開発部工業材料第1チーム 俗称 篠山チームのリーダー 篠山義隆は、第三リーダー達の中でも割といい加減な男だった。根は真面目で実力もあるのため、最終的な所で遅れをとったりすることはないのだが、それも周りの人々に助けられているといった感が強い。
だからこそ、滝本優司も弟の相手として、やや不満なのだが。
で、当の本人はというと、自席で首をひねっていた。
俺は一体何をしに滝本の席まで行ったのだろうか?
おっかしいなあ。
何か用事があって行ったはずなのに、思い出せない。
確か、特に資料があったわけではなし。
うーん。
確か、滝本の所まで行って、話しかけようとしたらパソコンの画面に目がいって、そのスケジュールがあんまりだったんでその話して・・・・・・。
新人の話になって?
三宅さんが入ってきて・・・・・・。
俺、思わずつき合っていることがいるって言ってしまったんだよなあ。
まずいなあ。
しかも毎日逢っているって・・・・・。
そういやあ、滝本のやつ妙な顔していたなあ。
一人くすくす笑う。
おもしれー、ほんとすぐに表情がでるんだからなあ。
その辺、恵とよく似てる。
でも恵は、それを隠すのが意外に上手で、たまに手を焼くけど・・・・・・それはそれで可愛いし。
今度はにんまりとしていると、いきなり声をかけられた。
「篠山さーん。なーに、にやけてんのお?」
恨めしげな声に義隆が横を向くと橋本がじっとこちらを見ていた。
「何だよ?」
義隆がむっとしていると、橋本は小さなため息とともに資料を放って寄こした。
「できましたよ、取締役向け資料。俺、ここまでやったんだから、後はやってくださいよ。ったく、本来篠山さんがやることでしょうが」
ぶつぶつ言っている橋本に、義隆は両手を合わせて礼を言う。
「いやあ、橋本には感謝していますって。いっつも助けてもらっているからなあ」
「おだてたってもう何もでませんよ」
そう言って、橋本は席から立ち上がった。
「どっか行くのか?」
「これから棚卸しの片づけに行きます。後は、そっちかかりきりになりますからね。ちゃんと自分のことは自分でやってくださいね」
「はいはい」
頷く義隆に、橋本は再度ため息をつくと作業場へと出かけていった。
ふと気がつくと、事務所内の人口がやたら少ない。
もともとリーダーと主だった者しか事務所に机がないのだが、そのリーダークラスと作業場をもたない事務系のチームの人たち位しか残っていなかった。
棚卸しかあ・・・・・・まあ、橋本に任せておけば大丈夫だろ。
とりあえず義隆は、橋本が寄こした資料を見ることにした。
今日は、これをやって・・・・・・まあ、今日中じゃなくてもいいだろうな。
ああ、引っ越しの打ち合わせがあるけど・・・・・・まあ、そんなものはすぐ終わるし・・・・・・・後は、特許でもやるかなあ・・・・・・。
今日のやることを頭の中で整理して、漏れがないかだけはチェックする。
このくらいだったら、6時くらいには帰れるだろうし・・・・・・そしたら、また恵のとこでも押し掛けようかなあ。
うーん、それともこっちに来て貰うか・・・・・・・でも、来て貰うとなると、あいつ結構面倒くさがるし、やっぱ押し掛けよう。
んでもって、食事して、一緒に風呂入りたいけど・・・・・・あいつのとこは狭いし、外に響くから・・・・・・無理かあ。
自然顔が綻ぶ。
やっぱ、恵は可愛いよなあ。
キスしようとすると、すぐ真っ赤になるし。
感じているの悟られまいとして、殻被って俺に対応しようとするんだけど、それがまたそそるんだよなあ。
「・・・・・・のやまさん!篠山さん!」
「へ?」
呼ばれているのに気づき我に返ると、緑山が睨んでいた。
「篠山さん。顔が滅茶苦茶崩れてますってば」
きっぱりと指摘されて、慌てて顔に手を当てる。
「崩れてたって・・・・・・」
「何を仕事中に考えてるんですか?さっきから一個も手元が進んでませんし、パソコンいらっている雰囲気もないし、顔は見てると気持ち悪くなるくらい、にやけているし・・・・・・少しは、仕事してください!」
ため息をつきつつ、ずばずば指摘する緑山に、義隆はむっとした。
何か、えらいいわれようじゃないか?
「ちゃんと仕事してるよ。それより何の用だ?」
「こちら、レイアウト案です。橋本さんに確認取ってくるように言われて、ついでに篠山さんが仕事しているか少し見張っていてくれと言われたんで、俺、橋本さんの机借りますからね」
きっぱりと言い、橋本の席につく緑山。
ネットワーク上から、データを取り出している。
見張ってろって、橋本のやつ。
俺だってちゃんと仕事しているわ。
「緑山は棚卸しはいいのか?」
むうと唸りながらに言うと、緑山はその可愛い顔にいたずらっぽく笑みを浮かべた。
こうしてみると可愛いけど、やっぱ恵の方が可愛いよなあ。
義隆がそう思っていると、
「橋本さんから篠山さんの見張り役を言い渡された時点で、棚卸しから免除されました」
「見張り役って・・・・・・俺はちゃんと仕事している」
「でも、さっきしばらく様子を窺っていましたが、ぼおっとしておられて、全く進んでいませんでしたよ。あの人の事でも考えていたんですか?」
それが誰を指しているかは言うまでもない。
こいつ、俺にふられてから、滅茶苦茶きつくなってないか?
前は俺の言うことなら無条件に肯定して、俺の言いなりだったのに・・・・・・。ああ、また可愛い後輩が橋本化していく・・・・・・。
義隆は内心ため息をついて、仕方なくパソコンに向かった。
「あ、それで橋本さんが、さっき渡した資料の確認が終わるまで、絶対帰らないでくださいって言ってました」
「げえ」
は、し、も、とぉ!!
「それと、さっき滝本さんに引っ越しの打ち合わせ時間を今日の6時からにして欲しいって、連絡があったそうです。で、橋本さんその時間は別のミーティングとダブルブッキングになっちゃうんで、篠山さんに出て欲しいって」
「なにぃ!」
6時?
何で定時の5時以降にミーティングを入れるんだ?
ああもう、仕事人間の考えることは!
「ちょっと、滝本くん!」
篠山は席を立って、滝本の所に行く。
「はい?」
何事かと顔を上げる滝本に、義隆はまくし立てる。
「何で6時からミーテイング入れるんだよ!」
「そう言われても、こちらも今日は予定が目白押しで、どうしても私がその時間まで空かないんです」
仕方なさそうに言ってはいるが、何か滝本の後ろで悪魔のしっぽが見えるのは気のせいか?
恵より素直で単純とは言え、なんだかんだ言っても、あの恵の兄ではあるのだし・・・・・・。
「何で滝本が出るんだ?他の人間を出せばいいだろうが」
「一応、責任者ですから。それを言ったら篠山さんだってそうでしょう?」
「俺だって、責任者だ。それに橋本がダブルブッキングで出れないんだからしょうがないだろ。あっ、鈴木はどうした!」
「鈴木くんも出ますよ。だけど、どうしても彼だと詰めが甘くなるようなんで、ね」
僅かに口の端を上げて、首を傾げる。
そりゃあまあそうだろけど・・・・・・。
「なんで6時なんだよ・・・・・・」
がっくりとしている義隆に、滝本は笑いかける。
「いいじゃないですか。一日くらいデート出来なくても、ね」
ああ!
お前、やっぱりそれが目的か!
俺と恵の仲認めたんじゃないのか!
「篠山さんって、ほんと根は真面目なんですけどねえ・・・・・・」
そこでため息つくな!
俺はしたいようにしているだけだ!
「やっぱ、仕事も一生懸命して貰わないと・・・・・・相手の方に言いつけてもいいんですけどねえ」
げ!
恐る恐るそちらを見ると、いたずらっぽく微笑む滝本がいた。
お前!やっぱり似ている!
絶対、恵と兄弟だ!
その性格、そっくりだ!
お前、今まで猫被ってたな!
何か言いたげな義隆に、滝本は首をすくめる。
「あのお、私やることが多くて、話がそれだけなら仕事したいんですけどお・・・・・・」
し、仕事ね。ああ、そうですか、はい仕事してくださいって・・・・・・。
義隆は、おとなしく敗退した。
うう。
今日は恵と逢えないのかなあ・・・・・・。
それだけが心残りで・・・・・・。
仕事の事は頭から抜け落ちている義隆であった。
篠山義隆・・・・・・・それからの1週間、その仕事量に恵と逢えることなく過ぎていってしまう。