【独占欲2】

【独占欲2】



 どこかでベルが鳴っている。
 うるさい……どこで鳴ってるんだ……。
 手を伸ばす。
 数度辺りを叩く。
 と、何かが手に触れた。それを掴んで、スイッチを押す。
 カチっという音に、ふっと記憶が戻った。
 慌てて、跳ね起きる。
 手にした物?目覚し時計を見た。
「あ、もうこんな時間か……」
 上半身を起こし、ふあああ、と両手を上に向けて伸ばして伸びをする。
 と、
「いてててて」
 左手首の捻挫はともかく、この尻の痛みは……なんとかならんかなあ……。
 今度やるときまでに薬買っとこ。
 って、俺は何考えてんだあ!
 手で口を押さえて赤面した。
 明石雅人は、先日友人であった筈の増山浩二に無理矢理抱かれて、しかも思いっきり感じ、最後には和姦どころか自ら望んでしまった。
 しかも、後悔にさいなまれて自宅に帰っていた浩二を無理矢理呼び寄せ、告白し、気がつけば相思相愛という人生一大転機を昨日迎えたばかりだった。
 しかし、無理矢理やられたせいで、尻は痛いし、馬鹿力のせいで手首は捻挫している。昨日その張本人に来て貰ったときに湿布をしてもらったが、医者の顔で「病院に行ってレントゲンを撮るように」と言われてしまった。
 その時の浩二を思い出すと、眉間にしわを寄る。
 浩二は整形外科医だから、きちんと治療しろと言いたいんだろうけど、俺は病院が嫌いだ。
 とにかくひたすら待ち時間が長くて、診察なんてあっという間じゃないか……。
 しかも病院なんて昼間しかやってないから、夜働く俺らみたいな奴にどうやって病院行けと言うんだ。 俺は、それより寝ていたいっ!
 そうは言うものの、浩二に病院に行くようにいわれているのだから、行かなければいけない。 
 これで浩二に行っていないのがばれたら、どんなことになるのだろう。
冷たい目で見られそうな気がする。
 あいつは真面目だから、そういう所きちんとしてないと怒られそうだ……。
 嫌、それはいいんだが……いやいや、それは良くない。俺は、あいつの笑顔の方が好きだ。何を好きこのんで冷たい目を見たいものか……というより何より、もしそれであいつがまた怒ったら、とんでもないっ!
 俺は次は絶対優しくして貰うんだからな。
 妙な決意とともに、病院へ行く決意も出てきた。
 でも眠い。
 今日は仕事だけだから夕方に起きればいいのだが、浩二の診察時間が午前中と聞いた以上、どうしても受付締切前までには病院にはいかなくては行けない。
10時、か。
 病院まで車で15分ほどだから、最悪11時半に出ればいいんだろうけど、駐車場が混んでいると困るからなあ。
 昨日浩二が、
「少し早めに来られた方がいいですよ」
 と教えてくれたのだ。
 雅人がどうしても浩二に見て貰う、とごねたので仕方なく受付時間や駐車場の混み具合などを教えてくれた。
 雅人はどうしても、浩二の働く姿というのを見たかった。
 実はずいぶん前から見たいとは思っていた。一緒に遊んでいるときも表情を変えず、言葉も少ない浩二が、どうやって患者を相手にしているのかが不思議だった。
 それがようやく見れるのだ。
 うきうきとシャワーを浴びる。
 鏡に映る雅人の体のあちこちにキスマークが残っていた。
 そんな自分を見るたびに、雅人は浩二の愛撫を思い出す。 昨日など体が絶不調なのに欲情してしまった。
 そんな自分を思いだし、苦笑いしながら、視線を逸らした。
 本当に、こんなことになるとは全く思わなかった。
「ったく……俺が受けかよ」
 それは何度呟いたか分からない台詞だった。それくらい信じられなかった。
 雅人は、浩二とは友人で、もし男を抱くとしたら当然攻めで、でもやっぱり、できれば可愛い娘がいいなあ……。なんて思っていた。
それが蓋を開ければ、体は雅人より小さいが、不愛想で、年上で、エリートで、切れたときはやたら乱暴で恐ろしくて……。
 で、しかも自分が受けで……だけど、すっごく愛撫が上手で、静かな夜の闇のようなきれいな目をしていて、優しい目をしているときの笑い顔は、前からほんとに好みだった……。
 そこまで考えたとき、雅人はぽっと頬を赤らんだ。
「げっ!」
 自分の反応に自分で驚く。
 なんなんだあ。まるで女子高生か?って今時の女子高生がこんな初な反応しないって……。
 うーん。
 俺は、いつからこんなに浩二にまいってたんだろう。
 おとつい無理矢理抱かれた時だったら……俺はマゾってことかよ……。
 でも、俺痛いの嫌い。
 少なくとも、痛い時は感じてはいなかったぞ。うんうん、痛いときには萎えてたもんな。
 それにあんな風に抱かれてても、やっぱり心の底は嫌じゃなかったんだよなあ……。
 落ち着いて考えるたびにそう思う。
 だって、すっごい感じたから……。
 無理矢理のキスの時だって、感じたもんな。普通嫌だったら感じないと思うけど……でも、俺が淫乱なんだったら……いや、
「そんなことはないっ!」
 思わず口に出た。
 そんな筈はないんだ。
 無理矢理のキスは立場上経験がある。しょうがなくてやったキスもある。そんな時は、感じるどころか鳥肌がたった時だってある。
 でも、浩二のキスは……。
 顔が紅潮してくる。
 それに、ほんとに感じるところを狙ったように刺激されては、もう意識なんかぶっ飛びもんで……って、俺ってば、昨日からこればっかり……。
 ほんとに、浩二にまいっているのか……なあ。まだ一回しかやってないのに。 浩二以外でも、同じように巧い奴とやったら、こんな風にまいるのかなあ……。
 そんな事を考えて、慌てて首を大きく振る。
 そんなことはないっ!
 秀だって巧かったが……あの時は俺が攻めで、でもあいつの愛撫も巧かったけど、でも今更抱かれようとは思わないっ!
 絶対に、俺は、浩二じゃなきゃ駄目だっ!!……って、思ってるんだけど……。
そこで雅人は大きくため息をついた。
「……何か、やっぱり、俺……迷ってんだろーか?」
 雅人は、自分がほんとうに浩二を愛しているのか自信がなかった。
 無理矢理のように犯され、結局感じてしまって……それは、自分が浩二が好きなせいだと思っていた。いや、実際好きなのだ。
 だが、まだ1回。あんな乱暴なやり方でしかしたことがない。
 そのまま怒濤の如く告白しあって……、二人とも幸せな気分にはなった。
 だけど……冷静に考えると……これが本当に好きという感情なのか分からない。もしかすると、浩二のあの行為だけが好きなのかも知れない……浩二の感情が爆発しないように、という責任感なのかも知れない……。
 雅人は、自分で自分の心がわからなかった。
「俺は……好きっていうことは、一体どういうことなんだろう……。この感情が本当に「好き」なんだろうか……」
 自分で言って、ショックを受けた。
 秀の時は、お互いさっぱりした関係だった。
 好きだったのは確かだったが、別れるときも、今だってその時の気持ちはあんまり変わっていないような気がする。
 浩二とのことは、その時とは違う、と思う。でも、もしかして、体だけの関係で満足してて……それに飽きたから、じゃあ、終わり……ってあの時と同じようになるんじゃないか……。ということは、この感情は、好きではない……のか。
 どんどん思考が暗くなるのが分かる。さっきまでの幸せな気分がぶっ飛んでしまった。
 でも、止められなかった。
 いつも雅人は、本当に人を好きになったことがなかった。
 改めて、その事を思い出してしまう。
 あの時、彼女にこっぴどく振られた原因だって、そのせいだった。
 振られたショックではなく、「好きという感情もないくせに!」と言われた方がショックだった。
 だからこそ、秀に慰められた。
 今のこの感情は……本当に「好き」なんだろうか……。
 雅人はいつのまにか座り込んでいた。
 何もしたくない……。
 病院……行って、浩二に逢って……そしたら答えは出るのだろうか……。いや、そんなことはない。
 俺の心の中の問題だから……これは俺がけりをつけなければならない。
 一度、浩二に愛してる、と言ってしまった以上、俺がこんな事を思っているなんて思わせたら駄目だから……昨日のように振る舞うしかない。
 その内結論が出るだろう、か……。
 秀の時でも出なかった結論に……今回は出せるだろうか……。
「ああああ。もおーーーー」
 突然雅人は叫ぶと、頭を掻きむしった。
「やってらんねえー」
 そう言うと、すっくと立ち上がり、言った。
「もう、どうにでもなる!なるようになるんだから、悩んでもしようがないっ!」
 いきなり見切りをつけた。
と、その時、携帯電話の呼び出し音が聞こえた。
 ディスプレイに出た名前を確認し、通話ボタンを押した。
「もしもし、秀か?」
『あ、れ、雅人?起きてた?こんな時間に……寝てるかと思ったんだが、時間がとれなくて……留守電にでも入れようかと思ったんだ』
 驚きが感じられる声に雅人は笑みを浮かべた。
 そりゃそうだ、いつもなら寝ているのに……しかし、こいつってば、ころっと態度替えやがって……。まあ、俺のせいでもあるんだが……。
 正月以来、秀也は雅人を呼び捨てにした。ちょっと優司に構い過ぎたせいだ。
『雅人ってば、聞いてるのか?』
「ああ。おとついくらいにちょっと手首捻挫してしまって、浩二の勤めてる病院に行こうかと思って、起きてたんだ」
『え?大丈夫なのか?仕事は……』
「そこまでひどくない。捻挫はくせになるから、ちょっと腫れてるだけだ。それより何の用事だ?」
 苦笑混じりでそう言うと、秀也はちょっとためらうように言葉を切った。
「何?」
『今度さ、優司の誕生祝いも兼ねて、温泉付きリゾートホテルなんぞに一泊旅行に行く予定なんだけど……』
「なんだ、良かったじゃないか。旅行に行きたがってたもんな。そのために、お金貯めてたんだろう」
『ほんとはさ、二人だけで行きたかったんだけど……優司が……』
 秀也のため息が聞こえた。
「優司がどうしたんだ?」
『二人だけでいくのは恥ずかしいんだと』
「……」
 なんじゃそりゃ。
 秀也が会社の休みを利用してホストのバイトしているのは優司の元へ行く旅費だったり、優司と旅行用のお金だったり……のためだと知っていた。その旅行を優司に拒否される、とは……。
「優司は行きたくないって?」
『いや、そうじゃないんだ……ただ、どうも恥ずかしいらしくて……男同士で温泉なんての、変に勘ぐられるとでも思っているみたいで……というか、そういう関係なんだけど。それを気にし出すとどうしようもないんだけど……それが嫌みたいで……』
 はあ
 雅人はため息をついた。
 純情・単純な優司らしい。
「だけど、出張なんかじゃ同じ部屋に泊まったりしてたじゃないか」
『そりゃあ、その方が安いからって理由がつくじゃん。今度の所はリゾートホテルだからさ、何か恥ずかしいらしい。余計なこと考えるからだとは思うんだけど……』
「それじゃあ、どうするんだ?」
 と尋ねると、とんでもないことを秀也が言い出した。
『でも、俺は旅行に行きたいし、優司もほんとは行きたいんだ。だからさ、一緒に行ってくれよ、旅費は出すから』
「げっ」 
 思わず、携帯を耳から離して、まじまじと見る。
 こいつ、今なんて言った?
『雅人っ!聞いてるか!』
 雅人は気を取り直して、携帯を耳に当てた。
「聞いてるよっ。だから、なんで俺が一緒に行かなきゃ行けないんだ?熱々カップルにひっついていった日には、俺はどうしろっていうんだ。隣でいちゃついてるのを耳を塞いで一人寂しく部屋で寝てろって言うのか?そんなのぜってー嫌だっ!」
『だって、他に頼める奴いないし、いいだろ。ちゃんと部屋は別々にする。二部屋とるから、雅人も誰か連れて行けば……そうだ、浩二がいい。俺、久しく浩二に逢っていないし・・・・よし、きまり』
 ち、ちょっと待てぇ。
 雅人は慌てた。
「勝手に決めるなっ!浩二だって都合があるだろうがっ!」
『日・月に行くんだ。浩二も雅人も休みだろ。大丈夫。全部お金持つからさ。そしたら優司だって行きたくないなんて言わないだろうし、ね。頼みます、お願いします、雅人さん』
 久人ぶりの秀也の敬語に、雅人は苦虫を噛み潰したようになった。
「お前、こんな時ばっかへりくだるな……それに土曜の夜は店だ。帰るのは日曜の明け方になるのは分かってるだろーが」
『だーいじょーぶ。雅人さんは徹夜明けでも平気で遊びに行くような元気な人だったよね。それに雅人さんは、優しいもんなあ。優司だって困っているんだよ、行きたいのに。かわいい後輩の俺と、だーいすきな優司君を助けてやってよー……』
何を助けるんだ、何を……つうか、とんでもない嫌みだ、それは……。
 そう思いつつも、俺はもう頷くしかない自分がわかっていた。
 大きくため息をつく。
 だけど、憶えてろよ。
「わかった、俺はついていくよ。でも、浩二は確認しないと……」
『やったっ!うんうん浩二は電話してみる。でも雅人と仲がいいから、行くって言うんじゃないの。あっ、今日浩二の病院いくんなら、聞いてみてよ』
 後ろにハートマークがつきそうなるんるんな声が宣う秀也にがっくりと力が抜ける。
「……聞く時間があったらな……」
 ふっと時計を見る。
「げっ!もう家でないと間に合わないじゃないか!秀、また後で電話する。じゃあなっ!」
『あーーー、ついでに車もよろしくーーーー』
 そんな声が最後に聞こえてきたが雅人は慌てて電話を切ると必要な物をかき集めて、家を飛び出した。
「車……何のことだ?」
 ちょっと気になったが、早く行かないと受付時間を過ぎてしまう。
 病院までの道のりと駐車場が比較的空いていたため、何とか受付時間に間に合った。
 看護婦に理由を聞かれて、手首の捻挫を告げると、すぐさまレントゲン室で撮影を行い、待合いで診察の順番を待つため開いている椅子に座り込んだ。
 ほっとため息をつくと辺りを見渡す。
 もうすぐ診療時間も終わろうかというのに、まだ10人近くの人が待っていた。
 これ全部診てたら、昼食べれないんじゃないのか?
 そう思っていると、隣の女性が話しかけてきた。
「落ちましたよ」
 気がつくと、手に握っていたはずのハンカチが落ちていた。
「あ、すみません。ありがとうございます」
 にっこりと営業スマイルを返すと、30代前半と見えるその女性はほけっと雅人に見取れた。その女性の右手首にはサポーターが服の袖から見え隠れしている。何か話すきっかけが欲しかった雅人は、それを利用することにした。
「手が悪いんですか?」
「え、ええ。腱鞘炎なんです」
「そうですか。私は捻挫なんですよ」
 そう言って、左手首の包帯を見せる。そして、聞きたい事をほのめかす。
「こちらの増山先生はたいへん優秀だと聞いたので、今日初めて来たんです」
「ええ、ええ。とっても、すてきな先生です。それに優しくて、丁寧で……。あの先生にかかりたいがために遠くから来られている方もいるということですわ。実は私も何回か来ているんです」
へえーーー。でも、うれしいな。浩二が褒められると。
そう思ったが、あのポーカーフェイスで優しいというのはどういうことなんだろう……?
「そうなんですか?前に聞いたときには、無愛想って聞いたんですけどねえ」
 口からでまかせを言ってみた。
 すると女性も頷き返す。
「ええ。ほんとに、前はあまり笑わなくて……でも丁寧は丁寧だったんですよ。それが、今年に入ってから、笑われるようになって、そうですね。表情が出てきたというか……それがとても素敵なので、女性患者が大変増えたって看護婦さんから聞きましたわ。あの先生は、人付き合いが悪くて誤解を受け易いんですけど、でも本当はとても優しい方で慣れてくるといろんな表情を見せてくれるって、この病院の常連さんには聞いていたんですけど、普段でもあんな表情を見せてくれるとうれしくて、先生に逢いに病院に行くのが楽しいんですよ」
 うーーーー。
 浩二が褒められているのは分かるんだけど、何か他人にそんなこと言われるとむしゃくしゃする。これって、やっぱり浩二が好きだからだろーか……。
 その時、看護婦が誰かを呼ぶ声が聞こえた。
「あら、呼ばれたんで、それでは」
丁寧に頭をさげて、その女性は診察室に行った。
今年から、ってことは、正月から……。
ふーん。秀也の人生相談は役に立ってるってことじゃんか。でも……、何か嫌だな。俺だって浩二の笑顔は好きなのに、俺の時はタイミングが逢わないとなかなか見せてくれないのに……。
患者相手に怒ってもしようがないのだが、何となく苛ついた。
雅人は、診察室の方をじっと伺う。
ここからだと、扉と中のカーテンで全く伺い知ることはできない。声すら、聞こえない。
でもさっきの女性の手を診てるんだろうなあ……サポーターを取って、女性の手を握って……おいおいっ。
俺ってば、何を考えてんだ。医者なんだから、患者を診るのは当たり前だ。患者相手に嫉妬しててどうするんだ……。
自分で自分に呆れてしまう。
そんなことをうだうだ考えていると、ふっと気がつくと、自分が最後なのに気がついた。
周りには誰もいない。
みんな会計の方に行ってしまった。
あれ・・・俺ってそんなに遅かったっけ……。
いくら間際に来たと行っても、確か後2人ばかりいたような……。
「明石さん」
 やっと看護婦に呼ばれて、雅人は診察室に入っていった。
 中に入ると、浩二が白衣を着て、机に向かって何か書き込んでいた。
 と、ふっと振り返ると、浩二はにこっと笑った。
「こんにちは、明石さん」
 あ、こいつ作ってる笑顔だ……。
 雅人はピンときた。
 いつも雅人に見せる笑顔とはどことなく違う。患者に対する笑顔なんだ。
 それに気がつくと、何となく安心して、でもむかっと来た。俺にまでそんな笑顔向けるな、そう思った。
「こんにちは」
 ぶすっと挨拶を返す。
 それに気がついた浩二が、少し上目遣いに雅人を見つめてから、視線を逸らした。
「お座りください」
 雅人が椅子に座ると浩二は、レントゲンを取り出した。
「骨には異常がありませんでした。これでしたら、湿布薬でも治ります。無茶はしないでくださいね」
 そういう浩二に、誰のせいだっ、と言ってやりたかった。
「あら、先生、この方は初診ですのに……」
 側にいた看護婦が不思議そうに首を傾げた。優しそうな女性だ。田端というネームプレートを付けている彼女の左薬指にエンゲージリングが光っているのを見て、何となく安心した。
「え、ええ。明石さんは友人でして……その、捻挫した時に一緒にいまして……昨日一度診ていたんです。それで、念のために今日病院に来るように言っていたんです」
 浩二が苦笑混じりに説明すると、その田端という看護婦はちらりと雅人を見た。
 そんな彼女に雅人がにっこりと笑いかけると、彼女の頬が紅くなった。
「明石さん、駄目ですよ。田端さんにちょっかい出さないでください」
 浩二が視線をこちらに向けた。
 その瞳の奥が妖しく光っているようで、雅人はたじろいだ。
なんか怒ってる?
「い、いやー。きれいな看護婦さんにご挨拶をと思いまして……」
 あ、やば、墓穴を掘っているような……。
「まあ、やだわ。からかわないでください。お礼に注射の一本でも差し上げようかしら」
 さらっと、とんでもないことを言ってのける田端に、雅人はマジで血の気が引いた。
「や、やですよお。そんなプレゼントはご遠慮します」
「くくくくく」
どこかで笑い声がしたので顔を上げると、浩二だった。
口に手をあて押し殺そうとするが、失敗に終わっている。
 そんな浩二を見て、雅人はまたむっとした。
 こいつ、本気で笑ってる。やっぱ、俺と逢ってる時とは何か違う。もの凄く和やかで、リラックスしている。何か、悔しい……。
 舌唇を僅かに噛みうつむいていたが、ふと上目遣いに浩二を見ると、雅人が怒っているのを感じて困ったような視線を向けていた。
と、田端の方が話しかけてきた。雅人が最後なのでリラックスしているようだった。
「先生のお友達って初めてですね。先生って普段どんなふうに過ごしているかお聞きしたいわ。先生って、ふだん患者の前だと、こんなにリラックスされないんですよ。部屋に入るときやスタッフしか居ない時は、もうちょっとマシですけどね、凄く私たちに気を遣ってるんですよね。遊びにお誘いしたら、のってはくれるんですけど、ねえ。患者さんに対するときは、最初の頃はそれでもほんと、しかめっ面で……みんなで注意していたら、少し笑うようになって……そしたらどっと忙しくなっちゃって。やっぱ先生根が優しい方だから、みなさん分かるんでしょうね。忙しいのは、うれしい悲鳴ってとこでしょうか」
 田端は話好きなようでいろいろと聞きたいことや聞きたくないことを話してくれる。
 向こうで浩二が紅くなっているのを見て取れるということは図星なんだろう。
「先生は、普段でもあんましゃべらないですよ。笑わないし……だから俺、ここに来たときびっくりしましたよ。やっぱ素敵な女性がまわりにたくさんいると、仕事も楽しいんでしょうねえ。男と遊んでいても面白くないんだろーなー」
 嫌みをたっぷり言葉にこめる。
 ちらりと浩二を見ると、その整った顔が強ばっていてた。
「あらまあ、雅人さんってお上手ねえ」
けらけら笑う田端には、今の真意は伝わっていないらしい。
「でも私たちと遊びに行っても、保護者役に徹してて本当に仲のいい人っていないんですよ。みんなに均等に優しいんです。だから今年になって先生の雰囲気が変わったときには、プライベートで恋人でもおできになったんじゃないかって、思ってたんですけど……」
「恋人?」
「ええ、明石さんはご存じじゃありません?」
好奇心一杯で聞いてくる田端に、雅人は何と言っていいのか分からなかった。
「田端さん、明石さんが困っていますよ。私が処置をしますから、ね、片づけを始めてください」
  浩二が困ったように田端を促す。
「はいはい。よろしくお願いいたします」
 にこにことそう言って、田端は隣の部屋に移動した。
 浩二は、田端の姿が見えなくなってから、そっと雅人の包帯と湿布を取り外し始めた。
 雅人はその仕草をじっと見つめる。
 先ほどの田端の言葉が頭の中をリフレインし、息が苦しくなる。
 どうして俺と逢っている時、こんな楽しそうにしてくれないのか。
 いつも穏やかだった。俺がはしゃいでも浩二は静かで……それでいいと思っていたけど……でもこんな一面を見てしまうと、それが悲しかった。
 あざのついた手首が露わになる。
「薄くなりませんね……」。
 つぶやきが聞こえる。
 雅人が何も言わないでいると、浩二は優しくその部分をなでた。
 そこから痺れがきた。
 声が漏れそうになるのを歯を食いしばって止める。
「雅人さん……私はあなたといるときだけ、気分がほぐれるんです。それだけは信じてください」
 いきなり言われて、最初は理解できなかった。
 俺といるときだけ……?
 気分がほぐれるのは、俺がいるときだけ……ってことは?
 やっと浩二が言いたいことが分かった。
 浩二は雅人が苛ついている原因が分かっていたのだ。
 それが分かると雅人の心も軽くなった。胸の中にあった拘りが消えていく。
「俺もだ……」
 そう言って微笑むと、浩二も笑みを返した。口の端をあげて恥ずかしそうに笑うその表情は、いつも雅人に見せるあの表情だった。
それだけで、何ともいえない感覚が体に伝わる。
体が高ぶってくる。
まずい……。どうも、浩二に触られるとすぐあの時のことを思い出す。まだたった1回しかしていないあの時のことを……。
黙って俯いてしまった雅人にちらりと視線を投げかけた浩二は、もう何も言わずに新しい湿布薬を貼り、包帯を巻いた。
「3日程あまり動かさないでください」
 巻終えると浩二はそう言った。
 優しい声だった。
 こんな声で言われたら、そりゃあ患者もほっとするだろうな……。
 そう思える声だった。
 俺でもあんまり聞いた事のない声。いいな、ずっとこいつの患者でいようかなあ……。
 と、不埒なことを考えていた雅人は、一つ用事を思い出した。
「あ、のさ……後で話があるんだけど、時間があるかな?」
 秀也の電話の件を思い出した雅人は、慌てて尋ねた。
「時間ですか?そうですね、これで最後ですから、少しなら……」
「じゃ、駐車場で待ってるから、出て来れたら電話して……」
 そこまで言った時、田端が戻ってきた。
「田端さん、明石さん終わりましたので……」
「はーい」
田端はにっこりと笑って、浩二を促した。
「ありがとうございました」
「お大事に」 
医者と患者の域を越えないありきたりの会話に、眉をひそめる。仕方がないとは思っていても、心が落ち着かない。
田端に教えて貰い、その後の手続きを済ませ、雅人は駐車場へと向かった。
なんか、すっごく、情緒不安定なんだけど……。
今日、何度目かのため息をつく。
朝から気分が高揚したり、どん底に落ち込んだりと上下が激しい。凄く疲れる……。
車に辿り着くかどうかという辺りで携帯が鳴った。とたんに機嫌が直った。
我ながらげんきんなものだとは思いつつ、電話を取る。
「よ、出てこれる?」
『南の第二駐車場ですね。姿が見えますので、すぐ行きます』
 切れた携帯をポケットにしまい、辺りを見渡すと、病院の裏手から浩二が走ってくるのが見えた。
 はあはあと息を切らす浩二に、普段は落ち着いて行動する浩二しかしらない雅人はびっくりした。
 こんな風に慌てる浩二なんて初めてだ。浩二は、いつも病院でこんな風に過ごしているんだろうか?俺には見せたこともない、いろんな姿がここでは見られる……本当に俺といるときが本当の浩二なんだろーか?
「雅人さん。何か?」
 息を整え、雅人を見上げる。
「ああ、そんなに走ってこなくて良かったのに……」
「待たせるのも悪いと思いまして」
 その口調はいつもと一緒だ。
だが、態度が……いつもと違う。どちらかというと積極的な感じ。
これが医者としての浩二なのだろうか。
この病院は浩二のテリトリーだから、自然にこういう態度なんだろうか? 
「あの、寒いから車の中に入らしてもらえませんか?」
 こんなふうに今まで、自分から言ってくることはなかった。
「あ、そうだな」
 雅人が運転席に、浩二が助手席に入る。
「今日は眼鏡していないんだな」
 何故か、雅人は苛ついた。
「え?ああ、そうですね。仕事中は邪魔な事があってしていないんです」
「どうして」
「?」
 いきなり黙り込んだ雅人に、浩二も一体何がどうしたのか分からないようで、じっと雅人を見つめる。
「あの?雅人さん?」
そんな浩二に苦笑を返した。
「いや、何でもないんだ。病院にいる浩二って、いつも俺が逢ってる浩二と違うなって、思っただけ」
 それを聞き、浩二は目を見開いた。その後、寂しそうな笑みを浮かべる。
「……病院にいる私の方が作っている私です。こうであれば、仕事もできスタッフとも問題なく過ごせて、患者とも良好な関係でいられる……そうやって勤めだした頃からずっと作ってきた……そんな私です。でも本当の私は……雅人さんに見せている私が本当の私なんです。信じてもらえませんか」
 前を向き、静かに言う浩二。
「あ、そうか」
何だ、そうなのか。病院にいる時の浩二が作った浩二なんだ。
良かった……でも大変なんだろうな。
雅人は浩二の腕をそっと掴んだ。
浩二が視線をその手に落とし、それから雅人に向ける。
でも、病院にいる浩二もかっこよすぎて、そっちもいいな。
 こんなこと浩二に言ったら、俺の前でも作った顔をするかも知れない。
 それは、嫌だ……と思いつつ、でも医者の顔の浩二も好きだから……。
 頭の中がピンク色に染まっているような感じに陥る雅人を、浩二が現実に引き戻した。
「ところで、何かご用と聞いたのですが?」
 えーい、こいつは真面目なんだから!
 仕方なく、本題に入る。
「あのさあ、来週の日・月、休みか?」
「え?ええ、来週は通常通りですので」
「実は……」
 雅人は出がけ前にかかってきた秀也からの電話をかいつまんで話した。
「ほんとうによろしいのでしょうか?私などが行っても……」
 浩二が心配そうに言うのを聞いて、雅人は首を振った。
「奢ってくれると言うんだから、行こうぜ。俺は行くって言ってしまったし、これで浩二が行かないと、俺は当て馬だぞ……しかも今考えると、最後に車がどうとか行ってた・・・・・ってことは、仕事明けの俺に運転手やらせるつもりか、あいつらっ」
 落ち着いて考えてみると、どうもうまく乗せられたような気がする。
 秀也は車を持っていないのだ。
 あの電話の最後の台詞はそういうことかあ!
 雅人が一人怒っていると、浩二はふっと笑みを浮かべた。
 あっ、いい顔……。
それを見た途端、雅人の胸の鼓動が早くなった。
「私もお手伝いいたしますから」
 優しい声でそう言われ、秀也への怒りなど飛んでいった。
 俺、浩二と旅行したいっ!
 そして……。
「うん。二人で仲良く……邪魔しようっ!」
 ほんとは違うことが言いたかった。でも口をついてでたのは違う物だった。
 浩二は呆気にとられたように雅人を見つめ、ため息をついた。
 そのため息の意味に気がつき、俺の顔は強ばった。 
ああ、俺ってば……
 でも、何か恥ずかしくて……でもでも俺って墓穴ばっか掘っているような……。
 えーい。
 雅人は車のエンジンをかけて、発進させた。
「え、雅人さんっ、どこへ!」
 さすがに慌てる浩二。
「ちょっとそこまでーーーー」
 確かにそこまでだった。
 駐車場内を移動し、一番離れた、一番人から見えないところに車を止める。
サイドブレーキをかけると、ほっとしたような浩二の肩を引き寄せる。
「えっ?」
驚いている浩二の頭を抱え唇を合わせる。
「ん」
最初は戸惑っていた浩二だが、侵入した雅人の舌を追い返すと雅人の口内を犯していく。浩二の舌が、雅人の歯茎をゆっくりとまさぐり、それが雅人に刺激を与えた。
浩二は雅人の髪をまさぐり、そっとなで下ろす。
 それすらも快感として雅人を襲う。痺れるような快感が雅人を覆い始める頃、浩二は離れた。雅人の口の端から流れ落ちる涎をなめとる。
「んあぁ……もっと……」
 雅人は自分が漏らした言葉に気がつき、赤面した。
「駄目ですよ、ここでは」
 浩二にまじめな顔で言われて、雅人はしゅんと落ち込んだ。
「だって……」
「金曜日の夜勤明けにでも、そちらに伺います。それまで、待ってくださいね」
耳元で囁くように言われ、全身に甘い痺れが走る。
にっこりと微笑む浩二に雅人はただ頷くしかなかった。


 
雅人にとって、その週はとにかく長かった。
仕事をしていても手がつかないっといった感じで、最後には思いっきりドジをして店長に叱られるはめになった。それどころか、休みを返上するかと言われた。
とにかく金曜日が楽しみで……そればっかりだったから。
金曜日家に帰り、ソファでくつろいでいても顔が自然ににやけてくる。
俺って、いったいどうしたんだろう……
という思いが時折脳裏を掠めるが……掠めるだけであった。
だからチャイムが鳴った時には、慌てて顔を引きしめてから扉をあけた。
「何か楽しいことでもあったのですか」
浩二に言われて、雅人はまだ顔がにやついていたのに気が付いた。
「浩二がきたからだよっ!」
恥ずかしくて、ついつい乱暴に言い放つ。
と、浩二は顔を赤らめた。
あ、かわいいなあ……。
思わず見とれていると浩二は困ったように言った。
「あまり、見つめないでくれませんか……」
「そんなに見つめていないと思うけど……」
見つめていたと自覚はしていたが、それを肯定できるほど人間が出来ていない。
雅人は、浩二を促すとリビングのソファに座った。
「で、旅行の件なんだけど……」
浩二がソファに座るのを見ながら、雅人は秀也が送ってきた封筒を浩二に手渡した。
「やっぱ、俺が車だすことになった。運転もするから」
「手首は大丈夫ですか。日曜なら大丈夫だとは思いますが……」
浩二が心配そうに手首に視線を寄越す。
「ん。もう痛みも無いし、そんな無茶な運転するわけじゃないから、さ。で、朝、浩二の家に8時頃迎えに行くから……その後、秀んち行くことになってる」
「優司さんはどうされるんです?」
「優司は、土曜日に秀の所に泊まるから、一緒にピックアップする」
迎えに行った時ちゃんと起きてきてるんだろうな、あいつら。
ぶつぶつと呟く雅人。
「あの、まだ秀也さん達は私たちのことは知らないんですよね」
「私たちって……ああ、知らないよ。言ってないもん」
「言われるつもりですか?」
「うーん、どうしよう。浩二はどうしたらいいと思う?」
「それは……わかりません。気がつくまで言わなくてもいいような気がしますが……」
「そうだよなあ……こっちから言うのも何だか恥ずかしいし」
雅人が納得していると、浩二が少し沈んだ口調で話しかけてきた。
「ところで優司さんは、私のこと嫌いではないのでしょうか?」
「え、なんで?」
「お正月の一件で優司さんにはたいへんな心配をお掛けしていると思うのです。あの時、帰られる時も私の方を見ようともしませんでしたし……」
「大丈夫だろ」
雅人は短く、しかしはっきりと言った。
「しかし……」
「優司が気にしているようだったら、秀は浩二のことは誘わない。だけど、浩二を誘ったのは秀自身で、多分だけど……優司もそのことを知っているはずだ。それで、嫌だったらなんか言ってくるだろうけど、それも言ってこないんだから、大丈夫、だよ。ほら、心配するな」
雅人は浩二の隣に座り直し、手を肩に回す。
「優司はさ、あんまり気にしないタイプだからさ……きっと、「秀が良いと言ってるならもう良いや」なんて思ってるに違いないって……どうみても、秀から聞いた限りじゃそういう性格らしいし……」
最後に言い訳のように、秀から聞いたと付け加える。
「それならいいんですけど……」
まだ何か言いたそうな浩二の口を、雅人は自分の口で塞いだ。
「ん……ま、さ……さ……」
かすかに唇が雅人に呼びかけようと動く。手も雅人を押しのけようとする。だが、その力は強いものではなかった。
抗うのを諦めた浩二が雅人の口内に舌を入れようとすると、それを防ぐように雅人の舌が浩二の舌を絡めとる。
「……んん……」
かすかに響く喘ぎに、浩二が感じているのがわかる。
雅人は、たっぷりと浩二の口内を楽しむと、唇を離した。
浩二の顔が紅潮していた。
「この前は俺が仕掛けたのに結局浩二に嬲られちゃったからね。今日はお返し」
くすりと笑う雅人に、浩二は口の端を上げ薄く笑った。
それを見た途端、雅人の背筋にぞくりとした感触が走った。
「この前から、ずいぶんと大胆ですよね。雅人さんは」
静かな声が、雅人を襲う。
「えっとお……なんか怒ってる?」
やっぱー、なんかやったっけ……
雅人がおろおろしていると、浩二は首を横に振った。
「別に怒ってはいません。ただ、あなたにやられっぱなしというのも癪に触るかな……とは思いますが……」
「それって怒ってるって言わないか……」
力なく笑う雅人を今度は浩二が抱き寄せる。そして唇を奪う。
浩二の舌が雅人の歯茎をなぞり、舌をつつく。雅人の舌が逃げようとするのを絡め、押し込む。
雅人は先ほどの仕掛けたキスとは全く違うキスに脳裏に痺れを感じた。
息が上がり、体温が上昇する。時折、甘い痺れが下半身を襲った。
「……ん……んん……」
息が止まりそうな快感に、浩二を押しのけようとするがびくりとも動かないのみならず、それ以上に抱きしめられる。
雅人の頭をなでるようにしていた手が首筋を伝って胸元に降り、雅人の押しのけようとする手を掴んだ。
「んん」
雅人が手を振り解こうとするのを感じた浩二は、そっと口を離し、耳元で囁いた。
「約束ですから……優しくしますよ……」
それを聞いた途端、雅人の体から力が抜けた。
自らの両手を浩二の背中に回す。
「……こうじ……抱いて……」
甘えるように呟く。
まだ片隅に残っている雅人の理性が、呆気に取られているのを自分で感じてはいた。どうして、甘えてしまうのか……どうしてこんなに浩二に抱かれたいのか……理性では、わからなかった。だけど、体は、感情は、もう止まらない。
「俺、浩二に抱かれたくて……ずっとあの日から……たった一回のことなのに浩二が忘れられなかった。俺、浩二といるといつも思ってた……俺って……」
全身が熱い。
雅人は大きく息を吐いた。そうしないと体が熱くて、どうにかなりそうで。
「雅人さんと私は、凹凸がぴったり合わさったんです。私もあの時まで、あなたを抱こうとは思ってもみませんでした。でも、あの日以来、あなたを抱きたくて、この腕の中から離したくない、と。病院の駐車場で、あなたを嬲らないと私が負けそうだったんです。それは、ちょっと嫌でしたから……」
そういってかすかに笑う浩二に見惚れる雅人。
「性格も何もかもがぴったりと合わさったから……お互いが離れると求めたくなるんではないでしょうか。そう思わないといけないほど、私はあなたが欲しい」
「これが……俺達の恋、なのかな……」
 一番確かめたかったこと、それが口から漏れた。
「さあ、どうでしょうか。でもあなたが、そう思うなら、きっとそうなんでしょう」
そう言うと、浩二は雅人の首筋に口付けた。
「んん」
思わず声が漏れる
浩二は雅人のシャツのボタンを外し、するっと上を脱がせた。
露になった肌は紅潮していて、その温度差にさらされて、身震いを起こす。
浩二は、首筋から胸に向かって舌をなぞらせた。そして小さな突起をついばむ。
「んっくう……」
雅人の体がぴくんと跳ね上がった。
 自分の口から漏れる喘ぎ声がさらに羞恥心を呼ぶ。雅人は自分の手の甲で口を押さえた。
だが、浩二はその手を掴み下ろさせる。
「あなたの声が聞きたいのです……」
 その言葉だけで雅人の体が震える。
 浩二は胸元に舌を這わせ、そのまま雅人が感じる部分を巧みに攻め続ける。
「…く……うう……浩二ぃ……」
 耐えきれず、浩二の髪を両手で掴む。ズボンの中で雅人自身のモノが立ち上がっていた。それに気がついた浩二がうっすらと笑みを浮かべる。
「随分と感じられているようですね、ここがこんなに元気ですよ」
 そう言って、雅人のモノをズボンの上からなでた。
「んっ……や、あぁ……」
 溜まらず喘ぎ声が大きくなる。
 そんな雅人の顔をちらりと眺め、浩二は左手で雅人のモノを嬲りながら、片手で自らのネクタイを外した。
シュルルという衣擦れの音に雅人は固く閉じていた目をうっすらと開けた。浩二がシャツを脱ごうとしているのを見た雅人は、上半身を少しだけ起こし、シャツのボタンに手を伸ばした。
「俺に……は、ずさせ……て……」
 下半身を嬲られつつもぎこちなくボタンを外していく。時折止まる手が全身に走る痺れを伝えていた。
「もういいですよ、雅人さん」
 艶然と微笑む浩二に雅人は上気させた瞳を向ける。
 そんな雅人に微笑みかけ、浩二は素早くシャツを脱ぎ去った。その下には鍛えられた筋肉質の胸があった。
「すご……鍛えてる……んだ」
 この前は、一方的に襲われていたので見る暇がなかった。
 雅人の感嘆の声に浩二は頷いた。
「幼い頃から拳法を習っているんです。体のいわゆるツボといわれているところをどう攻撃するのが一番効くのか……というのもありまして……今は、やってはいませんが体が忘れない程度には鍛えています」
 そう言いながらも、浩二の手はズボンの中に入り、雅人のモノをまさぐっていた。
「……あっ……ま……」
 浩二に何か話しかけようとするが、喘ぎ声しかでない。
「おかげて整形外科医になっても役に立っていますよ。それにあなたをこうやって喜ばせることもできますし……」
 雅人は浩二の言っていることが頭には入ってくるのだが、それを理解しようとすると快楽の波に襲われてまとまりきれない。それでもこの愛撫の巧みさはその拳法のせいなんだ、とは理解できた。だが、それも一瞬のこと。
 次に襲われた波に、頭の中が真っ白になった。
「……やあ……もう……駄目……こ、こうじぃ、いかせて」
 懇願を聞いた浩二は、雅人のモノを口に含んだ。
 ゆっくりと上下に嬲り、舌を絡ませる。
「あ、ああ、い、いい、こうじぃ……」
 喘ぎ声の中にすすり泣きが混じる。頃合いを計っていた浩二は、一気に雅人のモノを吸い上げた。
「う、くうっ!!」
 雅人は我慢しきれず、浩二の口の中に溜まっていたモノを吐き出した。その全てを飲み込んだ浩二は気怠げに浩二にもたれかかる雅人を抱きしめる。
「随分と良かったようですね」
 耳元で囁く。
「でも、まだ続きがありますよ」
 雅人はその声にぞくりと痺れが走った。
 浩二は軽々と雅人を抱き上げると、寝室に連れて行った。ベッドの上にそっと下ろす。そして、まだはいていたズボンと下着を一気に脱ぎ去ると、雅人の上にのしかかった。
「今度は、私も楽しませてくださいね」
 からかうような言葉に、雅人は羞恥で身を捩った。だが、のしかかれた体のせいで動かすことができない。
「逃げられませんよ、もう」
「逃げるものか」
 言葉だけでも反撃しようとする、が。
「口の悪い子は好きではありません」
 そう言われて口を塞がれた。
 激しく口内をまさぐられる。
 その間に手が雅人の後ろに回され、まだ1回しか受け入れた事のない中心へと向かった。その気配に雅人は目を見開き、身を捩る。
「だめ……」
 僅かにずれた口から言葉が漏れるが、それは浩二によって再び塞がれた。
 その周りをほぐすように蠢く指に雅人はのけぞり、声なき声をあげる。
 するっと指が体の中に侵入する。その刺激に思わず力が入る雅人に、浩二は揶揄するように呟いた。
「……とても熱いですよ。あなたの中は」
「あ、やだ……」
「とろけそうだ。それにとても柔らかくなって……」
 浩二の言葉だけで雅人は耐えられないほどの刺激を感じる。
「こ、こうじぃ……俺、おれ……苦しくて、もう……」
 指が2本に増やされ、雅人の感じる部分をつつかれる。目に涙を蓄え、浩二を呼ぶ雅人。その瞳に、声に嬲られて浩二のものはすでにいきり立っていた。
 いますぐにでも突き立てたい。
 それでも浩二はまだ我慢していた。
 優しくする約束ですからね。
「雅人さん……どうしてほしいのですか?」
 耳元で囁く。その言葉がどれだけ雅人を刺激するかを十分考慮して。
「う……、い、やあ」
 指先で刺激され、弓なりに仰け反る。雅人のモノが立ち上がり、先走りの液が溢れていた。
「雅人さん……どうしましょう。教えてください」
 意地悪く囁く浩二。だが、雅人は限界だった。すでに理性は飛んでいる。答えた途端、涙が流れ落ちる。
「お願いです……入れてください……」
 それを聞くと浩二は艶然と微笑んだ。
「こういうときは素直ですね」
 そう言いながら、浩二は雅人の足を曲げさせ、腰を上げさせた。そして、自分のモノを雅人の蕾に押しつける。
 雅人は、太いモノが体内に入ってくるのを感じて、身震いした。
 じわじわと広がる圧迫感に息がつまりそうになる。
「あ、ああああ」
 雅人は大きく口をあげ、喘ぐ。口元から流れ落ちる涎を浩二は指で掬い取った。
「熱い……です。そして、気持ちいい……」
 浩二は雅人の足を抱え、ゆっくりと自分のモノをスライドさせる。
 それだけでもイッてしまいそうなほど、雅人の中はなじんでいた。熱くて、しかも締め付ける。
 一押しごとに絶え間ない快感が双方を襲う。
「やぁ、こうじぃ……おれ、もう……」
「私も、一緒にいきましょう……」
 浩二が一気にピッチをあげる。
 すぐさま、限界がきた。
 二人の精は、同時に一気に放出された。

疲れ果て横たわる雅人の姿に、浩二はふっと笑みを浮かべた。
 長い細い手足がベッドの上で伸びきっている。
 愛おしくて……何者にも代え難い……そう思った。
「こうじ……」
「はい?」
「何でお前ってあの最中でもそんな丁寧な言葉使いなんだ」
「さあ……何ででしょう?」
 それは浩二自身もよく分からなかった。
 だからそう答えるしかなかった。
「俺さあ、その、最中にそんな言葉遣いで話しかけられると、凄い感じる。なんか嬲られているんだよな言葉で……」
 それは浩二も気づいていた。浩二が話しかけると雅人が身を捩る。それを見たくて余計話しかけた。
でも本当はいつだって、もっとあなたを滅茶苦茶に喘がしたいと思っているんですよ。
浩二は苦笑を浮かべて、雅人の髪をなでた。
 気持ちよさそうに目を閉じていた雅人が寝息を立て始める。
 それを確認してから浩二も目を閉じた。



 秀也に案内されて着いた所は結構立派なホテルで雅人は唖然と見上げた。
「秀、お前はりこんだなあ」
「ふふ、当然。何たって今日は優司の誕生日記念旅行だからな。こんなのへのかっぱさ」
 格好付けているのか照れ隠しなのか訳の分からない台詞をほざく秀也を放っておいて、雅人達は、荷物を持ってロビーに入った。
「ち、ちょい待て!」
 慌てて秀也がかけてくる。
「ふざけてるから……」
 優司が呆れたように立ち止まって待つ。それにつられて雅人達も立ち止まった。
「お前ら、今日の金は誰が出したと思ってんだ」
 眉間に皺を寄せる秀也に、雅人はにこりと笑みを返す。
「はいはい、今日のスポンサーは秀也ですから、どうぞどうぞ、お先に」
 そう言ってカウンターの方に押し出す。
 その意図を感じ取った秀也はぶつぶついいながら、仕方なくカウンターで手続きを始めた。
 残る3人は所在なげに、秀也の様子を眺めていた。
 すると、雅人の耳にひそひそ話が聞こえてきた。
 ふっと振り返るとロビーの向こう側にいる女性客のようだった。
 こちらが振り向いたので、さっと視線を逸らす。
 ははーん。
 雅人は優司をつんつんとつつく。
「何ですか?」
 振り向く優司に、雅人はその耳に囁いた。
「俺達って注目の的だぜ」
「?」
 きょとんとして首を傾げる優司。するとどこからか「可愛い」という声が漏れてきた。
 さすがに優司もその声の出所に気づき、紅くなってそっぽを向く。
 浩二はそんな二人から視線をそらす。だが、雅人はそんなことに気がつきもせずに、笑い転げていた。
「何やってんだ?」
 秀也が二つのキーを持って、近づいてくる。
「何でも……」
「どした、優司?」
 雅人の言葉を無視して優司に話しかける。
「雅人さんがからかうんです」
 むすっとして秀也に教える。
 それを聞いた秀也は、鍵を1つ取り出し「これ、やっぱキャンセルしようかなあ」と宣った。
「ち、ちょっと……それはないだろう、運転してきたのはおれだぞ」
「優司をからかうなっていつも言ってるじゃないか」
「はいはい、申し訳ありませんでした」
 ちっとも申し訳なさそうな雅人に、秀也はため息をついた。
 エレベーターに乗った所で、秀也は鍵を雅人に渡した。
「隣の部屋だ」
「ふーん。夜中にうるさくしないでね」
「お前、いい加減にしろっ!」
「はーい」
 優司と秀也は視線を交わした。
 後悔していた。
 
 二手に分かれて部屋にはいると、太平洋を見渡す絶好の眺めだった。
「すっげー、きれい」
「本当ですね」
 浩二も満足そうだった。窓を開けると心地よい風が入り、雅人の髪を嬲る。
「でもこの部屋、本当に高そうですよ。良かったのでしょうか?」
 ひろびろとした部屋に二つのセミダブルサイズのベッド。バスルームに応接セット。調度品も落ち着いた物を使っている。何より眺めが抜群にいい。こんなリゾートホテルでは当たり前なのかも知れないが、それでもこのホテルの格からいって高くないはずがなかった。
「そうだな。でもまあ、運転手代と車代と相殺したらちょうどいいんじゃないか。結構俺、疲れたぞ」
「そういうことにしておきますか。でもあまりお二人の邪魔はしないでくださいね」
 心配そうに念を押す浩二に雅人はにやっと笑って何も答えなかった。

 とりあえず二人の邪魔はしないようにしようとは思っていた。
 だから、部屋に入った後は別々に過ごした。夕食は一緒だったが……。だがその時入ったアルコールで雅人の気分はハイになっていた。そして浩二を誘って隣の部屋を訪問した。
浩二は止めたのだが、「ちょっとだけだから」という雅人に仕方なく着いていった。
 隣の部屋をノックすると、優司が扉を開けた。
「雅人さん。何か?」
 その優司を押しのけるようにずんずんと入り、応接セットのソファに体を沈めた。
「秀也、酒のもー」
 すでにアルコールが入っている雅人を一瞥すると秀也は、本心から嫌そうに言った。
「冗談だろ。雅人は酒癖悪いから、嫌だ」
「そうなんだ?」
 優司が問うと秀也は雅人を指さしながら。
「こいつそこそこには飲めるんだけどね。ただ、ある一定量を超えて飲むと、飲むほどに人にちょっかいを出して、からかうんだ。結構辛辣だったりするよ。だから、こいつとは普段はあまり飲まないようにしてる」
 そういう秀也に雅人はむっとした。
「ひっでえ言葉遣い。先輩たてないと駄目だろうが」
「人の恋人にちょっかい出すような先輩を持った覚えはありません。なっ、浩二もそう思うだろ」
「まあ」
 いきなり浩二に振られても、浩二はただ曖昧に頷くしかなかった。それを見た雅人は、今度は浩二につっかかった。
「浩二までそうやって俺を苛めるんだ。後輩にないがしろにされているかわいそうな先輩をなぐさめてくれないのか?」
「そう、言われましても……」
 この場合、やっぱり悪いのは雅人のような気がする浩二は、結局雅人の言葉を無視することにした。
「うーん、面白くない。ところで、優司はそこで何ぼさっとしているんだ。ビール出しなよ」
 突然矛先を向けられた優司はどうしていいか分からず、冷蔵庫からビールを出して雅人に差し出した。
 と、雅人はその腕を引き掴んで、優司を抱き寄せる。
「うわっ?」
 4人の中では一番小柄な優司は一番大きい雅人の胸の中に抱きしめられていた。
「かわいーなー、優司は。素直でさあ」
 その途端2人の目が大きく見開かれた。秀也と浩二である。
「止め、ちょっと離してっ!!」
 優司は必死で立ち上がろうとするが、頭を抱え込まれてなかなか立てない。
 その頭に軽い口づけを落とす。
「まさとぉ!」
 秀也が怒りも露わに雅人の手を掴んだ。
「やだなあ、冗談だよ」
 そうこうしている内に優司はやっと体制を立て直し、速攻に部屋の隅に逃げた。
「冗談にもほどがあるだろっ!お前は前科があるからな」
「前科って?」
 訳分からないというように首を傾げる雅人に、秀也はきっばりと言った。
「お前は前に優司にキスしただろーがっ」
 それを聞いた優司は真っ赤になってますます小さくなる。
 雅人は「あっ、そか」とか言いながら、舌をぺろっと出した。
 そして、浩二は……。
「雅人さん、部屋へ帰りましょう。迷惑ですよ」
 本当に静かに言った。そして、雅人の腕を掴む。
 その途端雅人の顔色が変わった。
 それに気がついた秀也が掴んでいた腕を放す。
「雅人、どうした?」
 雅人が何も言わないので、ちらっと浩二の顔を見た。思わず少し後ずさった。
「申し訳ありません。雅人さんは部屋へ連れて帰りますね」
「あ、ああ、そうしてくれると助かるが……浩二、その大丈夫か?」
 秀也は浩二の感情が高ぶっているのに気がついていた。
「ええ。大丈夫です。心配なさるようなことはありません」
 そういう浩二にただ頷くしかなかった。
「さあ、雅人さん」
 再度促された雅人は、やっと立ち上がった。
 掴まれた腕が痛かった。
 まずい。
 本気でそう思った。
 アルコールが抜けてしまったように、頭の中が冴え渡る。
 この状況はまずい。
 おもわずちらりと秀也に視線を送るが、秀也は完全にそれを無視した。
 そして、雅人は浩二に引きずられるように部屋から出ていった。

「雅人さん。あなたは私の事、どう思ってるんですか?」
 引きずられるように部屋に戻ってきた雅人はいきなり浩二に問いかけられ、唖然とした。
 どういう質問なんだ、これは。
 そう思いつつも、答えた。
「どうって……恋人……だろ」
 真剣な浩二に見つめられ、だんだん声が小さくなる。
「恋人……本当にそう思っていますか?」
「な……」
「あなたを見ていると、あっちへふらふら、こっちへふらふら、といった感じで、私の事を本当に愛していてくれるのか分からないことがあります。私を愛していてくれるなら、なぜあんな風に優司さんばかり相手にするんです。秀也さんをからかっているだけとはとても思えません」
 言葉がきつい。
 やばい、怒ってる……。
 早く浩二を落ち着かせないと……。
「あの二人からかうと面白いじゃないか。何で浩二がそんなに怒るんだよ」
「あなたは判っていないのですね。あなたがどんな目で優司さんを見ているかっ」
「目?」
「あなたはね、本当に愛おしそうに優司さんを見ているのです。私を見る目とは完全に違います。やっぱり、あなたが好きなのは優司さんなんですね」
「何でそうなるんだよ。俺は浩二が好きだ。本当に!!」
「体が……ではありませんか?」
 実は気にしていたことをずばりといわれて、言葉につまる雅人。
「そんなことは……ない」
「どうやら、気づいていたようですね。あなたはまだ迷っているんです。自分が、なぜ私がいいのかが判っていないんです……悔しいです。私は優司さんの代わりにはなれないんですね」
「違うっ!代わりなんかじゃないっ!優司は関係ないっ!」
 浩二が叫ぶ雅人から一歩離れた。
「ほんとうに優司さんとは何でもないんですか?あなたの言動を見ている限り、とてもそうとは思えません。あの写真だって……」
 写真?
 何のことだ。
 雅人がいぶかしげに視線を向ける。
 と、浩二がしまったというように顔をしかめた。
「写真って……まさか……」
 まさか、あれを、見られた……。
「申し訳ありません。あの日、最初に見つけてしまったのです。あの写真立ての後ろに写真を……」
 あれを、見られたっ!
 忘れてた……秀也をからからかうように取り上げて、そのまま写真立ての後ろに置いていたあの優司の写真。捨てておかなければならなかったもの……。
 浩二が立ち上がった。
 そして、自分の荷物の中をまさぐる。
「まっ、待ってくれ」
 あわてて雅人も立ち上がる。
「あの時、感情が爆発する最初の原因になったのがこの写真です。先日伺ったときも見たくはなかったのですが、それでも見てしまって……まだ、これがあるという事実に、私はふっと自分のポケットに押し込んでしまいました。この写真があの部屋にあることに耐えられなくて……でも、勝手に取るのはまずいと思いまして、返さなくてはとずっと持ち歩いていたのですが……」
 浩二の呟きが胸に棘を刺す。
「わ、忘れてたんだ……そこに置いていたことも忘れてて……」
 それだけだ。
「それでも、持っていて欲しくなかった。あなたにとって優司さんが特別な存在であることに気がついた写真です」
 浩二が悲しそうに言った。
 雅人はその手から写真を取り上げ、びりびりに破いた。
「優司は確かに可愛い。でも、それは弟のような可愛さだ。恋人としてじゃない」
 絞り出すように訴える。
「でも、きっとあなたの本当の心は、優司さんを抱きたいと思っているのではありませんか?」
 その露骨な表現に、雅人は泣きそうな顔になった。
「俺は、今は浩二だけだ。抱かれたいのは浩二だけだ。他の人間を抱きたいとは思わない」
 必死で訴える雅人に、浩二は首を振った。
「あなたの心の中に、優司さんがいる。それだけで、もう私には耐えられない」
「そんな……俺は、俺は……浩二がいればいい。優司と話をするのも駄目ならやめる。それでも、浩二は俺を疑うのか!」
 涙が溢れ落ちる。
「雅人さんは私と抱くのが目的なんでしょう?快楽を得るだけの目的なら、私はあなたを抱くことはできません……」
「そ、そんなことは、ないっ!!」
 雅人はもう何を言っていいのかわからなかった。
 どうしたらいい。
 浩二を失いたくない。
 俺は、浩二から離れたくない。
 それだけで、言葉を紡いだ。
「俺は、俺自身だって確かに最初判らなかった。あんな、無理矢理抱かれてそれでも感じて……その後、浩二が帰ったとき……浩二と離れるのは嫌だって思った。それが快楽だけなのか、本当に好きなのか判らなかった。俺は昔言われたことがあるんだ……「好き」ってことかわかってないって……確かにそうなんだ。俺は好きって言うのがどういうふうなのか判らなくて、相手が欲しいって思うことが好きなのかって思ってたくらい……秀とつき合っていたときもそんな感じで、秀に指摘されてはっきりと自覚した。ああ、俺は「好き」の意味が分かってないって……」
 涙がぽろぽろと落ちる。
 もうどうでもいいような感じ……だけど、ここで何もかも話さないと、浩二が行ってしまいそうだった。それだけが嫌だった。
「俺は……優司に会ったときも可愛いとは思ったけど……からかうのもおもしろいなって、思ったけど……だけど、たぶんこれは好きという感情じゃないんだろうな、と思ってはいたんだ。優司とつき合うのも面白いかなあって…・…そんな感じだった。優司は俺が優司のことを思っていると勘ぐっていたようだけど……それは違うんだ。そう思わせるのも面白くて、そんなことほのめかしたけど、でも違う。俺は、優司のことを抱きたいとは思わない。でも、浩二は違うんだ……今、こんな事になってて、ものすごいショックで…・…前の時も、浩二にそう思われたって知って、ショックだったけど、今は、もっとショックだ。優司は優司で、浩二は浩二だ。そして、俺は、浩二がいないと駄目なんだ。優司がいなくても平気だけど……浩二がいないと……浩二が俺の名前を呼ぶとき、俺はもううれしくて、浩二が他人に優しくするのが……それが患者であっても、看護婦さんであっても、嫌で……胸が痛くなる……」
 その時、本当に胸が痛くなり、思わず雅人はしゃがみ込んだ。
「胸が痛い……こんな苦しい……」
 本当に苦しそうに唸る雅人に浩二が慌てて抱きしめた。
「雅人さん!」
「俺……なんか、胸が苦しい……」
 雅人は浩二の胸に頭をすりつけた。手で胸を押さえ、体を丸くする。
 その背を浩二が優しくさする。
「……大丈夫ですか…・・あなたがそんなに思い詰めるなんて……」
 いつもの静かな口調で浩二は雅人を抱きしめながら、背中をさする。すると雅人はすうっと胸の痛みが消えるように感じた。
 その口調が雅人の心も平穏にする。
「……不思議だな。痛みが消えていく……何だったんだろう、今の痛みは……」
 雅人がそう呟くと、浩二はかすかに笑みを浮かべて、雅人の耳元で囁いた。
「それが、恋の痛み、ですよ」
 これが……
 この締め付けるような、泣きたくなるような痛みが……。
「私と離れたくなくて、あなたの心が痛んでいるのです」
「……俺が、浩二と離れたくない?……」
 雅人が浩二を見上げる。
 涙が頬を伝う。その涙を指で掬い上げながら浩二は耳元で囁いた。
「そうですよ。私はあなたの言動にいつも驚かされます。あなたは、友人としてつき合うようになってからしばらくすると、あなた自身は気づいていないのかも知れないけど、いつも私を誘うように視線を向けていたのです」
「俺が……浩二を誘っていた?」
 そんなことは……全く思っていなかった。
 俺は、浩二のあの口の端を僅かにあげて微笑む、あの表情が見たかっただけ……。
「誘う、という言い方は適切ではありませんね。きっと本当は、私の何かが欲しい、もしくは見たい、と言う方が正しいのでしょう。でも私にはそう思えた。あなたがそんな顔をすると私は自然に顔が綻んで、そうしたらあなたはうれしそうに笑みを返してくれる。そんな関係が私は大好きで……そんなあなたを好きになるのに時間はかかりませんでした」
 ああ、そうだったのか。
 雅人はうっとりと浩二の言葉を聞いていた。
 ずいぶんと体が楽になる。
「それにしても、雅人さんは私が思っていた以上に、独占欲が強いようですね。私の事を思って本当に胸に痛みを走らせてしまうほどのあなたを、私はどうして離せましょうか?ええ、私は例え誰にむかって笑顔を見せたとしても、本当に心からの笑顔はあなたのためだけにします」
浩二が言葉を切って、胸に押しつけられていた雅人の顔を上へ向けさせた。
そして、言う。
「私は、面倒見が良くて優しくて男らしい面も持っているあなたではなくて、ここにいるような甘えん坊で、我が儘で、素直に言うことを聞いてくれないあなたが大好きなのです。あなたが私の体の下で甘えてすがりつくその仕草、自分の思うとおりに行動してしまう我が儘さ、そんな自分を否定して隠そうとして、私の言うことを聞いてくれなくてそれ上に私を怒らしてしまうあなたを……愛しています。だから、いつでも私に甘えてください」
 雅人は体か沸騰するかと思った。
 何もかも見透かされていることが恥ずかしくて……。
「浩二……本当にいいのか……本当にこんな俺でいいのか……」
「面倒見がいいというのは、いつも頼られる存在であって、あなた自身甘えるどころではなかったでしょう。だから、私の所に来たときだけは、甘えてください。私はあなたの恋人なのだから」
 雅人を抱く腕に力が入る。
 その腕に身を任せながら、雅人は呟いた。
「浩二が俺を愛してくれるなら……絶対に俺は浩二を愛する。俺、自分がこんなに独占欲が強いなんて思わなかった。それで、浩二に迷惑をかけるかも知れないけど……それに、すぐ優司にちょっかい出すような性格は、そう簡単に治らないと思うけど……」
 涙が溢れた目を浩二に向ける。
「俺は、浩二を愛してる」
 浩二はそっとその目元に口づけた。
 優しい口づけに雅人は全身にふるえが走る。
 甘い甘い時間。
 でも、雅人は一つだけ聞きたくて、問うた。
「なあ、もう怒ってない?」
 恐る恐る尋ねてくる雅人に、浩二は微笑みを返した。
「あんな熱烈な愛の告白を聞いて、どうして怒っていられましょうか」
「よかった……」
 雅人は浩二の肩に頭を預けた。
 暖かい。
 そう思った。
 髪をなでる手が心地よい。
 何かいつもこうやって頭をなでられてるよな、俺って……。
 その状態が本当に心地よくて、ほんわかした雰囲気にしばらく雅人はうっとりとしていた。

 ドンドンドンドン
 ドアが激しい音を立てる。
「誰か来た?」
 しつこいくらい鳴り続けるノックの音に、仕方なく二人は離れた。
 浩二がドアの方へ向かった。
 雅人は、バスルームへ向かい、洗面台で顔を洗う。
 冷たい水が気持ちよかった。
 ったく、誰だ……邪魔してから……
 そう一人ごちていると、いきなり浩二がバスルームのドアを開けた。
「何?」
「あの、優司さんです」
「へ?」
 なんだってんだ。
 今頃、秀と仲良く抱き合って過ごしているんじゃないのか?
 雅人はとりあえず浩二に続いてバスルームを出る。すると、そこに優司が立っていた。
「優司……」
 呼びかけられて優司が顔を上げる。
 その目は泣きはらしたように真っ赤だ。
「どうした、泣いていたのか?」
 雅人が問いかけると、優司は雅人の顔を見つめる。その目は怒りを含んで鋭かった。
「雅人さんこそ、目が赤いですよ」
 あ、ああ、もう……なんだってんだ。
「俺のことはいいから、何でこんな時間に来たんだ。あっちで秀の奴と仲良くやってんじゃなかっのか・・…」
「……」
 だが、優司は黙りこくって何も言わない。下唇を噛み締め、何かに耐えているかのように。
 雅人は浩二と顔を見合わせた。
 喧嘩か……ったく、何やってんだよ……。
 先ほどまで自分たちも喧嘩していたことを棚に上げている。
「あの、優司さん、こちらにでも座られたらいかがですか?」
 浩二が優司を連れて行く。
 雅人は、それを見送ると外に出た。行き先は隣の部屋。
「おい、秀」
 ノックをする。
 何度目かの呼びかけで、ようやくドアが開いた。
「何の用だ?」
 怒りを含んだ声色、その目は雅人を睨み付けている。
「優司が俺達の部屋に来ているんだが……喧嘩したのか?」
「それがどうした…・…」
「どうしたってなあ、迷惑だ」
「お前が悪いんだからね、お前が相手になってやればいいだろ」
「相手って・・…何言ってんだ!」
「うるさい!」
 そういって、秀也はドアをばたんと閉めた。
「秀!」
 思わず叫んだが、通路に人が来たので、それ以上呼びかけれなかった。
 しょうがないので部屋に戻る。
 優司がソファに座ってうつむいていた。
「秀也さんと喧嘩したようなんです。原因は雅人さんですが」
「ああ?」
「先ほどの雅人さんの行動と優司さんの対応が秀也さんを怒らしたようです」
 口調は静かだったが、その目は怒っていた。
 まずい……せっかく機嫌が治ったのに、また……。
 自分の行動のせいとはいえ……。
 雅人はため息をついた。
「秀也さんの所に行かれたのでしょう?どうでした?」
「駄目。とりつくしまもない。入らしてもくれないよ」
 浩二にそういうと、優司の方に視線を向けた。
 じっと自分の膝の上の手を見て、こちらの方を見向きもしない。
 でも、あんまり優司をかまうと浩二が怒るし……。
 そう思って、浩二の方を見ると、浩二は口の端を上げて返した。
 つうことは、いいのかな……。 
「なあ、お前達はさあ、お互い嘘が付けない仲だろ。なのに、なんでこんなこじれ方するような喧嘩になるんだよ。経緯とっいっても原因は俺みたいだけど、どういう風にこじれたか教えてくれ」
 優司はちらっと秀也を見たが、また自分の手元に視線を落とした。そのまましゃべろうとしない。
 完全に拒否されている。俺が原因だから、優司は俺と話がしたくないんだ……。
 ふっと浩二を見る。
 浩二も困ったように優司を見下ろしていた。
 ったく……ちっくしょうーーー。
 もう少しで良いところだったのに、せっかくいい雰囲気だったのにーーーー。
 ああ、なんかいらいらしてきた。それが言葉に出た。
「いつまで拗ねてんだよ。お前はガキか」
 優司がきっと雅人を見つめた。
「誰がガキだっていうんです!」
「お前がだ。いい大人だったら、そんな風に黙りこくって座ってうじうじしないだろーがっ!」
「!」
 優司が言葉に詰まって、眉間にしわを寄せたまま雅人を見つめた。
 その時雅人は、浩二が苦笑を浮かべて自分を見ていることに気がついた。
 うーーー、さっきの事を思い出しているな…・…。
 俺の場合は、泣いて叫んで引き留めた……そりゃあまあ……それも大人の行動じゃないかもしれないけど……。
 さすがに声のトーンが落ちた。
「とにかくさ、話してくれよ。俺が悪かったんなら秀に謝るし……な?」
 雅人に促されて、優司は話し出した。

 喧嘩の内容を聞いて雅人は頭を抱えた。
 なんか、中身が似ていないか?
 こう、至る経路が一緒のような気がする。
 俺は泣きついてしまったけど、優司は飛び出してしまったんだよな……。
 言い換えれば、秀也は浩二ほど大人じゃなくて、優司は俺よりもっとガキっぽいような気がする。
 なーにやってんだろ、俺達って……。
 ため息をつく。
 にしても、俺達も喧嘩したんだけど仲直りしたんだから、お前達も大丈夫だって言えたら楽なんだろうけど……まだ、俺達のこと、二人には話していないし……それに俺達が巧くいったからって、その通りこの二人がいくとは思えないし。

 でもどうしてこいつらが喧嘩するのかわからない。
 秀は優司が何を思っているのか位分かるはずだろうが。
 優司の本気が誰にたいしてか位分かるはずなのに……。
「とにかく、秀也さんを呼びませんか?もう一方がいないと喧嘩の仲裁というのはできませんよ」
「でも、あいつ出てくるかな」
「私がいきます。さっきは原因である雅人さんが言ったのでよけいまずかったのではないでしょうか?」
 そりゃもっともだ。
「じゃ頼むわ」
 ドアまで行き、浩二が出ていくのを見送っていると、浩二は「優司さんに手を出さないでくださいね」と、きっちり念押ししてから出ていった。
 俺はそんなに節操なしに見えるんだろうか……。

 しばらくして、秀也がやってきた。
 入ってきた途端に雅人を睨み付ける。
「秀也、俺が悪かった……優司のせいじゃないから……」
 雅人が決まり悪そうに謝る。
「雅人は……ただ単にからかってるだけというのはわかってる」
 秀也は相変わらず雅人を睨み付けながら呟いた。
「分かってるなら何で優司に当たるんだよ」
「俺はな、何度も優司に言ってるんだ!雅人は節操がないから、油断するなって!それなのに!」
「何だよっ!私は油断なんかしていない!だけど、いきなり引っ張られたらバランス崩すだろっ!私は運動神経ないんだからなっ!」
 今まで、黙りこくっていた優司が切れたように叫び始めた。
「それが油断っていうんだよ!もう雅人に近づくな!俺はお前が雅人に抱かれている姿なんか見たくない!からかわれて紅くなっている姿もだっ!お前は俺の物だっ!」
 秀也は座っている優司を抱き上げる。
「何か、俺ってぼろくそに言われていないか……」
 そう呟いて浩二をちらりと見たが、冷たい目で見返されてしまった。
「いいかっ!もう優司にちょっかいだすなっ!そりゃ確かにからかうと面白いかも知れないけど……」
 勢い込んで台詞が最後の方は小さくなる。
 うんうん。確かに面白いからなあ。
「ああ、秀也は一言多いっ!」
 優司は真っ赤になって秀也にくってかかる。
「あ、いや、ごめん……」
 なんじゃこりゃ……。
 雅人はつき合っているのがばからしくなった。
 なんだ、これって単なる痴話喧嘩じゃないのか……。
 そんなんで、俺達のいいシーンをぶっ壊したのかよ!
「ああ、もう、お前ら帰れ!やっぱお前らが喧嘩できる訳ないじゃないか。続きは部屋でやってくれっ!」
「何だその言いぐさは。もとの原因は雅人じゃないかっ!」
「雅人が私をからかって遊ぶから悪いんだっ!」
 うー、音声多重で怒鳴るな……。
 雅人はげんなりとした。
 と、その雅人を押しのけて浩二が前へ出る。
「秀也さん、優司さん……」
 静かに話しかける。
 秀也が浩二に視線を向けた途端、その顔が引きつった。
 浩二の感情が怒りと苛立ち、そして耐え難い我慢……。
 秀也はそれに気がついた。
 すっと優司の手を握る。
「え?」
 優司が不審そうに秀也と浩二を見比べる。
「そろそろお部屋にお帰りになった方がいいではありませんか?仲直りできたようですし……」
 秀也が雅人を見た。
 雅人も秀也を見た。
 二人の顔が引きつっていた。ただ、優司だけが訳も分からず3人を見比べていた。
「帰る、帰るけど……あのさ、雅人もさちょっと……」
 さすがにやばいのを感じている秀也は、雅人に助け船を出そうとした。
「雅人さんは、私とここにいますから…・・・」
「しかし、今の浩二はやばい状況だぞ。落ち着けよ……な」
 そんな秀也に口の端をあげて嗤いを返し、
「雅人さんはここにいますよね」
 そう言って雅人に流し目を送る。雅人は蛇に睨まれた蛙のように身がすくんでいた。
 この気配……あの時と……。
「ねえ」
「あ、ああ」
 頷くしかなかった。
「大丈夫なのか……」
 秀也がなおも食い下がる。
 そんな秀也に浩二はふっと軽いため息をついた。
「心配しないでください。訳も分からないことにはなりません……そこまで感情を溜め込まないようにしていますから」
「そ、そうか……でも……」
 秀也が言いよどむ。
「浩二……」
 雅人が浩二へ視線を向けた。
その途端浩二の手が雅人の首に回された。力を入れて引っ張られた雅人は前へつんのめるようになり、その口へ浩二は自らの口を押しつけた。
「ん!」
 次の瞬間、雅人が我に返り浩二の胸を強く押すが、固く締められた浩二の手は簡単に振り解けない。
「んんっ!」
 雅人が抗う間に、浩二の舌が雅人の口内に入り込み、舌を絡め取る。首に回された手が雅人の頭を押さえ、もう一方の手が首筋をなでる。それだけで全身に痺れが走り、足の力が抜けて、がくっと体がさがった。浩二は片手でそんな雅人を抱き留めていた。
 そんな二人を秀也と優司が呆然と見ていた。
「……ま・さ・と……お前……浩二と」
 その言葉が耳に入り、雅人は羞恥に頬を紅潮させた。浩二はすっと口を離すと雅人を抱きしめる。
「ですから、お二人には早く帰っていただきたいのです」
 その言葉の意味することが雅人にも伝わった。体温が上がり、こんな姿を二人に見られているのが恥ずかしくて、無意識のうちに浩二の体に隠れるように身をすくめる。
「だ、けど……いつの間に……というか……その様子だと、雅人の方が……」
 秀也の言いたいことが分かった雅人は、浩二の服の襟元を掴み、その中に顔を沈める。
「…・・・言うな」
 かろうじて呟く。
 それを耳にした秀也はため息をつき、優司を促した。
「ああ……行こう、優司」
 優司がちらっと雅人達を見る。だが、何も言わずにそのまま出ていった。

「ばか、やろー……」
 ドアが閉まる音を聞いた雅人は、かろうじて声を出した。
 雅人達に見られた。
 いや、いつかはばれることだった。だけどこんな形で……。
 しかも、俺が受けだってばれた……。
 恥ずかしくて、心臓が音を立てて鳴っていた。
「恥ずかしいのですか?」
 浩二が問いかける。その声があまりにも平常で、雅人はかっと浩二を睨み付けた。
「当たり前だろっ!いきなり、あんなキス、人前でするもんじゃないだろっ!しかも!」
「しかも?」
「俺が受けだってばれ、んっ!」
 再び口を封じられる。
 乱暴に舌でまさぐられる。それだけで立っていられないほどの痺れを感じた雅人は、浩二の腕がなければ座り込んでしまいそうだった。
「んん……ん……」
 やっと浩二が口を離したときには、雅人はぼおっとした目で浩二を見上げていた。
「あなたが受けだとまずいのですか?」
 そんな雅人に浩二は冷ややかな視線を向ける。
 ぞくりとする。痺れが消える……雅人は泣きたくなった。
「だって、俺は秀の時は攻めだったから……」
「昔は昔。今は私が相手でしょう!」
 少し口調がきつくなる浩二に雅人は首をすくめた。
「あなたも自覚したらどうですか?昔のあなたの方がおかしかったのです。あなたはもともと受けなのです。相手に甘えさせて貰う方がよっぽど感じるのですから」
 じっと見つめる浩二の目が雅人を射抜く。
「あなたは私のものです。秀也さんの相手をしていたことも優司さんを構っていたことも、もう過去の事だと。忘れなさい、とは言えませんが、今のあなたの相手は私なのです!」
「う、ん」
 雅人は頷いた。
 今の俺は浩二のもの……。その言葉が俺を縛る。だけど、それが心地よい。心が楽になる。誰かの物になるのがこんなに楽とは思わなかった。だけど、それでは駄目だという思いもかすかにある。誰かに頼り切って生きて行けたら楽だけど、そんなに簡単に行かないことは経験上知っている。だけど……今だけは……こんな時も心地よくて、気持ちいい……
「浩二、好きだ。俺は、浩二のものだから……」
 でも俺のこと独占欲が強いって言ってたけど、こいつのほうがよっぽと独占欲強いような気がする……。
「やっと素直になりましたね」
 浩二は微笑みながら、雅人を抱き上げた。
 ベッドまで運び、下ろす。雅人の顔の横でベッドに手をつき、顔を覗き込むようにした。お互いの唇が20cmほど離れた位置で雅人を見下ろす。そうして、囁いた。
「では、ご褒美にあなたの願いを聞いてあげましょう」
 雅人が不審そうに見詰めると浩二は言葉を続けた。
「優しいのと激しいのと……どちらがいいですか?」
「!」
 その言わんとする意味が雅人には分かった。分かったから絶句した。
「あなたに選ばせてあげます。今の私はどちらでも良いのですよ。激しいと言ってもあなたを無理矢理痛めつけるようなことはしませんが……ただ、私の欲望の赴くままにさせて貰いますけれど、でもあなたは優しいのがいいんでしょう?だからどちらがいいのか選ばせてあげますよ」
 言葉が雅人を嬲る。
「お、俺は……」
「さあ、どちらに?」
 雅人は体温が上昇し、心臓が音を立てているのを感じた。頭ももうろうとしている。それでも、浩二は返事を促す。
「あなたは優しくしてあげるととてもいい声で喘がれるのですよ。その声が私を高めます。でも激しいときの涙を浮かべた表情というものも、とても私をそそるのです。あなたをさらに愛したくなるほど……」
 言葉の愛撫が雅人の下半身が反応する。ずんとくる痺れに雅人は泣きそうな顔を向けながら、ぽつりと言葉を零した。
「……激、しい……ほう……」
「よくできました」
 そういってにこりと笑みを浮かべると、浩二は雅人の上にのしかかった。
 浩二が欲望のままに雅人を攻める。
 全身をくまなく触り、嘗めあげ、雅人の物をきつく掴む。雅人が喘ぎ声をあげれば、その口に指を入れ、嘗めさせた。掴んだ手を数度すりあげると、雅人は簡単にイッてしまった。
 恥ずかしさのあまり背を向ける雅人に浩二はのしかかり、さらに愛撫を加える。嘗められて雅人の唾がついた指を蕾に突き立てて、中からも刺激を与える。
「や、めて……お願い……もう」
 雅人の懇願も浩二の耳に入らない。
 絶え間ない刺激に、雅人は何度もいく寸前まで到達する。
 だが、その度に浩二は刺激を弱める。
 耐えられなくてこぼれる涙に浩二はそそられていた。必要以上に雅人を苛める。
「い……やあああ……たすけて……お、ねが……もう……やあ……」
 必死で絞り出す声に煽られた浩二は雅人の腰を上げさせ四つん這いにした。
「うっ……ああっ!」
 後ろから浩二が己のモノを突き立てて、そのまま乱暴に前後する。
 優しく抱かれるときには感じなかった奥の方まで突き立てられ、雅人の精神は理性を手放した。
「ああ……いやあ……くう……あああああああっ」
 手はシーツを固く掴む。頭を仰け反らせ、その開いた口から涎が流れ落ちた。
 目は見開かれ、涙がこぼれ落ちる。
「……あ……ああっ……こ・・・・じぃ……」
 浩二はそんな雅人の痴態に笑みを浮かべる。
 優しいときには声をかけ、雅人を嬲ったが、今はそんな余裕がなかった。
 望んだのは雅人自身なのだから……。
 その思いが浩二を駆り立てる。
 そして、思考がスパークした。
 二人同時にイッた後、雅人は呆然自失状態でベッドに倒れ伏した。
 だが、浩二はそんな雅人の背を舌でなぞる。
「こ、こうじ!」
 雅人が慌てて、体を捩ろうとするが浩二の手が雅人の体を押さえ込む。
「まだだ」
 一言呟くと、さらに舌で責め立てる。
 いたるところにつけられたキスマークがさらに増えていく。
「……くぅ……」
 浩二の欲望はまだ終わりを告げていなかった。
 結局雅人が解放されたのは、それから3回ほどイッた後だった。


 体を捩るとなんてもいえないだるさが襲う。
 体の中心がじくじくと痛んだ。
 雅人は眠い目をこすって何とか開くと、すぐ側に浩二の顔があった。
 端正な顔が静かな寝息を立てている。
「ったく、やりすぎだ……」
 手を挙げ、浩二の額に流れ落ちた髪を掻き上げる。
 すると、浩二が目を開けた。
「えっ、起こしちゃった?」
 手のやり場に困っておろおろしている雅人を見て、にっこりと微笑む。
 つられて雅人も笑みを浮かべた。
「体、大丈夫ですか?」
「あ、うん……たぶん」
 嘘だった。
「そんな筈はないと思いますが」
 苦笑を浮かべ、浩二は起きあがった。雅人も起きあがろうとするが、体が言うことをきかない。
「だめだ……」
 無駄な労力を放棄して、再び突っ伏した雅人の頭をなでる浩二。
「もうしばらく寝ていなさい」
 優しく、いたわるように言う。しかし、雅人はかちんと来た。
「浩二って、すぐ俺をガキ扱いにする……やめてよ」
「ガキといわれて腹が立つなら、もう少し大人らしい事をするのですね」
「どういうことだ?」
「人を困らせて楽しむ、という行動はガキの行動だ、と言っているんです」
「……」
「別に優司さんと普通に友達つき合いするのは構いません。しかし、必要以上に構うのは感心しませんから……」
「わかったよ……」
 そう言って、そっぽを向く雅人を、浩二は笑みを浮かべながら見ていた。
 しかし、頭をなで、髪をすく浩二の手が雅人を穏やか気持ちにさせる。
 昨晩の部屋の中の嵐がうそのようだった。
 カーテンの間から漏れる柔らかな日差しすらが、心地よかった。
「なあ、ところで俺、今日運転できねーーー」
「……」

 それからしばらくたって、電話が鳴った。
 朝食に誘う秀也の声に、体が動かない雅人はただ唸るだけだった。

【了】