【水砂 虜囚】(9)

【水砂 虜囚】(9)

 朦朧とした頭の中に、意味の為さない音の波が直接響く。
 ガンガンと響くそれに揺さぶられて、身体がキシキシと痛んだ。
 外は明るいのか閉じたまぶたの裏までが白い。白くて、何も見えない。
 臭気が絶え間なく包み込む空間において、ミズサはいつまでも不快なはずの汚れの中に横たわり、ぴくりとも動かなかった。
 明け方は過ぎていただろう。
 二日目が朝から晩までという間隔でないこの国では、刻を知らせる鐘の意味が判らなければ、一日の終わりが判別付かないと言われている。
 通常の時間で言うと、夕方5時頃から活動開始で深夜の4時に仕事が終わる。だから、一日の始まりは昼12時で、日が変わるのも、12時というひどく変則的な時間帯を取っていた。
 だから、この処刑場が開くのも、日が変わった後とされる2時だ。常ならば、熟睡して身体を休めているはずの男達であったが、ここ数日は皆ぎらつく欲望を隠しもせずにやってくる。
 その日が変わる一日の始まりの時間がやってきても、ミズサは倒れ伏したままだ。
 その身体を、男達が抱え上げる。
「ごぼっ……」
 口から溢れた饐えた臭いの元もそのままに、たらたらと汚濁を垂れ流し続けるアナルを尻の形に丸みのある座面の中央の穴にあたるようにして、身体を固定していく。腕は後ろ手にされ、背後の柱に固定された。足は膝で折り曲げられ、大股開きにさせられてばっかりと股間を晒した状態だ。座面だけで体重を支えるミズサが、呆けた表情でうつろな視線を巡らせた。
 昨日一日、性欲旺盛な犬達の相手をした身体はさすがにもう限界だ。もう何をされても、自ら動くことなどできない。一昨日から食事も何も与えられておらず、注がれた精液だけがミズサの糧なのだ。
 意識も霞がかかったようにぼやけ、いたずらに騒ぐ男達の言葉すら聞き取れない。
「処刑三日目の今日は」
 司会の男達の言葉に、男達の歓声が沸き立つ。
 それも判らない。
 自分が何物で、どうしてここにいるかも把握できない状況のミズサに、近づいたのはルクザンだ。
 乱暴に髪を掴み上げ、起こした顔を覗き込む。
 痴呆のように視線が定まらず、ポカンと開けた口の端から涎を垂らしたままのミズサに、捕まった時の美しさはもうない。
「三日目も保つ奴はいねえから、みんな大喜びだ」
 太い指がミズサのざらついた頬を撫で上げる。もう一方の手が、腫れ上がって醜く弾けたような乳首に触れると、ミズサの身体がびくりと震えたが、それだけだ。
「と言っても、死にかけてんな。これじゃあ、おもしろくねぇ……」
 ルクザンにとって、今まで築き上げた組織を壊した張本人を、こんな簡単に潰すつもりはなかった。
 過酷な地獄であるこの処刑にかけて最後の三日目をこなした者などいないと知っていてもなお、最悪な状態にしてから連れてきたとしても、ここで壊してしまうつもりはなかった。
 もっとも、乗り切らせる方法は一言で言える。
 体力と精神力、その二つを維持させれば良いだけだ。
 だが、通常であればたいてい精神が壊れてしまう。だが、ミズサはラカンの性奴だ。極悪犯罪者に与える死よりも厳しい罰である性奴を生きながらえるために、その一つとして簡単に狂わないようにさせられている。
 そのラカンで発達した技術は、ルクザンには全く判らないが、それでも使えるならば使う。
 狂っていなければ、意識を浮上させ理性を取り戻させれば良い。
 そのためのクスリを、ルクザンはミズサの口内に多量に放り込んで。
「ぐふっ、うっ」
 瓶の口を突っ込んで、一気に水を流し込んだ。
 多量の水に咽せ苦しむのを押さえつけ、全てを飲ませる。
 気付け薬として使われるそれは拷問にも使われるもので、気を失った者を強制的に目覚めさせる。精神をひどく昂揚させて、眠れなくするものだった。眠り香の副作用でそれでなくても眠れない体質となっていたミズサには、多すぎるほどの投与に、焦点が合っていなかった瞳が一気に光りを取り戻す。
「あ……ん……」
 ぜいぜいと息苦しさに喘ぎながらも、ひどく緩慢な動きで、視線が動いた。
「これで、数日は眠れない。通常なら意識を失うほどの拷問を、休むことなく続けるためのクスリだからな」
 残酷な宣言が、すんなり頭の中に入ってきたのだろう。
 ひくりと震えたミズサが、その顔を恐怖に歪ませた。
「強壮剤も入れてやろう。昨日よりももっと強いクスリだ。ははっ、心臓がぶっ飛びそうな程に興奮して、やりまくれるって代物だ。もっとも、こっちはちゃんと制御してやるさ。死なない程度で、処刑が何回もできるようにな、しっかりと生かしてやる」
「……や……」
 かろうじて呟かれた言葉に、嗤う。
 どちらにせよ、もうこの身体はボロボロだ。繰り返し使ってきたいろいろなクスリは、常習性もあれば、中毒性もある。使い続けると内臓がボロボロになって死に至るものばかりなのだ。
 眠り香は脳を冒し、旅の間の媚薬は神経を過敏にし続けたあげくに末梢神経を麻痺させていく。
 いつかは狂う。
 いつかは遊ぶこともできぬほどのボロ屑になる。
 未来永劫生かして苦しめたい気は強いが、だからと言って、クスリの投与を止める気も全くなかった。
 ただ、それほどまでに憎いミズサが、目の前で苦しむ姿を見たいだけなのだ。
「三日目は木馬責めだ。これから、お前に数字を宣言させ、サイコロを振る。当たれば座席が上がる。外れれば言った数字と実際の数字の差分下がる」
 ミズサが座ってる座席は、アナルの位置に穴が空いていた。その下には高さで20センチ以上、先端は3cmほどだが、一番下は10cm近い直系を持つ円錐が設置させられていた。
「下がれば下がるほど、この円錐がてめぇのケツに突き刺さる。一番下まで行けば終わり。けど、これは単なる前座だ」
 ルクザンの言葉に被さるように、司会の男が朗々と処刑の内容を説明していた。
「……本番では色魔猫の緩んだ穴にさらに精液を詰める。もう人間のペニスごときでは穴を塞ぐことはできん。犬でも無理だ。だから、三日目の精液を注ぎ入れるのは、あれだっ」
 どわっ。
 歓声が、地鳴りのように響いた。
「この街でいちばん立派なチンポを持ったやつだ」
 ルクザンの手が、ミズサの視線を出入り口に向けさせた。
「……──っ!!」
 ぼやけた視界でも、それでも、あれが何かははっきりと判ったミズサが、驚愕に大きく目を瞠った。
「立派だろう、良かったなぁ、あんなでっかいチンポを嵌めて貰えるんだ」
 傍らの引き綱を持つ体格の良い男の肩まで足がある。黒々とした毛並みの長い足が四本。ふわりと宙を舞った長い毛が集まった尾は柔らかそうで、けれど剛毛なのだと判るほどに乾いた音を立てていた。見上げないとその長い顔は見えない。
「やっ……だっ……あんな……」
 巨大な馬、しかもあれは作業用の馬だ。走ることよりも力があることを尊ばれて交配を繰り返された、馬の中でももっとも体格の良い馬で。
 その股間にぶら下がる巨大な逸物は、その径が両手を使わないと握れないほどに巨大だった。
「でかすぎて、同じ馬通しでも牝馬が嫌がる代物だとよ。良かったなあ、わざと負けて、早く入れてもらいな」
 触れた肩が小刻みに震えていた。
 恐怖に打つ震える姿に、ルクザンが満足げに口角を上げる。
 この街のこの処刑ではどんなに生き延びたとしても、いずれ壊れるようになっている。
 この三日目を生きて終わらせるものなど皆無に近く、たとえ生き延びたとしても、また一日目から始まる。
 だが、あんなモノを受け容れたアナルは、括約筋などずたずたに切れ、閉じることすら叶わぬほどに裂けてしまう。もうアナルは二度と使い物にならなくなるのだ。
 ましてそんな傷を受ければたいてい死んでしまう。
 長く苦しめたいのは紛うことなく本心だ。だがそれでも、今日この場で壊れるかもしれない三日目の処刑を止める気にもならなくて、ルクザンは自嘲めいた笑みを浮かべた。
 たとえ死ぬことになったとしても、殺したいほどに憎いこの性奴隷に手加減をすることなど全く考えられなかった。
「生き抜けよ」
 もっと楽しませろ。
「こんなところで死にやがったら、剥製にして全身全てを性具に仕立ててその辺の路地裏に飾ってやるわ。いつでもお使いくださいってな」
 アナルや口はもちろん、手も足もペニスも。脇の下には女性器のような穴を開けて……。
 その身が完全に朽ちるまで、この街の伝説になるほどに卑猥な身体を晒し続けてやろう。
 耳元で囁く恐ろしい内容も、けれど、残念なことにミズサはあまり反応しなかった。
 ただひたすら、唸り声を上げ、泡を吹くほどに興奮している馬を恐怖のままに見続けていた。



 しょせんミズサには勝ち目など無い賭け事だ。
 サイコロの目は六つ。うち一つを当てれば良いだけだが、当たる確率は低い。まして外れれば正解の数字から言った数字が引かれて、その差分が下がる。
「ひぎぃぃっ!」
 がくんっと勢いよく落とされれば、たかが1cmでもミズサにはきつい。それが一気に3cm。
 血を吐くような悲鳴を上げて、少しでも腰を浮かそうとしているけれど。さっきから3回立て続けに負けて食い込んだそれは、もう10cmは銜え込んでいて肉壁を大きく広げていた。人の腕より太いそこよりは細い先端は、直腸の奥で狭い部分を貫こうとしているはずだ。
 もう何回繰り返されたか判らないサイコロ遊技。
 だが、負け続けたと思えば勝ち続け、けれど完全に抜ける前にまた負け続けて。長く続くそれに観客達は飽きるかと思えば、けれど、その興奮は次第に高まっていく。
 彼らは知っているのだ。
 サイコロを振る男の巧みな技使いを。
 特等席からアナルが広がる様子を見ているルクザンも、全てを制御された賭け事を充分に楽しんでいた。
「い、あっ…よ…4……」
 促されて呟く数字は、もう頭の中で考えられてのモノではない。それでも、たださっきから繰り返されるのは、3か4。6か1が出ても、その差が少ない数字だった。それでも、まぐれ当たりも考えられるはずだった、けれど。
「1」
 無情にも読み上げられた数字は全く違う物で、観客の興奮が一気に爆発する。
「降ろせっ、降ろせっ、降ろせっ!」
「一気に下まで落とせっ!」
「馬が待ってんだっ、それいけぇぇっ!」
「ひっ、や、やめっ──無理ぃっ!」
 その差3cmの恐怖に、ミズサが渾身の力を使って暴れ始めた。
 自身のアナルがどうなっているのか、尻の下の円錐が残り何cmなのか、ミズサには見えなくても、その3cm降りればただではすまないことを、本能で感じ取っているのだろう。
 アナルは、もう薄く伸びきっていて、伸びる余地などどこにもない。さらに、未だかつて入り込んだ事のない体内奥深くに無機質な塊が食い込む恐怖に、ミズサはぼろぼろと涙を流し、無様に震えて懇願していた。
「やめて……くだ……、やだっ、壊れるっ……いやぁ」
 だが、黙々と座席の位置を直そうとする男の手は止まらない。
 ガクンと、まずは1cm。
「ひっ、ぎぃぃぃぃっ!」
 ミズサが大きく目を見開いた。
 プシュッ──と、傍らにいる男しか聞こえない音を、けれど観客全員も聞いたようで。
「ははははっ、裂けたぜっ」
「血が噴き出してやがるっ」
 薄く伸びきった肉壁が裂け、血が噴き出して円錐を伝い落ちていく。
 残りはたかが2cm、されど2cmだ。
「はっ……はっ……ふ……」
 痛みを逃すためか、浅い息を繰り返しているミズサの瞳は、もう見えない。
 絶え入るように固く閉じられ、その唇は血の気を失っていた。肌も白磁どころか蒼白と言って良いほどだ。
 それでも、男の手は止まらなくて。
 と──。
「ぐっ?」
 その手がいきなり止まった。
 近くにいたルクザンが、奇妙な呻き声が聞こえた、と思った瞬間だった。
 視線をやった男の後頭部に、何かがつき出していたのだ。
「……あ……」
 ルクザンが思わず呆けた声を上げたのは、ほんとうに何も予測していなかった出来事だったからだ。
 それほどまでに、ミズサの憎しみに駆られていたのも事実だったけれど。
 男の身体がぐらりと揺れて、どおっと仰向けに倒れ伏して。
 その右目に深々と刺さっている太い矢に気が付いて。
「しまっ!」
 叫んでその場から走り出そうとした瞬間、腹が一気に熱くなってつんのめる。
 完全に虚を突かれた状況から我に返ったときには、会場に向かって多数の矢が降り注いでいた。

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