【階段の先】-12

【階段の先】-12

12. Ryuji Side

 怯える正樹の身体を丸太に乗せて括り付ければ、日焼けの少ない白い背がよく見える。そこには、数本の赤い痕が残っていた。
 昨夜は加減をして、鞭もそれほどダメージを与えないものを使っていたからだが、続け様の痛みは慣れぬ身体にはきつかったのだろう。気力が途切れたように気を失った正樹の身体をベッドに横たえ、よく効く薬を塗っておいたせいか、そこにあった腫れも引いていた。
 一日出かけていろいろとやるべきことをして帰ってみれば、まだベッドの中にいた正樹は、その頬を新たな涙で濡らしながら眠っていた。時折唸り、もどかしげに身動ぎする姿は悪夢でも見ているようで、可哀想になる。
 その頬を指の背で拭い、縮こまっていた身体を抱きしめるように一緒のベッドに入ってやり、存外に冷たくなっていた身体を温める。室温は適温に調整していたのだが、寝ているときには冷えてしまう温度だったらしい。リモコンで温度を調節し、やはり寝るときは毛布か何かあったほうが良いかと考えている。
 実際俺は、正樹を苦しめたいわけではない。ただ、泣かせたいだけなのだ。
 それも、俺の趣味の鞭打ち含めた行為で、たっぷりとだ。それこそ、俺にとって愛するということは、相手を虐め抜き、肉体的にも精神的にも支配して、俺だけしか目に入らないようにするということだ。そう、泣かせたくて堪らないのだ。
 それがひどいことだとは判っている。判っているからこそ、普段は理性で押さえ込んでいるそれを、できれば恋人となる者には知って欲しい。知って受け入れて欲しい。
 できれば。
 だから本当は合意の上で始めたかったけれど、そういうのに全く免疫がない正樹が気に入ってしまったのだからしようがない。
 よく言えば一目惚れとも言えるだろう、あの撮影の時、嫌がる正樹の泣き顔を見たときの衝動は、その言葉以外にあり得ない。その瞬間、倶楽部で目に付けていた可愛い子達のことなど全て吹っ飛んだ。吹っ飛んだうえに、あり得ぬ禁欲の日々から送ってきたのだ。
 それもそれも、正樹以外欲しいものがないと思ってしまったからだ。
 だからこそ、冬吾にもプライドをなげうって協力してもらったこの機会を、俺は逃す機などなかった。
 撮影のためと不慣れなSM小説で勉強しているところに、俺厳選の拷問調教ものを混ぜ込んだのもその一つ。
 勉強用だと、鞭で打たれてるビデオもちら見させ、奴隷が主人にこびへつらうシーンも見せておいた。
 それもこれも正樹が不審に思わない程度だったから、完全ではない。だが、そんな瞬間に、俺は正樹はマゾの気質があるのではないか、と思うようになっていた。
 ビデオを見ながら表情を強張らせながらも赤くなっていた。
 鞭打たれながら犯される姿に、尻がもぞりと動いたのを見逃す俺ではない。
 それに気が付いたら、もう俺はこの計画を中止する気は全くなくなったのだ。
 こいつを俺自身の手で被虐の世界に落とし込んでやる。俺が落ちたように、正樹もまた、この世界こそが自分の生きる世界だと、認識させてやるのだ。
 そのために、徹底的にやってやろう。
 振るえ、怯える瞳の奥に隠れている被虐の精神を引きずり出してやろう。
「朝起きたら一番に挨拶、言ってみろ」
 ガクガクと小刻みに震える可愛い正樹は、一瞬何を言われたのか判らなかったようで、怯えながらも子犬のように首を傾げる。その姿が愛おしく、首輪の嵌まる喉を指先でそっと撫で上げた。
 とたんに逃げるように仰け反る身体に近づいて、反対の手で恐怖に萎えた陰茎を握りしめる。
「ひっ」
 喉に当てた指先に伝わる可愛い悲鳴にほくそ笑み、柔らかな肉を強弱をつけて握りながら、ゆっくりと言い聞かせた。
「まあ、おまえはまだ奴隷成り立てだからな。特別に、主人である俺が淫乱マゾ奴隷の作法ってやつを教えてやる。まずは、おはようございます、ご主人さま、失礼いたします、朝のお食事をいただきにまいりました、美味しいザーメンをお恵みください、だ」
「え……え? あ?」
 けれど、戦慄くだけの唇は、肝心の言葉を紡がない。
 仕方がないので、力を込めてペニスを握りしめれば、音のない悲鳴が耳元を擽った。
「すぐに忘れるんだな、おまえは。まあ、どうせその頭の中には、ぶっといチンポで犯されることだけを考えているんだろう、うん? ああ、あの痴漢ものの時なんか、三人もの男どもに囲まれて、良い表情でやつらを煽っていたじゃねえか、早くって強請って尻振りたくってな。マジ、好きもんだから、朝っぱらからチンポおっ立てて、誘いやがって」
「いっ、痛っ……ちが……、ひ、ぃ……」
 けれど、俺の言葉を否定しようとするから、ますます指に力を入れて、先端に爪を立てる。
「ひっ、ぎっ、いっ、いったぁ……っ」
 必死になって俺の腕に縋り付き、外そうとするが、爪の弱い子猫がいきがって爪を立てているようなものだ。俺の薄皮一つ傷つけぬ抗いは可愛いくて絆されそうになるが、今は躾けるのが先。それ相応の態度を示す必要がある。
「ほら、礼はどうした? あろうことか主人を患わせているんだぞ、淫乱奴隷の分際で。この俺が教えてやるというのに、礼もねえのか?」
 痛みに浮かんだ涙が頬を流れ落ちている。
 それをぺろりと舌で舐め取れば、ますます縮こまって震えがひどくなった。それでも。
「あ、ありが……と、ございます、ご主人さま……」
 絞り出すような弱々しい声音が俺の耳を心地よく擽る。
 それに、痛みと怯えに震えて泣く顔は、やはり俺の股間に直撃ものの愛らしさがあった。
 俺を尊敬する先輩と纏わり付く姿に、クンクンと懐く子犬のように飼ってやるのも手だとは思ったこともあったが、やはりこいつは泣き顔を堪能するのが一番良い。
「いいか、奴隷は何を差し置いても俺を悦ばせることだけを考えるんだ。当然挨拶は基本だし、主人から何かをしてもらったり、与えられたら礼は欠かしてはならない……」
 そうやって、俺は懇々と奴隷としての心得を教え込んだ。
 そんな俺の言葉に、正樹の震えは止まらない。
 絶望に満ちた瞳が、新たな涙を溢れさせる。けれど、そんな恐怖はそのうち消えるだろう。そして、俺のすることなすこと全てに歓喜の涙を流すようになるのだ。
 それも遠い未来ではない。何しろこの俺が手ずから教え込むのだから。
「……できなければそれ相応の罰が与えられる。それは、奴隷であるおまえが悪いからであって、拒絶することは許されないことだ、それは判るだろう?」
「ば、罰……ゃ……ぁ……」
 蒼白となった正樹が逃げようとするように、丸太の上で藻掻く。
「そして俺は……罰を免除することはない」
 丸太の上で絶望に満ちた表情を浮かべる正樹に、俺は自身の愛用の鞭を見せつけた。
 昨日使ったちゃちなやつじゃない。
「俺の罰はこれで奴隷を打つことだ。よく見ろ、昨日のはまだ奴隷の心得を教えていなかったから単なる革紐だったし、冬吾が使ったのもそうだ。だが俺が使うのはこれだ」
 かろうじて視線を向けてきた正樹の前で、手の中の鞭を勢いよく両手で引っ張る。
 パンと甲高い音を立てて俺の腕力に耐える鞭。
 長さは一メートルほどで、一番太い所は三センチ弱。芯の周りに細い革紐をしっかりと編み上げた代物で、非常に上部で固い。その先端に幅狭の革紐できた赤い房がついている。
 いわゆる一本鞭のそれは熟練したものでなければプレイで大怪我を負わせてしまうことがあるが、俺も冬吾もこれの使い手だ。前日の撮影で、本当ならこの一本鞭を使いたかったところだが、さすがに最初から飛ばすのは、と言われて諦めた。
 俺が軽くそれを振って床を叩けば、甲高い良い音が地下室内に響いた。
 手入れを欠かさないそれは、今日も俺の手にしっくりと馴染み、良い音を立てている。
「ひぃぃっ、や、あ……許してっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ご主人さまっ、許してっ」
 すぐに正樹が全身をくねらせ、泣き喚き出した。昨日のものより衝撃が強いことに気が付いたのだろう。ボロボロと涙を零し、懇願する正樹は、本当に可哀想なくらいに怯えていた。身動きもろくに取れぬ丸太の上で、少しでも遠ざかろうと必死になっている。それは、哀れでか弱い姿を、少しでも隠そうとしているのか。
 だが、そんな怯える姿に、俺の股間はさっきよりさらに硬くなって、さっさと使えといわんばかりに自己主張を始めていた。
 まあ、しょうがないだろう、何しろ、念願叶ってようやく手に入れてお気に入りの奴隷だ。
 だが、楽しむ前にまず躾。
 主人の前で奴隷がどうすべきか、しっかりと教え込むまでは、甘い飴などやることはできないのだが、先日撮影の際に味わった蜜の味に、欲求は堪えきれないとばかりに暴れてしまう。甘く熟れた肉の味を、早く味わいたいと俺のペニスが訴えているのだ。
 そんな欲に駆られて乾いた唇をぺろりと舐め、震える背中の白さに誘われるのを必死の思いで堪える。
 ったく、主人をここまで煽るとは、ほんとに罪深い奴隷だ。
 だが、それこそ俺のものにふさわしい。
「怯えることはねえよ」
「あっ──ひぃっ、な、なんでっ」
 前髪を掴み、伏せた顔を上げさせれば、目の前にあった股間の、俺の自慢の逸物に正樹が白目を剥くほどに見開いた。
 その至近距離で、ガウンの袷から覗いた俺のいきり立ったペニスを突きつけてやったからだ。
 さっきの正樹の哀れな泣き顔に、勃起したそれはすでに先走りすら滲ませていた。それを閉じることを忘れたように開いている唇の間に突きつける。
「ん、あっ」
 熱く泥濘んだ肉の中にずるりと入り込む俺のペニスに歯先がひっかかり、鋭い痛みを覚えた。
「おい、俺の大事なもんに、歯を立てるとは、いい度胸してねじゃねぇか、せっかく好物を味合わせてやってるっていうのに」
「んああっ、むあ、うぐ」
 低い声音で脅してやればすぐに大きく口を開いて、迎え入れてはくれたけれど、もう遅い。
「まあ、相当なマゾだからな、罰を受けたくてわざわざ俺を怒らしているんだよなあ、おら、返事しろよ」
 ガシガシと喉の奥まで突き上げて、その刺激に震えて締まる喉を堪能する。
 俺のこの喉の奥まで使ったディープ・スロートが大好きなのだが、喉の奥が敏感すぎるようなやつだともう生理的に受け入れられないというのもいる。
「んごぉ、おっ、う゛っ、あ゛」
 実際正樹も苦しそうではあるが、しっかり喉の奥まで開いて受け入れているようで、どうやら全く駄目というものでもなさそうで。
「へえぇ、さすがに淫乱だなぁ、こんな奥まで喰らってうまそうにしゃぶるやつなんか初めてだ」
 しかも、かなり具合が善いとなると、これはもう楽しめる穴としてすばらしい代物だと言えた。
 そういえば、あの時冬吾がずいぶんと善さそうだったとは思ったけれど、これだったのかと納得する。
「すげぇ……ん、くっほら、もっと締め付けろ」
 朝っぱらから一発目を出そうなんて思っていなかったが、あまりの具合の良さに止まらない。
 思わず正樹の頭を掴み、ガツガツと腰を押しつけた。
「お゛ー、あ゛ー、あーっ」
 何か判らぬ呻き声がするたびに、先端が当たる喉の奥が心地よい振動を伝えてきて、もう堪らない。
 朝の生理現象を抜きにしても、射精感が高まるのが早い。
 しかも、涙と鼻水でグチャグチャになった正樹の顔が、また俺の悪い欲情をしっかりと煽ってくれるものだから。
「よし、褒美だ」
「ぐぼっ」
 奥の奥まで喉を突き上げて、そのままきつく頭を固定する。
 どくんと下腹の奥から込み上げる衝動が、狭い管をとおりって一気に噴き上げる。
 狭く密着したそこに塞がれて勢いよく出ないのも、堪らなく感じた。
「ん、は、あ……ぁ」
 ぶるりと、無意識のうちに身体が震えた。
 じわりと体内の熱が全身に甘い痺れをもたらして、堪らずに喘いでしまう。
 こいつはすげえや。
 そんなことを思うほどに、正樹の喉は名器だった。
 もっとずっと味わいたいと思ったけれど、苦しさに足掻く姿に、失神されてはもったないと、ずぼりと抜き取る。
「うぇ、げぇ、げほっ、ごほっ」
 とたんに始まった激しい咳に、せつかく出した俺の大事な子種が辺りに飛び散る。
 慌てて、咳き込む口を手のひらで塞ぎ、髪を掴んで上向かせた。
「飲め、せっかく淫乱奴隷に褒美をやったっていうのに、外に出すんじゃねえっ」
「うっ、あっ……んっ、くっ……」
 咳き込んでも口の中に戻るそれに、正樹の喉が上下に動いたのはしばらく経ってからだ。
「ん、う……くっ……ひくっ、う……」
 溢れた涙が頬を伝う。それは、やはりものすごく俺の性欲を煽ってくれるもので。
 もっともっと楽しみたい。
 髪から手を離し床に落としていた鞭を拾い上げる。
 それが視界の片隅にでも入ったのか、ぎくりとばかりに、正樹の顔が跳ね上がって俺を見た。
 信じられないような面持ちのそれに、俺は笑いかける。
「言ったはずだ、俺は罰を免除することはない。朝の礼をしなかった罰、朝の奉仕をしなかった罰、イスに座るのを逆らった罰、奴隷の心得を教えさせた罰、それから……ああ、まあ、いいや。あんまりありすぎて、何回打てば良いの判らねえが……」
「ひ、いっ、そ、そんなっ、ゆ 許してくださぃっ、ごめんなさいっ、おね、がいですっ、打たないでぇっ、むち、鞭はいやっ、あっ」
 狭い丸太イスの上で暴れる正樹は、今にも落ちそうだったけれど。
 それを見越して今日は太股のところでも固定したから簡単には落ちやしない。
 慌ててガチャガチャとその戒めを外そうとする哀れな姿に、俺は気の毒そうに嗤いかけた。
「仕方ないだろう、てめぇがわざわざ罰を受けるようなことばかりするから。俺も仕方ないのさ、奴隷が愚かな真似をすれば罰を与えるのは当然だからな。鞭が嫌なら、罰を受けないようにすれば良いだけのことだ」
 たったそれだけのことだ、と言い切って、俺は着替えるために踵を返した。