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貴樹は体を触れられるだけでなく、痛みや苦しみという感情からも欲情する。
稲葉が貴樹に毎日、最高の快楽と共に苦痛や哀しみも与えてきたせいだ。
悦楽の果てに与えられる解放は、その激しさ故に痛みすら伴うものだった。そのせいか、貴樹の体は、痛みを覚えると全身が甘く疼くようになってしまっていたのだ。
苦しみも然り、哀しみも然り。
その手の神経回路が、パブロフの犬のように快楽に繋がってしまっているのだ。
帰ってきてからしばらくすると、ずっと自慰を繰り返さざるを得ないほどの飢餓が、貴樹を襲い始めた。
体が熱くて、鈍痛にも似た重い疼きが、ペニスからアナル、乳首から下腹を襲い、走り回る。
いくらペニスを扱いても、アナルに指から手首までをも突っ込んでも、治まらない。
乾いた絶頂は何度も何度も訪れる。だが、繰り返され続けたそれは貴樹に苦しみをもたらせるだけだ。その後に来るべき射精のみが、唯一の解放だというのに。
そう教え込まれた体は、それをいつまでも忘れてくれない。
疲れ果てて眠りにつくまで繰り返される自慰だけでは、貴樹は満足できない。
ようやく寝入ることができた貴樹のペニスは、拘束もされていないのにびんびんに勃起し、だらだらと先走りの液を垂らしている。尻から外れて落ちたのは、手首に近いサイズの張り型だ。ネット通販で見たとたんに惹かれるように購入したそれは、今はもう手放させない。
だが、その太い張り型で奥まで突き上げても、痛みの中で絶頂を何度迎えても、それでも満足感は得られないのだ。
張り型は、ただ早く眠りにつけるように、体を苛むためのものだった。
戻ってきて数日は休んだ大学とバイトを、貴樹はその後は1日たりとも欠かさなかった。
家にいたくなかった。
家でじっとしていれば、記憶が勝手に甦る。
手が勝手に体に伸びていくのを止められない。
だからせめて人目につくところにいれば、まだ気が紛れるだろう。
そう考えた貴樹だったが、確かにそれは正解で、外にいる間は自分の敏感な体を気にしなくてよかった。
時々、何かのきっかけで欲情しても、人目があればまだ我慢することができた。
だが月日が経つにつれて、解放されない熱が徐々に激しくなり、貴樹の体を昼夜を問わずに苛むようになってきた。
昼間の街中で、大学で、体格の良い筋肉質な男を目にすると、そちらにふらふらと寄りそうになるのだ。時悪く、人々が薄着になる初夏に入っていた。シャツの袖から覗く、逞しい二の腕に抱きしめられたいと願う己に気づいて、慌ててそこから離れることも多くなった。
もう家での自慰だけでは限界なのだと判っているけれど。
あの名も判らぬ神社に戻りたくて堪らないと自覚もしているけれど。
そんなことはできない、と最後のプライドに縋り付く。
人でいたいから。
人として生きたいから。
だったら、今の内に、人として死んでしまった方が良いのでは……。
希望は願望、そして熱望にかわり。
ある日、貴樹は自らの胸に深々と包丁を刺していた。
自分で突き立てたとは誰も思わないだろう程の深さでめり込む刃。
肋骨を滑る感覚が体内に響くのを感じながら、激しい痛みに声の無い悲鳴を上げながら、急速な血圧の低下に目の前が暗くなるのを他人事のように感じていた。
これでもう死ねるのだと、感じていたのは恐怖より安堵だ。
癒されない熱から解放されるのだ。
もう誰の目にも怯えることなく、こんな人でない体から解放される。
ここ最近感じたことのない安らぎに身をゆだね、貴樹は吸い込まれるがままに意識を閉ざした。
だが、貴樹は生き延びた。
明るい朝日の中、血糊の付いた包丁に裂けたシャツと大量の血液が部屋の中にあった。
目の前に掲げた手は健康的に肌色で、深々と包丁を刺したはずの胸に残る薄く白い傷跡だけが体に残った名残だった。
せっぱ詰まった貴樹は、自分の異常な回復力を忘れていた。
心臓を貫かれてさえ生き延びるほどの回復力。
苗床に与えられたそれは、子を産んだ後も貴樹の体にいつまでも残っていた。
さらにその力は、傷と出血を癒すのに必要以上の体力を使ったせいか、貴樹に激しい餓えをもたらした。
理性では押さえきれないほどの飢餓感が欲したのは、食欲だけでない。
『食事だ』
毎日与えられ続けたのは、傀儡の粘液と稲葉の精。
それらがいつも犯されながらに与えられていたからだろうか、貴樹の体は食欲と性欲が同時に来る。
常ならばここまで激しくはないのだが、今回ばかりは異常なほどに強い。
欲するがままに巨大な張り型でアナルを嬲り、もう一方の手は乳首を苛めるのに忙しい。そんな貴樹の口は、犬のように床に転がる食べ物を貪り続けた。もう一秒たりとも、どちらも待っていられないとばかりの状況は、まるで獣のようだった。
だが、獣になっていても、心まで失っている訳ではない。貴樹は、自らを陵辱しながらも惨めな己に慟哭した。
もう死んでしまいたい、と、信じていない神にすら願った。
そんな死すら望む苦しみもまた性欲となると判っていても、考えをやめることなどできなかった。
そんな己ではどうしようもない事態が僅かながらに改善したのは、さらに一ヶ月ほど経ったころだった。
バイト三昧に疲れてもすぐに発情する体を持てあましつつも、さらに増やしたバイト先からの帰り道にとある公園を通り抜けようとしていた時だった。
夜間は人通りが少なくなり普段なら通らないその公園を通ってしまったのは、やはり疲れから注意力が散漫になっていたからだろう。
疲れていないと眠ることすらできない体に、日中は限界まで活動する。家に帰ってもすぐには眠れないから、激しい自慰を繰り返し続けてから、気を失うようにして眠るのが日課だった。
そんな毎日の疲れに苛まれた脳が、危険信号を発した時にはもう遅かった。
頬を小枝が傷つける。背を地面に強く打ち付けて、息が止まった。
動けない体にのしかかる黒い影は複数。
「あ、ぁ、やめっ──っ!」
暴れる貴樹の口がガムテープのようなもので塞がれる。手足が左右に引っ張られ、ロープによって木に繋がれた。
見開いた視界に入ったのは、三人の男達だ。
ひどく乱暴に貴樹の衣服を剥ぎ取り、全裸に剥いていく。
何をされるのか明白だった。
唸り、必死で逃れようとするが、いたずらに皮膚を傷つけるだけで、自由にならない。
そのうち、急いた一人の男が乱暴に強引に貴樹に侵入してきた。
「──っ!!」
衝撃に、貴樹の目が見開かれた。
「裂けたんじゃねぇのか?」
そんな声が遠くに聞こえる。
「んぁ、きちぃけど裂けてはねぇ」
裂ける訳はないのは、貴樹が一番良く判っていた。が。
「へへぇ──最高っ、この締め付けっ」
突っ込んでいた男が、がつがつと貪るように動き始めたとたんに、目の前が白く弾け、絶頂にも似た快感に襲われた。
塞がれていなかったら、嬌声を上げていただろう。
繋がれていなければ、男に縋り付いて腰を前後させていただろう。
それほどまでに気持ち良かった。
射精していないのに、貴樹がする自慰より満足感が強い。
あの張り型に比べたら、細くて短いペニス。
なのに、快感はあれの比ではない。
「んおっ、ぉぉぉ──っ」
頬を流れるは随喜の涙だ。
もっとくれ、と願って、快感をくれることに感謝して。
犯される屈辱か、さらなるスパイスになっているようだ。
「こいつ、感じてやがる」
そんな貴樹の様子に気が付いたのだろう、張り番をしていた男達までが興味津々に近寄ってきた。
「すげぇ、こいつっ、名器だぜっ、絡みついて──うくっ」
誰のものとも判らぬペニスを銜え込んだ肉壺が、歓喜の涎を垂らし、ぐちょぐちょに濡れていく。
脳裏に、男の先走りの液が、肉に染みこんでいく様子が浮かんだ。
ちゃちなペニスだ。けれど、貴樹の敏感な肉壁は勝手に絡みつき、脈動し、きつく締め付ける。
「んんん──っ!」
男が射精した瞬間、貴樹も叫んでいた。
満たされる熱と脳内に浮かぶイメージが、貴樹を歓喜させる。
白い汚濁が貴樹の肉に淫らに広がっていく、そんなイメージに、満足感が増していく。
「こいつのがそんなにイイのか?」
その言葉に、貴樹の目元は嗤っていた。首がコクリと動く。
「もっと犯されてぇのか?」
今度は大きく頷いた。
もっと欲しい。
もっと欲しくて堪らない。
その返答に、男達は顔を見合わせ、にたりと嗤った。
「っ」
べりっと剥がされたガムテープに、まず足らなかった酸素を思いっきり吸い込む。
ああ、嬉しい。
深呼吸を繰り返しながら、嬉し涙に潤んだ瞳で男達を見やった。
僅かな灯りでそれが煌めく。暗い夜の木陰にごくりと響く音が重なる。
「なあ、どうして欲しい?」
聞かれた質問に、貴樹は即答していた。
「犯して、くれ」
「了解だ。たっぷり犯してやるよ」
リーダー格の男の合図と共に、手足のロープが外された。
男達の股間に反り返るほどに勃起したペニスが見える。
これから貴樹を犯すそれは、稲葉のそれにはとうてい及ばないサイズだけれど。
それでも堪らなく美味しそうなものに見えて、貴樹は溢れてくる多量の唾液をごくりと飲み込んでいた。
普通ならガバガバに緩むほどの激しい肛虐を毎日してきた貴樹だったが、アナルは慎ましやかなものだ。それこそ見た目は処女のそれと変わらない。
それもこれも貴樹が厭うた回復力のなせる技だ。
けれど単純に治っているだけでなく、男を受け入れるように穴自体が変わっていた。
どんな太いモノでも受け入れる括約筋は、決して裂けることなど無い。それなのに、きついくらいの締め付けで、初めてを望む男達の征服欲をそそらせる。
中は中で、異物を銜え込み締め付けることに慣れている肉筒が、男達のペニスを掴んで離さない。なめらかな動きを助けるように粘液を吐き出す肉は、意思のある生き物のように絡みつき、締め付け、脈動して、その一滴までも搾りつくさんとするのだ。
アナルだけではない。
口も男達のペニスを悦ばせる名器となっていた。
精液を厭わなくなっている貴樹が、吐き出されたものを最後の一滴まで吸い尽くそうとする。
その刺激に、男達は果てるたびに、勃起させられた。
舌が、鈴口に繰り入り、亀頭を舐め上げ、絡みつく。
喉の奥まで入れての口淫もまた男達を歓喜の渦に落とし込む。
乳首を摘むと締め付けが良くなると気が付いた男達が、何度も何度も摘んで苛んだ。僅かな刺激でも快感を感じる場所を弄られ続けて、何度嬌声を上げたことか。
男達は休憩を挟んでいるけれど、貴樹自身は何時間もぶっ続けだ。
全身、髪の毛に至るまで精液で彩られた体は、それでもまだ限界からほど遠い。
ジュブジュブと水音を響かせているアナルから、泡立った白い粘液が溢れ出している。口の端からも唾液と共に精液を垂らしている。
ずっと癒されなかった熱が、少しだけ下がっているようなのだ。
苦しみも辛さも、少しだけ楽になっている。
満足、と言い切れるものではないけれど、それでもこの数ヶ月の絶望の中の自慰に比べれば、ずいぶんと楽になっていた。
ただ、一度も射精しないペニスは相変わらず勃起したままだった。
「んあぁぁぁ」
男の勢いのない射精にすら感じる。
汚される悦びが、体を歓喜させる。
ずさっと背後の男が、尻をついて倒れ伏した。
抜け落ちていくペニスを、アナルが離さすまいと締め付けるけれど、さすがに萎びていったそれを捕まえるのは無理だった。
男達の方が先にバテてしまっていた。
「なんて……ヤツだ」
「ああ、淫乱ってこんなヤツの事をいうんだよな、犯されて悦んでるってやつ、初めて見た」
「しかも、こいつ射精してねえぜ。ドライで達きまくって、満足してるんだからな」
淫乱……。
その言葉を聞いて、確かに、と嗤う。
まだ満足しきれていないと言ったら、絶句するか、驚くか。いや、色情狂扱いされるだろうか。
それでも、もうそんなことは言っていられない。
僅かでも満足した今の状態を逃したくなかったからだ。
これなら、ゆっくり眠られる。少しは普通に暮らしていけるかも。
「なあ……俺の体、気に入ったか?」
さすがに怠い体をゆっくりと起こしながら問いかける。
「あ、ああ」
目を丸くした男達。
まだ若い。
性欲は枯れ果てることなどないだろう。
「俺……が、欲しい?」
それにこの場所……この公園。
そういえば、大学に入った頃に注意されたことがあった。
公園の奥一体は、ハッテン場になっているから気をつけろ、と。
「ここに……来れば良いか?」
じっと見つめていると、男がひくりと顔を引きつらせ、それでも憑かれたように頷いた。
他の男も、カクカクと機械仕掛けの人形のように頷いていた。
「金曜の夜はここにくる。早いモノ、勝ち……」
声無く嗤う。
誘うように、けれど淫猥に。
男達が再び頷くまで、その視線を外すことはなかった。
【餓鬼編 了】