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街中の大通り。
休日も相まってたくさんの人々が通る場所で、体格の良い貴樹の視界を遮るほどに体格の良い男が目の前に立っていた。
──よりによって……。
常ならば、会う確率などごくごく僅かな筈なのに、「よお」と稲葉が嫌みな笑みを浮かべていた。
「ちょうど良かった。あんたに会いに行こうと思ってたんだよな」
顔を覗き込んでくる稲葉は、貴樹に嫌われていることを良く知っている。知っていて、こんなふうに構ってくる。
「別に会う理由なんてないだろうが」
夏期合宿も終わって久方ぷりの自由な時間だった。その時間を満喫しようと街中に出たのが間違いだったのか。
朝から妙に気分の良かった貴樹だったが、それも一気に下降して、目の前の稲葉を睨め付けた。
「どけよ」
「やぁだね」
拒絶をふざけて返されて、怒りは一気に臨界点に達しかけたが、それをかろうじて押さえ込めたのは、周りにいるたくさんの人のせい。
「てめぇ……俺には用事なんてねぇんだよ」
押し殺した怒声は、意味ありげな笑みでかわされた。
「俺にはあるんだわ。もうずっと予定に入れていた用事がね」
稲葉の手が不意に貴樹の腕を掴んだ。
「いっ!」
食い込んだ指に思わず呻いてしまう程の力が込められていて、びりびりとした痛みが走る。
「このまま腕を砕いても良いんだが」
尋常でない力に無様な悲鳴を上げそうになり慌てて息を飲んだ。その耳に、稲葉がこそりと囁いた。
「付いてきなって、悪いようにはしないから」
腕を掴まれたまま肩を組まれる。一見仲の良い友達同士のようなそんな様子に、道行く人は黙って通り過ぎてしまう。
貴樹にしてみれば拒絶したい申し出は、けれど、腕に食い込む指の力に何も言えなくなる。砕く──なんて言葉は大げさにしても、このままでは筋を痛めてしまいそうだった。
「は、はなぁ、っぃっ」
「ほら、この車、乗りな」
さして離れていない場所に路駐していた車に呆気なく押し込められる。掴まれた腕は、血行が遮られたように指先からじんじんと痺れ始めていた。
「よ、用事──って、何だよっ」
見たこともない男達が運転席と助手席にいる。
派手な髪色とラフな服装。まだ若い男達だが、振り向いた助手席の男の瞳が妙に澱んでいた。
「用事は用事……う?ん、そうだな。食事ってとこかな」
くすくすと軽薄な笑みを見せてのたまう稲葉の言葉が素直に信じられる訳がなかった。
「だっ、たら……何で、こんなっ──痛ぅ、離せよっ」
腕が動かない。痛みと痺れで、まるで麻痺したようになっていた。
──このまま、腐り落ちるんじゃ……。
部の救命救急講座で受けた怪我の手当の時の注意事項が不意に脳裏に浮かんで、顔から血の気が失せていった。
出血を止めるのに、強く縛りっぱなしではダメなのだと。
「は、離せよぉ。もっ、動かねって」
「そうか?」
「ああっ、う、腕、血が通ってねぇってっ」
見下ろした先の指先が、やたらに白い。
いったいどういう掴み方をしたら、こんなふうに血流が止まるというのか。
懇願に気を良くしたのか、不意に稲葉が手を離した。
「んっ」
一気に回復した血流に皮膚の下がざわめいて、思わず喉が鳴った。冷たくなった指先が、ぶわりと大きく腫れ上がった。
「い、くぅ」
指が、腕が、まるで自分のものではないようだ。痺れは痛みを伴ってどんどんと酷くなっていく。
ごくりと息を飲み、固く食いしばった歯の間から溢した吐息に、声が溢れる。
「良い声で鳴く」
くつくつと不快な笑い声が車内に響くのに反論したかったけれど、痺れを堪えるのに気をとられてしまって何も言えなくなっていた。
痛みが落ち着いた時には車はかなりの速度で走っていた。
信号で止まってもドアロックされていて逃げ出せず、高速道路では大人なしくしておくしかなく、降りたら降りたで、すぐに山道に入っていって。
貴樹にはここがどこなのか見当も付かない山奥の古ぼけた空き家らしきところで、車はようやく止まったのだった。
「おいっ、ここはどこだっ。こんなところで食事なんてできねぇだろうがっ」
呆然と周りを見渡して状況を把握したところで、稲葉に食って掛かったが、返されたのはいつもの嘲笑だ。
「できるさ、俺はね。お前もできる」
くすりと嗤った唇の間から、やたらに白い歯が覗く。
不意に、激しい悪寒に襲われた。思わず後ずさった拍子に、どんっと開かなかったドアに背が当たる。
沸き起こっているのは激しい恐怖だ。
目の前にいるはいつもの稲葉なのに、けれどいつもより大きくて、黒くて、異形の何かに見えてきた。
へばりついたドアから、せめて窓から逃げ出せないかとあちらこちらを探っていると。
「えっ、うわっ」
身体を預けていたドアがいきなり開いた。
一気に視界に広がるのは、澄んだ青い空と森。
落ちるっ、ときたる衝撃に目を瞑ったが、痛みの代わりに何かにぐいっと支えられた。
「いただきまぁす」
とぼけた声音に慌てて目を見開けば、視界は助手席にいた男で遮られている。
その男が、とろんとした瞳で嗤っていた。口の端から涎がだらだらと流れている。
「ひっ」
恐怖と悪寒におぞましさが追加された貴樹を、今度は別の手が押さえつけてきた。
「まずはぁ、料理が先ぃだねぇ……暴れなくても良いのにぃ」
視線の先で皮の平たい紐が手首に食い込んでいた。
反対側の腕にも、未だ座席に載っている足首にも、次々と紐が巻かれる。
「旨いぞ、こいつは」
稲葉の言葉に、二人が嗤う。
「愉しみぃ」
「料理法は?」
「肉棒三昧のザーメン和え」
蒼白になった貴樹を見下ろして、稲葉も牙を剥きだしにして、愉しそうに嗤っていた。
嘘だ。
何度もそう思った。
古ぼけた畳の上に転がされ、衣服全てを破り取られても、まだ冗談だと思っていた──否、思いたかったのだ。
だが。
「ひっ、ひぃぃっ、い、痛っ! やめ──っ」
運転手と助手席の男が、貴樹を俯せに強く押さえつけていた。
両肩を畳につけるように押さえられ、代わりに尻が高々と掲げられる。
男達の手が、貴樹の尻タブを両側に大きく割り開いていた。
「まずはそちに食事をせてやろう。ここで我の肉棒を喰らえ」
稲葉の声が重く響く。軽薄さが成りを潜め、恐怖を煽る力のある声だ。言葉遣いも変わっていた。見下した様子は変わらないけれど、ひどく威厳がある。
涙目になった視界に映る稲葉の腕に筋肉が盛り上がってきている。
前より一回りは大きくなった体躯と鋭い視線に、貴樹は田舎で聞いた言い伝えを思い出して怯えた。
「お、鬼……」
人ではなく、鬼。
人を喰らう鬼。
その単語に、にたり、と稲葉が笑みを浮かべた。
その口に、白い牙が見える。
「そう呼ぶ輩もおるのお」
「ひっ」
「人とは違うのは確かよの」
指が長い。先端の爪がひどく鋭くて、切っ先が触れただけで肌が切れた。その爪が、つつっと股間の奥へと向かう。
「この穴へ、我の肉棒からたっぷりと注ぎ込み、そちの腹を膨らませてやろう」
「ひっ、ひぃっ!!」
ぺたりと尻の上に置かれたペニスの生々しい感触。それ以上に、視界に入ったそのグロテスクさに、全身ががくがくと震えた。
大きい、なんてものではなかった。
三角の大きなエラに、根本に行くほどに太くなっている陰茎は貴樹の腕ほどもある。その陰茎は太い輪が幾つも重なった塔のようになっていて、その歪な凸凹にさらにたくさんのこぶがついているのだ。
しかも、勃起した状態では鬼のへそより上まで届くほどに長い。
それで、貴樹のアナルをぬるぬると弄ぶ。
「いっ、嫌だぁっ!、こ、壊れるっ、そんな、そんなものおっ!」
恐慌状態に陥った身体が逃げようと必死に暴れる。だが、拘束された身体は一寸も逃げられなかった。
「そちは、すでに我の肉棒を何度も味わっている。一度も壊れたことなど無いわ」
「し、知らねぇ、こんなっ、誰がそんなもん、味わったことなんかぁ──っ」
そんな記憶など無い、と、必死になって首を振った。女を抱いたことはあるが、男に掘られたことなど一度も無い。
まして、そんな人間離れした巨大な逸物など、全く身に覚えがなかった。
「そう。覚えは無いだろう。だが、そちの身体は我の肉棒を旨そうに何度もしゃぶり、腹一杯の精を喰ろうて、なお欲しておった。故に我の傀儡の精も喰らわしてやろう。その上の口からたっぷりとな」
言葉とともに目の前にぬらぬらと滑る肉棒が二本突き出された。
「ひ、ひぃぃっ!」
むわっと饐えた臭いが鼻をつく。
「今日よりそちは我の子の苗床となる故、特別にそちが望む限りのことをしてやるつもりでな」
前半は何を言っているのか判らなかった。
けれど、後半は……。
「の、望みっ、だったら、俺を離せっ。家に帰せっ!」
こんなところで、こんな奴らに犯されたくない。
ここは自分のいるところではない。
「帰せっ、俺を帰せっ」
肌に紐が食い込み、赤い痕を残すのも構わずに暴れる。
暴れて、逃げようと必死になって、家の外に出ようとするけれど。
「はて、そなたはそんなにも天の邪鬼であったか?」
嘲笑を孕む声音と手のひらが一つ。それだけで貴樹の身体は動かなくなった。
「あっ、がぁっ」
「いつもいつも、飢えて足りないと言っておったというのに。まあ、良い。始まればすぐに気が付くであろうよ。そちが何が好きで、何が欲しいのか」
アナルに、滑った柔らかな肉が触れたのに気が付く。
「やっ」
制止する間などなかった。
「────ひ、ぎいぃぃぃぃぃぃぃっっっっ!!!」
一拍おいて上がった悲鳴は、朽ちかけた家を震わせるほどだった。