【階段の先】-5

【階段の先】-5

5. Ryuji Side

 カットの声とともに、俺はリュウとしての仮面を外した。
 いや、正確には先輩としての龍二の仮面を付け直したと言ったほうが良いだろうか。
 正樹の知る俺は、事務所での先輩としての俺。AVに出てくる優しい恋人としての、作られた俺。その仮面を被り直して、恐怖に強張る身体を優しくいたわる。
 続けて撮るよりは少し休憩したほうが良いだろう、ということで、俺は正樹の枷を外してやってそのまま横にさせてやった。
 ラバーパンツ姿のままのその身体に毛布をかけてやれば、「ありがとう、ございます」と辿々しい礼が返させる。その強張った、それでもうれしそうな笑みが堪らないと見えぬ向きでひとしきりほくそ笑み、頬に力を入れてしかめっ面をして向き直った。
「しっかりと休んでおけよ」
 お気に入りの柔らかな髪を梳いてやり、「今日の相手が正樹で良かったよ、最高だ」と耳元で囁いてやれば、真っ赤になって毛布の中に潜り込んでいく。
 それにハハハッと軽い笑い声を上げながら離れて、死角になるカメラの後ろへと移動すれば、そこでは冬吾がふんぞり返っていた。
「顔が緩みまくってるぞ」
 呆れた風情で指摘されても、にやける顔は戻らない。
「可愛いだろ?」
「まあ、確かにな。つうか、いくらバラ鞭だからって力入れすぎだ」
「いや、だってよお、可愛いし、あのヒイヒイ言ってる声をもっと聞きたいって言うか」
 必死になって龍二の鞭に耐えていた──というか、後半はもう悲鳴が上がりまくりだったけど、その声音のなんと心地よい響きだったことか。
 撫でる程度で終わらせる予定が、結構本気で連打してしまったのは確かだ。
「おまえ、俺がカットいれさせなかったら、マジであの可愛いチンポまで打つつもりだったろうが」
「あ……、そうだったかな」
「まだ早いって」
 はあっと呆れたようにため息を吐かれても、正樹が可愛いのだから仕方がない。
 もう途中からは演技ではなかっただろう、あのよがりよう。痛みに耐性がない身体は、俺の鞭に暴れ回って、悲鳴とともに尻を振りたくり、チンポがブラブラと揺れまくっていて。
 まるで誘われるようなその仕草に、暴走しなかった自分を褒めてやりたい。
 できれば、愛用の一本鞭でその白い身体にたくさんの痕を付けたいところだったけど。
 さすがにそれはまだ早い。
「龍二、一気に無茶したら撮影にならねえよ」
「あー、気をつけるって。つうか、どう、冬吾の見立てでは? あいつ」
「んん? ああ、そうだな、まだはっきりとはしないけど、いけそうだな。鞭打たれて最初のうちはまだ勃起してたしな。それに、おまえ気付いていたか?」
 意味ありげな笑みを浮かべながら正樹を指さした冬吾の指摘に、俺はすぐには判らなかった。
「何か?」
「あの子、また勃起してるぜ」
 ちらっと見やるその視線の先、今は横向きになった正樹の顔は見えないけれど、毛布の形から身体を丸めていることは判った。
「勃起してる?」
「ああ、おまえに抱き起こされた時からな。たまにモジモジと腰が揺らいでる。まだ尻が痛いはずなのにな、おまえが触れたっていうだけで、感じたんだろうよ」
「へ、えぇ……」
 言われてみれば、僅かに蠢く毛布の山。
 あの中で、きっと勃起したペニスをなんとか慰めようとしているのか。
 その痴態が脳裏に浮かび、きついビキニの下で己のモノも硬く張り詰めていく。
「憧れの先輩に優しくされただけで痛みも忘れて勃起できるんだ。精神的な支配ができれば、おまえが傍にいるだけで痛みも凌駕する快感を勝手に味わう質になるかもしれんぞ」
 それは、奴隷としては最適の質だと、冬吾が嗤う。
「だから、撮影中はあんまり一気に行くな。今度はちょっとおとなしめにな」
 その言葉に頷きながらも、期待に胸が高鳴った。
 容姿も性格も俺好みではある正樹だが、SMに嵌められるかどうかはまだ判らなかったからだ。それを確認するためにこんな撮影を企画したのだが、どうやらなかなか良い傾向が出ているようだ。
「俺が鞭で、おまえが飴でいくが、判ってるだろうな」
「はいはい、俺はおとなしくあれに優しくしてやりますよ」
「……そういう顔をしているおまえが一番怖いんだがな」
 呆れたように肩を竦められても、自分がどういう顔をしているか判らない。判らないが、確かに俺は愉しんでいた。
 さっき打った赤い尻、ひくつくアナルに、糸巻きハムのごとく膨れあがったペニス。
 始めてドライで達った正樹の陶然とした表情と苦痛に歪む姿。
 そのどちらも求めて止まない正樹の姿で、ずっとあんな顔をさせていたいと切に願う。
 もともと正樹は初体験以降こういう性的行為は全て撮影下でしかなかったからか、どうも快楽にのめり込めていないようなのだ。
 それこそ、今日のドライオーガズムも知識でしかなかったものだが、それなのにこんな状況で達けたのだから、冬吾の言うとおりなかなか良い質なのかもしれない。
 いずれは前立腺刺激だけ、乳首だけでも達かせてみたいものだけど。
 しかし、あれは本当にそういう顔がよく似合う。
 さっきのドライでの絶頂に蕩けた表情を思い出し、じゅるっと口内いっぱいに涎が溢れて零れそうになった。
 慌てて手の甲で拭う俺を、冬吾が呆れたように見つめていて。
「ま、おまえのそういう顔が見られるだけ、俺も楽しいっていうか」
 とんと肩を叩かれて、そろそろだと促される。
 続いて行う撮影は、たまたま知り合いのサド仲間が訪れたって感じで冬吾も参加してくるシーンからだ。
 訪問シーンの見る者にとってはどうでもよいシーンは撮影済み。
 予定では浣腸して、今度は背中を打って、尻穴は俺が、口は冬吾が犯して、気絶するまでやりまくる。
 まあ、この程度では俺たちにとっては物足りないが、一応正樹にはソフトな感じだと言っている手前、あまり無茶はできないのが残念だ。
 もっとも、この撮影でこいつが俺の調教に耐えられるかどうかを見るのもあるから、一気に突き進むのは後の楽しみにとっておくしかなかった。