【鬼孕(おにはらみ)】

【鬼孕(おにはらみ)】


      - 4 -

 ぼんやりとした視界の中に、煤けた天井板が落ちかけているのが映っていた。
 漆喰壁はほとんどが落ちて中の赤茶色の土を剥き出しにし、板間にはホコリや虫の死骸が散乱し、畳はすり切れ腐りかけていた。
 その畳に、できたばかりの染みがあちらこちらにある。
 みすぼらしい場所だった。
 そんな中で訳が判らぬままに尋常ならざる男達に犯されている自分がひどく惨めだった。
 身体は揺すられるたびに未だに快楽を味わい、口であろうが尻からであろうが、どん欲に男達の精液を飲み尽くす。
 けれどかろうじて与えられた貴樹の射精が三回目を数えた頃からだったろうか。心だけが正気を取り戻したのだ。
 思わず逃げ出そうとする心とは裏腹に、身体は全く動かない。それどころか、少しでも離れたペニスに自ら首を伸ばして銜えつき、入りっぱなしの稲葉のペニスをさらに奥まで押し込もうと自ら腰を押しつけて、みだらな声で誘い、喘いでいるのだ。
 そんな自分に心だけが呆然としていれば、稲葉がニヤリと口角を上げて笑いかけてきた。その様子に、それがわざとだと判ってしまう。
 稲葉が貴樹の正気を取り戻させたのだ。
「そろそろそちから奪った記憶も戻してやろうぞ。そちがどんなに淫猥で淫らで貪欲であるか理解できようよ」
 クリアになった心の中に浮かび上がるのは、初めて稲葉に犯された昔の記憶。
 あれは、初めて精通を迎えた次の日の記憶。
 少年だった身体を貫くのは、今と同じ巨大なペニスだ。裂けて下肢が血まみれになっている。
 激しい痛みに死すら覚悟して、ただ揺すられていた自分。けれど、夢の世界に落とされ記憶を無くすと同時に、稲葉の力で傷が癒えてしまえば、何も判らなくなっていた。
 それからずっと、えんえんと繰り返されていたのだ、この陵辱は。
 身体が馴染み、傷を作らなくなればさらに時間は長くなり、注ぎ込まれる量も、吐き出す量も増えた。
 夜中に起こされて犯される事もあれば、眠ったまま思うように嬲られていた時もあった。
 順番に、一つずつ脳に改めて刻まれていく記憶を、貴樹は慟哭し拒絶した。
 あまりにも淫らな自分。
 何も知らずに犯され続けた自分があまりにも惨めで。けれど幾ら泣き叫んでも、稲葉は愉しげに嗤うだけだ。
 甦る記憶の中で稲葉は姿形を自在に変えていた。人の姿をしている時もいれば、空気のように実体のない稲葉もいた。その時々によって姿を変えている。
「う、うそだ……」
 昼も夜も、時間や場所も関係なかった。
 昼間、学校の使われていない教室でさぼっていた記憶が、塗り替えられていく。
 穏やかな風景が、不意に現れた稲葉によって恐怖に彩られたのだ。無理矢理机に押さえつけられて、衣服を剥ぎ取られた。理解できない状況と力のある視線に晒されて恐怖に打ち震えるしかない貴樹を、稲葉は容赦なく貫き、陵辱の限りをつくした。
 そんな時でも、ずっと犯されていた身体は呆気なく昂ぶって、それを揶揄された。ライバル視していた稲葉に犯されることに衝撃を受け、前の記憶のない貴樹には受け入れ難い身体の反応に打ちひしがれ。
 あの時の衝撃は相当な物だったのに、なぜ忘れてしまえたのだろう。
 犯されながら大人になりきっていない心が助けを求めて泣き叫び、それに感化された今の貴樹の頬を涙がぽろぽろと流れ落ちた。
 いつもいつも。
 寝入っている時に犯された時以外は、常に陵辱でしかない行為。
 初めての女性とのセックス。
 なのに、正しい記憶は稲葉からの強姦だ。
 彼女はぼんやりとした表情で、稲葉に犯される貴樹を見つめ続けていた。
 オナニーも、した回数だけ上塗りされる。
 きっかけは他愛もないもので、中には友人達でふざけ合ってしたものも含まれているけれど、どんなときでも途中からは全て犯されていた。
 友人達の目の前であろうと容赦はなかった。
 ただ救いは、自分の記憶と同じように、他人の記憶も消えていることだけ。無用な混乱を避けるだけの考えは、稲葉にもあったようだった。
 全ての行為を数えれば、7年間で300回。特に大学に入ってからは、週に一回ペースだ。
「はあっ、んあぁぁっ。……ふぁぁっ」
 こんなふうに、犯され、狂うほどに喘がされ、果て続けた日々。
 記憶を消されたのも決して稲葉の親切心などではなかった。
 ただ、狂わせないためだけだったという。
「早々に狂われては、傀儡と同じで面白くない。それに恐怖や絶望は何事も「最初」が一番激しい」
 そのためだけに記憶を消していた稲葉は、「だが、時は満ちた」と意味ありげに嗤いながら続けた。
「苗床である間、そちは決して狂うことはない。故に記憶とともに消えた恐怖、絶望、悲哀、憎悪、怨嗟、苦痛を快楽とともにその身に溜め込んでやろう」
 今までは、どんなに稲葉が憎くても、目覚めれば消えていたそれら。
 それが、溜まり続ける。溜まり続けさせられる。
 それは、この記憶のような出来事がさらに続くことを示唆していた。
 どうして?
 浮かんだ疑問を、稲葉が聡く気付いた。
「子を成すために」
「……こ?」
 そういえば、何かにつけて稲葉はそう言っていた。
 子の苗床……とか、なんとか。
「我の力を受け継ぐ子の種と苗床を用意する必要があった。それに最適なそちの身体だった。故に準備していたのだ」
 稲葉は話しながらでも犯すのをやめない。
 口内を支配するペニスは、少し勢いを無くしているのに、稲葉のそれは前よりさらに元気になっているような気がした。
 そのせいで快感に翻弄されて、理解するのが難しい。
「我の寿命が来る前に、我の力を引き継がせなければならない故に」
「んぐぁ──っ」
 喉の奥深くでペニスが弾けた。
 もう胃が重い。
 腸も鈍く重く響く。
 一体どれだけの精液を注ぎ込まれたのか。
「ふあぁぁぁ、お、やかぁた、さまぁ……」
 ふらりと目の前の傀儡が立ち上がった。
「げんかいですぅ」
 たらりと傀儡の口から多量の粘液が溢れ落ちる。
「飲ませよ」
「ひゃい?」
「ひっぃ」
 背後から伸びた稲葉の手が、貴樹の顎を強く掴んだ。
 すでに力を失っていた顎が大きく開き、その中へ。
「あ、んがぁっ」
 傀儡の口から溢れた粘液が、どろどろと貴樹の口内に流れ落ちた。
「飲め」
 命令はいまだ絶対だった。貴樹の喉が、ごくりごくとり動く。
 一体何の粘液か判らないものが大量に体内に入っていくる。
 それは、胃が破裂しそうなほどの量だった。

 
 ずるりと傀儡の姿をしたものが崩れていった。ぽたりと最後の一滴を落とした途端のことだ。
 ぼろぼろだった皮だけが残って、中身が何も無い。その皮もずくずくと崩れて畳の中に染みこんでいく。
「あっ、な、何──が……」
 人だったモノ。
 人ではないモノであったけれど、それでも人一人分の身体を持っていたのに。
「すべて喰ろうたか。貪欲な事よ」
 頭上からくつくつと笑みを孕む震えが伝わってきた。
「喰ろう……って」
 意味を、理解したくない。
 体内に流れ込んだ粘液が、あれが……。
「そちが欲するがままに与えたが故に、精魂が尽きたのよ。我らは精魂が尽きれば形を保てなくなる。崩れ落ちてしまえば、それが我らの死よ」
 では、あれは。
 あの粘液は。
「だが、苗床には必要なこと。精魂は尽き果てているとは言え、血肉であったモノは多量の力を蓄えておる。故に、そちに飲ませた」
 あれは。
「まだもう一つある」
 指さすところに半ば崩れかけたもう一人の傀儡がいて。
 あれを、俺は、飲んだ……。
 人ではなくても、それは見た目には人だから。
「う、うぁぁぁぁぁ──っ!!」
 人を喰らった事実に、貴樹の精神が一気に崩壊した。


 気を失った貴樹の傍らに、皮の名残が二つ転がっていた。
 あれからすぐに粘液を吐き出し始めた傀儡のそれを、稲葉は強制的に貴樹に飲ませた。
 気を失おうとも、稲葉が施した呪縛に逆らえるモノではない。
 多量の液体を飲まされて、貴樹の腹は大きく膨らんでいた。
 尻から注がれた液体も一体どれほどの量だったのか。
 今は中身が零れないように、栓代わりの稲葉のペニス並に太い棒がアナルに突き刺さっている。
 その身体を、新たに現れた白い袴をつけた和装束の四人の男達が大事そうに抱え上げて担架に乗せ、肩で担いで山の中に分け入った。
 人一人が乗った担架が、せいぜいが獣道としか呼べないような道を通っていく。
 男達は、突き出す枝や滑る山道を平気な顔をして飛び越え、くぐり、苦もなく通り過ぎていく。
 ぽこり……と、運ばれる振動のせいか、貴樹の口から粘液が溢れた。ひくひくとアナルが震えて、棒が生きているように蠢く。
 注がれた全ての体液が、寝ている貴樹にさえ苦痛をもたらしていた。
 それでも、陵辱の限りを尽くされ、人を喰らったと言う衝撃に精神までもがまいっている貴樹は、全く目を覚まそうとしない。
 ただ、苦しそうに呻く声が山の中に響いき続けていた。