水の流れる音がする。
それに気付いた誠二は、ようやく麓に近づいたことを実感した。
沢がそばにある場所からだと、50メートル位で車を止めた所につく。
ちらりと闇に包まれたそちらを眺める。
と、
「蛍……」
目の錯覚かと思った。
だが、確かに光っている。
ぽつり、ぽつりとかすかな光が瞬いている。
蛍火。
ふっとその単語が思い浮かぶ。
同じ火という字を使うのに、それはひどく儚げで、弱々しい。
確か求愛の印なんだよな。
蛍の灯火は異性を求める証。
誠二はしばしぼおっとそれを見つめていた。沢向こうで光っているから、どうも遠近感がつかめない。どことなくぼやけて見えるそれを凝視していると目が疲れてきた。
数度目を瞬かせる。
ふと降りるべき道に視線を返すと、さっきよりよく見える。
わずかな灯りが捕らえやすい。
「あれ?」
まだ遠い。
だが、確かにその道の先に灯りが見える。それがゆらゆらと揺れて移動しているように見えた。
自然のものではない強い光源を持つそれは明らかに人工のものだ。
誰か来ている。
こんな日も暮れた時間に山登りをするような酔狂な人はそういない。
いるとすれば、それは……。
誠二は誘われるようにその光に向かって歩き出した。
あれは、たぶん……。
「矢崎……」
灯りの向こうに照らされているその顔に、誠二は思わず呟いていた。
「誠二さん……探しましたよ」
安堵に彩られた矢崎の言葉に、誠二は笑いかけた。
うれしかった。
誰よりも矢崎に逢えたことに。
探しにきてくれたのが矢崎だったことに。
じんわりとした温もりが胸の内にわき上がる。
「矢崎……」
その言葉しかでない。
喧嘩したことも忘れた。
「ほんとうに……探しましたよ」
柔らかく包まれる。
優しい言葉が耳に心地よい。
「すまない……」
素直に零れる言葉は本心だ。
「探しましたよ。俺の家から飛び出していってしまった後、いろんなところを。携帯も繋がらないし」
「電池切れ……してた」
「ああ、それで……」
矢崎の抱きしめる腕に力が籠もる。
「本当にこの麓で誠二さんの車を見つけたときはすごくうれしかった。でも、その先がどこに行ったのか判らなくて……」
「よく判ったな。山に登っているなんて」
「とにかく車が見つかったことを智史さんに連絡したんです。そうしたら、この山に公園があるということを教えてくれて……誠二さん、この前この公園のことを言っていたのを思い出して……それで登ってきました。何をしていたんです?」
「いや……その……」
寝ていたとはいいにくい。
「まあ、それはともかく、降りましょう」
「ああ」
矢崎が持っていた懐中電灯で道を照らす。
暗闇に慣れた目にはまぶしいそれに誠二は目を細めた。
「兄さんに連絡を取ったって?」
歩きながら問いかけると、矢崎はこくりと頷いた。
「幸さんにも……。心配していましたよ」
「あ、じゃあ連絡しないと」
「そうですね。後少しで車ですから、麓まで戻ったらしましょうか」
「ああ」
それで言葉が途切れる。
黙々と足を進める。
沈黙が嫌だ。
誠二はちらちらと黙りこくっている矢崎を窺っていた。
何か言おうとして、結局口を噤む。
心配かけたんだよな。
昨夜熱を出したというのに……やっと快復したばかりだというのに……。
きっとあれからずっと探し回っていたに違いない。
矢崎がそういう奴だということを、誠二はよく知っていた。
「すまんな」
ぽろりと零れた言葉に矢崎の足がぱたりと止まった。
「誠二さん?」
訝しげに首をかしげた矢崎を誠二は苦笑を浮かべてみせた。
「……んと、探しにきてくれてありがとな。行方不明になるつもりなんてなかったんだけど、お前に心配かけてしまった。体の方は大丈夫?」
それに矢崎が優しげに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。それに絶対見つけてやろうって思っていたし……なんせ、原因を作ったのは俺ですしね」
原因……。
それを思い出して、ふわっと体が熱くなる。
したい、と言っていたんだよな。
……。
「誠二さん?」
黙って俯いてしまった誠二の顔を矢崎がのぞき込む。
「見るな……」
そっぽを向いたが誠二の動揺に気づいたらしい矢崎がくすりと笑みを漏らした。
「顔が熱そうですよ」
そっと頬に触れた手が誠二を上向かせる。
「煩い……」
睨んでいるというのに矢崎がにこやかに笑う。
「誠二さんってば」
かすれた声が近づいてき、唇を柔らかく塞がれた。
「……ん……」
思わず矢崎の腕に縋りつく。
啄むようなキスを数度繰り返した後、するりと舌が入ってきた。
歯列をなぞられ、促されるままに口を開く。
舌先の敏感な場所をつつかれ、ぞくりと背筋に疼きが走った。
「……ふっ……ん……」
鼻から吐息混じりの声が漏れる。
すまないな、矢崎……。
したかったのは俺でもあったのに。
言葉にできない思いをキスに乗せる。
されるがままに迎え入れる誠二に、矢崎はふっと眉間にしわを寄せて誠二を離した。名残の唾液の糸がぷつりと切れる。
「誠二さん、どうしたんです?」
「……何が?」
キスの余韻に浸ったままの誠二がとろんと見つめる。それに矢崎の方がうっと唸った。
「……俺、我慢できなくなりそう」
苦笑を浮かべる矢崎に誠二はその体を押しつけた。
「俺もだ……」
うっすらと浮かべた笑みに矢崎が煽られるように唇を押しつけようとした。
「こんなところでも相変わらずなのか、お前らは?」
いきなりかけられた声。
誠二と矢崎が、反射的に体を離した。
ぱあっと照らされた灯りにまぶしげに手をかざして目を細める。
「……兄さん……」
ため息とともに漏れたその言葉に、返事はなかった。その代わりに近づいてくる。
深山さんも……。
その背後にいる同僚に誠二は羞恥に顔を赤らめながら俯いた。
「矢崎、見つかったんなら真っ先に連絡を入れろよ。探しにきて、いらんものまで見てしまったじゃないか?」
「すみません」
素直に謝る矢崎だが、誠二の内心は穏やかではない。
いくら取り込んでいたとしても、懐中電灯の灯りに気づかない状態ではない。
なのに、声をかけられるまでそれに気づかなかった。ということは、わざとあのシーンで声をかけたのだ。
「相変わらず……」
漏れる愚痴は、その笑みに跳ね返された。
「まあ、いいけど。幸さんくらいはさっさと電話しろ」
珍しくおとなしく引き下がる……と思ってしまうのは、疑心暗鬼になっているからだろうか。
だが、深山を促してさっさと戻っていく智史の姿には正直ほっしていた。
「えっと、智史さんもああ言われているし、幸さんだけでも連絡します?」
苦笑いを浮かべる矢崎から携帯を受け取りつつ頷いた。
「幸だけしか連絡するような相手いないだろ。それともほかの誰かに俺が行方不明だってばらしちゃないだろうな」
それでなくても智史にばらした迂闊さは責めたい気分だ。
「他にはいないです」
首をすくめる矢崎にため息を漏らすと、携帯から自宅へとかけた。
繋がった電話口から幸の声が聞こえた。
『どこに行っていたの!矢崎さんがひどく心配していたわよ!』
「なんだよ。いきなり怒鳴るな」
ムッとして低い口調で言ってみるが所詮幸に敵う誠二ではなかった。
『痴話喧嘩もほどほどにしてよね。矢崎さんと喧嘩したんでしょ。矢崎さんの携帯からだということは、仲直りできたの?』
すべて読まれている……。
継ぐ言葉が出てこない。
『まあどっちが悪いにしても、奥さんとしては旦那様をたてた方がいいわよ。だいたい、先におれた方が勝ちなのよ、喧嘩っていうのはね』
「おい……」
どうして実の妻に、不倫相手である矢崎との接し方を伝授されなきゃならないんだ?
『何せ、旦那様には夜もしっかり働いてもらわなきゃならないからね』
「……誰が旦那様だ?」
『ああ、それと心配かけた罰として、今日は家には入れないから、どっかに泊まってきなさい。いいわね』
「え?幸っ!」
とりつくしまもないとはこのことか?
一方的にしゃべられ、切れた携帯をじっと見つめる。
お前……今しゃべったこと、実践したことあるか?
言いそびれた言葉が頭の中に駆けめぐる。
呆然と携帯を見つめる誠二に矢崎が心配そうに声をかけてきた。
「幸さん、怒っていました?」
心配してくれているのが、その下がった眉尻で判る。
なんて情けない顔しているんだよ。
こつんと携帯で頭を軽く叩く誠二。
「今日は帰ってくるなってさ。帰っても家には入れないって」
「へ?」
間の抜けた返事に、なんだかこみ上げてくる笑い。
「できすぎた嫁さんだ……。俺にとっては」
世間からすれば異常な関係を続けていられるのは、たぶんに幸のお陰だ。
幸が妻でなければ、矢崎とこんな関係にはなっていなかったし、自分自身、どこかで暴走していたかもしれない。それが築いていたすべてを壊していたかもしれない。
ここは与えられたチャンスを生かすしかない。
「矢崎、責任もって泊まるところの手配、してくれよ」
「そうですね。せっかくの幸さんの好意ですからね」
歩き出した矢崎の後を従うように歩く。
しかし……。
明日、どんな顔して幸に逢えばいいんだ?
ひどく顔を合わせづらいような気がする。
いったん誠二の車を矢崎のコーポに止め、そこから矢崎の車でラブホテルへと向かった。
後々の片づけを考えると、そっちの方がいいからだ。
だって恥ずかしい。
ぱたぱたとはためく洗濯されたシーツなんて……。
それを汚す張本人から見れば、世間様にそれを知らしめているようで見たくもないものの一つだった。
しかし、何せ田舎のことだから、そういう目的のホテルまで行こうと思うと結構遠い。
途中のコンビニで買い込んだ食料は、あっという間に互いの腹の中に消えていった。
車の中で、特に話すこともなくて誠二が黙っていると、矢崎もずっと黙りこくっている。
ラジオから流れる陽気な声と音楽が妙に白々しく車の中に響く。
俺、緊張している?
今まで何度も通った道だというのに、まるで初めての時のように緊張している。
心臓はどう見ても普段より早いし、矢崎の腕がふっと動くとそれにびくりと視線が反応する。
これは……何で?
ぎゅっと膝の上で握りしめた手を、所在なげに動かして前髪を掻き上げる。
額がしっとりと汗ばんでいた。
「誠二さん?」
「へっ?」
いきなりかけられた声に、飛び上がらんばかりに驚いた。
とたんに矢崎がくすくすと笑い出す。
「どうしたんです?」
問われても、自分が自分でわからない誠二には答えようがない。
「知るか」
むすっと不機嫌そうに言っては見る物の、それがポーズだと言うことはもろバレだろう。
いったい、どうしたんだろう……俺は。
さきほどよりいっそう激しくなった鼓動は、もう鎮めることもできない。
矢崎と初めての時だってこんなに緊張したことはないぞ。
理由が知りたくて、いろいろと考えてみる。
なぜ、こんなにも緊張するのか。
「誠二さん……あの時みたいです」
くすりと笑みの含んだ声に、ふと視線を矢崎に向けた。
「あの時?」
誠二の疑問に矢崎がこくりと頷く。
「葬式の後、ようやく想いを通じ合えた後、しばらくたってようやくこうやって二人で出かけることができたでしょ。その時と一緒です。今の誠二さんは……ひどく緊張している」
言われてみて、やっと思い出す。
そういえばあの時も緊張していた。
ある意味、想いが通じ合えての初めての行為をするということに、なぜかひどく緊張していた。
でも今は?
「あの時はともかく……今はいつものように向かっているだけだ」
だから、緊張するなんて変だ。
「違いますよ。喧嘩した後の行為っていう意味では、あの時と一緒なんですよ」
……。
「そ、そうか……」
「誠二さんって、もしかして俺のこと、鬼畜かなんかとか思っていません?」
「き、きちく?」
きょとんと聞き直すと、矢崎が苦笑していた。
「鬼畜……ひどくされるとで思っています?」
「え……あっ……」
かああっと一気に体温が上がった。
その鬼畜か……。
だが、さすがにそこまでは思っていない。
だから首を振る。
「鬼畜だとは思っていない。ただ、結構強引になることがあるから」
もうやり出したら、何度泣かされることか。
嫌だといって、聞き入れられたことはない。
それまでは、本当に優しいから、そのギャップがきつい。
だけど、それはそれでいいんだけど……。
「ああ、そうかも……。だって仲直りできたんだから、ついハメを外してしまうんですよね」
さらりと言われて……緊張はピークに達する。
「ああ、つきましたよ」
なんだか帰りたくなってきた誠二だった。
部屋に入ったとたんに誠二は矢崎に抱き込まれた。
「がっ、がっつくなっ!」
慌てて手を突っ張るが、それをものとせずにかみつくように激しい口づけが降ってきた。
為す術もなく受け入れた舌が、むさぼるように誠二の舌に絡みつき引きずり出す。
あっという間に上がった熱で、矢崎から立ち上った匂いが鼻孔をくすぐる。
とたんに、ふっと強ばっていた力が抜けた。
「……ん……っ!」
誠二の抵抗が消えると、矢崎がさらに深く舌を絡めてくる。
閉じることのできない口元からどちらともつかない唾液が溢れ出た。
「…せいじ…さん……欲しい……っ」
熱の籠もった台詞が、誠二を縛る。
どくんと高鳴る心臓は、全身へと熱を運んで、さらに誠二を翻弄した。
わずかな間離れた唇が再度合わせられ、そのまま引きずられるようにベッドへと連れて行かれた。
「や…ざき……落ち着けよ……んくっ……」
だが、聞く耳を持たない矢崎が、のど元に吸い付き、その手は誠二の素肌をまさぐるように触れている。
シャツのボタンを外す暇も惜しいとばかりにたくし上げられたシャツの下で、矢崎の手が誠二の敏感な部分を選んでは、まさぐっていた。
「ふっ……」
ぞわぞわとする震えに身を捩らせつつも、誠二はなんとか矢崎の下から脱出しようと藻掻いていた。
矢崎に抱かれるのが嫌なわけではない。
ただ……せめてシャワーを浴びたい……と、ただそれだけを願う。
「な……、体、洗いたい……」
訴えてはみるものの、それに対する答えはなかった。
藻掻く誠二に業を煮やしたのか、矢崎の攻撃がよりいっそう激しくなる。
胸をきつく吸い付かれ、甘噛みされて、全身が総毛立つようなざわざわとした感触に襲われる。
「あ、ああ……」
ぴくんと仰け反れば、よりその胸を誠二にさらけ出すことになる。
濡れて艶やかなそれが、矢崎の欲情を高めてしまったようで、執拗にそこをいたぶられる。
「ん…あ……」
決して胸が弱いはずはないのだが、それだけ激しくそして甘くいたぶられては、誠二とて堪えられない。
あれだけ激しく始まったにもかかわらず、未だズボンには手もつけられていない。その中で、誠二のそこはきついほどに張りつめており、きりきりとした鈍い痛みすら呼び起こしていた。
「誠二さん……」
その声に閉じていた目蓋を開ける。
目尻に浮かんだ涙に気づいて、眉をひそめた。
「泣いているんですか?」
「泣いてなんか……」
抗議の声は目尻への優しいキスにたち消えた。
その間も矢崎の手は止まることがない。
さんざん嬲ってくれた胸の突起は、赤く熟している。
体が動くことによって起きるわずかな空気の流れにすら感じてしまい、誠二は身動ぐこともできなくなっていた。
だが。
「んくっ!」
きゅっとズボンの布地の上から、握りこまれ全身がびくんと跳ねる。
「かたいですね」
くすりと笑みを含んだ声に、羞恥心が煽られる。
「お前だって」
負けじと触れたそこは、誠二でも怯んでしまいそうなほど大きく猛っていた。
思わず触れた手を離し、矢崎を見上げる。
「こんなにも……欲しいんですよ。判ります?」
にやりと嗤われても、誠二は顔を背けるしかできなかった。
欲しがられることに嬉しくないわけではない。
ただ……妙に恥ずかしくていたたまれないのだ。
あの山火事の日から、こいつはこんなになも俺のことを欲していたのかと……。
「矢崎……お前……無節操だな……」
恥ずかしくてつい言ってしまった言葉に、矢崎がぴたりと動きを止めた。
マズイっ!
慌てて窺うように矢崎を見上げると、じっと誠二を見下ろしている。
その目が暗く澱んでいるようで、誠二はぐっと顎をひいて息を飲んだ。
「矢崎……」
「俺は言われるとおり無節操ですけど……誠二さんだって結構ひどい……」
「何で?」
暗い声音が気になって、それ以上返す言葉が続かない。
「だって、気がつけば俺のこと誘っているっていうのに。なのに自分のせいじゃないって怒るんだから」
つつと頬からこめかみにかけて指が這わされる。
その指が目尻のあたりで止まった。
「この目で、俺を見ている……」
「え……」
ごくりと息を飲んだ。
その言葉に、脳裏に浮かび上がる自分の姿。
「車で俺の隣に座ると、時折俺のこと窺うように見ているでしょ?」
赤車を運転する矢崎はかっこいいから……。
「放水の狭間の休憩時間でも俺のこと見ていたでしょ」
……。
さっきから鳴り続ける心臓が、苦しいと喘いでいる。
矢崎を見ていることが辛い。
だが、顔に添えられた手のせいで顔が動かせない。
仕方なく閉じた目。
だが、痛いほどに視線を感じる。
「それに怪我した後、機庫に向かうためにおぶったでしょ。その時……誠二さん、何考えていました?すごく……熱かったですよ……ここが」
ぐっと握り込まれる。
それでなくてもきついそこは、よりいっそうの刺激に悲鳴を上げた。
「や、めっ!」
仰け反った喉がひくりと蠢く。
「苦しそう…でしたよね、あの時も……」
今度はやんわりと揉みほぐされる。
「あ……ああ……」
痛みから一転して快感が押し寄せる。
背筋に伝う疼きは、誠二の体を弛緩させた。
「ね、誠二さんだって、ひどいでしょ」
囁くように言われ、誠二は一も二もなく頷いた。
伸ばした手で矢崎の手に縋り付き、硬く瞑った目尻に涙を浮かせながら、何度も何度も頷く。
矢崎の言葉はすべて真実だったから。
「ひどいって認めるんだ?」
矢崎の声音が楽しそうで、誠二はふっと不安に支配された。
うっすらと開けた視線の先で、矢崎が楽しそうに笑っている。
「やざき……」
唖然と呟く誠二に、矢崎はにっこりとだめ押しの笑顔を浮かべる。
「どうしたい?」
止まった手が欲しい。
お前が欲しい。
もう少しで言いそうになった口元を必死で引き締めると、ぐっと矢崎を睨んだ。
「お前……我慢できるのかよ。人にシャワーも浴びさせないで始めたくせに……」
もっと強く言うつもりだった。
だが、実際に出てきた言葉はひどく弱々しく、勢いもない。
「できますよ、まだ。だって誠二さんの可愛い姿は、こういう時じゃないと見られませんからね」
くうっと寄ってしまった眉間のしわに、矢崎がキスを落とす。
「さあ、言ってください。それとも我慢大会でもします。先に達ったほうが負け……とか?」
きゅうっと捕まれたそこに力が入った。
ずくんと、背筋に向かって痺れが走る。
思わず矢崎を掴んだ手に力が入った。
「あ……もう……」
堪え性のない自分には全く呆れ果てる。
そうは思いつつ、誠二は赤く上気した頬を矢崎へと向けた。
「たのむ……抱いてくれ……早く……」
羞恥で真っ赤になった誠二の言葉に、矢崎は満足げに笑みを浮かべると、ぐっと誠二の肢体を抱き締めた。
続く