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とんでない夢を見ていたような気がする。
最悪だよな、俺が犯されるなんて。しかもあの稲葉に。
人とは思えないような巨根に犯されて喘ぐなんて……そ、んな……。
こくっと首が落ちる。
あれ……。
布団に寝ているはずなのに、首が痛い。ひどく肩が凝っていて、背中も痛い。
苦しさに身動ぐと、ジャリと耳障りな音も聞こえてきた。
なんだ、これ?
ゆらゆらと波間を漂っていた意識が、少しずつ鮮明になっていく。
いつものように伸びをしようとして、身体が思うように動かないことに気が付いた。
つん、と鼻につく湿った空気の臭い。
何かがおかしい。
そう気が付いた時には、おかしな原因に思い当たった。
「ひっ」
ばっと大きく見開いた眼に入ったのは、ごつごつとした岩肌。そして古ぼけた丸鏡。
寝起きでぼやけた視界にも、丸鏡の鏡像ははっきりと判った。
「な、なんでっ、くそっ」
鏡に映っていたのは、両手両足を岩肌に括り付けられた貴樹自身だったのだ。
しかも、身体を拘束する細い鎖以外、何も身につけていない。否、大きく広げられた股間に太い棒が見える。
それがどこに突き刺さっているか、体内に感じる異物感にすぐに思い当たった。
「い、いやっ、何だよぉ、これっ」
覚えているのは、身体の中に流れこんだ粘液の正体を知った直後。
朽ちかけた空き家の中で、稲葉と傀儡だという男達にさんざん犯されたことも、はっきりと記憶に残っていた。
けれど、今いる場所を貴樹は知らない。
ひどく薄暗く、ろうそくの灯火だけが頼りだ。それでも十分見渡せる狭い室内をいくら見渡しても出入口らしきものは見あたらない。
あるものは、祭壇のような場所に立てかけられてる唐草模様の飾り枠を持つ丸鏡だけだ。直径が50cm程度のそれは、灯火に照らされる貴樹の裸体を、小さいながらもはっきりと映し出していた。
「目覚めたか」
不意にかけられた低い声音に、びくりと全身が震える。そのままがくがくと震えだした貴樹の前に、ふわりと稲葉が降り立った。
それこそ降って沸いたという言葉がぴったりの登場の仕方だ。
だがその違和感を、考える余裕など貴樹にはもうなかった。
さんざん陵辱され、信じられないものを飲まされた記憶が、取り繕おうとした冷静さを打ち砕く。
「準備はできた」
怯えて少しでも後ずさろうと背後の岩肌に身体を押しつける貴樹に、稲葉が手のひらを指しだした。
「ひっ」
怯えながらも、その手のひらに載った卵の形をした物体に意識を取られる。
鶏卵よりわずかに大きいそれには、漆黒地に白やら灰色のようなぼんやりとした線が流れるように入っていた。
「我の子の種よ」
「……種……」
こんな時なのに、卵と呼ぶ方が似合う、とまじまじと見入った貴樹に、稲葉はほくそ笑みながら言葉を続けた。
「七年間かけて、そちから絞り出した闇と精から作り出した」
「……え?」
ヤミとセイ?
浮かばない漢字に、視線が泳ぐ。
「闇とはそちら人が、負の感情と呼ぶ物よ。憎悪、嫉妬、怒り、恨み、苦しみ……。そちの闇は、まこと良質で量が多かった故、この種に与えてもあまりある量で我の腹をも膨らましてくれたわ」
「なっ」
記憶にある陵辱の日々。
特に激しい行為だった日は、たいてい癇癪を起こして寝入った日が多い。それか、稲葉にからかわれた直後。
「ま、まさかっ」
「ほお、悟ったか。そうだ、そのために我は人に化けてそちに近づいた。何しろ、種を作る素材としての闇は、良質であればあるほど、力強い種ができる故に。みよ、この漆黒の色を。これこそが素材が良質の証よ」
手の中で遊ばれる種は、確かに流れをつくる白と灰以外は透き通るような黒を見せている。
「そしてその闇を練り上げるのに使うのが、そちの精液だ。こちらも大量にいる故に、恐怖と苦痛と同じくらいの愉悦が混じったものが特に良質でな。なかなか手に入らぬものであるが、そちは貪欲に我を求めるので助かった」
くすりと溢した笑みに、ぶるぶると首を振る。
「ふふ、それも先日300回目に手に入れた殊の外良質の闇と精で、完成に至った。故に、そちを苗床にする準備を施したのだ」
「な、苗床ってっ」
どう聞いても良いニュアンスでないそれに、引きつった悲鳴を上げた。
逃れようとぐいっと腕に力を込めるが、身体を戒める鎖はさらにきつく締まったようで、びくりともしない。
「怯えることはない。種が子になるまで六ヶ月かかる。その間、そちの胎内に埋め込み、エサをたんとやれば良いだけよ」
「た、胎内って……。そんなの、普通女の役目じゃねぇかっ」
魔物に攫われて子を成すのは、どんな小説でもたいてい女だ。子宮という子を育てる袋は、男の貴樹には無い。
そう必死で言い募る貴樹を、稲葉は鼻で笑い飛ばした。
「我ら種族に、メスという存在は無い。人が言う鬼女は、あれはまた別の種族であって交わることはないわ。我らは常にオスの姿で存在する。数千年の長きにわたり生き続け、寿命が尽きる時にだけ子をつくる故、メスは必要ないのだ」
「で、でも、子を作るって……」
「我らの糧は人の闇。その中でも特に良質な闇と精により種を作り上げ、それを生き物の腹の中に作った苗床で六ヶ月育てれば子はできる。それだけのことよ」
「それ、だけ、って……そんなの」
くらりと目眩がして目の前が暗くなる。貴樹の想像も及ばない存在なのだ、この稲葉は。
「それだけのことよ」
稲葉の視線が貴樹の瞳を捕らえた。強い力を孕む瞳に凝視されてしまうと、貴樹は自分の意思で身体を動かすことができなくなった。
「そちを見ていると、肉棒で貫きたくて堪らなくなる。あの旨い味を思い出してしまう」
「いぃっ」
「だが、先にこの種を苗床に納めねば先に進めぬ」
「い、いやっ」
ぶるぶると大きく首を横に振る。
だが、稲葉の手が貴樹の右足を高く抱え上げた。貴樹の力ではびくりともしない鎖は、稲葉の動きを邪魔しない。
「二つ分の傀儡の精魂と血肉、そして我の精魂を喰ろうた身体。最高級の苗床よ」
耳朶にぬめる舌が絡みつく。
棒が抜け落ちたアナルに触れたのは、妙に生暖かく、そして固いもの。
ずぶっ。
ぐずっ。
稲葉のペニスより小さな種が、貴樹の胎内に押し込められていく。
そのまま奥まで指で押されるのかと、ぞくぞくとする違和感と絶望に耐えていた貴樹だったが。
「ひぐぅっ!」
種を掴んでいた五指が、そのままアナルの中に入ってきたのだ。
「ひっ、や、やめ──ぇっ」
引き裂かれる痛みがびりびりと走る。
限界まで押し広げられた腸壁が痛み、他の内臓を押し避ける苦しみに、嘔吐感が押し寄せた。
「ぐっ、ぐぇっ」
全身蒼白になってえづき続ける貴樹を押さえつけ、稲葉はぐいぐいと腕を押し込んでいく。
さすがに裂けたアナルから、鮮血がほとばしった。
腕がようやく止まった時には、稲葉の長い腕の肘までが貴樹の胎内に入り込んでいたのだ。
「傷はすぐに治る。苗床が種を護るように、種も苗床を護る。それは、我の力より強いほどだ。故に、どんな傷でもたちどころに治ってしまう」
その言葉の通り、噴き出した鮮血の勢いが急速に衰えていた。
けれど、それで痛みが無くなるわけではない。相変わらず、腕がずっぽりと入っているのだ。
「淫乱なそちのために、前立腺の上に置きたかったが、そうもいかぬ」
苦笑を浮かべた稲葉は、そのままぐいぐいと種の居場所を探るように指先を動かした。
「ぐぇっ、おえぇぇっ!」
内臓が中から圧迫され、たっぷりと粘液を注がれた胃が痙攣する。
けれど、粘液は胃壁にばりついたように食道を上がってこずにいて、稲葉の腕が抜けるまで貴樹はいたずらにえづき続けるだけだった。
種を植え付けられただけで全身を汗だくにして疲弊しきった貴樹が鎖と岩肌に身体を預けていると、稲葉がおもむろに鏡を指さした。
「見よ」
苦痛と疲労に言われるがままに視線を向けると、鏡と思っていたそれが、見たこともない風景を映し出していた。
さっきまで貴樹の裸体を映していたのに、今何かの木造の建物の中から、青々とした緑が見える風景なのだ。しかも、人の姿すら見える。
「な、んで……」
ぜいぜいと肩で息をしながら、それでもまか不思議な光景が信じられなくて問いかけた。
「これは、人の世界ではご神体として崇められている代物と対になっているのだ。この岩の向こうにある神殿に飾られたもう一枚の鏡が映す風景をここに映すことができる。その逆もまた然り」
「逆……逆って……まさかっ」
「そちの乱れる姿を映すのもまた一興」
「!」
そんなバカなっ、と思うけれど、この身の起きた数々の出来事が否定させない。
嫌々と幼子のように首を振って拒絶するが、その拒絶は無視されて、稲葉は尖った爪の先で貴樹の乳首を嬲った。
「あっ……」
その瞬間電流のような快感が肌の下を駆けていった。甘痒い刺激に、腰が勝手に動く。
「欲しいか?」
稲葉の舌がねとりと首筋を這う。その刺激だけで、肌がざわざわとざわめいた。
「そちの貪欲さと同じだけ、種は貪欲だ。今は満腹であろうが、日に三度はエサが必要だ」
「んもっ、やめ──っ」
「他にも、人の闇の感情は、種にとって極上のエサとなる。その感情を念としてこの鏡は集める」
指さされるがままに視線で追えば、鏡から重苦しい空気が澱みながら広がっていた。
「人は欲求に貪欲よ。神への頼みとしていくらでも欲求を垂れ流す。その念が、こちらの空間に集積されるのだ」
どんよりとした重い念が、ゆらゆらと伝わってくる。足下にまとわりついたそれが、重さを持って上へと上がってきていた。
澱みが触れると、その人の願いが、貴樹にも伝わってくる。
『彼女が、彼氏ができますように』──などという可愛らしい願いだけならまだ良かったのだが。
『今の相手と破局して、私に向いてくれますように』
『あの会社がいなかったら、仕事は成功します。どうか、あいつらのプレゼンを失敗させてください』
『セクハラ親父をなんとかしてよっ!』
神に祈るべき願いではないような、怨嗟のような念のなんと多いことか。
それらが、貴樹にまとわりついて。
「うっ、あぁ……」
肌からじわじわと体の中に染みこんでくる。小さな虫が皮膚の下で無数に蠢き、肉の中に潜り込むような感触に、貴樹は身体を揺らし、身もだえていた。
稲葉が好む人の負の感情が貴樹の中で濃縮されていく。
「六月の間、この身体にたっぷりとエサを注ぎ、苦痛と快感の地獄を味合わせ、そち自身の闇の感情をも高めてやろう。全裸で汚れたまま鎖を外すことなく日々を過ごし、飽くことなく犯し続け、淫らな姿を外の連中にも見せつけてやろう」
酔ったように宣う稲葉の言葉と鏡から流れ込む幾多の負の念に引きずられるように、貴樹の心にも後悔と絶望、そして稲葉への怨嗟が募っていく。
それが貴樹の中で濃縮され、稲葉の強き子を育てるとも知らないままに。