【鬼孕(おにはらみ)】

【鬼孕(おにはらみ)】


      - 6 -

 チャリ、ジャラ……
 身動ぐたびに鎖が音を立てる。小指よりも細い鎖はなんなく引きちぎれそうなのに、鋼鉄のそれは軋むことなく、貴樹の身体をしっかりと拘束していた。
 僅かに動ける程度の微妙な余裕が恨めしく、身体を這う鎖を睨め付ける。
 もう少し動ければ……。
 身体を拘束する鎖は、巧みな技によって貴樹の全身に広がった性感帯を微妙に外した場所に付けられているのだ。
 たとえば、後数センチ上に上がれば、ぷくりと赤く熟している乳首を擦ってくれるのに。
 後少しだけ横にずれたら、ぶるぶると震えている会陰の膨らみを押さえてくれるのに。
 稲葉は、さんざん貴樹の身体をなぶり犯した後、エサが足りないだろう、と傀儡から得た粘液に媚薬をたっぷりと混ぜたものを多量に飲ませ、同じ物を卵大に固形化したものを体内に押し込んでいく。
 そのせいで、貴樹の身体はいつも欲情していて、熱く火照っているのだ。
 はあはあと天を向いて熱の籠もった息を吐き出して、少しでも荒れ狂う熱を冷まそうとするけれど。
 じっとしていられないほどの疼きが全身を襲い続けているせいで、我慢などできない。
 動くたびに鎖がもたらす微妙な刺激を受けて、また身体が疼く。
「はっ……あっ──っ、はふぅっ」
 ひっきりなしに喘ぎ声が零れ、ジャリと鎖が岩肌を擦る振動すら、感じてしまう。
「あ……うっ……み、見んな…やっ……」
 朦朧とした視界に、再び人の姿が映った。
 唐草模様に飾り枠にはまった50センチほどの丸鏡に映る人々。ちょうど貴樹の真正面にある鏡に、神殿の拝礼所で熱心に手を合わせ祈る姿が映っていた。
 それは、岩壁の向こうにあるもう一枚の鏡の風景だと稲葉は言っていった。
 古代の祭礼の場所にあった鏡を奉る神殿は、太古の昔から同じ姿でそこにたたずんでいる。しかも近辺の風光明媚さも相まって観光客がひっきりなしに訪れる場所らしい。
 だが、今貴樹がいる空間を知るものはいない。もともとこの鏡が魔を封じるための物だったという伝承すら、すでに忘却の彼方なのだ。
 そんな、人にしてみれば気の遠くなるような長い年月の果てに、鏡は本来の役割を見失い、今はもう稲葉の命令のままに力を使う。誰の目にも触れない空間を作り、稲葉が望む物を映し出し、他の鏡を支配する力を。
 今でも神事にすら使われる鏡は、この世では完全に闇に犯されていた。
 ただ一つ。
 この鏡が人の悪心を吸い出す、という言い伝えの由来となった力だけは、変わらず使い続けたままで。
『すごぉい……』
 不意に聞こえた音に、貴樹の瞳が鏡に向かった。
 若い女性達が、貴樹を指さしている。
 きゃっきゃっとはしゃぎながら、貴樹を指さしている。
「ひっ……。い、やっ……、み、見るなぁっ」
 ガシャガシャと、鎖が激しく鳴った。
 軋み音すらあげて、貴樹の身体を戒め、食い込んで。
 そんな姿を、彼女達が笑う。
『変なのぉっ、ねぇねぇ、こっち、見てっ』
 嗤われている。
 その事実が、貴樹を貶める。
 実際は、彼女たちは古さ故に歪んだ鏡に映る自分達の歪な鏡像に、嗤っているだけなのだけど。
 ──子を成す六月の間、ありとあらゆる痴態を数多の人の目に晒してやろう。さすれば、そちの精はさらに美味しく熟れる事よ。
 嗤いつつ言い放った稲葉の言霊に支配されて、貴樹には自らの姿が晒されているのだと信じ込んでいた。
 しかも、そう解釈できる言葉や映像しか鏡は通さない、という事実を貴樹は知らないから。
 手が届きそうな距離から見られている。
 欲情し、だらだらと上からも下からも涎のように粘液を垂らし、陵辱の果てに精液を垂らしている浅ましい姿を。


「さあ、エサの時間だ」
「ひっ」
 不意に現れた稲葉が、貴樹の身体を背後から抱え上げる。
 目の前には、鏡。
 さらに増えた観光客の姿がたくさん見える。
「おお、観客も多い。さあ、エサを喰らう様子をたんと見せてやれ」
「ひっ、やゃぁぁぁっ」
 ガシャッ、ガシャン
 暴れる貴樹を押さえつける鎖が音を立てて引っ張られる。
 貴樹の力ではびくりともしない鎖が、稲葉が動くだけで難なく伸びて、貴樹の尻穴が稲葉のグロテスクなペニスに刺さるのを邪魔しない。
「あひぃぃぃぃっ!」
 何度挿入されても、決して慣れることがない。
 巨大で歪で長い。その凶器でしかないペニスを、稲葉は容赦なく一気に押し込んだ。
「ひっ、ひぎぃぃぃ──っ!!」
 引き裂かれそうな痛みに上がる悲鳴を、稲葉はうっそうと嗤って堪能していた。
 限界まで押し広げられたアナルから、前に挿れられた精液がだらだらと泡立ちながら流れ落ち、日焼けが抜けた白い肌を彩る。
 血臭も、広がっていた。
 稲葉は、貴樹の身体を傷つけることに頓着しない。鋭い爪で乳首を貫き、牙を首筋に深く食い込ませるのもいつものこと。
 だがそのキズは、稲葉がいない間に治ってしまう。
 僅かな時間で幼子のような柔らかな肉と皮膚に覆われてしまうその場所は、次の来訪で再びばくりと口を開けてしまう。
 稲葉の子を孕んだ身体は、子を護るために、自然治癒力が異常なほどに高まるのだと稲葉が教えてくれた。
 最初は幸いだと思ったそれが、地獄のようだと感じたのはすぐのこと。
 何度も貫かれる痛みが激しくて、いっそのこと傷のまま開きっぱなしだったら良いのに、と願う。
 血が流れるたびに貴樹は泣き叫んで制止の言葉を繰り返すのだけれど。
「泣き喚くと良く締まる。そんなに欲しいか、我が与えるエサが。そんなに旨いのなら、1日三度では足りないだろう?」
 耳朶に長い舌をねじ込みながら、貶める言葉を注ぎ込む稲葉が、貴樹の願いを聞き入れることなど無い。
 グビュッ グチュウ
 みだらな水音が、絶えず洞窟の中に鳴り響いている。
 稲葉が貴樹用のエサと呼ぶ精液が泡立ちながら、太股を伝い落ちていた。その精液と貴樹から溢れ出る粘液を、稲葉は数多の視線に見せつけるように塗りたくった。
「こんなにも涎を垂らしておるわ。おうおう、嬉しい事よ。なればもっと与えねばなるまいのお」
「ひぐぅ、やめっ、痛──っ、やだぁぁぁっ」
「苦痛は快楽を増幅する。我慢は最高の喜悦を呼び起こす。その時のそちの精は、人とは思えぬほど美味なのよ。故に」
 稲葉が血色の舌で、ねっとりと貴樹の頬を舐め上げた。
「最高の味付けになるように、そちには常に苦痛を与え、際限のない我慢を与えよう。今まで通り──今までよりも激しく」
「あ、やぁぁぁっ」
 朦朧とした頭でも稲葉の言葉は理解できた。
 貴樹の瞳に絶望の色が宿る。
 今でも十分痛くて苦しくて、それなのに射精できない苦しさもあって。
 なのに。
「ずっとずっと、ここまで育つのを待っておったからな。それを思えば、その程度待つことなど何の苦にもならぬわ」
 長い刻を生きる稲葉にとってこの程度は僅かな時間だと宣って。悲鳴に近い嬌声を上げる貴樹を犯し続けるのだ。

 抽挿が激しくなって痛みとそれ以上の快楽が、貴樹の精神を真っ赤に焼き尽くす。
 血の色が上気した肌を彩り、だが、それ以上のぬらぬらと反射する透明な粘液が、全身を飾る。
 上下に動く体はまるで人形のようだ。
 貴樹のエサの時間は日に三回。だが、その一回の時間は人の世界での3時間にもなる。起きている間はほとんど犯され続けているといっても過言ではない。
 その中で、貴樹のペニスは萎えることなく硬直し続け、ぱくぱくと鈴口を喘がせていた。
 貴樹のペニスは、稲葉の許可無く射精しない。しかも一回の間に、貴樹の射精が許されるのはせいぜい一回のみ。
「あっ、ああぁっ──、もおぉぉっ」
 痛みが快感に変化してしまえば、今度は激しい射精衝動が貴樹を襲うようになるというのに。
 気の長い稲葉がさすがに飽きて精を喰らう気になるまで、狂いもせずにただずっと犯され続けるのだ。
 腹の奥深くに収められた稲葉の子が生まれてくるその日まで。
 ずっと……。

【了】