【友チョコと奴隷の話】

【友チョコと奴隷の話】

【友チョコと奴隷の話】
 バレンタインデーなので。
  媚薬です。


「おまえからチョコレートぉ、なんの冗談だよ」
 ブラックスーツの出で立ちで美丈夫という言葉がこれでもかと似合う男の言葉へ思わず発した俺の返事。その寸前、含んだばかりの酒を噴き出しそうになったのは内緒だ。大惨事になる前にかろうじて飲み込み、なんとか言葉を絞り出していた俺の前でそいつは楽しそうに笑っている。
「おまえが欲しがっていたからな」
 そういって差し出されたホテルの一室、もちろんスイートルームのキーを俺は薄気味悪いものでも見るように指先で摘まむ。
「要らないなら捨てればいいさ」
 簡単に言ったそいつは肩をすくめる。
「味は保証する」
「あっそ」
 美食家のこいつがうまいというなら、確かに一度味わってみるのも悪くない。
「ほんじゃま、味見だけはしてみようか」
 捨てるのはそれからでも遅くない。


side. S

 細長い幅広の薄い緑の葉がパリンと音を立てて割れた。細くすらりとした茎も何カ所も折れて、中身すらその色に染めてあるのだと教えてくれる。
 先ほどまで赤いグラスにきれいに植えられていた真紅のチューリップは、今は容器ごと床に落ちその身を砕かれていた。
 身もだえながら伸ばした手のひらが押さえたのは、たくさんの石粒の形をしたもの。熱くほてっ肌にあおられるようにじわりと蕩けていく。薄く繊細な模様を浮かべていたグラスすら、自身の熱で形を変えた。
 何もかもが偽物で、けれど偽物よりも高価で美しい贈り物は、今やその姿を完全に変えて、本来の甘い匂いを辺りに撒いている。
「ん、あ、ぁ……」
 喉を震わせ出た音が、まるで誘うようだと苦笑を浮かべ、けれどその笑みも込み上げる衝動に浅ましく崩れ、欲に浮かされた瞳が救いを求めて宙を彷徨う。
 薄い花弁を模した細工が身体の下でつぶされて、真紅に染まった甘い匂いが肌に広がっていく。その花弁の一枚に、見覚えのある文字がぼやけた視界に入ってきた。
『新しい旅立ちに愛を込めて』
 硬質な字形が甘い言葉を冷たく見せ、僕の身を震わせる。
「ど……ゆ、意味……なんで?」
 戸惑いに唇を震わせたのはほんの一瞬で、込み上げる衝動は止まらず、身を起こすことすら許さず僕を支配する。
「んんっ、待って、あ、マス、タァァ……僕……僕をぉぉ」
 さっきまで一緒に食事をしていたマスターの姿を探して、なんとか頭を起こして視界を広げる。
 けれど、僕がグラス入りの花を手にしながら倒れた後、彼の姿はどこにもなかった。
 込み上げるのは前にも使われたことのある薬のせいだとわかるけど、僕には劇薬なほどによく効く甘い薬はすぐに僕の理性を吹き飛ばす。
 駄目だと分かっているのに身悶えて、浅ましく男を誘う場末の娼婦のように男が欲しくて仕方なくなるもの。
 そういえばこの薬はカカオ味で、僕はさっきマスターからの贈り物だと大好きなファンダンショコラをいっぱい食べたっけ。
 だってマスターが作ってくれたのだから。
 マスターが僕にと贈ってくれたのだから。
 幸せいっぱいで食べたあれに、あのお薬が入っていたのだとしたら。
 こんなに身体が熱いのも、こんなに中が疼いて仕方がないのも、達したくて仕方がないのも、犯してほしくて堪らないのも――僕にはもうどうしようもない。
 僕はスーツの上着を引き裂くように腕から抜いて、薄いシャツをかき乱す。
 白い絹のシャツは汗にまみれて肌に貼り付いて、僕の乳首を浮かび上がらせていた。
 だけどスラックスは指に力が入らなくてベルトが外せない。前立てのファスナーすら指先の力が足りなくて下りなくて、僕は堪らずに布の上から自分の昂ぶりを押さえつけた。
「んあっ、ああっ!」
 触れた途端に全身を貫くような快感が脳髄まで達した。
 びくんと跳ね上がった身体は、細かな痙攣を繰り返し、弛緩する。
 ごつんと音がするほどに床に頭を打ったのに、その痛みから気持ちいい。
 広がる熱は冷たい床と接していても冷える気配はなく、甘い匂いはさらに強く、辺りに漂っている。
 込み上げる激情は腹の奥からで、中から吐き出したい衝動が強く僕の腰を前後させる。
 じわりとにじみ出す粘液が今日という日のために着込んだスーツを汚すのがわかる。思わず全身を掻き抱き、爆発しそうな身体を押しとどめようとしたけれど、ほんの少しの圧迫感でも僕の身体はさらに煮えたぎった。
「やだ、熱っ……たすけ……っ、あぅっぁ」
 お尻が熱い、ぱくぱくと喘ぎ、何かを、太くて熱いあれを突っ込んで欲しく仕方がない。
 マスターに教えられたすべてが頭の中をよぎり、植え付けられた快楽の日々の記憶が僕の意識を支配する。
「あ、あれ……ほし……してぇぇ」
 太くて逞しい肉の塊、雄々しく硬い陰茎に貫かれる衝撃。
 ふとそんなことを思い出した途端に、目の前が白く弾け、腰ががくがくと痙攣した。
 股間にじわりと濡れた感触が広がり、伸ばした指がかりかりと床を引っ掻いた。
 いきなりの絶頂に意識が薄れ、もうろうとした視界の中に入ったのは割れた真紅の花弁。薄く伸ばされたチョコの花びら。表面を染めた真紅の色が僕を誘う。
 伸ばした手が花びらを掴み、僕はそっと花びらをかじった。
「ああ、おい、し……」
 濃厚なビターチョコの味が口内に広がっていく。
「もっと……」
 おいしい……もっとほしい……。
 残りを口に運びながら、僕は折れた茎も掴んだ。下半身はまるで別物のようにかくかくと揺れていて、服に擦れる胸も疼いて仕方がない。
 だけどなんだか酔ったように、僕は引き寄せた茎をばくりと食んだ。
 今度は濃厚な抹茶味。ぱりんと口の中で弾けて折れるその感触に背筋がぞわぞわと甘い疼きが駆け上がる。
「あは……きもち……い、おいし……あははっ」
 大きな葉っぱは甘みの強い抹茶ラテみたいに美味しくて、しかも大きいからたっぷりと食べられる。
 グラスの中で枝を固定していたのは石の形をしたチョコレート、甘いミルクチョコの香りが鼻孔をくすぐり、胃の中に落ちていく。パリンと食べた飴細工のグラスでさえ、チョコの味がする。
「おいし……あはは」
 僕はいっぱいチョコを食べる。
 だって欲しくて仕方がない。
 甘い甘い僕の大好きなチョコの味。
 お腹の中に食べたチョコが入るたびに、身体はもっと飢えて熱を欲しがる。
「ますたぁ……ほしっ……ねえ、僕に挿れてぇ、もっとぉっ!」
 お尻が寂しい、僕の穴を思いっきり広げて、ずっぽり奥まであなたのもので貫いて。
 我慢できない衝動に、僕は何度も声なき声を上げた。
 最後の欠片を食べてしまったら、チョコはもうどこにもない。
 見渡しも、僕の身体を鎮めてくれるものもない。
 だけど僕はもっと欲しくて、食べたくて、食らいたくて、おなかをいっぱいにしたくて……。
「ほしぃ……ああ、ちょーだい……いぃ、ねえ、来てぇ」
 見えない何かに手を伸ばしたその先で。
「へえ……確かにうまそうだな」
 そんな声が聞こえた。

side. M2

 悪友からの甘い匂いを漂わせた贈り物。
 身体からこれほど匂うまでって、一体どれぐらいあの薬を使ったんだか。
 だがあいつは美食家というだけでなく、その美意識も相当だ。
 素晴らしい贈り物は、もちろんその日のうちにたっぷりと味わったし、一度に食べ尽くすのはもったいないと今も大事にいただいている。
 若干特殊指向の俺だから悪友が味わった後だろうが特には気にしない。
 というより、悪友がどんな味付けをしていたのか、それを一つ一つ辿っていき、さらに味付けし直すのが面白いと思ってしまう質なのだ。
 しかも、俺様特製のデコレーションをして頂くとその濃厚さは倍増し以上、なかなかに得がたい代物だった。 
 となれば、ホワイトデーにはなんか返礼しないとな。
 しかしあいつの趣味嗜好は俺ほどではないにしろ特殊だし、一体何がいいだろうか。
「おい、おまえの元ご主人さまは何をやったら喜ぶだろうな」
 ふと俺の腰の上でひいひい喚くモノに聞いてみたが、ふっといバイブに上の口を塞いでいたせいか、なんにも答えてくれなかった。
「味はうまいがこういうときに使えねえから、捨てられんだぜ」
 手にした乗馬鞭で、ピアスで膨れた乳首を打つ。
「ひっぎいぃぃ――っ!」
「あー、おーい」
 かるうく打っただけだというのに、なんと白目を剥いて痙攣して後ろへとぶったおれやがった。
 ぶるぶると震える乳首は倍以上に腫れ上がり、極上のチェリーよりもうまく見える。が、それよりも。
「しょうがねえなあ、体力なさすぎ」
 美味しいんだけどなあ。
 髪を掴んで引き上げれば、ずぼっと音を立てて俺様のモノが腹の奥から抜けて、その刺激にぞくぞくと身を震わせる。あいつよりは太いのが自慢の俺様が抜けた穴からは、たっぷりと注いだ分だけ垂れ落ちていた。
「あっホワイトデコレーションした大きなデコチョコなんてどうだろう? こいつのと俺のでたっぷりと白く染め上げて、あいつの新しい玩具に食べさせるってなら受け取ってもらえそうだ」
 デザインを何にするか、もうちょっと考えなきゃいけねえけど。
 だけどその前に。
「ほら、尻をあげろや」
 青あざが浮いた尻を蹴り上げて、悲鳴と共に上がった尻の狭間を俺は自慢の逸物で貫いた。

【了】