BL/ML鬼畜小説

21
 誰かが耳元で騒いでいた。
 複数の声。
 それが煩くて、ダテは顔をしかめた。
 まだ、寝ていたいのに……。
「……テ…ゃん……」
 聞き慣れた声なのに、それが誰か思い出せない。
「…だ、寝て……
 起きなければ……という思いと、まだ寝ていたいという思いがせめぎ合う。

「……ダテ……ん……」
 何度も呼びかけられる。
 額に触れる手は、誰のものだろう……。
 暖かなそれに縋り付きたくて……でも手足は鉛の枷でもつけられたかのように重くて動かない。
「……リ……」
 言葉を発することも怠いのに、気がついたら呼んでいた。
 リオ……。
 逢いたい……。
 ここは……嫌だ……。
 それでも、朧気とは言え意識があったのはそこまでだった。
 体が怠い。
 目を開ければ、部屋の灯りが薄暗い。
 夜の時間なのだろうか?
 モニターが発する灯りが、辺りを照らす。
「起きたかい?」
 ぎくりと体が反応した。
 誰もいないと思っていたが、よく見ると視界に入るか入らないかの場所にセイレスがいた。
 途端に不快な感情が湧き起こる。
 逢いたくない……。
 どこかに行って欲しい。
 視線を逸らし、壁を睨む。
 なぜ、みんなは自分をここに運んだのか?
 カベイロスにもこの程度の治療はできる施設はあるのに……。
 頭の中に浮かぶ問いに、ダテは答えを知っていた。
 艦隊配置。
 ファーレーンからだとカベイロスよりここの方が近かった。
 だからだ。
 だが、できればカベイロスまで運んで欲しかった。
 そうすれば、こんな奴に会うこともなかったのに……。
「どうやらぼくは嫌われたようだね」
 足音と衣擦れの音が静かな部屋に響く。
 ぐらりとベッドが傾いだ。
 ダテの背けた視線の反対側にセイレスが座ったのだと判るその動き。
「今日、君のお仲間が来たよ。5人ね。君が怪我した時に一緒にいた人達のようだから、ひどく心配していたけど、君が目を覚まさなかったので、がっかりして帰っていったけど」
「昼間……」
 そういえば、夢うつつにそんな気配がしたような気がする。
 だけど、起きることはできなった。
 ひどく眠くて……怠くて……。
 力が入らない。
「まあ、寝ていた方が治りも早いし、こちらとしては都合がいいけれど」
 ……都合?
 何の都合だ?
 ふっと疑問が湧き起こった。
 この怠さ……。
 昼間来たと言っていた。
 確か、ここに運ばれたのは?
 ダテは、視線をセイレスに戻すと、口を開いた。
「今は……いつだ?」
 怠い……。
 周りの空気がひどく重く感じる。
 まとわりついた何かが、動きを邪魔しているようだ……。
「今?夜の9時……かな?」
 夜?
 いや、夜は判っている。
 ダテは苛々と問いかけ直した。
「日付は?」
 それにセイレスは僅かに苦笑を浮かべて答えた。
「8月15日」
 ダテはそれを聞いた途端、一瞬セイレスを睨むと再び視線を逸らした。
 作戦をした日は、8月13日。
 怪我をしてここに来た日も同じ日。
 その日の内に目覚めた事は、記憶している。その時にこのセイレスに会ったのだから。
 なのに、あれから二日。
 その間に起きた記憶はない。
 キュアーに付いているから、食事や排泄は装置がコントロールしている。起きている必要はない。だが、だからと行って、ずっと寝たままでいることは少ない。
 筋肉は使わないと加速度的に衰えるからだ。
「薬を使ってまで……何を企んでいる?」
 この異様な怠さは薬のせいだ。
 だから昼間に目覚めることはできなかった。
「起きていられるとカケイ大佐に喋ってしまうだろ。だからだよ」
 そんなことをされたら、彼は君をつれて帰る。
 さらりと言って、ダテの頬に手をかける。
 ぎろっときつい視線をくれてもその口元に浮かんだ笑みは変わらない。
「触るな」
 苛々する。
 触れられることが嫌で堪らない。
 リオやみんなが来てくれたのに、そんな理由で目覚めることができなかったなんて……。
 心配しないでいい、と、この口で伝えたいのに……。
「やれやれ」
 セイレスに自由な手を捕まえられる。
 近づく顔に、その意図を察して逃げようとするが、顔を背けることしかできなかった。
 頬に添えられていた手が顎を掴み、ダテの顔を固定する。
「やめっ!」
 抗議の言葉は、セイレスの口の中に消えていった。
 ぞぞっと背筋に走る悪寒。
「い……やっ!」
 触れられる向きが変わるたびに、制止の言葉を吐くがそれは一向に聞き入られることはなかった。
 悔しい……。
 こんなところでなすがままにされるのは……。
 この男は、自分が好きでも何でもないくせに。
 ダテの方が伯母に認められているから、それに対抗するためだけにこんな事をしている。
 それが言葉の端々に窺える。
 ……好きだという台詞もなく、ただ面白がっている。
 出会ったばかりのリオのようだ。
 あの頃のリオも、こんなふうに嫌がるダテに無理矢理キスをしていた。
 けれど……この男の物はあの時よりはるかに不快で嫌だ
「泣くほどいい?」
 そんな筈はないだろうに、嗤いながら言う。
 思いやりのないキスが気持ちよかろう筈もない。
「今日きていたキイチって子。あの子も第六世代だって噂があるね」
「え?」
 唐突に変わった話題に目を見張る。
 キイがなんだって?
「知らなかった?後に目があるんだろ、あの子。若いけどたいした戦闘員だって、結構な噂だよ。なんでアレースに入らなかったんだろうね」
 上から覆い被さるようにして覗き込むセイレスがくつくつと嗤いながら言う。
 その真意が判らない。
 何がおかしいんだろう?
「双子もいたよね。彼らも、実は……なんじゃない?」
 ……何が言いたいんだろう?
 ボブやビルも?
 だけど、彼らはごく普通だと思っていた……。
「知らないのかい?あの双子、性格は全く違うのに、今までの全ての同じ内容の実技・筆記テストにおいて、同点をとるんだよ。テレパスとかそういう疑いで、遮蔽された空間で行っても、やはりそういう結果しかもたらさないそうだね」
「同点……二人が?」
 あの性格は真反対の二人。
「ぼくは、こういう立場上いろいろな身体情報・精神情報を手に入れることができてね。まだまだ少ない第六世代。その中でも特に突飛な能力を持っている彼らが何故カケイ大佐のチームにいる?そう、そのカケイ大佐も狭間にいる人間だよね。第六でも第五でもある。かなり第六よりか…」
 第六世代が揃っている?
 確かにセイレスの言うとおりだとしたら、それは異常だ。
 基本的には希望場所に配属される筈。
 だが、これは狙ったかとしか思えない。
 はっとダテは目を見開いた。
 まじまじとセイレスを見つめる。
「伯母さんが?」
 その返事はくすりとこぼれた笑みで返された。
 伯母さんがリオの元に集めた?
「彼女の頭の中では、君がヘーパイトスの次期総司令であることは、決定事項らしいね。だから、すでにその体制を整えようと画策しているとしか思えない。どうだ?」
「くっ!」
 いきなり、股間を掴まれた。
 怠くて萎えているそこを強い力で掴まれ、全身が強張る。
「な…にっ……」
 顔をしかめてセイレスを睨むが、彼は冷ややかにダテを見下ろしていた。
「持って生まれた能力だけで、将来が決定されているっていう気分はどんなものかい?随分と恵まれた運命だよね。たいした苦労もなく、上に上がれるってのは?」
 ぎりぎりと強く握られ、全身を冷や汗が流れる。
 食いしばった歯の隙間から唸り声が漏れた。
「君はそのうち、ヘーパイトスの総司令だ。そして、カケイ大佐のところにいる誰かが君の副官になる。楽で良いね。ぼく達のように、何の取り柄もない人間がどんなにがんばっても辿り着けない高みに登れるんだから」
「ち、がうっ!」
 痛みを越える感情に煽られ、ダテは必死で叫んでいた。
「違う、違う、違うっ!」
「違う?何が?」
 僅かに眉をひそめたセイレスにダテは涙の浮かんだ目を向ける。
「第六世代だから……なんか関係ない……。私は、総司令なんかになりたくない。みんなもそんなつもりでリオの元にいる訳じゃない。私たちだって好きで第六世代で生まれたんじゃない。こんな能力、いらなかった。普通に生まれて、普通にしていたかった。だから封じ込めていたのにっ!」
「封じ込めて?ああ、そんなことを伯母さんが言っていたな。もったいないだろ、そんなこと?ぼくには信じられないね。せっかくの力がいらないって?そんなもの、持っていない人間に向かって言うことじゃないよ。持っているからこそ言える自己欺瞞かい?」
「違う……」 
 ダテの瞳に諦めの色が浮かんだ。
 きっと何を言っても聞き入れてはくれないだろう。ダテが持っている激しいコンプレックスとは正反対の物をこのセイレスはもっているのだ。それは決して理解し合える物ではない。
 ふっと股間からの刺激がやんわりとした物に変わっているのに気か付いた。
 ぞくぞくとした疼きが背筋から伝わってくるのに、ひくりと頬が引きつった。
「止めろ……」
 慌ててその腕を掴む。
「あのカケイ大佐がご執心なんだろ。こんなこと、馴れてるんじゃないのか?」
 やわやわと強弱を込めて握り込まれる。
 ぞくりと湧き起こる生理的な反応にダテは必死で首を振った。
「止めろっ!」
「いいね。君みたいに優れている人がそんな風に涙混じりで懇願するなんて……ほんと、最初思った通りだよ。凄く可愛くて……好みだ」
 再び、口付けられる。
 下肢に気をとられていて、反応が遅れたダテの唇を割ってセイレスの舌がねっとりと入ってきた。
「…んあっ!」
 体重をかけられると、あちらこちらに痛みが走る。
 それが余計に体から力を抜けさせてた。
「いいじゃないか……男なんだし、気にするほどの物でもないだろ?だいたいカケイ大佐にいつもして貰っているんじやないのか?」
 嘲るようにダテの耳元で囁く。
「こんなこと……平気だろ?」
 呪文のように何度も何度も囁いてくる。
 するりと治療服の隙間から手を入れられ、直接握られた途端体がぴくりと跳ねた。
 それを面白そうにセイレスが見つめる。
「…あ……」
 漏れそうになった声に、慌ててきつく歯を食いしばった。
 固く瞑った目から、涙が流れ落ちる。
「ん?……でも、少し反応が悪いなあ……」
 考え込むように小首をかしげて、ダテのそこを覗き込む。
 羞恥に全身を朱に染めながら、ダテはなんとかしてそこを隠そうとしていた。だが、足の上に乗しかかれ、さらけ出すように開かされてしまう。
「薬の影響かな……これじゃあ、面白くないよね」
 にこりと笑うセイレスにぞくりと悪寒が走る。
 何をするつもりだ?
 ダテがセイレスを凝視していると、彼はするっとダテからおりるとキュアーの傍らに近づいた。
「これ……何か判る?」
 そこに置いていたのか、小さなアンプルを取り上げてダテの目の前にちらつかせた。
「何を……」
 何かの薬だろうとは判る。
 だが、それが何か?
 こんな状態で差し出すものだ。ろくでもない物のような気がした。
 眉間にシワを寄せて、セイレスの手の物を見つめているダテに、くすりと笑みを漏らすとその切っ先をピンと指先で跳ねた。
 それだけで、封が開く。
 それをキュアーの薬液の挿入口に突き刺した。
 僅かな液体は、あっという間にその中に吸い込まれる。
 そこから入った薬液は、ダテの腕の血管に繋がれたカテーテルを通って、ダテの体内に入り込む。
「な、に……」
 何が入ったのか……。
 問いかける声が震えているのを止められない。
「これね、精力剤」
 ダテの不安をよそにセイレスが何でもない物のように軽く言い放つ。
「せい……力……」
 最初、ぴんとこなかった。
 それが差す意味に気づかなかった。
 が。
「そうだよ。インポテンツの治療薬。即効性でね。どうしても勃起してもらわないと困るときに使うんだ。これが体内にはいるとインポテンツの人間でも1時間は勃起したままになれるよ。でも君はもともとはそうじゃなさそうだし……どのくらい効くかなあ?」
 きょとんと小首をかしげるセイレスを、ダテは恐ろしいものでも見るように見据えていた。
 そんなもの……。
 特に性欲が有り余っている訳ではないが、それでも時には人並みに感じている自分のモノ。
 それなのに、そんなインポテンツが勃つような薬を入れるなんて……。
「すぐ効いてくるから」
 セイレスの手が動けないでいるダテの体に触れてくる。
「や、止めろっ!」
 慌てて身動いだ体は、軽々と押さえつけられた。
「ほら……」
 その手が股間に直に触れる。
「ひっ!」
 とたんに激しい疼きが全身を襲った。
 全身が小刻みに震える。
「な、に……?」
 ずきずきと疼き続けるそこが、軽く触れられるだけでどんどんと固くいきり立っていく。
「効いてきたようだね」
 きつく眉根を寄せて迫る快感に必死で堪えているダテを見ながら、セイレスは嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。
22
 自分の体が自分の物ではないように震える。
 全身が性感帯になってしまったかのように、どこに触れられても快感が押し寄せてくる。
「…ああっ……あ、やあっ……」
 逆らう気力はもうなかった。
 ただ、セイレスの手が動くことだけに意識が集中する。
「可愛いですよ……君のここ、こんなに元気だ」
 揶揄する言葉に頬を染める。
 かたく閉じられた瞼から涙があふれ出ていた。
 理性は嫌だと叫んでいる。
 なのに、体が逆らえない。逆らうことができない。
 指で軽く先端を擦られるだけで達きそうになる。が、達く寸前で強く握られせき止められた。
「あ…や……」
 達くに達けない疼きが理性を崩壊させる。セイレスの体の下で身もだえるダテは、ただ達きたくて股間をセイレスの腰へと擦りつけていた。
 それに気づいたセイレスがくすりと喉で笑う。
「ヘーパイトスの次期候補はずいぶんといやらしい体をしている」
 せき止めたままの先端をぐいっと指で押しつける。
「うああっ」
 全身を引きつらせるダテの姿をセイレスが楽しそうに見下ろしていた。
「達きたい?ならそう言わないと」
 ダテの顔がびくりと震え、閉じられていた目が微かに開いた。
 その目が虚ろにセイレスを見つめる。
「どうして欲しい?」
 どうして……?
 自分は何をしている……?
 何を……?
 駄目だと、何かが言っているような気がした。
 ここで言葉を発しては駄目なんだと。
 だけど……。
 狂おしいまでに体が解放を求めている。
 達きたくて達きたくて、堪らない。
 誰でもいい。
 今のこの自分を助けてくれるのなら……だから……。
「達きたい……」
 目の前の男に、自分を支配している男に、訴えていた。
「達…かせて……」
 きつくシーツを掴んでいた手を男に差しのばす。
 触れた腕を強く掴んで引き寄せる。
「もう……」
「いい子だ」
 セイレスの体がダテの上に沈む。
「可愛いね。そんな顔をされるともうこっちも堪えられない……」
「あ……おね…がい……」
 懇願する声音が震えていた。
 解放して欲しくて堪らない。
 上にのしかかる重みと温もりがダテをたより高ぶらせる。
「も……がまん……できない……」
「我慢すると、後がとっても気持ちいいから……もう少し我慢しなさい」
 朦朧とした意識が、何を?と問う。
 向けられた視線の先で、セイレスがごそごそとダテの股間で動いていた。
 ばちりと何かが根元できつく止められる。
「うっ」
「これで勝手には達けないよ」
 くつくつと喉の奥で嗤いながら、セイレスはダテの顔を跨ぐように膝立ちになった。
「見てごらんよ……君のほんとに色っぽい顔に、ぼくのモノがこんなになって……」
 制服の下から取り出されたそれは、言葉の通り天を向くほどそびえていた。
 ぐいっと押し下げられ、唇に触れるほどの距離でそれが揺れる。
「ね、舐めてよ。君の可愛い口で」
 な、める?
 呆然とその先にあるセイレスの顔を見上げる。
「ああ、もう……そんな顔したら、ぼくもう達ってしまいそうだ。だから、舐めて……」
 ぐいっと唇に押しつけられた。それでも、さすがに躊躇っているダテに焦れたのか、セイレスが片足を後方に伸ばした。
 その先にあるのは、ダテの戒められたモノ。
「あっ」
 どくんと痛みを覚えるほどの快感が走る。
「君も達きたいだろ。ぼくも達きたい。だから、ぼくを達かせてくれたら、君も達かせてあげる。だから、しっかり舐めてよ」
 普段だったら、噛みついてでも拒否する行為は、薬のせいで股間に意識が言っているせいか、嫌な事だとは思えなかった。
 達きたい……。
 それだけが頭を支配していて……。
 ダテは、おずおずと舌を出した。

 拙いダテの舌の動きに、セイレスはそれでも感じているようで、その頬を赤く染め、欲情に満ちた視線をダテに向ける。
「ああ、いいよ。もっと……ヘーパイトスの次期司令候補が、ぼくのモノを舐めているんだ。ねえ、もっと、もっと……っ!」
 一際高い声が挙がると同時に、ダテの顔にセイレスの欲情の証が迸った。
 頬から額、髪にかけて白く粘りのある液がまとわりつく。
「んっくっ……」
 その臭いと不快さがダテの意識に急速に襲ってきて、薬に支配されていた頭が一瞬正気に戻った。
 私は……何を!
「あはは……すごいや。こんなに感じたの初めてだよ。ほ、とん……君って可愛いから……。あはははっ」
 嗤いながらセイレスは、ダテの体の上から飛び降りた。
「わ、たし……は……」
 茫然とするダテに、セイレスが笑いかける。
「じゃあ、約束」
「え?」
 かちりとした振動が合ったと思った途端堰き止められていたそれがふっと緩んだ。
「あ、駄目っ!」
「達きなさい」
「ああぁぁぁっ!」
 ピンと先端を爪弾かれたとたん、ダテは堪えきれずに堪っていたそれを迸らせた。
 どくどくと絶え間なく流れるその白濁した液をセイレスはほとんど全てを手で受け止めていた。どろりとした液が、指の間から漏れそうになり、それがこぼれ落ちる前にダテの顔の上に持っていく。
 解放された激しい衝動で荒れていた息を整えるために、ダテの開かれていた口の上に。
 ぽたりと口の中にそれが入ってきた。
 とたんにはっと我に返ったダテが、慌てて口を閉じた。
 その顔にぼたぼたと落ちる液。
 口の中にある液を吐き出すこともできずにダテは呆然とセイレスを見上げていた。
「おいしいだろ、君のものだよ」
 ぴくりとダテの全身が震えた。
 慌てて背けようとした顔はすんでの所で捕らえられ、上向かされる。
「ほら、こんなに……」
 べっとりと濡れた手をダテの頬に這わせ、擦り付ける。
「やめろっ!」
 制止しようと開いた口に、するりと指が入ってきた。
「んぐっ!」
「ほら、舐めて、君のモノと僕のモノ。君の口で綺麗にしてよ」
 とろりと指づたいに伝ってくるそれが口の中に入ってくる。
 独特の匂いが鼻について、吐き気すらもよおしていた。
「綺麗だよ。お化粧したみたいだ」
 い、やだ……。
 ダテの目が怯えていた。
 体が震えている。
 それが余計にセイレスを煽る。
「どうした?綺麗にしてくれないのか?」
 とてもではないが、口の中にあるだけで不快で堪らないのに、どうして舐めることなどできよう。
 吐き気を堪えるダテの目には、涙が浮かんでいる。
「ふ?ん……。でも言うことを聞いた方がいいよ。だって、君、自分では綺麗にできないだろう?この顔も、ここも……」
 ぎゅっと握られ、微かな悲鳴が喉から上がった。
「このまま、明日を迎えたら、また君の仲間達来るんだよね。そのときに、どう思うかな?眠っている君の顔が精液でばりばりになっていて、どんな遊びをしているのかと、呆れるかな?」
 すうっと熱かった体が冷めていく。
 くすくすと笑い続けるセイレスをダテは信じられない思いで見つめていた。
「まさか……」
 かろうじて吐き出した言葉に、にっこりと返される。
「だから綺麗にしなさい」
 ほ、んき……なのだろうか?
 だが、もしまた眠らされたら……もう自分ではどうしようもない。
 このままの状態で、みんなを迎えるなんて……そんなことできない……。
 青ざめてしまったダテに、セイレスは言葉だけは優しく囁いた。
「さあ、綺麗にして……」
 言葉の優しさとは裏腹に乱暴に指を口に押し入れられる。
 それにえづきそうになるのを堪えながら、結局ダテは指に舌を這わせた。
 匂いと味と指からの刺激から来る吐き気。
 自分が出したのを舐めさせられているその屈辱。
 全身が震えるほどの屈辱というものをダテは初めて知った。
 こぼれ落ちる涙は、悔しさの塊。
「可愛いね、ほんとに……」
 セイレスの手が濡れたダテの頬をなぞる。
「いい子だから、ちゃんと綺麗にしてあげるよ」
 ようやく口から取り出された手がしばらくすると戻ってきて、ダテの顔を柔らかな生地で拭いていく。わずかにすうっと感じる冷たさは、消毒薬だろうか。
 顔は綺麗になっているのはいいのだが口の中は粘ついて堪らない。
「水……欲しい……」
 まだ薬の影響も残っているのか、落ち着くとぞわぞわとした感触があちらこちらから湧いてくる。
 胸にわだかまっている不快な塊をのせてふうっと息を吐き出すと、セイレスの手が口元にストローを持ってきた。
 訝しげに視線を向けると、セイレスが心外そうに眉をひそめる。
「水だよ。いるっていったろ」
 ほんとに……水なのだろうか?
 湧いた疑問は、ストローを口にぐいっと押しつけられたことで、脇に追いやった。
 飲まなければ、また何をされるか判らない。
 ごくりと飲み込むと、それは確かに水で、ほっと一息つく。
 そして、続けてボトルに入っていた水を全て飲み干すと、ようやく口の中の粘っこさが消えたような気がした。
「さて、なかなか可愛い顔堪能できたから次のお楽しみ、と行きたいところなんだけどね、今日はこれからしなければならないことがあってね。残念ながらお楽しみは明日ってことにしようか」
「お、たのしみ……?」
 これ以上、まだ何かするつもりだったのか……。
 ダテが視線で追う先で、セイレスがキュアーを操作する。
 あ、また!
「薬を……」
 入れるつもりなのか!
「そうだよ。また寝てなさい。明日の夜は暇だから、たっぷり楽しめるよ」
 くすりと笑うセイレスをダテは絶望的な思いで見つめていた。
 もう……嫌だ……。
 帰りたい……。
 ぎゅっと目をつぶり、何度も心の中で呟く。
 ここから、逃げないと……。
 何をされるか判らない。
 この男は、そのコンプレックス故に自分を壊そうとしている。
 このままここにいると……これだけでは済まない……。
 だが、かちりという小さな音が耳に届く。それは先日にも聞いた音だ。
 引き込まれるように意識が薄くなる。
 その最後に残った細い糸に縋るように、ダテは何度も繰り返していた。
 眠りたくないっ!
 駄目だっ!
 リオ達に逢わないとっ!
 リオと帰らないとっ!
 帰るっ……帰るっ……リオと……みんなと…………カベイロスへ……
「か…え……る……」
 かろうじて吐き出した言葉を最後に、ダテは深い眠りに入っていった。
23
「まだ……か?」
「……ちゃん……」

 ああ、誰かが呼んでいる……。
 夢と現実の狭間。
 白い空間にダテは漂っていた。
 聞こえるのに……だが何を言っているのか判らない。
 
「……検査……疲れが……」
「いい加減……な、ダテ……」
「無茶……ね」
 
 途切れ途切れに単語が聞こえる。
 誰だろう……。
 知っている声だと思う。
 なのに判らない。
 体がひどく重く、柔らかな何かに包まれたように固定されていて、身動き一つできない。
 ふんわりと額から伝わる温もりがひどく懐かしい。
 もっともっと触れて欲しいと思うのに、それはすうっと離れていってしまった。

「だってよ……」
「……無理……」
「しかし……約束……したから」

 約束……。
 何か約束したのだろうか……私が、誰かと?
 誰と?
 約束……。
 記憶にある約束は……。
 そうだ……大事な……約束を……していたはず……。
「約束……って?」
「帰ったら、……やってやろうとしていたのに……こんな怪我を……」
「リオってばっ!」
「相変わらず……」

 リオ?
 リオって……あのリオ?
 リオがいる?
 とたんに雁字搦めに縛り付けられていた心の鎖が一つ弾け飛んだ。
 その勢いを借りて、ダテの意識が一気に覚醒を始める。
 リオがいるなら起きないと。
 はっきりとした意志が蘇り始める。
 起きて伝えなければならないことがある。
 そう脳が命令する。

「……そろそろ帰りませんと……まだ報告書が……」
「またかよ……ちっともこいつ目を覚まさねー」
「ベルが怒りますって」
「でも……」

 ああ、そうだ、リオの声だ。
 リオが来ている。
 来ているなら……一緒に帰らないといけない。
 脳の奥深くにインプットされた命令が、うっかりすると朦朧としそうなダテを引き留める。
 眠りに入る寸前に必死の思いでかけた自己暗示。
 帰りたい。
 それを伝えなければならない。

「ダテちゃん、起きてくれないかなあ……。元気なところがみたいよ……」
「全くだ。あれだけ心配かけておいて、ひたすら眠り続けるなんてしょうがねー奴。後でたっぷりお仕置きだ」
「リオにそういう事をされると思って、余計に眠り込んでいるのではないですか?」
「ほんと……そうかもねー」
「貴様らっ!」

 意識の覚醒とともに、会話が鮮明に聞こえてくる。
 ああ、そうだ……。
 みんないる。
 私の居場所。
 起きて一緒に帰らないと……。
 でも……。
 なんで私は動けない。
 どうして目を覚ますことができない?
 帰らなければいけないのに……。

「ほらほら皆さん、面会時間はもう終わりです。また今度いらしてください」

 この声っ!
 どこか朦朧としている白濁した世界だったところが、一陣の風が吹いたように、すうっと視界が広がっていく。
 嫌いな声。

「1週間もすれば、そちらに移送できますし、そうしたらいつでも逢えるでしょう?」

 嗤っている。
 それが堪らなく不快だ。
 だから……起きなくてはならない……。

「しょーがねーな……ダテちゃん、またな」
 
 リオが……リオが……行ってしまうっ!
 駄目、駄目だ、行かないでっ!
 激しい焦燥感がダテを支配していた。
 それがより意識の覚醒を助ける。
 一緒に帰る。
 それはもう一つのキーワード。
 そして、鎖が再び弾け飛んだ。

「い…しょに……」
「ダテちゃんっ!」

 さっきまで眠り込んでいたダテの左手がすうっと持ち上げられていた。
 その頬にいつの間に流されたのか、涙の痕がある。
 それに最初に気づいたのは、キイだった。
「ダテちゃんっ、起きたっ!」
 その言葉に帰りかけたリオ達の足が止まった。
「ダテちゃんっ!」
「リ…オ……」
 うっすらと開けられた瞳は、まだ焦点が合っていないようで、うろうろと視線を彷徨わせていた。
 その視界の中にリオが自ら移動した。
「俺は、ここだ、ダテちゃん……大丈夫か?」
 伸ばされた手をリオがすっと握る。
「ダテ中尉。まだ無茶をしてはいけません。面会時間は終わったんですから、皆さんには引き取って貰う所なんですよ」
 セイレスが声をかけた途端、ダテの手に力が入った。
「?」
 ぎゅっと握りしめられたその手が、僅かに震えているのにリオが気づかないはずがない。
「ダテちゃん?どうした?」
「リ…オ……帰りたい……」
 ダテは必死で言葉を継いでいた。
 少しでも意識を逸らすと、一気に睡魔の波に攫われそうなくらいに眠い。
 体も頭も……口すらも、意志に反して眠りに入ろうとする。
 だが、今寝るわけにはいかなかった。
 縋り付くようにリオの手を引き寄せ、どこかぼやっとした視界の中のリオを見つめる。
「どうし……連れて帰って……ない?」
「何だ?」
 リオの眉間が訝しげに寄せられた。
「約束……連れて帰る……って……何で置いていく……んだ?私を……何で……一人に…する?……私は………帰りたい……」
「約束?って……まさか、あの約束のことか?!」
 その約束をリオが忘れるわけがなかった。
 パラス・アテナに軟禁されてしまったダテに忍び込んできたリオが約束した言葉。
『必ず、連れて帰る』
 その言葉があの時どういう状況でなされたか、何よりリオはよく知っていた。
「ダテちゃん……」
 見る間にリオの顔が蒼白になった。
 ダテの必死の想いが、涙とともにリオに伝わる。
 あの時もこんな風に泣いていた。
 こいつは……こんなふうに泣いていたのだ。
「リオ、ダテちゃんは、一体何を」
 キイがそんな二人の様子を呆然と見つめている。
 キイ……も……みんなにも……逢いたかった……。
 自分が何をしたいのか、だからこそ伝えなければならない。
 ダテは最後の力を振り絞るように、リオの手から自分の手を離した。
 その手をリオの腰のベルトに持っていく。
「かえ…りたい……だから……くす………ないよう……暗示……」
 動かした手で、そこにあるべき物を探る。
 リオは、何かに魅入られたように動かなかった。
 そして、メンバーの視線は、ダテが手に入れようとしている物を正確に捕らえていた。
 ヘーパイトスの隊員の標準装備であるそれは、大変使い勝手の良い工具。
「ここは……嫌……だから……私は……リオと帰る……リオ……約束……っ」
 だが、後僅かというところで突然ダテの手がぱたりと落ちた。
「ダテちゃんっ!!」
 茫然となっていたリオがはっと我に返る。
 ダテはまるで人形のようにその姿勢のまま深い眠りに入っていた。
「ダテちゃんっ、起きろっ!」
「待ってくださいっ!刺激しないでっ!」
 揺り起こそうとするリオとダテの間に、セイレスが割り込んだ。
「彼の腕は、開放骨折の上にその後も無理をしたせいでかなりの損失部があります。それをできるだけ早く形成できるよう、かなりの薬を投与しています。今のは、そのための副作用による症状です。彼は……ひどく寝ぼけている状態なんですよ。だから、きっと作戦のことでも思い出して……今は意識か混乱しているんです。だからそっとしてください」
「混乱?」
 ぼそりとリオが呟いた。
 その視線は、セイレスの背後に見えるダテを見つめている。
「はい、そうです。もう数日、この薬を投与しますのでこの状態が続きます。ですから……今日のところはお引き取りください。今は、彼を静かに寝かせてあげることが一番のいいんです」
「……そうか」
 セイレスの言葉を黙って聞いていたリオが、こくりと頷いた。
 それにセイレスが明らかにほっとした表情を浮かべる。
「みんな、とりあえず帰るぞ。ダテちゃんが元気になったら迎えに来ないといけないから、その準備をしないと」
「そうです。一週間もたたないうちにそちらの艦に移送しますから、リハビリの用意でもしてお待ちください」
 リオの言葉にセイレスも賛同する。
「判った、リオ。そうだね、”一度”帰らないとね」
 キイが僅かに口の端を上げながら呟いた。
 ボブがちらりとビルに視線を送り、リッチが座っていたイスから腰を上げた。
「それでは、もうしばらく彼を頼みます」
 リオが吐き出すその言葉には何の感情も込められていないのを、メンバーだけが気づいていた。
24
「驚いたよ。あの薬を入れて途中で目覚めるはずはないのに、起きあがるなんてさ」
「あ……んっ……」
「やっぱり、第六世代ってのは伊達じゃないんだね」
 セイレスの言葉は何を言ってもダテを揶揄しているようにしか聞こえなかった。
 喋りながらも、ダテの股間を刺激することを止めようとしない。
 すでに勃ち上がり、襲ってくる快感に身を震わせるそれは、先走りでじっとりと濡れていた。
 そのぬめりを借りて、セイレスの手がダテのモノを上下に扱いていて、どんなに意識を逸らせようとしても素直な体が敏感に反応してしまう。
 今回、ダテが目覚めたときには、すでに四肢をひものようなもので完全に拘束されていた。
 その状態のダテに嬉々として昨夜と同じ薬を投与したセイレス。
 間をおかずして、反応を始めたダテを玩具のように弄ぶ。
「んくぅ……」
 襲ってくる快感は必死に拒否しようとするダテの意志をあざ笑い、的確に反応を返す。どんなにダテが意識を逸らして、僅かに指先で先端を嬲られるだけで、そちらへと引き戻され、一気に放出したいという欲求に襲われるのだ。
「もう、達きそうだね」
 だが、言葉とは裏腹にセイレスはダテが達きそうになるとその手を弱め、ダテがほっとすると一気に激しく動かすというように、ダテを翻弄し続けた。
「あ……あっ……もう……」
 堪えられなくなったダテの口から無意識のうちに欲する言葉が出る。
 そこでようやく、セイレスはダテに達く事を許した。
「ほら……達きなさいって」
 一際上下に激しく扱く。
 ぴちゃぴちゃと音がするほどに濡れていたダテのそこは、その刺激にはもう堪えられなかった。
「あ、ああっ!」
 短い叫びとともに全身が激しく震え、その脈動とともに先端から勢いよく吐き出す。
 焦らされたせいでその解放感は大きく、ダテは大きく喘ぐハメになった。
「いいなあ、君って。感度はいいし、達く時の顔はめちゃくちゃ色っぽいし。こうなったら、是非とも君の中に入りたくなる」
「え……?」
 その言葉に、なおも快感に翻弄されていたダテの頭が真っ白になる。
 ──今……なんて言った?
 唖然として見つめる先で、セイレスがニヤリと口の端を歪めた。
「何を驚いているの?ここまでしたら……行き着く先は、セックスだろ。ぼくのここは、もう君の中に入りたいとさっきからずっと疼いているんだよ。もう君の舌で舐められるだけじゃ足りないくらいにね」
「や……だ……。止めろっ……」
 ふるふるとかろうじて動く首を振り続ける。
「嫌がることないじゃない。どうせ、あのカケイ大佐とはやりまくっているんだろ。男同士なんだし、別に気にするほどの物じゃない」
 違う……。
 リオとはまだしていない。
 そう言いたかった。
 だが、僅かに残った理性が、それをダテに言わせない。
 どうしよう、と逡巡している隙に、セイレスの手がダテの下肢の間に入ってきた。
「ふふ、ここに入れたら……君、どんな顔をするんだろ?」
 ぬるりとした感触が、股の間を通り、後へと到達する。
「……やだ……」
 触れる感触にぴくりと震える。
「ここ……早く入れたい……」
 ぐっとセイレスの指先に力が入り、必死で締めつけているダテの中に入ろうとする。
「や、やめろっ」
「強情だ……」
 だが、幾ら頑張っても腕の力を込めて進めようとするセイレスにはかなわない。
「うっくっ……」
 引きつれる痛みが後孔を襲い、ダテは思わず声を漏らしていた。
 侵入してくる異物感と動けない恐怖がダテをパニックに陥れ、無意識のうちにここにいない助けを呼んでいた。
「い…やだ……いやっ。リオ……リオっ!」
「無駄だよ。どんなに呼んだって聞こえやしない」
 それにセイレスが嘲笑した。
 だが。
「いや、よく聞こえる」
 いるはずのない人物の声が室内に響き渡る。 
 とたんにぴきっと固まったセイレスの背後を見遣ったダテが、信じられないとばかりに目を見開いた。
「リ…オ……」
 どうしてここに……。
 昼間の記憶がほとんどないダテに、リオがなぜここにいるのか判らない。
 自分が訴えた言葉を、リオが気づいたことなど判らない。
「どけよ……」
 地の底を這うような冷たい声がセイレスを一歩ひかせる。その空いた空間に、リオが進んできた。
 険しい顔つきがダテに向けられた途端に、ふっと綻ぶ。
「よお、ダテちゃん。いい格好だな」
 軽く手を挙げウインクをするリオに、ダテは自分の様子に気づいてさあっと顔を赤らめた。
 前をはだけられ、薬のせいで立ち上がったものが股間で揺れているのだ。
「あ……」
 必死で隠そうと四肢を動かすが、固定されていてそれもできない。
「リオってば……相変わらずだね。ああ、ダテちゃん、もう大丈夫だよ」
 反対側から話しかけられ、ふわっと柔らかな布がダテの上に被せられた。
「リッチ……」
 その背後にボブも見えた。
「ほら、みんなで助けに来たぞ。しかし、お前のあまりに色っぽい姿に俺は思わずこいつらを引きつれてきたことを後悔した……」
 リオはムスッと不機嫌そうに眉根を寄せるが、ふうっと大きくため息をつくとダテを見下ろした。
「ほんとに、このままお前を犯したい気分だ……」
「リ、リオっ!」
 みんながいるから、それは冗談だとは思う。だが、リオが言うと本気に聞こえた。
 だか、焦るダテの拘束を解くリオの表情はひどく優しだ。、
「お前は……ほんとに目を離すと、何をしているか判らないな……」
 リオの手が額に触れる。
 その心地よさと温もりは、何度も何度も夢見たものと同じ……。
 それを思い出したとたん、未だ強ばっていた心が、ふっと綻んだ。
 とたんに、中から沸き上がった感情は、もう止められない。
「リオ……リオ……リオっ!」
 来てくれたっ!
 何度も呼びかけるダテの眦から幾筋も涙が溢れてはこぼれ落ちる。
「ああ、迎えにきてやったぞ」
 リオがそっとダテの額に口づけるのと、セイレスの体がぐらりと傾いて床に崩れ落ちるのが同時だった。
「な…んで……ここに……」
 唖然と呟くセイレスに、リオは冷たく言い放った。
「バカかお前は。昼間のダテちゃんの必死の訴えを、俺たちが聞き逃すと思っていたのか?まったく、何が起きたのかと思えば、こんな事を……」
 ぎりりと音がするほど噛みしめているリオの怒りに、セイレスはひっと声を上げて尻を床につけたまま後ずさった。
 その体が何かに当たり、セイレスの動きを止める。
「どこに行くって?あんた、逃がさないよ。よくも動けないダテちゃんにあんな事を」
 どこか幼い声音に、セイレスがはっと見上げた先に銃口があった。
「ひいっ!」
 それが額に当てられるに至っては、セイレスはもう失神しないのがおかしなほどだ。
「お前を許すつもりはない。だが、それよりダテちゃんをここから連れ出す方が先決だ。キイ、そいつ縛って、その顔に当分消えないように落書きでもしとけ」
「了解」
 ボブの命令に、キイが嬉々としてロープを取り出した。
 キイの手がかけられてもセイレスは動かない。
 ぶつぶつと何かを呟いているが、もう誰も意に介さなかった。
 その体をキイが手際よく縛り、その彼をベッドの足にくくりつける。
「このペンね。修理箇所のマーキングに使う奴でどこにでも書けてしかも少々のことでは消えないんだよ」
 ずいぶんと楽しそうなキイに、セイレスはただ逃れるように首を動かす。
 だが、その顔もボブの手によって固定されてしまった。
「色ボケ……ヤブ……変態……サド……屑……」
 罵詈雑言を顔に書きまくられたセイレスの顔は見るも無惨な有様となっていた。手を離されると、もう逆らう気力を無くしたのかぐったりと俯いてしまった。
 一時の激情が落ち着いてきていたダテがその様子を横目で見て顔をしかめた。いい気味だと思う反面、この後にセイレスを襲うであろう状態を想像して寒気がしたのだ。
 確かにリオにしては大人しく済ませているとは思う。
 だが、その落書きに使われたペンは、かぶれやすいのだ。強固にマーキングするために使われている特殊な薬剤に皮膚が過敏に反応しやすい。だから、そのペンを使っていたキイですら、手袋をしていた。
 修理中はたいてい手袋をしているから問題なく、しかも消えないことを主眼においているから、未だにその点は改良されていない。
 あのまま明日にでもなれば、猛烈な痒みに襲われ、しかも赤く腫れてしまう。
 それを狙って顔に描かせたのだろうか……。
 ちらりと窺うリオとキイの表情にはそれは窺えなかった。
 あっ……。
 リオの顔を窺った途端に心臓がどくどくと高鳴った。
 ずくずくと疼くのは……一度達って落ち着いていた筈の股間。
 さあっと青ざめたはずの顔色は、次の瞬間上がってきた熱と羞恥によって赤く染まる。
 シーツで隠されね他の人には見えないだろうが、その下で明らかに猛っていく自分のモノが感じられるのだ。
「さあて、終わり」
「リオ、そっちは?」
「もう少しだ」
 バキッ
 はぎ取られる音に右手を見遣ると、リッチとビルがキュアーを破壊していた。
 意識を内に向けると、薬の支配を受けた体が反応する。だから、必死で周りに意識を向け続けた。
 熱い……。
 リオに抱き締められた体がひどく熱い。
 触れられたところから痺れるような甘い疼きが襲ってくる。
 だからと言って今リオの手を振り払うことはできなかった。離すと、いなくなりそうで、ぎゅっとその手に力を込める。
 リオ……。
 人目がなければもっと縋り付いているだろう。
 ばきばきと盛大な音がする。
 早く壊して……連れて帰ってくれ……。
 これみよがしな破壊の仕方に、二人の怒りすら感じた。
 上部がぱかりと開いたとたんに液体が流れる音がして、ベッド下に向かって多量の薬液が流れ出す。
「あ、ちょっと待って。カテーテルが繋がっていますから。これを……」
 手際よくカテーテルの端部を巻き取り、クリップで塞ぐのはビルだ。
 カベイロスのドクターから、ダテを連れ帰るための手段をレクチャーして貰った彼が、手際よくダテが動けるようにしていく。
 自分の身の回りで起きている出来事にきょろきょろとしているダテをリオがずっと抱きしめていた。
「ほら、落ち着けよ」
 優しく囁かれると、体が途端に反応する。
 ダテは必死でそれから意識を逸らせるために言葉を発していた。
「あ、あの、みんな何で来てくれたんですか?」
「何だ、覚えていないのか?昼間来たときに、眠っていたお前が起きてきて、必死で俺に訴えたんだぞ。帰りたいって……約束を守れって……お前、自分でキュアーを壊そうとしたんだぞ。まあ、俺の工具をとる前に力つきちまったけれど。あれで判らない程、俺達は鈍くない」
「……覚えてない……」
 そんな事……。
 でもそういえば、夢でリオに逢ったような気がする。
 連れて帰れ、と……ごねたような……。
 あれ……夢じゃなかった?
 じゃあ……ほんとに……。
「リオ……帰れるんだ?」
「ああ……帰ろう。連れて帰ってやる」
 その言葉に、ダテの口元に笑みが浮かぶ。
 ああ……やっとリオの元に帰れる。
 カベイロスへ……帰れるんだ……。
「大丈夫だ、ダテちゃん……必ず連れて帰るから。カベイロスのドクターなら信用できる」
 ふっとリオがダテの顎を持ち上げた。
 薬のせいで疼く体が気になってなすがままになっていた。。
「リ…オ……」
「すまん……俺はお前をまた一人にしていたんだな……ダテちゃんがこんなにも嫌な目に遭っていたのに……ずっと俺を呼んでいたのに……気づかなかった」
 唇の上で囁かれて、その吐息が唇をくすぐる。
 それがくすぐったくて、心地よくて……ダテはふっと目を閉じた。
 途端に触れあう柔らかな唇。
 どくん
 心臓がより高い音を立てた。
 体が痺れ、がくんと崩れる。
「ダテちゃん?」
 その顕著な反応にリオが慌ててダテを支え直した。
 力が……入らない……。
 甘いキスが薬の効能を高めてしまったようで、一気に限界がきた。
 リオに触れている。
 それだけで、限界まで上り詰めているモノが弾けそうだった。
「リオ……」
 その声が上擦り喘ぐように訴える。
「く……すり……が……んっ……」
 もう、我慢できないっ!
 しがみついた手に力を込める。
 爪が立つほどに掴まれ、リオが顔を顰めていた。
「ダテちゃん、どうした?」
 間近で喋られ、吐息が顔をくすぐる。
 一気に高まった劣情を逃す術がなくて、ダテはそれから逃れるように顔を逸らした。
「……ん……あぁ……」
 喉から漏れる甘い声音にリオがようやくダテの異常に気が付いて、その顔が強張る。
「お前、何かしたなっ!」
 セイレスに向かって怒鳴りつけると、即座にキイがかしゃりと音を立てて、銃口をセイレスの目の前にちらつかせた。
「く……すりとを入れた……催淫剤……」
 恐怖に震える声がセイレスの口から漏れた途端、その場にいた全員が固まった。
 沈黙の中、ダテの荒い吐息の音だけが響く。
「ダテちゃん……辛いのか?」
 ようやくリオが俯いて顔を埋めているダテに問いかけると、ダテはこくこくと頷いた。
 達きたい。
 もう……。
「いいよ、達けよ……周りは気にすんな」
 リオの手がダテの全身をシーツで包む。
「あ、……でも……」
 そんなこと……。
 ここにはみんながいる。
 激しい羞恥心と解放を求めている疼きがダテをさらに熱くする。
「気にするな……」
 リオがそっとダテを抱き締める。
 そちらに気をとられていたダテは、リオのもう片方の手の行方に気が付かなかった。
 張りつめていたそれがふわっと握られる。
「ひっ!」
 びくりと大きく震え、喉を晒して仰け反る体をリオが優しく抱き締めながら、ダテのモノを扱いていた。
 血が集まる。
 リオの手が包んでいるそこに。
 リオが自分のモノを握っている……。
「あ……や……っ!」
 堪らず声が漏れていた。
 全員が意識してダテから顔を背け、黙々と作業をしている。
 その中に、ダテの艶やかな喘ぎ声が響いていた。
「……たまんね」
 小さな声が誰からともなくこぼれた。
 だが、その状態にダテは気付いていない。
 もう与えられる快感の波に溺れているのだ。
 セイレスに無理にされたときより激しく強い快感に、意識は完全に飛んでいる。
「あっ……も、もうっ!」
 解放の瞬間、ぎゅっとリオに抱きついた。
 途端に全身が小刻みに震えた。
 吐き出された白濁した液がリオの手を汚し、床に落ちる。
「あ……」
 何度も何度も震える体をリオがあやすように抱き締めていた。
25
 解放された体は無理な薬の影響のせいで、体力をひどく消耗していた。
 安静にしなければならない状態での、精神的苦痛のせいもあったのだろう。
 薬の呪縛から解けたダテはリオの腕に体を投げ出していた。
 力が入らない。
 そう訴えるダテに、リオは優しくキスを落とすと、「寝ていろ」と呪文のように唱える。
「後は帰るだけだ。全部終わったんだから……もう寝ていろ」 
 唇の上で、何度も何度もそう伝えてくるリオの優しさに触れて、ダテはゆっくりと睡魔に身を委ねていった。
「か……え…れる……」
 その言葉をかろうじて呟いく。
「ダテちゃん……いいよ、寝ていろよ。連れて帰ってやるからな、必ず」
 その言葉に、リオの腕の中で眠るダテの口元は嬉しそうに綻んでいた。

 だから、その後起こったことをダテは知らない。
 リオズ・カーニバル。
 その名にまたもう一つの華々しい武勲が加わったことを、ダテはカベイロスの医務室のベッドで聞いた。
「凄いんですよぉ!ケフェウスの特別室無茶苦茶にして、制止しようとした警備兵達を20人ばかりぶん殴って、発進許可も下りていないから閉ざされたままのカタパルト室ぶっ壊して、飛び出てきたんですって」
 頬を興奮の朱色に染めた若い看護婦が、嬉々としてダテにそのときの様子を教えてくれた時には、ダテはそのままくらりとベッドに突っ伏しそうになった。
 何故、そこまで……。
 看護婦が言うとおりであれば、かなりのダメージを単なる医療艦であるケフェウスにしたということになる。
 確かに最低の行為はされたが、それはあのセイレスという医師に限ってのことだ。
 そのぶん殴られた警備兵には気の毒としか思えないし、壊れたカタパルト室を直すのは、一体誰だ?
 だがそんな心配は、看護婦の次の言葉に完全にぶっ飛んだ。
「でね、リオ様の腕の中に気を失ったダテ様がしっかりと抱き込まれていて、この部屋で運ばれるまでずっとリオ様が運んできたんですよお」
 ダテ様……。
 本人の目の前で「リオ様、ダテ様」とうっとりとした口調で呟く彼女は、両手を胸元で組み合わせながら、その瞳をうるうると潤ませて、その視線は焦点があっていない。
「ダテ様、変態のドクターにとっても理不尽な扱いをされたらしいですね。なんということでしょう。愛のアフロディーテ司令部所属とは思えないとんでないことですわ。それを知ったリオ様がダテ様を助けに行ったんでしょう?ああ、囚われのお姫様を救出する王子様。もうリオ様ぴったりのはまり役。しかもあのお姫様だっこときたら……。あれを見た人たちが皆、見とれていたんですよお」
「変態ドクター……って……。それはまあ……」
 一体どういうふうに話が伝わっているのだろう。
 聞くのが怖い。
 それに……。
「リオがだっこ?」
 思わず呟いた言葉を看護婦は聞き逃さなかった。
 ぶんぶんと首を縦に振る。
「ええ、その時のリオ様ってば王子様みたいに格好良かったんです。ダテ様もリオ様の首に手を回して抱きついていて、しかもくるまれた白いシーツが翻ってドレスを着ているみたいで、お姫様って感じで、そのダテ様を優しげに労るように見つめるリオ様……。もう……あんな素敵なシーン見たのって……は、じ、め、て……」
 お、お姫様……。
 わ、私は……一体どんな状態だったのだろう……。
 本当に彼女の言うとおりだったとしたら……。
 ふっと想像したシーンに、ダテは激しい羞恥を覚え全身が真っ赤になる。
 もしかして、そんなシーンをカベイロスの人々に見られた?
 想像もしたくない……なのに、想像してしまう。
「あ、ダテ様、顔が赤いです。熱でも?」
 ぐったりとしたダテに、看護婦が慌てて額に手を当てる。
「あ、いや……それより、そのダテ様ってのは止めてください」
 言われるたびに、意識が遠のきそうなほどの恥ずかしさを覚える。
「え?、でもあのリオ様のお相手ですもの。最初は、あのリオ様を奪われたってみんなで言っていたんですけど、昨日のあのシーンを見たら、もうやっぱりリオ様にはダテ様、ってことになったんです」
 いや、だから、その……
「どんな障害にも負けずにダテ様を奪い返してくるなんて……、ああ、やっぱりなんてあの方は素敵なんでしょう」
「……」
 狼狽え、必死で制止しようとするダテを放って、看護婦はとうとうと思いの丈を喋り続ける。
 ……や、止めてくれえ……。
 ある意味地獄のその言葉の攻撃は、帰ってこない彼女を捜しに来た同僚に引っ張って行かれるまで続いたのだった。

 キュアーに繋がれた3日間。
 今度は普通に寝て起きて、ベッド上に座ることを許されていたダテだったが、こっちに戻ったからと行って楽になったわけではない。
 何より、ここはカベイロス。
 リオのお膝元である。
 いつ仕事をしているのかと思えるほど、気が付いたらリオが傍にいる。
「リオ……仕事に戻ってください」
「やだね。お前は目を離すと何をしているか判らないからな」
 もう何度も繰り返された不毛とも言える会話が、今日も繰り返される。
「しかし……先ほどもグリームベル中佐が来られて……始末書が大変なんだとお聞きしています。それに、ケフェウスの壊れたカタパルトの修理は、リオがすることになったんでしょう?こんなところで油を売っている暇は無いはずです」
「お前……せっかく二人っきりになれたというのに、そんな色気のない話なんかするなっ!」
 色気……。
 はあっと思わずため息が洩れる。
 それにリオは二人っきりと言うが、何故だが開け放された扉から通る人が皆中の様子を窺っていく。
 それがどう考えても数が多い。
「リオ……何で開けているんです?」
「何が?」
「ドア……」
 今も又、看護婦の団体がきゃあきゃあ言い合いながら通っていった。
 はっきり言って気になってしようがない。
「あれな……」
 とたんにリオがむすっと口を尖らした。
「ベルとここの医者が結託しやがった。締め切ると、俺が何をするか判らないから、開けはなっとけって……。ドアがあの状態でロックされているんだ」
「え?」
 思わずきょとんと首をかしげ、そして彼らの心配の元がふっと頭に浮かんだ。
 とたんにかあっと顔が熱くなり、視線が上掛けの上の手元を彷徨う。
 それは、確かに……。
「でも、俺は別に見られていても構わないけどな。なあ、ダテちゃん」
「げっ!」
 ずりっとすり寄られて、慌ててベッド上で後ずさる。
 だが、キュアーに付いている以上、その動きには限界がある。あっという間に、ベッド端に追いつめられたダテの顔にリオのその端正な顔が迫ってきた。
「リ、リオ……見られてますっ!」
 自由な左手で必死でリオの顔を押すが、その手は難なく捕らえられ、ベッドの柵に押さえつけられてしまう。
「いいだろ、見たい奴には見させとけ」
 うっすらと浮かんだ笑みが目前に迫る。
 さあっと血の気が失せたダテは最後の抵抗だとばかりに、必死で足でリオの体を押しのけようとしていた。
「ダテちゃん……それはないだろ……」
「だっ、だって……私は嫌ですっ!見られてなんて、絶対にっ!」
 情けなくうわずってしまった声。自分がどんなに情けない顔をしているのか自覚はあった。あったけれども、ダテはただ懇願するしかなかった。
 何となれば、リオの背後に見えるドアには中の様子に気づいたギャラリーがそれこそ5人以上はいるのだ。
 こんな状態でキスなんかされたくなかった。
「お願いです、私は見られたくは無いんです」
 必死に懇願していると涙までも浮かんできた。
 何で自分がこんな目に……という気がしている。
 それでなくても、仲間達がいる前で達った気恥ずかしさは未だに拭いきれていない。これ以上、あんな気分を味わいたくないというのが本音だ。
 ドアが締まっていれば、キスくらいは……という気はあるのだが、だが実際にドアが締まっていればリオがそれ以上の行為を平気でしてきそうで、それはそれで怖い。
 潤んだダテの瞳に、さすがにリオもううっと微かなうなり声を上げて、身を引いた。
「ちっ……しょうがねー、今は我慢するか。退院までのお預けかよぉ」
 本当に残念そうなリオの様子に、ダテの背筋に悪寒が走っていた。
 退院したくない……。
 本気でそう思うほどの悪寒。
「あ、あの……退院しても、ギプスなんですよ、この手は……」
 ダテが窺うような視線を送ると、リオがふんと鼻先で嗤った。
「そんなもん、するのに支障なんかねーだろ」
 し、支障あると思う……。
 そう言いたかったのに、それは口に出ることはなかった。
26
 ようやくギプスになって、多少の自由が利くようになったダテは、半ば強引とも言えるリオの手により、強制的に退院させられた。
「本当ならまだ入院してゆっくり経過観察したい所なんだけどね」
 カベイロス常駐の気のいいドクターが苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。
「すみません……」
 リオがどんなにこのドクターを困らせたのか、想像ができるだけに本当に申し訳なく思う。
「まあ、距離にして数百メートルしかないし、日に一回は診察に来なさい」
「はい」
 優しい言葉に、本当は退院したくないとごねたくなるのを押し殺して、頷いて見せた。
 本当に医者とは縁がない……と思っていたが、自分の膝元にいるこのドクターは例外だったようだ。
「まあ……カケイ大佐が無茶するようだったら、遠慮無くここに来なさい。最近は胃の具合はいかがかな?」
「え……別に……」
「まあ、彼もその点は反省しているようだし……ただ、やはり男同士というのは不自然な行為だから……調子が悪かったら本当にすぐに来なさいね」
「は?」
 一瞬、何を言われたか判らなかった。
 唖然としてドクターを見遣ると、苦笑する様子が目に入る。
「……そういう患者も来ることがあって、一応薬は結構揃っているよ。それとも、鎮痛剤と傷薬……それに抗生物質入りの軟膏ぐらいは持って帰っておくかね。粘膜にはよく効くんだが」
──抗生物質入りの軟膏……粘膜……ねんま……くうっ!
「あ、あのぉ……」
 問いただそうとして言葉にならない。ひくつく頬が顔を強ばらせる。
「……やっぱ、持って帰りなさい……そのボックスに入っているから……ついでに潤滑剤に局所麻酔用のゼリーも処方しようか……」
 ダテの様子を見て取ったドクターが苦笑しつつも、端末を操作してから後ろを指さした。
 そこには、個人ごとの薬が一瞬のうちに分類され用意されるボックスが並んでいる。
「まあ……できないことはないが……決してここには衝撃は与えないようにね」
 そう言いながら軽くダテのギプスを叩くドクターに、ダテは返事をすることもできなかった。

「お迎えに来ましたよ」
 微かな音がして、ドアが開く。
 奇妙な沈黙が漂っていた診察室にグリームベルという別の空気が入ってきて、ダテはほっと息を吐いた。
「ああ、ありがとう。ちょうど診察が終わったところだ」
 ドクターの言葉に、ダテは慌てて立ち上がった。
「ありがとうございます」
 礼をいい、頭を下げると、ドクターは微かに首を振った。
「その言葉は完治してから聞きたいね」
 完治……。
 できるのだろうか?
 そこまで無茶はしないだろうとは思うが、何せあのリオの事だ。
 何をされるか判らない。
「あの……リオは?」
 絶対にリオが来ると思っていたから、どこにもリオがいないと言うことが不思議で問いかけると、グリームベルはくすりと息を吐き出しながら笑った。
「いろいろとやることが多くて、執務室に籠もって貰っているんですよ」
「やること?」
「あれだけ大暴れするとね、後始末が大変だからねえ」
 しみじみと言われて、当事者の一人であるダテは縮こまるしかない。
 だが、早足で歩くグリームベルに遅れまいとついて行くには、縮こまっていてはどうしようもない。だから、半ば駆けるようについていった。

「まったく、あのやろ──っ!俺のダテちゃんに何しやがるんだ──っ!!」
 ここはカベイロスのリオの執務室。
 はあ……。
 グリームベルがダテを迎えに来た理由が今更ながらに判った。
 作らなければならない書類には当事者であるダテの証言が抜けているからだ。
 あのケフェウスの医務室を破壊するに至った経緯。
 ダテにしてみればおぞましい記憶の場所。
 だが、そういうことにも細かさを発揮したグリームベルはダテのごまかしを許さなかった。
 何もかも……とは言わないまでも、かなり詳細な事実をあのメンバーを前に喋らされる。
 報告書を完成させるためとはいえ、セイレスが何を言ったか。無理矢理キスされたことも、薬で達かされたことも……さすがに自分の出したモノを舐めさせられた事までは黙り通せたが……だがもう、それだけでダテは羞恥に全身を真っ赤に染めて小さくなっていた。
 それでなくても、あの日、あの場所を思い出すと、人前……しかも仲間の前で達ってしまった事が鮮明に思い出される。
 激しい羞恥心が、ダテの体を小さく小さくする。
 うう……。
 恥ずかしいけど怖い……。
 だいたいは察しがついていたリオだっだが、改めてダテの口からその事を聞き出すと新たな怒りが湧いてしまったらしい。とにかく荒れまくるリオを、ボブ達が必死で押さえつけている。
 今にも、その辺りの装置にイスでもぶん投げそうな勢いのリオに、ダテはただ怯えたように上目遣いで様子を窺うしかできなかった。
「ったく……そういう奴っているんだよねえ……。ぼく達をまるで奇人変人みたいに見るやつって」
 キイがため息混じりに呟くと、ダテに向かって微笑んでくる。
「ダテちゃんさ、もうそんなこと忘れちゃいなよ。だってさ、動けなかったんだし、薬使われたら……そんなものダテちゃんの意志なんてないに等しいじゃん」
「だいたい、第五とか第六とか区切りをつけるから変なところにコンプレックスを持つ奴が出てくるんだよ。どこが違うって言うんだ?俺なんか、こんな奴と以心伝心できるっていうだけなんだぞ」
 ボブがさも嫌そうにビルを指さした途端、ビルがボブの頭をひっぱたく。
「ってぇ?」
「誰が、こんな奴ですって。僕の方こそ、こんな色ボケな奴と──と言いたいですね」「うるせーっ!」
「まあまあ」
 キイが楽しそうにそれに割って入る。
「お前ら?、そこで和んでんじゃねーっ!」
 いきなり放置され、怒りの矛先を失ったリオが、眉間に深いシワを寄せて全員に視線を巡らした。
 その目に浮かぶ怒りの炎に全員が息を飲んだ瞬間、いとも冷静な声がそこに割って入ってきた。
「リオ……いい加減に本題に戻りましょう」
 それは、先ほどまでの会話を無視するようにひたすら自分の端末を操作していたグリームベル。
「でもよお、ベル」
 リオの不満そうな声に、グリームベルはくすりとその口の端を上げた。
 途端に、全員からさあっと血の気が失せる。
 何となれば、いつも柔和で笑みを絶やさないグリームベルの目がひとつも笑っていなかったのだ。
「ここで怒ってもしようがないですからね。セイレス・コーンでしたか……彼には、それ相応の罰をそのうち受けてもらいましょうよ」
 まるで冗談のように言っているそれが、その実は冗談ではないことをダテ以外のメンバーは知っていた。
「まあ……ベルもそう思うよな……」
 こほんと咳払いをするリオに、グリームベルが笑いかける。
「ですから、そういうことにしてくださいね。それに、今日はこれだけのためにダテちゃんにわざわざ来て貰った訳じゃないんですよ」
「ああ」
 それでもどこか不満げなリオだったが、ダテはそれにほっとしていた。
 あのままでは本当にリオがケフェウスまで暴走していきそうだと思ったからだ。
 自分のためにそれほどリオが暴走することに、困ると思う以上にダテは嬉しいと感じていた。だから、どうしても荒れるリオを止める手段が思いつかなかった。
 だが、今はそれどころではない。
 そう、グリームベルの言うとおり、今はもっと別の問題があった。
「始末書……ってさ、やっぱりリオが代表で書くべきだと思うんだけどなあ……」
「自分のやった分は自分でやれっ!!」
「でもさ……これってリオの指示なんだけど」
「そうですよね。だいたい僕たちが来る前にすでにあそこはぼろぼろになっていたし……」
「そうだ。だいだいなんであんな所に行こうと思ったんですかね、リオは……」
 キイ、ボブ、ビル、はてはリッチまでもがリオに向かって不平たらたらで書類の必要事項を埋めていく。
 そう、彼らがひたすら造っているのは始末書だ。
 ケフェウスでの事は、ダテの報告をグリームベルが打ち込んでなんとか処置は終わりだったらしいのだが、それ以前のファーレーンでの出来事の方が全く処理できていなかったらしい。
 ダテはとりあえずその腕では無理だろうと免除はされていたが、状況を報告させられるために引っ張り出されていた。
「ほら、文句言っている暇があったら手を動かして。今日中にそれを仕上げてくださいよ」
 そう言いつのるグリームベルのその手に教鞭を持たせれば、できの悪い生徒に補講を受けさせている教師のようで、その目は冷たく4人を見下ろしている。
 そのできの悪い4人の生徒達は、ぶつぶつ言いながらもそれでもその実は優秀な生徒ぶりを発揮して次々と書類を仕上げていっていた。
「ベル……私も……」
 じっと見ているだけではいたたまれなくてダテがそっと窺うと、グリームベルはくすりと口の端を上げてダテの頭をそっとなでた。
「ようやくベルって呼んでくれましたね」
「え……あっ……」
 気が付いていなかった。
 呆然と嬉しそうなベルを見遣るダテに、今度はおかしそうに喉の奥を鳴らして笑うベル。
「いいんですよ、それで。その方が仲間らしいでしょう?ああ、それとダテちゃんは免除ってことはみんなの了承済みですから、気にすることは無いんですって」
「はあ……」
 それで要領を得ないダテにベルが言葉を継ぐ。
「それに、今日はやっと退院できた晴れの日なんですよね?だけど、リオが終わらないと一緒に帰ることは許可できませんからね」
「え?」
「げっ!」
 本当の退院予定日は、1週間後だった。開放骨折だったせいで、外傷と骨折の治療に手間どっているのだ。
 だが、リオの強引な申請によって、特別に退院が早まった……。
 その理由は何よりも明白だった。
「だから、リオ。それ終わるまで、ダテちゃんとの甘い時間を過ごすことはできませんからね」
「ベルっ!貴様っ!!」
「ほらほら、手がお留守ですよ、リオ」
 ぴしっと指さされて、言葉を失うリオを、他のメンバーがくすくすと笑う。
 ダテは、もう頭のてっぺんから足の先まで火を噴きそうなほど真っ赤になって今にもぶっ倒れそうなほどだった。
 リオの元にきてから、一体何度こんな目に遭っているのだろう?
 過負荷を与え続けられた心臓と神経が今にもどうにかなりそうだった。
27
「あっ、ちょっ、ちょっと!」
 ダテの効果は絶大で、リオは1時間ほどで自分の担当の始末書を作成すると、さっさとダテを引っ張って自室へと帰ってきてしまった。
 人通りのある通路をぐいぐいと引っ張られる様子を、通りすがりの人々が面白そうに見つめていた。
 それに堪えられなくて自ら駆け足でリオの部屋に飛び込んで、後から来たリオに抗議の声を上げようとしたとたん、あれよあれよという間にベッドに押しつけられ、深く口づけられる。
 噛みつかんばかりの勢いに、前歯が当たり音を立てる。
「やっ……」
 退院直後でシャワーすら浴びる余裕もない今の状況を必死で止めようとダテは抗う。
 だが、それをリオが頑ななまでに押さえつけていた。
「で、もっ!」
 ぐいっと空いた手で押しのけようとする。
 とたんにリオの怒りが向けられた。
「いい加減にしろっ!」
 バフッ
 拳がダテの頬のすぐ横に叩きつけられる。
「っ!」
 とたんに硬直したダテに、一転してリオは苦笑を浮かべて優しくその頬に触れてきた。
「すまん……だけど……余裕がないんだ。お前があのセイレスの野郎に犯されかけたっていうだけで……もう我慢できない。早くお前を俺のモノにしたくて……我慢ができないんだ」
 欲情の籠もった熱い告白に、ダテ自身体の芯から産まれた熱が暴走する。
 ぞわぞわと駆けめぐる疼きに堪えきれないように顔をしかめた。
「でも……」
「お前が退院するまで待った。もうそれが俺の限界なんだ。だから、ダテちゃん……今日だけは、許してくれ」
 リオの瞳がダテの視界に入る。
 その切なげで、なのにその奥に燃える欲望の炎がちろちろと燃える様を見たとたんに、全身がぞくりと震えた。
 不快ではないその震えが、ダテの四肢から力を奪う。
「……リオ……」
 声すらも掠れてしまっていた。
「約束したろ……帰ったらするって……」
「それは……そうだけど……」
 それは呪文のようにダテの体を拘束する。
 作戦中に何度も言われた言葉。
 そのたびに施された愛撫までもが体に蘇る。
 言葉とその手が、ダテを苛んだあの時。その感触までもが克明に思い出されて、ダテはくっと歯を食いしばった。
 逆らう力を無くしたダテの首筋に、リオが顔を埋める。
 つつっと首筋を舌でなぞられぶるっと体が震え、それに息を飲んで堪えているダテに、リオが笑みとともにちゅっと吸い付いた。
「んっ」
 僅かな痛みが走る。
 思わず押しのけようとした手は、だが、次の瞬間には必死でリオの腕にしがみついていた。
 巧みにダテを追い上げるリオのキスが、耳朶を噛み、耳の後ろの弱い部分を責め立てる。
「んっ……くっ……」
 声を漏らしてその喉を仰け反らせば、今度はそこに吸い付かれた。
 セイレスのように薬を使っている訳ではない。
 なのに、リオの愛撫は薬を使われたときよりはるかに体の熱を高める。
 リオが欲しい……もっと触れて欲しい。
 そう考えている自分が信じられなくて、いやいやと首を振っていた。だが、そんな羞恥心もリオの手が肌の上を滑って行ったとたんに、吹っ飛んでしまう。
「あ……あっ……」
 噛みしめていた口が、喘ぎ声を漏らし始める。
 一度洩れてしまえば、もう閉じることはできなかった。
 リオの手が動くたびに、体が弾けるように震え艶やかな嬌声が洩れる。
「いあぁ……リオ……リオ……やぁ……」
 制止しようとする声が、まるで求めているように聞こえる事に気づいても、それでも声は止まらない。
 リオが胸に吸い付き、舌先でころころと転がす。
 とたんに左手でぎゅっとリオの首筋に縋り付いた。
 不自由な右手が鬱陶しくてたまらない。もっと、もっとリオを感じていたい。
「リオ……あぁ……」
「ダテちゃん……てば……凄い……」
 リオが掠れた声で呟く。
「え……?」
 ぼおっとした視線の先にリオがいる。その顔が苦笑を浮かべていた。
「堪らない……こんなに積極的に反応してくれるなんて。いっつもキスですら、嫌がってさ、俺ばっかりがマジになってる感じだったからな」
「んくっ……それは……リオが仕事中にふざけるから……」
 そうだ。
 いつも仕掛けてくるのは仕事中で……。
 本気になることができなかった。真剣に相対するには、無理な時ばかりで……。
 だけど今は……。
「仕事はもう終わったよな」
 リオの嬉々とした表情に、ダテはふいっと横を向いた。
 そう、もう仕事は終わったのだ。
 だから今は完全にプライベートな時間。
「つまり、何をしても構わないって?」
 くつくつと嗤っている様子が直に触れた肌から伝わる。
「……ええ、そうです」
 すっかり翻弄されているのが悔しくて、視線を合わせないように、できるだけ冷静に答えようとして……だが、その声は上ずっていた。
 リオの手が腰骨の辺りをさわさわと往復する。
 緩められたズボンが、危うい場所でとどまっていた。
 その際をリオの手が探るように動く。
 期待と不安に満ちたその動きに腰が浮くように動いてしまう。
「あっ」
 期待に添うように包まれたそこ。
 その瞬間、ケフェウスで達かされた時の事を思い出した。
 あの解放感を求めて体が自然に動いていた。
「イイのか?」
 耳元で揶揄する言葉が囁かれる。
「だっ……て……」
 不思議なぐらい体がリオを欲しがるのだ。
 触れられることを望むのだ。
 私は……一体どうしたんだろう……。
 ダテが不安げにリオを見上げる。
 体が意に反して動く。薬を入れられているわけではないというのに。
「でもさ、キスすら嫌がっていたダテちゃんがこんなにも積極的に俺を受け入れてくれるなんてさ、俺もがんばりがいがあるよな」
 くつくつと笑われる言葉すら、ダテの熱を高める。
「…も……言わないでくれ……」
 きっとセイレスのせいだ。
 あんなふうに私の体を煽ってくれたせいで、こんなにもリオが欲しくて堪らなくなっんだ。
 そういう理由付けでもしないと、自分の痴態が精神を蝕みそうだった。
 やわやわと揉みほぐされるそこは、あっという間に限界を迎えていた。
「あ……もう……」
 ぶるっと体が大きく震える。
 パンッ
 と、頭の中で何かが弾けると同時に、びくびくと震える先端から精液が飛び出す。
 それがリオの手を汚し、そしてダテの下腹部を汚していった。
「あぁ……はあぁぁ……」
 大きなため息とともに投げ出した四肢は、だらりと伸びきっていた。
「色っぽい……堪らんなお前は……」
 リオの欲情に掠れた声に視線を向ける。
「……そんなの……自分では判らない……でしょうが」
 途切れ度切れになるのは、肺がたっぷりの空気を求めているからだ。
「判らせてやるさ」
 リオが笑みを含んだ言葉をダテに向ける。
 体の上で、リオの体が動き、腰の当たりに何かがぐいっと押しつけられた。
 柔らかいけど、芯は固くてはっきりとした形を持つそれは、見なくても何かが判った。
「っ!」
 声にならない悲鳴が喉から洩れる。
 それははっきりと形を変えたリオのモノだった。
「お前の顔だけで、こんなにも勃ったんだぞ。あの時だって、あの後これを宥めるのに一苦労した」
 あの時……。
 言われてかあっと顔が熱くなる。
「だから、それを発散するために無茶苦茶にするハメになったんだぞ。あいつらが邪魔しなきゃもっと穏便に済ませるつもりだったのに」
 邪魔……するだろう。
 何も許可されていないダテを強引に連れ出そうとしたのだから。
 だが、今の言い分では、リオの暴行行為はダテのせいだと言っている。
「そ、んなの……判らないって……くっ!」
 必死で否定するダテが、後孔に走った痛みに目を見開いた。
 しっかりと閉じているそこに濡れた指が突き込まれたのだ。
「っ、リオっ!」
「解しているんだよ。暴れんな」
「だっ、だって……痛いっ!」
 外から開けられることなんてそうそうない場所だ。
 異物感とともに襲ってくる排泄感に、思わずぎゅっと力を込める。
 だが、そうすると中で探るように動く指をまともに感じてしまう。
「力抜けよ」
 むすっと不機嫌そうに言われても、これは生理的な反応だ。
 ダテができないとばかりに首を振る。
「ああ、もう……。こんなん腕を怪我したときの痛みに比べれば、たいしたことないだろう?」
 それとこれとは……。
 目にうっすらと涙を浮かべていたダテは、ふとあることを思い出した。
 視線を巡らせば、ずっと持ち歩いていた袋がある。
「リオ……あれに……」
 それを指さす。
「何だ?」
 行為を中断させられて不機嫌丸出しのリオが、それでも手を伸ばしてそれを取り上げた。
「ドクターが……」
 あの時、恥ずかしさに礼を言う事もできなかった代物がそれに入っているはずだった。
「何?傷薬……飲み薬に……なんだ?局所麻酔剤……って。それにこれは……」
「その……ドクターが処方してくれて……」
 頬を赤く染めてそっぽを向くダテに、リオがうっすらと微笑んだ。
「なかなか、いいドクターだ」
 勝利を確信した笑みだった。
28
「麻酔は使えねーからな」
 ニヤリと嗤うリオに、ダテは返事すら返せない。
 その薬の袋をリオに渡した時点で、ダテもしたがっていることをばらしたも当然なのだ。
 チューブの中から手の上にたっぷりと出したジェル状のものがダテの後孔に触れたとたん、その冷たさに身を竦める。
 ごくりと唾を飲み込むのと、後孔に指が入れられるのと同時だった。
「っ!」
 ぬめる指はなんなく奥まで入っていったらしい。
 先ほどよりは多少は痛みは軽減されたが、それでも異物感は酷かった。
「くっ……」
「力抜けよ」
 そんな事を言われても……。
 時折折り曲げられ、そこを解すように動かされる。
 まだ指一本太さだというのに、今からこんな状態でできるというのか?
 ダテの脳裏に不安がわき起こっていた。
「うっ……くっ……」
「ダテちゃん……」
 固く目を瞑っているダテの唇が柔らかく塞がれる。
 食いしばっていた歯列をリオの舌がつつき、開けるように促してきて、ダテはすっと力を弱めた。
 リオの舌が上顎の内側を擦り上げると、ダテの背筋にじんわりとした甘い痺れが走った。ふっと緩んだ体を逃さないように、リオがぐいっと広げてくる。
 とたんに走った鋭い痛みにとっさに歯を食いしばりそうになって柔らかなリオの舌に阻まれた。
 噛みしめられない痛みはくぐもった音となって喉から発せられた。
「ううっ……」
 何事にも思い立ったら時の素早い動きには、呆れるくらいのリオが実にゆっくりとダテのそこを解しているという事実を感じると、それだけでかあっと体の熱が上がる。
 そうすると痛みだけではないじんわりとした疼きが入れられている指から感じるのだ。
 空いている手がぐいっと片足を上げさせ、そこが大きく広げられる。
「うっ……あっ……リオ……」
「熱いな、お前のここは。中が俺の指にまとわりついてきてひくついている。俺が欲しいってさ」
 リオの唇が頬を伝い、耳に吐息がかかる距離で囁く。
 その内容に体が震えた。
 ぐちゃぐちゃと音がしそうなほどかき乱されるそこは、痛みが麻痺してしまったようだ。
 感じるのは、胎内からわき起こるじわじわとしたもどかしいような感覚。
 その中に時折、びくりと体を震わせるきつい快感が混じる。
「あっ……やあっ……」
 ぞくりと肌がざわつくたびに、リオの首筋に回した左手に力を込める。
 指に絡みついたリオの髪を引っ張るように握りしめる。
 ギプスから覗いた右手の爪がかりかりとシーツをひっかいていた。
「ダテちゃんさ、感じてんだよな。嬉しいよ」
「えっ……」
 言われて初めて気づいた。
 リオの下腹と自分の下腹に挟まれたそこが、はっきりと形をなしているのを。
「あっ…わ、たし……は」
 かあっと顔から火が噴きそうな羞恥にそらされ、顔を背ける。
 だがリオはくすりと吐息に乗せて笑うと、その背けたせいで目の前に来た耳朶に口づけながら囁いた。
「俺……も、我慢できねーから……覚悟しろ」
「え?」
 どこかぼおっとした頭がリオの言葉を理解するのに、数秒を要した。
 その意味に気づいたのは、手で太股を押し上げられた時。
「あっ、ちょっ待てっ」
 焦って制止しようと体を起こしかけたダテは、いきなり来た広げられる痛みに反対に仰け反ってベッドに体を埋めるハメになった。
「うっくぅ……」
 どうしようもない痛みではない。
 だが、張り裂けるような恐怖は拭いきれない。巨大な異物がぐぐっと押し広げてくるのは、未知の経験だから。
「リ、リオっ!リオっ!」
 痛みと堪えきれない恐怖にも似た悪寒に体を震わせながら、助けを求めるように縋り付く。
 その背にリオが抱きしめるように腕を回してきた。
 触れあう体はじっとりと汗ばんでいて、それが余計に肌を密着させる。
 痛みに息を詰めるダテが、それでも息をするタイミングを計ってリオが体を進めてきた。
 入ってくる……。
 広げられ、押し入られる感触は、文字通り内臓を突き上げられるようなもので、ダテはただ目を固く瞑って堪えるしかなかった。
 二人の腹の間にあるダテのものは、その異物感に力を失ってしまっていた。
 それに気づいたリオが、そっとそれを握り込む。
 先ほどまで出ていた粘りけのある液を使って、リオが指先で先端を擦り上げるとびくりとダテの体に震えが走った。
「あん……っ」
 とたんに喉から漏れた喘ぎ声に、恥ずかさを感じる。
「ああ……可愛いや、お前は」
 羞恥に身悶えるダテに、リオがふっと目を細め優しく笑いかけた。
「いいぞ、もっと聞かせろよ、その声」
 聞かせろったって……。
 できるか……。
 恨めしげにリオを見遣れば、その上気した目元から視線をはずせなくなる。
 女性達を虜にしてやまないその美貌に、最近慣れてしまったと思っていた。
 だが、今のリオは……。
 とたんに激しく鳴り響きだした心音と、荒くなる呼吸。
 どちらも胸を介してリオに伝わるようでダテは、何度も『落ち着け』と心の中で繰り返す。
 だが、そのダテの努力を嘲笑うように、リオが動くたびに体が反応するのだ。 
 慣れたはずの痛みも、リオのゆっくりとした抽挿に再びぶり返してくる。
 だが、リオの先端が奥深くを抉るたびに、ズクンと全身を震わすほどの快感が広がる。
 汗で張り付いた前髪の間から見える瞳が、ずっとダテを見つめている。
 その眉間が、何かに堪えるように寄せられていた。
 形の良い唇が、時折くっと歪むのも、綺麗だと思う。
「…リオ……っ」
 気がつけば、必死になってリオに縋り付いていた。
 体を折り曲げ、リオの胸元に顔を埋める。
「あっ……ああっ……」
 もう声が止まらなかった。
 ぐちゅぐちゅと結合部から洩れる音すら、ダテの体を高めるのだ。
「あっ……リオ……おあっ……」
 ぐいっと奥深くを抉られると息が詰まる。
 ずるりと抜かれるとほっと息をつく。
 だが、それもだんだん間隔が狭まり、抽挿のレベルが大きくなる。
 そうなると、息すらもろくにできなくなってきた。
「あ、はあっ……ふあっ……ふぁぁ……あっ……」
「ダテちゃん……好きだ……」
 リオが掠れた声で囁くのが聞こえる。
「あ……リ…オっ……」
「俺な……ダテちゃんがここに来るってんで…………調べた……」
「…調べた?……」
 襲ってくる快感に堪えるように閉じていた目をうっすらと開く。
 とたんに切ないリオの瞳が目に入って、どきりと心臓がさらに早く鳴り響く。
「お前のこと……判る限り……。しかも司令部からも連絡が入ったし……興味はあった。けど……」
「…興味っ…んぐっ……」
 一際深く抉られ、目の奥がスパークする。
「ここまでのめり込むなんて……思わなかった……」
 リオが必死で喋るのは達きそうになるのを堪えているのだと、ダテは朧気ながらに気がついた。
 ダテだって男だ。
 どんなふうに限界を迎えるかくらい知っている。
 伝わる熱もリオが合間に漏らす吐息も、何もかもが熱く限界を伝えてくる。
「リオ……」
 それを感じてしまうと、少し冷めていた体が再び熱を持つ。
「ん、あっ……」
「お前……見てると…逃したくなくなる。……できるのに自信なさそうなところも、そのくせ何ができるのかわかんねーのに、何でもできてしまうとこも、俺の予想をことごとく裏切ってくれるとこが……めちゃくちゃたまんねーよ……気がついたら……お前に本気ではまってた……」
 これって告白?
 朦朧とした意識でも、その言葉を理解できた。
 いつも聞く冗談めいた『好きだ』なんて目じゃない。
「リオ……」
 だから、必死で言葉を紡ぐ。
 リオに抉られる快感が邪魔だと思えるほど、ダテは必死だった。
「……んくっ……あ……私…も……、いつのまにか……本気で……」
「ダテっ!」
 今までより激しい動きが、ダテに言葉を発することを許さなかった。
 もう洩れるのは、堪えられない嬌声だけだ。
「あ、ああっ!やあっ!」
「も……」
 リオが小さく言葉を発する。
 とたんに、熱い迸りが胎内に溢れた。
 全身にリオの震えが伝わる。
「あ……リオ……リオ……」
 リオが達った……私の…中で……。
 ずしりと体の上から投げされたリオの体の熱が、じんわりと伝わってくる。
 その温もりがダテの心を温かくする。
 ぎゅっと回された手に力が込められ、閉じていた目蓋を開けば、リオがいた。
 涙で潤んでいるから、そのリオは奇妙に歪んでいる。
 その口が「好きだ」と動く。
「リオ……」
 急に目の奥が熱くなって、その塊が目尻から溢れてきた。
 ここには自分の居場所がある。
 リオなら、本当の自分を認めてくれそうな気がして。
 嬉しくて堪らなかった。
「リオ……」
「ダテちゃん?大丈夫か?」
 泣きじゃくるダテに体が辛いのかと心配そうに尋ねてくるリオに首を振る。
 そうじゃないんだ、とかろうじて微笑んで、そして。
「リオ……キスして欲しい……」
 ダテの消え入りそうに強請る言葉に、リオは優しく返してくれた。
29
 気がついたら、リオの腕の中で眠っていた。
 胸の上にあるリオの腕が重い。
 今のこの状況は一体何がどうなっているんだろう?
 呆然と天井を見つめて、はっと我に返る。
 とたんに自分が何をしたかを思い出して、羞恥に晒された。
 逃げ道を自然に探して、ふとリオの手が邪魔だと気がつく。
 重い……よな……。
「んっく……」
 その温もりは心地よいが動くには邪魔になってしまった腕を避けようと持ち上げて身を捩ったとたんに、後孔からひきつれるような痛みが走る。
 気怠げな体が、その原因をまざまざと脳裏に思い浮かばせる。
 しかも……。
 真っ裸……。
 はらりとずれた上掛けから覗く二人の体は何一つ身につけていない。
 え、えっ……と……。
 慌てて辺りを見渡して服を探すと、ベッド下にしわくちゃのまま放り出されていた。
 うわっ……。
 ベッド上に座り直したダテはその服を持ち上げてため息をつく。
 シワになりにくい材質のはずなのに、すっかり妙な具合にシワが入っている。
 つり下げておけば、そのうちシワがなくなるであろうけれど、このまま着て帰る度胸は今のダテにはなかった。
 知られてるんだよな。
 リオのチームの仲間達に、ここに来るまでに出会ったカベイロスの他の隊員達。
 みな、ダテの身に起こったことを知っているはずだ。
 ここにいて起きてきたリオと顔を合わせるのも恥ずかしいが、外に出で他の人たちと顔を合わせるのももっと恥ずかしい。
 はあああ
 胸の奥から吐き出すような深いため息を漏らした
 情事の後の甘い余韻に浸るには、あまりにも恥ずかさを醸し出す現実。
 後悔しているわけではないのだが……やはり、こういうことは狭い艦の中で……しかも知り合いばかりのところですることじゃないな……。
 冷静になってしまった頭が、今更のように状況を克明に思い浮かばせて、とにかく恥ずかしさにいたたまれないような気がする。
「ダテちゃん……起きたのか?」
 背後からの呼びかけにぴくりと体が震える。
「あ……リオ……」
「どうした?真っ赤だぞ」
 くすりとその口元が綻んでいる。
「あ……いえ……」
 恥ずかしい……。
 背ける顔は、言われるがままに真っ赤に染まっている。
「なんだ……まるで初夜の後みたいだな……って初夜か」
「リ、リオっ!」
 はっと振り返るとリオの顔が間近に迫っていた。
 どきりと心臓が跳ねる。
「どうした?昨日は何度もキスしてくれって強請ってきたくせに」
 無言で後ずさるダテに、リオが揶揄するように嗤っていた。
 とたんにかあっと熱が上がる。
 冷めていたはずの体が、反応をする。
「あの時は……そのっ……」
 覚えている。
 キスして欲しくて、堪らずに何度も何度も欲した覚えはある。
 だが、正気に戻ってみると自分から欲したことが恥ずかしくて堪らない。
 制止しようとした自由の利く腕はなんなく絡め取られた。
 ギプスのはまった腕は、もとよりだ。
「ん……うんっ……」
 啄むように、そしてどんどん深くなるキスに、リオのモノを受け入れたばかりの体が反応する。
 だが……。
「うう……仕事が溜まってなきゃ、ダテちゃんが動けなくなっても構わないんだが……」
 数刻の後、不承不承……といった感じで、リオがダテから体を離した。
 中途半端に煽られた体が、その温もりが離れるのが嫌だと思わずその腕を掴んでいた。
「ごめんな……」
 その手をリオがそっと剥がす。
 その時点で、ようやく自分が取った行動に気がついた。
「あ……いえ……その……」
 わ、私は、何を?……。
「せっかく積極的になってくれてるってゆーのに……残念ながら、そろそろ用意しなきゃ間に合わねーんだ」
 ちらりと窺う先の時計。
「あ、今日任務が?」
 すうっと頭が冷めてくる。
 そういえば、昨日は始末書作りに明け暮れてスケジュールの確認までできなかった。する暇もなかった。
「ああ……ちょっとな。そんで、ベル連れて行くから、ダテちゃん留守番。お陰で、ベルに時間厳守言われてんだよ。あいつ、怒らすと怖いからな」
 苦笑混じりのリオが、ダテを起こす。
 はらりと落ちた上掛けから覗いた少し勃ちかけていた股間を、ダテは真っ赤になって隠した。
 その姿にリオが余所を向く。
「ちくしょーっ!」
 その口から洩れる呟きに苦笑いを浮かべて問いかけた。
「あ、あの……留守番って……どこに行くんですか?」
「ケフェウス……。壊した所は壊した奴が直さなきゃいけないんだそーだ。その修理が今日だから……こればっかりは、さぼれねーんだ……」
 がっくりと肩を落とすリオは、気の毒なくらいだ。
「あの、ケフェウスの件だったら、私も行くんじゃないんですか?」
「ヤだ」
 ダテの問いかけは一刀のもとに切り捨てられた。
 その顔が不愉快そうに歪められている。
「あの?」
「もうお前をあそこには行かせない。あそこには奴がいるだろうが」
「あ、そうか」
 確かに二度と逢いたくない奴だ。
「だから、おとなしく留守番な。帰ったら、またするから、しっかり休んでろ」
「え?」
 留守番かあ……
 と思っていた頭が、ぴきりと固まった。
「あ、あの?」
 上目遣いに窺うと、シャワーに向かうリオがくるりと振り向いた。その顔が楽しそうに嗤っている。
「一回で満足できるか。速攻で修理して帰ってきてやる」
「あの……それって……」
 冷や汗が背筋を流れる。
「一日で終わります?」
 どの程度壊れたのか知らないが、報告書をちらりと見た限りでは結構ダメージが大きいと見たが?
「……終わらん……」
 それに思い当たったのか、リオが思いっきり顔を顰めていた。
「くそ……3日……いや2日でなんとしても……いや、だが材料と……」
 ぶつぶつ呟いて何かを計算していたリオだったがいきなり頭を抱えて突っ伏した。
「ちくしょ──っ!こんなことなら、あんなにおもっいきり壊すんじゃなかったっ!!」
「リ、リオ……」
 呆然とするダテの目の前でリオががばっと顔を上げる。
「やっぱ、やろうっ!」
「え……?」
 頭に浮かんだ疑問を口にするまもなく、リオの手がダテを引っ張る。
「ええっ!」
 リオの意図に気づいたときにはもうその胸に抱きしめられていた。
「ダテちゃん、やるぞ」
「ちょ、ちょっと待ってっ!ベルに怒られるんでしょっ!」
「構うかっ!」
 いくら頑張っても片手しか使えないダテがかなうはずもなく、ダテはなんなくベッドに縫いつけられた。
「速攻でもう一発だ」
 性急に動くリオの手。
「そ、んなのっ!!」
 だが、一度は熱を高められた体だ。
 まだ熱を持っている後孔は簡単に解されてしまい、呆気なくリオに貫かれ……。
『何やってるんですかっ!』
「うるせっ!これから行くんだよっ!」
 夢うつつの世界で、リオとベルの言い合いが聞こえる。
──起きなきゃ……。
 そうは思うものの、体が動かない。
 疲れ切った体がベッドの温もりから離れたくないと言う。
「ダテちゃん、起きれるようになったら執務室に行ってくれ。じゃあな」
 ひどく明るいリオの声に、もうどうでもしてくれ……と自暴自棄な考えになってしまう。
 どうせ、みんな行ってしまうんだら……。
 どうせ誰もいないし……。
 ああ、これってリオの考え方みたいだな……。
 

「ねえねえ、ダテちゃん、まだ執務室に出てきていないみたい」
「困りましたね、足りない材料手配あそこを通してやらないと厄介なんですよね」
「きっとリオが無茶したんで起きられないんじゃないの」
「ちゃんと、可愛がったぞ。無茶なんかしてねーっ!」
「まあ、リオの手にかかればけが人のダテちゃんは呆気ないもんでしょうから」
「大丈夫かなあ、ダテちゃん。怪我が悪化なんかしていないよね」
「するかっ!ちゃんと腕には負担かけないようにしたわっ!」
「じゃあ、尻が痛くて起きられないとか?」
「俺がそんなへまするかっ!」
「へえ……」
「何回達かせたと思っている。俺の手腕にかかれば初なダテちゃんは喘ぎ続けるしかないんだよっ!」

 昼をだいぶ過ぎてから執務室に出てきたダテは、交信記録(留守電)に残されていたその会話に、数分間完全に硬直した。
 その後なんとか硬直が解けたダテは、震える手で記録を抹消する。
 その顔は、これ以上ないというほど真っ赤に染まっていつまでたってもそれがおさまることはなかった。

 そして、その日リオの執務室は内部から鍵をかけられ決して開くことはなく、外部からの呼び出しも、嫌みのように『この回線は現在使用不能です』を繰り返すだけだったという。
 

『ダテちゃんストライキ事件』
 丸一日かかったその収拾に、皆一様に「ダテちゃんを怒らすまい」と誓った……らしい……。 

 

END

 そして……。
 
 結局リオ達の出張修理は2週間かかった。
 別にダテのストライキのせいではなく、リオが取った行動に不愉快の念を消せない上層部の完璧な嫌みのせいだ。
 ケフェウスの修理は2日かかって、帰ってきたら今度はファーレーンの壊したコンテナ室の修理にかり出され……嫌みのように襲ってくる修理依頼をこなし続けて疲労困憊のリオは。
「もうたまらーんっ!!明日は何があろうと、全員24時間の休みだっ!!」
という一声を発し、ダテが取った行動と同じように全ての回線を封鎖させ、執務室を完全にロックしてそのまま丸1日の休みに入った。
 全員が揃って休みになるのはダテにとっては初めて。
 だが。
「ダッテちゃんっ!!」
 賑やかな声とともに、ぼおっとしていたダテの部屋にやってきたのは、一人元気なキイだった。
「もうっ、退屈っ!ダテちゃんっ、げんきぃ?」
「キイは元気だね。リオなんか、まだ寝ていたのに」
 先ほど、ちらりと覗きに行ったリオは、ベッドに潜り込んでダテの呼びかけにも出てこようとしなかった。
 ひさしぶりの休みだってのに……。
 さすがに陣頭指揮を取っていて、一日も休みを取ることのできなかったリオの疲労困憊ぶりは初めて見るほど酷いものだった。
 来いと言われていたので行ってはみたものの、寝っ転がっているリオとキスしている間に、リオは再び寝入ってしまったのだ。
 少し顔色の悪い寝顔に、起こすのも忍びなくそのまま帰ってきたところだった。
「だってさ、ぼくって警備担当だから、普通の修理の時ってすることないんだよね。それに、他のメンバーは交代で休み取っているからリオほどじゃないし」
 そう、リオとベル以外はなんとかローテーションを組んでカベイロスに戻って来れていた。だから、通常の勤務とそう変わりない日々を過ごしていたのだから。
「やっぱ、リオ、今回の件では目の敵にされているのかな……」
「それはまあね……上層部にはねえ……まあ、放っといても目立つ存在だしぃ……」
 キイの苦笑混じりの言葉にダテは肩を落とす。
 その大半の原因はダテにあるという自覚はあるのに、カベイロスでの留守番というもっとも安穏とした場所に居続けた負い目があった。
「駄目だよ」
 そんなダテの顔をキイが覗き込む。
「ダテちゃんが落ち込む必要はないんだからね」
「キイ?」
 その真剣な瞳に、眉根を寄せる。
「それにこれはベルの策略だから。だから、ダテちゃんが気にすることはない」
「ベルが……?」
 一体キイは何を言いたいのか?
 ダテが見つめる先で、キイが笑う。
「今回の騒動でリオって実は英雄なんだよ。ベルが操作したのかもしれないけど、ファーレーンのことも暴走したロボットがダテちゃんを襲って、それを助けようとしたリオがあんな騒ぎを起こしたって伝わっててさ……」
「え?」
「しかも自分が壊したところは、ちゃんと自分で直すって言う態度も……しかも汗だくになって走り回ってさ。もう女性達やそれを目の当たりにしている隊員達の印象はすっごく良くなっている。だから、まあ……修理も終わった今、これ以上の上層部のちょっかいもないと思うよ」
「そう……なんだ」
 そこまで考えての……。
 ベルも凄い。
 ほんとにリオの優れた副官なんだ。それに比べて私は……。
 暗くなりつつある思考は、だがキイによって遮られた。
「でさ……暗くならずに、ちょっとだけきいて欲しいことがあるんだけど」
「はい?」
 先ほどとはうってかわって真剣なその表情のキイに、ダテは知らず姿勢を正していた。
 どちらにせよ、せっかくの休みにリオの呼び出しはもうないのだから……。

【了】