※※※
馬上から引きずり降ろしたときに、シオンの意識は朦朧としていた。体液まみれの四肢は地面に落とされた拍子に土まみれとなり、強く結ばれていた足は曲げたまま固まったように動かない。
是羅の魔羅を銜えていた肉穴はぽっかりと口を開けて、血の色をした肉壁に白い粘液をたっぷりとまとわりつかせたまま風に晒されていた。
その身体を是羅は片手で抱え上げ、迷うことなく館の地下へと向かった。
是羅の持ち物である館は警備はされているが普段は無人で、定期的な清掃以外で人が入ることはない。今回は前もって清掃と使う準備はさせているが、基本使う場所だけだ。
その指示に、是羅が向かった地下室は入っていない。
騎士や召使いは、この館にいる限り是羅の行動を遮ることはなく、各自で二日間の滞在のための準備をしていた。
彼らは衣食住を整えるためにここに来ており、是羅が望まないことは決してすることはない。
そんな彼らを放置して是羅が向かった場所は、動くだけで蓄積されたほこりが舞うほどに薄汚れた場所だった。だが地下だというのに、壁際には寝具が置いてあり、調度品もしつらえられていた。地下だと聞かされなかったらただの客室のようだ。
実際シオンも、床に下ろされた拍子に我に返り、周りを意識したときにそう思ったのだろう。
その表情に困惑はなく、ただ目的地に着いたぐらいにしか思っていないようだった。そのシオンに、是羅はただ一言「しゃべるな」と命令した。
返された小さな頷きを確認することもなく、是羅は部屋の調度品からほこり避けの布を引き剥がし、片隅に丸めて放り出す。その後ろうそくの芯に次々と点火していった。
ぼんやりとした灯りに照らされたそのろうそくは全て朱色。壁や置物に据えられた幾本もの太く真っ赤なろうそくが怪しく部屋を照らし、汚れた身体を横たえたままのシオンを闇の中に浮かび上がらせる。
「立て」
冷たく響く言葉に、シオンがよろよろと立ち上がろうとするが、それより先に是羅が手を出し、その腕を後ろへとひねり上げた。痛みが走ったせいで無意識のうちに顔をしかめたシオンだが、声は出さない。是羅の言葉は、シオンの行動の全てを縛る。
腕を背中の高い位置にくくられて、天井から伸びたフックに引っかけられる。足裏は着くが膝はわずかにしか曲げられないし、背中で吊されたせいで上半身は前屈みとなっている。
もとより森に入った途端から衣服を赦されていなかったシオンではあったが、唯一の貞操帯すらもその時点で外された。だが魔羅の根元から鬼頭の下まで取り付けられた輪っかはそのままで、華奢な陰茎は段々になるように戒められたままだ。
「どうだ、反省したか?」
粘りのある液体で濡らした是羅の指先が、ぶくんと膨らんだシオンの乳首をそっと撫でる。
途端に身を震わせながら声を上げかけたシオンの喉が、その寸前で息を止めた。
自身の快楽を押し込めるように息を飲み、熱い吐息だけが溢れるように外に零れていく。
コクコクと頷くシオンが、縋るような視線を是羅へと向けた。
そんなシオンに口元を緩め、是羅は傍らのソファに浅く身を沈めた。目の前で指を合わせ、後ろ手にくくられ天井から吊されて全裸で震えるシオンを見つめる。
その瞳に浮かぶ熱は、馬上でシオンを抱きしめた時よりも強い。
到着後から声を出すことを禁じられたシオンの態度は、是羅も十分満足のいくものだが。
「だが、そなたはそう言いながらすぐに私の約束を破る」
けれど続けた言葉に、シオンの顔が歪んだ。
違うとばかりに首を横に振るシオンだがそこに力がないのは自覚しているからだ。もちろん是羅もシオンの言葉を信じたりはしない。
だからと課題を出す。
「試してやろう、これから一刻後の食事まで声を出さずにいられるか」
繰り返される首是に是羅は指先を口に当てて、堪えきれないようにくすくすと笑い声をこぼした。まるで玩具のような動きに込み上げた笑い声は、けれどすぐに止まった。
「そう、であれば、そこでそのまましばらく我慢していろ」
それだけを言い捨てると是羅は立ち上がり、部屋を出ていく。
パタンと閉じられる扉にシオンは慌てて呼び止めようとしたが、寸前で是羅との約束を思い出したかのように口を閉ざした。
その場にあるのは、朱色のろうそくが何本か、そこにゆらめく灯火だけが灯りで、周りにある調度品はどこか古めかしい。
窓はなく、シオンが吊された前の壁には真ちゅうのつる薔薇で縁取られたような、右下が割れた大きな姿見があるだけだった。
※※※
是羅が入ったのは、先ほどいた地下室とは違い、清潔に整えられた部屋で是羅の寝室であった。
部屋の大半を占める天蓋付きの寝具は大きく、今は仄かな灯りと影を通すだけの薄絹で覆われている。と言ってもそこには誰もいない。是羅しか使わぬその寝台の傍らで、瀟洒なソファに腰を下ろした是羅は、琥珀色の芳醇な酒をたしなみながら目の前の鏡を見ていた。周囲をつる薔薇模様の真ちゅうで飾った姿見は、瀟洒な姿に不釣り合いなひび割れを、その鏡面の左下に走らせている。その鏡は立ち上がった是羅の全身が入るほどに大きい。
自身が映った鏡の前で是羅は半分ほどたしなんだカップを傍らの机に置くと、鏡に向かって右手を記号でも描くように動かした。
縦に横に、回転して斜めに。
動かし始めてすぐに鏡面が淡く輝きだし、水面のように揺らいで像が不鮮明になっていく。飾り模様も真ちゅう色をした薔薇の花が仄かに赤く色づき始め、まるで花開くようにその花弁を広げていった。
その様子に反応もせずに、是羅の横では執事である男が配膳台から新たな酒を注ぎ、是羅に差し出し下がっていく。本来なら鏡に映るはずのその光景も揺らぐ鏡面は写しておらず、執事によりドアが音もなく閉じると同時ぐらいにようやく揺らぎが収まった。
その鏡面に映し出されたのは、ろうそくの炎に照らされている吊された裸体――シオン。
わずかに前掲した身体のせいか、俯いているために頭頂部が是羅へと向いていた。ゆらめく灯火はシオンの身体に幽玄な陰影を作る。
シオンが吊されてから半刻は経っていた。
是羅が伝えた期限まであれから半分は経っているが、シオンがいる部屋には時を刻むものなどなく、薄暗いろうそくの灯りは部屋の隅々まで照らしてはいない。
是羅が新しい酒をたしなみながら眺めていると、シオンが時折むず痒そうに蠢く。特に何も施していないが、汚れはそのままだから体液が乾いているのだろう、もじっと下肢をすり合わせ、大きな嘆息でもついているのか肩が揺れていた。
だが、不意に大きな音が鏡の中からした。
是羅の視線がシオンの背後にあるはずの見えない調度品を探す。シオンもまた顔を強張らせて、背後のそれを振り返った。
音は断続的に続き、止まることはない。
ガタ、ガタガタ、カチ。
繰り返される音は、何者か、それとも何かがそこにいることを示していた。明らかに怯えを見せるシオンが、何度も口を開くが是羅の言いつけを守って声を出さない。
そこにある恐怖よりも、是羅の言いつけを守る怖れのほうが勝っている証に、是羅は愉しげに口元を緩めた。
是羅の右手が揺れる。
ほんのわずかの動きではあったが、それに呼応するかのように鏡の中の音が大きくなった。
ガチャ、バタンと、扉が開いた音だと是羅には見えなくともわかる。
肩越しに振り返ったシオンの顔が恐怖に歪む。ろうそくの位置からして、その視界はまだ音の原因に気付いていないだろう。
ガタ、ガタ、ガタ。
ひどく緩慢に、けれど次第に大きくなる音。そして灯りの輪の中に入ってきた、それは足だ。
足先からすね、膝、大腿、腰、そこまで見えた時点でシオンが逃れるように身体を反らす。
「――っ!」
シオンが鋭く息を飲む音がした。
迫るモノから離れようと下がるが、吊されている身ではそれ以上は動けない。鏡に近づいたせいで大きく見えた肌は、ろうそくの灯りの中でも青白く、汗が薄く浮かんでいた。
是羅にも見えている腰から下、その肌は年輪も露わな球体関節を持つ木肌の身体だった。艶やかに磨かれたどう見ても人形の腰から下、だが上半身もあるのが窺える。
だがシオンが見ているのはその腰の部分、そこから目が離せないようだ。
その時点で人形は足を止めた。
止めたせいで、シオンはそこから目が離せない。人間でいう下腹部のすぐ下から反り上がる異形なモノ、股関節の間に、太く、長く、そしてひどく凸凹した黒光りしたものがあった。
それが何か、人間なら同じ場所にあるモノと同じ、だがはるかに凶悪に見えるのはそれがあるのは木肌の人形だからか。
何も言えず、強張ることしかできないシオンは、再び人形が動き出した途端、逃れようと暴れ始めた。
だが丈夫な縄とフックは外れるどころか闇雲に暴れるシオンの肌に食い込み、乳白色の柔肌を傷つけるばかりだ。
ガタ、ガタと歩くたびに身体が、そして頭が灯りの中に入れば、そこにあったのは目も鼻も口もないのっぺらぼうだった。足も手も指まであり関節もある精巧な人形だというのに、顔はただの楕円形。
それがシオンに近づいていく。
ただ人形の動きは緩慢で、人だと数歩の距離にひどく時間をかけた。
だからこそシオンの恐怖を煽るのだろう、開きっぱなしの口が音を発することはなかったが、荒い吐息は速く、限界まで綱を引っ張った身体はぶるぶると震えている。
それでも、近づいた人形が手を伸ばし、その硬そうな指先がシオンの肌に触れた途端、その口から悲鳴が迸った。
「い、いやあっ、是羅様っ、兄上様ぁっ、助けてっ、助けてぇぇっ」
その悲鳴は、鏡越しでも鮮明に是羅にまで届いた。恐怖に狩られた声は大きく、何度も助けてと繰り返す。
人形の手がシオンの腰を捕まえた。鏡に目いっぱい近づいていた身体は、人形に掴まれ元の位置まで戻されていく。シオンの腰に人形の指が食い込んでおり、着いた足がずりずりと床をすべる。その動きは緩慢で、まるでシオンの逃れようとする力と拮抗しているようだった。
だがシオンがどんなに暴れても指は外れないし、引きずり戻されていくのは止まらない。
「ひっぃっ、離せっ、離せっ」
沈黙の命令は破られ、恐慌状態のシオンはそのことに気付きもしない。是羅は不機嫌さも露わに口元を歪め、不味そうに酒を含む。
蔑む視線はシオンに向けられたもので、人形に掴まれたぐらいで是羅の命令を破ったシオンへの不快さは強い。
シオンは見たことがなかったが、あれは鬼躯国が作り上げたからくり人形というものだ。本来は見世物小屋などで単純で滑稽な動きをする人形だが、雛嶺国ではそういったからくり人形は一般的ではなかった。
もっとも今シオンに迫るからくり人形は市井にあるモノよりもう少し複雑な動きをする。
是羅からすれば、是蒼が開発した代物がそんな単純な玩具でないことはあたり前のことであり、だからこそシオンにこうして使ってやっているのだ。
『これは絶対シオンも気に入ると思うよ』
明るい声で上機嫌に言っていた是蒼の言葉に、それはぜひともシオンに使わせてやろうとここに設置したというのにだ。
だというのにあのような愚かな悲鳴を上げ、是羅の命に背き、大切な弟である是蒼の作品を壊さんとばかりに暴れるシオンに是羅の機嫌は急降下していた。
ならばシオンには是蒼の作品の素晴らしさを徹底的に教え込まなければならない。
是羅は鏡に向かい指を再度動かした。
途端に再び背後から音が大きく鳴り響き、一瞬シオンの身体が止まった。
先ほどと同じようにゆっくりと響く音。
だがそれにかまける暇はないとばかりに、シオンは再び暴れ出した。だがそんなわずかな停止の間に、人形はシオンを元の位置へと固定した。それから逃れようとするシオンは、掴まれた腰を起点に上半身と下半身だけを前へと進めようとした姿勢、だがそれ以上は動けない。
背後で再び扉が開く音がする。闇に紛れたその音に続く足音が、すぐにもう一体の人形のモノだとシオンですら気付く。
「い、いやあっ、離せえっ! 兄上さまぁっ、助けてぇっ!」
「愚かな」
是羅に助けを求めるシオンに、是羅の口元は笑みを堪えるように歪んだ。
いまだかつて、その言葉に是羅が従ったことはない。義弟であるシオンに、是羅が赦しを与えることはあっても助けてやる義理も道理もない。
ましては命じられたこと一つできぬ愚か者に甘い顔をするはずもなかった。
「まあ、是無辺りならば助けてやることぐらいはするか」
可愛いものに目がない三男の是無は、もちろん可愛いシオンは大好きだ。ましてや待ち望んでいた義弟とはいえ弟になったシオンに甘い顔をしがちだ。普段からの世話も是羅から見ればかなり甘やかしている是無の、そんな内面の愛らしさはシオン以上のところがあると是羅は可愛い弟のことを思い出す。
今回の是羅の休暇に是無が準備に奔走してくれたのだから、そのお礼に何がいいかと考えていると、確か南海の海草の一種から取れる粘液と森で採れる桜花草の花粉が欲しいと言っていたか。粘りがいつまでも消えず、肌によくまとわりつく粘性物は潤滑剤に良いらしく、また花粉は滋養強壮と性欲増強効果がとても高い。
海のものは無理だが、桜花草はこの辺りの村に問い合わせれば手に入るだろう。開花時期に採取し、乾燥させて保管しているはずで、是羅は自身の考えに満足げに頷き、傍らの執事に指示を出した。
是無が望んだその二種を混ぜればそれだけでも強い媚薬効果はあるが、もう一つ、無理かなと言いながら続けたもう一品がある。それは奥地に住むレア級魔獣の睾丸だ。
二種類を混ぜた媚薬にその睾丸をすりつぶしたモノを入れると媚薬効果はさらに強く、追加して強い幻覚効果も出るようになると言っていた。幻覚にかかると目の前の相手が知っている他人に見えるらしい。
『最近マンネリになったシオンに与えてみたいと思うのですが、材料が、特に魔獣は王家所領にいるせいかなかなか手に入らないのです』
幻覚に見えるのが是羅達なのか、それとも雛嶺国の元家族なのか、召使いや騎士達なのか、違う雰囲気で楽しめるのではという是羅に、確かにと頷いた。
その魔獣がいる山は是羅であれば往復で数時間もかからないだろう。王家所領だから一般の狩人も冒険者も入れぬが、是羅と騎士達であれば別だ。
可愛い弟の発案に手を貸すのも悪くないと、喜ぶ是無の姿を想像して是羅の口元が柔らかく緩んだのだが。
「ひ、ぎぃっっっ!」
ぶざまな悲鳴が鏡から響き、是羅はその表情を瞬く間に不快さに歪めながら、シオンへと視線を走らせた。
そのシオンの背中に人形がぴったりと重なっていた。
抱えられた腰は特に隙間なく人形の腰と接し、当然ながら人形の股間の魔羅もどきは深々とシオンの中に入り込んでいるのが見て取れた。
さらにもう一体現れた人形は、今度は股間には何もない。だがゆっくりとかがみ込むその頭の口の部分にはぽっかりと穴が開いており、その人形はその穴をシオンの股間に近づけてごくりと飲み込むように輪っか付きのシオンの魔羅を飲み込んでいった。
それこそ、顔がぴったりと薄い下生えにひっつくぐらいに。
「あっ、あっ」
顔をのけ反らせて衝動に喘ぐシオンの背後で、人形がゆっくりと動く。
跪いた人形の頭が、こちらもゆっくりと前後に動く。
間に挟まれたシオンは前後から腰を挟まれなされるがままだ。
「ひっぃっ、イクっ……、イキたぁっ……やああっ感じる、ひぃぃっ、そこっ、ああっ」
ゆっくりと下がり、ゆっくりと前に進む。
ひとおつ、ふたあつとあやすように動く二体の間で、シオンは啼き狂っていた。
敏感な身体は火照ったように赤らみ、全身から汗を拭いている。泣き喚く口角から涎を流し、双眸から溢れた涙が人形の頭にしたたり落ちる。
普段でも是羅達に入れられただけで絶頂を迎えるほど敏感なシオンだ。たとえ人形と言っても、その張り型も、口内も、是蒼の特製品となれば、並の淫具よりシオンを狂わせる。
「い、いやぁぁぁっ、いきたっ、出させて、だしたっ、ひぐぁぁぁっ、突くなっ、あぁっ」
緩慢な動きでも、いや、だからこそシオンは狂う。
痛みも何もなく、快楽ばかりが襲う状況は、戒められて射精できないシオンにはひどくつらい。しかも、相手は人形、どんな制止の言葉すら聞かないと早々に理解させられていた。
だからこそ、戒めを破ってまで是羅を呼んでいる。
その是羅は、変わらず酒をたしなみながら、そんなシオンを見続けていた。
執事が食事の支度ができたと呼ぶその時まで、鏡の中で身悶え嬌声を上げるシオンを眺めていたのだ。