【蟻地獄のおいしい獲物】6

【蟻地獄のおいしい獲物】6

 
 
 ゴルドンが終われば、今度は俺。俺が出せばまたゴルドン。
 繰り返される欲の戯れは、全員が満足するまで終わるものでなく、すでに体力的にも限界のリアンも同様だ。
 さんざん犯して射精して、その顔から腹から尻から、ザーメンまみれにした身体を、リアンは淫らに踊らせて、歓喜の声を上げて強請ってくる。
「もっと欲しいぃ、射精っ、射精したいっ、させてぇ」
「ああ、もう少し待ちな、俺たちが達くほうが先だろ? ご主人様を置いて奴隷が先に達くなんてなあ、許されねえからな」
「そうだな、もし許し無く先に達きやがったら、もう一生そこの枷が外れないようにしてやってもいいぜぇ」
「あ、ああ……お、お許ひをぉ……ああ」
 何度聞いたかその願いを、さすがに俺たち自身の欲が解消されれば叶えてやらねばならないだろう。
 だが、すでにさんざん飴をやったら、今度は鞭。
 対価はもちろん頂くのが俺たち流だ。
 寝そべった俺の上で、対面座位でずっぽりと尻で銜えたリアンの背に、ゴルドンが嬉々として鞭を打つ。
「あ、痛──っ、ああっ、ひぃ、いあっんっ、がっ」
 俺が下にいるのと、今度は限界を超えないようにと自制しながらの鞭打ちは、それほど強くはない。だが、乳首やら、脇腹やら、敏感なところばかりを狙ってて、しかも同じ所を続けて打たれるからかなり痛いのは確かだ。
 さすがに使い続けた腕は少々くたびれが来ているようで、ゴルドンも短く束ねての鞭打ちだ。
「今度はどこを打たれたいか言ってみろよ、ヒイヒイ喘いでばっかいねぇでよっ」
「ヒッ、んっ、んくぅ、あ、あぁ、お、おっぱい、おっぱいがぁ」
 乳首から広範囲にかけて鞭の痕が重なっているそれを庇うようにリアンの震える指が覆う。
 だが、ゴルドンはニヤリと口角を歪めて、冷たく命令する。
「手を避けろ、でねぇとそのだらしねぇチンポ打ちまくってやるぜ」
 伸ばした腕から伸びた鞭の先が、俺の腹の上で踊るリアンのチンポを擽る。
「ひっ、や、あっ、あ、っ」
 あの痛みを想像したのか、顔を顰めてふるふると首を振るリアンが、そろそろと腕を下ろした。
 いや、これはちょっと俺も内心で安心していた。
 この状態でリアンのチンポを狙われたら、俺の腹まで鞭を喰らうハメになって。さすがに鞭打たれて勃起を維持できるほどのマゾでないからな。
「で、どこ打って欲しいって?」
 意地悪な質問に、悲しそうに顔を歪めたリアンが、小さく、呟く。
「お、おっぱい……」
 こいつは賢いから、それ以外が許されないことをよく知っているから。
「おっぱいか、ほらよっ!」
「あぎっ、ぃっ、ぃぃ──っ!」
 パンと軽い音を立てて、濃い朱色になるまで充血した勃起乳首がぷるんと跳ねて、リアンの絶叫が後を引く。
 それから背に回ったゴルドンが、再び連続で鞭を振るい始める。
 まるで乱舞のように舞うそれに、悲鳴が極上の音楽のように鳴り響いた。
 そのたびにリアンの身体が跳ねて、肉の穴がきゅうっと激しく締まる。それこそ絞り取られるような締め付けは、まるで引き千切られそうで。これまでに出していなかったら、あっけなく暴発なんてありそうなぐらいの快感だった。
「あぎぃっ、ぎやっ、やあぁっ、痛ぁっ、あっ!!」
 だがリアンにしてみれば、パンパンとひっきりなしに響くそれは、前よりは一回の痛みは強くないだろうけれど、連続でやられればその痛みは蓄積され何倍にもなって身体を襲ってくる。
 実際にその顔はきつく歪み、唇に食い込む歯のせいで血が滲んできているようだ。
 けれど、俺の腹の上では、解放を求めてリアンのチンポが揺れている。深く枷が食い込み鬱血気味で、打たれた痕は今はどす黒く変色さえしていた。幸いに肉の断絶まではいっていないとは思うのだが、その見た目の痛々しさはすさまじい。が、俺は誘われるように、笑みを浮かべながらその痕をきゅっと握ってみたりして。
「い、いやあっ、そこっ、は、だめぇぇっ」
 痛いのか、泣きの入った声とともに震える手が庇うように俺の手に被さってきた。
「外して欲しいって言うから外してやろうとしてるんだろーが。ああ、でもてめぇはマゾの淫乱だから、苦しいほうが良いんだろうなあ」
「いらねぇんだろっ、とっ、いいじゃねーか、淫乱は尻穴でチンポさえ銜えてりゃ満足なんだろーからな」
 嘲る声音でゴルドンが責める。
「あ、やっ、ご、ごめんな、さいっ、ああっ、おも、お願いっ、しみゃっ、……取っれぇっ、痛っ、うっ、ザーメン、出したいから、取っれぇくだひゃっい」
「だったら、手ぇ離せ」
 すぐに離れる手が、けれど触れればまた伸びてくる。
 さっきから繰り返されるこれで、リアンの枷は外しようもない。
 なのに。
 ゴルドンが振り上げた鞭が肩から背に走る。
「ひぎぃ! んあっ、ああっ、い、あっ、みゃ、みやたぁ、達ひゅぅぅっ」
 尻にチンポ銜えて、鞭もらって。この二つが合わさったリアンにとって、それは絶頂地獄でしかない状況で。
 だんだん、そのろれつが回らなくなってきている。
「おい、ド淫乱野郎、外して欲しいのか?」
「ひゃ、ひゃいぃ……外してぇ、ぎゃっ、ひあ、は、外してえっ」
 悲鳴の合間の懇願は、もう訳も判っていないようで、視線はどこか遠くに向かっていた。
「だったら、もう十発受けろ、それからだ」
 そのうえ、すっかり枷が外れたかのように、ゴルドンも容赦なく鞭を振りまくる。
「さて、一発目はここだっ」
 と振るった先はリアンの背中だ。こちらからは見えないが、すでにもう至るところが痕だらけだろうそこに、ゴルドンが容赦なく振り下ろす。
「ぎゃんっ!」
 その後、ほんの数秒、ゴルドンが首を傾げて何かを考えているような。
 けれどすぐに少し右に動いて、鞭の柄をしっかりとしならせて、それが戻る反動を利用して、横に払うように身体を庇う右腕へと打ち付けた。
「痛ぁっ!!」
 細い腕に食い込む鞭は、折れるかと思うほどに食い込んだが、あれなら大丈夫そうだ。
 その代わりにしっかりと肉穴が締め付けられ、跳ねるように動いた腰に絞られて。
 小さく呻く俺のほうが打撃を受けたようになっていた。
 けれど、そんな俺など無視して、ゴルドンがまた移動して。
 痛み抱え込んだ腕が上がった隙に、「ほらよっ、三発目だ、淫乱」と同じ軌跡で鞭が動く。
「ぎやぁぁぁっ!!」
 涙が降り注いだ。身体の中でも柔な皮膚である脇腹にしっかりと残る赤い痕が、痛みに苦しむリアンによって蛇のようにくねっていた。
 その様子をニヤニヤと嗤っているゴルドンがまた移動して。
 パンパンと自分の手のひらに鞭の柄を打ち付けながらずいぶんと楽しげだ。
 だが、ちょうど俺の頭上にその身体がきたとき、ごくりと俺の喉が勝手に鳴っていた。
 いや、これは……。
 仰向けの体勢からまっすぐ上にあるゴルドンの、この圧迫感ときたら、はっきりいってちょっと怖いかも。
 いや、捕虜どもが恐れるわけがよく判ったと、知らず身体に力が入る中で、口角を上げたままのゴルドンが嬉々として鞭を振るう。
「あひっ」
 今度はちょっと弱く悲鳴は小さい。けれど、ガクガクと腰が揺れたのは、狙われたのが乳首だったからだろう。すでに何度か打たれたそこは待つかに充血してたいそう敏感なようで。どうもここを打たれるのがリアンは好きなようで、軽く空イキしているようだった。
「ほお、また達ったか、本当にこんなもんで達く奴なんか見たことねぇぜ」
 極悪非道人モードのゴルドンの迫力は、敵で無くて良かったと、しみじみ思ったけれど。
 これで終わらないのがゴルドンだ。
 普段は外見はともかく、内面は知的な情報系エリートなのに、外見そのままの行為となると、もうバーサーカー来たりという感じだな。
 あまりの締め付けに暴走しないようについつい他のことを考えていると、今度は左側へと回っていき。
「四発目っと、ほおれ、いくらでも達けぇ」
「あぎぃっ!!」
 ガクガクと腹の上で踊られては堪らないと腰をしっかりと捕まえていたが、中の動きは別物とばかりに、痙攣し続けている。
「今度はどこが良い?」
 そこまで続けていたのだが、不意に止まったゴルドンがリアンの泣き濡れた顔を引き上げて、間近で覗き込んで問いかける。
 けれど、リアンは荒い吐息を繰り返し、何を問いかけられているのかもよく判っていないようだ。
 ぜいぜいと喘ぐだけのリアンを放して。
「言えねえなら、どこでも良いってことだろ、さっすが淫乱な身体してやがるなあ。まあだったら勝手にやるぜ」
「あ、やあっ!! 止めへぇっ、ひゃあっ」
 右と同様に、腕へと打たれて、跳ね上げた腕の下へ即座に次の鞭が入る。
 短くしているとはいえ、その制御は完璧で、いやいやさすがと感心するけれど、平然とした顔をしているのは外面だけで、実のところきゅうきゅうと締め付けるそれに俺のチンポも限界だ。
 だが、せっかくだからもう少し、と、ひたすら我慢してしまうのは、できれば……という思いがあるからで。
 内心、さっさと十発目行けとか思っているのもおくびにも出さず、頭の中で回数を数えていた。
 そうこうしているうちに、大きく上から振り下ろすように肩から背中へと鞭が振ってくる。
「ほらっよ、どうだ?」
「ぐあっ!」
 脇腹を打たれて捻った身体が今度は前後に大きく揺れた。
 リアンは逃れようと身体をねじるのだけど、俺のチンポが基点となったそれは、逃げられる物では無く、その身体が鞭の餌食になっていった。
 そう、俺どころかゴルドンも、すっかりこの行為に嵌まりきっていた。
「は、ここまで打たれ続けてぶっ倒れねえ、その根性には呆れてしまうなあ。まあ、鞭で打たれるのが大好きだから、もったいなくて受け続けているんだろうけどよ。ほらっ」
「ひゃんっ、ぎぃ、ぎゃああっ」
 だが、受けるほうのリアンは、もう限界がきていた。
 打たれるたびに反射的には締め付けて跳ねるけれど、その動きは緩慢だ。
 けれど、そんなふうに身悶え苦しむ様も俺的には嵌まっているから、興奮することしきり。
「ほおれ、十発、物足りねえんなら、まだまだやるぜぇ」
 パンと軽く手のひらを打ってから、鞭の先を左手で持って。両手を振り上げてしっかりと構えてから、一気に振り落とす。
「やああ、も、もうっ、むりぃぃっ、ぎああっ!!」
 十発目ということで、ことさらに甲高い音が室内に響いたその瞬間、俺は唐突にリアンのチンポの枷を外してやった。
 パチパチパチ、素早いそれは全部の輪の部分の締め付けを外すのに一秒もかからなかったはずだ。
 だが、リアンにとっては違ったようで。
「う、あっ、びゃっ!!」
 一つ外すたびに違う悲鳴を上げ、不意に内部が激しく痙攣したのはそれから数秒後。
「んみゃぁぁっ」
 まるで発情した雄猫のごとく浅ましい声を上げて、多量の精液が間歇泉のごとく吹き上がる。
 ボタッ、ボタッ。
 俺の腹やら床に飛び散るそれは見るからに濃厚で、粘性も高い。
 そんな精液を吹き出すリアンは、だらしなく口を開き、口角から涎をだらだらと垂らしながら、忘我の境地に至っていた。
 その間も肉の穴の蠕動は収まらず、俺のチンポをさんざん絞り上げてくれて。
「んんっ」
 その快感に堪える気もなく、残渣のような精液がにじみ出た。
 さすがにもうタンクは空だ。
 ぐらりと傾いだ身体がそのまま倒れてしまい、ずるりんと抜け出たチンポを追うように、ねっとりとしたモノが俺の太股に垂れ落ちてくる。
「おいおい、大好物のザーメンが尻穴から溢れてるぜ、もったいねぇな」
 前にゴルドンのモノが出てくるときは早く掻き出したかったほどに腹が立ったけれど、これの半分は俺のものだと思えば、そんな気に起こらない。
 というか、二人だからこそのこの量に、外に出したのも全部入れてしまえば良かったと後悔すら湧き起こる。
「栓でもするか、零れねぇように……何かあるか?」
「あ、ああ、これがあった」
 身体を起こしながら、横に倒れたリアンのゼイゼイと喘ぐ様を見ていると、ゴルドンがおもむろに持ってきたそれをジュプっとリアンの尻穴に突っ込んで。
「お、おいっ、それはっ!!」
「可愛いじゃねえか、尻尾みてぇでよ」
 クツクツと喉の奥で嗤うゴルドンを睨み付けるものの、俺の鞭の柄を突っ込まれた姿は確かに言葉通りのかわいらしさがそこにあって。
 不愉快なところもあったけれど、それでも外す気にはなれない。
「今度、猫とかヒョウとか……尻尾つけてみっか?」
 想像してみると楽しくなって、ついそんな言葉を呟いたから。
「マーマニー辺りが聞いたら、速効で実現させそうだな」
「いや、俺はオモチャの話であって……」
 そんなバカな話をしながら、さて次は何をしようかと、僅かに首を傾げたゴルドンを見上げていた、そのとき。
 ガチャッ! ギィッ! ドゥーンッ!
 けたたましい音とともに、何者かの気配が取調室に飛び込んでき、とっさに跳ね起きて片膝を付いて構えた視界の中に。というより、鼓膜をつんざく罵声が飛び込んできた。
「てめぇーらっ! 何やってやがるっ!!」
 重いはずの扉を跳ね返るほどの勢いで開いて飛び込んできたのは、怒り心頭、文字通り怒髪天を突いたマーマニーだった。
 やべっ!!
 声なき悲鳴が脳内でこだまする。
 咄嗟に俺たちを庇うように盾になろうとしたゴルドンも同様で、その横顔が引きつっているのが、視界の片隅で認識できた。
「そいつを休ませろって言っておいたはずだろうがぁ、え?」
 ドスの利いた声音は、あいつが医師モードのときの、それも機嫌最悪のときの証明だ。
 グラン隊がメインで使うこの拠点の最高責任者は俺であると言って良い。
 実際にはゴルドンなり、事務方の責任者に運営は任せているのだが、それでも最高であると皆が認識はしている。
 だが、マーマニーには医師としての特権があって、それは隊員達の健康管理に関わる医師としての判断と俺たちの指示とが違ったときには、医師の判断を優先させるというものだ。もっとも、それは平時の限定的な範囲であって、戦闘中とか非常時には行使できないものであるのだけど。
 だが、今ははっきり言って平常時の何物でもない。
「バージルゥ……なんで、そいつがここにいる? んで、なんでズタボロになってやがるぅっ?」
 なんだかマジで毛が逆立っているような、血走った目が燐光を放っているような、人外ならざるものが迫ってきているような、そんな恐怖を感じて、この俺ともあろうものが総毛立つ。
 それもこれも、この怒りを過去にも経験しているから、という一言に尽きるのであって、それは実のところ思い出したくもない過去ではあるのだが。
「おい、ゴルドン……てめぇ、あいつは本部に行ってるって言ってなかったか?」
「……行ってたはずだ……、朝の便に乗り込んでいたのは確認したからな」
 元々マーマニーの命令によって休暇を取らされていたリアンを呼び出すに当たって、こんなこともあろうかとあれの旅程を変更させといた、とゴルドンは言っていた。
 もともと研修の講師か何かで、今日の夕方から出発する予定だったのを、朝の便に変更させていたのだと。
 あの指令書を確認したときに、ネックになるのはマーマニーだと判断しての、映像を確認する前に行っていたらしい対策は、けれどこの様子を見れば失敗に終わっていたというしかないだろう。
「マーマニー、おまえ、確か本部に行っていたはずじゃ」
 片道2時間はかかるその旅程を、こっちの代わり映えしない食事の代わりに本部のを堪能してきたらと早いのにさせたと言っていたはずなのに。
「ああ、ああ、おかげさまで着いたとたんのとんぼ返り。せっかく久しぶりに本部の上官職クラスの食事が堪能できるっていう直前だったよ、あんたらの悪だくみを知ったのはな」
「そんな……悪巧みなど人聞きが悪い」
「はあ? 何すっとぼけている」
 柄が悪いのもほどがある。普段から強面のゴルドンが凄んでももう慣れてしまっているが、ふだんおちゃらけた雰囲気のあるマーマニーの凄みは別の怖さがあった。
「おい、バージル、今日はまだ俺の命令でそいつは心身共に休みにさせるはずだったよな」
 じろりと睨まれ、咄嗟に無視しようかと思ったのだが。
 はああっと海の底より深いため息をついたのは、もうどうしようもないと判断したからだ。
 今更ジタバタ足掻いても、マーマニーの指示に逆らったのは間違いなく、そして悪巧みという言葉がどうかは別として、企んだのも間違いない。
「ああ、そうだな、そうだったな」
 結局肯定するように頷いて、再度深いため息を吐いた。
「総司令からの指示書がなければ、そうするつもりだったんだが」
 続けた言い訳は口の中でモゴモゴと消えていく、もとよりどんな言い訳も聞く耳をもたないだろう、何しろこうやって改めてみると全身傷だらけで血も流している、まさしくズタボロ状態のリアンが目の前にいるのだから。
「まあ、てめぇらに言いたいことはいろいろとあるが、まずはリアンの手当を先にする。せっかくきれいに戻してやったのに、またこんな……。てめぇら、俺の余暇を潰したうえに、よけいな手間暇かかせやがって、特別報酬何にするかしっかり考えながら、その首洗って待っとけよ」
 いつもなら、怒り心頭のマーマニーがここで引くということはないのだが、医師モードとしては、リアンの手当が最優先事項との判断になったのだろう。じろりと、その剣呑な視線で睨み付けてはきたが、それ以上はなくて。
「ゴルドン、担架を。それに医療チームを全員呼びだせ、非番の奴らもだ」
「了解」
 即座に指示に従うゴルドンも、今は何も言わずにただ従う。
「……また骨が……」
 大腿骨付近の傷に触れ、その腫れだした膝の上あたりに触れて顔を顰めるマーマニーの言葉に、俺も顔を顰めた。
「折れてるか?」
 そこまで強く打ったつもりはなかったのだが。
「完全に折れるまではいっていない。だが、ヒビぐらいは入ってそうだ。ちっ、鎖骨もこの分じゃ傷んでそうだ。それに、裂傷も、擦過傷も、全身じゃねえか……っつうか、てめぇら、こいつを不能にするつもりだったのか?」
 リアンの身体を仰向けにしたマーマニーが一目でそこの惨状を見て取って、先より鋭い視線で俺を射貫く。
「い、や、そんなつもりは……」
 何を言ってもその怒りが収まらないとは気付いているから、言い訳も返せない。
「マジ、後で覚えてろよ」
 ニヤリと細めた目が、皮肉げに歪められた口元が、はっきり言って怖い。
 怖いもの知らずのこの俺が、ゴルドン相手の死闘をしたとしても怖いとも思わない俺が、単純な恐怖とも言えぬ悪寒まじりのそれに、ぞくりと総毛立つ。
 敵なら殺せば良いが、味方であるマーマニーを殺すわけにもいかず、かと言って、隊長の権限を振りかざしたとしても、その何倍もの報復が返ってくるのが一瞬で理解できてしまう。
 だから。
「あー、後はよろしく頼みます」
 使い慣れぬ敬語で頭を下げることしかできなかった。