【託された想い】5

【託された想い】5

 子宮内に入った卵は数日かけて馴染んでいく。それがどういうことか、聞いたときには判らなかったけれど。
「……気持ち……わる……」
 卵を入れられた次の日から、食べ物の匂いを嗅ぐどころか、目にしただけで吐き気が込み上げて、机の傍でアイルはずるずると蹲った。
 朝起きたときからの不快感に、まだ胃に何も入れていないというのに、込み上げるそれは治まらない。
「お体が冷えますので、寝具にお戻りを」
 傍仕えの竜人に柔らかな布を口元に差し出さたのは受け取れたけれど、穏やかな指示に頷くこともままならない。
 そういえば、始めて口を利いてくれたのだと気が付いて、視線を合わせようとしたけれど、強くなった吐き気にそれもままならない。
「吐きそ……」
「卵が子宮に馴染み始めたことにより、胎内が妊娠に合わせて急速に変化しているのです。無理に食べる必要はありませんが、水分だけはお取りください」
「にん、しん……。それで……」
「失礼いたします」
 力強い腕が、アイルの身体を持ち上げる。不意に高くなった視界に、慌ててしがみつく間もなく、寝具の上に降ろされた。
 柔らかで寝心地の良い寝具は、あまりにもふかふかで最初は慣れなかったけれど。今はもう、自宅のあの寝具には戻りたくないと思うほどに気持ち良くて気に入っていた。
 だが、その大好きな寝具にふわりと沈み込みながら、動いたせいか込み上げてき吐き気に身体を丸めて堪える。
「吐きたいならば、こちらへどうぞ」
 枕元に置かれた桶は浅く、それを見たとたんに慌ててそれを抱え込んだ。
 喉を焼く胃液しかない吐瀉物をゲエゲエと吐いている最中、傍仕えの竜人はささっと机の上に食事を片付けて。
「水にミカンの汁を搾ったものです。一口だけで良いのでお飲みください、さっぱりするかと思いますので」
 差し出された冷たいグラスに、苦い味から逃れるように口を付ける。
「2−3日ほどで治まるのが通例ですので、アイルさまも苦しいときもあるでしょうが、穏やかにお過ごしください」
 汚れた桶を取り上げて、下がる竜人に、アイルは咄嗟に声をかけていた。
「あの……ありがとうございます」
 紫紺以外で、始めて声をかけてもらって。誰よりも先に親切にしてもらえて。
「アイルさまのお世話をするのが私の役目でございますので」
 義務だと言わんばかりの言葉遣いだったけれど、視線の先で、にこりと笑顔を浮かべて返されて、苦しい気分までもがふわりと浮上する。
「でも……うれしかったです……。ありがとうございます」
 苦しさも緩み、強張っていた口元も綻んだ。
 それは、この館に連れてこられて、始めて感じた安心感だった。その拍子に、ほろりと涙が流れてしまうほどに。
「卵を孕んだ直後は、体調も悪く、どうしても不安定になります。けれどすぐに落ち着きますので、ご安心ください」
 その涙すら拭ってくれる手は、ひどく優しい。その優しさが、苦しさを紛らわせる。
 それにしても、と、アイルは改めて彼を観察していた。
 今までずっと監視するかのように無言で傍にいた人と同一人物とはとても思えない。竜人としても年配の、髪に白が混じった彼を、そんな思いで見ていたせいか、ふっと苦笑が返された。 
「今までは監視役の任の方が強く、紫紺さまに害を与える者かの判断もしておりました。ですが、紫紺さまが卵を託されたことにより、私、敬真(けいしん)はアイルさまの正式な傍仕えになりましたので、今後ともよろしくお願いいたします」
「それがお名前ですか? 敬真さま?」
 さま、と敬称をつけて呼びかけたことに、敬真はこくりと頷いて返してきた。
「はい、そうでございます。それにしても、アイルさまはご自分のお立場を理解しておられて、たいへんよろしゅうございます」
「え?」
「あなたは耳長族ですので、この館以外では全ての竜人の下として扱われます。ですので、いつもそのように竜人に対しては敬称をつけ、へりくだることが大切かと」
「あ、そう、ですよね……。紫紺さまもそう言ってた……」
「ただ、この館内であれば、紫紺さまの卵を託された大切なお方として、我々は皆対応させていただく所存です。ですので、必要なことがあれば何なりとお申し付けください。何かございますか、アイルさま」
「え、と……あの……」
 そうは言われても、元が単なる労働階級のアイルには、誰かに頼むということはあまり無くて。
 勝手が違うことに、それでなくても辛い身体が寝具の中に沈み込む。
「あ、あの……じゃ……、このまま寝てていいんですか?」
「はい、夜には紫紺さまがおいでになられるかと思いますが、それまではゆっくりとお体を休めてくださいませ。枕元に水を置いておきますので、こまめにお取りください。何かありましたらすぐにお呼びください。私は隣室で控えておますので」
「はい……ありがとうございます、敬真さま」
 紫紺の卵を孕んでいるからか、昨日とは雲泥の差の扱いに、アイルはいたたまれないような気分になって上掛けを掴んで寝具に沈み込んだ。
 視界はふさがったけれど、アイルの耳が敏感に、敬真が退出していくのを捕らえる。
 隣室とは言っても窓が間にあって、アイルの様子は丸見えだけど、それでも今までのような緊張感はなく、見守ってくれているという安心感が湧いて出ていた。
 それに。
「紫紺さまの卵かあ……」
 そおっと下腹に手をやっても、重苦しい感じはなくもないが、あまり実感は無い。
 昨夜のあの広げられる感覚と入り込む違和感を知らなければ、そこに入っているとは思えない。
 けれど、確かにここに紫紺の卵がいるのだろう。
 撫でていると、お腹が温まってきたような気がして、その温もりを逃したくないと思って。
 今度は苦しみからで無く、身体を丸めて腹を抱える。
「卵……強い子になるように」
 紫紺に言われた言葉は精神に刻まれていて、アイルがそれに諾と返したことも確かに覚えていた。
 この先の不安は確かにあって、竜人の耳長族の扱いの酷さも、アイルの精神に暗雲を漂わせてはいるけれど。
 少なくとも紫紺は、あの貴種の彼に加えられたような無体はしていない。戒めの楔を穿たれた時は、酷いと思ったけれど、けれどそこはきちんと手当をされていて、あんなふうな放置はされていない。
 それに、傍仕えを付けて、その敬真にちゃんと親切に扱われている。
 しかも先ほど敬真が言った言葉も、アイルは正確に理解していた。
 この館の中でなら皆が大切に扱うと言われた意味を。それは、きっと紫紺からの命令なのだろう。でなければ、耳長族に「さま」などと呼ばないだろうし。
 紫紺はアイルを有無を言わせず浚ってきた酷い竜人なのは確かだけれど、それでも竜人の中では良い方なのだ。
 それは、あの貴種の彼を見たからこそ思うだけかも知れないけれど、それでも。
 それでも、紫紺が大切にしてくれているのなら、この卵のために頑張っても良いかもしれない、と、そんなふうに思えるようになっていた。


 館の中庭に面した南向きの部屋は、北の国の冬であっても穏やかな温もりに包まれている。
 そんなことを意識するのは、窓辺の安楽椅子でアイルがぷすぷすと寝息を立てながら眠っているのを見たからだろう。
 子宮に卵が馴染み吐き気が治まったとたんに、今度は睡魔に襲われやすくなったらしく、ほどよく午睡のに誘われる時間となると、アイルはよくこうやって眠っているらしい。
 普段ならば、こんな時間に館に戻ることなど無い紫紺であったが、年も変わる年末年始となるとさすがに商売は休みがちになって。代わりのように城での行事が増えて、今宵は年越しの宴があるからと早めに戻ってみれば、迎えてくれたのはアイルの寝言だったというわけで。
「紫紺さまぁ……」
 なぜかくすぐったくなるほどに甘い寝言に、虚を突かれたように動けなくなる。
 先日まで、さすがに体調の悪いアイルを抱き潰すわけにもいかず、ほどほどの刺激に押さえていたぶん、今日こそは宴の前にたっぷりと使ってやろうと思っていたのに。
 窓越しに差し込む冬の日差しがたいそう穏やかに、アイルの薄桃色の髪を輝かせているせいだとは思うけれど。
 その暖かな色合いに触れたいと思うのに、なぜか腕の動きが悪くて、なんとか強張った指先で柔らかな髪を一房つまみ上げるのがせいぜいだ。
 髪の間から覗く、耳長族特有の長い耳はピンと立っていてピクピクと動いているのは、無意識のうちにこちらに気が付いているせいか。
 あちらの国で捕まえたときは、きつい労働をしていたせいか、肌は荒れて髪もパサパサだったけれど。ここでの潤沢な食事と睡眠や手入れ、紫紺の相手以外は労働とは無縁の生活に、なおいっそうの艶をもって、ますます良い色をだしている。
 冬の光がよけいに暖かく感じられるのは、この色に反射しているせいだろう。
 指先でいじっているうちに、誘われたかのように身体が下りていく。
「アイル」
 囁いても気付かぬ相手を抱き込むようにして、その首筋から立ち上る甘い匂いを嗅いでいく。
「んっ、ん」
 舌先で肌を嬲れば、可愛い声が甘く響き、身じろぐ身体に抱え込んでいた腕の力が入った。
 もうすっかりこの腕に馴染んだ身体の感触に、ぞわりと腹の奥が疼き、重苦しい塊が鎌首をもたげて、じわりと膨らんでいく。
 込み上げる食欲にぺろりと舌なめずりをして、齧りつきたくなる代わりに喉から顎へと舐め上げた。
 ほんとうに、どうしてこんなのにも美味そうに見えるのか。食らいたい衝動と同じぐらいに性欲が膨れあがり、今己がどちらに支配されているのか判らなくなりそうだ。
 だが、いつも勝つのは性欲のほうで、紫紺はアイルの軽い身体を抱き上げて、込み上げる欲のままに寝具へと運び、落とす。
「んあっ、あっ、な!」
 柔らかな寝具の上で跳ねた身体が、敏捷さを見せて体勢を変えて、片肘をついて上体を起こしたアイルが、ようやくその瞳で紫紺を捕らえたようで。
「あ、し、紫紺さまっ、あれっ」
 いきなり現実に戻ったせいか、慌てて辺りを見渡して、さっきまで寝ていた椅子に視線をぴたりと寄せたとたんに、ふにゃりと耳が垂れていった。
「惰眠を貪っていたようだな」
 ほんの少し威圧感を乗せたのは、無意識だったけれど。
「すみませんです……」
 申し訳なさそうに項垂れる様子がおもしろく、吹き出してしまったとたんに、アイルの色が朱に染まる。
 薄桃色の髪に似た色に、全身が染まる姿はいつ見ても可愛いと思うから。
「今宵の宴は徹夜で続くからな。今のうちに、役目を果たしに来た」
 前合わせの紐をほどけば、下着など無い身体はすぐにその全身を晒して。いまだ戻っていない肌の色で、紫紺を誘う。
「う、あ……で、でも、まだ準備がっ」
「おまえが寝ていたせいで時間が無い」
 その一言でおとなしくなった足首を掴み上げ、がばっと全開にすれば、昨夜犯したばかり肛門が、未だに色づいたままにひくついて誘っていた。
「それにおまえのそこは、昨夜程度ではまだまだ物足りぬと物欲しそうにひくついておる」
「あひっ」
 広げた股間をじっと見つめていれば、視線に感じているのかアイルの陰茎がむくりと立ち上がり、その奥にある為膣口がほころび、隠微な蜜を溢れさせてきた。
 その蜜がじわりと溢れ、会陰を辿り色づいた肛門まで垂れていくまでじっとりと見つめていれば、アイルの息が乱れてくる。
 あの船の中でたっぷりと犯している間に、この身体は紫紺が与える刺激を快楽だと認識している。
 そのせいで、こうやって見つめてやるだけで、想像に煽られていやらしく濡れるのだ。


「ああ、準備したいのなら、今しろ、私の両手は今空いておらんからな」
 くいっと顎をしゃくって、言葉の意味を指し示す。
 両手ともに足首を掴んで高く広げたままに、どさりとアイルの股間に腰を据えて。
 アイルの顔が羞恥に染まり、その瞳が潤んで揺らぐ。けれど、ためらいは一瞬で、柔順なアイルの手が伸びてきた。
「しっかりと広げろ。今宵も薬は使わぬぞ」
「は、い……」
 その言葉に、怯えた瞳がこくりと頷く。
 耳長族の小柄な身体にはきつい紫紺の陰茎を、あの卵を入れた日から弛緩剤無しに受けて入れさせていた。入ってしまえば体液の影響もあってすぐに快感を貪り出すのだが、挿入時はさすがにきついのだろう。
 いつも涙を流して苦しんでいるのだが。
 一度あの締め付けを味わった身としては、二度と薬を使う気にはなれなかった。
 それに。
「ん……」
 身体を丸め、伸ばした指先で探るように肛門を辿り、その指先が入っていく。股間を辿るときに濡れた指は、その程度なら、なんなく奥深くに侵入を果たし、すぐに2本目が入っていく。
「んあっ……ぁ」
 身体の柔らかなアイルが丸まって、指が肉の中で蠢き、絡みつく。
 なんだかんだ言っても紫紺を受け入れられる穴だ。そこは適度にほころび、すぐに3本目を迎え入れて。
「あ、んっ、……あぁっ」
 怯えたように紫紺を見ていた瞳が閉じられ、喉を晒して、甘い嬌声が零れ始める。
 ぐちゃ、ぐちゅっ、と探るように蠢く指に、時折身体がびくりと跳ねた。
 欲に煽られた身体から、興奮した雌の匂いがしてきて、ますます紫紺の雄を煽ってきた。
 雌雄同体の身体は、その相対する相手によってその色香を引き出していく。
 今のアイルは、紫紺のための雌だ。異種とは言え人であることは違いなく、何よりその穴の名器さは、紫紺自身よく知っていた。少なくとも、受精を望んだ親友で味わった時よりも、はるかに強く紫紺を酩酊させてくれるものなのだ。
「んあっ、ああっ、んっ」
 一度刺激を始めたら止まらなくなったのか、足を掴む手にまで揺れる腰の動きが伝わって、今は両手の指が二本ずつ入って、狭い肉坪を広げていた。
 ぺろり。
 視線が外れないままに、舌が唇を舐める。
 ごくりと喉が鳴り、身体が近づいていく。
「アイル……」
「……ん、……ま」
 呼べば、閉じられていた瞳が薄く覗いて、熱い吐息に乗せられた音の無い呼びかけに、さらに気分が熱く昂揚していった。
「アイル、私の準備をしろ」
 ぐぐっと身体が近づいた分、アイルの足がさらに広がって、肩の方へと押し曲げられていく。その分近づいた股間を服ごと押しつけて、言葉の意図を悟らせた。
「欲しいなら、自分でやれ」
 グイグイと明らかに昂ぶった股間の塊を押しつけて、アイルの陰部を刺激する。
「ん、あ、っは、いっ……」
 すでに流れるほどに濡れた股間は、我慢ができないとばかりにひくついている。
 返事はしたけれど、躊躇うように視線を泳がせていたアイルだったけれど、快楽を知った身体が求めているかのように、その腰は揺らぎ、全身が朱に染まっていた。そんな欲に駆られたままなど淫乱な身体が耐えられる物では無く、もとよりアイルは紫紺の命令には柔順だ。
 ずぽりと抜き出された指はたっぷりと濡れて湯気を上げて震えていたけれど、動かしづらいのかガクガクと不気味な動きで紫紺の衣服を緩めていった。
 その濡れた指が、すでに猛った紫紺のペニスを取り出して、絡みとる。とたんに背筋を走った疼くような快感に、目の前が赤く染まった。
 すぐに手を離し、落ちる足もそのままに華奢な腰を掴んで引き寄せた。
「んああぁっ!」
 グブッ
 隙間から空気が溢れ、泡立つ粘液が噴き出して。絶対的な容量が狭い肉筒を押し広げ、征服する。
「……っ」
 熱くぬかるんだ肉の中に押し入ったその妙なる快感に、ぞわぞわと全身の鱗が逆立って、見開いた瞳が血走り、恍惚に歪んだ唇から犬歯が覗いた。
 アイルから味わう快感は、未だかつて無いほどに素晴らしく、囚われる。
 もっと、もっと激しく深く。
 いきなりの挿入に、苦しむアイルを尻目に、身体はもっと激しく欲しがった。
 それに耐えられないのは、アイルが淫乱な身体を持っているせいなのだ。
 こんなにも相性の良い身体を持っているせいなのだ。
 ぶぢゅ。
 埋め込んだ陰茎をゆっくりと、ぎりぎりまで引きずり出して。
「んがぁぁっ」
 一気に押し込む。
 きゅうっと絞られる心地よい感覚に酔いしれて、もっと欲しくて堪らなくて。
「んあぁっ、あぁっ、んがあ、あっ、ぁっ!!」
 もう止まらない。
 元々は卵に刺激を与えるための行為であることなど、すでに紫紺の頭の中に無く、ただこの妙なる快楽に浸りたいとばかりに、腰が衝動的に動くのだ。
 しかも、昨日まではなんとか理性を持って堪えていたのだが、今日はそんな制限をするつもりなど無くて。
「んあ、し、紫紺、さまっ、ああっ、きっつぅぅ、ああっ」
 絡みつく逆立った鱗に、アイルが泣き喚いているけれど、それすらも甘露だと、抱きしめて吸い付き、舌を出して喘ぐそれに食らいつく。
「んぐう、うっ、あっ」
 小さく薄い舌に竜人のそれで絡みついて、引きずり出して。
 粘膜に包まれたもう一つ肉の穴を、唇で舌でたっぷりと味わい尽くす。
 腕の中で震える身体に、己のそれより体温が高く、今や熱いほどに萌え盛っていて、それもまた気持ちよい。
 より深く、より激しく。
 欲しいものは全てここにあって、それを我慢する理由も無くて、紫紺は思うがままにアイルを貪った。
 それは、溜めていた分長く激しく続き、宴に向かう準備の時間だと敬真が戒めるまで続いたのだった。