【どこまでも広い秋の空】 2 暁の誤算の章

【どこまでも広い秋の空】 2 暁の誤算の章

 ふらふらと歩く智史に付き添い、裕太はホテルの部屋に戻った。 
 リゾートホテルらしく、広めの部屋にセミダブルサイズのベッドが2つ並んでいる。 
 その1つに智史がどさっと倒れ込んだ。 
「智史さん、靴くらい脱いでくださいよ」 
 裕太はつんつんと智史の背中をつつく。
 
「眠い・・・・・・」 
 ごろごろと転がる智史に裕太は苦笑を浮かべながら、その足を捕まえた。 
「ほら、靴位脱いで・・・・・・・」 
 次々と靴を脱がしてから、その足をぽんと放り出す。 
 パタンとベッドの上に落ちる足。 
「うー、サンキュ」 
 だけどその声は眠そうで・・・・・裕太はふうとため息をついた。 
「智史さん、今日はやりすぎですよ」 
 裕太はずっと言いたかった事をどうしても寝る前に伝えたかった。 
 幾らなんでも今日の智史ははめを外しすぎたと思った。 
 宴会場を出るときの、恵と優司の表情、そして義隆と秀也の様子。 
 楽しいはずの旅行を台無しにしてしまった。 
「聞いてください!」 
 ゆさゆさと智史の肩をゆする。 
「んん、聞いてる・・・・・・」 
 どうだか・・・・・・。 
 そうは思ったが、それでも言葉を継ぐ。 
「特にね、秀也さんが可哀想でしたよ。喧嘩しているのに、何であんな火に油注ぐようなことさせるんですか!」 
 宴会場に最後まで残っていた秀也とその友人達。 
 座り込んで俯いたままの秀也を、彼らは部屋に連れて帰ってくれたのだろうか? 
「だってぇ・・・・・・」 
 初めて智史がまともに反応した。 
「だって?何です?」 
「ずっと優司がさ秀也さんの事避けていただろう。だからさ、喧嘩の原因知りたかっただけ、だったんだけどなあ」 
 智史はごろんと転がって天井に視線を向ける。 
 その表情が意外に真剣で、裕太は息を飲んだ。 
「だからさあ、言わせようと思っただけなんだけど・・・・・・あの二人、意外に強情だよな。ま、優司が強情なのは知っていたけど、秀也さんも十分強情だよね。絶対言うもんか、って表情だもの・・・・・・こっちだって引くに引けないじゃん」 
 引けないじゃん・・・・・・って。 
 でも、本当はやりたかった癖に・・・・・・。 
「まあ、王様にあなたがなったのがあの二人の不幸だったということですか?」 
「んー、でも俺王様になる自信あったし・・・・・・」 
 は、あぁぁぁ? 
「どういうことですか!」 
 つい口調がきつくなる。 
「ちょっと種しかけたんだ。それに俺くじ運強いし・・・・・・・」 
「種?」 
「だからあ、俺が引くのが王様になるように、っていうか、俺一番に引いたろ。あの時、あの割り箸が王様だって分かっていたの」 
 へ? 
 だけどあのくじを作ったのは、雅人さんだったはずだ。 
 なのにどうして・・・・・・? 
「くじを受け取ったとき、俺見えてたの。王様マーク」 
 受け取って・・・・・・そういえば、受け取った割り箸をコップに突っ込んだのは智史さんで、すぐさま自分のを抜いたのも智史さんで・・・・・・そういえば、くじを引かせる時って、持っている人って最後にしないか? 
 あれ? 
 なんかばたばたしてたのもあって、智史さんがいつくじをひいたのか見ていない。 
 気付いたときには・・・・・・みんな抜き終わってて・・・・・・。 
「じ、じゃあ、まさか誰が何番かまで分かっていたとか?」 
「そこまで分かるか!だけど、裕太が1番で、矢崎が6番ってことと、義隆さんが5番ってのは分かってた」 
「あ、ああああっ!」 
 それだけ分かれば十分ですって! 
まさか! 
「わざと義隆さんがキスするようにしむけましたね!」 
 思わずベットの上の智史に詰め寄る。 
 そんな裕太に智史はちらりと視線を向けると、眠そうにあくびをした。 
「はふっ。・・・・・・だってさあ、恵も機嫌悪かったじゃん。ま、これは俺達のせいかも知れないけど、だけどさあ・・・・・・あんなしかめっ面、ずっとしてたらこっちも気になるじゃない。それに」 
「それに」 
 何となく聞きたくない気はしたのだけど・・・・・・でも、先を促す。 
「義隆さんってキス巧いんだろ。だからさあ、誰かに実験台になって貰おうと思ってぇ」 
 実験台・・・・・・。 
 結果、それが秀也さんだったわけですね・・・・・。 
「まさか3番が秀也さんだっていうのは?」 
「そこまでは分からなかった。でも1と5と6が分かっていたから、何となく3番って言ってみただけなんだけど・・・・・・俺ってくじ運強いだろ」 
 にっこりと笑みを浮かべる智史に、裕太はがっくりと肩を落とした。 
 この人ってば・・・・・・。 
「でも、凄かったよねえ・・・・・あれ、途中から秀也さん、自分の身体が支えられなくなったんだよ。しっかりと義隆さんのシャツ掴んでさ・・・・・・感じちゃったんだよねえ。ビール飲ませて貰っていただけなのに・・・・・・」 
 何だか嬉しそうですね。 
 俺は、あれ見て・・・・・・煽られちゃったんですけど・・・・・・。 
 裕太は、頭の中からあのシーンを振り払おうとして・・・・・・失敗する。 
「秀也さんってさあ、格好いいなあって思っていたけど・・・・・・ああゆー所見ると、何だか可愛かったなあ」 
 ええ、ええ、可愛かったですね。 
 乱れた前髪に力無く伏せられた目、目尻から伝わる涙・・・・・・元がいいからちょっとした弱みが表情に表れると可愛い感じになるんですよね。 
 あ、駄目だ。 
 何だか身体が熱くなりそう・・・・・・。 
 裕太は、ふうっとため息をつくと、智史を覗き込んだ。 
「智史さん。明日でいいですから、絶対に二人に謝ってくださいね」 
「えー・・・・・・」 
 とろんとした目で裕太を見上げる智史。 
「いいですね、智史さん。もともとこの旅行は秀也さん達が企画したもので、俺達はそれに便乗しているだけなんですから、あの人たちを邪魔しちゃいけないんです」 
「んー・・・・・・」 
 声が漏れるが、その目は完全に閉じられていて・・・・・。 
「智史さん?」 
 呼びかけるが反応しない。 
「智史さん、寝ちゃったんですか?」 
 少し揺すってみるが、うるさそうに振り払われただけだった。 
「ったく・・・・・・」 
 裕太はベッドから降りると、智史の身体をベッドの中央に押していく。 
 掛け布団を智史の肩までかけた。 
枕に半ば顔を静めた智史の額にかかる髪を掻き上げる。 
その顔から意地悪げな笑みが消え、穏やかな寝顔が伺える。 
「寝ていれば天使、起きると悪魔・・・・・・ですかね」 
 全く、昔からちっとも変わらない・・・・・・。 
 苦笑を浮かべる裕太。 
 だけど、そんなあなたが好きなんですけどね。 
 ふと先ほどの秀也達のキスシーンが脳裏に浮かんで、慌てて頭を振る。 
 煽られちゃったよな・・・・・・。 
 ちらりと智史の寝顔を見、だけどすぐに視線を逸らす。 
 唇が誘っているようでなんだか慌ててしまった。 
「あーあ。このまま寝れるもんじゃないよなあ・・・・・・温泉でも入ってこようかな」 
 のそのそとタオル等を用意する。 
 部屋を出る前に再度智史を伺うが、よく寝ていて起きそうになかった。 
「行ってきますね」 
 そっと呟いて、部屋を出た。 
  
  
  
 温泉には誰もいなかった。 
 手足をしっかりと伸ばす。 
 開放感に包まれ、ほっと一息ついた。 
 こうやって智史と旅行に来れたのは嬉しい。 
 ふと家族の事が思い出された。 
 今回の旅行に行くのに誠二の奥さんの幸が、裕太や智史の家族を説得してくれたのだ。 
 今頃、女子供だけで智史さんの家で大宴会をし終わった後かなあ・・・・・。 
 すっかり仲良くなった3家族は、何かと行動を共にしていた。 
 その家族を実質的に束ねてくれるのが幸だった。今回の旅行だって、男ばっかりで息抜きさせてあげなきゃと幸が言い出したお陰で実現したようなものだ。 
何か、土産買って帰らないとなあ・・・・・・。 
そんな事をぼおっと考えていたら、扉が開く音がした。 
誰か来た? 
振り返ってみると、湯気の向こうに人影がある。 
 何となく視線を向けている・・・・・と。 
「智史?」 
「え?」 
 智史かと思って声をかけたが帰ってきた返事とさらに近づいた人影で相手がようやく分かった。 
「優司君?」 
「あ、深山さんだったんですね」 
 照れたような笑いをする優司が、ざざっとかけ湯をしてから入ってきた。 
「最初智史さんが入ってきたのかと思った。遠目で見ると、似ているよね。背格好も一緒位だし」 
「そうですか?」 
 何となく嫌そうな気がするのは気のせいじゃないんだろうな。 
 裕太は苦笑いを浮かべた。 
「あの智史兄さんは?」 
「寝ているよ、飲み過ぎたみたいだね」 
 途端、優司がむっとしたように顔をしかめた。 
「ったく兄さんのせいで、秀也がなんだか変なんです」 
「変?」 
「んー。あれから結局自分で歩いて部屋に帰ったんですけど、ずっと椅子に座り込んで何も言わないんです。あんまり様子が変なんで、私もさすがにいつまでも怒っていてもしようがないと思って声をかけたんですけど、反応がなくて・・・・・・もうどうしていいか分からなくて、あんな秀也初めてで・・・・・・」 
 顎のすぐ下までお湯に浸かって目を閉じたまま話す優司に裕太もため息をついた。 
「智史さん、今日は一段と激しかったからねえ」 
「どういうつもりだったんだろ」 
 どうもこうも・・・・・・。 
 だけど王様ゲームが半分はわざとだと知ったら・・・・・・言えないよなあ・・・・・。 
「ところでさ、二人とも何を喧嘩していたんだい?結局智史さんもそれが気になっていたみたいだよ」 
 とりあえず、全ての、という訳ではないが原因を聞いてみる。 
「・・・・・・」 
 途端に優司は黙りこくった。 
「やっぱり言えない?」 
 そっと尋ねる。 
 と、優司の口からため息が漏れた。 
「深山さんだったら言ってもいいかなあ、兄さんだったら絶対言えないけど・・・・・・」 
 それを聞いて裕太は苦笑を浮かべる。 
 嫌われたなあ、智史さんは・・・・・。 
「何?」 
「今回の旅行で兄さん達のホテルの部屋、予約したの秀也なんです」 
「あ、ああ、そうなんだ」 
 それが原因? 
 裕太は何となく気まずい思いに捕らわれる。何か、俺達が喧嘩の原因ってことになるのか? 
「あ、でも、それは良いんだ」 
 深山が顔をしかめたのに気が付いた優司は慌ててにっこりと笑う。 
「別に秀也がホテルの部屋を取ったのを怒っているんじゃなくて・・・・・・だいたい今回の予約はもともと全て秀也がしてくれたんだし」 
「えっと、じゃあ?」 
「怒ったのは、キス・・・・・・したこと」 
「キス?」 
 何の事だ? 
「あの二人キスしたことがあって、それを隠したがっている秀也に篠山さんが無理矢理その事を盾にホテルを取らせたんです」 
「あの二人がキス?」 
「そこまでは白状させたんです。だって変だったから。何で篠山さんの言うこと素直に聞いてホテルの部屋予約したのかってこと・・・・・・だいぶん問いつめて、本当に脅迫まがいまでして追いつめて、やっとキスしたこと聞き出して、秀也がそれを私に隠したがっていたから・・・・・・だから、篠山さんの言うこと聞いたんだって・・・・・・」 
「優司君はそれを聞いて怒ったんだ」 
「だって、そうでしょ!自分の恋人が他人とキスしただなんて・・・・・・それも知らない相手じゃないし・・・・・・しかも何でそうなったのか秀也は言わないし」 
 キス・・・・・・しかも義隆さんと秀也さんの・・・・・・。 
 秀也さんにとっては、優司君との喧嘩の原因。 
 それを衆目の前で再現させられて・・・・・・。 
 まずいわ、それは・・・・・・。 
「優司君は今でも怒っているのかい?」 
 すると優司は首を横に振った。 
「もう怒っていない。私はあんな情けない秀也を初めてみた。見ていたら、怒っている自分も情けなくて・・・・・・だけど、今は何も出来ない。というか、何して良いか分からなくて・・・・・・あの部屋に二人でいるのがなんとなく居たたまれなくて、だからここに来たんです」 
 ざばっと両手ですくった湯を顔にかける。 
 そのまま両手で顔を押さえる。 
「私は、あんな秀也を見たくない」 
 掠れる声。 
「優司君・・・・・・」 
 なんて慰めていいか分からなくて、裕太は口ごもった。 
 どういう原因で二人がキスしたのか知らないが、きっと秀也さんは後悔しているのだろう。 
 何となくそれだけは分かる。 
 優司もそれ以上しゃべらなくて、そのまましーんと静まりかえってしまった。 
 身動きできないような緊張感が漂う。 
 だけど・・・・・・ 
 熱い・・・・・・。 
 裕太の方が早くから入っていたせいでいい加減のぼせてきた。 
「優司君、ちょっと先にあがらせて貰うから」 
「あ、はい」 
 心ここにあらずといったような優司が気になったが、だからといってこのまま入っていくわけにいかない。 
 裕太は仕方なく、立ち上がると脱衣所に向かった。 
 ちらりと後ろを一度振り向く。 
 湯船に浸かったままの優司のぼーとした後ろ姿は、どことなく智史に似ていた。 
 彼も、誰かが側にいなきゃいけない・・・・・・。 
 ふとそう思った。 
 だけど、それは裕太の役目ではなかった。 
 そして口を出せる立場でもない。 
 裕太は深いため息をついて、その場を後にした。 
  
  
  
 ドアを開けて中にはいると、ベッドの上に半身を起こしていた智史と目が合った。 
 眉間にしわを寄せ、口を固く結んでいる。 
「起きていたんですか?」 
 不機嫌そうな智史に戸惑いながら声をかけるが、智史はそれを無視して言った。 
「どこに行ってたんだ?」 
「え?ああ、温泉入ってきたんです」 
 何を怒っているんだろう? 
 裕太は荷物を置くと、智史に近づいた。 
「どうしたんです?」 
 言葉は無視された。 
 その代わりに伸びてきた手に腕を掴まれ、力一杯引っ張っられた。 
「うわっ!」 
 バランスを崩して、智史のベッドに転がってしまう。 
「さ、智史さん!」 
 とっさに手をついて身体を起こそうとするが掴まれたままの腕を引っ張られた途端、またベッドに突っ伏してしまった。 
 その上に智史が全体重をかけて乗りかかる。 
「お、重いっ!」 
 胸が苦しくて掠れた声しか出ない。 
「一人で勝手に行くなあ」 
「だ、だって寝てたじゃないですか!」 
 な、何を怒っているんだこの人は! 
「俺は行って良いなんて行ってない!」 
「だから、智史さんは寝ちゃって、俺はまだ寝れないから・・・・・ああ、もう、降りて下さいって!」 
「い、や」 
 ますます体重をかけてくる智史に裕太は息も絶え絶えに懇願する。 
「お、りて、下さいって・・・・・・苦しい・・・・・」 
「じゃあさあ、勝手に一人で行っちゃったんだから、何かお詫びしてよ」 
 お詫びって・・・・・・。 
「な、何をすればいいんですか!何でもしますからっ!」 
 しょうがなくて、叫ぶように言い放つ。 
 しかし、その返事はなかった。 
「智史さん。言ってくれないと分からないから・・・・・・」 
 だが、その言葉とともに身体が軽くなった。 
 動かせる体を慌てて起こす。 
 振り向いた先に、さっきと変わらず眉間にしわを寄せたままの智史がいた。 
「智史さん?」 
「もういいよ」 
 不機嫌丸出しの言葉に裕太の方が狼狽える。 
 何が? 
 一体? 
 どうなって? 
 ?マークが頭の中を飛び交う。 
 智史は裕太に背を向けると、ベッドに横になった。掛け布団を頭から被ってしまう。 
「あ、あの・・・・・・」 
 慌てて枕元に移動して、智史の身体を揺する。 
「智史さんってば、一体どうしたんです?」 
 だが返答はない。 
布団を固く握り締めて固定しているためその表情すら窺えなくて、急に不安にさいなまれた。 
「もう、智史さん!一体どうしたって言うんです!」 
 焦りが募り、つい乱暴な口調で呼びかける。 
 だが、それすらも無視された。 
 ほんとうに、何がどうなっているんだろう。 
 寝る前の智史さんはあんなにご機嫌だったのに・・・・・・。 
「分かりました。怒っているなら怒っていてください。俺には何がなんだかさっぱり分かりませんから。勝手に寝てくださいね」 
 できるだけ静かに言おうとはした。だけど、心の中に沸き起こる理不尽な扱いへの怒りと意味不明な智史の態度への不安がごちゃまぜになって、声が震えてしまう。 
 と、布団の山が反応した。 
 もそもそと智史が上半身を起こす。 
「え?」 
 裕太は呆然として智史を見つめた。 
 智史は・・・・・・泣きそうな顔をしていた。 
「あの、智史さん、どうしたんですか?」 
 裕太がおろおろと尋ねる。 
「ごめん・・・・・・」 
 謝られてもっとびっくりした。 
「あ、の?」 
「俺、起きたら裕太がいなくて、嫌だった・・・・・・」 
 俯きながら、しかもますます赤くなる智史。 
「あ、あの」 
 さっきから言葉が出てこなくて裕太の頭はパニクっていた。 
「だって・・・・・・何か、いないと分かるとすっごく寂しかった・・・・・・」 
 一体、何が起こっているんだ? 
 裕太はおろおろとベッドの上に上がり、智史の横に座り込んだ。 
 そっとその肩に触ろうとして。 
ぴくりと跳ね上がった智史の身体に、またびっくりして・・・・・・。 
「俺・・・・・・ごめんっ!」 
 いきなり智史が裕太に抱き付いた。 
 背中に回された腕できつく抱き留められる。その胸に智史の顔が埋められていた。 
「さ、さとしさん!」 
 言葉が喘ぎともに漏れ出る。 
 こ、これは、一体・・・・・・? 
 さっきから同じ言葉ばかりが頭の中を走り回る。 
「俺・・・・・・夢見て・・・・・目が覚めたら、裕太がいなくて・・・・・・」 
 甘えるような声色に、裕太の精神がピンクに染まる。 
「さ、さとし・・・・・」 
 固く強ばった腕をゆっくりと動かす。 
 胸の中にいるのは愛おしい相手。 
 守りたい・・・・・・相手。 
「何の夢、見たんです?」 
 できるだけ優しく問いかける。 
 だけど、いやいやするように首を振った智史はそれ以上言わなくて・・・・・。 
 何だか信じられなかった。 
 きっと智史さんは酔っているんだ。 
 酔っているから、こんな風に俺に甘えているんだ・・・・・。 
 だけど、なんだか嬉しくて・・・・・・そして切なくて苦しい。 
 このまま抱きしめたくて、押し倒したい欲望を必死で堪える。 
 彼がそれを望む筈が無い。 
 親友でいたいから、何も望まない。 
 だけど、その決心がぐらつく自分がここにいる。 
「智史さん、もうどこにも行きませんからね、寝てください。起きたら酔いも冷めますから」 
 優しく言おうとして、でも掠れた声しか出なかった。 
 それでも、智史は手を離さない。それどころかますますきつく抱き締める。 
「智史さんってば」 
 仕方なく無理矢理その腕を離そうとする。 
 すると、やっと智史が口を開いた。 
「いいんだ・・・・・・」 
 は、あ・・・・・。 
「何がです?」 
 何のことが分からなくて、裕太は訝しげに首を傾げた。 
 と、智史が顔を上げた。 
 まっすぐ裕太を見上げるその瞳は、ひどく扇情的で・・・・・・裕太の下半身を直撃した。 
「さ、さとしっ!」 
 思わず走った痺れに、掴んでいた腕をきつく握り締める。 
「俺、夢見た・・・・・・裕太に抱かれる夢・・・・・・」 
 あっ・・・・・・。 
 言葉の意味が弾けた。 
 智史の言いたいことが分かって・・・・・・。 
「本当に・・・・・・」 
 裕太の震える声に、自嘲めいた笑みを口元に湛えた智史は囁いた。 
「あのゲーム。煽られたのは・・・・・俺だったみたいだ・・・・・」 
 そして智史は瞼を閉じた。 
 誘われるように智史の口元にキスを落とす。 
 最初は軽く・・・・・だんだん深く・・・・・。 
 背中にあった智史の腕が裕太の首に回される。 
 智史が言った。 
 煽られたのは自分だと・・・・・。 
 違う。 
 煽られたのは、俺達二人だったのだと・・・・・・。 
裕太は自分がもう止められなかった・・・・・・。 
  
  
  
 目を開けるとすぐ側に大好きな裕太がいる。 
 ずっと続けばいいって願っていた高校時代。 
 自ら放棄したその幸せが・・・・・・もう二度と手に入らないと・・・・・・手に入れては駄目なのだと思っていたその幸せが、また戻ってくるとは思わなかった。 
 こんな関係を続けていく勇気が無くて、再会して告白されてもされに答えられなかった自分。 
 だけど、こんな些細なきっかけで・・・・・・アルコールの助けがあったかも知れないけど・・・・・またこうして手に入れることができた。 
 ずっと、手に入れたかったもの。 
 手に入れてしまえば何て呆気ないんだろう。 
 何だか軽くなった心が、すっごく気分がいい。 
 壊れる関係なんかじゃなかった。 
 今ならそう思える。 
 俺と裕太は、きっとうまくやっていける。 
  
 きっと。 

続く