【お義父さまのための婿の心得】

【お義父さまのための婿の心得】



2)新婚一年目の穏やかな夜

 ラスは公爵家の長女の婿入りした、元侯爵家の三男だ。
 優秀な長女が次期公爵となるのは決定しており、その娘に婿入りさせるために名乗り上げたのが侯爵家。初めて会ったのは結婚三カ月前という完全な政略結婚だ。愛し愛されでない結婚生活はどちからというと淡泊だが、しかし嫌いあっているほどでもない。
 おとなしい気質のラスは荒い気性の娘の宥め役、そして何よりその子を得るための種馬として選ばれたのは自他共に認めるところであり、婚姻誓約書にも三年以内に子ができない場合は離婚させるという一文すらあった。
 だからこそ定期的とは言わないまでも、夫婦の営みは必須であり、その等間隔さは義務のようですらあったのも確かだ。
 そんな中で一年ばかり経ち、そろそろ新婚という言葉も外れた二人は、久しぶりに王宮から戻ってきた妻を迎えていた。
 義務感の強い営みではあるが、それでも男女が揃えばそれ相応の営みとはなる。
 その日を終えたラスは、数度の絶頂を味わい満足して眠った妻を置いて、ふらふらと疲れた身体で廊下を歩いた。
 ガウンを羽織っただけの身体は、いまだ先の情事の匂いすらまとわりついてる。
 その身体でラスが目指し、戸を叩いたのは舅の寝室だ。
 しばらくして応えがあった扉をそっと開くラスの横顔は疲れと期待とが入り交じっていた。
 正直、ここに来るのもおぼつかない足取りではあったが、それでもラスにとってこの部屋に来ないという選択肢はない。
「お義父さま」
 寝台の横で立ってこちらを見る舅の視線に、ラスは自然にひざまずいた。羽織っていたガウンを肩からずらす。
「お義父さま、役目を果たしてまいりました」
 深く頭を下げるラスの首の後ろに浮かび上がる朱い紋様が、舅の目に入った。
 ラスはそれを晒すためにガウンを脱いだのだ。
 その血のような朱い色を見ることができるのは、男という性を持つ者のみ。つまり女であるラスの妻は見ることはできない。
「ふむ、なるほど。確かに血のごとき朱く染まっておるな」
 侮蔑を込めた声音で、ラスは小さく頷くしかない。
 首の後ろに刻まれた紋様は、ラスが一晩でどれだけ妻と性行為をしたか他人に知らせるためのものだ。その日に行為がない場合は薄い桃色で、妻が絶頂するごとに赤味が強くなり、真っ赤になるのは最低三回は満足させないとならない。
 種馬であるラスが妻としないことは許されないと、それを管理する役目があると舅が自らの呪文を重ねながら刻んだものだ。
「お役目として、三回妻を達かせ満足させてまいりました。今宵は正常位、後背位、立位で楽しませてございます。正常位では……」
 実の娘との行為をあからさまに報告させる中、舅は興味なさげにグラスを傾けた。
 それを知っててなお、ラスの口は止まらない。そうしろと言われているから、ラスに報告しないという理由はないのだ。
「なるほどな、淫乱らしい行為だ。そうやって自分も楽しんでいたのだろうが」
「それは、……はい」
 ためらいは、どう応えてもラスに襲いかかる未来を避けられないからだ。
 否定は噓を吐くなとののしられて罰を受け、肯定すれば淫乱だと揶揄されながら虐められる。
 その行為を命じたのは舅だが、あの初めての日からラスは舅に逆らう自由はなかった。
「立て」
 その命令にラスはガウンを床に落としながら立ち上がった。
 するりと肌をする感触に、喉で呻きそうになるのを必死で堪える。
 明るい照明の中で、白い肌のラスの全身が浮かび上がった。その肌にはいくつも浮かぶのはとぐろを巻いた蛇を象る淫紋。爪の先ほどの大きさはいえ、くっきりと朱い色は白い肌によく目立つ。
 鎖骨の付け根、脇の横、乳首近くに、へその回りに、下腹の陰毛の根元に。
 前からだけでも十個近くあるそれらは、割合早い時期に入れられた。
 一つずつの印は面倒だと言われて、10回ごとに入れられた淫靡な印は背中にもある。
 肩甲骨の上下、脇腹、背骨の腰付近、尾骨、尻たぶ、内股、足の裏。
 さらには会陰部にも刻まれていた。
 わざと鋭い痛みの中で入れられたそれらの陰紋は、一つずつが性感帯のように感じるようにもなっている。
 それらを一つずつ触れられながら確認してもらうのも、いつものことだ。
「っ!」
 一つ触れられるだけで、喉の奥が鳴るほどに息を飲む。びりびりと走る快感は強く、奥歯を噛み締めても声が漏れるほどだ。それが一つ、二つと上乗せされて、五つも触られれば足が震え、立ち続けることも難しい。
 それなのに許されない。
「あっ、ぐっ……ひっ」
 がくがくと痙攣する足に力を込め、立ち上がりぷるぷると震える男根から涎を垂らしながら、それでもラスは絶えるしかない。男根からの粘液は白濁が混じり、重く垂れ下がった陰嚢がその存在を主張していた。
「おや、出してないのか」
「は、い……出して……おりませ、んんっ」
 重い陰嚢に触れられて、それだけで悲鳴が出そうになる。
 触られただけで走り回る快感に射精衝動が強く、頭の中に射精への欲求ばかりが占めていく。
「淫乱の存在意義は種馬だろうが、出さなくてどうする」
 鋭い𠮟責の越えに、申し訳ありませんと喘ぎながら謝罪した。
 だがしかし達けなかったのだ。何度妻の中で果てようとしたことか。だがどんなに妙なる快楽を得たとしても、ラスの身体は射精ができない。
 それは舅も重々承知のはずなのだ。そうしてしまったのは舅自身なのだから。
 今ラスの身体は、後ろをうがたれていないと射精できない身体になっていた。
「まあおまえは淫乱だから、尻から中を貫かれなければ満足できないからな」
 くつくと喉の奥で嗤う舅は、あの日にラスが言った言葉を繰り返す。
「淫乱は、男のモノに貫かれて射精するのが好きなのだから」
「ぎいいっ!」
 いきなり乳首を摘まれひねられて、痛みに跳ねそうになった。だが肩を抱かれて固定され、逃げることなどできない。
 痛みに涙が浮かび流れ落ちる。
 あの日以来日を置かず舅に嬲られた身体は、確かに調教されていて、乳首も立派な性感帯の一つだ。そこを強く噛まれながら貫かれ、痛みの中で射精したこともあるほどに。
 実際ラスは、自分が今昂ぶってきてることに気が付いていた。
 自分が淫乱なのだと意識してしまう。
 舅はことあるごとにラスのことを淫乱と呼ぶ。
 時には昼間であっても、二人きりだと淫乱と呼びかけられ、すぐに返事をしないとその後のお仕置きはつらいものになった。
 必死に堪えていれば、その手が離れる。内心ほっとしたラスだったが。
「そういえば面白い道具を手に入れた。これであれば淫乱でもあれの中に出すことができるかもしれないな」
 その言葉に、そして指し示された道具に、ラスの顔から音を立てて血の気をうせた。
「そ、それは……一体……」
 喘ぐように問いかければ、嘲笑と共に返される。
「尻穴に埋めこむ淫具だ。一晩ぐらいは勝手に動くようになっている。これを埋めこんであれの相手をすれば、一度ぐらい種を放つことぐらいできるだろう」
 舅が取り上げたのは、男根の形をしていた。しかもその太さは舅なみ。長さはないから確かに埋めこんでしまうことはできるだろう。
 だがそれを入れたまま妻の相手をしろという言葉に、ラスは蒼白なままに首を横に振っていた。
「無理……無理ですっ……」
 まさか妻の目の前で入れることなどできないだろう。だったら部屋の外で、別の部屋で入れて赴かなければいけないのだ。
 だがいまだかつて舅のモノで貫かれて、まともに歩けたことなどないのだ。
 それをラスは知っていた。時折、遊戯とばかりに後ろから貫かれたまま廊下を歩かされたことがあるから知っていた。
 あれは支えられたようやくだったのだ。
「儂は、一度も挑戦せずに諦めるヤツが大嫌いだ。駄目なら、大丈夫なように対策を取らぬ輩もな」
 だが、不快げに放たれた言葉に、ラスは続く言葉を失った。
 その代り、差し出された淫具を、家宝を受け取るがごとく両手で受け取る。
「入れてみろ」
「はい」
 もう拒絶はできなかった。


 太い淫具は全て入れてしまうと股を閉じることもできない。
 がに股で不格好に廊下を歩くラスの数メートル後ろを舅が続く。
 その足音を聞きながら、ラスは汗だくになった熱い身体を掻き抱くようにしながら、一歩ずつ足を運んだ。
 身体を動かすだけで中を抉られているようなのに、さらにどういう原理か勝手に動く淫具。
 立っているだけでも与えられる快感が、歩くだけで何倍にも増幅させるようだった。
 零れそうになる喘ぎ声を必死に抑えているのは、近くの寝室で妻が寝ているからだ。
 ガウンを着ているとはいえ、中からの刺激で男根は立ち上がりしとどに抜けている始末。
 ふらふらと左右に揺れながら歩き、けれどすぐに硬直して止まり、落ち着いたらまた歩く。たかだか十メートルばかりの距離を歩くのに、もう十五分以上かかっていた。肌寒い季節なのに、ガウンが汗でびっしょりと濡れている。
「いいかげんに速く歩け」
 舌打ちしながらついてくる舅がいなければ、ラスはとっくの昔にその場に崩れ落ちていたはずだ。
 そんなラスを動かすのは、舅への恐怖。
 かろうじて歩むラスが、あと少しで寝室の扉に触れられるところまで来たその時、不意に扉が中から開いた。
「あら、あなた。いないと思ったらどうしたの?」
 少し寝ぼけた表情で、小首を傾げる妻に、ラスは息を飲んだ。想定外で頭が働かず、言葉が出てこない。
「どうしたの?」
「い、いや、その……ちょっと眠れなくて……て、その、涼んでいたら」
 ちらと視線を背後に向ければ、妻もその存在に気付いてくれたようだった。
「あら、お父さま。ご一緒してたのかしら」
「ああ、たまたまそこで出会ってね。少し話をしていたんだが」
「まあそうなの」
 仲が良くていいわと楽しそうに答える妻に小さく肯定して笑ったが、頬が引きつるのは止められなかった。
 このままだとラスは寝室に入らなければならない。自分の体内に淫具を入れたままで。
「ただそろそろ寝ようかと、ここまで彼を案内したところだ」
 助けを乞うように舅へと視線を走らすが、彼の口から出たのは突き放すものだった。
 信じられないと見つめる先で、二人が親愛の触れ合いを交わしている。
「そうね、もう夜も遅いもの」
「ああ、おやすみ」
「おすみさない、お父さま」
 親子が離れ、妻がラスへと視線を向けた時、舅は無情にも背を向けていた。
「どうしたの、ぼおっとして」
「え、ああ、少し眠くなってきたようだ」
「そうね、中に入りましょう」
 背後で寝室の扉が締まった。
 先に歩く妻の背を追うラスは、気付かれないように必死だ。股を閉じればそれだけ強く穴の中の存在を感じる。
 喘ぎそうな身体を必死で堪え、まっすぐ歩く妻が背を向けないことだけを祈って。
「どうしたの、息が荒いわよ」
 だがさすがに不審さがあったのか、いきなり妻が振り返った。
「い、いや、なんでもない。ああ、お義父さまに少し強い酒をいただいて、思ったより効いたのかも」
 せめて止まってくれれば、動かなければいいのにと願うが叶えられない
「あらそうなの。だったらもう寝ましょう、私も眠いわ」
 先に寝具へ入り込む妻の横に、崩れるように横になる。
「かなり酔いが回ったのかかしら。早くおやすみなさいませ」
「あ、ああ」
 本当は、この状態で妻を抱かなければいけなかった。
 だがすでに今夜は満足している妻はその気になるはずもなく、ラスはと言えばとにかく堪えることしかできない。勝手に射精してしまえば妻が不審がるだろうし、何より妻に勘繰られてしまえば舅にどんな罰を受けるだろうか。
 鞭打ちのような強い痛みを与え、長く続く快楽を施し、舅はラスの精神を巧みに操りながら許しと罰を繰り返す。
 今この状態もまた罰であり、そして唯一とはいえ逃れる方法も教えられている。
 息を凝らして堪えている横で、微かな寝息が聞こえてきた。
 ああもう駄目だ。
 寝ている妻を無理に抱くことはできなかった。
 そんことをすれば、目覚めた妻から罵倒を浴びせられるだろう。望まぬ行為を黙って受け入れる性質ではないと、すでにラスは知っていたのだ。
 ラスはたった一つの解決策を放棄した。元より、すでに満足した妻が、受けて入れてくれるはずもなかったのだ。
 諦めてそっと身体を起こそうとして、びきっと身体が硬直した。
 いきなり強く動いた淫具に、目の前が白く染まる。
 自身のそそり立った男根が震え、絶頂寸前に悦びが沸く。だが、ラスはとっさに唇を強く噛み締めた。
 血が出るほどに強く噛みきった痛みは、快楽に身を委ねかけたラスを引き戻す。
 その痛みを感じながら、ラスはそっと寝台から滑り出た。
 一歩動かすたびにびくんびくんと身体が跳ねる。
 先ほどかろうじて歩いた道を、ラスは再び歩いた。その瞳は焦点が合っておらず、噛み締めた唇からは血が流れガウンを汚していく。
 扉は重く、ラスは全身をかけて開いた。
 そのまま倒れるように廊下へと身を投げ出す。
 冷たくて、気持ちいい。
 そんなラスの背後で扉が閉まり、そして足音が響いた。
「種馬の役目も果たせぬか」
「も……し、わけ……ません……」
 舅はラスの腕をつかみ、そのまま引きずっていく。
 その床に、月明かりに照らされた淫らな痕がずっと続いていた。