願い事

願い事

 今の願い事を書け、と言われて渡された短冊は普通の4倍ほどもあろうかという大きさだった。
 訳が判らなくて、ぼんやりしていたら。
「七夕だからな」
 と、付け加えられた。
 時間の感覚などとうの昔になかったし、七夕だから、と言う意味も判らなかったけれど。
 だいたい七夕に願い事、なんてもうずっとやってきていない。
 ほんの少し、何も知らない幼子の頃を思い出したけれど、大人の淫らな熱がそんなものを燃やし尽くしてしまう。
 マンションのテラスで、夜風に晒されながら全裸で喘ぐ俺にとっての願い事は、とても七夕の願い事になんて書けないモノばかりだ。
 けれど、指し示されるままにペンを取って、そう間をおかずに短冊に向かった。
 もっとも、今の身体では、それいっぱいに、たった8文字を書くのも辛い。
 性器と化した排泄口をみっちりと犯すバイブに掻き回されて、乾いた絶頂ひっきりなしに襲われていて、腕も指も快感に捕らわれきちんと動かない。
 結果、赤い短冊に踊る黒い字は、ひどく乱れていて、大きさもバラバラだ。しかも渡そうとそれを掲げた腕は震えて、高層故に吹く風にバタバタとはためき、その文字を読み取るのは難しいだろう。
 けれど、目の前の男はニヤリと口元を歪め、満足げに俺がまだ握り締めていた短冊を無理に引きちぎった。
 その残った赤い端切れがヒラヒラと目の前に落ち、俺の身体から流れ落ちた汗に張り付き色を変える。
「ご主人様がほしい──これが、お前の願いか?」
 ゆっくりと読み上げた嘲笑の混じった冷ややかな言葉に、コクコクと頷く。
 今の状態から逃れられるのならば、男の望むだろうこの言葉を喜んで書いた。
「お願い、か、書いたから、はやく……」
 手を変え品を変え、限界寸前の我慢と一気に迎える解放を繰り返され、身体はもう限界で意識も朦朧としている。今は何度目かの排尿制限で、少しでも気を緩めれば吹き出してしまいそうだった。
 下手に漏らせば、乳首を貫くピアスが増やされる。すでに両方で四つの小さなピアスが縦横とクロスしているのに。男の機嫌が良ければ、口を使っての奉仕でも許されるけれど、それはひどく少ない。
 だから、これ以上増やされたくなくて必死で我慢して。今はどんな理不尽な命令でも従って、許されるのならば縋りつく。
 素性も知らぬこの男の元に連れてこられてからずっと、男が耳元で繰り返してきた言葉が、毒のようにじわじわと脳を侵し支配する。
『お前は奴隷になるんだよ。チンポを想像しただけでイヤらしく涎を垂らすような淫乱な態度で、ご主人様に飼っていただくな』
 そんな受け入れがたい言葉を最初は拒絶したけれど。
 拒絶は懇願に。怒りは媚びに。反抗は支配者への絶対服従に。
 一日目が終わる頃にはケツを掻き回されて射精するようになり、二日目にはドライでよがりまくった。三日目には男のチンポを喜んでしゃぶるほどになって、俺の虚勢は無様に崩れ落ち、理性を手放した。
 ここで七日も経った今の俺は、男に排泄すら管理される屈辱を甘んじて受け入れ、命令されるままに痴態を晒し、尻に異物を突っ込まれて悦ぶ変態だ。
『ご主人様が見つかれば、ここから出ていける』
 失敗を責められては穿たれるピアスの痛みに、果てのない強制と我慢。
 その度に囁かれるその言葉が、とても良いモノのように聞こえて、そそられた。
 だから、願いを、と言われて……。
 ここからの解放なんて考えられなくて、ただ男の言葉しか──それ以外思いつかなかった。
「奴隷が主人を捜すのではなく、主人が奴隷を選別するものだ。しかもまだ調教も完成していない成り立ての奴隷が望むにはおこがましいことだが……。まあ、良いだろう。早く犯されたくて堪らない淫乱なお前には、相応しい主人が見つかるよう手配してやろう。くくっ、」
 冷たく落ちた言葉に、ゾクリと背筋が震えたけれど、どうして、限界を迎えたペニスが甘い期待に震えているのだろう? 
 どうして、タラタラと粘液を垂れ流すのだろう?
 どうして。
「あぁっ!」
 どうして、男の手がペニスの枷を外しただけで、尿ではなくザーメンが噴き上がるのだろう?
 なによりも、どうして──尻穴がこんなに善いんだろう……。
「アヒィ、ま、た……ま、ぁ」
 排尿にすらゾクゾクとした快感が背筋を駆け上がり、体内奥深くの熱いマグマが煮えたぎる。痙攣は筋肉に力を入れ、肉穴を満たすバイブを締め付けた。
「ン、はぁぁっ、あああ」
 続いた絶頂に蕩けた顔を男に晒し、淫らに喘ぐ。
 快感に涙して、濡れた顔を夜風が嬲り、ザーメンと汗とようやくチョロチョロと出だした尿の入り混じった臭いが纏わりついた。
「良い出来上がりだ、これなら高値がつく。淫乱な奴隷を苛むのを好むものは多い」
 全裸で大股開きで座らされている俺の胸に、男がさっきの短冊を貼る。続けて三脚に固定されたカメラがセッティングされ、テラスを汚して身悶える痴態を撮られた。
「変態ぶりがよく判る写真だ」
 男が満足げに嘲笑う。
 初めて聞いた男の嬉しげな声音に、なんだか自分が誉められているような気がして、ひどく嬉しく安堵した。
「願いが叶うように、この写真で性奴隷専用のネットオークションに出してやろう」
「オークション?」
「同好の士が集まって作られた全世界にネットワークを持つオークションだ。会員のランクは高いから、うまくすりゃ最高のご主人様に出逢えるかもな」
 その言葉に、俺は思わず微笑んだ。
「ご主人様が見つかる……」
「そうだ。ご主人様さえ見つかれば、お前はここから出ていける」
 そうなれば、もうこの男に我慢を強要されない。この男の言いなりにならなくて良いんだ。
 脳の奥底で鳴る音がある。
 その考えは変だ、と誰かが叫んでいる。
 けれど。
「あぁっ、ひゃあ……ソ、ソコ、やあぁ、イイっ」
 いきなり激しく暴れ出したバイブに、快楽の泉が溢れ、激しく波打った。
 理性など吹っ飛ぶ快感に、掠れた悲鳴を上げて身悶える。
「うるさいと近所迷惑だ」
 口の中にボール状のギャグを埋め込まれ、言葉を封じられた。
 その苦しさに、身体の感度が上がる。
 床に広がった液溜まりに、新たな白濁が入り混じる。
「オークションの結果が出るまで、遊んでな。貪欲な新米奴隷の扱いに長けた主人がつくようなキャッチフレーズにしてやるよ」
 それに、もう返事などできなかった。
 下半身全体にまで伝わる振動は、脳髄まで揺さぶって、全身すべてが性器になったかのように、あらゆるところで感じまくった。
「う──っ! ぐぅ──っl」
 男がいつの間にかいなくなっていたけれど、一瞬後には、次の快感の大波に浚われていた。
 
 
 数週間後、俺は駐在するビジネスマンとして正式な手順である国に入国した。
 知らない会社名に、知らない役職。言われるままに飛行機に乗って、着いた空港で税関を言い含められた通りの書類で通る。
 あの男に指示されるがままに動く俺に、自分の意志はなかった。
 だが、遠い異国の地までの道中、さすがに調教から解放されていて、快感から解放された理性が目を覚ました。
「俺、このままじゃあ」
 自分が奴隷として売られた事を認識して、急に不安が押し寄せてきた。
 けれど。
「ドレイ、ムカエ、きた」
 カタコトの日本語の、体格の良い現地人に腕を掴まれる。
 ──もう遅い。
 逃げようにも、一銭も金を持っていない。もっともらしいビジネスバックの中身は意味のない書類の束。
 しかも、この国の言語は英語でない。
 着替えすらない荷物とパスポートだけで異国に放り込まれた俺が逃げ出す先が、どこにあるというのだろう。
 明らかな怯えを見せる俺に、男が囁く。
「マスター、ドレイ、消す、カンタン」
 カタコト故に、心臓を鷲掴みするような恐怖だった。
 大勢いる空港警備兵がマシンガンを構えているような国だ。
 日本で見ない光景も相まって、男の言葉がたいそう真実味を増す。広大な国は、死体ごと消してしまうことも容易いだろう。
 久しぶりにまともに回るようになった頭は、悪い方ばかりを考えて。恐怖に蒼白になった俺は、もう男のなすがままだった。
 
 
 俺は、ご主人様の奴隷。だけど、ご主人様は多忙でめったに姿を現さない。
 だから、空港に迎えに来た奴隷頭が、俺にここでの生き方を教えると同時に、ご主人様に代わって俺を支配する。
 男は、日本で俺を支配したあの男より精神面で残酷だった。
 あの男は俺を快楽漬けにして、何も考えられないようにしたけれど、ここでは俺はいつも理性が残っている。そうしないと、骨の髄まで教え込まれた奴隷ルールが守れないのだ。
『奴隷は、許しなく道具を使った自慰をしてはならない』
『奴隷は、許しなく精液を漏らしてはならない』
『奴隷の手は性感帯が定位置であり、人の前では淫らに喘いでいなければならない』
 そして。
『主人の客は敬意を持って対応しなければならない』
『主人と客に性器以外を強請ってはならない』
 これらすべてを実践で教えられ、身体に覚えさせられた。
 できなけれ鞭で打たれ、拘束され、犬のように繋がれて餌皿で餌を与えられ、床に転がって休み、良い奴隷であれば、良い食事とベッドが許される。
 そのはっきりとした飴と鞭に、どうして逆らえるだろう。
 この広大な屋敷の一角で、性器を淫らに飾るアクセサリーだけの姿で、訪れた男たちに縋りつき、その性欲を解消してもらうのだ。
 人脈の広いご主人様の客は、ご主人様がいなくても多く、毎日誰かがやってきて。
「あひ、──っ、あああ」
 長大なチンポに深く貫かれ、尻だけを高く掲げた姿でよがりまくる。
 新入りである俺は、客ももの珍しいと必ず俺を使うから、俺のケツが乾いていることはない。
 疲れて歩けなくても、客が要求すれば引きずり出されて相手をさせられた。
 客が疲れて休んでいる間は、イロイロな玩具で俺を犯した。
 言葉が通じない俺は、日本語で何を言っても客には伝わらない。けれど、ご主人様が俺が言葉を覚えるのを好まないから、俺は日常のわずかな言葉以外では淫語だけを教えられていた。
『チンポ食べたい』
『ザーメン飲みたい』
『ムチャクチャに犯して』
『もっと欲しい』
 ……………。
 許可された言葉を言えば、さらにひどく犯される。淫乱の変態だと蔑まれて、笑われる。
 俺は、ここでは話せる人ではなくて、人の形をした人語を解さない獣だった。
 しかも、俺はご主人様の奴隷だけど、ご主人様は俺を使わない。
 嬌声を上げて、淫らに振る舞い、客たちを満足させれば悦んでくれる。そして、さらなる高いレベルを要求してくる。
 ご主人様の言葉を奴隷頭は忠実に従って、鎖に繋がれ鞭で打たれ、肌に卑猥な言葉や図案が彫られ、身体のアチコチにピアスを付けられた。
 より卑猥な身体になるようにと改造されて、俺が返せれるのは、感謝の言葉と態度だけだ。 ケツに異物を押し込められて、貞操帯を着けられても何一つ拒絶できない。
『犯して』
『チンポちょうだい』
 強請ることしかできない俺は、今日もこれからもずっと、喉が枯れ果てるほどの嬌声と悲鳴の鳴き声を上げながら、ご主人様のお客様相手に休みなく働き続ける。
 それが、分不相応にも自ら主人を欲した新米奴隷に与えられた運命だった。
 
【了】
 
 
 七夕という言葉に、七夕をテーマに書いてみようと思って、去年から放置してた話をリメイク。
 一年に一度の楽しみではなくて、一年中働かなくてはならない罰の方、とは言わなきゃ判らないテーマですね。