【鬼孕(おにはらみ)】

【鬼孕(おにはらみ)】

      - 1 -

 強い夏の日差しに吹き出した汗が瞬時に乾いていくような天気。
 そんな中でもすぐに次の汗が吹き出して、激しい動きの中辺りに飛び散った。
 一瞬の油断も許されない一対一の攻防戦を繰り返す瀬崎貴樹(せざき たかき)にとって、その汗がひどく邪魔だった。スパイクが食む緑の人工芝の僅かな間隙が、動きを鈍らせるのも、だ。
 尽きぬ激しい動きに息が苦しい。
 こいつも同じはずなのに。
 流れるように相手が右に動く。
 寸前でそれを遮って、足下にあるボールを操って。向こうにいる筈のチームメイトに、送りたい。
 けれど強く蹴ろうとするたびに、敵である男が邪魔をする。
 同じような体躯なのに、僅かに動きが良い男。
 貴樹とて決してひけを取らない体躯を持っているのに、視界を邪魔されている状態。チームメイトの声が、音が、なぜかやたらに重く響いて、判断を狂わせる。
 長い攻防戦──だが、そよとも吹いていなかった風が、一瞬だけ貴樹の髪をなびかせた瞬間、一気に視界が開けた。
 ぎくりと振り向いたのと、背後で歓声が響いたのとが同時。
 わあわあと歓喜の声が響く中、両手を大きく上げて歓声に応えているのは、さっきまで貴樹の目の前にいた男だ。
 その向こうのまだ遠いゴールで白と黒の二色のボールが、キーパーの足下を転がっている。
 あれは、さっきまで自分の足下にあったはず。
 なのに……。
 呆然と立ちつくす貴樹の耳に、ホイッスルの甲高い音が鳴り響いた。


 合宿の最終日に開かれた練習試合は、新しいチームを作るための選抜試合だった。
 まだ二回生の貴樹であったけれど、精鋭揃いのレギュラーに入れるだけの実力はあると自負していたし、コーチや部長が上げた推薦メンバーにも入っていたのだ。
 なのに、負けてしまった。
 勝てなくてもメンバーに入ることは決定しているが、もとから負けず嫌いの貴樹にとって、あんな大事な場面で抜かれたことがひどくショックだった。まして相手は、貴樹が昔からライバル視している同級生の稲葉(いなば)だったのだ。
 暗い部屋にビールを片手に座り込んだままの貴樹は、合宿から帰ってきたままの格好だった。
 悔しくて悔しくて。
 決して己の方が劣っているとは思わない。
 けれど、先輩や後輩の手前なんとか押さえ込んでいた感情が、自室に帰り着いた途端に一気に沸騰した。
 あいつが……オレを抜くなんて……。
 起きた現実が認められくて、貴樹の心が荒れ狂う。奥歯が激しく軋み、喉の奥から怨嗟にも似たうなり声が響いた。手元あった空き缶がぐしゃりと紙のようにつぶれた。
 これは良くない感情だ、ということは貴樹自身判っている。
 だが、止まらない。
 ──先輩ならまだしも、あいつに……。あいつが……あいつが抜いたせいで……。
 小学校の頃から、同じ学校ではなかったにも関わらず、いつも稲葉の名が目の前にあった。
 サーカーのクラブにいるときも、小中学校対抗の陸上競技会の時も。
 大学になって初めて同じ学部になったけれど、成績も運動も、合コンでも全て貴樹の一歩だけ先を行く男。
 しかもおの男は、いつも負けてしまう貴樹をあからさまに見下してバカにするのだから、よけいに腹が立つ。
 あいつのせいで、自分は怒ってばかりのようで……。
「くっ……、あ……」
 衝動的に壁に思いっきり投げつけた空き缶が、意に反してころころと転がっていく。
 ぼんやりとその転がる様子を見送ってから、思った以上に力が入らなかった腕を見つめた。
 しかもたいした行為ではないのに、なぜか息が上がっていた。
 ぜいぜいと肩で息をした身体がくたりと崩れ、慌てて手をついて支えた。
「……あれ?」
 身体がひどく疲れていた。
 それを自覚すると、今度は睡魔にすら襲われ始める。きつかった合宿の疲れが一気に出てきていた。
 興奮して眠くなるのは変──と友人が言っていたが、貴樹は幼い頃から癇癪が最高潮になった直後から、いつも眠くなってしまう癖があった。興奮しすぎて精神がまいってしまうのだ。
 気が付いた睡魔は徐々に、けれど確実に強くなっていく。
 投げつけた拍子に腕に散っていたビールの雫を払い、貴樹はのそりと立ち上がった。
 その拍子に、壁に掛けていた鏡が視界に入る。
「……?」
 貴樹の顔だけが映る鏡。
 それなのに、誰かの視線を感じたような気がして、首を傾げる。
 けれど、鏡の中の貴樹も同じように首を傾げただけで。
 貴樹は、気のせいだったと片付けた。



 睡魔に襲われて、早々に床に就いた貴樹だったが、寝入ってすぐにその身体が揺らぎ始めた。
 固く瞼は閉ざされてはいるけれど、濡れた唇はしどけなく開き、熱く湿った吐息が忙しなく溢れている。瞬く間に掛け布団はベッドの下に落ち、着替えなかったTシャツやルーズパンツから覗く肌はしっとりと汗ばみ始めていた。
 暗闇の中、白く浮かび上がるTシャツがめくれ上がっていく。
 その間から小さな突起を二つたたえた胸が覗く。その豆粒のような薄い色のささやかな乳首が、ぴんと固くしこっていた。皮膚の下には逞しい胸の筋肉が感じられる場所だ。その腹との境の辺りで、皮膚が何かに押されるように僅かにくぼんでいる。筋肉のくぼみではない、どこかおかしなくぼみが、ずずっと腹から上へと上がっていった。
「っ……、あはっ……あぁっ」
 貴樹の身体がびくりと大きく跳ねた。最初は吐息だけだった音に、艶やかな喘ぎ声が混じる。
 四肢はベッドの四隅に向かって伸びている。まるでそこから動けないとばかりに、定位置を保つ四肢とは裏腹に、胸や腹、そして腰がさっきからずっとびくびくと震えていた。
 それよりも大きな動きで、貴樹が身悶える。
「あっ、やあっ」
 固く瞑った目の下で、唇から溢れた舌が別の生き物のように蠢く。たらりと口の端から飲み込めなかった唾液がこぼれ落ちた。その滑りと同じ痕が、胸の妙なくぼみが動いた後にも残っている。
 豊かな筋肉を堪能したそれは、今度は固くしこった乳首を押し倒していた。
「ひぃっ、んあ……はぁぁ……」
 すでに嬌声と化した声が、ひっきり無しに響く。
 天井を突き上げるように動く腰から、ルーズパンツが下着ごと勝手にずり下がり、完全に勃起したペニスがぷるりと飛び出した。
 身体に似合う逞しいペニスだ。
 完全に剥けた亀頭は、すでに溢れた粘液でぬらぬらと濡れそぼっている。
 それが、支えも無しに直立していた。
「い、イぃっ、そこぉ……ふぁっぁぁ……」
 ぶるりと全身を震わせた貴樹が、突き上げるように激しく腰を動かす。
 その度に、唯一柔らかな亀頭が複雑に凹み、ぱくぱくと喘ぐ鈴口からさらなる粘液が涎のように噴き出していた。
 貴樹は眠っている。
 その身体を、見えない何かが這い回っていて、貴樹は確かにそれに感じている。
 乳首の形が変わるほどに吸い付かれても、亀頭を激しく扱かれても、動かせない足をM字に大きく割り広げられても、貴樹の口から溢れるのは嬌声ばかりで、拒絶の言葉は出てこない。
「あっ、そこ、あっ、ふと……っ、あああぁっ」
 太ももに食い込む見えない指。そうとしか思えない凹みの奥で、さっきまで固く閉じていたアナルがゆっくりとシワを伸ばして、隙間を広げていた。
 耐えられないように蠢く貴樹の身体は、あいかわらず胴体部のみしか動いていない。
 伸びていた脚は、今や抱え上げられるように折り曲げられ、尻が天井を向くほどになっている。
 その中心で、アナルがゆっくりと開いていた。
 広がるたびに、こぽり、と粘液が溢れ出す。否──見えない何かが溢れるほどの粘液をそこに垂れ流していた。
 空間から溢れ出す透明な粘液が、こぽこぽと穴に直接注がれている。
「ひぃ、あ──、な、なにぃか……入ってぇ……」
 いやいやと拒絶するように頭が動く。けれど、はあはあと喘ぐ口元は緩み、その肌は上気して甘色に染まっていた。
 ぐにゅ ぐちゃ ぶにゅう……
 アナルの中から何かが出入りするように、粘液が溢れては、中に入っていく。
 そのたびに広がっていくアナルは、すでに内部の肉色を晒し、薄く沈着していたシワを赤く充血させていた。
「ひっ、ひぃ──っ」
 突然貴樹の身体が激しく震えた。
 足の先まで硬直させ、がくがくと全身を痙攣させている。
「イィッ! そこお、もっとぉっ!」
 ぐぐっと肉壁が中に入り込む。
 腰が揺れるたびに穴が大きく開き、うねうねと蠕動運動を繰り返す腸壁が完全に見えている。
 その肉壁の一カ所がぐいっと押し込まれるたびに、貴樹の身体が跳ねた。
 まるででんぐり返しをするかのように、腰だけが浮き上がり、また落ちる。
「あ、あぁぁ、イイっ、ひぃ、またっ、またぁぁっ」
 がくんがくんとベッドが揺れた。
 見えない何かがずっと貴樹の前立腺を刺激していて、止めてくれないのだ。
 揺れる腰に合わせてペニスも揺れている。
 だが、そこが溢れさせているのは透明な粘液だけだ。
「達くっ、うぅっ、達くっ、イクッぅ……」
 悲鳴にも似た叫びに合わせて、何度も腰が揺れる。
 だが、屹立しているペニスは、露程も精液を吐き出さない。
「あ、やめぇっ、離せっ、はなしてくれぇ」
 眠ったままで切ない懇願の声が繰り返されていた。
 アナルの刺激による激しい射精衝動が繰り返されているのに、貴樹の射精を戒めている何かがあるのだ。
 それが何かも判らないままに、貴樹は喘ぎ、腰を振りたくり、そして懇願していた。
「達きた……、離せ、ぇぇ……、達く──ぅ、ザ、ザーメン、出るぅっ」
 けれど、見えない何かは決して貴樹を解放してくれなかった。


 乳首は伸びきるほどに吸い付かれ、ぱっくりと腕の太さほどに開いて肉壁を晒すアナルの中で縦横無尽に蠢くものに前立腺を直接刺激される。ぬらぬらと根元の陰嚢までも粘液まみれにしたペニスは、亀頭や陰茎は形が変わるほどに愛撫され続けているけれど、どんなに頑張っても射精だけはできなかった。
 すでに何の液か判らないもので全身を滑らせている貴樹の喉から、理性の一欠片も感じられない淫猥な言葉と嬌声だけが漏れている。
「イイよぉ、もっと突いてぇ……、ああ、達きたぁぃ……達かせてぇ……」
 何度繰り返されたか判らない懇願。
 けれど、解放されない快感に、貴樹の喉は掠れ、腰の動きがひどく緩慢なものになっていた。
 それでも、体内を暴れる快感は、衰えるどころかますます激しくなっていた。
 が。
 早い時間に寝入った貴樹の部屋の時計は、眠り始めてからすでに2時間が経っていることを伝えていたが、その長針がかちっと動き、12時ちょうどを指した時。
 かっ、と貴樹の両眼が大きく見開かれた。
「ひっ、いああぁぁぁぁっ」
 一拍遅れて、ぴしっと全身が弓なりのままに硬直して。
 悲鳴とともに、ペニスがまさしく噴射と言って良い勢いで精液を噴き出した。
「あ、あっ、あぁっ」
 見開いた両眼は、真っ暗な闇を映していた。
 激しく長く吐精したペニスは、最後の一滴まで絞り出そうと未だ激しく喘いでいた。
 アナルも乳首も、見えない何かが休むことなく刺激を続けている。
「あっ……また、ぐぅっ、うぁっ」
 達ったばかりの身体への刺激に、萎えることなく貴樹のペニスが次の解放を求め始めた。
 再び閉じられた瞳が、彼がまだ寝入っている事を教えてくれる。
 だが、愛撫は止まらない。
 何度でも何度でも。
 さんざん我慢させられたうえに、予告無く解放される事を繰り返される。
「もお、もおぉ……ダメだっ、出ねぇ……あ、ああっんっ」
 3度目ともなると量も少なく、色も薄い。
 けれど。
「あっ、ま、またぁっ、あふぅっ」
 止まらない。


 夏の早い夜明けの訪れとともに、貴樹の6回目の射精とともに全ての愛撫と拘束は完全に止まった。
 カーテン越しに明るい日差しが差し始める。
 エアコンを効かせた部屋で、貴樹はしっかりと布団にくるまってすやすやと心地よい眠りについていた。
 その姿からは、夜の間ずっと続いていた淫らな動きなど微塵も感じられない。
 それに、飛び散ったはずのいろいろな液の染みも、肌の汚れも、何一つ無くなっていた。
 その上、夜明けからさらに数時間の惰眠を貪って目覚めた貴樹は、自分がそんなふうに身悶えていたことなど何一つ覚えていなかったのだ。