【契約の果てに】

【契約の果てに】

 ずるり、と、ひどく重たい身体を腕の力だけで前進させる。
 数メートル先で嗤っている男達の手招きに、応えるためだけに。
「あっ、ひっ……くっ」
 立ちあがって歩けば数秒で辿り着ける場所なのに、今の怜治に足は無いのと同じだった。両足共に膝で折り曲げられて、それぞれの太股と足首が拘束具で余裕無く固定されてしまっているからだ。
 だから、動けと言われれば、手を使うしかない。
 伸ばした手の指先で地面を掻き、手のひらを大地に押さえつけて重たい身体を動かして。
 転がされているのは、地方の山奥のずいぶん前から放置されているらしき採石場で、尖った石がごろごろと転がっていた。それが、体重の乗った身体の表面を傷つける。すでに擦り傷だられの身体に、さらに傷が加わり、薄く血を滲ませ、それに砂粒が混じる。ヒリヒリとした痛みは、幾つも重なればひどく痛む。
 そのせいで、手から力が抜けそうになるけれど。
 けれど、今はただ前進することだけしかできなくて。それだけが今の怜治にできることで、逆らうことは許されていない。
 今、目の前にいる三人の男達が下す命令を、夕方の5時までの3時間ばかりの間、全て遂行すれば借金苦から解放されるのだから。借金取りに追われる恐怖も、男達に繰り返しほのめかされた死の恐怖からさえも、逃れられるはずなのだから。
 それがどんなに屈辱に満ちた命令であっても、堪えきれずに逃げ出したいと願うほどにひどいモノであっても、それでも。
 今は3時で、5時まで残り2時間。それが過ぎた時に契約が遂行できていなければ、次に来るのは死だけということを考えれば、どんなことでも堪えられた。
 生か死か。
 その究極の二者択一を迫られて、うながされるがままに契約書にサインをしてしまった怜治を、誰が責められるだろうか。
「あっ、……ひっ……」
 足だけでない拘束は全身至る所に及び、二の腕にも取り付けられている。それと首輪は短い鎖で繋がっているから、手を前へと伸ばす度に首が締め付けられ、息苦しさに喘いだ。
 腕だけでは間に合わないと、身体を左右に揺すり腰を上下させて、尺取り虫のように這う。
 へこへこと尻が動く姿が面白いと、ビデオカメラが寄ってきて、苦しげに顰められた顔から汗の滲んだ背中、ゆらゆらと揺れる剥き出しの尻タブまで全てを撮っていく。尻に浮かぶいくつもの赤い線は、ここに来てすぐに鞭打ちされた痕だ。
 服を脱ぐことを嫌がった罰、拘束を嫌がった罰、言葉遣いがなっていない罰、命令にすぐに従わなかった罰。
 それらは、鞭打ちだったり、浣腸だったり、卑猥な言葉を言わされ続けたりと様々で、始まって一時間も経たないうちに、怜治の自尊心は全て打ち砕かれた。
 さらに、傍らにあった巨石を使っての自慰行為が終わる頃には、全ての反抗心すら潰えさせてしまった。その巨石には杭を打ち込んだような穴があったのだが、その穴にペニスを擦りつけて自慰をさせられたのだ。
 ヘコヘコと腰を前後させ、硬い石壁に生身のペニスを擦りつけるのは痛くて堪えられないものだったけれど、止まれば尻に鞭が落ちて、止められない。痛みと屈辱に止まらない涙がポタポタと落ち、命ぜられるままに。
「チンポが、ああ、止まらないっ、気持ちいいんです。お願いです、イヤらしい俺の姿見てください。こんな岩に欲情している俺を見てください、ああっ、見て、見てっ」
 我慢できない、もっと達かせて、と卑猥な言葉を繰り出してお願いし、お情けで穴に注ぎ込まれたジェル状の潤滑剤で、ようやく射精できたときには、もう何もかもどうでも良くなっていた。
 たから、足を拘束されて手と身体で芋虫のように這うように強制されても、逆らうことなく男達の元に向かう。
「そんなにチンポが欲しいのか?」
 冷たい声音に、無意識のうちに首を横に振りかけて、けれどぐっと唇を噛み締めて堪える。
「はい、欲しい、です」
 許されているのは、肯定と欲しがる言葉と自らの淫乱さをアピールする言葉だけだ。
 男達の元に辿り着き、その足に縋り付き、教えられた言葉を口にする。
 いずれ男達は怜治を犯すのだろう。
 男に犯される恐怖はあるけれど、それでも、死ぬことはない。だったら、めいっぱい媚を売って少しでも気に入って貰えるようにして。
 そうしたら、少しは楽なような気がした。だから、カメラの向こうで指し示された紙に書かれたセリフを、ただ読み上げる。
「チンポ、欲しいです。ください、ザーメン、欲しい……いっぱい、ください」
 演技をするつもりなんて無い。
 けれど、這い続けて疲れて息が上がったセリフは、途切れ途切れになってしまう。
 怒られるかと思ったが、男達は何も言わない。代わりに、不意にビデオカメラのレンズが、目の前に差し入れられる。大きなレンズには、両手をついて胸を逸らした怜治の顔がアップに映っていた。
 それに息を飲んで、硬直する。
 だが、上げた視線の先で男が、続けろ、と目線で命令してきて。
 諦めて小さく息を吐き、言葉を紡いだ。
「ん……チンポ、で犯してください。イヤらしい、俺の身体を……グチャグチャに犯して、ください」
 ああ、このままこの男達にレイプされまくるのだろうか?
 そんな事が脳裏をよぎり、諦めにも似た思いでくっと唇を噛み締めたけれど。
 レンズが、怜治の顔を舐めるように動き、剥き出しの擦り傷だらけの胸、そして乳首に迫った。レンズが顔から逸れたと同時に、目の前に別の紙切れが出されて、読めと囁かれて。
 まだあるのか、とその見たくもない字面を追いかけて、ただ口にする。
「あ…淫乱な怜治……は、おっぱい、でも達きたい……。こんな、ちっちゃな乳首、嫌いです……から、おっきくして……」
 理解しないがままに紡いだ言葉は、記憶にも残らない。
 それでも、身体の奥底に、いい知れない屈辱と息苦しさが募ってくる。
 動いたカメラが一瞬離れた間に、今度は上向きに転がされて、今度は、潤滑剤まみれのペニスをアップにしていた。濡れたままに転がされたせいで、砂粒まみれのそれは、擦られた痛みと恐怖に萎えて垂れている。
 けれど。
「俺のチンポ……いっぱい虐めてください……。イジ、めて…貰わないと……勃たない……から」
 拘束された足も大きく割り広げられる。
「ケツマンコ、しょ、処女、です。ご、しゅ、じん様のチンポでいっぱい、虐められるの……待ってます……」
 舐めるように全身を撮り、離れたカメラは、それでも怜治から焦点を外さない。
 背中にあたる石の痛みに悶える姿も撮り、下ろした手でペニスを握りしめる姿も撮られた。
 そのうちにカメラのレンズにキスをするように言われ、その後は近くの小さな木の枝にまたがって、木の幹に股間を擦りつけて自慰をしたり、ボコボコと荒れている松の木の肌に乳首を押しつけてよがらされたり。
 そんな恥ずかしい姿は、全て、記録に残された。
 それを一体どうするつもりなのか検討もつかなかったけれど、その代わりに男達は怜治を犯しそうにない、ということに気が付いてきた。
 男達は、とにかく卑猥な格好をする怜治を、ビデオに撮り溜めているだけなのだ。
 確かに、痛いことも多いけれど。
 犯される恐怖がなくなり、しかも、このままならば契約も遂行できそうで。思ったより、大丈夫だったとほっ安堵の息を吐いたのと、男がカメラのスイッチを切ったは同時だった。
「契約終了の時間だよ、怜治くん」
 ニタリと嗤う男の表情に、嬉しいと思うより先に、背筋に冷たい物が走る。
 それがどんな意味をもたらすのか、その時には判らなくて。




 それが判ったのは、それからわずか一ヶ月後の事だった。




「ひっ、ぁぁぁぁっ!、いたぁぁっ、あぁ、おゆるっしをっ、ご主人様っ」
 股間に食い込む荒縄に全体重がかかっていた。身体は天井から吊されていて、ゆらゆらと不安定に揺れる。大きく割り広げられた中央に走る縄はペニスを押しつけ、陰嚢を左右に押しやり、会陰からアナルまではゴツゴツとした結び目がきつく食い込むようになっていた。ずぽりとアナルに食い込むそれは、子供の拳くらいはある。しかも体重が乗っているから抜けることもなく、アナルの壁をちくちくと刺激して苛んだ。
「痛いのが好きなくせに、もっとして欲しいんだろう?」
「あ、いたぁぁぁっ、あひぃぃぃ」
「ほら、萎えないではないか」
 それは間違いない言葉で、戒められ圧迫されたペニスは勃起しきっていて、先走りの液がだらだらと垂れ落ちていた。痛みに震えるている身体は、けれど淫らな色を露わにし、零れる悲鳴の中に歓喜を響かせる。
 溢れた腸液が荒縄を濡らし、きりきりとその身を締め付けた。
 痛いのに、苦しいのに。
 汗と涙で汚れた顔が歪み、淫欲に狂った瞳がご主人様を映し出し、その太い指が己の乳首を掴むのを捕らえても、脳が喜ぶのは何故だろう。
「あ、あぎゐっっっっ!」
 乳首に走った激痛に、悲鳴は室内の調度を震わせるほどに激しい。涙が濁流のように流れて、大きく膨らんだ乳首を濡らした。
 指先まで肥満した男の太い指先が、膨れあがった乳首を押しつぶしていた。
 痛みと、けれど脊髄を駆け上がる衝撃に、あられもなく腰を振りたくり粘性の高い滴をペニスから振りまける。
 白濁したそれは、薄い。
 何をされても射精衝動に結びつくほどに調教された身体は、一時もペニスを萎えさせない。
 使われた薬もあるのだろうけれど、もともとの素質が怜治にはあったのだと、怜治を買った男は言った。
 ご主人様、としか呼ばせない男は、借金を消すために怜治が出た映像を見て、彼を即行で高額で競り落としたのだ。
 あれが奴隷オークション用のビデオだと怜治が知ったのは、拉致されてここに連れてこられた後で。
 借金の帳消しの本当の意味を知っても後の祭りで、それからずっと、怜治は金と暇ばかりが有り余るこの男の玩具だった。
「い、ひぃぃぃっ! あうっ、痛──っ、あううっううっ」
「ほら、お前の好きな重りを増やしてやろう」
「ひっ、たす……てっ、そんなこと、そんなこと、されたらっ!」
 最初のピアスホールが定着する間も無く広げられていった乳首は、今は元より太いピアスが施されていて、そこに主人の手で新たな分銅がつり下げられたのだった。そのせいで、醜く膨らんだ乳首は下に長く伸び、薄く伸びた皮膚は今にも切れそうになっている。
 初めてこの主人の元に連れてこられてすぐに明けられたピアスホールは、三ヶ月経った今でも陵辱の度に血を滲ませる。今も涙と混ざって、胸を彩っていた。
「千切れるっ、やあっ、千切れてっ!!」
「嬉しいくせに、嘘をつくのは感心しないなあ。ほら、嬉しくて嬉しくて、腰を振りたくっているじゃないか」
 何をされても、痛みすら快感に変化する淫らな身体にさせられて、今でもペニスは涎を垂らして鈴口をパクパクと開閉させている。
「だ、だけど……千切れ、ひっ、く……」
 そのうちに、乳首は千切れてしまうかも知れない。その恐怖と痛みに、揺れそうになる身体を硬直させて、分銅の揺れを押さえる。
「何、千切れたら治してあげよう。もっと大きな乳首を整形してあげようね」
「い、あ……」
 さすがにそれはイヤで、少しでも負担がかからないようにするけれど。主人の手は止まることなど無かった。
「さあ、踊りなさい。今日はまだノルマを達成していないよ」
「あぁぁぁっ!!」
 全身が爆発した。
 滑る体内にある淫具が震え、前立腺に叩きつけられる。
 途端に噴き出す精液は、もう数滴にしかならない。
 一日10回。
 怜治に課せられた毎日の射精回数は、日が変わるまでに達成できなければ、残分が次の日に持ち越される。
 最初のうちはこなせていたノルマも、毎日となると話は変わる。まして、10回出したら終わりではないのだ。20回近く射精を繰り返した次の日は、休んだ後とは言え僅かにしか出ない。ノルマが消えても10回できないから、また溜まる。しかも、たとえ体調が悪くてもそれはそれ、ノルマが減ることは無かった。
「ふふ、今日はノルマは後46回もあるよ。さあ、どうだろうねぇ……」
「お、ねが……しま……。無理……許して……」
 繰り返された射精にペニスが軋むような痛みを訴えていた。もう一滴たりとも出そうになくて、とうていこなせそうにないノルマに、怜治がご主人様の許しを請うように縋る。
「おやおや、もうできないと根を上げるのかい? まあ、良いけどね。だったら、またお前の綺麗な肌に刺青を入れるよ。それでも良いかい?」
 それは、ノルマをリセットしてもらうように頼む度に提案される事で、もう三つ、怜治の身体に刻まれている。
 決して消えないそれらは、腰に、左の尻に、右の肩胛骨にあって、いずれもグロテスクなペニスに犯される男たいそう卑猥な絵姿だった。
 若干デフォメルされたイラスト調ではあったけれど、その男が怜治なのは判る絵だ。
 それがイヤで、我慢していたけれど、もう身体が保たない。
 ノルマが終わるまでこうやって全身をいたぶられるのはもう辛い。
 苦痛と快楽に翻弄された怜治にもう理性などなくて、ただ逃れたい一心だったから。
「い、いれて……チンポに犯されてる絵、いれて」
 痛みすら伴うのに止められない射精衝動にがくがくと揺れる身体をくねらせて、ご主人様の機嫌を取るように媚を売る。
「今度は馬並みに大きなペニスに犯されている絵がいいかな? うん、右のお尻がいいね」
「ご、主人様の……お望みのままに」
「きっと素敵だろうね」
「ひぎぃぃぃっ」
 突然吊らされた荒縄を揺すられて、陰部に食い込む刺激に悲鳴を上げた。
 それでも。
「んじゃ、終わろうかなあ。うん、明日刺青の手配だね、お前もゆっくりと寝ときなよ」
 もとからそのつもりだったのだろう。
 刺青が入れられるとなった途端に終わった遊技に、怜治の身体からもがくりと力が抜けた。
「お前、面白いから、もっともっと楽しめそうだ」
 続いた言葉に、あくびをして部屋を出ようとする主人に虚ろな視線を向ける。
 もう死にたいと、願うほどに身体も心もきつい。いっそこのまま放置してくれれば死ねるのに。
 実際、普通なら三ヶ月も保たないほどの責め苦だというのに。けれど。
 金と時間が余りまくった彼の、怜治はかっこうの暇つぶしの材料だから、彼に遣える者達は、皆怜治を少しでも長持ちさせようと必死で。
 彼がいなくなれば、この身は医者の手により治療されてしまう。栄養剤に抗生物質。怪我の治療もされ、腫れ上がった乳首は消炎剤も施されて。
 明日になれば、少しはマシになった身体がご主人の前に供される。
 自分たちが暇つぶしの対象にならないように、怜治は格好の『贄』でもあった。

 
【了】