【水砂 虜囚】(11)

【水砂 虜囚】(11)

 塩湖でミズサの傷の治療したガザは、治療をしながらミズサの犯され具合を揶揄し、治ったら自分のぶっといモノで達かせまくってやると嗤った。けれど、その表情は終始真剣そのもので、その瞳は悲痛な色を讃えていた。
 だが、アナルの傷は直腸まで伸びていたけれど、それでもクスリで治る程度のモノで。
「治る傷で良かった良かった」
 そう伝えた言葉は確かに心からのものだった。
 けれど。
 ミズサを寝かせ、クドルスに番を頼んでから移動したダマスのところで、ガザは泡を吹きそうな激しい口調で喚きまくった。
「とんでもねぇっ! くそっ、俺も行きゃ良かったっ! 行ってあの野郎をこの手で、同じクスリを山と飲ませて、縛り付けて、同じ苦しみを与えてやりたかったっ!!」
 作戦中に毒すら扱うガザは、クスリへの造形が深い。
「そんなに酷ぇのか?」
「気付薬は解毒薬があったから飲ませた。けど、けっこうキツイ奴だから、完全に抜けるには数日かかる。眠り香は完全に中毒が慢性化してる。帰ったら解毒薬があるが、治すのに時間がかかるだろよ。何よりこの二つは、同時に使うと身体より先に精神がまいっちまう。それに眠れないと体力の回復もできないから、身体の治りも遅い。下手したら、死ぬかもしれねぇ……」
 説明している間に、怒りが萎えてきたのかその口調が弱くなった。
 ガザは医者ではないけれど、その見立ては結構良い線を行く。そのガザの言葉に、ここにいないクドルス以外のメンバーの顔が色を失った。
 赤く怒りを表した者もいるが、大半は青ざめていった。
「媚薬も……ありゃあ、麻薬系の奴だ。飲んだらやりまくりたくなるし、飲まなかったら飲まなかったらで身体が疼いて欲しくてしようがなくなるって、ヤバイ代物だな。質の悪ぃ奴隷商人が良く使う奴だが、話を聞く限りでは相当飲まされてるみたいだ。それも中毒になってるから、休んでいる今も、欲しくてしょうがなくて……今は必死に我慢しているようだが、あの状態じゃその気力ももたねぇ。すぐに欲しがって暴れ出す」
「……それじゃ……休めねぇ……じゃ、ねえか……」
「ああ、だから……、暴れ出してもいいように縛ったままだ。クスリが抜けるまで……何日かかるか……」
 シーンと静まりかえる野営地の中で、ダマスが喉の奥でぐうっと唸った。
「……傷は?」
「尻の傷も身体の傷も治る。ただ……」
「ただ?」
 言いよどんだガザは促されてダマスを見た。
「チンポが……やばい」
「は?」
「チンポが……ずっと縛られていたんだろうよ。鬱血が酷くて……解いても色がもどらねぇどころか酷くなってる。腫れ上がってるし……使い物にならねぇかもな、あれは。最悪落とす方が良いかも……。腐ったとこから病原菌が入って全身に回ると命に関わるし、さっさと帰って腕の良い医者にみせねぇと……」
 途端に、皆の表情が痛みを覚えたものに変わった。
 うっかり想像したその様は、男としては堪えがたい物だ。
 ラカンにも昔宦官と言う存在があったが、今は無い。あれは、それを望まぬ者に与える罰の一つだったのだ。
「……そ、そりゃ……」
 絶句したダマスが、クスリがどうこうとか言う前に、そっちを何とかしなくては──と思ったのは、男としては当然だろう。
「ま、まあ、あいつに……チンポは必要ねぇかもしれねぇけど……」
「でも、な、あ……」
 リムイとジムリーが痛ましげに顔を歪めて、ダマスに詰め寄った。
「副隊長っ、と、とにかく、さっさと帰りませんか?」
「そうっす、早く帰りましょっ」
「そうですね。ラカンの王都まで戻れば腕の良い医者をレイメイ様に用意して頂けますし」
 続けられたカランの言葉に、ダマスは大きく頷いた。もとよりそのつもりだった。
「ガザ、ミズサは動かして良いか?」
「はあ……できれば動かしたくないですが。あの馬に鞍を付けて、誰かが抱くようにして振動を与えないようにすれば……」
「わかった。カラン、塩湖を越えるだけの水を用意しろ。できるだけ急いで帰るぞ」
「了解」
 もとより元来た道を戻るだけだ。
 それでも、病人を抱えてとなると準備は万端で、さらに急いで戻らなければならない。
 いっせいに動き出した皆は、ダマスの目には作戦遂行時の時よりさらに機敏のように見えた。



 長く感じた旅の間、その割りにはほとんど記憶がなかった。
 飲まされた苦いクスリといつも誰かに抱き込まれていた温もり。それに傷に響く振動。
 そんなものをごちゃ混ぜで覚えている。
 食べろ──と言われたことも覚えている。けれど、それを食べられなかったことも。
 男の臭いに身体が疼いて──その後、どうなったのか?
 記憶にないそれは、考えようとしても意識がそのまま一緒に闇の中に落ちて行ってしまう。
 深い闇の中どこまでも落ちていって、すとんと足がどこかに付いて、重い瞼を開ければ、どこかで見たような記憶のある場所だった。
 それは、ずいぶんと昔の記憶。
 自分がどうしてここにいるのか判らないままに、ミズサはその足を動かした。視界に入るそれは、ひどく小さい。子供の足がまっすぐに進むに連れて、音のなかった空間に唯一音が届きだした。
「あ、ぁぁぁ──、やあぁぁ、いひぁぁ──っ」
 確かに悲鳴だった。
 その声を聞いても、ミズサはただ歩いて。
 悲鳴が一段と大きくなった時、不意に扉が現れた。錆びた金属の重い扉の向こうで悲鳴は響いていた。
 それに触れる。幼子の手では動きそうになった扉が、それでも指先ですうっと開く。
 途端に。
「やっ、はぁぁぁぁっ──あぁ、そこっ、やあ、くるぅっ、そこぉ、もっと、もっといっぱい、ちょうだーぃ」
 悲鳴は音を変え、強請る言葉が甘く響くものになった。
「世界一の淫乱と言って良いですな」
「無理矢理犯されても悦んで。根っからの色情狂でしたな、これでは。」
「澄ました顔をして。実は好き者だったということですね。三度の食事より男を欲しがっておりまする」
 蔑む声がいくつも嬌声に重なった。
 軽蔑と、欲に満ちた空色の瞳が、闇の中にいくつも浮かんで部屋の中心へと向かっていた。
 その中心で、天上から吊されて、陰部を惜しげ無く晒した青年が、とろりと濡れた瞳を淫猥に震えさせ、力無く開いた口の端から涎を溢れさせてた。
 ぽかりと開いているのは口だけでなく、その股間にあるアナルもだ。
 ひくひくと肉壁を震えさせ、中の肉色まではっきりと晒している。そこから、だらだらと大量の白濁した液を零し、その上で彼自身のペニスは完全に勃起していた。何度も射精したのか、その腹に精液がふりかかり、へそは液溜まりと化している。
 その白い肌に銀の髪を見るまでもなく、彼はリジンの純血の者だ。
 しかも。
「水砂様、そのように淫乱では王子たる資格はありませぬ。故に、あなた様はこの地下牢にて幽閉させて頂きます」
 その名を呼ばれて、水砂は喉の奥で喘いだ。
 いつの間にか、自分がそこで吊されていた。
 身体の奥が疼く。
 何度も何度も広げられ、奥深くを穿たれて、精液を注がれた穴が、もっとと欲しがっている。
「水砂様、この牢では一人きりでございますが、毎日誰かがその淫乱な身体をお慰めていたします。どうか、楽しみにお待ちください」
 聞き慣れた大臣の言葉に、水砂は何かが違う、と思いながらも頷いた。
 けれど、僅かにその指先に触れられて、電撃のように走った快感に、欲求の方が強まる。
「お、かして……欲しいの……犯して、いっぱい……」
 熱くて、息苦しい。
 もっと、いっぱい犯して、注いで、汚して欲しい。
「水砂様」
 近づいた青年に、とろんと濁った瞳を向ければ、それは幼なじみの成長した姿だった。銀色の髪をしていたはずなのに、今は茶色の──あの地下牢で見た彼。
「あの時、私をお見捨てになられたあなた様こそが淫乱の名にふさわしい。ですので、私が受けた辱めを、全てあなた様の身にしてさしあげましょう」
 伸びた手が、ペニスに触れる。
「まずは、このようなモノは、あなた様には今後いっさい不要でございますから……」
 にこりと笑った懐かしい顔が、もう一方の手に持っていた剣の刃を、ペニスに沿わせた。
 途端に湧き起こった激しい恐怖に首を振る。
 確かにあれは、いらないモノとなっていた。けれど、その身を切られるのは嫌だ。
 蒼白となった水砂に、彼はただ笑いかけるだけだ。
 人の良い優しい視線は昔のままなのに、彼の手はためらいなく動いていて。
「さっくりと切り落としてしましょう」
 輝く刃が、熱く滾った皮膚に食い込む。
「あっ、やぁぁぁぁぁぁっ!」
 全身を貫く激しい痛みに、水砂は堪らずに喉が裂けるほどの悲鳴を上げた。

 NEXT