここでそんなことはない、とでも言えば、伯母の……ひいては最高上官であるへーパイトス総司令の顔を潰すことになるのだと言うくらい、ダテはわきまえていた。
 なんてこった……。
 針のむしろにいるようなぴりぴりとした緊張感が、ダテの神経を逆撫でする。
 伯母は嫌いではない。
 大好きだった。
 だが、仕事をしているときの伯母は嫌いだ。
 母を助けることのできなかった司令としての伯母は誰よりも嫌いだったから……。
 だが、それでも、ここで腕を振り解くことはできない。
 リオ……。
 何度も何度もその名を呼ぶ。
 呼んで、心を紛らす。
 助けて欲しいと願う。
 だが、ここでリオが騒動を起こせば、リオが罰せられる。
 それは嫌だった。
 リオが降格にでもなって最悪配置換えになったとして、それにダテがついていける保証はないのだ。
 リオ……助けて欲しいけど……自重もしてくださいよお……。
 心のなかで何度も何度も願うしかダテにできることはなかった。

「本日はお招きいただきありがとうございます」
 その言葉に視線を廻らすと、どうやらアテナの次期達と挨拶をしているところだった。
 それまで惰性で動いて反応してきたダテは、一気に気を引き締めた。なんとなれば、その背後には相変わらずケインに腕を掴まれたままのリオがいる。
 そのリオがきつく伯母を睨んでいる姿に、背筋に冷や汗が流れる。
「こちらこそ、遠路はるばるお越し頂き、感謝の言葉もありません」
 にっこりと微笑むユウカに、伯母が満足げに頷く。
 伯母がユウカ達を頼もしく見守っているのは知っている。
 若い子がその実力をいかんともなく発揮できる様を見るのが好きなのだ。
 だから、各艦隊の次期達を伯母はみな好意的に受け止めていた。
「いいえ、この可愛い甥っ子に逢えるとなればどんな距離をも暇みませんよ」
 ぐいっと引っ張られ、ユウカ達の全面に押し出されるはめになった。
 げげっ。
 いつの間にか総司令モードから伯母モードに変わっている彼女にダテの顔から音を立てて血の気が引いた。
「まあ、お役に立てて光栄です」
 あいもかわらずにっこりと笑うユウカが、なぜかちらりとその後ろに顔を向けた。
 それを合図のように、ケインがリオをぐいっと押し出した。
「おいっ!」
 リオの制止する声が響く。
 気がつけば、緩やかに静かに流れていたBGMすら止まっていた。
 静まりかえった広間全体の空気が音を立てそうなほど張りつめている。
 な、何なんだ、これは……。
 目前のリオと視線を絡め、そして不安げに周りの人たちを見遣る。
 リオの端正な顔が、激しく歪んでいる。
「さて、こちらが総司令殿の甥っ子の上官で、総司令殿の下にもなりますリオ・カケイ大佐です」
 なんという紹介の仕方だろう。
 嫌みにもにたユウカの言葉に目を見張る。
 というか、何故そういう紹介の仕方をするのか?
 伯母のことだから、部下のことなどユウカが紹介する以上に知っている……はず……。
「あらあら、お逢いしたかったわ?。噂に違わず、随分と人目を惹くお顔ですこと」
 後ろに、ほっほっほっ……と笑い声が続きそうなハイテンションな言葉にダテのみならずリオも目を見張った。
「へーパイトスにはアポロンの人気俳優達に負けず劣らない人気NO.1の顔をもつ方がいると聞いて……それが甥っ子の上官だと聞いた日には、ぜひとも一度直接見てみたいと思っていたんだけど、やっとその願いが叶ったわ。この艦隊がオリンポスに戻るまで駄目かと半ば諦めていたのよ?」
 ……。
 なんだか頭痛がしてきた。
 伯母が実はミーハーで、顔の良いアイドルが大好きだと言うこと経験上知っていた。
 だが、それにしても……。
 そこまで思ったとき、ふとリオの様子に気がついた。
 リオがひどく顔を強ばらせている。
「リオ……」
 思わず呼びかけ、その視線が実は総司令に注がれている事に気がつき、はっと伯母の顔を振り返った。
 そこにいた伯母は、明るい口調とは裏腹にひどく冷たくリオを睨んでいた。
「伯母……さん」
「ほんとに……私のトシマサを奪ってくれた者だから、一目見たかったのよ」
 一転して感情のこもらない言葉がその口から吐き出される。
 広間の空気がさらに張りつめた。
 ここにいるのはアテナの上官達だから、だいたいのことは知っているのだろう。
 半ば面白げに今の様子を窺っている。
 だが、当事者であるダテにしてみれば面白いなんて言っていられない。
 どうしたらいいんだ?。
 治っている筈の胃がきゅうっ引き絞られ、しくしくと痛みをおこしそうだ。
「奪うなんてとんでもない。総司令の秘蔵っ子である彼の実力が気に入ってしっかりと鍛えさせて貰っていますよ」
 返すリオの言葉も鋭く突き刺さりそうな険を含んでいる。
「そうね、少し精神的に弱いところがあるから鍛えて貰うのはけっこうなんだけど、怪我はさせないで欲しいわ。あやうく失明しかけたと聞いたときには、こちらの寿命が縮むかと思ったわよ」
「そのお年で寿命が縮まれるとそろそろ危ないですね。大人しく司令部の部屋に籠もっておられてはいかがですか?もう十分なお年ですから」
 そ、れ、はっ……禁句うっ!!
 背後のへーパイトス側の人たちの頬がひくついたのをダテは見なくても気付いた。
 はあああ……。
 なんで自分の躰を挟んでこの二人は舌戦をしているのか……。
「そうなのよお、もういい加減”年”だから、そろそろ次期を見付けなきゃいけないんだけど、いい返事が聞けないのよ。ほ、んと”年”とるっていやよねえ……何かに付け”年”とってるから引っ込んでいろて言われちゃって……ねえカケイ大佐は、次期に相応しいそういう人心当たりいないかしら?」
 怒ってる……。
 静かなのに突き刺さるような言葉が、リオに向けられる。
 これまたこの状態は伯母が心底怒っている状態であるとを経験上、いやというほど知っているダテ。
 リオ……挑発しないでください……。
 人事権を伯母はもっているんですう。
 今は大人しくダテをリオのもとにやってはいるが、それを反故にすることだって総司令たる伯母には簡単なことだ。
「そんなだいそれた判断は私にはできませんね。それよりそろそろ私の部下からその腕を放してやってくれませんか?」
「あ、らあ?、そんな事をいうの?あなたに預けているとこの子の命がいくらあっても足りなさそうだから、そろそろこちらに引き取ろうと思っていたの」
「えっ!」
 リオが驚きに目を見開いた。
 そして、その意味にダテも気付いた。
 慌てて振り向いて伯母に詰め寄る。
「どういうことですかっ!」
「いったとうりよ。だからきょうはお迎えにきたの。あなたは総司令部で次期総司令になるための教育を受けるのよ」
 あっけらかんと言われ、息をのんだ。
 冗談のように聞こえるが、伯母のその言葉は本気だとダテは気づいていた。
 だから慌てて首を振る。
「待ってください。私は、次期総司令になることなど考えていませんっ。何より、今のチームを離れる考えなどありませんっ!」
「何言ってるの。あなたが次期にならなくてほかの誰がなるというの?別に身贔屓というわけではないのよ。総合的にきちんと判断して、現総司令部が決定を下したの。今の段階であなた以上に次期総司令としてふさわしい者はいないのよ」
 そんな……。
 そこまで話は進んでいたというのか……。
「でも……私は……」
 ぎりりと音が出そうなほど奥歯を噛み締める。
「私は、なるつもりはありませんっ!」
 いや……何より、今ここでリオと離されるなど……。
「トシマサ。真に優れた者がトップに立たなくて誰がトップになるというの?へーパイトスの隊員達を率いることのできるもっとも優れた者をトップにすえることができなければ、私の最後の仕事は完成しないのよ」
 あくまでにこやかに笑いながら、だが、その目は真剣そのものだ。
 ダテは、これが仕組まれていたことだと気づいた。
 こんな衆目の場で、へーパイトスの総司令として副官まで列席したこの公式の場でここまで断言したのだ。それは次期の存在の宣言に他ならない。こうまでしたのなら、彼女は実行に移すだろう。
 その覚悟でここにきているのだ。
 そして……。
 ダテはそれに逆らえない。
 彼女は伯母である以上に、自分の所属するへーパイトスの総司令なのだ。
 逆らおうとするのなら、逃げ道はただ一つ。
 へーパイトスからの脱退。
 だが、ここを抜けたとしてどこに行けるという。
 ここまで高らかに宣言されたのだ。
 どこの艦隊も、そんなやっかいな存在など引き取ろうと思わないだろう。
 ダテの固く握りしめた拳がふるふると小刻みに震える。
 結局、いつだって逆らえないのだ。
 気が付けば、がんじがらめになっている。
「トシマサ……いえ、ダテ中尉。これは総司令部よりの命令です。本日この時刻を持って、貴官の所属はへーパイトス総司令部です」
 伯母……いや、総司令の言葉がダテを縛る。
 結局、ここは軍隊で、命令に逆らうことはできないのだ。正当な理由がない限り。そして、ダテにはその正当な理由がなかった。
「伯母…さん……」
 口惜しい。
 ここで嫌だと言う資格のない自分が。
 ここでその命令に従えば……もう二度とリオとは逢えない。
 艦隊の派遣されるリオのチームと、オリンポスの総司令部において仕事をすることになるダテに接点はない。
もし逢えたとしても、数年に一度……。
 それが堪らなく嫌だ。
 リオに逢う前なら、嫌でもそれでも……従っていたかもしれない。
 だけど、今は……。
「嫌です……」
 ダテの口からぽつりと言葉が漏れた。
 言ってはならない言葉だとは判っていた。
 だが、出ていた。
「私はその命令には従えません……たとえ、どんなに罰せられようとも」
「トシマサ、命令違反を犯すということがどういうことか判っているんでしょうね」
「判っています。たとえ、そのせいでオリンポスに送還されて禁固刑に処せられようとも、私はその命令に従うことはできない」
 いや、うなずくことなどできない。
 自ら、リオと離れることを肯定することなど……。
「そう……判っているのなら、仕方がありませんね」
 総司令たる伯母が、厳しい視線をダテに向ける。
 背後で副官達が顔を見合わせていた。
 この後、彼女が何を言うのか判っているのだろう。
 そういう所は容赦はないのだ。
 かつて、母を断罪したように……。
 ダテは、固く目を瞑った。
「待てよっ!」
 そのときだった。
 それまで黙って総司令の言葉を聞いていたリオが割って入ったのだ。
 捕まれていたケインの腕を振り払い、ダテの腕を掴んで引き寄せる。
 その拍子に背中からリオの胸に倒れ、もたれかかるように抱きしめられた。
「リオっ!」
 ぐいっと回された両腕に力を込められ、引きはがすことができない。
 目前の伯母達にそんな姿を見られていることに気づいて、かあっと顔が熱くなる。
「ダテちゃんは俺のもんだ。あんたらなんかに渡さないっ!」
 え?
 その言葉にほどこうと足掻いていた手が止まる。
「誰があんたらなんかに渡すものかっ!だいたいいきなりやってきて、何をほざてやがる。確かにこいつは総司令の器かもしれんが、今は内向的で引っ込み思案でくだらんことをいつまでもぐじぐじ悩んで、目立つのが嫌いでしかもすっげー泣き虫なんだぞ。そんなこいつをあんたらのやり方なんかで教育できるもんかっ!」
「……」
 は、恥ずかしい……。
 助けてくれようとはしているんだろう。
 そう思いたい。
 だが、その言っている内容は、こんな衆目で大声で言われる身にもなって欲しい。
 確かにその通りだとは思うが……だけど……。
「そんな事はあなたに言われるまでもなくよっく判ってるわよ。だてに、トシマサの伯母をやっているわけじゃないもの。そして、その姿が、真のトシマサではないことも、それ以上に知っているのよ。なんせ、この子のおしめを換えてやった頃からのつきあいですもの。……ああ、懐かしいわ。確かあれは3つの時……掃除機を微にいり細にいり分解して、再び組み上げて、しかもパワーアップした掃除機のせいで家中がきれいさっぱり必要な物まで片づいてしまった…あの時の光景を目にした瞬間の私の驚き……私ねえ、あのときからこの子の非凡な才能に目をつけていたの……今更、誰にも邪魔はさせないわよっ!」
 ……そんな本人も忘れていることを、大きな声で言わないで欲しい……。
 泣き虫と言われたくはないが……マジで泣きたい……。
 ダテは、リオの手に包まれたまま、泣きそうな顔を見られないように俯いているしかなかった。
 これだから伯母には誰にも勝てなかったのだ。
「ああ、俺だってつきあいは短いけどあんたよりよっぽどこいつのこと知ってるぞっ!切れたらな何しでかすか判らないところだってあるしな。それにあんたが知ってんのは昔のダテちゃんだ。こいつは日々進歩しているぞ。お前らなんかに手に負えるタマじゃねー」
 これは褒められているのか……。
 とてもそうとは思えない。
 もう逆らう気力もなくて、ただ耳だけはふさぎたいと思うのだが、両手もろとも抱きしめられているのでそれもかなわない。
「ん、もうっ!あんた、生意気っ!私は総司令よっ、なんでその言うことが聞けないのよっ!」
「あんたがダテちゃんを奪おうとはする限りっ!」
「私は総司令でその子の伯母よっ!その子を立派な総司令にする義務があるのよっ!」
「俺は、こいつの上官で、こいつは俺の副官だっ!だいたい、いい加減子離れしろよ、ババアっ!こいつをいつまでもあんたの手の中に縛り付けておけると思うなっ!」
「ば、ババアですってえ?!誰のことよっ!!」
 あ、切れた……。
 裏返った声が耳に飛び込んできたとたん、ダテははああと大きく息を吐いた。
 年齢に関わることを伯母に言うのは禁句なのだ。
「あんたのことだよ。いつまでも若作りして、ちったあ年相応の格好しろよ、”ババア”」
「あ、あんただって、ちょっと顔がいいからっていい気になってんじゃないわよっ!どうせ、そんな口を利くような男、特定の彼女もいないでしょーがっ!」
「ああ、いないかもなっ!だが、俺にはこいつがいるんだっ!ダテちゃんが俺がいいって言ってくれるから、俺はそれだけで十分なんだよっ!これ以上、誰もいらないねっ!」
 うっ……。
 ぶわっと全身が一気に熱を吹いた。
 リオってば、今何を叫んでくれた?
 ダテはおそるおそる閉じていた目を開けた。
 目前で伯母とその副官達を含めて全員がこちらに視線を向けている。
 妙に周りが静かだ。
 と。
「きゃーっっ!!」
 そこかしこで黄色い歓声が鳴り響いた。
 驚きの物ではない。なんとなれば、それには「素敵いっ」とか「かっこいいっ!」とかそれこそ熱のこもったため息まで同時に聞こえてきたのだから。
 女性陣だけではない。
 それまでずっと様子をうかがっていた男性陣達までもが、腕組みしながらうんうんうなずいている様子や、呆れたようにこちらを見ている姿までもが目に入る。
 あ、ああああっ!
 それまでなんとか冷静さを保っていた頭が真っ白になった。
「リ、リオっ!あなたは何を叫ぶんですかっ!」
 必死になってふりほどき、リオと向かい合う。
「ほんとの事を言ったまでだが」
 きょとんと首を傾げるリオの肩に手を置き、ダテはがっくりと頭を垂れた。
「あなたって人は……なんて恥ずかしいことをしてくれるんです……」
「別に俺は恥ずかしくなんかない。俺にはお前しかいらない。ほかの女なんか、男も含めていらないぞ……それより、お前の方はどうなんだよ。俺じゃあ役不足だっていうのか?そんな事ないだろ」
 きっぱり言われて、ダテは固まってしまう。
 ここで素直に頷くほど、度胸はすわっていなかった。
 が。
「トシマサ、それでほんとのところどうなのよ?」
 いきなり声をかけられ、はっと振り返る。
 そこには、上目遣いに窺うような伯母の姿があった。
 先ほどまでの怒りはどこへやら。ダテがなんと答えるか興味津々といった表情にダテは絶句する。
 どうやら伯母のミーハーな部分が怒りを凌駕したらしい。
「ね、そこまで熱烈な告白、あなたはどう答えるの?」
「お…ばさん……」
 今の自分がどんなに情けない顔をしているか……。
「そうだ、聞かせろ、ダテちゃん」
 おい……。
 前門の虎、後門の狼……だったか?なんかそんな諺があったなと、頭の片隅で考える。
「ねえ、トシマサ?」
「ダテちゃん?」
 二人だけではない。
 どうやら周りにいる全員がダテの返答を期待しているのを肌で感じてしまう。
 ぱくぱくと開けては閉じる口。
 声にならない。
「こら、何とか言えっ!」
 リオにごつんとげんこつで殴られ、ダテはすうっと息を吸う。
 切れた。
「ええ、私はリオが好きです。私だってリオがいなきゃ嫌ですっ!だから、総司令部なんて行きませんっ!リオと離ればなれになるなんて今は絶対に嫌ですっ!!」
 言ってしまえばすっきりする。
 羞恥とそれを越える怒りに真っ白になった頭が、それをダテに言わせたのだ。
「よしっ、それでこそダテちゃん」
 ぎゅうっと思いっきり抱きしめられる。
「リ、リオっ」
 抱きしめられ、あごにかけられた指がくいっと動かされた。自然、上向いた視線の先にはリオのどアップ。
「んっ!」
 リオの行為に気づいて止めようとしたがそれは全く間に合わず、あっという間に唇を合わせられた。
 頭に回された手でしっかりと固定され、逃げることもままならない。
 見開いていた視界に、周りの人たちが入ったとたん、ダテは羞恥のあまり目を閉じた。
 見られていることを見たくなかったのだ。
 真っ赤になったダテと愁眉端麗なリオの濃厚なキス。
 それは男同士だというのに、周りの人たちにはひどく感銘を与えたらしい。特に女性陣達にはことのほか人気のようで、うるうると潤んだ感動のまなざしが二人に注がれている。
 だが、ダテはそれに気づくはずもなく、リオの胸に手をやって突き放そうとする。
「んあっ」
 僅かに離れたと思った瞬間、唇をぺろりとなめられ、驚いて叫んだとたん再びあわせられた。しかもその僅かな隙間をねらって一瞬のうちに舌が滑り込む。
 口内をまさぐり、上あごの内側をつつくように滑っていく。それを止めさせようとするダテの舌を捕まえ、強引に絡め取り、吸い出したそれを軽く噛む。
「…う…ふっ」
 知らずに漏れた鼻にかかった声が耳に入ったとたん、全身がかああっと熱くなった。
 こんなところで……。
 よりいっそうの羞恥による熱と、躰の芯から疼くように湧いて出てくる熱で、ダテの意識はもうろうとしてきた。
 がくりと膝が力をなくし、リオにすがりつく。
 ようやく離された時には、ダテはふらつく躰をリオに支えられている状態だった。
 あまりの恥ずかしさに、顔を上げることもできない。
「ということで、ダテちゃんを渡すつもりはない。こいつの命令違反を罰っしようとしても俺は全力でこいつを守るからなっ!」
 きっぱりと言い切るリオの言葉がどこか遠くで聞こえるようだ。
 が、それに答える伯母の言葉が耳に入ったとたん、ダテの意識は一気に現実へと引き戻された。
「素敵い……」
 目の前にはうっとりと二人を見つめる伯母の姿があった。
「あのちいちゃかったトシマサがこんな素敵な恋をするようになったのねえ……おばさん感激!」
「……」
 こ、これは……。
 思わず抱えられていたリオの腕をぎゅっと掴む。
「ああん、ここまで愛し合った二人を引き離すなんて、私には無理だわ。だけど、トシマサを次期にする必要もあるの……」
 困ったわ?、と、頭を振って考えている。
「あ、の、ですね、伯母さん?」
「そうだわっ!」
 いきなり、ぱんっと胸の前で両手を合わせた彼女が、にっこりとほほえんだ。
 なんだか嫌な予感がする……。
「愛し合っているあなた達を引き離すなんて無粋なまねはできない。だけど、トシマサを次期総司令として鍛えなければならない。ならば、カケイ大佐、あなたがトシマサを鍛えなさい。それができないなら、どんなに愛し合っていようとも、この子は帰してもらうことになるわよ」
「えっ?」
「はあ?」
 呆然とした声がハモる。
「できないの?もちろん定期的に審査はさせてもらうわよ。それに失格すれば速攻で連れ帰るという条件付きだけどね。それとも最初からギブアップ?」
「まさかっ!」
 先に反応したのはリオだった。
「俺をなめてもらっちゃ困る。俺に任せてくれれば、ダテちゃんは立派に教育してみせるぜ。まあ、俺流の立派があんた達に気に入れば、の話だが」
「リオ?」
「あらあ、いいわよ。気に入らなきゃ、強制的に連れて帰るもの。お手並み拝見だわあ、どんなトシマサができるか楽しみだわ」
 るんるんとずいぶんと楽しそうな伯母の姿にダテは何も言うことができない。
 だが、考えてみれば、それを飲むことによってダテはリオのそばにいられるのだ。
 総司令という将来への道は確定されてしまったけれど……。
「では、その条件、私たちアテナの総司令部が承認として、ここに確認させていただいてよろしいでしようか?」
 それまで黙って様子を窺っていたユウカが、前に進み出てきた。
「もちろん、あなたに一任するわ」
 それに伯母が頷く。当然リオも頷いて、その条件は成立した。
「さあみなさん、料理が冷めてしまいますので、いただきましょう」
 その声に、固まっていた人々の輪が解れ、パーティーが再開された。
 へーパイトスの総司令部の面々もユウカ達に連れられて、別の輪へと向かう。
 完全にダテは放って置かれて……。
「リオ……」
「何だ?」
「私たち、もしかしてはめられました?」
 ここで誰にとは言いたくなかった。
「悔しいがな……」
 リオの視線がユウカに注がれているであろう事は見なくても判った。
 感謝すべきなのかもしれない。
 伯母の性格とリオの性格を利用して、ダテをリオの元に残すようし向ける。
 こんな茶番劇を本人達に知られることなく仕組める人間などそうそうはいない。
 だが……。
 
 この日を境に、第二艦隊プロノイア・アテナと第十一司令部へイパイトス・ウールデミーゴス、ひいてはオリンポス全体にへーパイトスの次期総司令候補の名前が知らしめられた。
 が、ついでのようにその顛末までもが知れ渡ったと聞いた時には、ダテはそれから3日間、自室に閉じこもって出てこようとしなかった。いや、出たくても出ることができなかったのだ。
 誰が撮ったのか、リオとダテのキスシーンが女性達に高値で取り引きされているという噂すら流れ、現にその実物を見せられたとたん、ダテはぶっ倒れてしまった。
 あまりの衝撃に発熱した躰は、3日間下がることがなかった。
 それをかいがいしく、しかしどこか楽しそうに世話をするリオの手の中で、ダテはうつろな視線をリオに向ける。
「リオは、ユウカの企て……知っていたでしょう……」
 それにリオは可笑しそうにくつくつと嗤って返すのだった。

【了】